第六章-第一幕- マクスフェル王国の残り火
ライナスが見つめた先に一人の男がいた、
敵兵――にしてもひどく軽装だ。
まして偉そうな幹部になどとても見えない。良くて偵察兵、
せいぜいが索敵レベルの行動としか思えなかった。
「面倒だな……木の上にいるよ。ソニアさん、行く?」
と、ライナス。
「わわわ、私はいいわ。あんな高い木の上なんて登れないもの」
と、噛みまくるソニアに、周囲が苦笑いした。
「いいよ、あたしが追い払うから」
ずだんッ!
レイリアが威嚇射撃を行った。すると怯みまくった偵察兵は
凄まじい勢いで逃げていった。やはりただの雑魚である。
しかし、それにリゼルが疑問を抱いた。
「でも、偵察兵にしても弱すぎますよね……
隊長、今までもああやって
敵が索敵行動を行った事があるんでしょうか?」
(そういえば無いね?)
と、意識して首をふるふると振ってやるジルベルト。
「ひょっとしたら見られたくないものがあるのかもしれません。
攻撃するなら索敵の必要はどっちみちありませんから。
戦力とか面も大体割れてるでしょうし」
的確な見解である。リゼルは良くも悪くも常識人のようであった。
「じゃあ、私と
チトセが行きます。ジル君、
黒ごまを貸してね?」
「にゃーう」
と、黒ごまを抱き上げて連れて行くユイナ姫。
イザという時の連絡係にしようというのだろう。
(気を付けてねー)
と、手をひらひらさせるジルベルト。実に気楽である。
騎兵なので逃げる手段に事欠かないのは事実ではあるのだが――
しばらく進んでから、ユイナ姫は愛馬チトセの足を止めて、
望遠鏡で遠くを見やった。どうやら行軍途中の部隊のようである。
大量の物資らしきものが乗ったコンテナ車があるところを見ると、
恐らくは補給部隊であろう。阻止しなくてはならない。
その旨を実にレトロな事に紙に書いて黒ごまの首輪に付けてやる。
イザという時は黒ごまに持たせて戻さなくてはならない。
自分は、このまま密かに中身が何なのかを確かめたかった。
そうして近付く事五分――
「誰だ!?」
敵にも勘のいい者がいたらしい。気付かれてしまった。
「しまった……黒ごま、行って!」
抱いていた黒ごまを降ろしてやると、よく分かっているようで、
一目散にジルベルト達のいるであろう方向へと走っていった。
あとは到着まで補給部隊の足を遅らせなければならない。
騎兵の本領発揮である。
「チトセ、行きましょう、敵の頭を押さえます!」
「ひひん!!」
高らかに叫ぶと、チトセが駆け出し、
コンテナ車の眼前へと踊り出る。
「はぁッ!!」
ばきんッ!!
微妙な手加減を加えて、槍でコンテナ車の
フロントガラスにひびを入れる。
これでまともな走行などは望むべくもなくなったはずだ。
「おのれ、敵襲――勇者軍か! 迎撃だ、急げーッ!」
ウィルスユーザーズの制服を着た敵一般兵が弓を、銃を手に取って
一心不乱にユイナ姫一人めがけて、射撃を開始する。
しかし、愛馬チトセもさすがのもので、
回避に徹してそのことごとくをかわす。
「やるな、曲者め!」
茶色い髪にパーマを当てただけのような髪形の男が激昂する。
どうやら茶髪の男が指揮官のようであった。
「曲者だなどと、無礼な物言いはおやめ下さい!
私は
ザン共和王国王政部次期筆頭にして、勇者軍
メインメンバー、
アーム王家の
ユイナ=カザミネ=ザン=アームです!」
あくまで柔和ながらも堂々たる振る舞いを崩さないユイナ姫。
「うるさい! 人が仕事をしている時に乱入して好き勝手暴れれば、
それがいつ、何時、誰であろうと曲者に決まっているだろうが!!
この<
レッグホース>の補給部隊に
手を出して、ただで済むと思うな!」
レッグホース。初めて聞く幹部である。この調子で増えていくなら、
少なくともあと一名か二名ぐらいは
出てきそうだとユイナ姫は内心思った。
が、そんな事を考えている間にレッグホースとやらはすぐ指示を出す。
「運転手! フロントガラス一枚の損害ぐらい構わん! ぶち抜け!」
「はっ!」
ばりぃん!
高い音と共にコンテナ車の
フロントガラスが砕け、視界が良好になった。
そしてすぐにエンジンをかけ直し、発車した。
よく統制が取れている。レッグホース本人の指揮能力故だろう。
「よし、コンテナ車を行かせる! それまで奴を牽制しろ!
無茶をする必要は無い、負けなければ勝ちなのだ!」
その言葉に答え、一般兵集団が再度、ユイナ姫に射撃を加える。
さすがに回避は出来ても、それ以上の接近は厳しいものがある。
「チトセ、大丈夫!?」
「ひひぃん!」
被弾こそしていないものの、物量作戦にかなり怯んでいるチトセ。
「よし、いい牽制だ、続けろ!」
「このままじゃ……!」
ユイナ姫も大きく怯み、森の中へ身を隠そうとする。
「森の中へ逃げるぞ! 大火力火器を用意しろ!!」
「くっ……!」
ユイナ姫は森に逃げる事も出来ず、また回避に徹するしかなかった。
ばん!
「あうッ!?」
一発の銃弾が、ユイナ姫に命中する。
何とか持ち直すが、痛みがかなり厳しいレベルだ。
相当に大口径の銃弾を叩き込まれたらしい。
「見ろ、当たったぞ、このまま押し込め!!」
レッグホースの指示が飛ぶ。
「進退窮まったの……!?」
ユイナ姫が苦悶の表情でそう呟く。
しかし、そこで終わらないのが勇者軍である。
「建造物破砕砲、発射!!」
ぼんッ!!
レイリアの狙撃型の対建造物用破砕銃砲が火を吹いた。
コンテナ車の後輪に命中し、たちまちコンテナ車が停止した。
「何だ、今のは!?」
状況が読めていないのか、レッグホースが露骨にうろたえる。
「後輪破損! スペアタイヤに切り替え準備!!」
兵士の怒号が飛ぶ。
「急げ!」
レッグホースが対応を取ろうとした時、更に呪文が連打で飛ぶ。
「
フレイムキャノン!
フリーズキャノン!
プラズマキャノン!」
各種多彩な攻撃呪文が前輪、後輪問わず、破損させる。
ちゃっかり行きがけに
ウィザードナイトとなっていた
リゼルによる呪文の猛連射である。遠距離戦になった時は、
魔術師の魔法も立派な攻撃手段となり得る。
「スペアタイヤへの切り替え不能、完全に動けません!」
もはや運転手の悲鳴としか言いようのない声が聞こえてくる。
「みんな!? 間に合ったんですね!?」
ユイナ姫の歓喜の表情も輝かしく、まず出てきたのはシエル。
「
ヒールキャノン!」
治癒の魔法でたちまち、ユイナ姫の痛みが消える。
次いでライナス、ソニア、ジルベルト、
コンラッド、ジークの順に現れ、
兵士の群れへ突入し、たちまちその戦闘能力を奪っていく。
ユイナ姫単騎ならいざ知らず、所詮は補給部隊であった。
主力部隊の総員を相手にした時、その結果などたかが知れている。
最後に愛猫四匹を連れたエイリアが現れ、速やかに索敵しながら
未だに息の上がっているユイナ姫へと近寄る。
「大丈夫? よくもたせてくれたわ。作戦は成功よ」
「この子にも感謝しないといけませんね」
と、無事に役割を果たした黒ごまを撫でてやる。
「どうする? もう休んでおく?」
とのエイリアの問いに、ユイナ姫は首を振る。
「言い出したのは私です。故に、本作戦の幕引きも私が行います」
「よし、じゃあ行ってらっしゃい!」
「はい! チトセ、行きましょう!」
見れば、主力部隊のほとんどがレッグホースに当たっていた。
「ここまで足の速い騎兵を擁しているとはな。我が補給部隊の作戦を
失敗に陥れたこと、一応素直に誉めておいてやろう」
と、レッグホース。
「何が素直にだ! 素直にと言うなら、負けを認めて降伏しろ!」
ジークがレッグホースに反論する。
「自分達より戦力の劣る相手に何故降伏せねばならん!
同様に
マクスフェル王国が降伏する道理など、何も無かった!
お前達は一体、どうやってファリウス王を誑かしたのだ!?」
マクスフェル王国。ジルベルトより一世代前の
勇者軍が相手にした国家だが、幸か不幸か、
この場にそれを直接見聞きした者は誰もいなかった。
あるいはこの男、その関係者なのかもしれない。
「そんなモン、私達の知った事じゃないわよ!」
ソニアが拳で殴りかかるが、レッグホースはたやすくそれを避ける。
「逃げ足だけは超一流だな、くそッ!」
コンラッドも悪態をつく。
「避けて下さい!!」
後方から声。ジルベルト達はユイナ姫の意志と分かると、
すぐに散開する。直後、チトセによる突進が展開された。
「はああッ!!」
「うおッ!?」
がッ!
思い切りチトセに跳ね飛ばされた
レッグホースは大きく転倒し、地を滑る。
類稀なる防御姿勢により、危うく難を逃れていたが、
何の処置も取らなければ良くて
病院送りだっただろう事は想像に難くない。
「ぐっ……これ以上の戦闘は……無益!
遺憾ながら我が補給部隊は補給物資を放棄し、
速やかに総員、戦闘区域から離脱せよ!!」
決断も早く、レッグホースと、その部下達は
負傷者もろともすばやく撤退したのだった。
足自慢が揃っているようである。
こうして補給阻止作戦はかろうじて成功したのだった。
「騎兵の面目躍如、出来たでしょうか?」
「充分よ……流石だわ」
と、素直にユイナ姫を誉めるソニア。
「おい、このコンテナ、馬鹿デカいと
思ったら、生け捕りの幼生体だぜ!」
コンラッドが叫ぶ。ジルベルトも驚いていた。
(本当だ……生け捕りにしてある。止められて良かった)
安堵した表情でジルベルトはユイナ姫の頭など撫でてやる。
(えらいえらい)
そんな何気ないやり取りに、ユイナ姫は充足を感じるのであった。
しっかりと頬まで染めている辺り、やはり彼女も恋する乙女である。
「じゃ、ビーム・カーテン改が入るスペースを作りますので、
ライナスさん、ジークさん、周囲の木の伐採をお願いできます?」
「分かったよ」
「了解した!」
リゼルの提案に、ライナスとジークが従い、
そしてコンテナごと、生け捕りの死にかけスプレッダー幼生体は、
ビーム・カーテン改によって綺麗さっぱり除去された。
これで作戦は終了となった。
「思わぬ激戦でしたけど、何とかなりましたね」
と、今のところ日和見的に淡々と仕事を片付けるリゼル。
「いやはや、君もやってくれるよ。かなり助かったからね」
と、ライナスが誉めてやる。
「じゃあ、進路はレイクリッター・タウンのまま、行軍再開。
いいわね、お兄ちゃん?」
シエルが言うと、ジルベルトは頷いた。
再出発の緒戦は、やや無茶ではあるが、前途の見える勝利であった。
しかし、敵組織ウィルスユーザーズの全貌は未だ見えていない。
その事に、リゼルは一抹の不安を感じるのであった。
(いいなあ)
そんな道中、ふとジルベルトはレイリアの銃を見つめた。
どうやら瞬間火力の高い、銃による攻撃が羨ましかったらしい。
「ん? 使ってみたいの?」
と、レイリア。
こくん、とジルベルトが頷くと、ソニアが笑って銃を差し出した。
口径こそ大きいが、単発のマグナム銃である。
「じゃあこれを使ってみるといいと思うよ。
お父さんの遺品なんだけど」
(いい。そんな大事なの、もらえない)
と、首をふるふる。
「遠慮しないでいいの。お父さんも私に使って、
ってくれたんだけど、私は興味無かったから。
だから興味のある人に使ってみて欲しいな」
それは本心からだった。
(ありがとう)
そしてジルベルトは丁寧に受け取り、早速試射してみる。
どんッ!!
ちょっと遠くにあるものの、かなり大きい岩を
的に見立てて撃ってみた。
それはレイリアにもすぐ分かったが、狙いは大きく外れた。
と言うより、かなり酷い。的から6メートルも
下に着弾しているからだ。
どんどんどんどんどん!
五連射ほどしてみるが、一発としてまともに着弾していない。
「よ……よくそれで銃が持ちたいなんて
思ったね? 才能……無いよ?」
と、レイリア。
(頑張る)
珍しく強情にジルベルトが首を振る。
「頑張る、ってさ」
と、シエルによる翻訳も入った。
「が、頑張ってね……」
と、ソニアも冷や汗かいて言うしかなかったのであった。
ちょっと渡す相手を間違ったかもしれない、とは思ったが、
良いのか悪いのか、それがジルベルトの
テレパスに読まれる事は無かった。
まあ、それはそれとして、そんなしょうもない事態が起こりつつも、
勇者軍は順調に行軍を続けていくのだった。
引き続き、目標は
カレン家筆頭のいるであろう、
レイクリッター・タウンである。
最終更新:2011年02月18日 13:07