第八章-第三幕- 執念
長い戦いの末、スプレッダーの成体を叩き潰し、死亡せしめた
勇者軍主力部隊は、ジルベルトとシエルの義姉、
亜人族ワーキャット族長、
ラティシア=ラヴィニットを迎え、
スプレッダー成体の死骸を除去する作業を滞りなく行うため、
強敵、
ウィルスユーザーズの大部隊に対し、
迎撃態勢を取るに至ったのであった。
「まぁったく、厄介だこと」
既に大きく消耗している勇者軍主力部隊ではあったが、
こんな事もあろうかと用意していた魔力回復用の道具『聖水』を
シエルは、多量に全員に振りかけて魔力を回復しているのだった。
これがあれば、もう少し耐え抜く事が出来そうであった。
ウィルスユーザーズの研究施設から没収したわずかな財貨で
何とか購入した物資なので、無駄には出来ない。
ラティシアの方はラティシアの方で、よほど渾身の力での
シャウトだったのだろう。喉を痛めていて連発は出来そうにない。
かなり不利な状況での迎撃だが、やるしかないのだった。
そしてしばらくしていると、遠くから地響きが起こった。
今度は人為的なものによるものである。
物凄い人数の兵士を連れて、まず真っ先に現れたのは、
ウィルスユーザーズの首魁、
ハートレオだった。
相変わらず、
ネイルキャット同様の
覆面をかぶっており、顔が見えない。
更にその後方には、ネイルキャット、
ブレインフォックスが現れた。
「勇者軍主力部隊の諸君、ご苦労であったな」
と、来るなりハートレオが言ってのける。
「別にあなた達のために倒したわけじゃありません!」
ユイナ姫が一喝するが、ハートレオは意にも介さない。
「スプレッダーの存在は危険だ、と我輩個人としては思っていてな。
奴の殺傷に関しては礼を言わねばならぬところだ」
「生け捕りの方が作業が楽なのに……」
ブレインフォックスがぼやく。恐らく
生物兵器化の作業のことなのであろう。
「こんな危険生物生かしておけるか!
よく利用しようだなどと思うものだ!」
テディがブレインフォックスを威嚇する。
「私も生け捕りには反対かな。でも引き渡してもらうわよ。
ウィルスユーザーズ全体の利益のために、抗体を採取しないと、ね」
茶目っ気たっぷりにネイルキャットが含み笑いをする。
「あんたは一体何がしたいのよ!?」
ジルベルトの意見を代弁する形で、
シエルと、ソニアが異口同音に叫ぶ。
「どちらにしろ抗体なら俺達が採取したよ。
これで儲けようなんてつもりもない。そしてこいつは除去する。
だから、ウィルスユーザーズにはお引取りを願おうか」
ライナスが剣を手に取った。戦闘態勢だ。
「そうはいかんな。勇者軍主力部隊よ。
我々ウィルスユーザーズはそれぞれの形でスプレッダーと
そのウィルスとやらがもたらす利益を享受するための団体だ。
すなわち、そいつの捕獲は我々の総意である」
ハートレオは、愛馬
エルトリオンへと騎乗し、槍を掲げた。
「どかぬなら、力づくで奪うのみだ。総員、進撃」
ハートレオの指示で、大部隊が動き出した。いつもなら射撃一辺倒の
ウィルスユーザーズが、今回に限って各兵種を繰り出してきた。
パラディン、
ウィザード、セイジ、
ペガサスナイト、
ドラゴンナイト、
アーマーナイト、
ファイター、
ダンサー、
シーフなど、
ありとあらゆる混成部隊が統制を取って、襲撃してきた。
「ひゃあッ!?」
情けない事にメイベルは勢いに驚き、
スプレッダーの死骸の影に隠れてしまう。
「ちょっと、隠れてる場合じゃないでしょ!?」
レイリアが慌てて叱咤しに行く。
「それじゃあ、出番ですかね。少し時間下さい」
よっこらしょ、とばかりにシルヴィアが呪文の詠唱を始めた。
「詠唱に時間がかかるなら来る前にやっといてよ!」
レイリアはそっちも叱りつけた。
しかし、思いの他、詠唱はすぐ終わった。
「
マスター・ブースター!!」
ぐん、と勇者軍主力部隊の力が増した。力だけではない。
敏捷性も、頑強さも、精神力もである。それも全員だ。
最高位のサポート魔法であろう。凄まじい効果だった。
「よし、奴等が撤退するまで守り抜くぞ、いいな!?」
「お前が仕切るな! 分かってる!!」
ジークが目的を明確に伝えると、コンラッドが怒鳴り返した。
「
フレイムランチャー!!」
リゼルの
火属性広範囲型高威力魔法が戦いの幕を切った。
大勢が薙ぎ倒されていくが、それでもまだまだ数はいた。
魔法を使うのはリゼルだけではない。
敵のウィザードやセイジなども魔法を乱射してくるため、
勇者軍主力部隊は受けるのがやっとだった。
肉弾戦を挑む相手はあしらう事ができるが、この魔法戦力の少なさは
いかんせん、如何ともし難いものがあった。
「スプレッダーみたいに殺していいんなら、楽なものを!」
コンラッドがぼやきながら、また一人を殴り倒した。
この不利極まりない状況にありながらも、
勇者軍軍規を遵守し、
勇者軍主力部隊は殺害を徹底的に避けているのだった。
この半端な手加減が、状況を更に不利にしているのだが――
しかし、この戦局を徹底的に切り開いたのは
ソニアとラティシアだった。
敏捷性トップクラスのこの二名は、敵の中央に潜り込み次第、
ここぞとばかりに大暴れを始めるのだった。
魔力戦において、大きく不利でありながら、地力の強さによって、
勇者軍は誰一人として殺さずに、しかも相手を圧倒しつつあった。
「前衛部隊、呪文詠唱の時間を稼ぎなさい!」
ブレインフォックスの的確な指示が飛ぶ。
「私も行くわ」
ネイルキャットが自ら動き出した。ラティシアはともかく、
ソニアの方だけでも押さえ込むためだろう。
もちろん、ジーク、コンラッドやライナス、テディなど
近接攻撃を得意とする面々も暴れているが、
ネイルキャットにとっては因縁もあるのだから
仕方が無いのかもしれない。
「
ソニア=メーベルヴァーゲン! 勝負よ!」
「ネイルキャット! 望むところよ!!」
二人が付き、離れ、ほとんど一対一の激闘となった。
ラティシアも数を薙ぎ倒してはいるが、予想以上に数が多い。
「ブレインフォックス、そろそろだな」
「はい、ハートレオ殿」
ブレインフォックスは前に出て、指示を出した。
「セイジ部隊、ウィザード部隊、最大の攻撃魔法を、
一番人数の多いところに叩き込みなさい!!」
敵の魔法部隊は、攻撃魔法をそれぞれに一斉発射した。
まともに食らえば、ひとたまりも無い。
メイベルはこの機を待っていたのだ。ここで動かなければ、
壁役としての、
マスターアーマー本来の役割など果たせないのだから。
「
ハイパーガード!」
鉄壁の防御姿勢をもって、味方の盾となり、
一身に攻撃魔法を受ける。
凄まじい耐久力だが、
スカーレット・アーマーが
次第に傷だらけになる。
「あううう!!」
恐怖に恐慌しかけていたメイベルを、ジルベルトが後ろから支えた。
(大丈夫、守ってあげるから……)
ジルベルトはストレンジャーソードを大地に突き立てた。
(
封神封魔流・防の秘剣『
精霊防護壁』!)
圧倒的なエネルギー量の防御フィールドが、あらゆる魔法を軽減し、
ほとんどメイベルのところまで攻撃が届かなくなるほどだった。
「ジルベルト兄様ッ!」
にこり、とジルベルトは微笑んだ。
「やるな」
ハートレオも、ニヤリと笑う。
「だが詰めの甘さが命取りだ。波状攻撃が
自分達のお家芸とでも思ったか?」
ハートレオが見つめる先は自軍でも、
ネイルキャットでも、ましてやその先にいる
スプレッダーの死骸でも、それを守る勇者軍でもなかった。
「おらぁぁぁぁぁッ! 増援参上だ! ありがたく思いやがれ!」
「執刀を開始する」
アイズオウル、
ハンドドッグ両名率いる増援部隊が、
スプレッダーの死骸から見て右翼、左翼双方から出現した。
更にまずい事に、ブレインフォックス自らも動き出した。
「私も出ます。指揮を委ねますよ!」
「まずい!?」
レイリア、エイリアが慌ててハンドドッグ部隊を押さえに右翼に動いた。
「させるものか!」
ライナスも続けて、アイズオウル部隊を押さえに左翼へと移動した。
「俺に任せろ! 三度目の正直だ!」
テディが更に、ブレインフォックス部隊の中に突入する。
その各員を、リゼル、シルヴィア、シエルの三名が
フォローする形になった。
ネイルキャットとの戦闘を、まだソニアも継続していた。
ユイナ姫が真っ只中での撹乱に参加する事で、
何とか戦闘を維持しているというほど、追い詰められていた。
既に倒した人数は千名以上にもなる。これ以上数が増えるのなら、
対処が難しいかもしれない。戦況は激戦ながらも膠着状態に近く、
一進一退を繰り返しつつあった。正直、勇者軍相手に
国家レベル以外でここまで戦える組織が
あるなどとは予想外であった。
ジルベルトは思わぬ苦戦に歯噛みしながらも、
懸命に迎撃に出ていた。
結果的に、スプレッダー成体の死骸に近い者は、
シルヴィア達の魔法部隊を除き、いなくなってしまった。
そこでハートレオの指示が飛ぶ。
「今だ、
レッグホース!!」
「お待ちしておりましたぞ……レッグホース、推参!」
スプレッダー成体の死骸の後方から、更に増援部隊が現れた。
「そんな!?」
リゼルが予想外という声をあげる。
対処のしようが無いかもしれない。
「私が出ますよ」
あっさりと言ってのけると、シルヴィアが後方へ移った。
「
ウォーターランチャー!」
攻撃魔法が、次々とレッグホース隊の兵士を薙ぎ倒す。
「これ以上、手出しなどさせるか!」
レッグホースが剣を手に取り、シルヴィアへと切りかかる。
しかし、シルヴィアは素早く回避し、杖で殴りかかる。
「ふん、
ヒーラーが一人でよくやる、名乗らせてやろう!!」
「
シルヴィア=スターリィフィールドです」
平然とシルヴィアが返答するが、レッグホースに額に青筋が走った。
「スターリィフィールドだと……ならば、許さん!
思えば私がこんな所で戦わねばならんのも、貴様等
スターリィフィールド家のもたらした技術のせいだ!」
ムキになって斬りかかるレッグホースだが、そのことごとくを
シルヴィアは意外にも巧みに避け、受け、時には流してみせた。
「逆恨みですか? みっともないですよ」
「ほざけ! 貴様がどれだけ私の攻撃をかわしてみせようが、
我々の目的はスプレッダー成体の奪取だ!
輸送部隊、搬出開始!」
スプレッダー成体をレッグホースの輸送部隊が運び始めた。
残念ながら全員が防衛に徹せざるを得ない以上、
抗すべくも無く、あっさりと十分後には、運び出されてしまった。
「くっ……!」
リゼルが全てを見ながらも、見逃さざるを得ない程に
ウィルスユーザーズの主力部隊の人数は凄まじいものがあった。
絵に描いたような人海戦術である。
レーダーの範囲外に出られた以上、
即時の追跡も不可能となってしまった。
「よし、総員撤退だ! 落伍者は遺憾だが置いて行く!」
ハートレオの冷徹な命令に、総員が従い、速やかに撤退した。
それでも勇者軍主力部隊の暴れぶりは半端ではなく、
レッグホースの補給部隊以外は十分の一も残ってはいなかった。
そんな扱いを受けても彼等兵士が従ったのは、
相応の旨味、すなわち利益をあらかじめ与えられたからだろう。
ハートレオ自身の人徳も大きいのかもしれない。
その事を素直に認めざるを得なかった。
もはや精根尽き果てた勇者軍主力部隊は、
シャンゼリー王国に働きかけ、捕縛者の連行をしてもらい、
自らは休息のために、
亜人族の里へ一晩逗留するのだった。
ミゼラブルに治療薬のサンプルを渡し、事前に採取したサンプルから
シルヴィアが調合した完全型の抗体を投与された勇者軍主力部隊は、
そのサンプルを勇者軍研究部へ送り、
インフルエンザウィルスへの耐性を得た。
持ち合わせの治療薬はミゼラブルへと渡され、
量産化して亜人族の治療へと
当てられる事に
なるという。
しかし、そこまで事態が進んでも、
ジルベルトは陰鬱な気持ちだった。
これは事実上の人海戦術に対する敗北だからだ。
「ジルベルト君……」
ソニアが心配な目で見つめる。しかし追撃は不可能……と思われた。
だが、そこで折れるほど勇者軍主力部隊の地力はヤワではないのだ。
「勇者軍管理衛星を通じて情報部より連絡が来ました!
ウィルスユーザーズの本部基地と思わしき
大規模施設を特定、成功!!」
ジルベルトが驚愕し、立ち上がる。
(なんで、分かったの?)
報告をよこしたシルヴィアに疑問を投げかけた。
「万が一の時を考えて、スプレッダー成体の死骸に、発信機を
取り付けておいて正解だったと思います。そのせいで
呪文詠唱が遅れたので手柄は無しですけど」
と、あっけらかんと言ってのけるシルヴィア。
「ナイスです、シルヴィアさん!」
「やーん、リゼル君が誉めてくれましたー」
いちゃつき始める二人をよそに、ジルベルトは装備を整えた。
「もう行くのか? もう少し休まなくて大丈夫か?」
ラティシアが心配そうに声をかけるが、ジルベルトは首を振る。
『僕は一人じゃないから、大丈夫。みんなが、いる』
その旨、メールで伝えると、ラティシアも頷いた。
「場所は?」
エイリアが巻かれた包帯をほどいて投げ捨てながら横柄に質問する。
「ちょっと待って下さいね」
リゼルが座標を確認する。
「旧犯罪者ネットワークを管理する人工島、
ジェイル・アイランドです!」
「ヨゴレを隠すにはヨゴレの中ってか」
コンラッドが皮肉たっぷりに言ってのける。
ジェイル・アイランドは移動する島であるが、
これは別にウィルスユーザーズのために作られた人工島ではない。
その事を、コンラッドはしっかりと知っていたのである。
「位置は? 常時移動中という事か?」
ジークの疑問には、リゼルは頷いて済ませた。
「だったら俺の……いや、ワイズマン家の出番じゃねぇか。
レッド・ワイズマンMk-Ⅱを呼ぼうぜ!」
コンラッドが張り切って自らの母艦を呼び出すため、通信を始めた。
「希望が繋がってきた、というところでしょうか?」
ユイナ姫がしっとりと微笑んだ。
「勿論だ。あの程度で諦めるようでは、
数千年前に勇者軍など滅んでいる」
と、テディが同意する。
「勇者軍は、存在し続けるが故に勇者軍なんだ。それを教えてやる」
ライナスの眼差しにも光が宿った。
「行きましょう、ジルベルト君!」
ソニアが肩をポン、と叩いてやると、ジルベルトが頷いた。
「決着を着けるために!」
「おうッ!!」
ソニアの檄に全員が応じた。
ウィルスユーザーズとの激闘が、また再び始まろうとしていた。
戦場は、ジェイル・アイランドである――
最終更新:2011年02月18日 13:17