松坂こと鬼舞辻無惨の邸宅を後にしたモリアーティ一行。
 いや、今はこの同盟を紡いだ蜘蛛の言葉を借りて"敵連合"と呼ぶべきだろうか。
 彼ら敵連合が向かった先は、一棟の見上げるような高層ビルだった。
 ビル風に煽られながら車を降りて中に入る。
「この会社知ってるぜ。テレビのCMで見たことある」
 デトネラットと壁に大きく彫られた社名を見てデンジが呟く。
「有名だからね。世界レベルの大企業だよ」
「そうなの? 俺、あのハゲ社長なんか嫌いなんだよな」
「そう言ってやるな。これから君達は彼にお世話になるんだぞ」
「笑顔が胡散臭えんだよな〜、なんか。裏表激しそうな笑顔っていうか」
 ライフスタイルサポートメーカー、株式会社デトネラット。
 特に言うことはしなかったが、これは明らかに死柄木の世界から輸出されてきたものだった。
 そしてこれからこの立派な本社ビルは死柄木達の拠点になる。
 その証拠にビルに入るなり、デンジもよく知る額のM字にハゲた社長が揉み手をしながら出迎えてきた。
「ようこそお越し下さいました!可能ならば私が自らお迎えに上がりたかったのですが……!」
「気持ちだけで充分だよ四ツ橋君。今回は無理を聞いてもらってすまなかったね」
「とんでもない! 教授直々のお願いを断るなど!!」
 誰もが知る大企業の社長がこうも平身低頭になっている。
 それほどまでに彼の心は、この悪の教授の虜らしい。
 ではそちらの方々が……?と聞く四ツ橋にモリアーティがうむ、と頷いた。
「私のマスターと仲間の二人だ。
 頼んでいた彼らの部屋はもう出来上がっているかな?」
「勿論でございます。君達、案内して差し上げろ」
 どうぞこちらに。社員の一人が進む先を示す。
「ご丁寧にどうも」
「ありがとーございます!」
 まず死柄木がそっちに向かって歩き出し、しおもそれに倣った。
 唯一どういうことかよく分かっていないのがデンジだ。
「ム? どうしたライダー君。行かないのかネ?」
「さっきから全然状況が呑めねーんだよ、あいつらは分かってるみたいだけどよ〜。
 人とクイズ番組見てて、自分だけ答えが分かんねー時みたいな気分だぜ」
「ああ。要するに、君の願いを叶えてあげたのさ」
「あ? 俺の願い〜?」
「冷房の利いた部屋でのんびり食っちゃ寝したかったのだろう?」
「………」
 デンジは数秒沈黙する。
「…なるほどなあ! ジイさん、俺アンタのこと誤解してたかもしんねえぜ〜!」
 よっぽどあの廃墟に帰るのが嫌だったのか。
 デンジは、年甲斐もなくスキップしながらしお達の後を追う。
 それを見送るモリアーティは少し遠い目をしてこう思っていた。
“私が彼のようなライブ感で生きる心を失ったのはいつの頃だったかなァ……”
 微笑ましく思う気持ちが半分。
 そして何だか物寂しい気持ちが半分。
 そんな複雑な心境になりながら、モリアーティは四ツ橋の社長室に向かうのだった。

     ◆◆◆

「まずは改めてお礼をしておこう。君の力を買っての頼みだったが……さすがに大変だったのではないかね? 若者が三人過ごせるくらいのスペースと生活用品を、夜までに確保してくれだなんて」
「ご心配には及びません。研修やらインターンやら、何かと会社に泊まる人間は多いのです」
 モリアーティが四ツ橋に頼んでいたのは、マスターの死柄木を含む連合メンバー達の衣食住の確保だ。
 デンジに強請られるまでもなく、モリアーティは拠点についてちゃんと考えていた。
 そして選ばれたのが日本有数の大企業、デトネラット社。
 彼が東京で結んだいくつもの人脈の中でも一際大きな縁だった。
「この世界はいずれ滅ぶもの。悲しいですがそれは止められないルールだとあなたは教えてくれた」
「いつも言っているが他言無用だよ。いきなりの余命宣告をすんなり受け止められる人間は多くないからね」
「ええ勿論。現に私も最初は恐れおののき……震えました」
 だが、と四ツ橋。
 彼はモリアーティから世界の真実を知らされた人間の一人だ。
 自分達は聖杯戦争を遂行するためのいわばエキストラのような存在で、舞台が終われば世界と一緒に消えるのだと知った。
 そしてそれを知れたからこそ、四ツ橋はモリアーティにこうして心酔しているのだ。
「ですが恐怖は次第に形を変え、私に一つの夢を与えてくれた」
「それは運命からの解放」
「このままただ無価値で無意味な存在として消えるなど……私には到底我慢できない」
 この世界の住人はエキストラ。
 極論、ただいるだけの命である。
 だから物語の主役にはなれない。
 だが――物語に入れないわけではない。
 例えば悲惨な境遇で心の砕けた子供達の集団が、自分達のヒーローの勝利を目指して戦っているように。
「どうせ終わる世界なら……最後は全ての抑圧から解放されるべきだ。それを成し遂げる人間として、教授。あなたほどの適任はいない」
 社会からも、法律からも、運命からも……。
 "解放"を掲げて蜂起し、そして弾圧された男を父親に持つ男。
 彼が辿り着いた結論を聞きながら、モリアーティはほくそ笑んだ。
“やはり、恐怖は時にどんな甘言にも勝る起爆剤になってくれるねェ”
 モリアーティは誰彼構わずこのやり方で手懐けてきたわけではない。
 心の小さな臆病者に死の未来を突き付けたところで、無意味な暴走を招くだけだ。
 生粋の悪はまず相手の人格と性根を見極める。
 その上で使えると、恐怖を乗り越えられると確信した人間にだけとっておきの起爆剤を垂らしてやる。
 四ツ橋力也もその一人だ。
 そして四ツ橋は今モリアーティの想定通りに恐怖を乗り越え、感情を進化させ……敵連合の最大のスポンサーとなってくれた。
 此処まで全て、ジェームズ・モリアーティの掌の上である。
「それで、教授よ。次は何をすれば宜しいですか」
「人間二人が不自由なく暮らせるスペースと設備を用意してほしい」
「ふむ。……連合の追加メンバーというわけではなさそうですな。あなたは今、"このビルの中に"とは仰らなかった」
「その通り。今度のは私達の仲間ではなく、あくまで一時的に協力し合うだけの相手のものさ」
 その上でモリアーティは更に条件を一つ追加した。
 それは、絶対に日光が射し込むことのない場所であること。
 確かに窓がない方が隠遁先としては理に適っているだろう。
「…何かワケがおありで?」
 だがそれなら最初から窓のない場所を用意しろと言えばいいだけだ。
 モリアーティがそういう意味のない言い回しをする人物ではないことを四ツ橋は知っていた。
「吸血鬼のようなものと思ってくれればいい。どうも日光に当たることが致命傷になってしまう体質のようでね」
「それはまた……いい弱みを握りましたな」
「いや、そうでもないさ。遠くない未来こちらに牙を剥いてくるのは間違いない相手だ。おまけに性格に難がありすぎるのも問題でね。まぁ、賞味期限の短い同盟だよ」
 モリアーティにとって鬼舞辻無惨は長期的に抱えておきたい手札ではない。
 利用するだけしたら速やかにご退場いただきたい、そういうカードだ。
 拠点を与えると言って自分の監視下に置ければ、切り捨てる時に苦労しなくて済む。
 無惨は他でもない自分自身の判断で、虫籠の中に押し込まれた虫そのものの立場に落ちぶれてしまったのだ。
「ともかく話は分かりました。すぐに用意させましょう」
 遅くとも今日中には必ず。
 忠臣そのものの従順な発言にモリアーティは笑みで応える。
 デトネラットの資金力と企業規模を手の内に収められたのは、彼としても実に大きな収穫だった。
 もし彼を懐柔していなかったら、モリアーティと連合の行動範囲はもっとずっと窮屈なものになっていたろう。
「他に何か、私でお力になれることは」
「うむ、そうだな……では――」
 少し逡巡してからモリアーティが口を開こうとする。
 その時、四ツ橋の懐の携帯端末が小さく振動した。
 チラリと四ツ橋がモリアーティの顔を伺う。
 別にモリアーティは電話に出るのを咎めるほど心の狭い男ではない。
 彼が苦笑してひらひら手を振れば、四ツ橋はすまなそうに頭を下げて画面を見た。
 その瞬間、彼の表情が申し訳なそうなものから一転真剣なものに変わった。
 どうやら……仕事絡みの電話というわけではないようだった。
「もしもし」
 ジェームズ・モリアーティは悪の総帥である。
 指揮者である彼の存在が外に漏れることだけは絶対に避けなければならない。
 だからモリアーティへの直通の連絡手段を持つのを許されている人間はごくごく少数だ。
 よってそれ以外の協力者達は、本人ではなく四ツ橋のようなモリアーティ直属の部下に電話をかけることになる。
 四ツ橋の反応を見るに電話してきた人間は、どうもそういう存在であるらしかった。

     ◆◆◆

「――禪院だ。時間あるか?」
『おお……君か! 構わない。用件を言いたまえ』
 アサシン、禪院甚爾がこの協力者を得たのは彼自身予期しない偶然の産物だ。
 予選期間中、東京の裏社会に身を沈めて情報収集に勤しんでいた折のこと。
 どこで誰が漏らしたのか、ある日突然甚爾が仕事用に使っていた携帯に連絡が来た。
 相手がデトネラットの社長である四ツ橋力也だと名乗った時は流石に顔を顰めたが……
 ファーストコンタクトの怪しさとは裏腹に、四ツ橋は甚爾にとって大変便利な情報源兼協力者として働いてくれた。
「調べてもらいたいことと、動いてもらいたいことがある」
『その対価に君が払えるものが何かを、まず聞かせてもらおうか』
「片方はテメェの雇い主の益にもなる。あるマスターの素性に関する話だ」
『…グッド。話を聞こう』
 彼の裏側にいる存在を見抜くことは甚爾ですらまだ出来ていない。
 どこの誰なのか知らないが、甚爾をして舌打ちが出るほど優秀な知恵者なのは間違いなかった。
 いつかは倒さなければならない相手。
 そして滅ぼさなければならない集団だが、少なくとも今のところはまだ、彼らの存在は甚爾にとって有益だった。
「まずはこっちの問題からだ。仁科鳥子って女について調べてくれ」
『ニシナトリコ。外見的な特徴は?』
「左手が透明らしい」
『何かの比喩かな?』
「言葉のままの意味だよ。多分な」
 甚爾も実際に見たわけではない。
 だが、彼のマスターである空魚が言うにはそのままの意味であるという。
「居所が分かったら俺に連絡しろ。手出しはしなくていい」
『さしずめ、君のマスターに頼まれて仕方なく私を頼ってきた……というところかな?』
「余計な詮索すんじゃねえよ。仕事だと思って黙って聞いとけ」
 空魚は、この仁科鳥子が見つかれば確実に手を組めると断言した。
 とはいえ甚爾がその言葉を信用しているかと言えば、微妙だった。
 絶対に組めると豪語しておいて、実際会ってみたら考えが食い違ってあえなく決裂。
 ……なんて、実によくある展開ではないか。
 警戒しておいて損はないだろうと、甚爾はそう思っている。
『とりあえず了解した。何か進展があれば連絡しよう』
「で、次なんだが。こっちはちゃんとそっちにも旨味のある話だ」
 ある意味では棚からぼた餅と言えないこともない。
 労力をかけずに一つ敵主従を特定出来たのだと考えれば確かに儲け物ではある。
 しかし甚爾の方針上、自身の存在を相手方に悟られてしまったというのはその利を差し引いても具合が悪い。
 だからなるべく早い内に、確実に排除しておきたい。
 存在すると分かっている暗殺者と存在が割れていない暗殺者。
 どちらが強いかなんて、改めて考えるまでもないことだろう。
神戸あさひってガキがいる。エクストラクラス、アヴェンジャーのマスターだ」
『外見は』
「背丈は高校生かそこら。フードの付いたパーカーを着てて、武器として金属バットを持ち歩いてるらしい」
『目立つ見た目だな。いかにも素人だ』
「このガキ自体は間違いなく素人だよ。話で聞いてるだけでも分かった」
 問題は彼が連れているサーヴァントの方。
 これも甚爾は会ったことも見たこともない相手だが、同盟相手のライダーの言によるとそうらしかった。
 それにだ。極道としての生き様を由来にして英霊の座にまで上り詰めた男がそこのところを見誤るとは思えない。
 ライダーの信用が落ちたとしても、その部分まで軽視する甚爾ではなかった。
『どういう手の回し方が好みかな? 直接刺客を送り込むか、それとも情報戦で潰すか……』
「テメェらの得意分野は情報戦だろ。何でもいいからとにかく確実にやってくれ」
『さすが、よく知っている。ではそのようにしておこう』
 早ければ夕方。
 遅くとも夜の内には。
 その返事が聞ければ甚爾としてはもう満足だった。
「用件はそれだけだ。次はそろそろテメェの雇い主の声が聞きてえところだな」
『"M"に伝えておくよ。あのお方は用心深いのでね』
 いつも通りの返事にうんざりしながら通話を落とす。
 とりあえずこれで神戸あさひには受難が向かうことになった。
 願わくばそれでサーヴァントごと脱落してくれると嬉しいのだが、流石にそこまでは期待していない。
 あくまでも削りのための嫌がらせだ。
 そこを突いて誰かがあさひ達を潰すもよし。
 混乱の隙を突いて甚爾が自らあさひを暗殺するもよし、である。
“……デトネラットか。利用する分にはいいが、連中との付き合い方も考えていかねえとな”
 四ツ橋力也は見ての通り何者かの傀儡だ。
 彼の裏には、彼を操って東京を陰で牛耳る黒幕がいる。
 その正体は定かでないが、この際存在するということさえ分かれば十分だ。
 そいつがこっちのラブコールに応じてくれれば甚爾としてはもちろん好都合。
 かと言ってこのまま音沙汰なしでも、裏にいると分かっているならいつか探し出してやればいいだけのこと。
 甚爾としては、"M"がどういう選択を取るかに応じて動き方を変えるだけである。
“仁科探しを任せられただけでも十分だ。善意の人探しなんてガラじゃないにも程がある”
 仁科鳥子なる女に自分のマスターは並々ならぬ執着を寄せている。
 甚爾の本音は、そんな女のことなんてどうでもいいだろ、これに尽きた。
 が、もしそれを口に出せば面倒な拗れ方をする未来が見えたのも事実だ
 だから一応頼み自体は受け入れてやったが……つくづく持つべき者は協力者だ。
 四ツ橋の元には優秀な人材が揃っている。
 自分がわざわざ直接動かなくても、仁科鳥子の捜索は問題なく進んでいくだろう。
“俺は俺で、らしいことをしていくかね……”
 アイ達は油断ならない相手だが、この序盤で空魚を切りはすまい。
 ならば空魚のことは一度アイ達に任せてしまってもいいかもしれない。
 もちろん本人がどう思うかは分からないので、拒まれればそれまでだが。
 かつて術師殺しの名で恐れられた猟犬は、サーヴァントとなっても何も変わらない。
 仕事のためなら何でも使う。何でも頼る。
 どんな悪事も厭わない。
 その彼が悪の手先に堕ちたデトネラットと、そしてそれを操る悪のカリスマと繋がっている。
 その恐ろしさを正しく認識している者はきっと、まだいない。

【世田谷区・空魚のアパート(外)/一日目・午後】

【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:さて、まずは何をしたもんかね。
2:仁科鳥子の捜索はデトネラットに任せる。
3:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
4:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
5:空魚のことは一度アイ達に預ける?
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾の協力者はデトネラット社長"四ツ橋力也@僕のヒーローアカデミア"です。彼にはモリアーティの息がかかっています。

     ◆◆◆

「件の禪院君か」
「ええ。そして朗報です教授。彼が、また新たなマスターを見つけてくれたようだ」
 禪院を名乗る聖杯戦争関係者の存在はモリアーティも聞いていた。
 直接話したことこそないが、四ツ橋の報告を聞くだけでも彼が優秀な人間であることは分かった。
 マスターなのか、それとも暗躍に長けたサーヴァントなのか。
 そろそろ直接連絡を取って正式に手を組んでもいいかもしれない。
 そう考えるモリアーティだったが、次に四ツ橋が口にした名前には流石の彼も一瞬言葉を忘れた。
「マスターの名は神戸あさひ。クラスはエクストラクラス、アヴェンジャー」
「……んん? すまない、今なんと?」
「禪院は確かに神戸あさひ、と」
 四ツ橋が若干声のトーンを落とす。
 その機微だけで、彼もモリアーティと同じ感想に到達していると分かった。
「教授。貴方が作った連合の中に、確か……」
「ああ…いるね。神戸しおという少女が……」
 ジェームズ・モリアーティは犯罪者の中の犯罪者、その道のエキスパートだ。
 常にあらゆる可能性を視座に置いて動き、策を練る。
 だがそのモリアーティにも出来ないことはある。
 盤面上に載せられていない未知の情報まで全て的確に見抜くことだ。
 天は彼という人間にいくつもの才能を与えたが、千里眼までは与えなかった。
 だからしおをスカウトした後で彼女の可能性に気付いた。
 今起きていることはそれと同じだ。
 モリアーティは神戸しおを仲間に引き入れ、彼女の可能性をいずれ破壊の貴公子となるヴィランに並ぶものだと見据えた。
 彼女のことを知る気の違った女の存在も知れた。
 しかし、まさかそれ以上に因縁の枝が広がっているとまでは予想出来なかったらしい。
 顔を引きつらせて目を糸のように細め、冷や汗を流すアラフィフ。
“しお君…キミ、もしかして私が思ってる以上に厄ネタなのかナー……?”
 あれほどの可能性を切り捨てる選択は勿論ない。
 それはそうと、流石の犯罪紳士もこれには表情が引きつった。
 しおは自分に兄がいるなんて話は一度もしていなかったし、こればかりは仕方ないことだったが。
「何でしたら神戸しおと引き合わせる方向で調整しましょうか? 禪院には不義理になりますが」
「いや。それは予定通りの方針で構わない。彼の信頼を裏切らないよう、君の出来る限りで手を回してあげなさい」
 確かにしおの兄らしき人物が突然生えてきたことには驚いた。
 驚いたが――この神戸あさひについて、しおのために気を揉む必要はないのはしおの言動を思い返せば明らかだ。
「しかし……しおのことが彼に知れれば面倒なことになるのでは?」
「その点は問題ないよ。神戸あさひがどんな人物であったとしても、しお君が彼の生死で傷つくことは恐らくない」
「失礼ながら……その根拠は?」
「あの子の世界に存在を許されている人間は一人だけだ」
 あれは、そういう極端さがあるからこそ実現出来た狂気だ。
 モリアーティはそう思う。
 だからあさひとの共闘路線は考えない。
 別にモリアーティも四ツ橋も兄妹の感動の再会をお膳立てしてほっこりしようとは考えていない。
 重要なのは使えるか使えないか。
 モリアーティの役に立つか立たないか。それだけなのだ。
「しお君が兄の存在で揺らぐようなら一考の余地はあるが、私にはそうは思えない」
 四ツ橋はしおと対面した時間が短いため、その言葉に納得することは出来なかった。
 しかしモリアーティは違う。
 モリアーティは直接しおと会い、その狂気じみた愛の片鱗に触れているのだ。
 だからこそ下せる判断というのは確かにあった。
「禪院君を仲間に入れることと、家族愛をネタに神戸あさひを懐柔すること。どちらが有益かは一目瞭然だろう?」
 天秤にかけたなら重いのは前者の方だ。
 モリアーティは蓄えた上品な髭を弄りながら言った。
 神戸あさひは禪院曰く素人。
 その点禪院は素性こそ知れないものの、頭抜けて優秀な人物であるということは既に読めている。
 そんな両者を天秤にかけた結果、モリアーティは前者を選んだ。
 仕事人の禪院を抱えるために未知数な神戸あさひを追い込む。
 その結論を出すなりモリアーティは、四ツ橋に直球の質問を投げかけた。
「時に四ツ橋君、具体的にはどんな潰し方を取るつもりかな?」
「政治団体なら心求党。企業なら大手ITのFeel Good Inc.。そして出版業界なら集瑛社。私の交友関係を駆使すれば……やり方はいくらでも」
「実に頼もしい。では神戸あさひのことは、ひとまず君に任せよう」
 今四ツ橋が挙げた団体には既にモリアーティの息がかかっている。
 動かす気になればどうとでも動かせるお手軽な社会権力だ。
 これだけあればあさひがどんな身分の持ち主であろうと簡単に公共の敵に変えられる。
 後は煮るなり焼くなり、甚爾や他のサーヴァントで好きにすればいい。
 それでもなおあさひとそのサーヴァントが生き延びられたなら――その時はその時だろう。
“ただ、しお君には伝えておいた方がいいだろうねェ”
 モリアーティ達がこの東京で見つけた彼女の縁者はあさひだけではない。
 鬼舞辻無惨のマスターということだった、あの狂った女。
 彼を利用する気で近付いた筈のモリアーティでさえ、あの女のことに関しては無惨に同情した。
 あさひが彼女ほどの狂人だとは思わないが……どちらにしろ話は通しておいた方がいいだろう。
「ともかくありがとう、四ツ橋君。引き続き宜しく頼むよ」
「御意に。我らが教授、偉大なお方」
「私はしお君達の所に顔を出してくる。何かあれば呼んでくれ」
 踵を返すモリアーティを四ツ橋は頭を下げて見送る。
 日本広しと言えど、彼ほどの成功者にこうも低頭の姿勢を取らせられる人間はそういない。
 そしてモリアーティは人間であることをとうの昔にやめた存在、英霊だ。
 人間を超えた犯罪の申し子によって、世界有数の大都市が陰ながら支配されていく。
 それは驚くべきことでも何でもない。
 ただ単にとても順当な、なるべくしてなった当たり前の展開。
 名探偵のいないこの東京は、ジェームズ・モリアーティにとって公園の砂場にも等しかった。

【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル(社長室)/一日目・午後】

【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。
1:しお君達の所に行き、神戸あさひと無惨のマスター(叔母)について話す
2:禪院君(伏黒甚爾)とはそろそろ直接話をしてもいい、カナ?
3:バーサーカー(鬼舞辻無惨)達は……主従揃って難儀だねぇ、彼ら。
4:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
5:"もう一匹の蜘蛛(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と興味。
[備考]
※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
 デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。

※夕方〜夜の間を目処に何らかの形で神戸あさひに関する悪評が流されます。どういう形のものになるかはまだ未定です。


     ◆◆◆

 誰もが知る大企業、デトネラット。
 その社長が直々にデンジ達のために用意した部屋。
 デンジがそこに対しての感想を一言で言い表すならば、天国。
 その一言だけで事足りる、それほどに快適な空間だった。
「あ〜〜…ずっと此処にいてえわ、俺……」
「よかったね〜。ライダーくん言ってたもんね、クーラーのある部屋が恋しいって」
「ガキだから大丈夫って思ってるといつか痛え目見るぜ。見たことねえのか? 家庭の医学」
 しらなーい、と答えるしお。
 そうかー、と返すデンジ。
 しおは冷蔵庫に入っていた乳酸菌飲料にストローを刺して飲み、デンジは両手を広げてソファにもたれ至福の時を過ごしている。
 死柄木はテーブル脇の椅子に座って何をするでもなく虚空を見つめている。
 三者三様・それぞれの時間の使い方。
 ヴィランというには牧歌的すぎる絵だったが、少なくともデンジはこれで満足していた。
「死柄木ィ〜。お前、あのジイさんからこれからどうするとか聞いてんの?」
「特に何も。どうせ話が終われば此処に来んだろ」
「それもそうだな。よししお、なんかして時間潰そうぜ。SwitchもPS5もあるぜ此処」
「いいよー。おじいちゃん来るまで何もすることないしね」
 デンジにとってしおはマスターだ。
 だが、デンジは彼女のことを従うべき主として見たことはなかった。
 どちらかというとその関係は友人に近い。
 同じ部屋で暮らして、時々駄弁って、ゲームで遊んで、ウーバーイーツで取り寄せた不健康な飯を一緒に食べて……。
「マリパやるんだけどよー、流石に二人じゃ味気ねーからお前もやんね〜か?」
「やらん。兄妹仲良く二人でやってろ」
「なんだよ、ホントつまんねえ奴だなお前」
「生まれてこの方、芸人なんぞ目指した覚えはねえからな」
 死柄木は今兄妹なんて言ったが、そんな感じではないよなとデンジは思う。
 年の差も背丈の差もそれっぽく見えるかもしれない。
 ただ、兄と妹って感じではどうもない気がする。
 そう考えるとやっぱり感覚としては友達のそれが一番近いように感じられた。
“あ……そういや、あの女のことも話さねえとな”
 とはいえ急を要することでもない。
 どの道モリアーティが戻ってくれば、嫌でも真面目な話をすることになるのだ。
 ならば別に今じゃなくてもいい。
 そうやって怠惰に身を任せる。
 デンジは、しおとそういう話をするのがあまり好きではなかった。
 理由は上手く説明できないが……なんとなく居心地が悪い。
 腹の奥のどこか目に見えない大事な部分がむず痒くなってくる。
 その点でいうと。
 デンジの代わりにしおと戦いの話をしてくれるモリアーティ達と組めたのは、彼が思っている以上に幸運だったのかもしれない。

 そんなデンジ達を呆れたような目で見つめる死柄木。
 テーブルの上に置いた炭酸飲料が、先ほどアイスを食べたことで乾いた喉に程よく沁みた。
 冷房は外の暑さで疲れた体を癒してくれるし、此処には何一つ不自由というものがない。
“連合の住処としちゃ綺麗すぎるぜ、此処は……”
 それは自虐だったが、事実でもあった。
 この同盟を敵連合と名付けたのはモリアーティであって死柄木ではない。
 こんな恵まれた環境を貰えている時点で死柄木の知る本来の連合の姿とはかけ離れていた。
 オール・フォー・ワンというバックに支えられていたのも今は昔。
 彼がオールマイトに敗れてからは、知名度だけ"しかない"犯罪者サークルにまで落ちぶれた。
 そんな中でも必死に、言葉通りの意味で細々と食いつなぎながら。
 それでようやく見つけたのが、師の残したギガントマキアという可能性。
 此処に来る前死柄木は、そのマキアに新たな主人として認められるためボロボロになりながら悪戦苦闘を繰り返していた。
 そこに横槍を入れてきたのが、あの界聖杯とかいう超常現象だ。
“マキアか。アイツとあのまま戦ってたら……俺は――俺達は、どうなってたんだろうな”
 その答えを、この死柄木は当然知らない。
 モリアーティのおかげで労せず味方に出来た四ツ橋力也。
 彼が率いる異能解放軍という軍勢と真っ向から戦い、そして勝つことなど。
 そしてその道すがらに自分の個性が限界突破(プルス・ウルトラ)を引き起こすことなど……知る由もない。
“今となっちゃどうでもいいが”
 元の世界、あるべき世界線での死柄木。
 彼はギガントマキアとの戦いをバネにし、異能解放軍との戦いで完全に覚醒した。
 零細状態だった連合を解放軍と一体化させ、自分は優秀なドクターの手で改造手術を受け。
 最後には、彼はヒーロー社会そのものをすら崩壊させた。
 モリアーティが成し遂げようと目論む死柄木弔の完成は、彼らの出会いがなかったっていずれ必ず辿り着く未来だったのだ。
 しかしモリアーティとオール・フォー・ワンは似て非なるもの。
 オール・フォー・ワンは死柄木の完成を経由して自己の再臨を目論んでいた。
 が、モリアーティが目指しているのはあくまでも死柄木弔という悪の完成だ。
 彼には死柄木を使って自分が魔王になろうなどという魂胆はない。
 そこが、死柄木を寵愛した二人の悪の最も大きな違いだった。
“もう夜も近いんだ。いつまでも穴熊決め込んでるのは性に合わないぜ、アーチャー”
 敵連合、今はまだ準備中。
 そしてこれからは作戦会議。
 では、それが終わればどうなるのか。
 その答えは、静かに広げられた死柄木の右手が物語っていた。
 触れた全てを崩壊させる、悪魔の手が。

【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル(ゲストルーム)/一日目・午後】

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
1:子守り(デンジも含む)は性に合わないので、そろそろ何かしら動きたい。
2:しおとの同盟はとりあえず呑むが、最終的に殺すことは変わらない。

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:すずしい!
2:とむらくんとおじいちゃん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。一緒にがんばろーね。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康、上機嫌
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
1:デトネラットの株とか買い漁っちまうかァ〜!?
2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
3:しおにあの女(さとうの叔母)のことを伝えるのは……まあジイさんが戻ってきてからでいいだろ。

時系列順


投下順


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024:シュガーソングとビターステップ 神戸しお 046:愚者たちのエンドロール
ライダー(デンジ)
死柄木弔
アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)
033:天秤は傾いた、――へ アサシン(伏黒甚爾)

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最終更新:2021年09月18日 13:03