午後。
アパート。
少しぶりに、1人。

電話をしに席を外したアサシンも、不愉快な同盟相手二人も今はいない。
それぞれに各自のスケジューリング調整があってのことだ。

元々星野アイ櫻木真乃は、明日開催される同じライブに出る前提で対談を組まれたことで知り合った。
それが、283プロサクションがアイドルの失踪がらみで騒がしくなり、いつ記者会見にもつれ込んでもおかしくない世間的状況になってしまった。
ライブは予定通り行われるのか、行われたとして会場の警戒度はいかほどになるのか、そのあたりの都合を確かめるために、所属プロダクションに電話をするのだそうな。
表向きのロールとはいえ部外者に口外厳禁の会話であり、電話口の向こうで人の同席している気配を察知されれば苺プロの社長からこっぴどく怒られる。
そういうわけで二人は、このアパートに来るまでに使った車をつかの間の密談場所として戻っていった。
ちなみに冷蔵庫にあった飲み物はしっかりと、がめられた。
最初から最後まで腹の立つ来訪者だった。
自宅に来訪されること自体が、私にとってはありがたいものでないけど。

それでも、いなくなってくれたのは好都合だ。
今の私は鳥子のことを考えるのに必死で、他のことに回せる思考力はほんとうにギリギリだったから。

「……どうする」

ソファに身体をゆだねる。
後頭部までをべったりとクッションに預けて、身体にかかる負荷を極力取り除いて。
頭だけを、必死に回そうと試みる。

考えたくなかったけど。
きわめて有り得て欲しくない、『鳥子が存在していたら』という仮定の上でだけれど。
私は私で、できるだけ鳥子を探す努力をしなきゃいけない。
アサシンも探すということを了承したけど、あの様子では『聖杯戦争を進めるついで』ぐらいにしか捉えていないだろう。
この聖杯戦争において、本気で『仁科鳥子に会いたい』と手を伸ばそうとする人間は、実質的に私しかいないのだ。
だから、胸の内がかき乱されていようと、今は脳みそに対して働けと発破をかけるしかない。

とはいっても、私はアサシンのように協力者の心当たりなんて無いし、人間関係を広げるのだって得意じゃない。
その範囲でできることと言えば、ネットサーフィンを通してサブカルの知識を拾うのにそこそこ慣れていることぐらいだ。
ならいっそ、この世界のネットロアで似たような話が広まってないか探し回るか?
星野アイは『ユニットの子が噂話として聞いていた』と言ったし、それなら少なくとも東京のどこかの層に噂として拡散されている可能性は高いわけだ。
そこから直接的な目撃証言を拾う事ができれば、ある程度の具体的な手がかりにはなる、かもしれない。
といっても、『左手、銀色』しか検索ワードは見つからないのだけど。
ああ、鳥子だというのなら、金髪とか美人とかも囁かれてる可能性はあるか。

――それに『一般人ばなれした格好の人物と二人連れだった』って噂もくっついてれば、割と上出来かな。

マスターとしてこの世界にいるなら、外出の際はサーヴァントを護衛につけるくらいはしていそうなものだ。
そう閃いたけれど、すぐに違うぞとその考えを否定した。
サーヴァントというものを、私のアサシン基準で考えてはいけない。
私のサーヴァント以外の全てのサーヴァントは、『霊体化』という技を使って誰にも見られないよう随行させることができるらしい。
だったら、鳥子だって目立つのを避けるためにそのやり方でサーヴァントを連れ回している可能性は高いわけで。

でも、だとしても、『連れ回している』のか。
背後に憑りつかせて、背中を預けるようにして。

組んでるのか……私以外の男か女と。鳥子が。二人組を。
相方を。
バディを。
共犯者を。
……いや、さすがに『共犯者』という私への関係と同じ扱いはして無いよな?
確かに一時期は会ったばかりの後輩にすぐ『この子も共犯者にしよう』とか軽々しいことを言って、私を不機嫌にさせたけれど。
最近の鳥子は、その頃からは比べられないほどに私にべったりになったし。
私が他の女の家に泊まったら、不機嫌になるようにもなった。
今さら、軽々しく私以外に『共犯者』なんて言葉を使うことは……でもあいつ、私よりも他人と打ち解けやすいんだよな。
決して友達が多い方ではなかったようだけれど、それでも私などよりずっと他人にフレンドリーであることは確かだ。
鳥子がサーヴァントを持ったら、私とアサシンのそれよりもずっと仲良しで、『友達』然としたものになることは予想できる。
そもそも私とアサシンが距離を置いて付き合えていることだって、一つには『アサシン』という潜伏活動に徹しては報告に戻ってくるシビアなクラスがあってこそのものだ。
界聖杯に残っている主従が23組だとすれば、そこそこどのクラスも均等に生き残っているとして、他にいそうなアサシンはせいぜい二、三組。
アヴェンジャーのようなエクストラクラスが占めていることもあり得るから、『鳥子もまたアサシンと組んで生き残った可能性』は、おそらく低い。

つまり鳥子は、私よりもずっとサーヴァントと『べったり』した関係にあるっぽいことになる。
何だそれ。何だそれ。何だそれ。
聞いてませんよ私。
ことによってはそいつと同じ家に住んで。四六時中生活を共にして。
二人で乾杯して、予選を生き残った打ち上げでもしながら楽しくおしゃべりしちゃってるかもしれないなんて。
アイやアサシンが戻ってくるかもしれない状況でさえなけえば、頭を抱えて『うがー!!』くらいは言ってたかもしれない。

いや、鳥子がいること自体がまだ分かんないんだけども。
『左手を持ってここにいるならマスターだ』ということさえ推測であって確定では無い。
無いんだけども。

いったん『鳥子の生活事情』について考えるのは止めよう。
星野アイたちが戻って来たら、それこそ『さっきまで凹んでいたのに今度は怒りだしてるぞ』とか面白がられるかもしれない。
それに、『そんなに頭を抱えなきゃいけないほど、仁科鳥子は問題のあるマスターなのか』とか邪推されても困る。
アイツらだって一応、『芸能界』というフィールドから人づての話を拾ってこれる貴重な情報源には違いないのだ。
ユニットメンバーとやらからアレ以上の噂話を引き出すことはできないにせよ、『何か分かったら教えてくれ』という念押しを改めて依頼すべきだろう。
情のない関係だろうと同盟相手なんだから、それぐらいの融通を利かせることはできるはず……。

待て、と頭に引っ掛かりが芽生えた。
大学での筆記試験から裏世界での危機察知まで、何かを思い過ごしそうになった時にあるあるの危機感だった。
はじめから考えをやり直して、私は違和感のもとを引っ張り出す。

――あいつら、そもそも鳥子の情報を拾ったとして、それをあたしに教えてくれるか?

紙越空魚にとっての仁科鳥子は、通りいっぺんの友達以上の重要人物だとアイたちには割れてしまった。
狼狽を晒したこちらの手落ちでもあるし、あんな話を聞かされたら狼狽をしても仕方なかったとも言える。

だからこそ。
『鳥子が見つかってしまえば紙越空魚との同盟が終わる』という読みを、アイたちならもう働かせている。
あれだけ狼狽して、探してほしいと訴えて、心配しているところを目撃すれば、『こいつは仁科鳥子が見つかっても一人だけ生き残る気だろう』なんて思えるはずがない。
逆に言えば、鳥子が見つからない方がアイたちにとっては都合がいい。
鳥子の存在が白とも黒ともつかないうちは、アイたちは同盟関係を続けて旨味を吸える。
この状況下で、皆殺しによる優勝を狙っていることに躊躇も罪悪感もなさげなアイたちが鳥子を捕捉したとして、『よーし空魚ちゃんに教えてあげよう、きっと喜ぶだろうなー』ってことになるか?
絶対にならない。
むしろ、まず鳥子が『利用できる存在』なのかどうかを冷静に、非情に見極めようとする。
そうなってしまったら、鳥子の立場は非常にまずいことになる。
話合いの場では絶対に口にすることはできなかったけれど。
仁科鳥子は、いずれは殺し合う仲だけど今だけは仲良くやりましょう』と言われて、それはいいねと頷くような女の子ではない。
むしろ、自分を撃ち殺すところだった米軍の連中さえ助けに行こうとするような――それこそ『櫻木真乃と似たようなタイプ』と見なされてもおかしくないぐらいに良い奴だ。

もちろん鳥子だってバカじゃない。
紙越空魚から頼まれてあなたを探していた』とでも切り出されたら、とりあえず表面上だけでも話を合わせるだけの知恵はある。
基本的な会話スキルは私よりずっと優れているし、『まずは空魚に会わせてください』という方向に持って行くぐらいの対応はこなせるだろう。

だけど、星野アイにせよ、別経由で探しているアサシンにせよ、鳥子が主導権を握るのは難しいんじゃないかと思えるぐらいにはしたたかだ。
いや、鳥子のサーヴァントがとてもしっかりした奴だという可能性もあるけど――そういう奴が鳥子の傍にいるのは、それはそれでなんか腹立つな。
ただ、これは無いという気がする。
『ある程度以上にしっかりしたサーヴァント』なら、鳥子の左手が噂として広まってしまう前に、それが目立つのを何とか避けた方がいいと紫外線対策用手袋をはめさせるなりなりなんなり、といった対抗策を相談しあっているはずだからだ。
鳥子がサーヴァントを連れてここにいて、その上で鳥子の左手が噂になってしまうなら、鳥子のサーヴァントはある一定水準以上の思考力を持っていないと見ていいだろう。
しっかりとしたバディなら腹が立つ反面、これはこれで大きな不安要素だ。

ともあれ、そういう連中が鳥子たちを値踏みして、『なんだ、誰も殺したくないお花畑じゃないか』と内心で見切りをつける可能性は、決して低くない。
……勝手な妄想とはいえ、鳥子がそんな分かったような口を利かれてバカにされると思うとムカムカするから、想像はここでいったん切り上げるにしても、だ。

現状を整理すると。
星野アイたちやアサシンが『仁科鳥子を探してくれ』という頼みを受け入れたのは、『必ず手を組める相手だ』という私の証言ひとつによるものなのだ。
それも、自身のサーヴァントであるアサシンでさえ『優先度は低くなる』と釘を刺してくるような有様で、だ。
それなら、その証言が『嘘だ』とはっきりしてしまった暁には。


――アイたちが先に鳥子を見つけてしまったら、『見つからない方が都合がいいからこの子には消えて貰おう』と鳥子を殺しにかかる可能性の方が、高くないか?



いやいや。
いやいや、いや。
さすがにそれは恐ろしい仮定が過ぎて、私はかぶりを振った。
そうではないという反証を見つけるために、考えた。

さすがに非情なサーヴァントだからといって、短絡的すぎるだろ。
ただでさえライダーたちは、先ほど『私達の情報を勝手に横流しする』という失点をつけたばかりだ。
この上で、『こちらが求めている情報を握りつぶす』なんてバレた時が大変になるようなリスクを重ねたいはしない、と思う。

けど、逆に言えば。
バレないならば、その方がずっと手っ取り早くて余計なリスクを抱え込まないだろうと、アイ達の立場なら考える。
なんせ、『もういないことの証明はできない』のだ。
誰にも見られないところで鳥子を始末してしまえば、『ライダーが紙越空魚を利用し続けるために鳥子を殺した』という事実ごと闇に葬れる。

そして、重ねて繰り返すが、私と鳥子を再会させたいと願う善意なんてアイ達には一切期待できない。
聖杯獲得のために協力し合える関係でさえなければ、『紙越空魚を友達と再会させる』なんて余計な感動ポルノに手間をさいたりはしないだろう。

同じことは、アサシンが電話した『協力者』なる何者かにも言える。
アサシンがどういう経緯で、どんな協力者を見つけたのかは分からないけど。
少しでも長く生き延びるために、自陣営を優位にするために、win-winだから手を組んでいる関係、には違いない。
『生き延びるために手を組むのではなく彼女を死なせたくないから探しているんです』なんて本音を察知されたりすれば、余計な慈善活動でしかない頼み事だと安く見られる可能性は低くない。
そんな連中が、鳥子に眼をつける機会を与えてしまったということは。

――最悪、私が『鳥子を探してほしい』と頼んだことが鳥子を追い詰めるかもしれないのか?

絶対に当たっていてほしくない。
そんな結果は断固としてあっちゃいけない。
だけど、これがぜんぶ仮定に仮定を重ねすぎの想像だったとしても。
鳥子のような他人想いの女の子が、『現実的な同盟を結ぼうとする連中』からすれば協力者じゃなくて『カモ』でしかないことは明らかだ。

どうする

頭を抱えた。
まずいだろ、と脳みそがみしみし軋んだ。心がゆらゆら揺れた。
鳥子探しが上手くいきそうな道筋がついたとして、それが真っ先に私のもとに、他の連中が鳥子に手を伸ばすより早く伝わらなきゃ意味がない。

だったら、協力者を他に求めるか。
例えば、『アイ達とかアサシンの協力者とかを監視して、怪しい真似をしないかどうか見張ってもらえる』ような。
いや、無理だわ。
さっき私が言ったばかりだ。
『ちょっと考えたら分かるでしょ。私だってアイの立場だったら同じこと考えると思う』と。
生き残るために協力するするならまだしも、生還を競い合う他のマスターの友達探しに協力するなんてメリットがない。
『友達がいるかもしれなくて困っているなんて、絶対に助けてあげなきゃ』と心からの善意で協力してくれるような主従が、そうそういるわけない。



いや、いるじゃん。



心当たりを即座に思い出した。
即座に思い出せる心当たりが、もういたことに驚いた。






アイ達の話では、『主従揃ってめちゃくちゃいい子なの。もうめちゃくちゃに』なのだそうだ。
アイは嘘をつくことなら有りそうだけど、人物評を見誤ることはなさそうだ。
それが『めちゃくちゃ』を二回も言って褒めるのだから、おそらく頼み事を引き受けずにいられない類の『良い子』であることには信憑性がある。
しかも、彼女らは今、アイ達に利用されている真っ最中だ。
裏を返せば、アイ達の動向を逐一チェックして、アイたちだけでどこかに行ったりしたら教えてもらうには、ちょうどいいということ。

だったら、試してみる価値はないだろうか。
星野アイたちに口を挟まれないところで、櫻木真乃たちと直で対面すること。
そして、『私の大事な友達がここにいるかもしれないんです。どうか手伝ってください』と誠心誠意っぽくお願いすること。
もちろん、アイたちのいない場所でそうすることは大前提だ。
そこまでして鳥子探しにこだわっているところを見せるなんて、『この子は仁科鳥子を餌にすればなんだっていう事をきくんだな』と再認識させる行為でしかない。
そんな認識を確かにさせたところで、私も、鳥子の身も危うくするような結果にしかならないだろう。

ただ、仮に『櫻木真乃達と勝手に会った』ことまでばれても、開き直る余地はある。
なんせ、アイのライダーは一度、『勝手に、私達の許可もなしに私達の存在と、同盟を組もうとしている事をばらしている』のだ。
それが通るなら、『アイ達の介在なしに、私達の方が櫻木真乃に関わる』ことだってスジの上では通る。
ばれたところで、『私達の情報が洩れても大事無い相手なのかを確かめるためにも会いました』と言えば、『もともと最初にばらしたライダーたちが事の発端である』という論旨になるだろう。

ただ、それでもアサシンにこの事を話せば反対されるだろうな、とは分かる。
櫻木真乃たちは星野アイのもう一方の関係を知らないまま利用されている』というのが私達にとっての二重同盟の大事なところだ。
それをこちらも側からアイ達抜きで真乃たちに会うなんて。
アイ達を詰めていたどの口で二重同盟の利点を放棄してるんだってことになる。
ましてや、櫻木真乃に打ち明ける情報のいかんしだいでは星野アイにそれを見ぬかれ、アイ達に察知されるだろう。
星野アイを見張るなんて二重スパイめいたことをやらせるなんて、バレ方によっては序盤から裏切ったと見なされても文句言えない。
聖杯戦争を賢く生き延びるためには、あまりにもリスクが大きすぎる一手だ。

そんなことをするぐらいなら、ノーリスクかつ安全に、『協力者』が情報を運んでくるのを待て、と。
それこそ利害関係しかない同盟の中で仁科鳥子について探りを入れる方法だって、他にもあるじゃないかと。
アサシンならそう言うだろう。
だけど、私の考えは違っていた。

そう言われて『そうですね、分かりました』と納得するのはらしくないだろ、紙越空魚
もっと、いつもみたいに怒れよ紙越空魚
お前は、知り合いの知り合いのそのまた知り合いみたいなやつが『それっぽい女の子見たよ』と鳥子のネタを持ち込んでくることを期待して。
それで満足して、落ち着いてのんびり待ってるような奴じゃない。
それなのに『鳥子がいるなら』なんて、鳥子の方が副次みたいな考え方をして、鳥子以外の女を部屋にあげたりして。
っていうか今日は何で鳥子以外のヤツを招くような羽目になったんだよ。
他人に本棚のラインナップを見られるとか羞恥でしかないし、灰皿なんてないのにタバコを吸われるし。
会うだけなら近くの店を指定するとか何でもよかっただろうに、プライベートの壁を突き破った場所に人を入れるなんてアサシンもぜんぜん分かってない。
うん、しっかりと腹が立ってきた。それでこそ私だ。

お前は誰だよ。
仁科鳥子の共犯者だよ。
鳥子のことだけは裏切らないよ。

だったらもう、『もし鳥子がいることが分かったら出方を変える』なんて話じゃなくて『鳥子を探す』ことを第一義に置いて、全ての労力をそっちに使ってしまっていいだろ。
鳥子のいるいないで一つきりの生還枠を狙うかどうかが変わってくるなら、まずそれを確かめるのが最優先だろ。

私はこれでも、一度やると決めたら絶対にやるタイプだ。
ことに、『鳥子とのこれからの冒険』が関わることに関係すれば。
なので、一度怒り心頭に達したら、もう『櫻木真乃とじかに会う』ことは決めた。今決めた。
だから後は、『どうやって星野アイの介入なしに火急的速やかに接触するか』と、『どうやってアサシンに言いつくろうか』という二点をクリアすることのみになる。

さすがにアサシンに黙って外出して他の主従と会ってくる、なんてことはできない。
令呪が使えないということは、他のマスターはいざってときに秒でサーヴァントを呼べるけど、私は呼べないということだ。
これでサーヴァントに無断で外出などして、悪意ある者から目をつけられたりしたら自殺行為だろう。
だから、まずアサシンを説得しなきゃいけない。
鳥子との関係をどこまで話すことになるのかは、ちょっと説明しにくいものがあるけれど。

そして、電話を終えたアイ達から今後のスケジュールを確認して、真乃と接触していない時間帯にあたりをつける。
そして、アイ達が真乃から離れているタイミングですり抜けるようにして会う。これしかない。

櫻木真乃の所属は、283プロダクションってところだっけ……」

そうと決まれば、まずは情報収集だ。
櫻木真乃』について、一つでも多く知っておくに越したことはない。
さっきぐぐったブラウザを再び呼び出そうとして、そもそも自室なんだし客も帰ったんだから携帯じゃなくPCを使おうと思い直した。
大学の夏休みというロールの中で、もはや大学のレポートを書くことにさえ使われていないパソコンをテーブルの上で開き、ブラウザを起動。
さくらぎ、で変換を書けると、『櫻木』ではなく『桜木』が最初に変換された。
鳥子以外の限られた友人と呼べそうな範疇に『小桜』という女性がいるから、私にとっては桜の字の方がなじみがあるのだ。

――おいおい、それは無いだろ空魚ちゃん。

思い出してしまったせいだ。
パソコンディスプレイの映り込みに、自分の顔ではなく小桜のしかめっ面が見えたような気がした。
それも、私が鳥子のことしか見えないような対応をしたときにた何度も目にしてきた、お説教をする時の顔だ。
小櫻がこんな時に言いそうなことは予想できた。

――あんたさっきまで『櫻木真乃を利用する』って話をうんうん頷いて納得してたじゃないか。
――都合が悪くなったからって『櫻木真乃さん手伝ってください』ってのは、あんまりムシが良すぎやしないか?

口うるさい優しい大人。
時にお説教の意図が分からないことはあったけど、いつも小桜の方が正論だってことは、言葉が刺さるから認めるしかない。
そして私も、いつものように反抗的な態度で内心の反論をした。
ただし、いつもよりも幾らか、突き放すように、もうあなたの言葉は聞かないと訣別するように。
そうですよ。ムシがいいんです。
これは、お願いの形を取ったところでお願いじゃない。
星野アイが目的のために非情になるのと同じで、私もつまるところ、この子を利用しに行くんだ。
私も、銃器と嘘と裏切りの世界に、一歩踏み出すんだ。

検索ワードは、『283プロダクション』に変えた。
そもそも固定の所属事務所持ちならそちらの方が詳しいかと、公式ホームページに移動する。
キラキラした星型の装飾に彩られたロゴと、たくさんのキラキラした美少女たちの写真。
そこから『せざっうぃ〜ん♪』という看板曲らしいイントロが聞こえてきた。
いや、本当はちゃんと意味のある英語なのかもしれないが、『せざっうぃ〜ん』としか聴こえなかった。
私は情報コネクションとしての283プロダクションに関心があるだけだ。
芸能プロダクションとしての283プロのことはどうでも良かった。
けれど、その楽曲の歌詞のなかで、耳に残るフレーズがあった。


――『翼を広げてキミ(鳥)とどこまでも、あのソラ(空)のかなた』か。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】

紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、動揺
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を探す
1:『善意で鳥子探しをしてくれる』協定を結ぶために、アイ達の介在しない場で櫻木真乃と接触したい。
2:1をするにあたってアサシンにどう話したもんか……。
3:アイ達とは当分協力。だけど、真乃と勝手に会った事は伏せたい。



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最終更新:2021年09月18日 13:03