かつり、かつりと響くのは、男の靴の足音だ。
静寂に包まれた破壊の跡を、1人の男が歩いている。
その名は牡牛座の
ハービンジャー。金牛宮の黄金聖闘士。
己が身一つを武器として、聖闘士の最高位へと昇りつめた、剛力無双の豪傑だ。
(跡形もなく消し飛んだ……ってのは、有り得ねぇだろうな)
自らが蹂躙したお化け屋敷の、その残骸をひっぺ返して思考する。
黒髪の女戦士目掛け、必殺のグレートホーンを放ったまではよかった。
しかし、その女戦士の姿が、いずこかへと消えてしまっていたのだ。
あの一撃をまともに食らい、この瓦礫に埋もれたというのなら、せいぜい肉片の1つくらいは残っているだろう。
それすらもないということは、彼女がグレートホーンをかわし、この場から逃走したということだ。
(油断したところを闇討ち、って魂胆にしちゃ、ちと時間が経ち過ぎだ)
逃げたな、と内心でため息をついた。
身を隠して隙を狙い、反撃を仕掛けようとしているにしては、あまりにも空白が空き過ぎている。
これは今までの時間の間に、この遊園地から脱出し、逃走したと見る方が正解だろう。
「つまらねぇオチだぜ」
言いながら、鉄骨の破片を蹴り飛ばした。
正直、惜しいと思ったのは確かだ。
彼女の披露した瞬間移動は、ハービンジャーを大いに驚かせた。
何せ自分の身だけでなく、銃弾から放った弾丸さえも、通常では有り得ない地点まで転移させていたのだ。
どういう手品を使ったかは知らないが、何度かヒヤリとさせられたのは間違いない。
いくら黄金聖闘士と言えど、その身体は生身と変わらない――防御や回避が間に合わなければ、普通に傷を負ってしまうからだ。
故に彼女との戦いは、なかなかのスリルと興奮を、ハービンジャーに与えてくれた。
それが戦いから逃げ出すような、根性無しだったという事実は、興ざめすると同時に、残念に思った。
「俺もそろそろ移動するか?」
恐らく、このままここにいても、挑戦者に出くわすことはないだろう。
一際大きな瓦礫の上に、どっかとあぐらをかいて座ると、デイパックから地図を取り出す。
現在地はD-5あたり――少し南西に移動すれば、もっと広い街が広がっているようだ。
参加者達が集まるとするなら、目立つこちらの市街地の方が、可能性は大きいだろう。
(何か使えそうなものは……)
わざわざ武器を使う趣味はないが、馬鹿もハサミも使いようだ。
他の参加者を探すにあたって、有効なアイテムはないだろうかと、支給品を漁っていく。
(……コイツはまだ使えそうだな)
彼がその中から目をつけたのは、大仰なロケットバズーカだ。
どうやってデイパックの中に納めたのかは、考えないでおくことにした。
これを空中にでも打ち上げるか、最悪、適当に爆発でも起こせば、多少の人寄せにはなるだろう。
(うし、行くか)
方針は決まった。後は行動あるのみだ。
デイパックを背負い直すと、ハービンジャーは立ち上がる。
「……あん?」
そこで、気付いた。
ふと視線をやったその先に、妙な光が見えるということに。
お化け屋敷が粉砕された残骸――その瓦礫の山の中から、淡い光が漏れているのだ。
あれは一体何なのだろうか。まさか、女戦士と関係のあるものか。
万に一つの可能性もある。ハービンジャーはそちらへ向かい、崩れた瓦礫を掘り返す。
「井戸? 何でまたこんなもんが?」
果たして、そこにあったのは、古ぼけた石の井戸だった。
そこにそれがある意図が分からず、ハービンジャーは首を傾げる。
日本では、井戸と言えば、妖怪の住処として有名なモチーフだが、西洋人にとっては馴染みが薄いのだ。
しかしどうやら、謎の光が、この下から漏れ出していることは間違いないらしい。
身を乗り出して覗いてみたが、下の様子は伺い知れない。
(……行ってみるか)
となれば、ここは中に入って調べるべきだ。
中に何が待ち受けていようが、そこは牡牛座のハービンジャーである。
鬼であろうが蛇であろうが、構わずぶちのめせるだけの自信はある。
ハービンジャーは迷うことなく、井戸の中へと飛び込んだ。
光を目掛けて飛び降りた身体は、その光に飲まれて消えたきり、二度と上がってくることはなかった。