第十一章-第三幕- メイベルの友達
アイリーン・マフィア本部を包囲した謎の武装勢力は、
キョウカ王妃との交渉を決裂させ、突撃を開始した。
四方から包囲されたこの状況の中、
勇者軍の四名は
文字通り四散し、東西南北それぞれの方向へ突撃を開始する。
東へ向かったジルベルトは剣と鋼線で大暴れし、
敵を速やかに無力化し始めていた。だが数が数である。
やはり怪我だけでは済まないような
剣の振り回し方をせざるを得なかった。
「………………」
「こいつ、チビのくせにすかしやがって! 死ねぇ!!」
悪態をつきながら特に乱暴そうな敵兵が
数名ほど突っかかってくる。
そのうち二人に猛烈な足払いをかけて昏倒させ、
剣を一時鞘に収めてから片方の兵士をぶん投げて
残りの敵兵を薙ぎ払った。
更にもう片方の兵士も丁寧にぶん投げて戦場を撹乱する。
これを繰り返して、むしろ剣よりも安全かつ迅速に
敵兵を無力化しつつあるジルベルトだった。
文字通りのちぎっては投げ、ちぎっては投げ、である。
西に向かったソニアは獅子奮迅と言わんばかりの大暴れを開始した。
素早さと技量に定評のある彼女は
常人からは測り知れないほど機敏に動き、
避けては駆けて、駆けては殴り、
殴っては蹴り、蹴ってはまた避ける。
猿や狼でもここまで機敏かつ忙しそうには動かないだろう。
何名か重歩兵も混じっているが一切関係は無い。
敵の初撃をかわしたなら、もう彼女の独壇場だった。
右の拳で敵の鳩尾(みぞおち)部分の装甲にヒビを入れ、
次いで左の拳で鳩尾部分の装甲を叩き割り、
最後にもう一度右の拳で鳩尾に一撃。これで充分だった。
敵がうずくまったなら後は簡単。そのまま蹴り飛ばせば良い。
そんな感じの大暴れを続けるうち、敵兵はみるみる減っていく。
南へ向かったルシアはというと、
矢を束ね撃ちにし、弓を乱射する。
敵が近付けばまたステップを踏んで離れ、次々と弓を射る。
「とにかく奴を捕まえろ! これ以上好き勝手にやらすな!」
ようやく戦術らしき命令を下す敵兵だがもう遅い。
一斉に近寄ってくれば彼女の的だ。
「
ウォーターウェイブ!!」
強い水圧を含んだ波が、彼女の周囲一帯の敵をを吹き飛ばす。
「くそ、怯むな、続け!」
敵兵がなおも懲りずに突進するが後はこれを繰り返すだけだ。
正直、場数を踏んだ彼女にはものの数ではなかった。
北へ向かったメイベルは、その自慢の
スカーレット・アーマーで、
敵の攻撃をことごとく弾き返していた。
時々思い出したかのように動いては、非常に雑に敵を鎌で殴る。
自分のアーマーに絶対的な自信がある故に為せる所業だ。
「この好戦的でない態度……あの鎧……ひょっとすると、
あの『真紅の雌鹿』ってのはこいつの事か!?」
妙に戦慄する敵兵。どうやら何故かそれなりに名が売れたらしい。
「嬉しくなんかありません……!」
少々ムッとしたのか、メイベルは多少積極的に動き出した。
「あの鎧に勝てる奴なんかいないぞ、逃げろーッ!」
変なネームバリューのおかげで
敵は恐慌状態になったようではあるが、
メイベルはどこか納得がいっていないようではあった。
ジルベルトの横には大福達、五匹の猫が付いていた。
襲われた事で敵意を剥き出しにし、
こちらも尋常でない暴れぶりを示す。
だが、それに驚き、敵兵達が大きく後ずさった。
「その強さ……速さ……そいつら、普通の猫じゃないな!
まさか、
遺伝子調整動物か!?」
その態度の変わりようにジルベルトは驚いたが、
その通りなので、軽く頷いた。
『遺伝子調整動物』は遺伝子をいじる事によって生まれた動物達だ。
遺伝子の調整によりアレルギーを受ける事無く飼う事が出来る
愛玩用の調整はもとより、調整の仕方や組み込む細胞によっては
戦闘用の動物として誕生させる事も不可能ではない。
現に大福、
きなこ、
みたらし、黒ごま、
あんみつの五匹は
それぞれに長所の違う戦闘能力を持たされた動物であり、
知能も尋常ではないほどのレベルを誇っているのだった。
もちろん先代筆頭エリシャの時代にも遺伝子調整動物はいたし、
それを否定する理由は特に無かった。
敵はそれを警戒したのだと思い、退いてくれればと考えて
ジルベルトは遺伝子調整動物である事を否定しなかった。
「おのれ、我等が真なる敵は勇者軍、お前達にあらず!
その五匹の畜生共こそ、我等が誅滅すべき怨敵なり!!
死力を尽くせ! 他の部隊も合流させろ!
勇者軍などどうでもいい、あの五匹の猫をすぐに殺せーッ!!」
「えっ……!?」
ジルベルトも思わず声を出すほどに驚いた。
まさか人類史上最強の私設軍である勇者軍を放置した上で、
少々強いとはいえ、猫五匹を本気で付け狙うというのだ。
とても正気の所業とは思えなかった。
だが、敵兵はその動揺を隙と見なして、突撃を敢行した。
「大福、きなこ、みたらし、黒ごま、おいで!!」
思わず全力で叫び、四匹を呼び寄せつつ、自らは
あんみつを抱き寄せて速やかに後ろへ退きつつ応戦する。
この仔猫達は生まれたときからジルベルトが守ってきた命だ。
あんみつにしてもメイベルが守ってきた命である。
ならば、
勇者軍軍規に則り、
そして私情としても守らねばならない。
だが、ルシア、ソニア、メイベルの方面に
向かっていた兵士達までが
ジルベルト及び五匹の猫を狙って殺到してくると、
流石にジルベルト一人では荷が重くなってきた。
事態を察して三人が救援に来るまでは
それなりの時間がかかるだろう。
それまでに、猫達のうち、誰かが死んでいない保証は無かった。
(僕だけじゃ守り切れない……)
許容は出来なかった。どちらを守るかと言われれば、
猫の……否、家族の命を守る。それがジルベルトの信条だった。
(ならば、僕はこれより、修羅に入る!)
殺害行為の断行を決意しようと決めて、彼は剣を敵に向けた。
だが、その時だった。
「
ダークバスター!」
空中から膨大な数の闇の魔法が飛来し、
敵陣のド真ん中へと叩き込まれた。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ!!」
次々と乱射されるダークバスターに、次々と敵兵が倒れたり、
大慌てになったり、混乱を引き起こしたりしている。
(味方!?)
ジルベルトは魔法が飛んできた空中の方角を仰ぎ見る。
天馬騎士――
ペガサスナイトだ。それもかなり貫禄のある、
高い能力の
ペガサスに乗っているようであった。
「
ベアトリス、降下よ!」
「ひひんばー!」
ベアトリスと呼ばれたペガサスの力で急降下し、一気に地上へ降り、
一通り騎乗している少女の手で槍が暴れ回った頃には、
彼女の槍の届く範囲に敵はいなくなっていた。
「ただ一騎だ、討ち取れ!」
兵士の注意が猫から逸れて、少女とペガサスに向く。
「ベアトリス、行って!」
少女の号令と同時に、敵兵を
ジャンプ台にして一気に急上昇。
再度魔法の雨を降らせ始める。
「弓兵、構えぃ!」
どうやら味方らしい少女とペガサスだが、
それを狙って弓を引く敵兵達。
弓と銃という、二種類の飛び道具はペガサス……
否、空中戦を主とする者達の天敵と言っていい武器である。
このままでは明らかに危ない。
だが、危険は思ったほどに迫ってはいない。
むしろ、迫っているのは好機だった。
「フローベール、無茶し過ぎだ、下がれ!」
今度は馬に乗った普通の
ナイトだ。
武器は棒を持っているようだった。
(あれも味方なの!?)
馬上の棒術としては極めて見事な部類の敵の捌き方だった。
槍と同様に振り回しては突き、
また振り回しては突き、そして突撃。
一直線に敵を蹴散らしては方向転換し、また再度突撃、
空中と地上からのダブルヒット&アウェイを繰り返され、
敵陣はもはや陣としての効果を為さなくなっていた。
せっかくの味方だ。便乗しない手はなかった。
念のため持ってきていた広範囲攻撃用の
魔道書を開いて読み上げる。
残り1回しか使えない状態でもらったため、
リゼルからどうせ役に立つ状況は無いだろうと
言われていた余り物だが、なかなかどうして、
状況によっては助かるではないかと得心しつつも叫ぶ。
「
プラズマブラスター!!」
二人の騎士が離れたタイミングで術をぶっ放した。
多くの敵兵が感電し、更に戦局はこちらに有利に傾いた。
「大丈夫!? ジルベルト君!」
「こういう手で敵が来るとはね……!」
「フォローします、兄様!」
ソニア、ルシア、メイベルの順に合流してきた。
これで勇者軍の敗北は無くなった。
先程交渉した指揮官らしき人物は、二百名以上を引き連れて、
たった六名に勝てない事実に愕然とし、そして激昂しかけていた。
「お、おのれええッ!!」
すると、フローベールと呼ばれた少女がジルベルトの元に来て、
先程ジルベルトが使って、術の効力が無くなった
プラズマブラスターの書をさっと取り上げた。
「フローベール!」
驚くメイベルだが、彼女は一顧だにしなかった。
「ちょっと借りますね!」
敵の指揮官は激昂したまま剣を構え、
もう一人の騎士に狙いを定めた。
フローベールはペガサスを急上昇させ、次いで急降下。
「ペンは!」
がごッ!
凄まじい勢いで本の角が敵指揮官の脳天に叩き込まれた。
未だ戦闘中の騎士はその異音に振り向いた。
自分が敵指揮官から狙われているのにようやく気付いたようだ。
「剣より!」
フローベールの手から空の魔道書が放り投げられた。
どうやら少年騎士は、フローベールの意図を察したらしい。
馬の腹を蹴り、思わず怯む敵指揮官に向かって疾走する。
「強し!!」
そのまま少年は叫びと共に本の表紙を
ダイレクトに敵指揮官の顔面へ叩き込む。
「ナイスなコンビネーションだったわ。即席な割に」
「だから無茶し過ぎだって。俺じゃなきゃ
対応しきれないぞ。あんな無茶振り」
フローベールと少年はそう言いながらもハイタッチをする。
戦闘は終了した。敵兵の大半が撤退し、
残ったり気を失ったりした者達も
アイリーン・マフィアの兵達によってあっさりと捕縛された。
「兄様、紹介します。私の友達、情報部所属のフローベールです」
と、メイベルが遅まきながら紹介する。
「
フローベール=エルデナント伍長です。今のが初陣ですが、
何とか上手くいったようで何よりです。
で、こちらが愛馬のベアトリス」
「ひひんばー」
「?」
ジルベルトが
テレパスで何かを読み取ったようである。
(この子があの総帥エリシャのお子なのね……分かるわ。この感じ。
人を惹き付ける才、戦の才、そして人業さえも呑み込む異才。
いや、あるいは鬼才なのかもしれないわ。どこまでも異質にして、
究極の自然体のまま戦えるという本質なのかもしれないわね)
という考えである。その真意は読めなかったが、
総帥であり、母であるエリシャを知っているという事で、
ジルベルトはなんとなく親しみを覚えるのであった。
「で、自分はその双子の弟、
バスク=ランドルフ軍曹です。
なんか
エリート扱いされて、フローベールより階級高いですけど、
まあ立場は同じようなモンなんで扱いも同じでいいッス。
あと、所属は研究部になりますので、よろしくです」
(うちの子達を守ってくれてありがとうなのー)
ジルベルトはニコニコと笑って二人と握手する。
戦闘終了を確認して、キョウカ王妃も中から出てきた。
「無事に二人が加わったようですね……」
「キョウカ王妃、この二人が
フローベールとバスクです。双子なんですよ」
メイベルが紹介すると、キョウカは
二人よりむしろベアトリスを見た。
「まあ、ベアトリス……という事はあなた達は
ユーフェミアさんとエルウィンさんのお子なのですね」
「あ、はい!」
「そうです!」
ガッチガチに緊張して二人が答える。
(ソニアさん、ソニアさん)
重要だからなのか、いきなりジルベルトが
ソニアの腕をくいくいと引っ張る。
「ん? どしたの? 怪我でもした?」
「ううん、そうじゃないの。
けど、敵の様子が途中からおかしかった。
僕達じゃなくて、大福達、猫だけを執拗に狙い始めたの」
「なっ!? なんで!?」
ジルベルトが発言した事もそうだが、内容にも驚いた。
「分からないの。けど僕一人だけじゃ、この子達が危なかったの。
だから、フローベールとバスクが来てくれて本当に助かったの」
「……ふぅ、どうやらまた謎ばっかり増えちゃうみたいね」
と、内容を察してルシアが嘆息。
「敵の本命が
クォーターエルフと猫じゃあ接点が無さ過ぎるわ。
もうちょっと接点が無いものかしらね」
ジルベルトは熟考しているが、まだ結論には至らないようだった。
ともあれ、ここでモタモタしているわけにもいかないので、
フローベール、ベアトリス、バスクを加えた
勇者軍主力部隊は
更なる戦力増強を考え、勇者軍を支援する重要拠点の一つである、
バイオレット・ヴィレッジへと急行する意見をまとめたのであった。
「よっし、行くぞー!」
一人猛烈に張り切って走り出すバスクだったが、
慌てすぎたのが災いして、馬のコントロールを失いかけた。
そして落馬しようかとした瞬間、
横からフローベールが首をひっ掴まえてそれを止めた。
「バスク、慌てないの。みんなに合わせなきゃ」
「わ、分かってるよ。フローベールはいちいちうるさいな!」
と、改めて座り直すバスク。
「弟が粗忽者で済みません」
「フローベールこそおせっかいなんだよ」
「はいはい、言い合いはそこまで」
と、言い合う二人にルシアが割って入る。
流石に年長の貫禄であった。
「ゆっくり、けれど確実に進みましょう。
どうやら敵は、私達が思っている以上に巨大で、
しかも老獪な戦術がお好きなようだからね」
「はっ、はい!」
「了解です」
「じゃ、行くわよ。号令を、ジルベルト君?」
と、ルシアはジルベルトに振る。
ジルベルトはただ黙って剣を掲げて、前方へと向ける。
それに従い、前よりはいくらか緊張して、
一行は歩き出したのだった。
目標は――バイオレット・ヴィレッジ。
ジャパニーズ・チルドレンと呼ばれる者達の住処である。
最終更新:2011年02月20日 21:52