◆◇◆◇
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【#拡散希望】
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◆◇◆◇
私と、らいだーくん。
二人で並んでソファーに腰掛けて、テレビを見ていた。
夕方の子供向けのアニメ番組だった。
頭がパンのヒーローが、悪いことをするばいきんをやっつける。そんなお話。
アーチャーのおじいちゃん達との相談が終わって、私達はゆったりとしたひと時を過ごしていた。
とむらくんは、おじいちゃんとしばらく一緒にいるんだって。
なんとなく、ゲームをする空気でもなくて。
それでらいだーくんが部屋のテレビを付けて、適当にチャンネルを回して。
最終的に、そのアニメを見ることになった。
「他はニュースばっかでつまんねえ」なんてらいだーくんは言ってた。別に私もらいだーくんも、このアニメに興味は無かったけれど。
他に見るものもなかったから、なんとなく―――これを見て過ごしている。
悪い人がやっつけられて、正しさを尊ぶ。
勧善懲悪、って言うんだって。
こういうアニメは、そういうものが一番真っ直ぐなかたちで描かれてるんだと思う。
きっとヒーローは、みんなを救ってくれるものなんだと思う。
でも、私は。
そういうものは、要らないなって。
そう思ってしまう。
だって、“正しさ”は私をじごくから救ってくれなかったし。“正しさ”はきっと、さとちゃんや私のことも傷つけると思うから。
私達の砂の上のお城を崩してしまう、いまいましいもの。きっと、そういうものだと思う。
だから、これはただの暇つぶしみたいなもの。遠い世界のできごとを、ぼんやりと見て楽しむ。それだけのこと。
テレビをぼんやりと見つめながら、私はさっきまでおじいちゃん達と交わした会話を思い返す。
昼間に、おじいちゃんやらいだーくん達は―――私のことを知っている人と出会ったみたい。
松坂さんっていう偉い人のお家で閉じ込められてる、身体中傷だらけの女の人。
うつろな眼差しで、歓喜のまじった顔で、私のことを聞いてきて。
それで、独り言でも“さとうちゃん”という名前を呼んでいた。
おじいちゃんやらいだーくんは、そう言っていた。
それが誰なのか。私は、すぐに分かってしまった。
さとちゃんの叔母さん。
ここに、いるんだね。
叔母さんとの交流は、多くはなかった。
ほんの数回だけ会って、お世話になったくらい。
私にとっては、優しいひとだったけど。
“さとちゃん”は、あのひとを嫌ってた。
だから、おばさんとお別れしたとき。
すごくホッとしてた。
さとちゃんは何も言わなかったけれど。
ずっとおばさんのこと、抱えてたんだと思う。
おばさんから解き放たれて、すごく楽になったんだと思う。
だから。さとちゃんにとって、おばさんは辛いもの。苦いもの。
それでも―――さとちゃんとの確かなつながりを持つ人であることに、変わりはない。
いなくなってしまったさとちゃんと、さとちゃんと共に生きることを願う私。
その間を結んでくれるかもしれない、唯一の手掛かり。
「なんかすげえなァ〜……」
「どうしたの?」
「いや、お前ンとこの“さとちゃん”が叔母さんがいてさ」
「うん」
「それで―――兄貴まで此処に居たんだろ?」
「……そうみたいだね」
「やべぇなお前、親戚の集まりかよ」
さとちゃん叔母さんだけじゃない。
らいだーくんが言うように、ここには他にも私の知っている人がいた。
神戸あさひ。
私の、お兄ちゃん。
あのとき決別した、家族。
この界聖杯に、私と同じように招かれている。
「つーかさ……兄貴いたんだな」
「うん」
「一ヶ月つるんでたのに初耳だわ」
「ごめんね、らいだーくん。言わなくてもいいかなって思ってたの」
お兄ちゃん。
私もお母さんを守ってくれて、私をずっと探してくれたひと。
さとちゃんと一緒に過ごしている間にも、ずっと奔り続けていた。
家族三人での、幸せな日々を取り戻すために。
お兄ちゃんや、お母さん。
今思えば、私を最初に愛してくれた人たち。
私をずっと守ってくれたことは、“ありがとう”って思ってる。
でも、私にとっては、もう十分だった。
二人は私を愛してくれたけど、私はきっと二人を愛せていなかった。
二人は大事なひとだったけど、愛するひとじゃなかった。
だって私は、“生きたかった”だけだから。
今がこわいから。そうしなきゃ生きていけないから。だから、誰かを愛そうとしていた。
でも。それは、本当の愛なんかじゃないよ。
私はもう、自分にウソなんて付きたくない。
感謝することと、愛することは、違う。
今の私は、愛するために在りたい。
「兄貴のことはどうすんだ?会うのか?」
「今は、いいや。おじいちゃんも“様子見しておいた方がいい”って言ってたし」
「素っ気ねえなぁ〜〜。なんかこう……思うところとかねェの?」
思うところは、あるけど。
お兄ちゃんは、“今”じゃないから。
“過去”なんて、いらないから。
だから今は、後回しでもいい。
おじいちゃん達が、お兄ちゃんを追い詰めていくらしいけど。
それでもお兄ちゃんが生き延びるのなら―――私も、会わなくちゃいけないのかもしれない。
「らいだーくんは、家族がすき?」
「……物によるんじゃねえの」
「“あのおうち”で、三人で過ごしてた時みたいな?」
夢で見た記憶を引き合いに出して、私は問いかける。
らいだーくんは、何も答えず。
心ここにあらず、なんてふうに遠くを見つめている。
「お前こそどうなんだよ」
「私は……もう、いいや」
お兄ちゃんとは、まだ会えてないけど。
あの人がしたいこと、分かるよ。
いっしょに居たいんだよね。
私と、お兄ちゃんと、お母さん。
「家族よりも、好きな人といたい。
さとちゃんとの幸せが、ほしい」
でもね。
そういうのは、もういいの。
「だからね。お兄ちゃんは、“敵”なの」
寂れた過去を取り戻すくらいなら、さとちゃんとの甘い未来が欲しい。
だから、今は。さとちゃんとの繋がりが、ほしい。
さとちゃん。私の中に、ずっといてくれてる。
でも、やっぱり寂しい。
さとちゃんは、傍にいてくれるのに。
私は、さとちゃんに触れられない。
さとちゃんと、お話できない。
さとちゃんと、愛し合えない。
私は、さとちゃんの温もりを胸にしまってるのに。
さとちゃん。ねえ、さとちゃん―――。
「ねえ、らいだーくん」
「なんだよ」
「おばさんと会いたい」
私は、らいだーくんにそう告げた。
それを聞いて、らいだーくんは―――うん。
だいぶイヤそうな顔をしてた。
「えぇ〜〜〜……」
「らいだーくん」
「やめろやめろ、俺の頬をペチペチすんじゃねえ」
「ほっぺた固いね」
「ペチペチ叩きながら言うなよ」
「さとちゃんはもっとふわふわしてた」
「知らねえよ、俺はさとちゃんじゃねえから」
私はむぅと膨れながら、らいだーくんのほっぺたをペチペチ叩く。
イヤかもしれないけど、ワガママを聞いてほしい。
「つか、なんで会いたいんだよ」
「さとちゃんのお話、したいから」
「もう十分してんだろうがよォ」
「ううん。まだ足りない」
「ちょっとくらい足りとけよ……」
「ごめんね。でも、あの人はさとちゃんを知ってるから」
もしかしたら、さとちゃんについて答えを知っているかもしれないから。
らいだーくんは、最初に言ったよね。
なんでさとちゃんが私を生かしてくれたのか。それはきっと、単純に「生きてほしかったから」じゃないのかって。
そういう考え方もあるんだねって、私は飲み込めたけど。
「さとちゃんに触れるためにも、あの人とは会わなきゃいけないと思う」
さとちゃんの断片を追いかけるためにも、私は他の答えにも触れてみたい。
さとちゃんを知る人―――おばさんなら、もっとさとちゃんに近づける為の答えを与えてくれるかもしれないから。
「あいつのサーヴァント、やべえぞ」
「おじいちゃん、言ってたよ。日光がダメで、その人の“よわみ”も沢山握ってる。
下手に手を出してくるのは考えにくいんだって」
「まあそうなのかもしれねえけどよぉ……」
「おばさん達と会いたくない?」
「当たり前だろ……それに」
らいだーくんは、あんまり乗り気じゃなさそう。
おばさんと、会いたくないのかなあ。嫌なことでもあったのかな。
そんなふうに思ったけど。なんだか、それだけでも無さそうで。
色々と考え込むような素振りを見せている。
「……なんかさあ」
「どうしたの、らいだーくん?」
「ダルんだよなあ」
らいだーくんが、ぽつりと呟いた。
その横顔を、私はきょとんと見つめた。
「なんつーか。お前と一ヶ月くらい、ずっとゲームばっかしてたよな」
「うん。楽しかったよ」
「テレビもいっぱい見たし、マックのデリバリーとかめっちゃ食ったし……」
思い出を振り返るように、らいだーくんは呟く。
らいだーくんと出会ってから、一ヶ月。
新しいおうちを手に入れた私達は、あてもなくダラダラ過ごしていた。
通販で買ったゲームで何度も対戦したり。出前でおいしいもの食べたり。一緒にテレビを見て、のんびりした一時を送ったり。
ふしぎな時間だったなあ、なんて思ってしまう。
だって、さとちゃん以外の人と。
ああして一緒に過ごしたことなんて、無かったから。
「なんかさ」
そして、らいだーくんは。
ひと呼吸を置いて、口を開いた。
「ああいうのやってる方が、性に合うっつーか」
そんな風にぼやく、横顔は。
なんとなく寂しそうで。今まで、見たことがなくて。
だから私も思わず、声を掛けてしまった。
「らいだーくん?」
私の呼びかけで我にかえったみたいに、らいだーくんは頭を掻いて。
なんとなく居心地が悪そうに、明後日の方を向いてしまった。
「……悪ィな、変なこと言っちまって」
そっぽを向いたらいだーくんの背中を、私はじっと見つめていた。
なんとなく付けていたアニメは、いつの間にか終わってて。夕方のニュースへと切り替わっていた。
【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】
【
神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:さとちゃんの叔母さんと会ってみたい。
2:とむらくんとおじいちゃん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
4:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。
※デトネラット経由で松坂(
鬼舞辻無惨)とのコンタクトが取れます。必要ならば車や人員などの手配もして貰えるようです。
アーチャー(モリアーティ)が他にどの程度のサポートを用意しているかは後のリレーにお任せします。
【ライダー(
デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
1:しおと共にあの女(さとうの叔母)とまた会う?
2:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
◆◇◆◇
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【#拡散希望】
【#拡散希望】
【#拡散希望】
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◆◇◆◇
重役の為に用意された“執務室”。
まるで古めかしい書斎のように静謐な雰囲気を漂わせる内装。
その奥―――机と共に配置された椅子に、壮年の男が腰掛けている。
アーチャーのサーヴァント、
ジェームズ・モリアーティ。かつて名探偵をも翻弄した、稀代の犯罪者。
応接用に用意されたソファーには、彼のマスターである黒衣の青年“
死柄木弔”が俯きがちに座っている。
神戸しお達との情報交換を終えたモリアーティは、執務室を装った自らの拠点にて思案に耽っていた。
盤上で気になることがあった。
アーチャーのサーヴァント、“犯罪界のナポレオン”と称された稀代の悪漢(ヴィラン)―――ジェームズ・モリアーティは思う。
彼は、この聖杯戦争に火種を撒いた。
283プロダクション所属アイドル、白瀬咲耶の失踪。その話題は、警察や事務所からの発表を待たずして“炎上”した。
ストーカーや暴漢などの疑惑。仕事や私生活に纏わる憶測。根も葉もない噂話。あるいは、連続女性失踪事件の一環か。
真偽不明の情報は溢れ返り、インターネットの大海を跋扈した。
全てはこの蜘蛛が仕組んだことだ。
彼は大企業を中心とする人脈を利用し、多数のサクラを動かし―――無数の情報を流動させた。
否が応でも注目の的となる彼女を利用し、混乱のきっかけを作る。
社会のみならず、聖杯戦争の盤面をも巻き込む混沌。モリアーティが期待したものは、地獄だ。
そして、彼が白瀬咲耶を標的に選んだ理由は他にもある。
確実に衆目を集める騒動を起こし、尚かつ283プロダクションを標的にすることで、"もう一匹の蜘蛛"を試したかったからだ。
禪院こと
伏黒甚爾―――モリアーティさえも未だ把握していないが、彼はアサシンのサーヴァントだ。
そもそも禪院は、どうやってアイドルへと当たりを付けたのか。どのようにして
星野アイや
櫻木真乃らを嗅ぎつけたのか。
答えは単純。幅広いコネクションを活かして業界での“噂話”を掻き集めたデトネラットからの情報提供があった為だ。
予選が終盤に差し掛かる頃より、禪院とデトネラットは結託をしていた―――企業と関わりを持つ主従をアサシンが仕留めたことが発端だった。無論、それらもモリアーティの息がかかっていた手下の一つだ。
それをきっかけにモリアーティはデトネラットを通じ、裏社会で情報収集に勤しんでいた禪院を引き込んだ。星野アイや283プロ周辺の情報を伝えたのも、共闘関係のよしみとしての協力行為だった。
少数精鋭のプロダクションと大企業を中心とする連合。例え経営者等がいかに優れた手腕を持とうと、人脈や人員では後者が遥かに勝る。
元よりモリアーティは、283プロダクションという事務所に少なからず目を付けていた。
業界で囁かれている“社長の意向で休業へと向かっている”という噂。その言葉の通り、じわじわと縮小していく活動範囲。
それらの動向を見て、蜘蛛は思った―――“随分と冷静なものだ”と。
きっと人々からは何の違和感も抱かれないだろう。社長の意向に添い、芸能事務所が緩やかに休業へと向かっている。それだけのことだ。そうにしか見えない。
だが、狡猾なる蜘蛛は思った。あまりにも手際が良すぎる。業界人を中心とする多数のコネクションを持つ彼は、疑問を抱いた。
そもそも、所属タレントを除けばたった3人しかいない事務所が“休業せざるを得ない事情”とは何なのか。
考えられる可能性は、単純に“何らかの欠員により事務所が回らなくなった”。そもそもこれだけの人材でプロダクションを機能させていることが奇跡的だ。ちょっとしたきっかけで機能不全に陥ることは容易に想像できる。
とはいえ、そうならば臨時の職員を早急に雇えばいいだけのこと。事務職の代替など幾らでも居るはず。しかし彼らは事務所を一旦畳むことを選んだ。
“アイドルに何らかの直接的な危険が迫った”。これも考えられる。例えば連続女性失踪事件――――このような怪事件の頻発を受けて、彼女らを守るべく事務所の閉鎖へと踏み切った。
しかし、だとすれば早急にアイドル達の活動を休止するべきだ。脅威がこの街に潜んでいる以上、悠長に休業への準備などしている場合ではない。
それこそスケジュール管理よりも、彼女達の安全を最優先にして動くべきだろう。
モリアーティが感じた違和感。
それは、どの可能性が正解だったとしても。
事務所側の対応は、あまりにも的確だということだ。
仮に彼らが単なる
NPCに過ぎないのならば、一時的なパニックに陥っても不思議ではない。
欠員で事務所が回らなくなれば、企業としての機能は破綻する。そうなれば業界でも噂として耳に入るだろう。
あるいはアイドルに危険が迫っているのならば、すぐにでも彼女達の活動を制限してもおかしくはない。荒事慣れしていない素人ならば尚更のことだ。
しかし、彼らはそうしなかった。冷静に、確実に、淡々と―――休業へと軟着陸させていった。
確かに足は付かない。
ボロも出していない。
尻尾を掴むこともできない。
穏当な着地としてはパーフェクトだ。
だが、実に有能な手段であるからこそ。
この狡知に長けた蜘蛛は、察知した。
事務所の裏で、何者かが糸を引いていると。
そこに彼は、悪を以て善を成す者―――“もう一匹の蜘蛛”の可能性を見た。
故にモリアーティは、デトネラットや集瑛社などの人脈を使って事務所周辺の情報を集め―――禪院に“提供”した。
間接的な同盟関係である以上、相手方はある程度自由に泳がせている。デトネラットを経由して得られた情報を餌に、禪院を動かす。
情報を元に動き出した禪院が芸能界を探り、283周辺に何らかの行動を仕掛けて、そこで黒幕がリアクションを起こしてくれれば上々。
言うなれば当て馬だ。此方は直接手を下さずに、奴らが尻尾を出すのを待つ。
しばらくは様子を見るとしようか―――そう考えていた矢先に、モリアーティは“事件”を掴んだ。
283プロダクションのアイドル、白瀬咲耶の失踪。時を同じくして密かに察知していた、“闇に蠢く子供達”の行動……。
それらはまさしく、当初の想定よりも過激かつ強力な火種だった。故に彼は次の手に出た。
事務所周辺に火の手を上げ、騒動を起こす。混乱に乗じて黒幕の行動を煽り、その存在を炙り出す。
“子供達”の動向もある程度だが掴んでいる。白瀬咲耶が失踪した夜に彼らが行動を起こしていたことも把握している。
白瀬咲耶の死に“子供達”が関わっている可能性は、極めて高い。モリアーティは悪のカリスマであるからこそ、悪しき暗殺者達の行動を理解できる。
仮に白瀬咲耶を仕留めたのが彼らであるのならば、早ければ“炎上直後”の日中には行動に出るだろう。そう予想していた。
この騒動を見て「これは聖杯戦争に関わる事件ではないか」と推測した主従が行動を起こす可能性は高い。
良くて騒動。悪ければ乱戦。犯罪王は、その火薬を起点に混沌の足掛かり――即ちもう一人の蜘蛛を死に至らしめる一手を打つ。
それがモリアーティの思惑だった。
そして白瀬咲耶が本当にマスターだったとすれば、実際に仕留めたであろう“子供達”は当然それを掴んでいることになる。
彼らが事務所へと当たりを付けたとしても不思議ではない。そうでなくとも炎上に便乗して事務所を釣り餌にすることも有り得る。
仮に彼らが何もしなかったとして。事務所に潜む黒幕が何らかの行動に出る可能性もある。
どちらにせよモリアーティは、“子供達”が火種のきっかけになることを期待していた。
しかし、何も起こらなかった。
否、正確には起きたが―――ボヤ騒ぎに過ぎなかった。
撒いた火種は、事務所を焼き尽くさず。
少なくともこの日中は、大きな騒乱を回避したのだ。黒幕が炙り出されることも無かった。
確信した。
この瞬間、遂に蜘蛛は悟った。
あまりにも手際の良すぎる“休業への移行”。デトネラットによる周辺の調査。白瀬咲耶の一件と、炎上による攻撃。“闇に蠢く子供達”。騒乱の布石を敷いても尚、四散を回避した事務所……。
まるでプロダクションを守護する者がいるかのように、穏当な着地へと導かれている。そして“例の輩”は、悪の仮面を被って正義を行う義賊だった。
故に蜘蛛は、理解した。
いる。背後に、間違いなく。
“もう一匹の蜘蛛”はここに潜んでいる。
それが犯罪王の辿り着いた答えだった。
一つの真実を見出した彼は、未だ潜み続ける敵への“賛辞”を送る。
――――見事だ、蜘蛛よ。
モリアーティは、善なる蜘蛛を讃えた。
よくぞここまで戦い抜いた。よくぞここまで守り抜いた。敵ながら天晴れと言う他無い。
周囲に決して悟られぬ形で事務所を解体し続け、炎上という突発的な騒動にも対処してみせた。
“知恵比べ”ではこちらに勝るとも劣らない。全く以て見事だ。だが、優秀過ぎたが故に、モリアーティはその匂いを明確に察知した。
日中は乗り越えた。されど終わりではない。
夜の闇に紛れ、血に飢えた者達が少なからず動き出すだろう。もしかすれば、あの“子供達”も再び動き出すやもしれない。
彼らが“蜘蛛”の首を掠め取るなら、それも良し。所詮はそこまでの器だっただけのこと。
されど、彼がその襲撃をも切り抜ける程の猛者であるというのならば。こちらも相応のアプローチを仕掛けねばなるまい。
様子見を続けるか、あるいは攻勢に出るか―――何にせよ“下準備”は必要だ。
その布石を敷かねばなるまい。
「なあ、アーチャー」
モリアーティが思案を続けていた矢先。
その傍らで沈黙を貫いてきた青年――死柄木弔が、口を開いた。
「お前があれこれ理屈捏ねてんのは分かってるけどよ」
痺れを切らしたように、淡々と言葉を連ねる。
「ただ“眺めてるだけ”ってのは、つまらねェな」
そう呟きながら、彼はアーチャーへの眼差しを向けた。
黒く濁った闘志と鬱屈と、瞳に宿しながら。
「しおくん達との時間は退屈だったかネ?」
「うるせぇ。あのバカ兄妹はどうでもいい」
アーチャーの飄々とした問いかけに、死柄木は吐き捨てるように答える。
思えば、妙な時間ではあった。死柄木は思う。
あの少女―――神戸しおの保護者をやる羽目になり、二人で呑気にコンビニへと足を運び。
全員分のアイスをわざわざ買って、二人で取り留めもなく会話をしながら帰路に着いた。
デトネラットのゲストルームに招かれてからもそうだ。あの兄妹が呑気にゲームやってるのを眺めながら、アーチャーを待ち続けていた。
聖杯戦争本戦の真っ只中とは思えないお気楽ぶりだ。ヴィラン連合にいた頃も、ここまで余裕のあるひと時は過ごせなかった。
「しおくんのことは、どう思う?」
だが、そう問いかけられて。
死柄木は、思い返す。
安穏とした時間だった。
しかし、得られたものはある。
それは――――神戸しおとの対話だ。
「イカレてやがるな」
「ハハハ、君の言う通りだ。しかしそれ故に、彼女は強い」
「だろうな。あのガキは、どうかしてやがる」
どこか嘲るような笑みを浮かべつつも。
死柄木の内面において、神戸しおという存在は決して軽視されるものでは無くなっていた。
情けが芽生えた訳でもない。仲間意識が生まれた訳でもない。
それは紛れもなく、対峙すべき相手としての認識だった。
「自己の為に、他の全てを超越する……まさに強烈なエゴだ。
その意志で言えば、紛れもなく君に匹敵する」
「……ああ。あいつは間違いなく、俺の“敵”になる」
神戸しおは、そう言い切れる存在だった。
その答えを聞いて、モリアーティは満足げに不敵な笑みを浮かべる。
ジェームズ・モリアーティを悪として高めたのは、紛れもなくシャーロック・ホームズだった。
悪であるが故に善を超えられぬ。しかし悪であるからこそ、善を超えた先へと挑む――“更に向こうへ”。モリアーティは内心、らしくもない感傷に浸る。
しかし、敵“ヴィラン”を高みへと導くのは英雄“ヒーロー”だけではない。
同じように覇を競い合う存在もまた、彼らを研ぎ澄ませて“成長”させるのだ。
今の死柄木弔にとって、そうなるべき存在。それこそが神戸しおだった。
「やはり正解だったネ、彼女と君を引き合わせたのは」
日中、あのコンビニから車へと戻る道中。
死柄木としおは、互いの“戦う理由”について問うた。
全てを憎むが故に、壊すことを望む死柄木弔。
たった一つの愛を貫く為に、全てを踏み越えることを望む神戸しお。
自己のために、他を犠牲にする。
その為ならば、覇道を往くことも厭わない。
かたや愛を得られず、かたや愛を知り。
「神戸しおは、いずれ対立者となる。君にとっては間違いなく大きな壁になるだろう。
なにせ彼女は―――実の兄でさえも犠牲にできる“強さ”を持っているのだから」
――――実の兄でさえも。
――――“きょうだい”さえも、犠牲にできる。
死柄木は、側頭部に右手を当てた。
その表情には、何か引っかかるようなものがあり。
不快感が込み上げてきたかのように、眉間へと僅かな皺を寄せた。
そして。ゆっくりと下ろした右手で、首筋を掻き毟り始める。
ガリ、ガリ、ガリ―――何かを思い出すように。悪しき記憶を、想起したかのように。
死柄木の中で、奇妙な苛立ちが湧き上がる。
頭が痛む。気分が悪い。
されどその正体を掴むことは、出来ず。
「“悪夢”は、相変わらずかね?」
そうして、モリアーティの一言で現実へと引き戻される。
思わず手を止めた死柄木は、彼の方へと視線を向け。
何も言わず、首筋に触れていた右手を下ろした。
「その“苛立ち”こそが、君の強さだ。
社会を憎み、善を恨み……それ故に君は全てを破壊する」
諭すように語るモリアーティを、何も言わずに見据えた。
その目的も、その在り方も違えど。
眼前の犯罪王は、まるで“恩人”と同じように語る。
そんな彼を見つめる死柄木の表情は―――内面を隠すように、ピクリとも動かない。
しかし。それでも、死柄木の中で“衝動”は渦巻いていた。
やがて世間へと向けられる、破壊と暴力の激情―――その匂いを感じ取ったように、モリアーティはフッと笑みを口元に浮かべた。
さて、死柄木弔よ。
待たせてしまって、申し訳無いネ。
だが安心したまえ。君が存分に暴れられる舞台は、必ず用意する。
それが283プロダクションになるか。
あるいは、神戸あさひを取り巻く渦中になるか。
盤面を見定めるのは、私が引き受けよう。
もしかすれば、君とライダー達が再び肩を並べる時も来るかもしれないネ。
モリアーティは不敵な笑みと共に思う。
――――どちらにせよ、頃合いだネェ。
そして、モリアーティは思考を張り巡らせる。
何にせよ、283プロダクションに対するアプローチを取ることは確定事項だ。
その陰に何らかの黒幕―――“もう一人の蜘蛛”の気配がある以上、野放しにし続ける訳には行かない。
故にモリアーティは、暗躍へと進む。
その足掛かりとして直々に“彼”へと連絡を取るべく、懐のスマートフォンを取り出した。
【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】
【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
1:“舞台”が整う―――その時を待つ。
2:しおとの同盟は呑むが、最終的には”敵”として殺す。
◆◇◆◇
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【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#東京都大田区】
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◆◇◆◇
「じゃ、空魚ちゃん」
ほんの少し前の出来事。
いい性格したあの女“アイドル”が、事務所との電話を済ませてから戻ってきて。
改めて帰る時になって、私に笑顔を向けた。
「鳥子ちゃんの件さ、“私から”真乃ちゃんにも伝えておこっか?」
あいつは。あの女は。
なんてことなしに、そう言ってのけた。
私は、思わず目を丸くした。
―――――は?
そんな一言が漏れそうなくらいには、唖然としていた。
「さっきも言ったけどさ。真乃ちゃんって、すっごいお人好しだから―――」
すぐに察した。こいつが、何を言いたいのかを。私は、先手を打たれたということを。
「きっと、力になってくれるよ」
そして。
飄々と笑みを見せながら、あいつは去っていった。
まるで太陽か何かのように、キラキラしていた。作り物みたいに、輝いていた。
前々から、苦手だと思っていたけど。
今回ばかりは――――忌々しさすら覚えてしまった。
◆
それから、時間は回って。
何だかんだで、現在に至る。
私――
紙越空魚は、酷く憂鬱で。
自分の不甲斐なさに、吐きそうだった。
傾き始めた日差しが、窓から射す中。
ごろんと、床に横たわっていた。
カーペットの感触に身を委ねて、視界の先を見つめる。
真っ白な天井。真っ白なシーリングライト。
変わらない。どれだけ目を凝らしても、何一つ変わりやしない。
虚しさとか。やるせなさとか。
よく分からない感情が、込み上げてくる。
何やってんだろうなあ。
何やってんだよ、私。
自分に対して、そんな風にぼやいてしまう。
ああ、本当に―――何やってんだか。
結論から言うと。
アサシンからは、突っぱねられた。
何を、って言うと。つまりアレだ。
“櫻木真乃”と接触する為の説得に、失敗した。
もう一つ、先に断っておくと。
星野アイに、多分こちらの思惑を気づかれていた。
とはいえ何処まで分かっているのかは曖昧だし、ひょっとすると単なる思い過ごしかもしれない。
鳥子を取り巻く危機を前にして、自分も過敏になっているだけなのかもしれない。
しかし。アイが鳥子の捜索において真乃を持ち出してきたのも、わざわざ「自分が連絡を入れること」を強調してきたのも、明らかに不自然だった。
ただ鳥子を味方に引き入れたいだけなら、バックに協力者がいるアサシンにぶん投げればいいだけのこと。
私ならともかく、業界以外に大したコネも無さそうな真乃を引っ張り出す理由が不透明だ。
単なる善意による助力―――は絶対に違う。
アイは気さくで馴れ馴れしいけど、どう見ても強かだ。
あそこでアイが真乃の名前を出した。
それには間違いなく何らかの意味があった。恐らく、こちらに対する牽制のためだ。
紙越空魚は、
仁科鳥子のために“裏切る”かもしれない。そのために真乃を善意の協力者として当てにするかもしれない。
アイはそこを察知して釘を刺してきた。
自分が先に真乃を押さえる―――というか、真乃に手出しさせないようにするために。
つまり。あの女に、先回りをされたという訳だ。
それに気付いた私は、勿論焦ったし。
何よりも、めちゃめちゃに憤った。
心底、心底ムカッ腹が立った。
――――なに邪魔してるんだよ、あんた。
この女。ホント、この女……。
こっちは鳥子のために踏み出そうとしてたのに、いきなり出鼻を挫かれた。
そうはさせないよ、と言わんばかりの“したり顔”でニヤニヤと笑っていやがった。
前々からぼんやりと気に入らなかった星野アイへの印象が、負の方向へと突き抜けていった。
鳥子と生きて帰る。鳥子の為に奔る。そう決意した私に、そんな真似をするっていうのは―――喧嘩仕掛けてきたのも同然だ。
そっちが喧嘩を売るつもりなら、こっちも乗ってやる。
だからアサシンが諸々の連絡から帰ってきた直後に、私は迷わず“櫻木真乃との接触”を訴えた。
色々とそれっぽい理屈を捏ねていた。
櫻木真乃は利用できる。事務所が休止へと向かいつつあることはホームページの情報で把握している。仕事で真乃が顔を出さなくなれば、彼女と接触できるタイミングはぐっと減る。今こそがチャンスだ。
彼女を味方に引き入れれば、アイ達に対する監視として使える。その為にもアイ達を抜きにして接触する必要がある。アイ達は既に二重同盟の存在をバラす失態を犯している。つまり裏切りに等しい。ならばこちらが勝手に動いても文句は言えない……。
色々と叩き上げて説得を試みたけれど、アサシンの反応は渋かった。それで、あの人はこう言った。
《仁科鳥子を探す為の味方を付けたいだけだろ》
星野アイが賢いことは何となく分かっていたし。アサシンが切れ者っぽいことも、何となく察していた。
凡人に過ぎない私は、とんでもない奴らに囲まれたという訳だ
それでも折れずに、私は粘った。本心でぶつかって、アサシンを説き伏せようとした。
何とか櫻木真乃と接触する為に、鳥子を助ける為の味方を付けるために―――でも、結局は駄目だった。
アサシンは私との会話を打ち切って、「気晴らしに行ってくる」と再び外へと出て行ってしまった。
追い掛けようとしたけれど、アサシンから目で追い払われて。そのまま、どうしようもなく。
そうして私は今、こうして虚脱感に囚われているという訳だ。
さっきまでやる気になっていた自分が。
さっきまで憤っていた自分が。
何だか、酷く無様に思えてくる。
アイには先回りをされて。
アサシンには突っぱねられて。
私はこうして、宙ぶらりんのままだ。
天井を見つめながら、ふと思う。
仮にこのまま聖杯戦争を進めたら、どうなるのか。
鳥子を踏み越えて、そのまま勝ち残れば。
界聖杯とやらは、どんな願いでも叶えてくれるらしい。
例えここで鳥子が犠牲になっても、私が勝てば元通りになるんじゃないのか。
鳥子を生き返らせて下さい。そんな祈り一つで、全てが丸く収まる。
だったら。大人しく鳥子を諦めて、生存優先で戦い続けた方が。
――――いいわけないだろ、そんなこと。
――――馬鹿にも程がある。
――――“さっき”言ったろ。地獄のがまだマシだよ。
このザマかよ、紙越空魚。
言ってたじゃないか。
自分は誰の味方だ、って。
鳥子だけの味方なんだろ。
どっちを犠牲にするとか、聖杯で元通りとか。
そんな考えは、クソ喰らえだ。
情けない。弱音に飲み込まれそうになった自分が、余りにも情けない。
どうする。ここから先。
星野アイ。アサシン。障壁は数多だ。
それでも、鳥子と共に生きて帰る為なら―――どんな手段だって使ってやる。
私は、天井を睨みつけるように見つめた。
◆
そうして、スマホを起動させて。
宛もなく―――しかし唯一の手掛かりを探るべく、SNSを開く。
283プロダクションの公式アカウントを確認しようとした矢先に、“それ”を見つけた。
「……何これ」
拡散希望。不審者情報。注意喚起。
そんな文面と共に、妙な投稿がタイムラインに流れてきた。
◆◇◆◇
カチリ。
ライターのスイッチを押した。
男の手元で、小さな灯火が熱を放つ。
口に加えた紙煙草に、ゆっくりと火を近づけた。
仄かな赤い光と、揺蕩う白煙。
指で摘んだ“それ”を暫し味わった後、ふぅ―――と口から煙混じりの息を吐く。
タール14mg。少なくとも、これくらいの濃さが無ければ気分転換にはならない。
何日か前に調達した煙草だった。
無論、金銭を払って正当に購入している。
既に死者であるというのに、仮にも英霊になったというのに。まるでそこいらの人間と同じような、世俗的な行為に耽っている。
煙草の煙を肺に飲み込みながら、伏黒甚爾は自嘲気味にそんなことを考える。
煙草は、別に好きでもない。
味が好きな訳でもないし、ニコチンに頭をやられている訳でもない。
結局、単なる気晴らし。
その程度のものに過ぎない。
まるで酔うことの出来ない酒よりはマシ。
少しくらいは、気を紛らわせることが出来る。
アパートの外で喫煙しながら、甚爾は自らのマスターである紙越空魚について思う。
あいつを星野アイ達に預けることも考えていたが、敢え無く取り止めとなった。
何故か。空魚が拒んだから。
そして、アイもそれを受け入れたから。
ただそれだけのことだった。
そうしてアイが帰った直後。
空魚が頼み込んできた事柄に、甚爾は僅かな驚愕を覚えた。
櫻木真乃と接触したい。
そんなことを、彼女は唐突に言い出した。
《だったら、アイ達と一緒に行けば良かったろ。櫻木真乃に会う手段としちゃ一番手っ取り早い》
《分かってます、けど。それじゃ、意味が無いって言うか》
そうして空魚は、何やら理屈を捏ね繰り回していた。
アイが認めるほどのお人好しである櫻木真乃を“個人的な味方”にする価値はある。
既にアイ達は協定違反も同然の行為をしている。二重同盟のメリットを無視して、他者に情報を漏らしているのだ。
言うなれば、小さな裏切りに等しい。
だから、こちらが勝手に行動したとしても一方的に責められる筋合いはない。真乃を抱え込めば、アイの監視や牽制にだってなる。
それに白瀬咲耶の事件もあったのだから、283プロダクションはじきに休止する可能性が高い。ホームページに記載された情報を見る限りでも、緩やかに活動を狭めている。
今のうちに行動に出なければ、真乃と接触するチャンスも取り逃がしてしまう。
甚爾は思った。
随分とご立派なことだ。
理屈を並べて、さも正論であるかのように語っておられる。
真乃との接触に利益があることを、何とかアピールしていた。
しかし、ただのハッタリだ。
彼はそのことをすぐに見抜いた。
空魚の本心は、別の所にある。
故に甚爾はそこを指摘した。
こちらまで二重同盟のメリットを踏み躙れば、いよいよ同盟が形骸化へと向かっていくことになる。
それくらいのことは、空魚も理解している筈だ。小市民のつもりでいるが、決してただの馬鹿じゃない。少なからず知恵の回る奴だ。
甚爾は、それを分かっていた。
それでも尚、空魚が損得を飛び越えるのだとしたら。
結局のところ空魚は、合理的な立ち回りをかなぐり捨ててでも“私情”を優先したいだけなんだろう。
そんなものは、他人から付け入られる隙になる。そもそもこの聖杯戦争で生き延びられるのは一組のみ。
幾ら顔見知りと言っても、最終的には争うことになる相手だ。下手な感傷は命取りになるし、あくまで自己が生き抜くことを最優先にするべきだ。
それを理解した上で仁科鳥子を探すとしても、情報網に関しては“協力者”の方が余程優秀だ。大人しく情報提供を待っていた方がまだ確実だ。
《……そこまで見抜かれてるなら》
そう伝えて、空魚は黙り込むかと思ったが―――今度は“本心”でぶつかってきた。
《こっちも“隠す必要”、無いですよね》
そんなことを言いながら、空魚は想いを吐き出してきた。
明らかに、キレかかってた。
大した図々しさだな、なんてことも言えず。
甚爾は、彼女の言い分を聞いた。
《図々しいってこと、分かってます》
鳥子と生きたいから、こうやって頼み込んでる。鳥子と一緒にいたいから、私はこんなことを言っている。
この聖杯戦争から二人で帰る為にも、あくまで勝つことを目的とするアイ達や“協力者”を頼ることはできない。
下手をすれば、二重同盟の妨げとして鳥子が邪魔になるかもしれない。あるいは私達を縛る為の利用対象になるかもしれない。
《今更こんな非合理的なこと頼むのもおかしいって、自分でも思います》
故に、全く別軸から手助けをしてくれる同盟相手が必要になる。好戦的ではなく、打算を抜きにして、善意で助けてくれる存在がいてほしい。
《それでも。鳥子だけは、絶対に裏切りたくない》
だから、櫻木真乃に目をつけた。彼女に直接会って、同盟を申し込みたい。
《―――あいつを犠牲にして生きるくらいなら、地獄にでも落ちる方がよっぽどマシだと思ってます》
それが空魚の語った思惑だった。
甚爾は、答えた。
《やめとけ。少し頭を冷やせ》
そうして空魚との対話を打ち切った。
これ以上あれこれ揉めた所で、泥沼になるだけだと考えた。
それから甚爾は、気晴らしに外へと出て。
気晴らしの煙草で、なんてことのない時間を潰している。
紙越空魚という女は、組みやすい相手だと思っていた。
イカレているが、イカレきれてはいない。それでも、単なる甘ったれという訳でもない。
生きて帰る為ならば相応の手段も受け入れられるし、こちらのやり方にも口を出してはこない。
ビジネスライクな距離感を保ったまま、淡々と仕事に打ち込むことができる。汚れ役に徹することができる。
下手な気遣いも必要ないし、此方は黙々と勝つ為の算段を重ねられる。それなりに知恵も回る。甚爾にとって、悪くはない相棒だった。
しかし、今。
その空魚は、厄介なことになっている。
仁科鳥子。彼女にとって縁の深い存在が、この地に存在している。
それを知った瞬間から、空魚の“何か”が変わった。
打算と私情の天秤が、狂い始めている。
淡々と現実を見ていた空魚の鍍金が剥がれ落ち、他の誰かの為に―――たった一人の存在の為に奔走する“素顔”が暴かれていく。
否、彼女は元々そういう人間だったのかもしれない。彼女と常に距離を取っていたからこそ、肝心なことに気付かなかっただけだ。
それを悟った甚爾は、複雑な心境に囚われていた。
どうでもいいだろ、そんな女のこと。
この地に居る以上、どちらかが犠牲になる。
だったら、捨て置く方が余程マシだ。
例え、そう言ってやったとしても。
こいつは、止まらないんだろうな。
目が物語っている。仁科鳥子という存在は、こいつにとって何よりも大きい。
なあ、紙越空魚。
今のお前は、勝ち残る為じゃなく。
仁科鳥子の為に、戦うつもりなんだろうな。
よりによって俺みたいな猿を引き当てて、そんなことを考えてやがる。
お前、俺に“人助け”の片棒でも担がせるつもりかよ。
だったら、お門違いも良い所だ。
“殺し”しか能の無い俺なんぞに、任せることじゃない。
認められず。転がり落ちて。
何かを得て。そのまま、喪って。
そうして、“尊ぶこと”を捨てた。
思えば、そんな人生だった。
最期まで、ろくでなしだった。
だから、誰かに託すことしかできなかった。
あいつに頼まれた筈の、“ガキ”のことさえも。
結局の所。禪院家か、あの“最強の術師”か―――それだけの違いだ。
そんな生前を、別に悔いてはいない。
そういうものだと、割り切っている。
だが。それでも、鬱屈が込み上げてくる。
己自身に対する思いが、湧き上がってくる。
――――全く、御免だ。
――――ガキもろくに面倒見れなかったんだ。
――――今さらそんな仕事、やれるかよ。
甚爾は、憂鬱だった。
煙草を味わい。煙を肺に吸い込む。
白煙のように、感情が浮遊する。
そうして再び、一息をついた直後。
懐の携帯電話が、着信で振動した。
甚爾は不意を突かれたように目線を落とす。
誰だ、こんな時に―――。
煙草を口に咥え、面倒臭そうに携帯電話を取り出した。
相手は、見知らぬ番号だ。
訝しむように眉間に皺を寄せながら、甚爾は応答をする。
「……もしもし」
『始めまして、禪院君』
「誰だ」
『君の取引先の雇い主―――“M”とでも言えば分かるかね?』
甚爾は、目を細めた。
相手のその一言で、察した。
禪院という通り名を把握している時点で、答えは明白だった。
「……世話になってるよ、アンタんとこの“社長”には。例のガキの件もよくやってくれた」
『それは良かった。君とはこれから“より良好な関係”を築きたいと思っているからネ』
「正式な協定を結びたい、って所か」
『流石は察しが良い、実に助かるよ』
デトネラット社長、四ツ橋力也の背後に何者かが潜んでいることは甚爾も理解していた。
“あのお方”。あるいは“M”。そう呼ばれていた人物が、こうして連絡を取ってきた。
『必要な人材などは可能な限り提供する。
それを断った上で、君に相談したいことがある』
「ほう、早速じゃねえか」
『君の優秀さを買っているからこそ、こうして早急に“仕事”の話が出来るという訳サ。
どちらにせよ、君は乗ってくれるつもりなのだろう?』
「要件次第だがな」
饒舌に捲し立てる“相手”と淡々と通話しながら、甚爾は思う。
こいつとは、遅かれ早かれ直接手を結ぶか身元を暴くつもりだった。
向こうから連絡を取ってきた以上、必然的に前者のプランへと向かうことになる。
どのみち傀儡とだけ付き合っていくつもりなど無かった。
互いに利用し合うならまだしも、此方が利用されるだけの関係など真っ平御免だ。
故に黒幕と連絡を取り合えたことは、僥倖だった。
後は、仕事の話だ。
聖杯戦争を勝ち抜く為の、策謀。
それでいい。その方が、余程気楽だ。
甚爾は、そう思っていた。
だからこそ、電話相手からの“提案”に、ほんの僅かに表情を歪めた。
『283プロダクション関係者の本格的な調査―――あるいは攻撃について相談したい。
社長からの情報提供で、君も何らかの手掛かりは掴んでいるのだろう?』
―――やれやれ、そう来たかよ。
やめとけ、少し頭を冷やせ。
あのとき彼は、空魚にそう告げた。
櫻木真乃に関わる暇など無いと、突き放した。
だというのに、こんな形で手間を省かれてしまうとは。
運が良かったのか、悪かったのか―――甚爾は誰にも聞かれぬように、ふぅと溜息を吐いた。
【世田谷区・空魚のアパート/一日目・夕方】
【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:健康、憤慨
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を探す。
0:どうするか―――。
1:『善意で鳥子探しをしてくれる』協定を結ぶために、アイ達の介在しない場で櫻木真乃と接触したい。
2:アイ達とは当分協力……したかったけど、どう転ぶか分からない。
【アサシン(伏黒甚爾)@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:武器庫呪霊(体内に格納)
[道具]:拳銃等
[所持金]:数十万円
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする
1:M(ジェームズ・モリアーティ)と交渉。彼らと連携して283プロダクション周辺を本格的に調査する?
2:仁科鳥子の捜索はデトネラットに任せる……筈だったんだがな。
3:ライダー(
殺島飛露鬼)経由で櫻木真乃とそのサーヴァントを利用したい。
4:ライダー(殺島飛露鬼)への若干の不信。
5:神戸あさひは混乱が広がるまで様子見。
[備考]
※櫻木真乃がマスターであることを把握しました。
※甚爾の協力者はデトネラット社長"四ツ橋力也@僕のヒーローアカデミア"です。彼にはモリアーティの息がかかっています。
※櫻木真乃を始めとするアイドル周辺の情報はデトネラットからの情報提供と自前の調査によって掴んでいました。
【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル/一日目・夕方】
【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける。
0:当面は大きくは動かず、盤面を整えることに集中。死柄木弔が戦う“舞台”を作る。
1:禪院(伏黒甚爾)に『283プロダクション周辺への本格的な調査』を打診。必要ならば人材なども提供するし、準備が整えば攻勢に出ることも辞さない。
2:バーサーカー(鬼舞辻無惨)達は……主従揃って難儀だねぇ、彼ら。
3:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
4:"もう一匹の蜘蛛(
ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と興味。
[備考]
※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。
※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。
※283プロダクションの陰に何者かが潜んでいることを確信しました。
◆◇◆◇
.
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#不審者情報】
【#拡散希望】
【#注意喚起】
【#拡散希望】
【#東京都大田区】
【バットで武装】
【暴力沙汰】
【通り魔的犯行】
【繁華街で見かけた】
【すぐに走り去っていった】
【くれぐれも気を付けて】
【監視カメラの映像】
【非行少年】
【連続女性失踪事件の関係者?】
【犯人?】
.
◆◇◆◇
多くの自動車が行き交う街道を、ワゴン車が走る。
夜へと向かってじわじわと傾き始める陽の光を、星野アイは助手席の窓から見つめていた。
従者であるライダーの運転に揺られ、彼女は左手の指を忙しなく弄びながら先程までの事柄を振り返る。
社長曰く、明日のライブは“一応やる予定”。
他所の事務所である283プロダクションとの合同企画であり、双方のスケジュールや経費の問題もある為に、直前のキャンセルは難しいらしい。
とはいえ白瀬咲耶の一件などで世間もマスコミも賑わっているので、今後どう転ぶかは未だに分からないとのこと。
どこまで行っても芸能界というものは魔境だ。諸々の事情よりも商売が優先である。まあ、こんな形での世知辛さは初めてだけど。アイはそんなことを思う。
とはいえ、やるからには―――とびきりの笑顔でファンを出迎えるまでだ。
仕事の話を終えた後、アイはライダーと少しばかり今後の相談をして空魚と別れることにした。
勿論、ちゃんと部屋に顔を出して挨拶もした。空魚に告げるべきこともあったから。
そうしてアパートを後にして、今に至る。
――――じゃ、空魚ちゃん。
――――鳥子ちゃんの件さ、“私から”真乃ちゃんにも伝えておこっか?
――――あの子、さっきも言ったけどお人好しだからさ。きっと力になってくれるよ。
別れの挨拶をしたとき、アイは空魚にそう伝えた。
あれはつまり、牽制のための一言だ。
鳥子捜索のために真乃を本気で当てにするつもりなど毛頭ない。
アイが危惧したことは、ひとえに空魚の離反である。
彼女は鳥子について「絶対に組める」と語り、同盟としての価値を強調していた。
しかし、実際のところ打算なんて空魚の頭には無いのだろう。ドライにさえ見えた彼女が、それまで装っていた冷静さを放棄するほどの存在。
恐らく空魚は、『鳥子との接触』を大前提に動き出す可能性が高い。
そして空魚ほど敏い人間が、自分のスタンスを客観的に見れない筈もない。
「空魚ちゃんは、出来るだけ手放したくない」
アイは思う。空魚の思考を、脳内で読み解く。
仁科鳥子を探すにあたって。自分が彼女/空魚だとすれば、どうするだろうか。
きっと星野アイを当てにすることは決して無いだろう。何故なら―――空魚にとって鳥子は有益でも、アイにとってそうとは限らないから。
自分達の目的のために無垢な少女を平気で利用するような主従に対して、打算抜きの友情による同盟を押し通せる訳がないと空魚は気付いているだろう。
下手をすれば、先に鳥子を発見され―――仮に彼女が穏健派だとすれば。
空魚との合流を防ぐべく、その場で“始末”されかねない。有名人でもない鳥子なら、幾らでも死の誤魔化しは効く。
空魚がそれらに気付いているのならば、アイ達に介入させたがらない筈だ。自分達だけで完結させたがるだろう。
「だが……空魚達には協力者(ダチ)がいるだろ。
わざわざ真乃をアテにする可能性を考えて牽制する必要はあったのか?」
「うん。多分そのダチも、結局はアサシンの繋がりでしょ?
アサシンにとってアテになる存在でも、空魚ちゃんにとってもそうとは限らない」
空魚は、きっと気付くはずだ。
仮に鳥子を本当に見つけたとしたら、もう優勝の道は選べない。二人で生きて帰る為に行動する筈だ。
どちらかが相方を殺して、どちらかが相方を生き返らせる。空魚の態度を見る限り、そんな冷徹な判断をする筈もない。
そうなれば―――打算による同盟関係は却って枷となる。単なる親切で彼女達を応援する輩がどれほど居るというのか。
そんなことをするくらいなら、利害関係を続けさせる方が相手側にとって間違いなく旨味になる。
そして、空魚ならきっとそれに気付く。
鳥子を暗殺して空魚を戦いへと引き戻す。鳥子を利用して空魚を縛る。空魚がどう動くか次第ではあるものの、やりようは幾らでもある。
鳥子が空魚にとってのウィークポイントであることは、容易に読み取れる。
アイ自身、空魚たちを安々と手放したくない。彼女が現実的な視野を持って立ち回れることもそうだが、彼女が従えるアサシンは間違いなく“有能”だ。
それを脱出という非現実的な方針の為に消費させたくはない。どのみち、この聖杯戦争から脱出できる確証など無いのだから。
「鳥子ちゃんが見つかるまでの間なら、まあ仲良くやっていけると思うけどさ」
「……空魚が『鳥子を捜索(さが)すこと』『共に生還(いき)ること』を何よりも優先したらマズい、っつーことだな」
「そう。ぶっちゃけあの子、もしかしたらやりかねない」
そうしてアイが行き着いた可能性。
それは、四面楚歌の空魚が唯一「信頼できそうな相手」へとコンタクトを取ること。
この聖杯戦争において、打算で動かなければ聖杯を求めていないことも明確な存在。
つまり櫻木真乃を頼る、という選択肢だ。
真乃が「お花畑なくらいのお人好し」であることを伝えたのは他ならぬアイ自身だ。それ自体は問題無い。現実的な思考を持つ空魚に「真乃がいかに利用できるか」を伝えられる為に必要だったからだ。
しかし、直後に“空魚が利害を捨ててでも動き出す可能性”が浮上したのは紛れもない誤算だった。
仮に空魚が鳥子のために動き出すとすれば、アイとの関係は二の次になるだろう。打算と私情が逆転する筈だ。
その理屈で行けば、もう一方の同盟相手に頼り切るかも怪しい。打算や策略は見ず知らずの友情を支えたりなんかしない。
なら、どうするか。
友情を解してくれる穏健な主従へと駆け込む。そして、協力を求める。
紙越空魚が頭の回る人物であることは、短い交流の中でアイも悟っていた。
それ故に、彼女は信頼する。空魚ならば、ここまで視野に入れてしまうのではないかと。
だからこそ、アイは釘を刺した。
櫻木真乃は―――あなたのモノじゃない。
下手な動きは、しないように。
空魚の動向に注意するためにも、真乃とは定期的に連絡を取る必要があるだろう。
そして明日のライブが問題なく開催されれば、遅かれ早かれ彼女とは再び接触することになる。
真乃との交流においては、こちらにアドバンテージがある。
「空魚ちゃん、やっぱり頭は良いと思うよ」
「だが、それでもアイツは裏切ると考えてるんだな」
「そ。だって私も、子供達がここに居たら同じことするかもだし」
「空魚チャンにとって、仁科鳥子ってのはそこまで重要(デカ)い存在って断言できんのか?」
「あの時の空魚ちゃんの目、ぜんぜんウソ付いてなかったしね」
紙越空魚はただの堅気ではないと、アイは見做していた。
あの蒼い右目を持っているとか、そういう話とは別の次元だ。彼女の肝の座り方は、単なる一般人のそれではない。
彼女自身はきっと「いやいや私はアンタよりはまともなつもりだから」なんて言いそうだなぁとアイは思いつつ、アパートでの出来事を追憶する。
“その話――もっと詳しく聞かせてくれない?”
透き通った手を持つ女の人。それを聞いた瞬間から、空魚の態度は変わった。
それまではアイに対しても何処か冷ややかに、それでいて現実的に対応していた。
頭は回る。冷静な視点も持っている。血も涙もない、という訳ではなくとも。必要に迫られれば手段を選ばぬ道も取ることができる。
“共犯者”としてはもってこいだとアイは思っていた。―――何気なく浮かべた言葉。それが空魚にとってどれほど意味があるのか、どれほど重いものなのか。アイは知る由もない。
しかし、仁科鳥子の話になってからは明らかに感情を顕にしていた。
特に噂話に食いついた時は、冷静に振る舞おうとしていた仮面さえもかなぐり捨てて“動揺”していた。
そこから先は幾分かポーカーフェイスを装っていたものの、何とか隙を出さない様に感情を抑えていることはアイからも見て取れた。
本音を隠す建前の顔というものは、“業界”では付きもの。だからアイは空魚の機敏を読み取っていた。嘘は、星野アイの専門分野だ。
「あの時の顔や態度とか見て、確信しちゃった。空魚ちゃんにとっての鳥子ちゃん」
だから、アイは確信した。
心を必死に押し殺した空魚の想いを。
彼女の“嘘”の陰に隠れた、真実を。
「“愛する人”だよ」
人差し指を立てて、断言した。
誰かを愛する眼差しとか、恋をした時の顔とか。
そういうものは、理解していた。
大勢のファンの前で見せる仮面。そして―――今思えば、アクアやルビーに向けていた“想い”。
星野アイは、愛のカタチというものに触れていた。
「……愛する人、ね」
取り留めもなく、ライダーは呟く。
車を運転する彼の表情を、アイは横目で見つめる。
憂いと後悔。そして羨望。そんなものが入り混じったような、複雑な横顔。
その表情をほんの少しだけ見つめて、アイは何かを察したようにそれ以上は問わなかった。
「それに、あのアサシンの協力者―――」
そしてアイは、話題を切り替えた。
スマートフォンを開いて、先程確認したSNSを起動する。
話題のつぶやき。トレンドワード。情報は既に流れ込んでいた。
「だいぶヤバいかも」
一言、アイはそう伝えた。
ハンドルを握るライダーは、険しい顔へと変わる。
「SNS、見た?」
「ああ、閲覧(みた)ぜ」
「あさひくんだよね、アレ」
「……だろうな」
アイの問いかけに、ライダーは即座に頷く。
アサシンに協力者がいることはアイ達も知っている。
その実態は未だに分からないが、少なくともアサシンが“芸能関係者”を洗い出したのは彼個人の暗躍によるものではないと推測していた。
アサシンと同じように隠密行動に長けているか。あるいは、企業に探りを入れられる程の社会基盤を持つ存在か。
少なくともその協力者にも油断はできないとアイは感じていた。そして、神戸あさひについては協力者が手を回すともアサシンは言っていた。
その結果が、夕方の“拡散”らしい。
あまりにも都合の良いタイミングからして、それが根回しによるものであることはすぐに察した。
率直に言えば―――すごいね、これ。
これだけのペースで誰かを晒し上げて、槍玉に挙げられる。
異常と言わざるを得ない。どんな人脈だよと突っ込みたくなる。
神戸あさひについて、アイは思う。
何処か薄暗くて、窶れた雰囲気を纏っていて。しかしライダーに反発した際には、感情を顕にしていた。
汚い大人というものに対して無条件の警戒心を抱いているような。そんな感じだ。
何だか、ちっちゃな野良犬みたい。
それがアイの抱いた印象だった。
怖いことがあって、誰にも懐けなくて、だから吠えてしまう。自分の弱さを見せたくないから。
「因みにあの子、これ“やる”と思う?」
「眉唾だな」
「だよねー」
アイも大方分かっていたが、一応ライダーにも問いかけてみた。
無論、答えは彼女の予想通り
でっち上げ。捏造。その可能性には、すぐ行き着いた。というか、多分そのものだと思う。
尤も、だからと言って神戸あさひを助ける義理など無い。
これがアサシンの協力者が仕掛けた策略というのなら、放置するだけだ。
一言で云うならば。
神戸あさひは、もうアテにできない。
もしも空魚達がこちらに害意を及ぼすとしたら、真乃のみならずあさひも利用する算段はあった。
例えアヴェンジャーが優秀であっても、同じ聖杯狙いならば打算によって利用できる余地はある。
しかし、“拡散”によってそれは潰えた。もはや利用するには厄介な存在となってしまった。
今後の空魚との同盟において、恐らく真乃は鍵を握ることになる。
だから空魚に釘を刺したし、今後は真乃に定期的な連絡を取って彼女から状況を聞き出すつもりだ。場合によっては直接の接触も行う。
しかし、あくまで真乃は目的ではない。
仁科鳥子や櫻木真乃の存在によって同盟に綻びが出る。それを危惧していたが故に、そしてそうなった際にも優位に立つべく、アイは動いたのだから。
「“あっち”と組めればいいんだけどなあ。アサシンの協力者」
「……空魚を挑発したのは、釘を刺す為だけじゃねえってワケだな」
「うん。空魚ちゃんが裏切らないのが一番だけど……仮に空魚ちゃんが脱出派に転じたら、多分“あっち”も何か行動を起こすと思うから。
たぶん空魚ちゃんも真乃ちゃんも、単に邪魔なだけの枷になる。その隙に私達が“あっち”と交渉できたら……なんて思ってる」
仮にもし、本当に空魚が真乃と結託したら。聖杯戦争を否定して、二人でこの世界からの脱出を目指すようになったら。
アサシンの“協力者”は、間違いなく何らかの行動を起こすだろう。引き止めるか、あるいはいずれかを排除するか。
そうなった場合、彼らに直接アプローチを取ることも選択肢に入れる。
つまり、同盟関係を掠め取るということだ。
あれだけの社会権力を持った協力者がいれば心強いし、何よりも一時的にでも敵に回さなくて済む。
白瀬咲耶の報道もそうだが、アイドルというものは単純に注目度が高い。それ故に一度情報に火が付けば、瞬く間にセンセーショナルな話題と化す。
彼らに狙われて槍玉に挙げられ、熾烈な社会攻撃を受ける―――そんな事態は避けたいとアイは思った。
「ま……結局、私達って結構厳しいんだよね」
そうしてアイは、背もたれに身体を預けながら虚空を見つめる。
元々アイ達に基盤は無かった。アイドルとしての繋がり以上の共闘関係を、予選のうちに結ぶことは出来なかった。
しかしアサシンや真乃達との邂逅を経て、偶然に近い形で二重同盟のチャンスを掴み取った。
アイ達はこれらを軸に立ち回って、聖杯へと少しでも近付いていく筈だった。
アサシンのマスターである紙越空魚が想定外のリアクションを見せなければ、こうはならなかったのだろう。
そして、神戸あさひの件によって浮き彫りになる“協力者”の脅威。空魚達が脱出派へ転じるのなら、彼らとの同盟関係を掠め取りたい。
尤も仮にそうなったとして、間接的な繋がりしか持たない現状ではそれが出来る確証もない。
二重同盟。紙越空魚と仁科鳥子。“協力者”。結局、不安要素ばかりが転がっている。
「……“協力者”が仁科鳥子を先にどうにかしてくれたらいいんだけどなぁ」
例えば、知らないうちに暗殺とか。真相は闇の中。
そうなれば、空魚も聖杯戦争を続けてくれるかもしれない。
空魚は愛する人の為に戦える人間だと思うけど、確証のない逆恨みの為に暴走する程の輩でもない。
否。それでも、あの子なら。
もしかしたら、犯人がいることに気付いたりして。そのまま地の底まで追いかけて、探し出してしまうかもしれない。
結局、仁科鳥子がいる時点で空魚の手綱を握ることなんて出来なくなってしまったのかもしれない。
そこまで考えてから、アイはふっと自嘲気味に笑みをこぼす。
名前も顔も知らない“協力者”への期待に縋る。
我ながら情けないことしてるなぁ、なんてアイは思った。
先程もぼやいたように、星野アイを取り巻く状況は決して良いとは言えない。
否が応でも注目を集める社会的地位。先行きの不透明な二重同盟。姿なき“協力者”の存在。不安は山積みだし、不確定要素が幾つも転がっている。
それでもアイは、生き残らなければならない。聖杯を、掴み取らなければならない。
――――貴女には、鳥子ちゃんがいるけど。
――――私も、負けるつもりは無いよ。
――――だって。私だって、“あの子達”を愛してるから。
【世田谷区・街道/一日目・夕方】
【星野アイ@推しの子】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
1:空魚ちゃん達への監視や牽制も兼ねて、真乃ちゃん達とは定期的に連絡を取る。必要があれば接触もする。
2:空魚ちゃん達との同盟を主にしつつ、真乃ちゃん達を利用。彼女達が独自に仁科鳥子ちゃんと結託しないようにしたい。
3:アサシン(伏黒甚爾)の背後にいる“協力者”に警戒と興味。空魚達が脱出派に転じるならば、利害関係を前提に彼らへとアプローチを仕掛けてみたい。
4:あさひくん達は捨て置く。もう利用するには厄介なことになりすぎている。
[備考]
※櫻木真乃、紙越空魚と連絡先を交換しました。
※一旦事務所へ戻るのか、それ以外の場所へと向かうのかは後の書き手さんにお任せします。
【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:健康
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:アイを帰るべき家に送り届けるため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:真乃達と空魚達の動向を注視。アイの方針に従う。
2:ガムテたちとは絶対に同盟を組めない。
3:アヴェンジャー(
デッドプール)についてはアサシンに一任。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。
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【#神戸あさひ】
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この街は、何かが違う気がする。
誰かが譫言のように呟いた。
度重なる失踪事件。繰り返される奇妙な事故。
時には人の死が世間に焚べられ、喧伝される。
8月1日。なんてことのない東京の夏。
街は、言い知れぬ閉塞と不安に包まれている。
しかし、それでも群衆は変わらない。
いつものように日常を過ごし続ける。
誰かが、スマートフォンを開いた。
ベンチに腰掛けて。電車の中で。横断歩道の前で。歩道の脇で。喫茶店で。飲食店で。
この東京都内に蔓延る、不特定多数という群衆。
彼らが意識を向ける先は、SNS。
あらゆる情報の濁流が渦巻く、果てなき空間。
暇潰しとして。知り合いとの交流のため。適当な情報を見るため。SNSを確認するという動作は、現代においては最早日常の一環に等しい。
誰が見張りを見張るのか。
かつて何処かに、そう問いかける者達がいた。
大衆は、世間を無責任に見張り続ける。
彼らは、タップひとつで情報の宇宙を飛び交う。
真偽さえも正しく疑われぬまま、記録の濁流が常に流れ続ける。
この世界は、山積を繰り返す。
暴力沙汰。通り魔的犯行。
被害者は複数名、女性のみ。
犯人は未だに逃走中。
バットで武装し、パーカーを纏った少年を目撃。
名前は『神戸あさひ』。
大田区では日雇いのアルバイトに従事。
午後に世田谷区での目撃情報あり。
“流出写真”として載せられた監視カメラの一画面に、その外見と人相がはっきりと映っている。
噂は広まる。その過程で疑惑も浮上する。
少年は、連続女性失踪事件に関与しているのではないか。
彼こそが、犯人なのではないか。
情報が拡散し、真偽不明の憶測や推理も次々に出現していく。
SNSでの主だった拡散者達も、目撃者とされる人物も、心求党の“狂信的な支持者”。即ちサクラだ。
街中に張り巡らされたFeel Good Inc.製の監視カメラが、神戸あさひの姿を捉えていた。
全ては彼らが作り上げた、偽りの火種。
しかし―――そこへ存分に油を注ぎ込めば、火は瞬く間に燃え広がっていく。
街をさまよう群衆に、事件の真実を知る由はない。
人々はただ情報を貪りつつ、日常を安穏と過ごすだけだ―――気怠さと憂鬱を抱えながら。
神戸あさひは、“暗躍者”によって槍玉に挙げられた。
彼らは一体、何者なのか。
彼らは一体、この戦いにおける何なのか。
答えは簡単。知れたこと。
アイドル・白瀬咲耶をたった一夜で聖杯戦争の中心へと塗り替えた、“社会の潮流”そのものだ。
◆◇◆◇
[共通備考]
①神戸あさひが「暴力沙汰を起こした非行少年」としてSNS内で拡散されました。
②あさひの姿が鮮明に捉えられた監視カメラの画像が意図的に流出されています。
③「今朝方に大田区で日雇いのバイトをしていた」「午後時点では世田谷区で見かけた」等の情報が流されています。
④「彼が連続女性失踪事件の犯人ではないか」という噂も少しずつ広まっています。
⑤根回しは今後更に激化する可能性があります。
◆◇◆◇
時系列順
投下順
最終更新:2021年10月25日 02:06