◆◇◆◇
迫り来る激流を。
莫大な魔力の塊を、察知して。
男は、その両眼を見開いた。
旧・世田谷区。
大規模な戦闘によって破壊し尽くされた焦土。
その中心に生まれていた、巨大な空洞のような大穴。
数百メートルもの地下の底に、大量の土砂と瓦礫が溢れかえっており。
それらに埋もれるように横たわっていた英霊―――
ベルゼバブは、再び思考を開始する。
下らぬ。実に下らぬ。
全く以て不愉快。気に入らぬ。
あのような羽虫共が、何故己が道を阻むのか。
小細工ばかりが能の連中が、何故己を追い詰めたのか。
ましてや――――あの忌々しい“煌翼”に、何故加減などされなければならないのか。
肩慣らしに過ぎなかったはずの世田谷戦線は、思わぬ形での敗北を迎えることとなった。
圧倒的な力によって蹂躙するだけの殲滅戦であった筈が、予想だにせぬ反撃を受けて地に伏せられた。
この絶対的なる覇王が、鋼の翼さえももがれたのだ。
不条理。不可解。まさしく不合理。
理解に苦しむような終幕である。
愚かなる羽虫共め、何故世の道理に逆らう。
最後に己が勝利するのは、当然の運命(さだめ)であろう。
だが、ベルゼバブは敗けた。
界聖杯に呼び寄せられた、この聖杯戦争に於いて。
予選時より数多の英霊を粉砕し、絶対的な力を誇っていた“最強の男”が。
初めての“敗北”を迎えたのだ。
されど、敢えて受け入れよう。
全ては己が勝利の糧となるのならば。
この怒りと屈辱もまた、必然の過程なのだろう。
地に叩き落されたのは、これが初めてではなかった。
“破壊と再生による進化”を司る存在―――天司長ルシフェル。
圧倒的な力と美を備える“原初の星晶獣”の前に、遥か過去のベルゼバブは敗北を喫した。
そして彼は星と空の世界より放逐され、地の底の果てである“赤き地平”へと堕ちた。
永久の煉獄にも等しい幽世にて、彼は無限に現れる魔人達との2000年に渡る闘争を繰り広げた。
その経験はベルゼバブという男の武練を徹底的に研ぎ澄まし、心技共に彼を更なる力の高みへと導いた。
生半可な者ならば容易く蹂躙され、あるいは狂気に陥るような魔境の地で。
彼はただ只管に、果てなき時を費やし。
強大な力を得るための修練を積み重ねたのだ。
故に、これしきの“敗北”もまた―――必要な“過程”である。
己を究極の力へと至らせる為の、謂わば試練に過ぎぬのだ。
嘆くことはない。最後に勝つのは、己に他ならないのだから。
絶対的かつ圧倒的な自負を抱く蠅の王は、地の底で不遜に嗤っていた。
全身の魔力を、集中させる。
見様見真似で体得した行程で、呼吸を行う。
彼は地に伏せて以降、ただ時間が過ぎるのを待ち続けていたのではない。
行動不能に陥った直後から、彼は“それ”を繰り返していた。
以前対峙したセイバー、“痣の剣士”が行使していた奇妙な呼吸。
鬼狩りの剣士が体得する基礎技術、“全集中の呼吸”。
その術を記憶から呼び起こし、僅かな情報を頼りに解体し、そして模倣してみせたのだ。
詳細な原理を解析した訳ではないため、不完全な体得でしかない。
鬼狩りの剣士のような“術理”の領域にはまだ至らず。
されど、“肉体の活性化”という基礎の技術は己のものとした。
魔力で構築された身体の代謝を促進し、自己治癒能力を高めていた。
それ自体は微小な効果に過ぎないものの―――様々な要素と組み合わせることで、十分な応急処置の術として昇華させていたのだ。
ベルゼバブは“蓄えた魔力”を、呼吸によって肉体に循環させていた。
元より霊脈や
峰津院大和からの供給によって十全の貯蓄はあったが、それだけではない。
星辰奏者(エスペラント)が、大気中に存在する星辰体(アストラル)と感応するように。
戦場跡の空間に漂っていた“魔力の残留物”―――つい先程までホーミーズとして活動していた“数多の魂”を手繰り寄せ、その全てを我がものとして取り込んでいた。
この地の底にて動けぬ合間。
彼は“魔力の感知”へと集中し、周囲一帯に残る魔力を探り当て。
そして深呼吸によって大気へと干渉し、大量の酸素を吸い込むのと同じように、時間を費やして魔力を“吸い寄せた”のだ。
先の戦闘におけるホーミーズ達は、覚醒した
NPCや予選敗退した参加者の魂を多数用いていた。
通常のNPCよりも数段以上の純度を持つ魂を“魂喰い”したベルゼバブは、呼吸による肉体の活性化によってそれらを高効率の燃料へと変換してみせた。
そうして得られた魔力を、己の肉体の治癒へと回した。
特に損傷した霊核への措置は早急に済ませた。
己が体内に宿る星晶獣のコア―――その“不滅の属性”を不完全ながらも魔力に付与させ、霊核の損傷箇所へと充てた。
無からの復活すら果たせる“本来の肉体”ならば、この程度の傷を癒やすことなど造作も無かったのだが。
サーヴァントとなった今では、その力に大きな制限が課せられている。
故に完全な回復には至らず、ましてや霊核が不滅の属性を得るということも有り得なかったが。
霊脈によって潤沢に蓄えられていた魔力。高純度の魂喰い。呼吸による肉体の活性化。そして不滅の属性を与えた魔力による措置。
それらを組み合わせることで、極めて優れた効率での応急処置を果たしたのだ。
そして霊核の修復に連動し、喪われた左腕の再生も少しずつ行った。
身体に刻まれた手傷の数々を塞ぎ切るには至らなかった。
あの“煌翼”や“痣の剣士”らによって刻まれた負傷は、決して浅いものではない。
己の力の象徴たる銀翼も、未だ片側が欠けたままである。
しかし―――じきに“動ける”。
あの重傷を受けてから、魔力と術を治癒へと専念させたことで。
驚嘆に値するほどの短時間で、活動に支障のない段階までの回復を果たした。
故に、蠅の王は嗤う。
自らの再誕に、高揚する。
ああ、そうだ。
これは“目覚め”である。
何故己は地に堕ちたのか?
何故己は辛酸を嘗めたのか?
何故己は敗北したのか?
答えは明白。這い上がり、勝つ為である。
これは、試練なのだ。
己が“真の力”を掴み取る為の、洗礼なのだ。
思えば、天司長ルシフェルに敗北した時もそうだ。
圧倒的な力と美を持つ奴には敵わず、赤き地平へと失墜し。
それでも果てなき死闘と鍛錬の果てに実力を積み重ね、やがて不滅の概念さえも覆す武器『ケイオスマター』の精製へと至った。
敗退を超越したベルゼバブは、そうして2000年の時を経て天司長への逆襲を成し遂げたのだ。
ベルゼバブにとって“敗北”とは“結末”ではない。
己の“最終的な勝利”というものは常に確定している。
ならば舐めさせられた苦汁もまた、糧として取り込めばいい。
そして己はこの屈辱を乗り越える。
再び脱皮し、更なる力を得るのだ。
そう、つまり―――試練を繰り返し、己は強くなる。
まさしく英傑の如く、己は困難を超越していく。
その果てに絶対的な力を得て、遍く世界に君臨するのだ。
闘気が漲る。
魔力が迸る。
“復活”の時が、迫る。
“覚醒”の時が、迫る。
喝采せよ、生まれ変わりし王の降臨を。
畏怖せよ、世界を支配する力の顕現に。
さあ、再び始めようではないか。
新たなる幕開けの時が来た。
殻を破る時が来た。
全ては、己だけの為に。
讃えよ。畏れ慄け。
そして―――祝うがいい。
◆◇◆◇
“鏡世界(ミロワールド)”に入り込む、魔力の反応を察知した。
サーヴァントとなったビッグ・マムは、自らが召喚する使い魔と魔力による繋がりを持つ。
故にミラミラの能力を操るブリュレの存在を介して、鏡世界への“出入り”をある程度感知することも可能だった。
その気配には覚えがあった。
あの男―――自らに魂を差し出した“
プロデューサー”。
彼が率いていたランサーの魔力を感じ取ることが出来た。
ああ、つまり奴らは。
マムが杉並へと出向くまでもなく、既に生きて帰っていたのだ。
プロデューサー主従の回収という目的は既に果たされた。
リンボの顔を立ててやることも兼ねて、ランサー達による叛意の有無は確かめねばならないが。
彼らが二角もの令呪を費やして戦果を上げ、そのうえで帰還を果たした以上、少なくとも現状においては殆ど杞憂と言ってもいい。
裏切るタイミングなど、あの戦線においていつでも存在していた。
言ってしまえば、海賊同盟の情報を手土産に283へと亡命すればいいだけの話なのだから。
そのリスクがあっても尚ガムテがプロデューサーを現地に送り込んだのは、ひとえに“奴は仕事を果たす”という信用があったからだ。
そして彼の仁義に一目を置いていたのは、ビッグ・マムも同じである。
そんな二人の期待に添うように、プロデューサーは283陣営を削るという目的を果たした。
直接的な実害を出している時点で、プロデューサーが283へと寝返る道は殆ど閉ざされている。
それはつまり、かつての身内と決別してでも戦い抜くだけの覚悟があったということに他ならない。
ランサーに関しても、不利な状況の中で自らのマスターを制圧してでも裏切る機会はいつでもあった筈だ。
しかし、奴はそうしなかった―――奴らは見事に戦い抜いた。
ビッグ・マムは、考えた。
詳しい話は、後で聞き出すとはいえ。
少なくとも今、奴らは筋を通している。
ケツを持ってやるだけの価値はある。
件の283陣営の残党も、既に戦場から去っている。
最早この場へと留まる理由は失われている。
それを知っていて尚、何故彼女は未だ杉並区に居るのか。
答えは――――マムが改めて対峙した、その視線の先にある。
巨大な風穴。
果てしない断崖。
龍の大口のような深い溝。
市街地の果て、住宅街のど真ん中。
そこに、異常な光景が広がっていた。
ビッグ・マムは、目を細めた。
283陣営と海賊陣営の衝突、その結果にしては余りにも被害が大きすぎる。
否、というよりも。
今もなお巨穴の奥底に“強大な魔力の気配”が眠っているというのは、如何なることなのか。
この魔力は、尋常なものではない。
生半可なサーヴァントとは、まるで格が違う。
悪辣なる怪僧。修羅の狛犬。饒舌な道化。
己の陣営にいる英霊が束になろうとも決して敵わぬであろう、圧倒的な“存在”の匂い。
これと対等の気配が、他にあるとすれば。
それこそ――――“あの馬鹿(
カイドウ)”くらいのものだ。
一体ここには、何がいる。
一体ここには、何が眠っている?
ビッグ・マムは、ただ無言で睨み続ける。
確かにそこに居る“脅威”の存在を、感じ続ける。
そして。
次の瞬間。
轟音と、風圧。
禍々しき気迫が、爆発的に吹き荒ぶ。
周囲の空気が、一瞬で激動し。
大穴の奥底から、“それ”は飛び出してきた。
閃光と錯覚する程の勢いと共に。
稲妻を想起させる程の瞬発力によって。
――――その男は、高々と跳躍した。
それは、片翼の悪魔だった。
それは、原初の肉体だった。
言うなれば、生まれたままの姿。
生物としての、本来のカタチ。
即ち、一糸まとわぬ裸身だった。
闇夜の月光の下、筋骨隆々の肉体を晒していた。
欠片ほどの恥じらいもなく、堂々と。
鍛え抜かれた腹筋や胸筋。強靭な四肢。
逞しくも美しい褐色の身体が、外界に剥き出しとなっている。
金色の長髪は風に靡きながら、彼の股座の秘部を覆い隠し。
ビッグ・マムの存在に呼応するかのように、その近くへと降り立つ。
マムは咄嗟に視線を動かし、そちらへと身体を向けた。
距離にして50メートル。
どちらかが躍動すれば、一瞬で詰められる。
屈強な肉体を持つ悪魔は、剥き出しの肉体を曝け出して海賊と対峙する。
その様は、神話より出でし女神ヴィーナスが如く。
その形は、偉大なる芸術家が作り上げた中世の彫刻の如く。
果てなき人類史の中で、数多の者が夢想して追い求めた“完全なるヒト”の姿が如く。
究極の“個”という存在を、その身を以て万人に突きつける。
それは余りにも強く。余りにも美しく。
そして、余りにも禍々しく。
矮小なる者共がそれを目撃すれば、否応無しにこう思うだろう。
“まさか終末の時が来たのか”。
“絶対なる超越者が、人類を裁くべく降臨したのか”―――と。
それほどまでに、圧倒的な出で立ちだった。
人間と同じ形を持ちながら、その存在は遥か高みに座している。
地を這う有象無象とは、余りにも隔絶している。
神か。あるいは、そう。悪魔か。
マムが、男を刮目する。
呆気に取られたように、目を丸くして。
やがて、睨み付けるように――ゆっくりと瞼を細め。
眼前に降り立った怪人を、ただ無言で見据える。
「何モンだ、てめェ」
ビッグ・マムが、口を開いた。
放たれる“覇気”を前に、思わず問いかける。
対する男は、ただ不敵な笑みを返し。
「――――愚問なり。余は“王”である」
余りにも堂々と。
余りにも不遜に。
そう言い放ってみせたのだ。
迷いなきその一言に、海賊は思わず眉間に皺を寄せる。
「へぇ……“王”を名乗るのかい?」
「頂点に立つのはただ一人。余を差し置いて他に誰が居る」
「―――寝言吐いてんじゃねェよ、裸の王様だろうが」
睨みを効かせて、マムは殺気を放つ。
四皇と呼ばれた自身に対して、臆面もなく王を名乗る。
その傲岸な振る舞いに、不快感を覚えぬはずがない。
ビッグ・マムは、苛立ちを覚えるように敵を見下ろすが。
その眼差しに宿る意思に、油断はなかった。
マムの前に立つ“蠅の王”は、決して万全ではない。
全身に残された火傷の痕跡。
顔面さえも灼かれた疵面(スカーフェイス)。
胸部や胴体に刻まれた深い裂傷。
そして、片側が欠落した銀色の隻翼。
謂わば、満身創痍の状態から蘇ったばかり。
その事実は、風貌からも見て取れる。
―――だと言うのに。
何故だ。何故なのだ。
その姿は、覇者としての威厳すら放っているのだ。
深い手傷を負っても尚、強者として其処に君臨している。
寧ろ身震いするような気迫を、歪な疵の数々が一層際立たせている。
まるで神話に語り継がれし英傑のように。
裸身の悪魔は、威風堂々と降臨する。
迸る魔力。纏う闘気。獅子の如き眼差し。
幾ら傷を刻まれようとも、強者としての風格は決して揺るがぬ。
それはまさしく、リ・バース・オブ・ニューキング。
翼をもがれた獣が迎えた、新たなる脱皮。
悪を殲滅する“眩き煌翼”によって焼き尽くされ、地へと叩き伏せられ。
それでもなお天へと翔ぶことを渇望した覇王の、圧倒的なる再臨。
敗北を味わった男の、新たなる誕生の瞬間。
この地平に顕現し、猛く迸る極小の恒星―――隻翼の“超新星(メタルノヴァ)”。
いずれ魔力によって衣服は再構築されるとはいえ。
彼が迸る魔力で装束を吹き飛ばし、裸身という姿で復活を遂げたのも、ある意味で必然だったのだろう。
何故ならばこれは、新たな“始まり”に他ならないのだから。
殻を破りし幼き赤子が、無垢なる姿でこの世へと生まれ落ちるように。
殻を破りし蠅の王もまた、無垢なる姿でこの地にて再誕したのだ。
ビッグ・マムは、拳を握り締める。
全身に気迫を纏いながら、ただ無言で構える。
この聖杯戦争に身を投じて以来、良くも悪くも。
マムの予想を越えてくるような輩は、幾人も存在していた。
だが、それでも尚。
眼の前に立ちはだかる男は、そのいずれとも違っていた。
謂わば眼前の敵は、より純然たる“力の化身”であり。
高みに君臨するマムでさえも、迷わずに身構えることを選ぶ程の存在だった。
「さて――――」
“新たに構築した部位”の具合を確かめるように、蠅の王は“左腕”を動かす。
突き出した腕の先。拳を握り締め、手のひらを開く。
その動作を交互に繰り返して、その万全を確認している―――。
「寝言か否か……その目で直に確かめると良い」
余裕の笑みを見せたまま。
ベルゼバブは、口を開き。
そして。
「―――ちょうど“小手調べ”の相手を求めていた所だ」
その言葉が、意味するもの。
即ち、身体慣らし。
祝福すべき復活からの“準備運動”。
瞬間。蠅の王が、動き出した。
暴風。暴威。暴虐。進撃。
超高速の嵐が、その場に吹き荒れる。
対峙するは、四皇――――!
◆
――――激突。
――――ただの一撃。
巨躯の女皇と、隻翼の覇王。
その拳と拳が、真正面からぶつかり合う。
圧倒的な体躯の差など、関係無い。
質量と質量が、全力で衝突する。
夥しいほどの魔力と魔力が。
両者の拳に宿る闘気が、大気を震わせる。
まるで激流同士がせめぎ合うように。
この土地に、災厄じみた暴威を巻き起こす。
波紋。
衝撃。
轟音。
激震。
破砕。
崩壊。
ほんの一度。
それだけの衝突が。
それだけの交錯が。
それだけの余波が。
彼らを取り巻く脆弱な世界に。
圧倒的な“破壊”を齎す。
コンクリートで覆われた地面一帯に、凄まじい勢いで亀裂が刻まれていく。
吹き荒れる風圧と重圧が、街路樹を次々に消し炭へと変えていく。
波紋のように広がる衝撃が、周囲の住宅を瞬く間に崩壊させてゆく。
拳と拳を打ち合わせたまま、両者ともに一歩も退かず。
強大なる“力”同士の鍔迫り合いが、破滅の咆哮を轟かせる。
それはまさに、大破壊だった。
それはまさに、死の顕現だった。
されど、彼らの実力を知る者達ならば。
恐らくは口々に、こう言うだろう。
“まだこの程度で済んでいる”―――と。
そうだ。これは所詮、小手調べに過ぎない。
戦闘が始まってから、ものの5分程度。
彼らが全力の衝突を繰り広げていれば。
彼らが本気の強さを惜しみなく引き出していれば。
こんな街など、今すぐにでも焦土へと変わる。
この二騎の怪物が、何の遠慮もなく全開の力を行使していれば。
衝撃の余波によって、雲が裂け、天は荒れ狂い。
この一区画は、紛れもなく灰燼に帰していただろう。
故にこれは、ウォーミングアップでしかない。
実力は、拮抗。
五分と五分。
互いに一歩も退かず。
――――いや、違う。
やがて衝撃波によって、二人の拳が磁力のように弾かれ合う。
互いに反発し、たたらを踏み。
「はぁぁァァ―――――ッ!!!」
間髪入れず、ビッグ・マムの両腕が黒色に染まる。
武装色の覇気――――“硬化”。
鋼のような強度を得たマムの右拳が、ベルゼバブへと突きを放つ。
刹那。一瞬。
再び、波紋が世界を揺るがす。
ベルゼバブもまた右拳を突き出し、迫り来るマムの右拳へと打ち付けた。
衝突する拳撃。交錯する熱量。
まるで先程の再演のように、ぶつかり合い。
されど、その拮抗状態をマムが崩す。
同じく硬化した左腕を、振りかぶった。
対するベルゼバブもまた、左拳を構え。
そして――――右拳と入れ替わるように、激突。
砲撃と錯覚するような破音が轟く。
水面に広がる波紋のように、地面が衝撃で砕け散っていく。
互いの次なる行動は、疾かった。
右拳が放たれ、再び衝突。
圧倒的な質量によって弾かれ合い。
矢継ぎ早に左拳で、更なる激突。
肉体が躍動する。剛腕が力を振り絞る。
右拳。左拳。右拳。左拳。右拳。左拳―――。
疾風怒濤。獅子奮迅。
突きの応酬が、瞬く間に繰り広げられる。
吹き荒ぶ嵐のようなラッシュが、壮絶なる乱撃を繰り広げる。
二人の打撃が打ち据えられる度に、波動が戦場を揺るがす。
共に一歩も退かない。
その両腕の筋肉と魔力が、研ぎ澄まされていく。
討ち滅ぼせ。眼の前の敵を。
疾く、疾く、疾く、もっと疾く―――!
巨星の衝突による小宇宙が、地上に顕現する。
幾度目かも分からない。
そんな拳撃の果てに。
二人は、弾かれ合い。
勢い良く後方へと下がり、互いに距離を取った。
ビッグ・マムは、その目を細め。
数十メートル離れた地点に立つ、裸身の敵を見据えた。
その直後。
両手に、“熱”の感覚を覚えた。
迸るような熱さが、腕の先から感じられた。
思わずマムは、両眼を見開き。
確かなる驚愕を、覚える。
拳に走る“痛み”が意味するもの。
それを即座に理解したからこそ。
彼女は、視線を落とした。
武装色によって硬化した拳。
黒色に染まった、鋼の拳。
そこから、血が滴り落ちていた。
漆黒の装甲に、亀裂が入っており。
それらの隙間から、紅い液体が流れていた。
返り血。否、断じて違う。
間違いなく、これは。
拳のラッシュに耐えきれなかった、ビッグ・マム自身の出血だった。
「ほう、少しは出来るらしいな――――」
敵は、どうだ。
眼前の悪魔は、不敵に嗤っていた。
相手の両拳は、硝煙のような気を放っていた。
壮絶な激突による摩擦の衝撃から生じたものか。
そして、ベルゼバブの拳に。
一切の傷は付いていなかった。
出血は愚か、断傷や裂傷の痕跡すら生まれていない。
紛れもない、全くの無傷。
その拳を覆う“混沌の魔力”には、ヒビの一つも入っていない。
ビッグ・マムは、突き付けられる。
眼前の事実に、気付かされる。
かつて四皇と呼ばれ、畏れられた己が。
この聖杯戦争においても、強者として君臨する己が。
覇気を使った、真正面からの衝突で。
力と力で“打ち負けたのだ”。
ベルゼバブは、確実に力を増していた。
“百獣の王たる海賊”。“鬼滅の剣士”。
そして、彼に“敗北”という屈辱を与えた“眩き煌翼”。
本戦へと突入して以来、彼は同じ高みに座する強者との死闘を繰り広げてきた。
力を渇望する星の民たるベルゼバブは、ただ己の力に驕るだけの愚者ではない。
貪欲なまでに強さを求め、果てなき研鑽と探究を積み重ねてきた“求道者”である。
故に彼は、限界という壁を受け入れない。
サーヴァントとなった今、重い制約を課せられようとも。
それでも彼は、己こそが頂点であるための修練を惜しまない。
覇者として君臨する―――その為ならば、何処までも力を渇望し続ける。
その強靭な意思によって“全集中の呼吸”や“星辰体制御”を擬似的に再現し、拳に収束した魔力によって“武装色の覇気”への対抗をも果たした。
もっと強く。もっと高みへ。もっと先へ。
――――更に究極へ(プルス・ウルティマ)。
限界を超越し、あの煌翼を完膚なきまでに殺す。
そして、己こそが真なる最強であることを知らしめるのだ。
対するマムは、否応なしに思い知らされる。
ただ、気付かされてしまう。
この男との戦い。この怪物との死闘。
本気の全力を振り絞らなければ。
――――死ぬのは、こっちの方だ。
(―――おい)
そう悟ってしまったからこそ。
(おれは今、何を考えた?)
ビッグ・マムは、唖然とする。
(本気を出さなきゃ、おれが死ぬ?)
確かに、そう思ったのだ。
このビッグ・マムが。
四皇と恐れられた、大海賊が。
幼き日から暴君の如く語られた、怪物が。
(“死ぬかもしれねえ”って―――おれが“覚悟させられた”のか?)
“死の覚悟”を、強いられたのだ。
まるで、己が格下であるかのように。
強者として、四皇として、君臨し続ける。
ひとつなぎの大秘宝を得て、海賊王になる。
マザーが夢見た“理想の国”を創り上げる。
それこそが、ビッグ・マムという海賊の自負にして願いであり。
しかし。その強靭な意志が、ほんの一瞬とはいえ。
確かに――――“臆した”のだ。
(おれは、“ビッグ・マム”だろうが―――)
瞬間。
彼女の脳裏に、記憶が蘇る。
聖杯戦争。奇跡の願望機を巡る闘争。
その過程で出会ってきた者達を、思い起こす。
魂を喰らう貪欲な牙を前にしても尚、決して己の矜持を明け渡さぬ“犯罪卿”がいた。
泥の中で無様に足掻きながら、それでも祈りの為に自らの命を賭けた“哀れな狛犬”がいた。
悪しき新星を頂点に据えるべく、蜘蛛の糸を張り巡らせた“犯罪王”がいた。
まるで霞のように佇み、超人的な剣技で同胞に肉薄してきた“鬼狩りの侍”がいた。
生意気極まりない輩。
一目置くに値する者。
ビッグ・マムの想定を越える者達は。
この世界に、確かに存在していた。
ああ――――間違いなく。
内に眠る力を解き放ち、圧倒的な実力を見せつけた“チェンソーの悪魔”がいた。
極限の死闘の中で、自らの悪の器を開花させた“若き魔王”がいた。
その中には。
ビッグ・マムさえも驚愕させた“敵”がいた。
ビッグ・マムさえも戦慄させた“超新星”がいた。
皇帝のように君臨する大海賊と相対し、奴らは殺意を剥き出しにして挑んできた。
そして、予選の最中には。
あのライダー、“幼き航海者”がいた。
マスター共々、取るに足らない存在だった。
力量で言えば、遥か格下の若造共だった。
―――しかし。
それでも、こう断言できる。
奴らは英霊ビッグ・マムを限界まで追い詰めた、唯一の敵だった。
数々の敵と遭遇してきた。
多くの英霊達と相対してきた。
貧弱な三下も、称賛に値すべき者も。
そのいずれも、ビッグ・マムにとっては。
“格の劣る敵”でしかなかった。
己こそが、高みに君臨する強者であり。
敵は、王座へと挑む挑戦者に過ぎない。
肩を並べる存在が居るとすれば―――それこそ“百獣のカイドウ”くらいのものだと。
しかし――――誤っていた。
そう、違う。違うのだ。
ビッグ・マムの予想が、何故上回られてきたのか。
四皇である己に、何故こうも喰らい付ける者達が居るのか。
その答えは、ひどく単純だった。
死柄木弔。
あの若造。あの悪しき首領。
あの男が宿していた、眼差し。
野心と活力によって漲り。
巨大な壁を前に、不敵に笑い。
自らの望みの為に、貪欲なまでに足掻き続ける。
死柄木弔は、物語っていた。
己が何者であるかを、その眼光で示していた。
かつて“超新星の若造”共が、同じものを持っていた。
そして、今。
「……ママ、ママママ――――」
ビッグ・マムは、それを悟る。
一つの答えへと辿り着き。
その大口から、笑みが溢れる。
「ハーハハハハハハハハハ!!!!」
そして――――海賊は、高らかに哄笑した。
そうだ、この地においては。
この聖杯戦争においては。
四皇として新世界に君臨した、己でさえも。
絶対的な存在などでは無かったのだ。
ビッグ・マムは、海賊だ。
この世で最も自由な悪党であり。
嵐の中で帆を張って、荒波へと乗り出す“夢追い人(ドリーマー)”だ。
そして。
あの生意気な小僧たちと同じように。
頂きへと臨む、猛々しいルーキー達と同じように。
次世代の悪である、死柄木弔と同じように。
限界へと挑み、立ち向かい続ける―――“挑戦者(チャレンジャー)”なのだ。
「――――礼を言うぜ、“王様”よ……!!」
故に、彼女は。
そんな一言を、思わず零す。
驚嘆と、感心。
そして己への戒めを込めて。
自らにその事実を突きつけてくれた敵に、敬意を払う。
「ほざけ。貴様に礼を言われる筋合いなど無い」
そんなマムの称賛を、ベルゼバブは鼻で笑う。
傲岸不遜。唯我独尊。
それらの言葉を絵に描いたような蠅の王は、他者を顧みたりなどしない。
礼節も敬意も、無価値。
全ては己の存在にのみ意味がある。
ベルゼバブの不遜な態度に、ビッグ・マムは最早ニヤリとした笑みで返すのみ。
そして、その鋭い眼光を向けたまま口を開く。
「てめえだな、“アイツ”と派手に新宿をブッ壊したサーヴァントってえのは」
薄々感じていた事柄を、突き付けた。
あの“カイドウ”と渡り合い、新宿を破壊し尽くし。
それでも尚決着は付かず、痛み分けで終わったというランサーのサーヴァント。
間違いない。眼前の猛者こそが張本人であると、マムは理解した。
彼女の言葉に、ベルゼバブは無言の肯定をする。
「お前のその傷―――」
そして、更に。
重度の火傷。胴体に刻まれた裂傷。失われた片翼。
ベルゼバブの肉体に刻まれた傷を見て。
マムは、切り込んでいく。
「“ガキども”にやられたんだろ?」
ビッグ・マムは、既に察していた。
あの脱出派の連中、蜘蛛が背後に潜む“283陣営”。
彼らが隠れているとされる世田谷区が、あのような焦土と化していて。
そして、その中心より“病み上がり”のサーヴァントが復活を遂げてきた。
またリンボの報告によれば、283のサーヴァント共は既に瀕死の状態だったと言う。
マムは直感していた。
覚えがあった―――己も経験したことが、脳裏を過ぎっていた。
豊島区のデトネラット強襲。
取るに足らない連中の殲滅作戦。
ただのゴミ処理に等しいと思っていた戦い。
それが、予想だにせぬ反撃によって覆された。
あの死柄木弔の眼差しが、ビッグ・マムへと対抗してみせたのだ。
ああ、きっとそうだ。
この男もまた、そんな目に遭ったのだと。
そして283には、それだけのタマが隠されていたのだと。
「こんな場末の戦場で鎬を削っちゃあ、お互い勿体ねえ……」
故にマムは、持ち掛ける。
偶然の邂逅。偶然の衝突。
全てが出払った後に、行き当たりで死闘を繰り広げる。
それでは余りにも勿体無い。
ましてや、そんな形で互いに削り合うなど。
「まずは各々ケリを付けようぜ―――“因縁”ってヤツに!
おれたちが決着を付けんのは、それからだ!」
だからこそ、ビッグ・マムはそう告げる。
己が高みへと登るための壁を、まず乗り越えなくてはならない。
ベルゼバブの眉間に、微かな皺が寄る。
「だが、ま……この聖杯戦争ってのは幾らでも盤面が変わっちまう。
もしこっから先、テメエと相応しい戦場で出会うことになったら―――」
マムは続けて、口を開く。
この聖杯戦争では、予想だにしないことが繰り返される。
因縁に決着が付けられないまま、再び相見えることもあるかもしれない。
だが、それもいい。構わない。
それに相応しい舞台が、用意されるというのならば。
「そんときゃあ、今度こそ殺し合おうぜ……!!」
それも――――悪くはない。
故にビッグ・マムは、不敵に嗤い。
眼前の敵へと、そう告げたのだ。
敵を前に“退く”など、ベルゼバブにとっては苛立たしいことだ。
あの痣の剣士と戦った際にも、不服な撤退を余儀なくされた。
だが―――図星だったのだろう。
所詮これは小手調べに過ぎず。
こんな場で互いに消耗し合うのは、確かに不本意なのだ。
何故ならば、彼は傷を癒やしたばかりであり。
真に恨むべき相手が、打倒すべき敵が、他にいるのだから。
ウォーミングアップはもう十分だ。
此処から先は、先の盤面へと目を向けねばならない。
そして、今のベルゼバブは。
再誕の高揚感によって、迸っていたのだ。
有り体に言えば、気分が良かった。
だからこそ、戯言を敢えて受け入れる気にもなれたのだろう。
「――――ああ。次に相見える時、貴様を殺す」
その一言と共に、ベルゼバブは姿を消す。
闇夜の風へと溶け込むように霊体化し、その場から去っていく。
◆
聖杯戦争、二日目の未明。
世田谷と杉並にて勃発した、壮絶なる戦線。
数多の破壊があった。数多の死闘があった。
慈しい祈りを胸に、立ち向かう者。
孤独に罪を背負い、償い続ける者。
ただ只管に、力を求める者。
享楽に嗤い、混乱を巻き起こす者。
願いと意志が、交錯し続けた。
その果てに、散っていった者達がいた。
宿命も、因縁も、全てが絡み合い。
そして、崩落(カタストロフ)は終幕を迎えた。
じきに早朝が来る。
焦土と化した街に、女皇が佇む。
その眼差しには、魂が宿り。
その口元には、笑みが籠もる。
何かを得たような、充足を胸に。
彼女もまた、終焉を迎えた舞台を後にしていく。
【杉並区・住宅街(世田谷付近)/二日目・早朝】
【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:高揚、疲労(小)、右手小指切断、両拳の裂傷と出血(小)
[装備]:ゼウス、プロメテウス@ONE PIECE
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
0:挑んでやるさ―――どこまでも!
1:ミラミラを使って帰還し、プロデューサーからの報告を聞く。
2:
北条沙都子! ムカつくガキだねェ〜!
3:敵連合は必ず潰す。蜘蛛達との全面戦争。
4:ガキ共はビッグマムに挑んだ事を必ず後悔させる。
5:北条沙都子、プロデューサーは傘下として扱う。逃げようとすれば容赦はしない。
6:ナポレオンの代わりを探さないとだねェ…面倒臭ェな!
[備考]
※ナポレオン@ONE PIECEは破壊されました。
【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:極めて不機嫌+再誕の高揚感、一糸まとわぬ姿、全身に極度の火傷痕、左翼欠損、胸部に重度の裂傷、霊核損傷(魔力で応急処置済)、胴体に袈裟の刀傷(再生には時間がかかります)
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング(半壊)
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
0:祝うがいい。王の再誕だ。
1:それはそうと283は絶対殺す
2:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。
3:狡知を弄する者は殺す。
4:青龍(カイドウ)は確実に殺す、次出会えば絶対に殺す。セイバー(
継国縁壱)やライダー(ビッグ・マム)との決着も必ずつける。
5:鬼ヶ島内部で見た葉桜のキャリアを見て、何をしようとしているのか概ね予測出来ております
6:あのアーチャー(
シュヴィ・ドーラ)……『月』の関係者か?
7:ポラリス……か。面白い
8:龍脈……利用してやろう
9:煌翼……いずれ我が掌中に収めてくれよう
【備考】
※大和のプライベート用タブレットを含めた複数の端末で情報収集を行っています。今は大和邸に置いてあります。
※大和から送られた、霊地の魔力全てを譲渡された為か、戦闘による魔力消費が帳消しになり、戦闘で失った以上の魔力をチャージしています。
※ライダー(
アシュレイ・ホライゾン)の中にある存在(ヘリオス)を明確に認識しました。
※星晶獣としての“不滅”の属性を込めた魔力によって、霊核の損傷をある程度修復しました。
現状では応急処置に過ぎないため、完全な治癒には一定の時間が掛かるようです。
※一糸まとわぬ裸体ですが、じきに魔力を再構築して衣服を着込むと思われます。
※失われた片翼がどの程度の時間で再生するか、またはそもそも再生するのか否かは後のリレーにお任せします。
※杉並区の住宅街の一部が戦闘の余波で破壊されました。
時系列順
投下順
最終更新:2023年03月19日 20:46