第七章-第一幕- 真紅の雌鹿
ウィルスユーザーズ研究施設内での戦闘を終えた
勇者軍主力部隊は、ほどなく
アイリーン・マフィア本部基地内へと到着した。
「いらっしゃい、坊ちゃん、お嬢! お久しぶりで!」
マフィアの部下達から物凄い歓迎ぶりである。
そもそもそれも納得できる話であり、
ストレンジャー家のジルベルトの母親、
エリシャ=ストレンジャーとアイリーン・マフィア筆頭の
ケヴィン=アイリーンは実の姉弟の関係にある。
いわば最も近しい親戚筋なのだから当然と言えば当然であった。
(おひさしぶりー)
「あと『お嬢』はやめてってば。こっ恥ずかしいったらないわよ」
ジルベルトはにこやかに、シエルは不満げに玄関からあがりこむ。
次いで他のメンバーが足を踏み入れた。勝手知ったる何とやら。
マフィアの部下達もジルベルトの無口は承知の上なのであった。
何年か前に足を踏み入れた時と何ひとつ変わっていない様子に、
ジルベルトはホッとするのだった。広いのも相変わらずだ。
とことこと歩いていると、ライナスが何かを察知した。
「……?」
「どうしたの、ライナスさん?」
シエルが振り向いた事で全員が足を止めた。
「マフィアの部下の人達とも
違う気配がする。こそこそ隠れてるな。
ひょっとしたら敵に潜入か何か
されてるかもしれない。警戒して」
とのライナスの言葉に、全員が臨戦態勢に入る。
しかし、ライナスが感じていた気配はすぐに消えた。
「……気のせい、なのかな? いや、違う、こっちか!?」
ライナスがまた別の方向を振り向く。もちろん他の者も振り向く。
しかし全員が振り向く頃には、また気配が消える。
「俺に正確な位置を悟らせないとは……凄いな」
素直にライナスが感嘆の言葉を呟くが、コンラッドは苛立った。
「誉めてる場合か、おい!
お前等の叔父貴とかメイベルがヤバいだろ!?
いいからとっとと言って防御を
固めといた方がいいんじゃねぇか!?」
「コンラッドの言う通りよ。もたついてたら危ないわ」
ソニアまで賛同したので、とりあえず一同は筆頭である
ケヴィン=アイリーンの執務室へと向かった。
「叔父様! 曾祖父様も!!」
シエルがやや乱暴にドアを開けると、そこには風格のある
中年に届きそうで届かない年齢の茶髪の男性が座っていた。
その傍らには白髪混じりの老人もいる。
前筆頭、
グスタフ=アイリーンであろう。
老いによる衰えは見えるが、
元気に手を振り、健在ぶりをアピールしてみせた。
「ジルベルトにシエル。元気そうじゃないか……む?
レイリア、エイリア両中尉にコンラッドも出てくるとはな」
ケヴィンは冷静に驚いてみせる。
(おひさしぶりですー)
とことこ近寄って、のんびりと抱擁など交わすジルベルトに、
ケヴィンもグスタフも苦笑するのだった。
「ふふ……その気性も相変わらずか、エリシャにそっくりだな」
「まったくだ。曾孫ながら可愛らしく育ったものだ」
のんきに談笑する二人をシエルが叱りつける。
「じゃなくて! 侵入者がいるかもしれないんですって!
早く防御を固めないと危ないじゃないの!!」
「それは本当か、シエル?」
ケヴィンの目つきが変わった。
「ええ、ライナスさん……
ジーニアス家の勘でも捉えきれないわ」
「アイリーンのおやっさん! メイベルはいねぇのか!?」
コンラッドも血相を変えて詰め寄る。
「メイベルなら発注した特注の防具を
取りに出かけているから大丈夫。
帰りが遅いのは気になるが、むしろこの場合は安全だろう」
と、ケヴィン。
「そうスか……」
と、コンラッドも一安心である。
しかし防衛を緩めていい言い訳にはならない。
各自が臨戦態勢のまま、部屋で待機していた。
その時である。
ごぅッ!!
何か赤い塊のようなものがドアを開けたと思ったら、
物凄いスピードで突撃してきたのだ。
「うおッ!?」
ごんっ、ばきゃっ!!
それはコンラッドめがけて直進したが、
コンラッドが何とか回避すると、傍にあったテーブル、
そしてその後方の壁を派手に砕いて停止した。
派手に転倒したようだが、ようやくそこで正体が分かった。
アーマーナイトである。鎧の色が真紅なのだ。
しかし、あまり体格に恵まれていないのか、それほどの迫力は無い。
それでも器用に謎のアーマーナイトは起き上がる。
第二撃が来るのではないか、と警戒するコンラッド、並びに
勇者軍メンバー達を差し置いて、真紅のアーマーナイトは何故か
こそこそと影に隠れ出した。情けないこと甚だしい。
「こらこらッ! 好き放題突撃しておいてそれはねぇだろ!?」
血の気の多いコンラッドが叫びながら、
次いでテディ、ジークらが追撃に入る。
しかし別の入口からいつの間にかアーマーナイトは入ってきて――
ごぅッ!
どうやらブースターでも積んでいるのか、また突撃してきた。
今度のターゲットはライナスである。今度は手に鎌まで持っている。
「甘い!」
ライナスはひらりとかわし、また物を破壊して
転倒するアーマーナイト。
そして再びこそこそと隠れて気配を消す。
「器用な人だなぁ……」
流石に呆然としながらもリゼルが呆れ果てる。
しかしジルベルトは別の疑問を抱いていた。
殺気が無い。
テレパスから怯えの色しか読み取れない。
そもそも、持っている武器自体、殺傷能力が無いナマクラなのだ。
それに、ケヴィン、グスタフ両名がずっと黙っているのも気になる。
それはシエルも同様で、不可解といった表情をしていた。
結局追いつけなかったコンラッド達が戻ってくる頃に、
今度は壁を破壊し、そこから真紅のアーマーナイトが飛び出て来る。
きしゅッ!
しかし、今度はジルベルトがリールを投げ放ち、
アーマーナイトの動きを止めた。
しかしアーマーのブースターの出力が
予想以上に大きく、止められないかもしれない。
(コンラッドさん、手伝って)
「コンラッド、お兄ちゃんを手伝ってちょうだい! 止めるわよ!」
シエルの翻訳がすかさず入る。
「リールだな! 分かったぜ!」
コンラッドもリールを投げてアーマーナイトを拘束した。
「勝負あったな!」
喜色満面で宣言するコンラッドを尻目に、
ケヴィンがようやく席を立つ。
あっさりとアーマーナイトに近寄って、
そのフルフェイスの兜を外した。
「どうだった? 久しぶりに見た彼等は?」
と、優しく呼びかけてやるケヴィン、
真紅のアーマーナイト――の少女は
「はい、お父様……流石はジルお義兄様達……です」
非常に小さな可愛らしい声で答える。
「メイベル!!?」
コンラッドが代わりに驚愕した。まさか幼馴染みに襲撃されるとは
思っていなかったのだろう。
しかも父親も曾祖父もグルときたものである。
「コンラッド君……ごめんなさい……
私の実力テストを……したの……」
メイベル=アイリーンはそう言ってのけた。
「やぁっぱりね」
と、納得顔をするシエルだった。
「お久しぶりね、メイベル。こそこそ隠れるのが得意技のあなたが
アーマーナイトになったってのはすっごいびっくりしたけど、ね」
「シエルお義姉様も……ジルお義兄様も……お久しぶりです……」
(おひさしぶりー)
ジルベルトが頭を撫でてやると、なすがままに撫でられる。
「うわー、小っちゃーい、かわいー」
と、ソニアが近寄ってきた。よく見ると身長もジルベルトより
数センチ高い程度で、真紅のアーマーがひどく小ぢんまりと見えた。
遠目に見ればただの赤い箱か何かに見えたかもしれない。
「と、まあそんなわけで試すような真似をして失礼した。
ウチの娘がスプレッダーの事、
そして先の
カルナード港での戦いを聞いて、
いてもたってもいられなくなったようでな」
と、ケヴィンが謝罪する。メイベルもアーマーを脱いで
普段着になった。ただし曽祖父グスタフの影に隠れている、が。
「ほら、メイベル。自己紹介したまえ」
と、グスタフが前に押し出す。
「メイベル=アイリーン……です。はじめ……まして」
そこまで言うとまた曽祖父の影に隠れた。
どうやら人見知り気味らしい。
「お恥ずかしい。過保護に育ってしまったみたいでね」
と、ケヴィンも苦笑いする。
「あの通り隠れるのが上手になってしまった。せめて安全に
戦えるようにと、アーマーナイト志望にさせてみたんだが、
真紅に塗ってしまうせいか、余計に目立つ。
そのせいで付いた渾名が『真紅の雌鹿』だとさ」
「雌鹿?」
「鹿は臆病で隠れるのが得意な生き物だからな」
「なるほど……」
と、妙に納得してしまうテディであった。
「まあメイベルのこういうのも
いつもの事だけど、今回は驚いたわね」
と、皮肉たっぷりにシエル。
メイベルは本当に申し訳無さそうに隠れる。
(まあまあ)
と、ジルベルトがフォローに入る。
「それで、叔父様。物は相談なんですけど」
「どうした、シエル?」
「メイベルもろとも、全員、再訓練が必要だと思うんです。
この戦い、何度か戦闘上での敗北を喫しています。
このままじゃいけないと思うんですけど?」
「ふむ……どうする、おじい?」
「そうだな」
と、ケヴィン、グスタフ両名が二人で会議を始めた。
端末をいじっているらしい。
しばらくすると、話がまとまったようである。
「そうだな。ジルベルト達がそうだというのならそうなんだろう。
幸いにも、
惑星アースに残るスプレッダー幼生体の数も
残りわずかとなってきている。各国の一致協力によってな。
少しぐらいは訓練に時間を費やしても問題無いと判断する。
気の済むまで新造した地下訓練施設を使うといいだろう」
と、ケヴィンが言ったので、一同は安心した。
これで妨害の入る事なく特訓に専念出来る。
「ところで、件のウィルスユーザーズの研究施設を一つ
潰してきたんですけど、その施設を解体してもらえませんか?」
と、ユイナ姫が申し出る。
危うく忘れそうではあったがこれも大事だ。
「分かった。工兵を回して作業を進めておこう」
ケヴィンも快く請け負ってくれた。
「うむ、それでは特訓の開始だな。今日はゆっくり休むぞ!」
「そーだねー」
ジークが発言し、レイリアが答えてその場が締まる。
その日の夜。
「コンラッド君……昼間の奇襲、怒ってる……?」
夜風に当たりに来たコンラッドの前に、
メイベルがこっそりと現れた。
両者は幼馴染みなのだ。
「別に怒ってなんかいねぇよ。ちこっと驚いただけだ」
「よかった……」
ぼろぼろと涙を零すメイベル。
「うわ、泣くなよな! だから怒ってねぇって!」
「こんな勝手な事して、どうやって謝ろうかな……って……」
「謝る必要なんかねぇよ。お前は俺達の助けになろうとして
前線に出る覚悟までしてくれたんだろ? 礼を言わねぇとな」
と、メイベルの頭を撫でてやる。
「小さい頃はいっぱい守ってもらったね……
けど、今度は私がコンラッド君を守ってあげる。
自慢のアーマーなんだよ……あれ」
「そか。でも無茶すんなよ?」
「うん……」
ようやくメイベルが微笑んだ。
(世話の焼けるちびっ子だよな、
まったく。隊長といいこいつといい)
と、コンラッドはただ一人苦笑するのであった。
一方のジルベルトはというと、訓練弾を持って、
一人で的を作ってから射撃訓練をこっそりとやっていた。
だんっ! だんっ! だんっ!
相変わらず一発としてまったく的に命中しない。
才能の無さを存分に発揮していると言ってもいいだろう。
そこに静かにエイリアがトイレに行くため通りがかった。
ジルベルトに関しては、遠目に見るだけではあるが。
「…………今度の隊長は随分と諦めが悪いな…………」
それだけ言うと、エイリアはトイレに向かって歩くのであった。
それはさておき、勇者軍主力部隊の特訓が、
今アイリーン・マフィアにて
始まろうとしていたのであった――
最終更新:2011年02月18日 13:10