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第3部 終章-第二幕- 大きな栗の木の下で






勇者軍主力部隊は撤退し、ノア戦役と後に称される戦いは
嘘のようではあるが、アンノウン・ベビーを除いて
まともな戦死者も出さずに終わる事が出来たのであった。
そしてそれから一年近い時間が経過しようとしていた。
実はノア戦役集結直後から、ソニアは姿を消していた。
他の者は概ね、各々青春を謳歌していたりしたのに、
ソニアだけがジルベルトの家から姿を消したのだ。
その時の様子を要約すると、こういう事態であった。

おおよそ九ヶ月だか十ヶ月だかぐらい前のこと――

「じゃあ、行って来るわね。たぶん半年かそこいらぐらい?」
「ヤなのー!」
年齢に合わず、しかし見た目にぴったりで
びぃびぃ泣きまくるジルベルト。
未だに納得がいっていない様子であった。
「そんなに泣かないの。たった半年でしょ?
 この三大戦役で戦ってみて分かったわ。
 はっきりと私は足手纏いになっているもの。
 せめてそうならないようにしないと、
 ジルベルト君としても立場が無いでしょ。
 だから修行の旅だって何回も言ってるじゃない」
と、懸命に慰めるソニア。
「うー」
「それに知らない所へ行くわけでもないのよ。
 一応、あなたのお母様のいる衛星ムーンでの修行だし、
 お母様も了承して下さったし、むしろ安全でしょ?」
敬愛する母親の事を持ち出されては納得するしかない。
しかも事情が事情なので義姉ラティシアまでもが
政務を放っぽりだしてまで護衛についてくれるというのだ。
これで納得しなければむしろ祖父エドウィンに怒られる。

「……分かったのー」
ソニアの事だからか、いつもより口数多く、
しかしようやくジルベルトは納得した。
依存の強さに、傍にいたルシアも呆れ顔だ。
よくもまあここまで懐いたモンだ、と言いたげである。

「それじゃ、ばいばーい!」
「行って来るぞー!」
「にゃーう!」
ソニアと、ラティシアと、そしてついでに猫四匹が
旅立って行く。これはジルベルトの自立心を養うための
修行をも兼ねている。ジルベルトに関しては
そこだけがおざなりになっており、それが殊更に重要だった。

そして、それから大体十ヶ月。
ジルベルトも十七歳の誕生日に近付きつつあった。
もっとも、身長の方は、もう成長期なぞ終わったのではないかと
周囲の誰もが思うぐらい、見事に一センチたりとも伸びていないが。
(一応、本人談では四ミリ伸びているとの事らしい)

で、ジルベルトは、そりゃあもうウッキウキしていた。
大好きなソニアと、愛猫四匹が帰ってくるのだ。
既に惑星アースに到着し、現在はアーム城工事現場で休息中らしい。
ちなみにアーム城は再建中で、まだまだ完成には遠い。
なので工事現場の一画を借りて休憩しているのだという。
あと、ラティシアは一人でとっとと亜人族の里に戻っているという。
せっかくの再会なので気を利かせているのかもしれなかった。

というわけで、ジルベルトは職権を濫用して、
勝手にコンラッド率いるレッド・ワイズマンMk-Ⅱを呼び出し、
名目上は保護したカルナの保護観察経過報告を受けるという事で、
さっさと迎えに行く事にしたのであった。

「……お久しぶりです、隊長さん。お早いお出ましで」
約束の時間より早く来たジルベルトをカルナが出迎える。
やはり六歳にしては周囲への対応が見事すぎる子であった。
非力なその身でしっかりとエルリックをおんぶしており、
やはり想像以上にたくましさを感じさせた。
ジルベルトは、思わず頭を撫でてしまったりした。
「……どーもです」
カルナはちょっと無愛想なのか、薄いリアクションで返した。
あるいはエルリックの世話に必死なのかもしれないが。

そして、アーム城近郊フーリンカ山。待ち合わせ場所である。
ジルベルトはソニアを探して懸命に歩いていた。
しかし、ジルベルトは唐突に足を止めた。
単に探し物が見つかったからではない。
待ち合わせにそぐわない物までついでに見つけてしまったからである。

それは大きな栗の木であった。収穫期なのか、
特にイガが痛そうな実がそれなりに生っている様子である。
しかしその上には彼の飼い猫が乗っている。
小さいなりに、それなりに成長した猫だ。
その横には何故か木の枝にしがみついている少女が一人。
年齢は不明だし、顔も遠くて見えないが、
とりあえずソニアだという事はなんとなく分かる。

ジルベルトは大きな栗の木の下に駆け寄った。
そして、黙ったままその両の腕を優しく差し出す。
ソニアの方もジルベルトに気が付いたようで、
その意図するところが理解出来、ひたすらそれを見ていた。
すると、猫(四匹)は突如として木の枝から飛び降り、
少年の胸に抱かれるべく直行したのであった。
「えーっ!? またなの!?」
無論驚いたのは少女である。恐らくソニアは、
猫が栗にご執心になったのだと勘違いし、
おせっかいから 助けに行ったのであろう。
しかし何の事はなく、 ただ単に珍しい物を見に行っただけだった。
ジルベルトは優しく大福の頭を撫でてやると、
他の猫達の方も甘えてくる。
どうやら相当の信頼関係が成立しているようである。
そしてジルベルトは大きな栗の木の下へ近付き――
「ソニアさんもどーぞなのー」
「う、うん! 頑張る! 怖いけど頑張る!
 ってぇぇぇぇぇぇぇい!!」
ソニアは枝の上でぷるぷる震えていたが、
意を決して手を離し、ジルベルトへ向かって飛び込む。

その時、ジルベルトの表情は一変した。
類稀なる勇気の資質と、人間離れした身体能力が
完全に噛み合い、まさに『神速』と言うべき速度で駆け出す。
そして仰向けのままスライディングをかけつつ、
落下してきた少女を確実に、しかし優しく受け止める。
二年前よりはいくらか器用に対応し、
滑りながらもその反動だけで起き上がって見せた。
ちょうどソニアを抱き上げる格好になる。

「ただいま、ジルベルト君!」
「ソニアさんも、みんなもお帰りなのー!!」
会えない時間が、二人をより強くした。
その事実が、二人の結束を固くした。
互いの寂しさが、二人の絆を熱くした。
ならば、もう語る事は何も無い――

だが、それでも敢えて語らねばならない。
この先、ジルベルト達の活躍は歴史に載ることが無き故に。
その後のジルベルトに、どんな未来が待っているのかを。

そう、それでも敢えて語らねばならない。
この物語さえも、伝説の一端に過ぎないのだから――



最終更新:2011年06月11日 14:57