◆◇◆◇




『もし、この手紙を私の戦いが何を意味するか分かっている人が読んでいるなら。』

『どうか、貴方が生きてこの東京を去れますように。』




◆◇◆◇



―――足を、止めた。


何かに、後ろ髪を引かれるように。
腕を掴まれて、制止されるかのように。

“彼ら”が帰ってきた。
283の脱出派陣営を崩すべく、ホーミーズと共に強襲へと向かった“尖兵”。
大切な者たちを守りたいという想いを利用され、皮肉な戦いへとと駆り出された“狛犬”。
プロデューサー”とその従者、ランサー。
杉並へと赴いたライダー、ビッグ・マムからの念話によって帰還を把握した。
鏡世界内で控えている彼らの報告を聞くために、通路を歩いている最中だった。

ふいに、ガムテは振り返った。
過去に何か、未練があるかのように。
まだケリを付けていない“何か”に、手招きされるように。

その正体は、分からない。
だが、一つだけ確かなことはある。
――――勘だ。
ガムテの勘が、疼いている。

此処から先、何かがあるぞ、と。
足を止めるなら今だぞ、と。
そんなふうに、誰かが囁いている。
根拠なき実感が、ガムテの足を止めている。

沈黙したまま、足元を見下ろした。
一歩前へと踏み出せない、黒い靴に覆われた足。
そんな自分に微かな動揺を抱くように、右手の指先が動く。

何を、恐れている。
ガムテは、己自身に問いかける。
その答えは、出てこない。
それでも、彼は。
再び、その一歩を踏み出す。

分かることは、ただひとつ。
殺戮の王子、ガムテには。
こんなところで足踏みしている暇など無いということだ。



◆◇◆◇



鏡世界内のとある一室。
鏡写しの椅子に腰掛ける男が、一人。

任務を果たして帰還した直後。
まるで、尋問を待つかのように。
彼は沈黙し、表情を動かさない。
複雑な思慮に耽る、その様子は。
戦いを乗り越え、見事に敵を討ち果たした“尖兵”の姿には程遠い。

プロデューサーは、追憶する。
ほんの少し前に、この目に焼き付けた“言葉”を。

犯罪卿が最期に託した“遺言”。
彼は全ての責任を背負い、悪魔としての己の仮面さえもかなぐり捨て。
罪を背負う“狛犬”の未来と、無垢なる“少女達”の未来を繋ぎ止めるべく、慈しい祈りを懇願した。

白瀬咲耶が最期に遺した“手紙”。
彼女は大切な人々への謝罪と、伝えきれぬほどの感謝を告げ。
罪を背負い続ける“誰か”への赦しを、そして暖かな幸福を、切に願っていた。


ああ――――確かに、光を見出した。
そして、その眩い光が突き刺さるように。
男の心は、酷く、酷く、灼かれていた。


皆を守ってくれて、ありがとう。
あの激戦へと赴く直前、プロデューサーは届かぬ感謝を抱いた。
彼女達の元から離れた自分に代わって、彼は283の守護者として其処に立った。
ヒーローという呼び名は、彼のような人間にこそ相応しいと信じた。
例え悪名を背負うことになっても、少女達のために正しさを貫くことが出来る―――プロデューサーは、自分が果たせなかった“善”を見出した。
そんな彼を討つことが、戦いの終止符に繋がると信じた。


けれど。
彼は、“ヒーロー”ではなかった。
苦悩を背負い、葛藤を抱き。
その身を擦り減らしながら、歩み続ける。
自分と何も変わらない、“人間”だった。
そして、彼をこの手で仕留めた。


全てを悟るには、何もかも遅かった。
胸の内に遺されたのは、途方も無い虚脱。悲嘆。後悔。
そして、彼から託された最後の祈り/遺言。

“心から謝罪する”。
“事務所に混乱を招いた責任は、全て自分にある”。
“その上で――――私のマスターを見つけてくれて、ありがとう”。
“かつて罪を犯した自分も、暖かな光に当てられた”。
“だからこそ、あなたもそれを望んでいい”。
“そして、彼女達の言葉に耳を傾けてほしい”。
“私とアーチャーがここで脱落することについても、責任を感じなくていい”。

なあ、“犯罪卿”。
きっと貴方は、彼らに追い込まれてたのだろう。
これだけの誠意を見せるほどに、彼女達を大切に想っていたのだろう。
だからこそ、グラス・チルドレンは“アイドルの虐殺”という手段に及んだ。
そうすれば、貴方を追い詰められることを理解していたから。
そして――――彼女達の“身内(プロデューサー)”である自分が、貴方へと殺意を向けた。

犯罪卿さえ落とせば、283の皆は守られる。
犯罪卿さえ居なくなれば、全ては終わる。
犯罪卿さえ消せば――――そんな想いを利用され、俺自身も決意して、貴方を追い詰める尖兵となった。

貴方がいなくなることについて。
責任を感じなくて良いと、貴方自身は言ってくれた。
だけど、それでも。
貴方を最後に追い詰めたのは、紛れもなく自分なのだ。
俺は、あの瞬間になるまで―――貴方を知ることが出来なかった。

犯罪卿は、意志を示した。
彼の無垢な想いは、確かに受け止めた。
それでも、今はまだ。
救済の道を歩むには、まだ早い。
彼女達の手を取るには、未だ壁がある。

幾ら謝罪をしたところで、きっと足りないだろう。
取り返しのつかない痛みを、背負いながらも。
懺悔のような思いが、胸の奥に突き刺さりながらも。
そして―――暗闇の道に指す“微かな光”に、大きな動揺と仄かな希望を感じながらも。
かつてプロデューサーだった男は、今はただその場に佇む他なかった。


「やっほォ〜〜〜〜☆」


あどけなさを残した顔に、偽りを貼り付け。
気さくな振舞いの裏で、強かな刃を潜ませ。
戯けた笑顔と共に、ひょっこりと挨拶する。


「283強襲ツアー、お疲れちゃァ〜〜〜〜ん!」


グラス・チルドレンの首領。
割れた子供達の救世主。
殺戮の王子―――ガムテ。
まるで道化のように振る舞いながら、プロデューサーを出迎える。

哀れな狛犬は、見つめる。
眼の前に立つ幼狂の姿を。
その狂気と殺意を。
そして、記憶を蘇らせる。
白瀬咲耶について、彼が語ったとき。
不意に見せた、あの微かな感情を。

あのとき子供達に見出した“人間性”。
仲間を支えて、助け合い。
仲間のために怒り、仲間のために戦うことのできる。
彼らは、残忍な殺戮者であり。
そして、血の通った子供だった。

そんな感情を抱いたのは、ガムテに対しても同じだった。
傷ついた仲間のために、戦い抜いて。
仲間を導くという、矜持を抱いて。
そうして彼は、子供達の救世主として君臨している。

白瀬咲耶の遺書が、脳裏に焼きつく。
犯罪卿の遺言が、幾度となく反復する。
――――多くの子供達に慕われるガムテの姿が、浮かび上がる。

心の中で、“誰か”に謝罪する。
その相手は、プロデューサー自身にしか分からない。
衝動のような感情。合理性には程遠い。
されど、それでも。
問わねばならないことがあった。



◆◇◆◇




『過酷な戦いの中で、貴方が何か過ちを犯してしまったとしても。』

『私は貴方を許します。』




◆◇◆◇



プロデューサーは、ガムテに“報告”をする。

世田谷での大破壊。杉並での激戦。
アルターエゴ・リンボが加勢に入ったこと。
櫻木真乃の従えるアーチャーを討ち取ったこと。
リンボとの因縁を持つらしき女剣士のセイバーが283に合流したこと。
そして、最後に“犯罪卿”を徹底的に嬲って脱落させたこと―――。

犯罪卿からの遺言については隠し通しつつ、此度の強襲の顛末を伝える。
その最中に、彼は今後の方針についての思考を重ねていた。

聖杯戦争に抗う陣営、すなわち283プロダクションの面々。
彼女達との“対話”は、視野に入れる。
命を懸けた犯罪卿の誠意は、受け止める。
だが―――差し伸べられた手を握ることは、まだ出来ない。
プロデューサーはそう考える。

グラス・チルドレンの軍門に下っている現状、独断での下手な行動は取れない。
例え対話を受け入れて、彼女らと再び会うことを望んだとしても。
そこで“海賊のライダー”達から自身の叛意が疑われれば、彼女達が再び“見せしめ”の如く徹底的な攻撃を受ける可能性が高い。
自身に対する処遇も、良くて監禁の更なる強化―――最悪の場合は裏切り者として始末されることが考えられる。
少なくとも、自分達の力ではライダー達に直接対抗することは出来ない。

そしてアルターエゴ・リンボが“海賊同盟”という名を謳ったように、グラス・チルドレンの勢力図は自身が把握している以上に拡大している恐れがある。
人質や手駒としての立場に置かれたプロデューサー達は、意図的に情報を遮断されている。
同盟において上位の存在であるガムテ達を経由しなければ、盤面の把握さえも難しい。
下手な叛意を防ぎ、尚かつ283陣営に対する人質としての役目を果たさせるためにも、これらの措置は当然のことなのだろう。
それ故に、現状のプロデューサー達は“立ち回りを精査する為の情報”が圧倒的に不足していた。

そして、これらは彼女達の生存にも繋がることだ。
283の面々と安全を確保した上で“会う”為にも、現在の戦局把握と陣営の全容解明―――切り崩しは必要となる。
いずれは海賊同盟を裏切ることになり、そして最終的には自身の優勝も視野に入れる以上、彼らの勢力は遅かれ早かれ削らなくてはならない。


――――場合によっては。
――――あの“黄金時代”に接触することも、考えている。


何故ならば、彼女はグラス・チルドレンの同盟者であっても、ガムテの信奉者ではないことは読み取れるから。
彼女達はグラス・チルドレンを利用しているのだろう。
しかし、大勢力を築きつつあるガムテ達をいつまでも野放しにするリスクは高いはずだ。
故に、あの神戸あさひと同じように“繋がり”を持つことに意味はある。
“黄金時代”は更に、ガムテと近い立ち位置にいる―――情報面においても、今後グラス・チルドレンを削る算段を立てる上でも、彼女と接触することは視野に入れる。
無論、相応のリスクはある。彼女を通じて自身の叛意がガムテに伝えられる可能性も高い。
だから今はまだ、同盟者としての彼女との接触のみを考える。

更に、もう一つ。
彼女達との対話を阻む要因があった。
それは仮にここで聖杯を諦めた場合、“全マスターを生還させるための確実な術”が失われるということだ。


―――にちかは幸せになれて、他のマスターも死なずに済む。それで殺し合いは終わる。


仮に自分達が聖杯へと辿り着いた場合。
プロデューサーは、にちかの幸せだけを願うつもりではない。
283プロダクションの面々のみならず、この界聖杯に残存するマスター全員が生き延びられる道を望んでいた。
それはあくまで、ランサーの意思に委ねた上での頼みではあったが。
プロデューサーという男が考え抜いて、切に願った想いであることに間違いはなかった。

ガムテとそのライダーによる“報復の可能性”への対策。
未だ全容の分からない“海賊同盟の規模”の解明、勢力の切り崩し。
283陣営の周辺を含めた“現状の盤面”の把握。
そして、この界聖杯に招かれたマスター達が生きて帰れる可能性の保証。
これらに対する落とし所を見出だす時まで、彼女達の手を取ることは出来ない。

だからこそ。
彼は胸の内で、少女達への謝罪を繰り返す。
そして、犯罪卿に対しても。
自身が戻るための道筋を作ってくれた、彼に対しても告げる。
申し訳ない――――と。

葛藤と罪悪感を背負いながらも。
プロデューサーは、改めて決意する。
今の自分がやるべきことを、見極める。

いつか必ず。
再び、彼女達と会い。
その時に――――答えを見出す。
自らが最終的に、いかなる道を進むのかを。


そして。
今は、彼とも対峙せねばならない。
眼前に立つ、幼き殺し屋。
殺戮の王子、ガムテと。






プロデューサーは、仕事を果たした。
犯罪卿を追い詰めて、討ち果たしたのだ。
その報告に、ガムテはほくそ笑む。
よくやった、Pたん。そう呟きながら。

――――少なくとも、嘘は付いていない。
ガムテの直感が告げている。
そして、マムから念話で又聞きしたリンボの証言とも状況は噛み合っている。
彼らには遅かれ早かれ裏切る意思があることは、容易に読み取れるとはいえ。
今回の戦いでは、それを焚べることで彼らを“尖兵”へと仕立て上げた。

本来ならばここから先、犯罪卿が生き延びて“本気(マジ)の反撃”に転じてくることも視野に入れていたが。
結果としてはプロデューサーが一手先を行った。

追い詰めて、絶望させて、そして更なる悪辣さを引き出させる。
そうして全力の謀略で襲い来る犯罪卿を、此方も全力を以て叩き潰す。
それがガムテの思惑であったが、プロデューサーの奮戦によって遂に自分が直接赴くこともなく犯罪卿は陥落した。
だが、それで構わない。所詮はそれまでの敵だったということ。
厄介な蜘蛛は叩き潰せたし、どのみち徹底的に追い詰めて脱落させたことに変わりはないのだ。

多少のズレはあったとはいえ。
ガムテの思惑は“完遂”された。
283を必死に守り続けていた犯罪卿に『283を追い詰めているのは“犯罪卿”自身だ』という意識を植え付ける。
犯罪卿の努力は所詮皮肉な結果を齎した“失態”でしかないと、悪意を以て突き付ける。
それは紛れもなく『犯罪卿は絶望させて殺す』という目的に沿った謀略だった。

犯罪卿が結果的に283を危険な目に遭わせたというのは、少なくとも事実ではない。
ここまでプロダクションの尻尾を掴ませずに立ち回っていた中で白瀬咲耶が命を落とし、剰え『既に周知の存在と化していた敵主従が拠点へと直接乗り込んでくる』という異常事態が発生したのだ。
それに対して先手を打ち、グラス・チルドレンを直接的に牽制したのは、自陣営のマスター達を標的から逸らす為にも必要な立ち回りだった。

犯罪卿は策によって自滅したのではない―――彼の戦略面での隙を突いたガムテ側の的確な機転、そしてミラミラの実という諜報戦の盤面を覆す能力によって追い詰められたのだ。

そしてガムテは、敢えて“そこ”を利用した。
“犯罪卿が自ら墓穴を掘った”という認識を、犯罪卿やその周囲の面々に植え付けるために策を張り巡らせた。
あれだけの立ち回りをして、黒幕の汚名を被ってでも事務所を守ろうとした犯罪卿を、精神的に追い詰めるために。
彼の暗躍がいかに皮肉で無意味なものだったかを知らしめる為に、NPCアイドルの殲滅やプロデューサーの篭絡を実行したのだ。
そうして犯罪卿のみならず、283陣営そのものにも揺さぶりを掛ける。
アイドル達やそのサーヴァントに不和を齎し、陣営としての連携を崩すことは、戦術上の優位にも繋がる。


――どんなに大きな蜘蛛だって、地獄の中では生きていけないでしょう?


黄金時代(ノスタルジア)もまた、結果的とはいえその思惑に沿った行動を取ってくれた。
奴はグラス・チルドレンへと参入した時点で、厄介な犯罪卿の殺し方を正しく理解し。
そして中野警察署に滞在していた関係者達を徹底的に惨殺し――向こうにも思惑があったのは明らかとはいえ――、アプリを通じて「こうなったのはお前達のせいだ」というメッセージを突き付けたのだ。
そうして全ては噛み合い、犯罪卿の脱落という結果を齎した。

283プロには加勢が入ったとはいえ、集団としては間違いなく削れた。
犯罪卿を落とした以上、もう一人の蜘蛛との連携も崩されている。
確実に脅威としては落ちた、はずだったが。
彼らが隠れ潜んでいた世田谷での正体不明の大破壊。
そしてマム曰く、その世田谷の破壊跡より峰津院のサーヴァントが手負いの姿で現れた事実。

蜘蛛同盟を大きく削った現状、やるべきことは海賊同盟の方針確認―――あのマムの古馴染みである“鬼ヶ島のライダー”を従えるマスターとの打ち合わせだ。
今後峰津院という283を凌駕する敵を討つ為に、そして霊地という圧倒的なアドバンテージを抑えるためにも、彼らとの連携は確実に必要となる。
既に“鬼ヶ島のライダー”はリンボを使って行動を始めているらしい。こちらも早急に対応する必要がある。

その上で、疑問があった。
――――峰津院のサーヴァントを撃退したのは、誰だ。
犯罪卿が小細工で太刀打ちできる相手ではないことは、新宿のあの被害から見ても明白だ。
されどランサーやリンボが強襲を仕掛けた際に、あの峰津院のサーヴァントを討ち倒せるほどの実力者は確認できなかったという。

自分達が認識していなかった実力者が283の陣営にいて、世田谷での死闘で力尽きたのか。
今もなお健在で、その力を隠しているだけなのか―――または使えない状況に陥っているのか。
あるいは、全く感知していない陣営の存在なのか。
その警戒を怠ってはならないとガムテは考える。


「まッ、何はともあれ……Pたんはお疲れさま☆」


そんな思考をおくびにも出さず、ガムテは戯けた笑顔で言う。
報告を終えたプロデューサーは、沈黙を続けていた。


「な〜〜〜〜に辛気臭ェ顔してんだよ?
Pたん、もっと嬉しそうに笑顔(ニッコリ)してもいいんだぞッ!
せっかく偶像(ドル)達巻き込んだ犯罪卿(バンダイっ子)落としたんだからさァ〜〜」


ガムテは相変わらず、道化のように振る舞いながら。
黙り込むプロデューサーに対して騒ぎ立てる。
跳ね回るような動きの傍らで、ガムテは相手をじっと見つめていた。
その表情を。その素振りを。淡々と、観察する。

今プロデューサーは、何かの思いに至っている。
こちらに対して、何かを告げようとしている。
後ろめたさや、迷いのような感情に、後ろ髪を引かれながら。
それでも彼は、己の複雑な想いを纏めている。
そんな様子が、ガムテからも伺えた。


「……なあ、ガムテ君」


やがて、意を決したように。
プロデューサーが、口を開く。


「一つ、聞いてもいいかな」


――――ふいに訪れる。
――――奇妙なざわめき。


ああ、さっきもそうだ。
さっきから、妙だ。
ガムテは思う。
勘が、ざわついている。
何なんだろうな、この感じ。
ガムテは、ふと気付く。


「急にどうしちゃったんだよッ?畏まっちゃってさぁ――――」


戯けた言動を取りながら、ガムテは思う。
匂いがするのだ、と。
眼前のプロデューサーから。
彼が何かを、運んでくるのだと。
確証など、何一つ無いというのに。
それでも、ガムテの心は。
ざわめきを、続けていた。

そして。
そんな直感を裏付けるかのように。
プロデューサーは、ゆっくりと。
その口を開いた。


「君は、どうして―――」


プロデューサーがグラス・チルドレンに下った、あの一日目の夜。
ランサーと戦った怪僧―――アルターエゴから、事の経緯を聞かされた。
犯罪卿と、割れた子供達。
彼らが争うことになった切掛やあの時点での盤面について、情報を得た。


――――ああ、やっぱり。
――――オレの直感は正しいんだよ。
ガムテは心の奥底で、何かを自嘲する。


犯罪卿の最期の祈り。
ガムテが咲耶について語った言葉。
そして、あの“白瀬咲耶の遺書”。
男の脳裏で、それらが噛み合って。
一つの疑問として、ぶつけられる。



「咲耶がいた、“あの事務所”に行こうと思ったんだ?」




◆◇◆◇



ガムテは、沈黙する。
何も言わず。表情を動かさず。
―――胸中の胸騒ぎを、押し隠し。
暫し、何かを思うように顎に手を当てて。
それから、ゆっくりと口を開いた。


「―――別に」


何故、咲耶がいた事務所に赴いたのか。
その疑問に、きっぱりと告げるように。
何てこともないと伝えるように。
幼狂の王子、ガムテは言葉を紡ぐ。


「単なる勘だったし、酔狂(きまぐれ)ってヤツだよ。
 アイドルってお仲間殺した手でも“握手”とかしてくれんのかな〜〜〜って」


そう、ただの気まぐれだ。
彼は飄々とした態度で語る。
別に深い意味など無い。
白瀬咲耶を殺した“ついで”に過ぎない。


「まッ、そんだけ」


ただ気になっただけ。
試してみたかっただけ。
それだけのことだ。


「で、拒否られたらテキトーに嫌がらせでもして帰るつもりだった」


その言葉に、嘘偽りはない。
結局のところ、余興のようなものだった。


「殺す気はなかったよ。ただの挨拶(ヒマツブシ)のつもりだったし」


血に塗れた手あっても、彼女達は笑顔で握ってくれるのか。
それとも、恐怖に震えて激しく拒絶してくるのか。


「――――犯罪卿(バンダイっ子)がしゃしゃり出たから、ぜ〜〜〜んぶ台無しになったケド☆」


あの犯罪卿に妨げられて。
結局、答えは分からなかったが。
全ては過ぎたことだ。
そう、終わったことだ。


「……そうか」


そして。
ガムテの意図を聞いたプロデューサーは。
神妙な面持ちのまま、静まって。
ほんの僅かな間を置いた後。


「やっぱり、君は――――」


ガムテを、再び見据えて。


「アイドルを憎んでた訳じゃなかったんだな」


ただ一言、そう呟いた。
安堵―――というよりは、淡々と事実を確認するように。
その言葉に対しても、ガムテは戯けた顔を崩さず。


「幸福(シアワセ)な奴らは大嫌い。当たり前だろ?」
「けれど、本当なら彼女達を殺す気もなかった」
「クソッタレの犯罪卿(バンダイっ子)が妙な抵抗さえしなけりゃなァ」


淡々と、互いに言葉を交わし合い。
ガムテは、不敵な道化の顔とは裏腹に。
忌々しげに、蔑むように、犯罪卿へと毒づく。


「黄金時代(ノスタルジア)も言ってたぜ。
半端(ヌル)い情に動かされて、事務所を守るなんて余計なことしたから―――」
「……なあ、ガムテ君」


こうなったのは結局犯罪卿のせいだ。
そう吐き捨てるようなガムテの言葉を、訝しむように。
疑問を投げかけるように、プロデューサーは呼び掛ける。


「君は、俺よりもずっと賢い子だ。
 あの子達から慕われているし、間違いなく皆を纏め上げている。
 ……まだ子供なのに、本当に凄いと思う」


それは、確かな称賛だった
彼が犯してきた所業を肯定する訳でもなければ、彼が掲げる理屈を受け入れる訳でもなく。
ただ“他の子供達を纏め上げ、彼らの救いとなっている”―――その確かな事実を、プロデューサーは認める。

誰かを救う。誰かを受け止める。
それがいかに尊く、それがいかに困難なことなのか。
プロデューサーは、そのことを知っている。
故に、ガムテという年端も行かぬ少年がそれを成し得ていることは、称賛に値することだった。
自分はかつて、それを果たすことを捨ててしまった―――男の心中では、そんな後悔が伸し掛かる。


「だからこそ……君は、分かってるんじゃないか」


そんな思いを、ずっと背負い続けていたからこそ。
そして、目の前の少年は決して愚者ではないことを、悟っていたからこそ。
プロデューサーは、その問いを投げかける。



「“過ちを犯しているのは自分達だ”――と」



過ちを犯しているのは、俺自身もそうだと。
プロデューサーは、心の奥底で呟き。
そんな奇妙な共感ゆえに、彼は割れた少年の心へと踏み込む。


「―――――は?」


ガムテは、唖然としたように。
呆気に取られたように。
見開いた眼差しで、プロデューサーを視た。
まるで諭すかのような指摘を突きつけられ。
取り繕うことさえ忘れて、言葉を失う。

悪意を向けられることには、慣れている。
恐ろしいのは、“まだやり直せる”と手を差し伸べられること。
しかし、目の前の男は―――そのどちらでもない。
お前は、救えない人殺し。
お前は、救えわれるべき子供。
そんな二択の言葉じゃない。

間違いを犯してきたのは、ガムテであり。
そして、それをガムテ自身が解っている筈だと。
彼は、そう告げたのだ。

何が言いたい。
何を宣っている。
ガムテは、無意識のうちに拳を握り締める。

自分(オレ)達が、間違っている?
自分(オレ)達が、過ちを犯している?
知らない。そんなはずがない。
真っ当に生まれ育った連中に、何が分かる。
偶々幸福な人生を送れただけの偽善者(シアワセモノ)が、何をほざいている。

お前は、知らないだろう。
自分(オレ)達が、どんな境遇(セカイ)で生きてきたのかを。
甘ったれた日向の連中には、想像もつかないだろう。
自分(オレ)達が、どれだけ苦しんできたのかを!

ガムテは、“子供達”は、生者を憎んだ。
心を殺されることなく、平穏に育った連中。
そんな奴らが、妬ましくて仕方なかった。
だから、知ったような口を効かれて。
憤りを覚えない筈がなかった。


それでも。
思考に、ノイズが割り込む。


どうして、白瀬咲耶がいた事務所へ行こうと思ったのか。
眼の前の男が問いかけた、最初の疑問へと回帰する。
そして――――ガムテの胸中に、幾つもの問いが浮かび上がる。

何故、彼女達の優しさを試すような真似をしたのか。
何故、血の匂いに塗れた自分達が“受け入れられるか否か”の壇上に立とうとしたのか。
そもそもの発端は、ガムテが咲耶と同じアイドル達に何かを求めたことではないのか。
プロであるという自負があるのならば、“何の深い意図もなく事務所へと乗り込んだこと”自体が可笑しかったのではないか。


「彼女達は……ランサーを通じて、俺を説得しようとしていた」


呆然とするガムテと向き合い。
プロデューサーは、再び口を開く。


「その際に、咲耶が手紙に認めた“遺言”のことを聞かされたんだ」


“犯罪卿から手紙の内容を伝えられた”とは、流石に告げられない。
彼との実質的な内通があったこと、そして彼が託した“最後の願い”を、悟られる訳にはいかなかったから。
それでもなお、プロデューサーは。
“白瀬咲耶の遺言”の断片を、敢えてガムテに伝えることを選ぶ。


「『例え過ちを犯しても、世界が貴方を許さなくても、私はあなたを許します』―――」


“だからどうか、嘆かないでください”。
“貴方の心を、傷つけないでください”。
“昨日までの全てを、謝らないでください”。
“そして、貴方が無事に元の居場所に戻った後――――”。
淡々と、しっかりと噛み締めるように。
プロデューサーの口から簡潔に伝えられる遺言。

ガムテは、何も言わなかった。
少年の心に、脳裏に。
あの時の“白瀬咲耶”の記憶が、蘇った。
消えゆく命を振り絞り、“幼き殺人者”へと訴えかけていた。
こうなってしまった子供達の境遇を本気で悲しんで。
そして、子供達をそこまで追い詰めた理不尽な過去に本気で憤って。
それ故に、彼女は手を差し伸べてきた。
――――まだやり直せる。運命を嘆かないでほしい、と。


「……咲耶は、本当に優しかった。優しすぎたんだ。
だからこうして、この世界でも誰かを赦そうとしていた」


結果として、彼女は命を落とした。
幼き殺人者の心に、ひとつの楔を打ち込んで。

白瀬咲耶は、慈しい少女だった。
慈しすぎたから、手を差し伸べてしまった。
そしてグラス・チルドレンは、哀れな犠牲者であり―――残忍な加害者だった。
凄惨な生い立ちが真実であるように、殺戮を重ねてきた罪もまた真実である。
それだけが、確かなことだった。
だから、結末はそうなった。


「君は以前、“彼女は強かった”と言ってくれた。
だからこそ“最大の礼儀を以て殺した”とも」


そして、プロデューサーは一つの疑問に行き着いた。
ガムテは、白瀬咲耶を決して蔑まなかった。
剰え、殺し屋としての礼儀を以て葬った。
彼女に手を掛けた張本人であることを明かしたあの時、確かにそう告げていたのだ。


「君はどうして、態々あんなことを伝えたんだろう―――そう思ったんだ。
 ……咲耶の遺言を知って、君が事務所へと赴いた真意を聞いて、俺は気付いたんだ」


ずっと引っ掛かっていた。
ずっと気になっていた。
眼の前の少年、ガムテは。
どのように白瀬咲耶と対峙し、どのような結末を迎えていたのか。

そして、今。
咲耶が最後まで“誰かを赦そうとした”ことを知り。
ガムテが事務所へと赴いたことが、戦略や戦術とは何ら関わらないことを知り。
プロデューサーは、一つの結論へと至る。


「君は……咲耶にされたのと、同じように……」


それが、矛盾だと分かっていても。
独り善がりの押し付けだと理解していても。


「手を差し伸べてほしかったんじゃないか」


自分の過ちを、無意識に分かっているからこそ。
その罪を、誰かに見つめてほしかったのではないか。
そして、赦しを与えてほしかったのではないか。
プロデューサーは、そう投げ掛けた。

そんな言葉を前に、ガムテは。
表情を歪めて―――プロデューサーを睨んだ。
分かりきったように語る“大人”に、苛立つように。
そして、思わぬ指摘に酷く動揺するかのように。


「―――白瀬咲耶をブッ殺した張本人(クロ)が、そいつの身内に救けられたかった?
 おいおい、矛盾してんじゃねえかよッ―――」
「それでも、心当たりがあったんだ。
 ……俺は、そんな娘を知っていた」


“彼女”は、子供達とは決定的に違う。
彼らのように殺戮へと手を染めた訳ではなく。
ましてや、惨劇のような生い立ちを背負っている訳でもない。
その上で、プロデューサーは敢えて想起する。


「自分を肯定できなくて、想いを受け止められなくて……誰かを傷付けずにはいられない」


自分を否定し、他者の想いも否定し。
そうして矛盾に絡め取られ、自分の弱さを身勝手な攻撃に向けてしまう。
そんな一人の少女の姿を、プロデューサーは思い起こす。


「本当はそんなこと、したくない筈なのに。
 後ろめたさを抱え続けて、いつも苦しんでいる」


苦しい。痛い。怖い。辛い。
心の奥底では、そんな気持ちを叫んでいるのに。
何が一番悪いのかさえも、ちゃんと分かっているはずなのに。
それでも“彼女”は、自分を偽り―――“幸せになること”から逃げていく。


「俺はかつて、そんな娘を取り零してしまったんだ」


ああ、そうだ。
それが、始まりだった。
そんな彼女を支えられなかったことが。
そんな彼女の手を掴めなかったことが。
結局のところ、全てだったのだと。
プロデューサーは、懺悔するように思う。

幼狂の王子は―――沈黙した。
何も言わず。何も答えず。
ただ眼前のプロデューサーを、見据えていた。
その眼差しに、どんな感情が宿っていたのか。
静まり返った面持ちで、いかなる想いを抱いていたのか。
それを理解することは、プロデューサーには適わず。

しかし、確かなこともある。
狂気の仮面を被っていた“少年”の瞳孔は。
驚愕と動揺を押し殺すように。
ほんの微かに、震えていた。


「お前は、オレ達と“握手”できるのか?」
「……いいや」


そして、ようやく開かれたガムテの口から。
訝しむような問いかけが、ふいに飛び出してくる。


「俺は、君達を許すことは出来ない」


そう。“彼女”を想起したのは事実で。
そのうえで、彼らは決定的に違う。


「手を差し伸べることも、出来ない」


アイドル達を残忍な手段で殺した。
例えそれが、虚構の写身だったとしても。
彼らという子供達が、悲惨な過去を背負っていたとしても。
それでも、彼女達の命を愚弄したことに変わりはない。


「俺は、神様なんかじゃないから……咲耶だって、違うよ」


皆を裏切って、引き返せない道へと進んだ、自分(プロデューサー)のように―――彼らは罪を背負っている。
そして、“それでも”と言える咲耶と違って、自分は子供達に踏み込むことはできない。
その上で―――咲耶もまた、彼らにとっての都合のいい器ではない。


「だったら、お前の戯言なんかッ―――」
「――――それでも」


そうして彼は、線を引いた。
その上で、プロデューサーは告げる。


「君達を……“哀しい”とは思う」


彼の眼差しは。
少年の揺らぐ瞳を、真っ直ぐに捉えた。


「だから、敢えて言わせてほしい」


烏滸がましいかもしれない。
この言葉が通じたとすれば、先程まで考え抜いた方針も意味を失う。
きっと、今後立ち回る上での前提すら変わってしまう。
それでも彼の心は、少年と対峙することを選んだ。
これで止まってくれるなら―――それがいい、と。



「これ以上君に、誰かを殺してほしくない」



◆◇◆◇




『貴方が無事に元の居場所に戻った後、』

『幸せを掴めますように。』

『それだけが、私の願いです。』




◆◇◆◇



若くして心を殺された。
右も左も分からない、幼き日に。
オレ達は、何の救いもないまま。
ただただ蹂躙され、真っ当な人生を奪われた。

だからオレ達は、“復讐”をしている。
幸福に生きられた連中を妬んで、憎んで、蔑んで。
そんな連中を殺し続けて、割れてしまった心を繋ぎ止めてる。
そうせずには居られないから、血に塗れた地獄の道を突き進んでいる。

オレ達は、殺さなきゃ生きられない。
心を割られた子供達は、そうしなきゃ生きられない。
誰かに殺された心は、誰かを殺さなきゃ形を保てない。

そうだ。殺すしかない。
殺して、殺して、殺し続けるしかない。
“割れた子供達”は、そうなってしまった生き物なのだから。
不幸に蹂躙された幼き心は、かつて味わった絶望を超える暴虐と化すことでしか生きられない。
そうなるしかなかった。
そうなる以外に道がなかった。
それ以外の生き方を、奪われてしまった。



――――――違う。
そんな訳が、あるか。
不幸な子供達は、化物なんかじゃない。



だって。だって、他の生き方を奪ったのは。
“子供達”を殺し屋へと仕立て上げた、“極道”に他ならないのだから。
そして、“みんな”がやり直せる道を閉ざしたのは。
“割れた子供達”の首領として、“みんな”に殺人者として生きることを与えた、オレ自身なのだから。

殺さずにはいられないんじゃない。
なるべくしてなったんじゃない。
大人が、オレが、子供達の傷心に付け込んで。
みんなを―――“そんな生き物”に変えたんだ。

例えみんなが、オレを救世主と呼んでくれても。
例えみんなが、オレに救われたと言ってくれても。
その罪は、決して変わることはない。

どうして、こんなことになったのだろう。
グラス・チルドレンは、誰にも救えない亡霊達だ。
皆、地獄へ落ちることが決まっている。
その引き金が、殺しの手段を与えてしまったことならば。
どうして、オレは子供達を地獄へと導いてしまったのだろう。

結局は憎むべき“大人”共に利用されてただけに過ぎなかったのか。
それとも、先達である“大臣”たちの遺志を受け継いだからなのか。
オレを迎え入れてくれた小さな城に、報いたかったのか。

――――283プロダクション。
華やかな偶像(アイドル)の、小さなお城。
ふいに、記憶が脳裏をよぎる。

眩いステージに立つ彼女達の姿を、一度だけテレビで見たことがある。
みんなで、手を取り合って。
みんなで、笑顔を向けて。
みんなで、家族のように。
暖かく、寄り添い合っていた。
そんな姿に、酷く虫唾が走った。

幸福な連中を、憎んでいた。
平穏な人生を歩む奴らを、忌み嫌っていた。
真っ当な世界を、蔑んでいた。
オレは、“孤独”なのに。
あいつらには、仲間も居場所もある。


ああ、そうだ。
オレは、“居場所”が欲しかったんだ。
だから、グラス・チルドレンに救われた。
そして。真っ当な連中が、仲間の輪を広げていくように。
“居場所”を、もっと広げたかったんだ。


みんなが、オレに救われたように。
オレも、みんなに救われたかった。
同じ孤独を共有する―――“身内”が欲しかった。
あの輝村極道とも違う、ひとつの“家族”として。
だからみんなを、巻き込んだ。
だからみんなを、導いた。
それが過ちであることを、無意識に悟っていたとしても。

なあ、ガムテ。
なんで、白瀬咲耶を恐れた?
まだ引き返せると、言ってくれたから。
――――――みんなを引き返せなくしたのは、オレだ。

なんで、白瀬咲耶を恐れた?
オレ達は救われてもいいと、言ってくれたから。
――――――みんなを救われぬ殺し屋に変えたのは、オレだ。

なんで、白瀬咲耶を恐れた?
こんなオレを、赦そうとしたから。
―――――みんなを、地獄へ導いたオレを!


猟奇的な仮面が、剥がれ落ちていく。
その裏に隠された感情が、次々に溢れ出てくる。
イカレてしまうことで、“殺戮の王子様”になることで、そんな恐怖に無意識のうちに蓋をしていた。

そして、オレは。あの時。
あの事務所へと向かった。

ほんの気まぐれだった。
白瀬咲耶を殺したついでに、顔を出すだけだった。
幸福(シアワセ)なアイドル達が、人殺しを前にどんな顔をしてくれるのか。
自分達の身内を殺した張本人に、どんな反応を返してくれるのか。


――――もう、殺すのは。
――――私で、最後にしてくれ。


脳裏に焼き付く、あの言葉。
脳裏から離れない、あの姿。
犯罪卿よりも、ずっと恐ろしい。
そう思ってしまう程に、眩しくて。
眩しくて。眩しくて――――。

輝村照。
お前は、何を求めていた?
あの“輝き”に、何を見出していた?
その答えは、もう言い当てられてる。
あの“見窄らしい狛犬”が、見抜いてしまった。
だから、もう。言うまでもない。






遅すぎたんだ。
何もかも、駄目だった。


だけど、嫌だよ。
怖いんだよ。
なんで。
なんでだよ。
どうして。
こうなっちゃったんだよ。
何をしたって言うんだよ。
何が悪かったんだよ。
わかんないよ。何も。
痛くて、痛くて、仕方ないんだよ。

ずっと、ずっと。
嫌いだった。
こんな世界が。
大嫌いだ。
憎くて、妬ましくて。
許せなかった。
みんなが、オレを独りぼっちにした。
誰も、来てくれなかった。
哀しくて。苦しくて。
何もかも、わからない。

だから。
皆、死ね。
どいつもこいつも。
死ね、死ね、死ね、死ね。
死ね―――――死んでくれよ。
じゃないと、オレは。
オレは。






――――ガムテは、聖杯に何を望むの?



あの予選期間の最中。
舞踏鳥(プリマ)は、オレにそう問いかけた。

聖杯戦争。
古今東西の英霊を従えたマスター達による、命懸けの闘争。
優勝賞品は、万物の願望器―――絶対の奇跡。
最後まで勝ち続けて、ビッグ・マムさえ消した先。
手元に残るのは、絶対的な魔法のランプだ。

分かっている。
気付いている。
オレ達は、天国になんか行けない。
どんな奇跡があろうと、どんな力があろうと。
オレ達は所詮、地獄に落ちることが決まっている。
分かりきったことだ。オレはそうやって、皆を導いた。
クソッタレの人生から、皆を救い出して。
後戻りの出来ないクソッタレな生き方を、皆に与えた。

だと言うのに。
オレは、結局。
心の何処かで、望んでいた。
手を差し伸べられることを。
真っ当に生きられる日常を。
そんなものを、夢見ていた。
そんな自分を、認識してしまった。

ああ、でも。
オレは、地獄への道を作り上げた。
罪を背負ったオレに、救われる資格はない。
そして、輝村極道(パパ)を笑顔で認めさせるまで終われない。
この戦いが終わっても、人殺しであることを続けなきゃならない。

だけど、皆は違う。
皆は、救わなきゃいけない。
運命が何だとか。
天国になんか行けないとか。
そんなもの―――糞食らえだ。

輝村極道は、オレの“パパ”だ。
憎たらしくて忌まわしい、たった一人の肉親だ。
そして。
オレにとって、子供達は“家族”だ。
オレは、皆が好きだ。
孤独も、苦痛も、狂気も、全てを分かち合える。
でも。それも結局、オレが導いた結果だ。
居場所を求めて、居場所を拡げて。
皆を救う―――そんな口を叩きながら。
オレは、救われない子供達を家族にした。

最後に待ち受けるのは、地獄。
オレとみんなで、道連れの旅路。
ノーフューチャー。破滅へ一直線。
殺そう、殺そう。みんな殺そう。
幸福な奴ら、道連れにしよう。


――――それだけで、いいのか。
――――違うだろ、ガムテ。
――――オレは。オレ達は!


奇跡が、あるんだろ。
この世界では、願いが叶うんだろ。
だったら、追い掛けるんだよ。
だったら、掴み取るんだよ。
「手を差し伸べられたい」じゃない。
神様に虚しい祈りを捧げる必要なんか無い。
白瀬咲耶(アイドル)の手は、もう要らない。

オレは人殺しだとしても。
オレは皆を巻き込んだとしても。
だったら、他の皆は救われるべきだろ。
オレが皆の救世主になるって誓ったんだから。
オレは―――――そうするべきだろうが!


分かってんだろ、ガムテ。
何をしなくちゃいけないのか。
何を願わなきゃいけないのか。



◆◇◆◇

·


―――ハーハハハハハハハ!!!!

―――おれの願いか!?教えてやるよ!!

―――世界中のあらゆる人種が“家族”となり!!

―――差別も諍いもなく、平等にテーブルを囲むことの出来る……!!

―――そんな“国”を創る!!

―――それがおれの求める『理想郷(シャングリラ)』さ!!


·

◆◇◆◇



「オレは……」


オレは。
みんなの割れた心を繋ぎ止める、ガムテ。
オレは。
みんなを導く殺戮の救世主、ガムテ。


「オレは――――――」


だったら。
やるべきことくらい。
やらなくちゃいけないことくらい。
分かっているはずだ。
ガムテは、己に問いかける。

何のために殺してきた。
心を殺された過去への復讐のためだ。
どうして幸福(シアワセ)を憎んだ。
オレたちがそうなれなかったからだ。
だけど。それじゃあ―――いつまでも変わらない。


「――――――オレはッ!!」


そう。
殺戮の王子様、ガムテ。
彼の答えは、とっくに出ている。



「救われなかった子供達が!!有りの儘に生きられる“理想郷(いばしょ)”を創るッッ!!!」



―――オレは、ガムテだ。
―――心割られた子供達の味方だ。

だから。だからこそ。
“そうなってしまった”皆を、この手で救う。
“真っ当な道”から踏み外してしまった皆が、幸福に生きるための理想郷を作る。
それが、彼の導き出した答え。


「誰からも手を差し伸べて貰えない!!苦しみ続けることしか出来ない!!何かを傷付けずにはいられないッ!!
 幸福(シアワセ)の権利を取り零した、全ての子供達が報われて!!当たり前に生きられる“世界(らくえん)”をッ!!!」


あの海賊(ババア)の力(ねがい)なんか借りず。
自分達の手で、それを成し遂げる。

そうだ。
殺して、終わらせるんじゃない。
殺して、生み出すんだ。
子供達の未来を。
平穏に生きられる居場所を。


「――――それが、オレの祈る“願望(キセキ)”だッッ!!!」


救われることなく命を落とした子供達も。
今もなお救われず、足掻き続ける子供達も。
全て等しく、導いてみせる。
そう、オレたちは。

“オレたち”?
いや―――違う。
“あいつら”だ。

この願いが果たされれば。
子供達には“殺し”すら要らなくなる。
罪を引き受けるのは―――己(ガムテ)一人だけだ。
最後まで人殺しを行うのは、輝村極道との決着が付いていない自分だけなのだ。
輝村照は、全ての始まりと呼ぶべき運命にケジメを付けなければならない。

彼らに“殺しの才”を求めた悪は自分だ。
彼らに咎はない。何一つない。
地獄に落ちるのは、自分ひとりだ。

ガムテは彼らの“救世主”として君臨した。
なればこそ。
聖杯もまた、彼らを“救う”ために使う。
グラス・チルドレンとして多くの血を浴びた彼らを、幸福な居場所へと導く。
例えそれが、作られた“NPC(マガイモノ)”であっても――――ガムテの仲間だ。

それは即ち、子供達の所業への赦しであり。
同時に、子供達の罪に対する正当化でもある。
そこに、彼らの犠牲になった“無辜の人々”へと思慮など無い。
身勝手だと憎まれるだろう。
虫のいい話だと蔑まれるだろう。


――――それが、何だと言うんだ。
――――オレは、みんなを肯定する。
――――外道(ヒトゴロシ)として、アイツらを肯定する。
――――それだけが全てだ!
――――御託も正論も、何も要らない!


だから。
ガムテは、悪党(ヴィラン)として誓う。
子供達が救われる“天国”を創る。
子供達が赦される“楽園”を築く。
例えそこに―――自分が居なくとも。

そんなガムテの、決意を突きつけられて。
プロデューサーは呆気に取られたように、何も言わず。
ただ沈黙しながら――――何処か、瞳に複雑な悲しみを宿しながら。
それでも、目の前の少年の決意を見届けて。


「……ガムテ君、きみは――――」
「―――オレが、許せないんだろ?」


口を開いたプロデューサー。
その眼前に、ガムテの顔が迫る。


「憎めよ、思う存分。その全てを乗り越えてやるよ」


ニヤリと、笑ってみせた。
悪辣な表情で、プロデューサーを見据えた。
禍々しく狡猾な、殺しの王子として。
彼は、不敵に吐き捨てる。


「だから――――」


そして、今までのように。
戯けなような笑みを浮かべて。


「今後ともヨロシクなぁ、Pたんッ☆」


ふらふらと手を振りながら、踵を返した。
世田谷への襲撃、改めてご苦労サン。
暫くはゆっくり休んでな―――そんなことを言いながら、ガムテは部屋を去っていく。



◆◇◆◇



じゃあな、白瀬咲耶。
お前は、オレが―――“ブッ殺した”。



◆◇◆◇



『―――主(マスター)』


プロデューサーの脳内に響く、一つの声。
ランサーのサーヴァント、猗窩座
霊体化して激戦の疲労を癒やしていた彼だったが、念話によってふいに呼び掛けてきた。


『何故貴様は、あの幼狂に問い掛けた?』


その疑問を聞き。
プロデューサーは、自嘲するような笑みを浮かべる。


『……そうせずには、いられなかった』


聞かずには居られなかった。
この戦いの“始まり”を。
問わずには居られなかった。
幼き殺人者達が、いかにして白瀬咲耶と交錯したのかを。


『多分、そういうことだと思う』


そして、探らずには居られなかった。
彼らがどのような想いで、283プロダクションへと赴いたのかを。
その言葉を聞き届けて、ランサーは何も答えなかった。
こちらの心情を悟り、その意を汲むように。

グラス・チルドレンの拠点であるマンションの一室へ戻ったプロデューサーは、思う。
何故だったのだろう。
“プロデューサー”は、己に問いかける。
何故、そうせずには居られなかったのだろう。
“プロデューサー”は、考え続ける。
いや――――例え漠然とした理屈であっても。
根幹にある熱は、既に分かっていた。

それは、殆ど衝動に近い感情であり。
合理的という言葉には、程遠い行動であり。
それでも、そうしたかった。
そう言わざるを得ない、奇妙な想いだった。

犯罪卿も、咲耶も、己の願いを全力でぶつけたからこそ。
何かに踏み込んで、道を切り開こうとしたからこそ。
狛犬もまた、眼前の少年に対峙せねばならないと感じた。
胸の内から込み上げる、何かに駆られるように。

結局は残忍な敵であることを受け止めたとしても。
それでも一度は、彼ら(グラス・チルドレン)を“血の通った唯の子供達”と思ったからこそ。
その頭領であるガムテの“真意”を、確かめずにはいられなかった。
自分にそんな資格はない―――そう思っても尚、踏み込まずにはいられなかった。

そして、“幼狂の王子”がそうするに至った経緯を知ることは。
“犯罪卿がいかに生きて、いかに散っていったのか”を知ることにも繋がる。
それは、283を守り抜いた彼がどんな戦いを経てきたのかの証であり。
彼に最後の追い打ちを掛けた己自身への“戒め”として、胸に刻まれる。

言うなれば、最期にあの言葉を遺してくれた“ひとりの青年”に対する、感傷であり。
戦いを仕組んだ“幼き子供”へと挑む、一つの対決でもあった。

その結果――――ひとつ、確かなことは。
ガムテは、あの少年は、何かを乗り越えたということだ。
それが何を齎すのか、プロデューサーには分からない。

しかし、思うことはある。
あの犯罪卿やアイドル達を激しく敵視していた、少し前の彼とは違う。
彼の先程の決意に、卑屈な妬みも、淀んだ恨みも、感じられなかった。
ただ、それだけだ。


殺意の王子が“己の願い”を見出した。
それは、一人の少女を幸せにするという願いを持つ狛犬にとって。
“彼は敵である”という、その事実の証明に――――他ならなかった。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)/二日目・早朝】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。そして、救われなかった子供達の“理想郷”を。
1:峰津院の対策を講じる。そのためにライダー(カイドウ)のマスターと打ち合わせたい。
2:もうひとりの蜘蛛が潜む『敵連合』への対策もする。
3:283陣営は一旦後回し。犯罪卿は落とせたが、今後の動向に関しても油断はしない。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
5:世田谷で峰津院のサーヴァントを撃退したのは何者だ?
6:じゃあな、偶像(アイドル)。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
NPCの鏡世界内の侵入不可
鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
投射能力による姿の擬態の時間制限。

【プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:覚悟、魂への言葉による魂喪失、魔力消費(中)、???
[令呪]:残り一画
[装備]:なし
[道具]:リンボの護符×8枚、連絡用のガラケー(グラス・チルドレンからの支給)
[所持金]:そこそこ
[思考・状況]基本方針:“七草にちか”だけのプロデューサーとして動く。だが―――。
0:今は状況を把握し、立ち回りを精査する。そのために情報が必要となる。
1:今後グラス・チルドレンを裏切るための算段も練る。『ガムテに近い参謀でありながらグラス・チルドレンに必ずしも与しているとは限らない存在』である黄金時代(北条沙都子)と頃合いを見て接触する?
2:にちか(騎)と話すのは彼女達の安全が確保されてからだ。もしも“七草にちか”なら、聖杯を獲ってにちかの幸せを願う。
3:283陣営を攻撃する中でグラス・チルドレン陣営も同様に消耗させ、最終的に両者を排除する。
4:神戸あさひもまた今後は利用出来ると考える。いざとなれば、使う。
5:星野アイたちに関する情報は一旦保留。
[備考]

【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:全身にダメージ(大)、疲労(大)、頸の弱点克服の兆し
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:マスターを聖杯戦争に優勝させる。自分達の勝利は――――。
1:プロデューサーに従い、戦い続ける。



時系列順


投下順


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117:Surprise MOM Logic ガムテ 122:ねぇねぇねぇ。(前編)
118:タイムファクター(前編) プロデューサー
ランサー(猗窩座)

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最終更新:2022年07月27日 21:11