私はアイドルというものに興味を持ったことがない。

 男も女も関係なくそうだし、そもそも興味以前にテレビをろくすっぽ見ない。
 だけどそんな私でも、日常生活を過ごしている中で勝手に目に、或いは耳に入ってくる情報というものはある。
 例えば大学のキャンバスですれ違う学生だったり、往来のでっかいモニターに映し出されてる宣伝映像であったり。
 そういうものを通じてアイドルの名前であったり顔であったりを見聞きすることは、ある。
 知りたくもないのに無理やり知識を得させられるというのは個人的には現代社会の嫌なところの一つだけど、今回ばかりはそれがいい方向に働いたと言えなくもない。

 星野アイ。この界聖杯内界で、やたらと人気らしい歌って踊れるアイドル。
 私のサーヴァントであるアサシンから、そいつと同盟を組んだ旨の連絡があったのが――今から二時間ほど前のこと。
 正直おったまげた。何を冗談言ってるんだと思ったし、いやまずはとにかく訳を言えと問い質してやりたくなった。
 でもあの仕事人もどきは要件だけ伝え終えるとあっさり電話を切ってしまい――私は途方に暮れながら、一人暮らしの散らかった部屋を急いで片付けるしかなかった。

「……星野アイ、か」

 掃除も一段落したので、ソファに腰掛けながらスマートフォンを弄る。
 開いているアプリはグーグルクローム。いわゆるブラウザだ。
 調べている内容は、言わずもがな同盟相手になったらしい彼女……星野アイのこと。

 苺プロダクション所属。アイドルグループ"B小町"不動のセンター。
 最近誕生日を迎えて成人した。歌もダンスも演技も何でもそつなくこなす、生粋の天才肌。
 人気が出るのも頷けるスペックと、正直誰が見ても美人という評価を下すこと間違いなしの恵まれた顔面を併せ持った存在。
 なるほど確かに、こんな奴ならアイドルは天職だろう。ステージに上がるために生まれてきたような奴だなと思った。

 実際、同性の私から見てもかわいい顔をしてると思う。
 見るからに地味で陰気なものが滲み出してる私に比べれば天と地の差だ。
 特段好きなタイプの顔ではないけど、売れるのは分かる。
 私の感想はそんなところ。……だけどこうして改めて調べてみても、私がアイという偶像に対して抱く感情は苦手意識だった。

「なんか嘘臭いんだよなー……この子」

 何がどう嘘臭いのかと言われても、出てくる根拠は"なんとなく"の域を出ない。
 そう、なんとなくだ。なんとなく、アイを見ていると嘘臭く思えてしまう。
 誰にでも愛される理想のアイドル。裏も表もない本物の偶像。
 日頃からそう意識して頑張ってるんだろうな、とか。
 裏ではやることやってるんだろうな、とか。
 そんななんとも陰険な、ひねくれた感想ばかり浮かんでくる。
 ……私こと紙越空魚という人間が、陰陽で言うと絶対的に前者の側に傾いた女であるからだろうと言われたら、否定は出来ないけど。

「(何か全然実感湧かないけど……ほんとにこいつと同盟組むのか? 私。
  いや、正直全然信用する気起きないんだけど。めちゃくちゃ心理戦上手そうだし)」

 もうすぐ、それは単純な好き嫌いの問題ではなくなる。
 テレビなり雑誌なり広告なりを眺めながら漫然と「私この子好きじゃないんだよねー」と呟くのとは訳が違う。
 アサシンの言ったことが本当ならば、アイは私にとって画面越しの存在などではなく、限られた生還枠を争う競争相手ということになるからだ。
 同盟を組むこと自体に異論はない。むしろありがたいとさえ思ってる。
 何せ、まだ私達を除いても二十二組残っているのだ。孤軍奮闘で戦い切るにはちょっと厳しい数である。
 だから信用してもいい相手が出来ることそれそのものは、願ったり叶ったり。
 そこに"星野アイ"という固有名詞が付け足されたことによって、私はこうして謎に緊張したりあれこれ考えたりする羽目になっている。

 どうしよう。
 きっぱり断るか、それとも逆に使ってやるつもりで受け入れるか。
 いやまあ、あのアサシンが相手に欺かれる可能性を考慮してないとは流石に思っていないけど。
 もしかしてこいつを使う場面なんじゃないのかと、テーブルの上のマカロフをかなり真剣な目で見つめてしまうくらいには、私はテンパっていた。

 ……なんて言っても、実際のところはだ。
 多分私はまだ、人の命を奪うと決めた上でこれを使うことは出来ないと思う。
 アサシンなら躊躇なく撃つだろう。眉間目掛けてあっさりとズドン。あまりにもあのサーヴァントに似合う情景だ。
 でも私は、所詮ただの人間なのだ。ちょっとばかしよくある修羅場を踏んできただけの、人間。
 現に人間を殺したことはまだない。殺そうかと思ったことはあっても、実行してはいない。でも、それが全てだろう。
 私はまだ、一線を越えていない。あの潤巳るなの時ですら、それを超えることは出来なかった。

 ――――本当に必要にならない限りは。
 今後も当分その線は、超えられないに違いない。

「おい、マスター。居るか?」

 私の方針はあくまでも"生存最優先"だ。
 誰も殺さずに帰れる方法があるならそれでいい。それに乗っかって帰るだけだ。
 でももしも、どうやっても正攻法以外の手段では帰れないというのなら。
 その時は聖杯を狙う。他の全員の願いと命を踏み台にしてでもいい。とにかく元の世界に帰る、そういう気でいる。
 そんな方針を掲げている人間が誰かを殺す覚悟なんてありません、なんて笑い話以外の何物でもない。
 だからいつかは覚悟を決めなくちゃいけない。
 の、だけど――現実は私が覚悟を決めるまで悠長に待っていてなんかくれなくて。

「……やっと帰ってきたんですか。
 いや、まず電話に出てくださいよ。一方的に要件だけ切ってだんまりとか、ちょっとどうかと――」
「そりゃ悪かったな。どの道連れてくるんだから、事前にあれこれ話すよりも会ってからの方が手っ取り早いかと思ってよ」
「――思、……」

 文句を言おうとして、思わずソファを立ち上がった。
 そして玄関先までずんずん出て行って、そこでひゅっと息を呑んだ。
 もはや見慣れたアサシン。黒髪の、やたらと整った顔をした男。
 その後ろに二人の男女が居た。一人は逆立った髪をして、「どーも」と会釈をしてくるアサシンと同年代くらいに見える男。
 そして、もう一人は。変装のつもりなのか帽子を被った、けれどその程度じゃ隠し切れない輝きを放つ――女だった。

「初めまして。紙越空魚ちゃん、でいいんだよね」
「あ、……え……?」

 私の名前は紙越空魚。大学三年生。歳は二十歳と数ヶ月。
 未だかつてアイドルなんてものに興味を抱いたことはなく、当然生でお目にかかったこともない。
 そんな私のところを尋ねてきた彼女は、けれど。
 別段ファンだったわけでもない、むしろ悪感情をすら抱いていた私ですら分かるほどの眩しい魅力を放っていて。
 コミュ障丸出しって感じで吃ってしまう私にくすりと笑って、言った。

「星野アイです。職業はアイドル、兼聖杯戦争のマスター。
 仲良く出来たら嬉しいな。よろしくね――空魚ちゃん」
「あ、……あ、うん……どうも……」

 VS星野アイ。
 ファーストコンタクトは、誰がどう見ても私の負けだった。


◆◆


「い、今お茶入れるね……」
「あ、全然いいよ? お構いなく。私お茶とかあんまり好きじゃないし」

 写真で見ればそうでもないけど、会ってみるとオーラが違うよ――。
 こういう文句はそれこそ飽きるほど聞いた。アイドルを布教しようとする人間の常套句だ。
 でも実際のところ。見慣れたアパートのドアの向こうに突如現れた偶像(アイ)の姿を見た時、私は一瞬世界の全てが静止する錯覚を覚えた。
 そのくらい、アイは可愛かった。綺麗だった。写真や動画で見る何倍もずば抜けたルックスをしていた。
 ……まあ、私は鳥子の方が美人だと思うけど。それでも世間一般の感性で言ったら、なるほど並み入る女性達の中でもハイエンドだろう、これは。

 そんなことを思いながら、とりあえず麦茶でも注ごうと冷蔵庫に向かう。
 その矢先にアイが遠慮(なのか? これは?)してきたので、ならいいやと思って足を止めた。

「わ、お構いなくって言われてほんとに止めるタイプの人なんだ」

 そしたらこの台詞である。
 なんだこいつ。いや、なんだこいつ。
 そんな目をしながらも、一度好きじゃないと言われたものをわざわざ気を利かせて注いでやるほど私は心が広くない。
 家主の私が何か言う前にテーブルを囲んで座り込んだ面々。
 それを見回しながら私も、ため息混じりにソファの上に座り込んだ。
 本当なら客人より上の目線から物を喋るのは礼儀的によくないことなんだろうけど、今日くらいは許してほしい。
 何しろこっちは、星野アイとそのサーヴァントがこの部屋を尋ねてくるに至った経緯すら聞かされていないのだ。

「……とりあえず、一から説明してほしいんですけど」
「あれ。空魚ちゃん、アサシンから聞いてないの? てっきり全部知ってるもんだと思ってたんだけど」

 きょとんとした顔をして言うアイだけど、そう思うのは多分当然のことだ。
 同盟を組むって話なのに、よりによって肝になるマスターの方がその内訳を聞かされてないなんて流石に妙ちくりんな話だろう。
 だから私は素直に――此処で意地を張っても仕方がないので――本当のところを答えた。

「……全然。さっき突然電話掛かってきてそれで初めて知ったから。
 いきなり星野アイと同盟組んだわーとか言われて、何の冗談言ってるのかと思った」
「まあ有名人だもんね、こっちの私。元の世界よりブレイクしてるよ多分」

 私もびっくりしたよ最初は、と言いながら、アイは手提げ鞄から取り出したスポーツドリンクを飲み始めている。
 いやこいつ。ほんとにいい性格してるな?
 あとさっきから何気に"ちゃん"付けで呼ばれてるけど、誕生日のタイミング的に私の方が一つ歳上なんだけど。
 なんてことを思いながらぐぬぬ、となんとも言えない顔をしている私に、そんなことは何処吹く風のアサシンが説明を始めてくれた。  

「説明って言われてもな。偶然だよ、偶然。
 そこのライダーにサーヴァントだってことがバレちまってな。
 その場でやり合うのも旨くねえが、かと言ってそのまま退くってのも微妙だろ。だから建設的な話を持ち掛けてみたってだけだ」
「え。なんでバレたんですか?
 サーヴァントとして認識されないの、あなたの一番の取り柄なのに」

 率直に驚いて、そう質問してしまう。
 私のサーヴァント。つまりこのアサシンは、はっきり言って弱点の多い英霊だ。
 まず念話が出来ない。令呪で指示をすることも出来ない。だから私の腕にある令呪は実質ただの飾りだ。
 ただし。アサシンはそれらの不便を抱えることと引き換えに、徹底的に"英霊"として認識されない取り柄を持っている。
 詳しいことは私も知らないけど、事実マスターである私の目から見ても、この人のステータスは読み取れない。
 要するにだ。アサシンは、相手にサーヴァントだと認識されることのないまま、サーヴァント相当の戦闘能力を発揮することが出来るのである。
 ……その筈なんだけど。なのにどうしてか、アイとそのサーヴァントにはそこのところを見抜かれてしまっているみたいで。

 思わずズバッと切り込んでしまった私に、アサシンは呆れたような目を向け言った。

「否定はしねえが、こればっかりは俺も予想外の事態だった。正直面食らったよ」

 そんなアサシンに、はははと笑い声をあげるのはアイのサーヴァントだ。
 逆立った黒髪の男。ちなみにこの男もアサシンと同じで、私の目からはサーヴァントとしてのステータスとかそういうものがさっぱり見えない。
 とりあえずアサシンと同じような――普通の人間を装うスキルなり宝具なりを持っていることはまず間違いないだろう。

「何分、俺はアンタみたいな超人にブッ殺された人間でなァ。
 直感(カン)っつーか、まあそんなとこだ。他の奴ならまず気付けねえだろうし、空魚ちゃんは心配しなくてもいいと思うぜ?」
「ご丁寧にどうも……」

 超人にブッ殺された人間だからってなんだよ。
 そんな理由で人のサーヴァントのマジックを見抜かないでほしい。
 そう愚痴りたくなったけど、私にだって社交性というものはある。あるったらあるの。
 だからぐっと堪えて、話の続きに耳を傾けることにした。

「で、だ。とにかくオレ達はそういう経緯があって、空魚ちゃんのアサシンと同盟を組んだってワケさ」

 アイ達と同盟を組む流れになってたことは完全に事後報告で知ったわけだけど。
 まあ落ち着いて考えると、そこのところは私にも責任がある。というか、多分私が悪い。
 何しろ私は今日の日を迎えるまでの間、マスターとしての役目をろくに果たそうとしてこなかった。
 ただ与えられたロール通りの日常を過ごして、たまにアサシンの報告を聞いて何か言ったり言わなかったりするだけ。
 だからアサシンに対して不服の思いはない。むしろ冷静になった今じゃ、この人想像以上に色々働いてくれてたんだな……と見直しすらしている。

 ……もしかするとこの人、私が思ってる以上に出来るサーヴァントなのか?
 そんなことをふと思った私に、アサシンは世間話のようなノリで質問してくる。

「にしてもお前、星野アイは知ってたんだな。テレビも見なけりゃ新聞も取ってねえお前のことだから、てっきり知らねえもんだと思ってた」

 いや、流石に知ってるわ。
 この人、私のことをどんだけ陰キャだと思ってるんだ。
 あまりにも不本意なレッテル貼りには〜とため息を吐いて、私も口を返す。

「いや、流石に知ってますよ。聞きたくなくても目耳に入ってくるんですもん、この人」
「本人前にしてそれ言う?」
「……言われて傷つくタイプじゃないでしょ絶対」

 バレた? と言わんばかりに頭をこつんと小突いているアイのことは雑に処理する。
 こいつ、やっぱりキャラ作りにむちゃくちゃ全力使ってるタイプだなとこの数分で確信した。
 仮に彼女がアイドルでなかったとしても、私がこいつと進んで関わり合いになることはまずなかっただろう。
 なにせ相手しててぶっちぎりで疲れるし鼻につくタイプだ。これならまだずっとあのわんこみたいな後輩の方がマシである。


「じゃあ、櫻木真乃ってアイドルは知ってるか」
「……、……」

 いや、知らんが。


「知らないんだな」
「しょうがないでしょ、そもそも私普段テレビ見ないんですよ。もうちょっと有名どころ持ってきてくれないと」
「あー、分かった分かった。
 で、その櫻木真乃ってアイドルはマスターだ。アイとも面識がある」

 アイの「うわあ、SNSだったらオタクに地の果てまで追い回されるような発言……」という呟きを無視しつつ、スマートフォンを手に取る。

「……なるほど。そういうことならちょっと待っててください、今ググりますから」

 口ではああ言ったけれど、もしかすると件の櫻木真乃ってアイドルは世間ではそこそこの"有名どころ"なのかもしれない。
 何しろくどいようだが、私はそういう芸能関係・エンタメ関係の話にむちゃくちゃ疎いのだ。
 何か分からないことがあったらまず自分で調べる。もとい、ググる。
 情報化社会を生きる人間として模範的と言ってもいい行動だな、と我ながらそう思った。
 検索エンジンに名前を打ち込んで調べてみると、すぐに顔写真付きの検索結果がヒットする。

「(……こいつか、櫻木真乃)」

 率直に――売れそうな顔だな、と思った。
 なんというかこう、真っ当にかわいい。
 アイが"かわいい"と"綺麗"を半分ずつ持った顔だとすれば、真乃は前者の割合をもっと増やしたような顔。
 どことなく漂うゆるふわっぽい雰囲気と言い、なるほどこれは確かに大衆受けするだろう。
 私が無知なだけで、アイほどではないにせよ案外世間での認知度は高いようだった。

「まず、真乃ちゃんと私達が同盟を結んでるの。
 でも真乃ちゃん達には、私達が先に同盟を結んでたってことは教えてない」
「そりゃまた……どうして?」

 万一バレた時のリスクが大きいし、そもそも同盟の規模なんて大きいに越したことはないだろうに――そう思ってしまうのは素人考えなのだろうか。
 私がそんな疑問を抱いた矢先、アイは微笑みながら説明してくれた。

「真乃ちゃん達ねえ、主従揃ってめちゃくちゃいい子なの。もうめちゃくちゃに。
 そういう子達ってさ、ほら。何かと使い勝手が良さそうでしょ? だから利用してやろうと思って」

 ……、……ああ。そういう。

 言われてすぐに私の疑問は氷解した。
 櫻木真乃。サーヴァントの方は顔もなんにも知らないけど――少なくとも彼女の方は、見た目の雰囲気から連想出来る通りの人物であるらしい。
 悪意のない、裏表のない、星野アイとは全く逆のタイプ。
 善良でいたいけで、だからこそ悪い大人の格好の標的にされてしまう性格。
 会ったこともないし何なら声も聞いたこともない真乃に、私は心の中で「ご愁傷様」と手を合わせた。
 アサシンと、アイと、彼女のライダー。恨むなら、三人の"悪い大人"に目を付けられた自分の不運を恨んでほしい。

「鉄砲玉程度にしとけよ。飼い犬に手噛まれちゃ笑い者だぜ」
「…………ああ、分かってるぜ。
 それとなアサシン。あの嬢チャン達絡みで一つ謝っとかなきゃいけねーことがあンだ」
「あ? そんなお花畑女相手に何やらかしたんだよ」

 鉄砲玉、なんて言葉が冗談でも何でもなく飛び交う光景を見ていると。
 私の人生も大分ジャンルが変わっちゃったな、と気の遠くなる思いに駆られる。
 まあ、私の人生に鉄砲とその玉が出てきたのはこの世界に来るよりも前のことなんだけど。

「私もこれほんとに大丈夫? って思ったんだけどさ。ライダーがアサシンのことバラしちゃって」

 なんて述懐しながら話の成り行きを見守っていると。
 アイの口から、何やらとんでもない告白が飛び出してきた。

「――何やってんだよ。利用する相手にぽんぽん情報教えるとか阿呆なのかお前ら」
「……いや、正直私もそこは同意見なんだけど。
 自分達から二重同盟の利点放り投げてどうするの?」

 眉根を寄せて、理解出来ないとばかりに詰るアサシン。
 尤も私も彼と同じ感想だ。彼とアイ達が出会い真乃の主従に目を付けた経緯には全くのノータッチだが、それでもさっきの説明を聞いただけで疑問を抱くには十分すぎる。
 私達との同盟を本命にしつつ、真乃とそのサーヴァントを鉄砲玉代わりに利用する。
 アサシンの存在を考えれば、真乃達に戦わせつつ背後から暗殺するようなやり方だって出来た筈なのだ。
 けれどそれは相手がこっちの存在を知らないことを大前提にした場合の話。そこの前提が崩れてしまうと、何のきっかけでアイ達と真乃達の同盟の裏にある真実が割れるか分からない。

 だから、ライダーが私達のことを喋ってしまったというのはどんな理由があるにせよ有り得ない判断と言う他なかった。
 アサシンが不機嫌になるのも分かる。私だって正直若干ムカついたし。
 そんな私達に、ライダーは苦笑いをしながら肩を竦めてみせる。

「そう怒んなよォ。こっちだって、バラしたくてバラしたワケじゃねえんだぜ?」

 それから煙草に火を点けて、燻らせながら話し始めた。
 ……いや、此処私の部屋なんですけど。
 そんな指摘をしようかとも一瞬思ったけど、ぐっと喉の半ばくらいのところで抑え込んだ。

「此処に来る前、ちょ〜っと厄介な連中に絡まれてな。
 "割れた子供達(グラス・チルドレン)"ってんだが。顔にガムテープを巻いたガキ共って言えば、アンタなら解んだろ?」
「何かと耳に入ってくる連中ではあんな」
「あー、それだけじゃねえ。流石に此処じゃ数は限られてるだろうが、奴らは多分マジで厄(ヤバ)いヤクを持ってる」

 それからライダーはアサシンに何やら話していたが、その内容は正直、部外者である私にはちんぷんかんぷんだった。
 ヘルズ・クーポン?がどうとか、ガムテープがどうとか。
 固有名詞だらけの会話で人を置き去りにする奴は基本嫌われるってこと、英霊の座の知識にも含めてくれないかなと思った。

「そいつらの襲撃に遭った時に不覚(うっかり)、真乃達とはまた違った主従と遭遇しちまったんだ」

 早速私の知らない固有名詞が出てきて面食らう。
 ただアサシンはそれについても知っているみたいなので、口は挟まない。
 今はとにかく、どういう言い分でそんな頓珍漢な行動に出たのかを聞きたかった。
 アイ達が此処に来るまでは完全に蚊帳の外だった私も、こうなると途端に当事者意識ってもんがむくむく湧き出てくる。
 我ながら調子のいい奴だなと思わないでもなかったけど、それはさておき。

「マスターの名前は"神戸あさひ"。
 ちょっとばかし嗅覚が鋭いトコはあったが、まあ凡人のガキだ。アンタでもオレでも、やろうと思えば簡単に殺せるだろう。
 ただ問題はサーヴァント……アヴェンジャーの方でな。
 ありゃ、下手に隠し事をしたり偽証(ダマ)したりすると面倒なことになる手合いだ。
 極道(オレら)側って感じじゃあなかったが――まあ何にせよ、あの場はある程度正直に言った方が良かった。オレはそう思ってる」

 アヴェンジャー。一瞬何のことか分からなかったけど、私の中に埋め込まれた界聖杯の知識がその疑問を瞬く間に補完してくれる。
 通常の七騎とはまた別に存在するエクストラクラス、その一つ。
 意味は単語の通り、復讐者。……うーん、確かに聞くだけでろくでもなさそうだ。

「……、マスターの方はあくまでただのガキなんだな?」
「ああ。それは間違いない」
「なら後でこっちの協力者から手を回させる。
 一応言っとくが……次はねえぞ。
 相手の情報を漏らすような取引先を抱えてスリルを味わう趣味は無いんでな」

 真顔で言うアサシンに、ライダーは「分かってるさ」と笑う。
 私としても正直、組むことでリスクになるんなら切って欲しいというのが本音だ。
 今回はとりあえずそのアヴェンジャー主従についての情報を持ってきてくれたことで手打ちにしたみたいだけど、本当にこういうことは勘弁してほしい。
 何が悲しくて自分の知らないところで知らない誰かがやらかしたミスのせいで詰まなきゃいけないんだ。

「へー、ちょっとびっくりしちゃった。私達以外にも居たの? 協力者」

 やらかした主従の片割れの態度か? これが?

「当たり前だろ。予選が始まってから一ヶ月経ってんだぞ、それなりに人脈は広げた」
「優秀だなあ。空魚ちゃんは知ってた?」
「まったく聞かされてなかったですね」
「あはは。だよねー」

 だよねってなんだ、だよねって。

 さっきから感じてたことだが、こいつにはなんだか"ちょっと雑に扱ってもいい奴"だと思われてる気がする。
 初対面の頃の鳥子とも茜理とも絶妙に違った、今までに対応したことのない距離感の近さだ。
 むかつくけど、マカロフをぶっ放したい気分にまではさせてこない絶妙なウザさというか、腹立つ感じというか。
 私はそれを言語化することを諦めて、ため息混じりに真面目な質問を口にした。

「……そのあさひってマスターについてはアサシンが潰すとして。
 私達の関係のこと、真乃達にもバレちゃったんですよね? そっちはどうするんですか」
「ああ、真乃ちゃん達なら大丈夫だよ」

 あっけらかんと断言する、アイ。
 ……なんかこいつが言うと不思議な説得力があるのがまたむかつく。

「あの子達はアレだから。疑うより信じる方が得意だし好きってタイプ?
 私も色んなアイドルを見てきたけど、あそこまで"本物"っぽい子はそうそう居なかったよ。
 サーヴァントの方も、よく言えばいい子、悪く言えばお花畑だね」

 ぺらぺらと語られる、"彼女達"の特徴。
 端的に言えば、この聖杯戦争という舞台にはあまりにも向いていない善良さだった。
 マスターかサーヴァントのどちらかがうんと優秀でもない限り勝ち抜いていくのは厳しいだろうまっすぐさ。
 本来なら賞賛されるべきだろうそんな要素は、しかし聖杯戦争においてはただの足枷めいた悪癖でしかあるまい。

「真乃ちゃん達は利用出来るし、あさひくんの方も――サーヴァントさえどうにかすれば簡単だと思う」

 物理的にやるとしても、精神的にやるとしてもね。
 言ってウインクするアイ。後者の評価は、"自分ならやれる"という自信に基づくものなのかもしれない。
 初めて、敵に回さなくてよかったな……と思った。

「とりあえず話は分かった。
 今のところはまだ様子を見るが、もし邪魔になるようなら櫻木真乃の主従も切り捨てる方向に転換(シフト)する」
「……了解(オッケ)。そん時はオレもそっちの判断に従うさ」

 賢ければ死ぬ。
 そうでなければ、生かされる――ってとこか。
 別に同情するわけじゃないけど、真乃達もとんだ災難だ。
 籠の中の鳥。外に飛び立てば、その身はすぐさま撃ち抜かれる。
 搾取する側とされる側。その構図が、残酷なほどくっきりと浮かび上がっていて。

「サーヴァントって怖いね。野蛮だもん」

 聖杯戦争という儀式の恐ろしさ、闇の深さ。
 実話怪談や裏世界のそれとはまた違った、もっと等身大で身近な深淵。
 それに想いを馳せて、生唾を飲み込んだ。
 そのタイミングでアイが立ち上がり、ソファに腰掛ける私の隣に座ってくる。

「……真乃のとこみたいなサーヴァントでも困るけどね」
「それで空魚ちゃんは結局、どうなの? 私達と同盟、結んでくれる?」
「うーん。正直どういう経緯があったにせよ、私達のこと勝手にバラしたって時点で信用は大分薄れてるんだけどさ」

 率直な本音というやつだ。
 勝ち負けがそっくりそのまま生死に繋がる戦いをしているのだから、こういう考えになるのも当たり前だろう。
 アイ達を信用していいのかと言われれば、うーん……と唸るより他にない。
 今後信用を取り戻すだけの活躍をしてくれる可能性はもちろんあるが、それを今感じている不安よりも優先して買っていいものかどうか。
 とはいえ、だ。正直なところ、私の中では"組まない"選択肢はあまり望ましくないともう結論は出ていた。
 別に勿体ぶるようなことでもない。頭の中にある理屈をそのまま、言葉として出力していく。

「でも、結局こっちの戦力が足りないことには変わりないんだよね。
 もしこのまま同盟を反故にしてアイ達と敵対したら、真乃とあさひに告げ口されてこっちが不利になる」
「へえ。そういう風に考えるんだ」
「チクるでしょ? アイなら」
「うん、絶対言う」

 この女、一回刺されるか何かしてくれないかな。
 呆れと疲れが半々ずつくらいで入り混じった溜め息を吐きつつ、私はアサシンの方をちらりと見る。
 彼は別に頷いたり、何かジェスチャーしたりはしてくれなかったが。
 私はそんな彼の無反応を、"それでいい"という意味の肯定だと受け取った。
 なんだかんだで一ヶ月も主従関係をやってるのだ、この男とは。
 たとえ言葉で確認を取れなくても、念話が使えなくても、何となく感覚で通じ合うことは出来る。

「……だから、とりあえず組むよ。出来ればもうちょっと事前に心構えをしておきたかったとこだけど」
「いいの? 私って嘘吐きだからさ。気付いたら裏切られてるかもしれないよ」
「でもアイはこう思ってるでしょ。組むなら、ちゃんと現実見れる奴らがいいって」

 アイが真乃達との関係に然程執着していないように見えるのはそれが理由だと私は推測していた。
 少なくとも星野アイは聖杯戦争からの脱出を目指してはいなくて。
 彼女が目指しているのは、勝利。即ち、聖杯の獲得ただ一つ。
 ならば。同盟相手はある程度目の前の現実と折り合いをつけている、つけられている主従がいいと考えるのは当然のことで。

「私はこれでもちゃんと現実を見てるつもり。
 聖杯が無くても帰れる、そんな都合のいい抜け穴がもしあるならそっちに行くけど――でも、それが無いなら聖杯を手に入れたい。
 そうまでしてでも帰りたいからね。こんなまがい物の世界と心中はしたくない」

 そしてこれが、私の答えだった。
 私は、生きて帰れるならどっちでもいい。
 聖杯を取る道でも、抜け穴に飛び込む道でも。
 けれど。"両方"選べるというのなら――より確実性の高い、現実味のある道を選ぶ。
 聖杯を手に入れればちゃんと帰れるっていうのはもう界聖杯本体によって明言されている事実だ。
 その"保証"はあまりにも大きい。
 保証のない、あるかも分からない抜け穴を探す獣道よりも――ずっとずっと安全だ。

「空魚ちゃん、頭いいんだね」
「ちょっと考えたら分かるでしょ。私だってアイの立場だったら同じこと考えると思う」

 うん。私がアイの立場だったとしても――きっとそう考える筈。
 謀られるリスクは確かにあるかもしれないけれど。
 それでも……絶対、そっちの方が合理的だから。
 あるかどうかも分からない大団円(でぐち)を見つけることに命を懸けているような連中と組むよりは。


◆◆


「(良かった。この子、組みやすいタイプだ)」

 紙越空魚のアサシンは、さぞかし有能な男なのだろうと此処に来る前から感じていた。
 故にアイの中で問題なのは、マスターである彼女の方だった。
 どれだけサーヴァントが優秀でも、有能でも。それを従えるマスター如何では一気に組むに値しない相手の烙印を押さざるを得なくなる。
 人懐っこい笑顔を浮かべ、なるだけ"素"の態度で空魚に接し、絡みながらも。
 内心では冷ややかに――冷静に。アイは、彼女のことをずっと見定めていた。
 そしてその結果は、期待通り。いや、期待以上と言ってもいいかもしれない。 

「(綺麗なことばかり言うんじゃなくてちゃんと現実が見えてる。
  結構頭が良いみたいだからそこだけ注意しなきゃだけど、本当の意味で組むんだったらこういうタイプの方が何かと安心できるもんね)」

 さっき口にも出したことだが。
 この紙越空魚という女は、地頭が良いのだろうと思う。
 感情ではなく打算で物事を判断出来る。やりたいかやりたくないかは別にしても、必要ならば――背に腹は代えられないと分かれば。
 その時は非情になれる、冷血になれる。背中を合わせて戦う同盟相手(パートナー)としては、なかなかにうってつけの人材だった。

『だけどライダー、いいの?
 アサシンがあさひくん達を蹴落としにかかったら、私達が何か裏で手回したって思われるんじゃない?』
『さっき街中で割れた子供達(グラス・チルドレン)と戦ったろ?
 もし追及されたら、その絡みで目を付けられたのかもなってもっともらしく推測しとくさ』

 実際、神戸あさひとそのサーヴァントが死んでくれる分には都合がいい。
 そうでなくても何らかの形で不利益を被ってくれればアイ達としてもラッキーだ。
 ただ、それが原因でこっちに火の粉が飛んでくるというなら話は別だ。
 そこのところが気掛かりで念話を飛ばしたアイだったが、ライダーは事も無げにこう答えてくれた。

『それに、これは裏社会(ウラ)で生きてきた人間としての勘もあんだけどな。
 この兄さんは相当やり手だ。多少信用を損ねちまったかもしんねーが、まあそれなりに上手くやってくれると思うぜ?』
『そっか、分かった。なら当分、心配はしないでおくね』
『……まあオレとしては、真乃の嬢チャン達はもうちょっと丁寧に抱えておきてえんだけどな。
 鉄砲玉として切り捨てるなんてのは、流石に勿体なすぎるしよ』

 生粋の極道として生き、そして死んだライダー。
 彼がそう言うのなら、まあその見立てに間違いはないのだろう。
 そしてそれを、紙越空魚というアイ目線ではかなり信頼出来るマスターが従えている。
 なら、とりあえず文句はない。心配もない。万一のことがないように気を配る必要はあるだろうが、当面は頼れる同盟相手として見て良さそうだ。

「でも良かった。ライダーがぽろっと大事なこと喋っちゃうから、ほんとに怒って切られちゃうかと思ったよ」
「さっきも言ったが次は切るからな。何のためのアサシンクラスだって話だぞ」
「ハハッ、寛大な対応感謝(サンキュ)な。手間かけさせちまう分はちゃんと働くからよ、それで許してくれや」
「……まあ、とりあえずよろしく」

 変に決裂することにもならず、とりあえずは一件落着。
 空魚も気疲れした様子ではあったが、ちゃんと「よろしく」と言ってくれた。
 こうなってくれると、アイとしても肩の荷が下りる。
 アイと同じくマスターであるところの空魚だが、少なくとも彼女は、アイの緊張の色などは一切読み取れていなかった。
 アイドル活動の中で鍛えた演技力の賜物だ。如何に空魚が何かと斜に構えた賢い女でも、そこまでは見抜けなかったらしい。

 緊張の糸を解き。リラックスしてソファの背もたれに体重を委ねる。
 それから隣でなんとも言えない表情をしている空魚に向けて、口を開いた。

「よろしくー。
 ……ところですごいね、あの本棚。怖そうな本ばっかり並んでる。空魚ちゃんそういうの好きなの?」
「……あー」

 聖杯戦争についての話はもういいだろう。
 そう思ってアイは、この部屋に上がってからずっと気になっていたことに話の矛先を向ける。
 空魚の部屋にある本棚には所狭しと、少なくとも普通の大学生の部屋には無いようなおどろおどろしいタイトルと表紙の本が並んでいた。
 やれ怪だとか、怖だとか、怨だとか。男の人が彼女の部屋にあってほしくないと思う文字ランキングの独占でも狙ってるのかな?って思っちゃうくらいには、そういう文字の多い本がずらりと並んでいる。
 アイにそれを指摘されると、空魚はどう説明するか迷ったような、なんとも気まずそうな顔をした。
 それから更に数秒。諦めたようにふうと息を吐いて、空魚が話し出す。

「まあね、実話k……"怖い話"はよく読むかな。
 ミステリ好きとかラノベ好きとかあるでしょ。私の場合は、それがたまたま怪談だったってだけ」
「へー、変わった趣味だね」
「大丈夫。自覚はあるよ」

 こと"マニア"と呼ばれる人種は、とにかく専門用語をべらべら捲し立てがちである。
 アイも生前は、握手会などの場で様々なジャンルのマニアから自分の趣味を早口で語られてきたものだ。
 カードゲームであったり、アニメであったり、鉄道であったり。時には歴史や物理学みたいなコアなものまであった。
 言うなれば空魚は、"怪談マニア"なのだろう。ただそれらの共感を得られないマニアとは違い、節度というものを弁えている。アイはそう感じた。
 実際彼女は今、自分の中の語彙から"実話怪談"というワードを出力しようとしたのだが、そういう趣味のない一般人(パンピー)には意味が通らないのではないかと思い直し、もっと通じやすいワードに置き換えていた。

「でも内界(ここ)だと怖い体験とか、全部サーヴァントのせいで片付いちゃうよね。
 予選中に色々聞いたなあ私も。爆発事故の現場でむちゃくちゃでっかい鬼を見たとか、空に昇ってく龍を見たとか。
 透き通った手の女の人が人込みの中に消えていったとか、侍みたいな格好の男の人がどこからともなく現れて人助けを――」

 ちゃんとしてるな。そういうところも抜かりないんだ。
 そう思いながらアイは、自分の頭の引き出しの中からそれっぽい話を振ってみる。
 もちろん真偽なんて知ったことじゃない。芸能活動をしている最中に小耳に挟んだ噂だとか、SNSで見た信憑性も何もない目撃談だとか。
 そういう眉唾ものの話題を適当に並べてみただけ。けれど、それを聞いた空魚は――


「……、……――――」
「……空魚ちゃん?」


 なにか。
 なにか――信じられないものを聞いたような。そんな顔をして。
 それから、酸欠の金魚のように数回、口を意味もなく開閉させた。
 それこそ、幽霊を見た人というのはこんな顔をするのかもしれないとアイは思った。
 ようやく絞り出した声は途切れ途切れに掠れていて、

「……ごめん、アイ。その話――もっと詳しく聞かせてくれない?」

 アイにそう問いかけた時の表情は、声色は、雰囲気は。
 とてもではないが、先程までの彼女とは似つかないものであった。
 ドライで頭が冴えて、自分は他人を踏み台に出来る人間だと豪語していた空魚。
 けれど今の彼女は目に見えて動揺していた。そして――焦燥の相を浮かべていた。

「え、侍っぽい人がどこからともなく現れて助けてくれる話?」
「その前。透き通った手の女の話」
「そんな大したことは知らないよ? うちのユニットの子が見たとかなんとか言ってただけ」
「ど、どこで!」

 こうまで食い付かれてしまうと、アイとしても些か困惑する。
 アイは心理戦の巧者だ。誰より嘘と言葉を使いこなして、そうやって芸能界という魔界を歩み抜いた経歴は伊達ではない。
 だがさっきのは別に空魚を揺さぶりたくて出した話題ではなかった。
 真っ当に腹の中をさらけ出せる協力者に対して、リラックスしながら振ったただの世間話。
 それがこうも奇妙な、そして異常な反応を引き出した。
 どう見ても今の空魚は、ライダーが彼女達の存在を漏らしてしまったと告白した時より動揺している。

「んー、そこまでは覚えてないけど……」

 聖杯戦争絡みの話である可能性が高いとはいえ、噂話は噂話。
 まして東京中そこかしこで戦いが勃発し、爆速で数が減っていってくれた予選期間中の話だ。
 その程度の噂や目撃証言を全て馬鹿正直に追っていてはこっちまで不毛な潰し合いに巻き込まれてしまいかねない。
 だからアイはさしてそれらの話について探るでもなく、頭の片隅に軽く置いておく程度に留めたのだったが――まさかこんな局面が来ようとは。
 空魚がこれほど感情を見せている理由は察せる。
 というか、一つしかない。"透き通った手"という身体的特徴を持つ某かに覚えがあるのだ、彼女は。
 そしてそれはきっと、この紙越空魚という女にとって――とても大きな存在、なのだろう。


 ……それにしても、驚いた。
 こう言っては何だが、アイは空魚のことを"他人に興味のない人間"だと思っていたからだ。
 そうでなければ見ず知らずの相手だとはいえ、善良な年下の少女を駒同然に使う選択肢をするりと受け入れなどすまい。
 自分以外の人間に興味がなくて。
 且つ、感情をある程度排して実利のために動ける。そんなマスター。
 アイが空魚に対し抱いた印象はそんなところだったが、しかし。

「(――この子、こんな顔もできるんだ)」

 今、目の前で感情を露わに動揺している彼女の顔を見ていると、どうもそういうわけでもないのかなと思えてくる。
 要するに、身内と他人の区別が人並み外れてはっきりしているタイプなのかもしれない。
 そして件の"透き通った手"の女が、もしも空魚の知っている人間であるのなら。
 それは空魚にとって、多分最も大切な――居るかもしれないと思っただけで心を乱してしまうような"身内"なのだろう。

 星野アイはいつか終わること前提の、打算ありきの同盟相手。
 その前で露骨に感情を出してしまうのが悪手だと理解出来ない頭でもあるまいに。
 そんなことを考える余裕もなくなるくらいの、大事な人。
 一体どういう人なんだろうなあ。
 アイは、純粋にそう思った。


◆◆


 沸騰したみたいに熱くなった頭に、ようやく理性が戻り始める。
 何やってんだ馬鹿かおまえはと、戻ってきた私の理性はブチ切れていたけど。
 でも、こればっかりは仕方ない。理性(おまえ)も私の一部なら分かるだろと諭すしかなかった。
 透き通った手の女。界聖杯がどれだけの世界をターゲットにして人を集めたのかは知らないけど、そんな珍しい人間そうは居ない筈だ。

 界聖杯が寄越した知識に曰く。
 マスターに選ばれた人間は、誰もが"可能性の器"らしい。
 私の歩んできた人生は、とてもじゃないが前向きなものなんかじゃなかった。
 自分の内(なか)と外の間に壁を作って。
 友達なんて作らないまま、ナチュラルに世間を見下して生きてきた二十年間。
 そんな私に"可能性"なんてものがあるとすれば。
 それをくれた人間は考えるまでもなく一人しか居ない。
 私の壁をぶっ壊して。距離感だとか遠慮だとか全部ぶち抜いて、私を引っ張り出したあいつ。
 此処から地平線の彼方まで、出会った時から人生の終わりまで、永遠に一人だけの共犯者。

 ――ただの噂かもしれない。同じ特徴を持っただけの他人かもしれない。
 理性ががなり立てる"可能性"をだからどうしたと無視して、私はアサシンに調査を頼む決意を固める。

「……ごめんなさい、アサシンさん。今の話、詳しく調べてもらってもいいですか」
「知り合いか?」
「はい。ていうか、……友達です。
 もし私の知ってるそいつなら、名前は――鳥子。仁科鳥子

 独り言以外で口にするのは一ヶ月ぶりの名前。
 鳥子。とりこ。ああ、くそ。こんなに離れたこととか、そういえばなかったっけ。
 何が界聖杯だ、地平線の彼方だ。迷惑なことしやがって。

「詳しい話は省きますけど……鳥子の"透き通った手"は私のこの"右目"と同じ経緯で手に入れたものです」
「……わ」

 コンタクトレンズを外して。
 私は、くねくねに触れて変質した右目を露わにする。
 それを見たアイが目を丸くして驚いていたけど、気にしない。慣れてるし。
 蒼い目。裏世界の存在の真実を暴き立て、人に対して使えば一時的な発狂すら引き起こせる虎の子。

「先天的に持ってたものじゃなくて、後天的にそうなってしまったもの。
 だから――本当に鳥子が透き通った手をしてたなら、それは絶対に"可能性を持たない者(NPC)"なんかじゃない。
 私と同じマスターじゃなきゃあり得ません」

 ……第一、鳥子がもし本当にこの世界に居るのなら。
 それでマスターじゃないなんて、そんなむかつくことがあってたまるかという話だ。
 裏世界の存在を見通す私の右目。裏世界の存在に触れる鳥子の左手。
 別に望んで手に入れたものじゃないし、奇異の目線を買って嫌だなと思ったことも一度や二度じゃないけど。
 だとしてもこれらは私達だけの宝物だ。私達がこの世で最も親密な共犯者同士で、あの恐ろしくて美しい世界を旅したことの証だ。
 それを持ってない鳥子なんて、想像しただけで胸の中がむかむかしてくる。
 小桜辺りが聞いたら、どんだけ面倒臭い女なんだよって顔をしそうな話だけど。

「……まあ、俺も基本的には同意見だ。
 呪霊の居ねえこの世界で摩訶不思議な噂話が立ったってんなら、まずは聖杯戦争絡みの可能性を疑うべきだろ。
 まして"透き通った手"なんて物珍しい特徴してんだ。探してみたら案外あっさり、お前の言う仁科鳥子が見つかるかもしれねえが」
「……、」
「見つけたとしてだ。組めるのか? そいつと」
「組めます。絶対」

 何を寝ぼけたことを聞いてるんだこいつは、という心を極限まで押し殺して即答した。
 私の居場所は世界の何処に居たってあいつの隣だ。
 鳥子がどう思ってるかは分からないけど、……いや、流石にそれは嘘。ちゃんと分かってる、あいつの気持ちも。
 流石に自分で言うのは気恥ずかしいが、あいつも多分同じことを考えてくれる筈だ。
 私が居ると、そう分かれば。
 あいつ、私のこと、たぶん――……、だし。

「だから、できる範囲でいいので探してください。
 私も――やれるだけ探しますから」

 もし断られたらサーヴァント替えも視野に入れる。
 大真面目にそう考えながら言った私だけど、幸いアサシンの判断は私の心に適ったものだった。
 まあこの仕事人間のことだから、それを汲んで判断してくれたわけじゃあないだろうけど。
 むしろそれでいい。こいつとのビジネスライクな距離感は、実を言うと割と気に入っている。

「期待はすんなよ。頭に置いといてはやるが、優先順位としちゃ下位だ」
「……分かりました。それでもいいです」

 頷いて、私はようやく身体から力を抜く。
 ……それと同時に。感情の熱がすうっと引いていく脳裏で、改めて実感した。


 ――――あいつ、此処に居るのかもしれないのか。と。


◆◆


「少しびっくりしちゃった。空魚ちゃんって、結構ドライなタイプに見えたから」

 アサシン・伏黒甚爾は部屋の外へと去った。
 神戸あさひとそのサーヴァントの件について、協力者とやらに連絡をするらしい。
 霊体化させてライダーを向かわせ盗聴することも一瞬考えたアイだが……結局それはやめた。
 あのアサシンが"特殊"なサーヴァントだということは既に薄々分かっているし、この場で霊体化などさせようものなら空魚も不審がるだろう。
 これ以上不信を抱かれるのは美味しくない。だから、此処は敢えて探りを入れる真似はしなかった。

「オブラートに包まなくていいよ。ただ他人に冷たいだけだから、私のは」
「でも鳥子ちゃんは別なんだ」
「……うるさい」

 からかうように言われて、空魚はぷいと顔を背ける。
 機嫌を損ねた猫のような仕草を見て、アイが「おっ、意外とあざといことするんだ……」と小さく呟く。
 こういう小さなところも見逃さないのは、ある種の職業病なのか。

「(でも鳥子ちゃんと再会したら――空魚ちゃんとの同盟も終わりになっちゃうのかな。
  あのアサシンは色々頼りになりそうだし、出来ればしばらく仲良くしてたいんだけど)」

 ライダーはともかく。アイにとって真乃達との同盟は、百パーセント一方的に利用するためだけのものだ。
 言うなれば、面倒な役回りや状況を押し付けるためのスケープゴート。タンク役、盾役。
 真乃達の性質、聖杯戦争における方針からして――手綱を握れないような"善意"の暴走をされる可能性(リスク)もある。
 組んでおくのは悪くないが、背中を預けるのは絶対に無理だ。
 その点、空魚達とならばまだそういう関係も築けるだろう。
 アサシンの動向に注意をする必要はあるにしても、少なくとも予測不能の暴走に巻き込んでくるようなことはないと考えられる。

 ……だから空魚達とは真っ当に友好な関係を築きたかったのだが。
 アイが世間話のつもりで振った噂話が、とんでもない軌道を描いてその首を絞めてしまった。
 空魚が鳥子に対して向ける懸想はかなり強い。それは傍から見て/聞いていても分かった。

 もしも彼女が仁科鳥子と再会を果たしたなら――その時は多分、脱出狙いという"非現実的"な方向へと進んでしまうに違いない。

「……ていうかアイはいつまで私の部屋に居るの。もう用件は済んだと思うんだけど」
「そうだけど、別に急いで何かしなきゃいけないわけでもないしさ。
 ライダー共々少し休ませてもらおうかなって。アサシンも特に何も言ってなかったし」
「私がこうして直接言ってるんだけど?」
「鳥子ちゃんのこと教えてあげたのって誰だっけ。空魚ちゃんは覚えてる?」
「……、……」

 ホントにいい性格してるなこいつ――。
 そんな心の声が漏れ聞こえるような顔をして、しかし言い返せず押し黙る空魚。
 ライダーは部屋の窓際に立ち、相変わらず煙草を燻らせていたが。
 その傍らで、アイへと念話を飛ばす。いつも通りの不敵な笑みを浮かべながら。

『さっきからずいぶん親しげに行くな。気に入ったのかい、その子のこと』
『そう見える? でも面白いんだもん、空魚ちゃん。
 ツッコミ役が板についてるって言うのかな。すごい振り回しがいがありそう』

 これは星野アイという人間の嘘偽りない本音だった。
 なんというか、やりやすい。アイは大概人を振り回す側の人間だから、ツッコミが板に付いた空魚とは言動が噛み合うのだろう。
 出会ったのがこんな場所でさえなければ、割とだらだら付き合える仲になれたのかもしれない。
 尤も――その"もしも"を考えることには、やはり何の意味もないのだが。

『……でも、この子の心の座席はもう埋まっちゃってるんだろうね。
 そこに居るのが鳥子ちゃんなんだと思う。だから二人が再会したら、空魚ちゃんは私達の敵になるかもしれない』
『あんまり考えたくねえ可能性だなァ。あのアサシンを敵に回すのは鬼難(キツ)いぜ?』

 生粋の極道として生き、そして死んだライダー・殺島。
 その彼がこうまで言う相手だ――どう考えても敵に回さない方が良い。
 色々考えていかないとな、と思いながら空魚に気取られないよう小さく溜め息をつくと。
 今日はたくさん喋っているからだろうか。喉がからからに渇いていることに気が付いた。

「なんか喉乾いちゃった」
「コンビニでも行ってきたら?」
「アイドルだからなー。冷蔵庫開けてもいい?」
「……いいけど、アイの好きそうな飲み物なんて入ってないよ」

 席を立って冷蔵庫の戸を開けてみる。
 中はやはりというべきか殺風景だった。
 特に整理整頓などもされておらず、食べる時は此処から適当に引っ張り出すのだろうな、というのが分かる。
 中を覗き込み、「んー、今はこれの気分かなあ」などと言いながらアイが取り出したのは。

「……さっきお茶好きじゃないって言ってなかった?」
「え? そうだっけ?」
「アイドルってみんなこうなの?」

 大きなボトル入りの麦茶を持って小首を傾げるアイに――空魚は心底疲れたような声色でそう言いつつ。


 彼女もまた、心の中で考えていた。
 予期せぬところから飛び出してきた、自分の一番大切な人間の存在。
 仁科鳥子。透き通った手を持つ女。
 紙越空魚の共犯者。彼女が唯一、あの蒼い世界に入ることを認めた相棒。
 これまでの聖杯戦争では、空魚は鳥子が居るかもしれない可能性など考えていなかった。
 だから基本的には聖杯を狙い、正攻法で此処から帰る方針を掲げていたのだ。
 だが、鳥子が居るというならばその前提は崩れる。
 理由は簡単だ。紙越空魚に、仁科鳥子は殺せない。
 それだけは。何があっても、出来ない。

 他の誰かなら殺せるだろう。
 老人であれ子供であれ、今目の前に居るアイであれ。
 ごめんね、とか。恨まないで、とか。
 そんなことを言いながら、最後には踏み台に出来る。 

「(鳥子がもし居たら、優勝を狙う道は使えない)」

 でも、鳥子だけは駄目なのだ。
 だからもしも鳥子が此処に居るのなら、空魚は優勝を目指せないということになる。
 最後の二人まで残ったところで自殺するという手も考えた。
 ただ、鳥子は空魚と違って他人の犠牲にちゃんと痛みを感じる人間だ。
 それがネックだった。他の主従を全部潰して二人だけで勝ち残ろう、そんで最後にじゃんけんで負けた方が死のう!なんて言った日には、こんこんと説教をされるだろうことが目に浮かぶ。

「(――何かの間違いであってほしいけど、もし本物の鳥子なら見過ごせない)」

 自分の知らないところで鳥子が死ぬ。
 それは、考えただけで息が出来なくなるほど避けたい事態だった。
 だから何としてもアサシンには、それが鳥子であるにせよ違うにせよ、"透き通った手の女"のことを見つけ出して貰わないと困る。

 ……とはいえ。"居ない"ことの証明は出来ない。
 もしかすると、予選の段階で既に脱落してしまっている可能性だってある。
 故に、紙越空魚が納得するためには"探したけれど見つけられなかった"という結果では足りない。
 仁科鳥子、ないしは"透き通った手"を持った別人が居たという報告がなければ彼女の心の焦りが晴れることはないのだ。
 もちろんそのことは、空魚自身もちゃんと自覚していて。
 けれど自覚出来たからといってどうにか出来るわけでもないので、ただただ頭の痛い思いであった。

「(非日常とか、クソ食らえだ……ほんと)」

 界聖杯なんてなくたって。
 願いを叶える権能なんてなくたって。

 鳥子が居て、二人で裏世界を旅して過ごすあの日常さえあれば――他に欲しいものなんてなかったのに。

 何度も死にかけておきながら、空魚にとって鳥子と出会って共に過ごした日々は全てが幸せな"日常"だった。
 聖杯戦争という非日常を憎み。裏世界での冒険という日常を愛する。
 他人が聞けば矛盾していると指摘するだろう。
 されど空魚の中でそれは今や、何ら矛盾のない筋の通った理屈として成立していた。


【世田谷区・空魚のアパート/一日目・午後】

【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、動揺
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]
基本方針:生還最優先。場合によっては聖杯を狙うのも辞さない。
1:鳥子が居るなら、私は――
2:アイ達とは当分協力。
3:私やっぱりこいつ(アイ)苦手だ……疲れる……


【星野アイ@【推しの子】】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:空魚ちゃん達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃんやあさひくん達を利用する。
2:鳥子ちゃんが見つかったらちょっと困るな……
3:あさひくん達は真乃ちゃん達に任せたいかも。
[備考]
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。


【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃@忍者と極道
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:櫻木真乃とアーチャー(星奈ひかる)にアイを守らせつつ利用する。
2:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
3:アヴェンジャー(デッドプール)についてはアサシンに一任。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
 現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。


◆◆


 余計な仕事が増えた。
 外へ出るなり甚爾はチッ、と小さく舌打ちをして、スマートフォンを取り出す。
 本来ならば顔合わせをさせて同盟の正式な締結を見届けるだけの筈だったのだが、予想しない事態になってしまった。
 極道(ヤクザ)が聞いて呆れるぜ、と独りごちつつ通話を発信。電子的なコール音を聞き流しつつ、甚爾は思考を回す。
 何のための二重同盟だと心底思ったが、とはいえ――あのライダーとてサーヴァントだ。そうせねばならない状況だったのだろうと理解は出来る。
 情報を漏らしたことを正直に打ち明けただけでもまだマシ、としておくべきだろう。

「(フード姿に金属バット。背負ってるのはリュックサック。
  ……神戸あさひの外見自体は分かりやすいんだよな。
  凶行に走った非行少年、みたいなノリで情報を撒かせればある程度狩り易くはなる――か)」

 あさひ単体ならば、殺すのは簡単だろう。
 此処が聖杯戦争だというのに金属バットなんて武装をぶら下げている時点で、少なくとも戦いに長けたマスターではないと察せる。
 ろくに役にも立たないものをわざわざ持ち歩いて、自分という人間に付随する記号の数を増やしているだけ。
 素人臭さが抜けていないと言わざるを得ないし、実際素人なのだろう。
 甚爾に言わせれば、恐れるべき相手では全くない。問題は――彼が従えるというエクストラクラス・アヴェンジャーのサーヴァントである。

「(ライダーの野郎がヘマをしたのは腹立つが、奴が"正直に話すしかない"と思ったほどの相手ってのは気掛かりだ。可能な限り早めに消してえ)」

 コール音が止まる。

「――禪院だ。時間あるか?」

 禪院。それは甚爾が捨てた、肥溜めのような家の名であったが。
 真名を口にすることにリスクが伴うこの聖杯戦争においては、その旧い苗字は便利で馴染みのいい偽名になってくれた。
 協力者には己がサーヴァントであるということは明かしていない。
 天与呪縛の影響で他者から英霊として感知されない、人間として認識される長所をかなぐり捨ててまで自分の身の上を明かすことに意味があるとは、甚爾は思わなかった。
 聖杯戦争のマスターとしてこの状況まで勝ち残った禪院某。
 いずれ電話の向こうの協力者と実際に顔を合わせる機会が来ればどの道令呪の有無で疑われ、ともすればバレるだろう嘘だが、少なくとも今のところはこうしておくのがベター。それが甚爾の考えであった。

「調べてもらいたいことと、動いてもらいたいことがある」

 ――陰謀の聖杯戦争は止まらない。
 日が沈み、英霊達の戦う夜が来るのを待たずして。 
 数多の悪意と数多の敵意、そして数多の願いを載せて、……街は、廻る。


【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:神戸あさひとアヴェンジャーを排除するために手を回す。
2:ライダー(殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
3:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾には協力者が居ます。それが誰であるかは後の話におまかせします

時系列順


投下順



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018:みんなの責任! 大切な人の願いは 星野アイ 046:愚者たちのエンドロール
ライダー(殺島飛露鬼)
015:かごめかごめ 紙越空魚 037:誰でもいいわけじゃない
アサシン(伏黒甚爾) 035:みなしご集う城

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最終更新:2021年09月18日 13:04