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第二十九章-第一幕- ベビーズ・クライ






勇者軍主力部隊はようやくアーム城付近に上陸し、
FSノア49が向かったと思われる地点へ、
テディがウミネコに取り付けたカメラの映像を頼りに、
ひたすら歩いている最中であった。
「はぁー、遠いわねぇー」
ルシアが愚痴をこぼしながらひたすら山道を歩く。
騎兵以外は、多少の差はあれ、似たような状況だった。
山中の本格行軍など、まともに経験が無いので当然ではある。
(ただし、スプレッダー戦役中盤までの参加者はそうでもないが)

すると、哨戒機だろうか。
ザン共和王国民政部の『ホークマン』小隊がその場に現れた。
「止まれ! この先は一時的に封鎖されている!」
「そうはいかんな」
と、ヴァジェスが前に出た。
「我々は勇者軍主力部隊だ。その意味は分かるな?」
「分かるとも。通すなと命令が出ている!」
ホークマン小隊は五機編成だ。
「すぐに片付けてやる!」
真っ先にライナスがカオスリキッドから剣を抜く、が――

「きゃがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
人類の可聴音域ギリギリの絶叫が、突然周囲に鳴り響いた。
「この声は!?」
何名か、そう――
スプレッダー戦役の参戦者は全員聞いたことのある声だった。
「スプレッダー……女王体だと!?」
ホークマン小隊が怯えたような声をあげる。
突然空の向こうから凶悪なスピードで突っ込んで来たのは、
まぎれもなく、あのスプレッダー女王体そのものだった。
ただし、成長途中のため、そのまま小型化したような外観である。

「何故、スプレッダーが生き残っている! 討ち漏らしか!?」
事情を知らないテディやライナスが即座に攻撃態勢を取る。
スプレッダー女王体の凶暴さや強力さは熟知しており、
それだけに、決して油断の出来ない相手であった。
「そこのライディング・フレーム小隊! ここは休戦よ!
 一致協力して、あの蟲を撃墜する、いいわね!?」
「あ、ああ!」
セシリアの要請にライディング・フレーム部隊も答える。
ところが――
「駄目ですーッ!」
シルヴィアが静止する。もう間違えるはずはなかった。
あれが、ベビー。アンノウン・ベビーなのだ。
「駄目って! 正気なのか、シルヴィア!」
「駄目に決まってるじゃないですか! あれはベビーです!
 あなたが連れて帰ってきたんですよ、ギースさん!」
「……! あれが、こいつだったのか!」
真相を知ったギースも驚愕する。
まさか、自分の持ち帰ってきた未確認生物が
女王体のベビーだなどとは思わなかったのだろう。

「放置しておいたら殺される、撃て、撃てぇーい!」
逡巡する勇者軍を尻目に、ザン共和王国民政部の部隊が発砲。
多数の弾幕が着弾し、大きく怯むスプレッダー女王体。
「何故、積極的に襲ってこようとしない!?」
ロクな反撃も行わないスプレッダー女王体の様子を見て、
ジークも懸念を示した。
「分かりませんか!? スプレッダーの女王体の強さは
 あくまで群れを守るという本能の中にあってこそ!
 孤立した一匹では、それほどの脅威ではありません!
 今も、育ての親の私を追ってきただけなんでしょう!
 それに向かって、あんなに寄ってたかって!」
シルヴィアがライディング・フレーム部隊を
制止しようとした瞬間だった。

「ぎぃぃぃぃぃぃッ……!」
多少傷付いたスプレッダー女王体が、苦し紛れにだが、
酸を撒き散らし始めた。それを浴びた民政部の機体が
ドロドロに溶け、そしてそのボディの大半が消え去る。
「うわぁぁぁぁぁッ、助けてくれぇぇぇッ!」
民政部のパイロット達は我先にと脱出し、
さっさと逃げ帰って行く。恐らくは報告するために。

「ああも凶悪な真似をされては放置出来ません、攻撃します!」
イシターがやむなくドラグーン化を解除しようとすると、
それもシルヴィアは制止する。
「百秒下さい! その間に説得を試みます!
 言う事を聞いてくれないなら、ミームを使ってでも!」
無意識下で、最優先行動目標の書き換えをする機能の事を
シルヴィアは言っていた。そういう器用な事も出来るのだ。
(分かったのー、やってみたらいいのー)
ジルベルトがあっさりと承認してくれたので、
無駄に怪球ミームの力を使わずに済んだ。
シルヴィアは懸命に、混乱して暴れ回る
スプレッダー女王体、否、ベビーへと呼びかける。
「ベビー、私です。シルヴィアですよ!
 聞こえているなら落ち着いて! 私はここです!」

しかし、酸の嵐は止まない。
「リフレクトフォース!」
対魔法攻撃用の結界で防御するシルヴィア。これで味方をも守る。
「私も手伝う、防御結界、展開!」
リュミエルの防御結界も使っての二重防御だ。酸では抜けない。
「落ち着いて下さい、ベビー!
 私はここにいるんです、もう戦わなくていいんです!」

懸命の説得。どうやら猶予の百秒には間に合ったようだ。
スプレッダーは混乱状態から脱し、シルヴィアの声を確認して、
そしてシルヴィアの姿をその目に焼き付ける。
が、まだ少し混乱しているように首を器用に捻った。
「隊長! シエルさん! スプレッダー女王体が……
 ベビーが何を言っているのか分かりませんか!?」
リゼルがジルベルトやシエルにテレパスの使用を要請した。

そして数秒後――
「シルヴィアが本当にシルヴィアなのか混乱してるのー」
「自分が知っている彼女より小さいのが理解出来ていないのね。
 彼女が小さいんじゃなくて、ベビーが大きくなっただけなのに……
 けど、声だけは変わらないから、余計に混乱してるみたい」
二人とも、詳細に女王体の心理を読み取った。
しかし、諦めずにベビーへ語りかけるシルヴィア。
「忘れていないはずです、ベビー!
 シルヴィア=スターリィフィールドですよ!
 あなたの育ての親がここにいますよ!」
だが、結局知能的な問題で、ベビーの知っているシルヴィアと、
現在のベビー自身から見たシルヴィアとの差異が理解出来ず、
ベビーはまたシルヴィアを探すようにその場を離れ始めた。
その場にいるのにも関わらず、声だけ聞こえている、と解釈したのだ。
「ベビー! どこへ!?」
「ぎぃぃぃぃ……」
どこか寂しげな声をあげ、ベビーはその場を飛び去っていった。
「今なら間に合います、追跡しますか!?」
フローベールが追跡する準備を整え始めた。
「一人で向かっても襲われるだけです……
 しょうがありません、次の機会を待ちましょう。
 次こそ、説得を成功させてみせますからね」
いくらか希望を見出したようにシルヴィアが呟いた。
シルヴィアの声は確かに届いたのだ。あとはシルヴィアが
何も変わっていないことを理解させるだけで良かった。
そこだけが唯一の救いである。

そして、続けざまに姿を見せたのはザン共和王国民政部の議員六名。
今回、熾烈な戦いを続けてきたメンツばかりであった。
報告を受けて、この場にやってきたのだろう。
「来たか。少々予定とは違うが、仕方が無いだろう」
ヴェルファイア=ブレッド首相が言う。
「そろそろ、決着といかせてもらおうか」
「望むところです!」
レオンハルトとユイナ姫が互いに宣言し、一歩前へ出た。

スプレッダー女王体となったアンノウン・ベビーという
懸念事項を放置したまま、勇者軍と民政部は決着の時を
互いに迎えようとしていたのであった――



最終更新:2011年09月24日 21:15