第十三章-第二幕- ロバートの毒
過剰な程の血の匂いに動揺し、またイノの人柄に触れたロバートは、
イノがまだ正気でいられるうちに反逆を煽動し、
二人で脱走する算段を図るため、イノの心に揺さぶりをかけ始めた。
だが、
魔神王教団の内部刺客が、ロバートを襲ったのだ。
イノにかばわれ回避したが、戦闘は不可避となったのであった。
「ふぅぅぅぅ……ふぅぅぅぅ……!」
異様に息が荒いサキ。まともな状態ではない。
目が血走っていたり、いきなり汗だくなのもおかしい。
「サキ! 彼は教皇が決めた幹部候補生よ! やめなさい!」
「殺す……殺す……死ねッ!」
「サキ!」
制止しようとしたが、サキはイノを無視して
ロバートの前に躍り出る。
「うおッ!?」
「しゃあああッ!」
サキが鎌を振り回す。ロバートはかろうじて手甲で受けた。
「このッ!」
ロバートは空いている利き腕で銃を抜き、
ゼロ距離から即、射殺の構えを見せる。
警告のつもりだったが、これにはイノが過剰に反応する。
「ロバートもやめなさい! サキは欠くべからざる人物よ!
どっちも死んだり殺したりとか、そういうのは無し!」
「俺に言うな! こいつに言えよ!」
ギリギリと押し込まれそうになりながらロバートは抗弁する。
話をしていただけなのに殺されてはたまったものではない。
「サキ! やめなさいって言ってるでしょ! 教皇に報告するよ!?」
「がぁぁぁぁぁッ!」
聞く耳持たず、といった感じで攻撃を続けるサキ。
「ちいッ!」
強引にパワーでサキを押しのけるロバートだが、
退きざまにサキは鎌に付いた鎖を投げつける。
先端にはトゲ付きのハンマーだ。
「また変な武器を!」
バン! ギィン!!
銃でハンマーの軌道を逸らす。
マグナム銃でなければ無理だっただろう。
「しょうがない……共同戦線ね。ロバート、いい?
二人がかりで失神させる。出来ないとは言わせない」
「それなら乗った!」
イノがロバートに加勢し、一気に有利となった。
すると、サキはイノさえも敵対勢力と見なしたか、
急にターゲットをイノに変更してきた。
「サキ!?」
「がぁぁッ!」
イノは速やかに斧の刃を外して盾代わりに使う。
柄は砲身と化し、片手で精密射撃を行う。
「ごめんなさい、サキ!」
ばごん!
ゼロ距離砲撃だったが、サキも流石のもので、
鎖鎌のハンマーの部分で砲弾を叩き潰した。
が、その後の動きに精彩を欠いている。
荒っぽいだけの、直線的な動き、
イノも、ロバートも難なく回避し続ける。
「いい加減にしやがれッ!」
ロバートは地面を蹴り大ジャンプ。
直後態勢を入れ替え、壁から天井へ、天井から真下へジャンプ。
一気にサキを叩きのめそうというのだ。
「うぅぅぅぅ!」
防御と回避に関しては凄まじい執念を見せるサキ。
攻撃の時とは打って変わって凄まじい反応速度で回避する。
が、イノがその後ろに回り込んでいる。
「そこまでよ」
がすっ!
人体急所である首筋に手刀を叩き込む。
「がはっ!」
サキは一瞬気を失ったかと思いきや、更に抵抗してくる。
「……お仕置き!」
やむなくイノはもう一撃手刀を叩き込む。
すると気を失い、ようやく大人しくなった。
目を確認しても、先程の異常な感じはなくなっており、
手で開いても血走ったりしている様子は無い。
正常に戻った、と見るべきだろうか。
「ふう、落ち着いたかしら」
と、イノは一息つく。
「いいコンビネーションだったんじゃないかしら?
案外、上手くやっていけそうだと思うんだけど?」
イノが素直にロバートを誉めるが、ロバートは素直には同意しかねた。
既にロバートの頭は彼女を保護し、
脱走する算段を立て始めているからだ。
「……私にはあなたの言う事がなんとなく分かる気がする。
けれど、私はこの組織で育ち、
この組織で生きる人間なのかもしれない。
今はどうするかとか、何をするべきかも、よく分からない。
いずれこの組織が消える運命だとして、それに殉じるべきなのか、
それとも自分が成すべき事を新たに見つけて生きるべきなのかも、
まだ、何も知らない、分からない……だから今はこのまま……」
イノは己の境遇が異常である事を自覚し、自嘲した。
「あなたの言う事は広義では反逆罪に当たるのかもしれない。
だから過剰反応はともかく、サキも襲ってきたのかもしれない。
けれど、私にはあなたを咎める気にもなれない。
……ごめんなさい、ロバート。今はこれで満足して欲しい」
「……ああ……慌てる必要は無い。そのぐらいなら待ってやる。
どの道対
イグジスター戦をするという立場においては、
結局俺の立場は
勇者軍だろうとここだろうと、変わらん」
「……そうね。あなたはたぶん、そういう人なんだと思う。
けれど、だとしたら私は……恐らく、より一層惨めね」
「……そうだな」
「否定はしないのね?」
「俺から見れば事実だ」
「……ええ」
イノは沈鬱な表情をするが、ロバートはそれを見守る。
それがまるで、己が反逆の姿の具現であるかの如く。
回る回る、ロバートの毒が回る。そう、反逆の毒が。
その毒は以前はエナに、そして今はイノに回ろうとしている――
最終更新:2013年08月29日 21:19