第十八章-第一幕- 絶望、怨嗟、そして恐慌





ロバートやイノ達幹部が反逆し、しかも勇者軍主力部隊
押し迫っている中、エッセ教皇は珍しく焦っていた。
しかも外にはあれほどソルが警戒していたイグジスター達が
わんさと迫り、既に別の入り口から中に入り始めているという。
これで焦らないのなら、肝が据わっているか、よほどの馬鹿かだ。
「ちいッ……予備養分として取っておいた人間達を処刑し、
 ただちに埋めて魔神王様の復活を急がせる他、手が無いか。
 もうすぐ復活するとなまじの情けをかけてやったのが失敗だった。
 ターレットの予測した時間はもう間もなくだが、
 今はイグジスターや勇者軍の撃退も急がねばならぬ!」
信者の一人を呼びつけるエッセ教皇。
「予備養分用に備えていた『贄の間』の者達を今すぐ絶命させなさい。
 一人残らず養分とし、更に魔神王様の復活を急がせます!」
「はっ!」
信者が総員に指令を出すためにコントロールルームへと向かう。
更なる絶望と怨嗟が吹き荒れようとしていた。
「ふはは……魔神王様さえ予定通り復活して下されば、
 イグジスターも、勇者軍さえも恐れるところではない。
 誰がどう足掻こうが、最後に笑うのはこの私だ!」
いくらか冷静さを取り戻し、しかし確実に病んだ心で
エッセ=ギーゼンは残虐な笑みを浮かべる。

そして遂にロバートが入らなかった『贄の間』では
既に多くの血が流れており、
今また新たな血が捧げられようとしていた。
「はーなーせー! 出しやがれクソ野郎共がー!」
「エカテリーナぁー! 俺はまだ死んでねぇぞー! 必ず帰るー!」
好き勝手にぎゃーぎゃー喚き立てる哀れな生贄達は、
完全に拘束され、今にも斬り殺されそうだ。
中には諦観から死んだような目をしている者もいる。
「悪いが生贄になってもらう。恨むなよ?」
「恨むに決まってるだろうがこのクソ野郎共! ふざけんな!!」
一際元気な生贄の男を信者が蹴る。
「ごっふ!」
「悪い事ぁ言わねぇ、死ぬ時ぐらいは静かにしとくもんだ」
「だ……れが手前ェ等の言う事なんざ聞いてやるか!
 死ぬその瞬間まで俺は足掻きつくしてやる!!
 支配者気取りのクズ共め、俺は決して屈しねぇぞオラ!」
「そうだそうだー! 生贄なら勝手に自分でなってろボケー!」
「貴様等に幸福な未来が許されていいわけねぇ、呪われろ、カスが!」
更に息巻いて猛抗議を繰り返す生贄に腹を立てる信者達。
「そうかい! ならせいぜい足掻いて死ねい!」
剣を振り上げる信者達。一気に全員が斬られようとした。

ボゴガン!

すると、凄まじい音を立てて
『贄の間』のドアが木っ端微塵に砕けた。
黒煙の中から現れたのはイノ、ロバート。
そしてソル、ゲイリー、サキ、ターレットの面々である。
「教皇の事だからこれぐらいはやりかねんと思ったが、やはりか」
「一応足を運んでおいて良かったぜ」
ソルがむしろ納得したように頷く。サキも同調する。
「やい、俺の魔神王復活予測時間はあと一日を切っていたんだ。
 だってのになんでわざわざそんな事する必要があるんだよ!」
「こうやって直に見るとひでぇもんだな……許せねぇ!」
ターレットとゲイリーが面と向かって信者達を非難する。
「ふん、裏切り者の幹部と幹部候補生が何を今更!
 魔神王様の復活を急ぎ、イグジスターとやらを蹴散らすまで!
 貴様等は指を咥えてそこで見ていればいい! 背信者共め!」
信者の一人が怒鳴り返すが、ロバートはもう聞いていない。
一人をすぐさま刺殺し、返す剣で二人を一刀両断にする。
その剣閃たるや、イノと戦った時とは別人のようだった。
そして彼は、叫ぶ。勇者軍主力部隊やエナがもし聞いていたなら、
それだけで感涙してしまいそうなほどの絶妙のタイミングで。

「怨念怨嗟をその身に纏い! 正義とのたまう悪鬼の者を!
 命の摂理をその身に纏い! 悪を背負って俺等が討つ!!
 豪放反逆ストレンジャー! 俺の逆鱗に触れた奴ぁ許しゃしねぇ!!」
いつものなびきマントがあれば最高に決まっていたのだが、
軽めの格好でスタイリッシュに決めるのも悪くは無い。
そうも思いながら、ロバートはその怒りを剣に込めた。
「格好いい……私もやりたい」
ぼそりと呟くイノを、じろりと睨むサキ。
「何? お前ああいうのやりたいのか?」
「い、今はいいの。またいつかね!」
指摘され、珍しく慌ててロバートの援護に出るイノ。
「……やれやれ」
ぼやきながらもそれに続く他四名。

「増援だ、増援を呼べーッ! 敵だーッがはッ!!」
コントロールルームに通信を送る信者。
「しまった、増援を阻止できなかったか……!」
ゲイリーが弭槍の矢で通信を行った信者を射抜く。
「全員薙ぎ倒すのみだ、めげるな、ゲイリー!」
「おうよ、ソル!」
二人のコンビネーションでかなりの数が薙ぎ散らされていく。
「拘束を解除しろ、ターレット!」
「護衛は任せるぜ、サキ!!」
腕を斬り、斬られた間柄だが、今は絶妙のコンビネーションで、
かなりの数がいる生贄の拘束を解除して回る。
百人以上いるので、さりげにかなりの大仕事だ。
彼等の役割は、この場において非常に大きい。
「たた、助けてくれるのか!?」
「俺も立場は似たようなモンでな、安心しなよ!」
一人一人に声をかけて、民間人を救出していくターレット。
その手際は流石に見事と言う他無かった。

イノとロバートはアタッカーとして、信者達を残らず叩き斬る。
正義のためなどというつもりはない。命の大事さを問いながら
目の前の命を叩き斬る罪悪感、裏切った罪悪感もゼロではない。
だが、彼等は誰もが生命の根源のために戦っていた。
すなわち『生きていたい』という衝動が全てである。
そのために、そのためだけに戦っているのだ。
それは誰よりも人間らしく、生物らしい姿であり、
血まみれであるにも関わらず、怖気をふるうほどの美しさだった。
「ようし、これで最後の一人だ!」
ターレットの手により、最後の民間人が救出された。
「おお、やってくれたか、助かるぞ、ターレット!」
「やだな、誉めてくれんなよ、照れちまうぜ」
「お前等、そんな事やってる場合か、新手が来たぞ!」
ソルの賞賛に素直に照れるターレットを叱り飛ばすゲイリー。

通路からは更なる信者達が数百人規模でやってくる。
どこにこんなにいっぱいいたのか、と全員が驚く。
ソルを筆頭とする幹部達でも
これほどの規模の教団だとは思っていなかった。
組織の実態を知っている者がほとんどいないという点では
確かに脅威の組織であると言って良かった。
「ひぃぃ、やっぱり駄目なのかよぉ!」
民間人達の一人が恐怖に震え出す。
「安心して、私達が必ず守る! 見てたでしょ!?」
イノの激励に落ち着きを取り戻す民間人達。
「おい、あれを見ろ!」
サキが突然、信者達が来るのとは反対側の通路を指差す。
そこからイグジスター達が大挙してやってきたのだ。
「俺の知ってる入り口からやってきたのか!?」
驚くロバートに、イノは冷静に答える。
「入り口は一箇所だけとは限らない。いくつか非常路もあるもの」
「たくよ、余計なモン作りやがって!」
愚痴を言いながら、様子を見ていると、
イグジスターは数の多いだけの信者の方へ
一斉に向かい、丸呑みにしていく。
「あああああああああッ!?」
「お助けぇぇぇぇぇぇ!」
「食われ、食われる! ぎゃああああ!!」
「ひぎぃぃぃ!! 魔神王様ぁぁぁ!!」
哀れ、信者達はイグジスターの贄となる。
信じる魔神王の贄ならまだしも、忌み嫌うべき
化け物の擬態と養分に成り下がったのだ。
その苦痛と無念たるや、想像を絶すると言える。
だがそれを斟酌するだけの余裕はロバート達には無かった。

「よし、武器庫へ再避難だ、サキ、ゲイリー、誘導と護衛。
 残りは殿軍としてイグジスターを警戒しながら退くぞ!」
「ちょっと、信者達は見捨てるの!?」
「奴等は擬態するんだ……見分けの付かない奴を助けて
 まともに生き残れると思うなよ……こいつらと共に脱出だ!
 勇者軍主力部隊が来る予定もある、脱出を急げ!」
軽い恐怖を振り払いつつ、ロバートはイノに向かって叫ぶ。
「……分かったわ。総員、信者達が丸呑みされてる間に
 さっさと退避するのよ。急いで、見ないでね!」
イノの指示に従い、信者達を見捨てて逃亡するロバート達。
武器で抵抗する者も数多くいたが、
ロバート達が見えなくなる頃には
概ねほとんどが丸呑みされ、擬態しきってしまっていた。
彼我戦力差は推定だが、最低でも1:150だ。
その状況での勝利をただの信者に求めるのは酷だった。

信者とイグジスター、双方の群れに追い立てられ、追い詰められ、
ロバート達は武器庫への後退を余儀なくされつつあった。



最終更新:2013年08月29日 21:53