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第四章-第三幕- 海上の情報戦





ワイズマン・ファミリーの旗艦
『レッド・ワイズマンMk-Ⅱ』に乗り込み、
とりあえずケット・シー軍団の猛追撃から逃れる事に成功した
勇者軍主力部隊ではあったが、この大海原のどこで
スプレッダー幼生体に接触してもおかしくない状況のため、
常時臨戦態勢のまま、主力部隊は移動を継続していた。
そんな中、状態不安定な者が一人いた……
「ううう……」
どうにも青ざめた顔のユイナ姫である。
どうやら彼女は乗り物にあまり強くないらしかった。
馬に乗り慣れ過ぎている、と言ってもいいかもしれない。
しかし、それとは別にしょげかえっている者も一人いた。
リーダーのジルベルトである。
「…………」
どっちも見るに見かねて、シエルが声をかけてやる。
「ちょっと、ユイナ姫。そんなんで戦えるの? 大丈夫?」
「すみません……海の上の戦闘は厳しそうです~……」
どうやら無理そうである。
そしてジルベルトはというと、溜め息ばかりである。
(ソニアさん、怒ってたなぁ……)
という思念をダイレクトにシエルが受け取る。
どうやらこの間怒られた事がまだ後を引いているらしい。
当の怒ったソニア本人は気にもしていないというのにも気付かずに。
どうやら気の迷いがテレパス能力さえ鈍らせているらしい。
「お兄ちゃん、来なさい」
シエルはそう判断すると、兄を連れ、すぐに甲板に上がった。

「ソニアさん、いい?」
ソニアの目の前に連れてこられて、
更に怒られるのだと勘違いしてか、
ジルベルトは情けない事に逃げをかまそうとした。
「ちょっとちょっとちょっと! 逃げないの!」
思ったより強い力でジルベルトの首根っこを引っ張るシエル。
「ソニアさん、あなたの真意を伝えてもらえるかしら?」
とのシエルの言葉に、ソニアこそシエルの真意を計りかねていた。
「一体何を言っているの?」
「ウチの朴念仁が、こないだの一件で叩かれた事、
 それから常々強い口調で接している事を勘違いして、
 どうにも自分が嫌われてると勘違いしてるらしいのよね?
 で、実際のところ、どうなわけ?」
そこまでシエルが言い終わった途端に、必死にこらえてでも
いたのだろうか、ジルベルトの目からボロボロと涙が零れる。
「ちょ、ちょっと! 何で泣くの!?」
ソニアが慌ててジルベルトを宥め始める。
しかしいつも通り、ジルベルトは一言も発さない。
その感情をダイレクトに受け取るシエルが翻訳するのみである。
「許して下さい。お願いします、ってさ」
なんという事だろうか。人類史上最強の私設軍を率いる
要職にありながら、たかが一時の憤慨程度にこうまで自省し、
自らを責め、苛むような無垢な心の持ち主がいようとは。
たちまち、ソニアの心を何かが締めつけた。
あとはもうソニアもよく分からないまま、
めいっぱい抱きしめてやるより他には無かったのである。
「この間の事なら怒ってないわよ。大丈夫。私を信じて?」
と、子供をあやすように、ゆっくりと囁くソニア。
心の底からの本音である。
そこまで聞いてようやくジルベルトは泣くのをやめた。
冷静さを取り戻した事で、テレパス能力がきちんと作用し、
ソニアの真意が直接読み取れるようになったのだ。
「世話の焼けること」
ひとまず安心したシエルは、その場から離れたのだった。

一方でライナスとコンラッドはというと、
楽しげに談笑などしていたりする。
「いやぁ、この船は本当に船足が速いね」
「そうだろ? まあ姫さんは中で
 まいってるようだが、このペースなら
 長時間苦しまずに済むかもしれねぇやな。だっはは!」
流石にその無茶な物言いには全面賛同は出来ず、
ライナスも苦笑いするしかなかったりするのだが……

一方の動物用船室では、チトセがもっさもっさと
飼い葉など食べまくっていたり、大福達がごろごろと
昼寝していたりするのだが、それはそれだけの話。
何故かジークが面倒を見ているのだが、
それもそれだけの話である。
またもう一方ではレイリア、エイリアの姉妹が
中でのんびり語らっていたりするが、ジルベルト達の騒ぎを
聞きつけて、ジルベルトがユイナ姫とソニアの
どちらとくっつくかなど、無責任に、しかし真剣に会議していた。
ジルベルトとユイナ姫が平素から仲が良いのも
この数日間で二人は充分に察知していたのである。

視点は再度、ライナスとコンラッドへ戻る。
談笑していた二人の元に、船員がやってきた。
「あのう、ちょっとよろしいですかい?」
と、黒髪で長身の男
(と言ってもライナス、コンラッドより小さい)が、
「おう、どうしたライアン?」
「誰です?」
「ライナス、こいつはな、うちのファミリーの新入りだ」
と、ライアンと呼ばれた男はおじぎをしてみせる。
「ちょっと私は、まだ新入りなモンで、私らが相手している
 スプレッダーってのについて情報が欲しいなって。
 ほら、対処しやすいかもしれないじゃないスか」
と、ライアンと呼ばれた男が新入りらしい質問をしてくる。
「ああ、じゃあ俺が担当するよ」
人のいいライナスは、あっさりと応じる。
「スプレッダーの戦闘能力や破壊力に関しては
 疑う余地もないけど、厄介な事は幼生体と呼ばれる子供や、
 正体不明の病原菌を撒き散らす事なんだ。戦闘自体は
 俺達勇者軍メンバーに任せてくれればいいから、
 どちらかというと病原菌への警戒が重要だね」
「ほう、そうなんですかい。それで?」
「この病原菌への対策なんだけど、勇者軍では、
 スプレッダーの成体から抗体を直接採取して、
 それをワクチンで利用するつもりなんだ。
 それ以外の幼生体からは大したサンプルが取れないから、
 死体の痕跡ごと除去してしまうのがセオリーかな。
 あと、過去の……たぶん旧時代と呼ばれる西暦の時代に
 存在した病原菌と同一の可能性がある、って話で、
 スターリィフィールド家の人が情報をさらってる感じかな」
「ほぉう、めでたい話じゃないですか!」
と、喜色満面に頷いてみせるライアン。

するとそこに一通り泣きやんで落ち着いたジルベルトと、
その頭を撫でながら歩いてくるソニア、
そしてシエルが別個に甲板に現れた。
するとジルベルトが、一切の前触れ無く、いきなり動いた。
びしゅっ!!
ジルベルトの隠しリールが、ライアンの持っていたメモ帳とペンを
巻き取り、ことごとくをバラバラに引き裂いてみせた。
「ちょっ、何をするんですか!」
とうろたえるライアン。
(誰? あなたは偽名を使ってる)
というジルベルトの思念をダイレクトに受け取ったシエルが
ライナスとコンラッドに警告を出す。
「ライナスさん、コンラッド、離れなさい!
 スパイよそいつは!!」
そう聞けば動かない理由など無い。
超人的な理解力でライナスとコンラッドはライアンから離れた。

「何故気付いた、小僧!?」
「情報が足りていないみたいね」
と、無口なジルベルトに代わり、シエルが前に出て言う。
「私とこのお兄ちゃんはエスパーで、テレパスが使えるの。
 心を読まれる相手に潜入調査をしようとする馬鹿がいるとは、ね。
 まあよくもった方だと言っていいんでしょうけど?」
「ライアン! 手前ぇ、騙したな!?」
コンラッドの怒りももっともである。
「俺はライアンなどではない!」
ライアンだった男は、服を脱ぎ捨てた。
本来の格好に戻ったのである。
「俺はウィルスユーザーズの情報担当幹部<アイズオウル>!
 当然、本名なぞ教えてやらん! しかしテレパスとは小賢しい!」
「小賢しいのはどっちだ!」
と、ライナスも機嫌を損ねているようである。
「貴様にだけは言われたくない! ライナス=ジーニアス!」
「何故、俺の名前を!?」
と、よりライナスは警戒色を強めた。
「思えば貴様の母親のせいで、俺は今でもこんな
 クソ汚い仕事を請け負ってあくせく働かにゃならねぇんだ!
 あの女の所在が分からん以上は、借りを貴様で返すぜ!」
「母さんのせい、だと!?」
「あの女が俺のいたチームを潰すからだろうがぁ!
 チームに俺がどれだけ甘い汁吸わせてもらったか、
 あの女は知ったこっちゃなかったんだよ!
 一方的にぶっ潰しやがって!! 手前ェに分かるか!」
あまりに一方的な物の言いように温厚なライナスも
その表情を一変させて、剣を構えた。
「俺の知った事か!」
ライナスの剣がアイズオウルを捉える前に、アイズオウルは
大ジャンプをもって、光学迷彩の施されたヘリへ飛び乗った。
「待て!」
「待てと言われて待つ者はいない!」
ライナスの怒声も意に介さず、アイズオウルは去っていく。
「礼を言ってやろう、ライナス=ジーニアス。
 おかげさまでそっちの持っている情報と状況は
 そっくりそのまま、俺の頭の中に入れさせてもらった!
 次に会う時が貴様等の最期になればいいがな!」
それだけ言い残して、それ以上の攻撃も何も行わず、
アイズオウルはその場から高速離脱した。
コンラッドも相当頭に血が上っているのか、
他の船員達に砲撃準備をさせていたようで、
すぐに砲撃指示を出した。
「あのクソ生意気な光学迷彩ヘリを落とせ! すぐにだ!!」
どがんどがんどがん!
船員が慌てて一斉射撃を行うが、一発として当たらない。
そのまま離脱を許してしまった。
「くっ……俺がいながらみすみす逃すとは!」
ようやく騒ぎに気付いたジークや、ふらふらのままの
ユイナ姫などが現場に出てきた時には、
全てが終わってしまったのであった……

明確に一杯食わされた形の勇者軍は、
悔しさをにじませながらも、カルナード港へ
間もなく到着しようとしていた……



<第五章-第一幕- へと続く>
最終更新:2011年02月18日 13:02