「……はぁ…はぁ……もぅ……無理…だ………走…れ……ない…」
月明かりすら差し込まない、闇に包まれた山の中。
金髪ツインテールの少女が、ゾンビのようなおぼつかない足取りで蠢いていた。
「くそ……もう三時間は走っているというのに、何故森を抜けられん。
ここがかの有名な迷いの森だとでも言うのか……」
大富豪三千院家の令嬢、三千院ナギ。
彼女には、全くと言っても差し支えないほどに体力が無かった。皆無、と言い切ってもいい。
勢いよく走り出したはいいものの、すぐさま体力の限界に達し、その後はずっとこの有り様である。
一言付け加えれば、三時間は彼女の体感時間に過ぎず、実際ナギが走り出してからは三十分と経ってはいないのだが。
一言で言えば、三千院ナギは山を舐めていた。
山には鬱蒼と生い茂る樹木もあれば、崖や岩盤だってある。
山中を一定の方向に向かって真っ直ぐ進む、という行為は、字面ほど容易な事では無い。
コンパス程度の装備でロクに登山経験も無い素人がすんなり下山出来るのならば、遭難者など存在しないのだから。
故に、この結果は必然であり、
「……これは、洞窟か?」
F7から北を目指して進んでいたはずのナギの目の前に、F6に存在する洞窟の入り口が広がっているのもまた、必然なのである。
「暗くて読みにくいが……地図にある『洞窟』とは十中八九これの事なのだろうな」
暗闇の中、ランタンを地図に近付けて、何とか確認する。
「となると、私が今居るこの場所はF6になるな……くそ、一番近い街まではまだ結構あるじゃないか。
これ以上、私にこの過酷な山道を進めというのか……」
がっくりと肩を落とし、その場に膝をつくナギ。
ここからさらに町まで歩く気力も体力も、ナギはとても持ち合わせてはいなかった。
「……ハヤテー、マリアー、もしこれが寝ている私の見ているタチの悪い夢なら、とっとと起こしてくれー」
淡い期待を込めて共に暮らす従者達の名を呼ぶが、当然現状には何一つ変化は無い。
時折吹く肌寒い風が、木々をざわめかせるのみである。
「……ま、別に期待してなかったがな、夢オチなんて。天国の手塚先生に怒られてしまう。
しかし、これからどうするか……」
近くにあった手頃な大きさの岩に腰掛けると、ナギは静かに思考を開始する。
自分が何をすべきか。状況を改善するために、自分にも出来ることは何か。
程なくして、少女の脳内にいくつかの選択肢が浮かぶ。
―――選択肢A、今から山を下り、市街地を目指す。
「却下。さっき実際に歩いてみてわかった、この闇の中では、悔しいが私一人で下山は不可能だ。
下山するにしても、ある程度日が昇ってからが望ましい」
―――選択肢B、このエリアから見て北のE6エリアにある洋館を目指す。
「これも却下。この闇の中で洋館を見つけられるとは限らんし、この場から下手に動いて、現在地がわからなくなってもまずい。
大体夜の洋館なんてその手のゲームの惨劇の場としてお馴染ではないか。そんなフラグが立ちそうな場所はゲームだけで十分だ」
―――選択肢C、夜が明けるまでこの場に留まる。
「これは……微妙だな。AとBよりは現実的だが、こんな状況だというのに何もしないでいるというのも……ひとまず、保留か」
―――選択肢D、目の前の洞窟を調べる。
「……ふむ、これが一番いいかもしれんな。たとえ徒労に終わろうとも何もしないよりはマシだし、AやBより安全だろう。
問題らしい問題といえば、洞窟内部が入り組んでいた場合は、迷う可能性があるが―――」
少しの間考えて、ナギはランタン片手に立ち上がる。
「ちょっと中を覗く程度なら大丈夫だろ。ランタンあるし、何より洞窟なんて(ゲーム内で)何度も攻略してきたしな。
なあに、イワ○マトン○ルをフラッ○ュを使用せずに駆け抜けて、トル○コやシ○ンを操って不○議なダ○ジョンを極めた私だ。
この程度の洞窟で迷うはずが―――」
十分後。
「迷うはずが……あった……」
まあ、大方の予想通り。
ナギは洞窟内で迷子となっていた。
最早、入口がどちらかすらナギにはわかりはしない。
「く……くそ……こんな迷子になったりするのは伊澄の役割だろうが……」
決して、洞窟散策に際して何の対策も取らなかったわけでは無かった。
分かれ道に差し掛かる度に洞窟の壁面に支給されていたペンで印を付け、いざと言うときにはそれを頼りに戻ろうとしたのだ。
が、そこはナギである。
ランタンの光では足元まで完全に照らすことはできず、石に蹴躓く。
転ぶだけならばまだマシだったのだが―――ガチャリと、ナギの耳に届いた不吉な音。
その音が、唯一の灯りだったランタンがどうしようもなく壊れてしまった音だとナギが気付くのに、そう時間はかからなかった。
圧倒的な闇だけが、後に残った。
四方八方、何処を向いても光は欠片も無く。
自身の息遣い以外に、何も聞こえはしない。
漆黒は、さながら死の世界のように思えた。
つい先刻まで洞窟探検の好奇心でまぎれていた感情―――恐怖が蘇り、ナギの心を黒く塗り潰していく。
「……は……ハヤテ……」
恐怖に駆られ、少女は執事の―――最愛の人の名を叫ぶ。
『君を泣かせようとする奴から……僕が君を守るよ』
「ハヤテぇええぇえええっ!!」
しかし、執事がナギの前に現れることは無く。
叫び声の残響のみが、洞窟内に虚しく響き続ける。
「あ…………あ………」
ハヤテは助けに来ない。
ランタンが壊れてしまった以上、壁に付けた印ももう見えない。
それどころか、この暗闇の中では満足に歩くことすらできはしないだろう。
ナギはこの瞬間初めて―――自らの『死』を意識した。
ハヤテでもマリアでも伊澄でもヒナギクのでもない、ナギ自身の『死』を。
それまで曖昧なイメージでしかなかったそれは、今は明確なビジョンとなってナギを犯しはじめる。
「や、やだ……死にたくない、私は……死にたく……ない」
恐怖が、孤独が、ナギの小さな心を押し潰そうと迫る―――その時。
「……やれやれ、仕方がありませんね」
三千院ナギは、烏天狗の声を聞いた。
◆
本来ならば、接触するにしてももう少し観察してからのつもりだったけれど、まあ仕方ないだろう。
あれからずっと、私は三千院ナギを追っていた。
追っていた、とは言ってもむしろ見失う方が難しかったが。
ここまで体力の無い人間を見るのは久しぶりだ。外の世界の人間は皆こうなのだろうか?
まあ、それはさておき、洞窟に入ってからも私は当然彼女を追っていた。
幸い、洞窟の高さは十分だったので飛んだままでいられたし、天狗は夜目が利くので洞窟の暗さも苦では無かった。
で、どうやらトラブルでパニックを起こし始めているようだったのでいい加減見るに見かね、今に至るというわけだ。
「だ、誰だ!? 誰かそこに居るのか!?」
「はいはい、黙ってないと舌を噛みますよ。えーと、空気の流れからして出口はこっちね」
天狗にとって風の流れを読むのはお手の物である。
空気の流れを見れば、こんな洞窟の脱出経路くらい、簡単に把握できる。
私は三千院ナギの小さな身体を背後から抱きかかえると、背中の翼を大きく広げる。
当然抵抗されるが、相手にはこちらが見えていない以上、抑え付けるのは赤子の手を捻るよりも容易だ。
「や、やめろ、離せ! お前は誰だ、私をどうするつもりだ!」
「伝統の幻想ブン屋、射命丸文です。以後お見知り置きを」
まだ何か騒いでいるが、別に構わない。どうせすぐに黙らざるをえなくなるのだから。
足で地面を蹴り、翼をはためかせて、私は宙に浮き、そして―――
「……しっかり、つかまっていてくださいよっ!」
――――――加速した。
◆
「……ふう、何とか無事に抜けられましたね」
洞窟を抜け月明かりの下、私は地面に着地する。
腕の中の三千院ナギは気絶していた。
まあ、天狗のスピードを人間の身で体験したのだから当然だろう。
私には他にもやる事がある以上、彼女のペースに合わせて徒歩でのんびり洞窟脱出というわけにはいかなったのだ。
「えーと、向こうに見えるのは山小屋かしら? となると、私がいるのはG4周辺ってことになるわね」
F6の洞窟は、G4に繋がっているようだ。
風の流れからして出口は他にもあるようなので、もしかしたらあの洞窟は島の各所に繋がっているのかもしれない。
「とりあえずメモしておいて、と……。さて、これからどうしますかねえ」
予定外の大荷物を拾ってしまったし。
外の人間である彼女からの情報は是非とも欲しいので、無論手放す気は無いけれど。
「……ま、今は地道に情報収集といくべきですかね。
そういえば、どうにも調子が優れませんね。……さっきの洞窟にしても、本当ならもう少し速度が出ていたはずだけど」
もしかして、私の力に枷がかけられている?
気のせいかもしれないけれど……一応、誰かに遭遇したときの質問リストに加えておきますかね。
しかし、本当にその通りだとすれば。
私達をこの場に拉致し、更に力の封印まで行った彼らは、一体何者なんでしょうか……?
【G-4 森/一日目・深夜】
【射命丸文@東方】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本:まずは情報集め、殺し合いに関してはその情報を吟味してから決める。
1 ナギが起きたら、情報を聞き出す。
2 名簿に名前が乗っていない人物がいないか捜索。
3 力が制限されている?
【三千院ナギ@ハヤテのごとく!】
[状態]:気絶
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本:ハヤテ達、知り合いを探す。
1 死にたくない
最終更新:2009年12月05日 10:29