第二十七章-第一幕- 物真似の極地






ヴェール・シティを奪還し、ザン共和王国民政部首相の孫娘、
リルル(シャルル)=ブレッドを多大な苦戦の末、
バスクが偶然飛び込んできた事により、撃退に成功。
勇者軍は数日をかけて、カルナード港まで、船で一気に移動した。

「ふぃー、到着到着! んじゃ、また頼むぜ親父!」
コンラッドは意気揚々と告げた。
「エルリックも待っているのです。手早く片付けなさい」
と、養子のエルリックをおぶりつつ、養父カーティスが呟く。
「おう。いつまでも待たせやしねぇさ。んじゃな」
コンラッドは最後に船を降り、他の者に追いつく。

「手近に町とか無いかしら。物資を補給しときたいところね」
と、ルシアが手持ちの武器弾薬や食料を見て呟く。
「ああ、それならマクスフェル・シティがいいんじゃない?」
リュミエルが意見を述べてきた。
「マクスフェル・シティ? 私の知識には無いような……」
ソニアは立ち寄った覚えの無い場所であった。
リュミエルがその疑問に答えるべく、話を続ける。
「確か私達が生まれる前の話だったと思うけど、
 マクスフェル王国っていう国が過去にあったのね。
 それを記念して建てられた記念碑を中心に
 発展していった傭兵業の盛んな都市のことよ。
 ま、まず観光ガイドには載らない都市だけどね」
「ふぅーん」
シエルも感心した。ついぞ聞いたことはなかったが、
そういう都市であれば物資の補充は容易であろう。

港で集めた情報では、謎の円盤浮遊都市が
そのマクスフェル・シティなる土地へ向かったとも聞く。
真実であれば一大事だし、行ってみる価値があるはずだ。
案外、民間レベルの情報は馬鹿に出来ないものである。
「よし、それじゃあ行こうか」
ライナスの一声で、一同は進む。

すると程無く、ふらふらと歩み寄るスキンヘッドの男の姿。
リルル=ブレッドの例もある。相手が誰だろうと油断は出来ない。
「おやおや、これはこれは。こんな所で誰かと思えば、
 高名な勇者軍ご一行様ではございませんか」
物腰柔らかに語りかけてくる謎の男。
「何者だ!?」
テディが警戒して前に出る。
「私は『ミミックマン』というちょっとした芸人でして。
 これも何かの縁です。ちょっとモノマネでもいかがです?
 私も勇者軍に芸を見せたとなれば、話の種になります」
どうやら芸人らしい。一同は少し警戒を緩めた。
「ミミックマン? 聞かん名だが……悪いが我々は
 作戦行動中だ。またの機会にしてもらおうか」
「まあ、そう仰られずに――まずは……」
と、ミミックマンとやらはいきなり剣を抜いてライナスに斬りかかる。
「うおっ!?」
その剣速、太刀筋はいかにもライナスそっくりだった。
疾風剣。言わずとも誰の技か知ってるだろ?」
口調と声色までライナスそっくりに変えてきた。
丁寧にヅラまで着用済みだ。モノマネにしては悪質である。
「続けて、これでどうだ!」
すぐに距離を置いて、テディの口調と声色、そしてハンマーで、
テディに真っ直ぐ仕掛けてくるミミックマン。
「ぬぐっ! そういう手合いか! お前、やはり敵だな!?」
「ええ。まあ今はそうです。ザン共和王国民政部の
 モノマネ王、ミミックマンとは私の事でして」
「やっぱり敵じゃねーか!」
コンラッドも激昂して仕掛けるが、たやすく回避された。
あの身のこなしは、リュミエルのものである。

「更に、こういう小技も持ってましてね」
更にどっからか出したヅラをかぶる。アレは――
「私ぃ!?」
ソニアも驚愕する。どういうわけかそっくりだった。
「さあ、かかってらっしゃい!」
口調どころか、声までやはりそっくりだ。
どうやら彼には性別の差はモノマネの障害にならないらしい。
「ええい、鬱陶しい真似してくれるじゃないの!」
ソニアは極力冷静に、しかし接近戦で仕掛ける。
「鬱陶しいだけだと思わない事ね!」
声色どころか、何の仕掛けやら外観まで変えてくるので
どっちが本物のソニアか一瞥しただけでは分からない。
しかもどういうわけか技量まで一致させてくる。
これはある意味、モノマネの域を遥かに超えた技である。
「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
二人のパンチとキックの猛連打の応酬が繰り返される。
下手に援護などすれば味方に当たってしまうのは明確だった。
「ちいっ、面倒な!」
ブレスで援護しようとしていたヴァジェスが舌打ちをする。
どちらが本物か分かっているのは当人達だけ。
実に上手なやり口だった。見事と誉める他無い。
それもこれもミミックマンの変装とモノマネの技量があってこそ。
まずはそれを突き崩さない限り、こちらに打開の余地は無い。

「……?」
なんとなくジルベルトはぼーっと戦局を見ていた。
そこに違和感を感じたのである。
先程から変装する人選が限られているからだ。
まず馬持ちには化けていない。人外にも化けていない。
人間としての範疇が、やはり限界なのではないか。
理屈ではなく、感覚だけで彼はそう思った。
くいくいっ。
(試しに行くのー)
と、フローベールとバスクの腕をくいくいと引っ張った。
「わ、私達ですか?」
「大丈夫かなぁ」
(いくらあの人が器用でも、無い馬の真似は出来ないのー)
「……そっか!」
「その手がありましたね!」
これに勢い付いて、フローベールとバスクは空中と地上から
一斉攻撃を仕掛ける。それを察知したソニアは退避。
ミミックマンは姿だけはバスクに化けたが、やはり馬はいない。
「それがあなたの弱点ね!」
槍をガンガン投げつけるフローベール。
「もらった!」
馬上から棒で一突きにしてしまったバスク。
大きくのけぞり、ぐらつくミミックマン。
実質上、これは勝負有りである。
「……随分と勇者軍はバリエーション豊かな戦術を使うなぁ。
 それじゃあ、俺はこの辺で失礼させてもらいますよ。
 だが、後悔するかもしれない。あんた達は首相を本気にさせ過ぎた」
あくまで口調と声色はバスクのまま、ミミックマンは撤退していった。

「はぁー、随分と器用な人でしたねー」
むしろ感心したようにユイナ姫が嘆息する。
「だが、ミミックマンとやらがこうして妨害に出てきた以上、
 俺達の進路にFSノア49の勢力がいるのかもしれない。
 やはり、こちらに来た価値はあったのだろう、な」
ジークが呟く。
「隊長の機転で助かったわね」
と、セシリアはジルベルトの頭を撫でる。
実に気持ち良さそうな顔であった。
「で、進路は引き続き、マクスフェル・シティでいいのか?」
「いいと思います。どっちみち物資の補充したいですし」
ヴァジェスの問いに、リゼルが答える。
「民政部の奇人変人率の高さにもうんざりしてきたわ。
 どのみちFSノア49を落とせば終わり。そろそろ決めたいし、
 ここらで、気合を入れ直さなきゃ。行きましょう!!」
「応!」
ドルカスが真っ先に気を引き締め直し、そう宣言し、皆が応じた。

戦局が激化の一途を辿る中、目的地のマクスフェル・シティには
じわじわと危機が訪れようとしていた――



最終更新:2011年06月14日 20:01