『帝都高爆葬・暴走師団聖華天』。
真名解放後の新宿は、一瞬にして地獄と化した。
死と騒音が底なしに響き続ける此処は、まさしく地獄の一丁目。
「ははははッ! 久しぶりだなァオメーら!
久方ぶりの暴走(マツリ)だ、日和んねえで楽しく行こうや!!」
巻き上がる歓声は、彼が、
殺島飛露鬼が不朽の偶像(アイドル)であることの何よりの証明だった。
殺到する聖華天。黄金球の蹴ったホーミーズ化鋼鉄球が、先陣の三人を纏めて文字通り粉砕したが――
止まらない。終わらない。果てしない。キリがない。
続く後続の単車の群れが、遂に鋼鉄球を押し返した。
更にその勢いのまま、立ちはだかる障害物(タフガイ)を轢殺せんとして。
「――黄金球!」
「ッ……陳ッ謝(ワッリ)舞踏鳥! 助かったぜ!!」
そこで舞踏鳥が極道技巧を展開し、どうにか殺到を押し留めた。
黄金球の窮地を助ける傍らに、手もとい足の届く範囲の暴走族(ゾク)を蹴殺する。
黄金球も先の返礼とばかりに動きを止めた連中の首を文字通り"刈り取る"。
元は烏合の衆とはいえ、サーヴァントの宝具と化した聖華天(かれら)を相手にこれだけの獅子奮迅を見せられる辺りは流石だったが。
しかし逆に言えばそれは、主力格に数えられるメンバーでなければ芥子粒のように轢き潰される運命しかないことを意味してもいた。
「なッ……んだよこれェェ!! 理不尽(クソゲー)過ぎんだろォが!?」
「ぐッ……偉大(グレート)! お、お前……もう死んでね?」
「いやお前もだろ色男(カサノバ)! い、嫌だ……オレ、オレ、まだ何も偉大なこと出来てな――」
偉大(グレート)、色男(カサノバ)。
美容師(ビュティシャン)、兵士(ソルジャー)。
探偵(ディティック)、守護者(スター)。
割戦隊(ワレンジャー)、幻想作家(アニメーター)。
花嫁(ファムファタル)、太陽(ファミリー)。
暴走師団聖華天の突撃走行と相対し、いずれも轢殺。
肉体の原型が残っていた者は幸運だ。死んでいく子供達の殆どは、もはや"人のパーツが付いている肉片"と化していたから。
――その様を、黄金球は静観できない。
討ち死にする覚悟を決め、それでも一人でも多くの聖華天を殺すのだと足を踏み出そうとして。
しかしその肩を、背後の舞踏鳥に掴まれて止められた。
「無謀よ。あの数は、気合と根性じゃどうにもならないわ」
「ならどうすんだ。"鏡"は奴らの突撃(ブッコミ)と、あのヤクザ野郎の銃撃でほとんど壊されちまった。
撤退なんて虚無(シャバ)い手段選ぼうにも、試してる間に大勢死ぬぞ!?」
「……そうね」
状況は、ほぼほぼ詰みに等しかった。
聖華天の完全展開という一手が、割れた子供達の"数"という強みを完全に塗り潰したから。
逃走経路は現在進行形で破壊され尽くし、念の為にと各自に一枚持たせてあった手鏡もあの魔弾じみた跳弾によってほぼほぼ全滅状態だ。
割れた子供達を殲滅する。鏡の世界に逃げることすら許さず、一人でも多く殺す。
そんな強い意思の元に作り上げられたのが――この地獄である。
「勘違いしないで、黄金球。私だって――貴方と同じくらいには怒り狂ってるのよ」
「そんなこと分かって――、……いや」
舞踏鳥も、黄金球も。
大人のせいで歪まざるを得ず、こうなる以外に生きようのなかった割れた子供達という群体を尊く思っている。
仲間を無慈悲に轢き潰されて削られて、それで泣き寝入りかまして善しと出来るような利口な人間ではない。
胸にあるのは怒りと殺意。だが、それを外に向けたところであの数の聖華天を全滅させるのはどう考えても現実的ではなかった。
あの"海賊(ババア)"がこっちに飛んできてくれるのなら、その劣勢も恐らく覆るだろうが。
それはまず間違いなく有り得ないと、舞踏鳥も……そして黄金球も理解していた。
ビッグ・マムは、宝を手に入れるためにスカイツリーへと向かったのだ。
その宝から手を引いて、自分の部下を助けるために踵を返す海賊が何処に居るだろう。
いや、居るかもしれない。
仲間を財宝より大きなものと考える海賊も、居るのかもしれない。
だがビッグ・マムはそうではない。あの女は、要石であるガムテならばともかく――それ以外の雑兵の生き死にに興味など示さない。
ガムテが令呪を切った場合のみ、その前提は崩壊することになるだろうが……。
そこまで考えたところで舞踏鳥は、彼方を見つめた。
地平線と化しつつある都市の彼方からやって来る聖華天を、ではない。
こうしている今も、最前線で絶望的な戦いに臨んでいる王(ガムテ)のことを――見た。
「……舞踏鳥、まさかお前――」
「現実的に考えて、他にこの状況を最大の形で損切りする方法はないと思うの」
ガムテに令呪は切らせられない。
三画のストックがあるならば、一画くらいは問題にならない。それは確かにそうだろう。
だが、駄目なのだ。霊地争奪戦からビッグ・マムが離脱する事態は、此処で死んだ子供達(みんな)の生き様を無駄にしてしまう。
殺したいほど憎らしくて、反吐が出るほど嫌いなババアだったが、あの女海賊は間違いなくガムテにとっての生命線だ。
ビッグ・マムが争奪戦を制し、龍脈の力とやらを手に入れられなければ――その時自分達は、ただ失っただけで終わる。
「ふざけんな……ふざけんじゃねえぞッ舞踏鳥! そんなの……そんなの、よぉ……!!」
小さく震える、黄金球。
その拳は硬く握り締められ、表情は俯いた。
だが臆病風に吹かれたかと疑う人間が居たならば、そいつはきっと部外者(パンピー)だ。
バッと顔を上げた少年のその顔には、嬉しそうな満面の笑みが浮かんでいて。
「――オレもちょうど今、おんなじこと考えてたんだよ! 嬉しいぜ、以心伝心じゃねえか!?」
「そういうのは要らないわ」
「衝撃(ガーン)……! なんだよ、こんな時までつれねえのかよ舞踏鳥ァ~……!!」
この時、彼らの運命は確定した。
「それより。良いのね?」
「当ッ然(アッタリマエ)だろ」
「そう。――じゃあ、行きましょう」
「おう、行こうぜ。オレ達の王子を支えによ」
……割れた子供達は、何をどう足掻いても此処で壊滅的な損害を受ける。
大勢が死ぬ。もはや残党としか呼べない程度の人数しか、恐らく残らない。
それはもはや決まっていることで。
三狂に数えられる舞踏鳥、黄金球の二人をしても諦めて受け入れるしかない逃げ場なき現実だった。
哀れな子供達の、大勢の物語が今宵で終わる。幕引きとなる。
見事。悪童の神は、悪童の王子が率いた子供達(チルドレン)を殲滅せしめるだろう。
――だが、勝ち逃げなんてさせるものか。
界聖杯という舞台においては何者でもない、きっと舞台装置にすらなれない無銘(モブ)の二人は今。
真に守るべき未来を繋ぐため、荒ぶる神に報復(カエシ)決めるべく踏み出した。
◆◆
地獄への回数券、二枚服用。
可能となった不可能、切り札となった禁忌。
その成果は、あまりにも如実に顕れていた。
「ッ……がぁぁあああッ!」
速い、目で追えない。
それが全てだった。他にも無論、様々な変化が生じているのだろうが。
そこまで気を回す余裕がない、注視などしようものならその瞬間にクーポンの回復限度を超える負傷を受けて死ぬとガムテの第六感が告げていた。
最速の殺し屋であるガムテの"全力"が、風車のように空を切る。
目視不可能なほどの高速での指捌きは、殺島の二丁拳銃を戦略兵器もかくやというほどの魔銃に変えていた。
例えるなら機関銃(マシンガン)の二丁持ち。それを常に全自動(フルオート)で解放し、欠片のブレもなく目標に撃ち込んでくるような。
それでいて――たとえ外れようとも跳弾で同じだけの弾数を、確実に撃ち込んでくるのだからほぼほぼこれは悪い冗談じみている。
ガムテの手足が、臓腑が、弾けて吹き飛んで。
再生しては撃たれ、再生しては砕けを繰り返す。
「はぁーッ……はぁーッ……! クソ、があ……!!」
「どうしたよ。王子様(プリンス)にしちゃ、ちと無様な姿なんじゃねえか?」
これが、限界を超えた力。
本当の意味で道を極めた、極道。
差を埋める手段は、すぐに思い当たった。
ガムテもまた、殺島と同じように二枚服用をして追い掛ければいいのだ。
だが、ガムテには――未だただの人間の枠に収まっている彼には、それが出来ない。
「実際のところ、麻薬キメた極道ってのは銃で殺せるのかね。
忍者の野郎共みたく首を飛ばさなきゃダメなのか?
……いいや、そんなこたぁねえ筈さ。再生が追い付かない速度で撃ち込んでブッ破壊(こわ)せば、殺せんだろ」
「べらべらと、よく喋りやがんな――殺島ァ……!」
「無駄なお喋りは強者の特権なんだぜ、ガムテ」
ほざけ――ガムテが地を蹴る。
彼の速さも、常人では残像の認識もままならない次元(レベル)なのだ。
なのだが、それでも今の殺島には追い付けない。
ガムテが何をどうしても、殺島はその先に立って待っている。
英霊に対する唯一の有効打である関の短刀は、もうずいぶんと長い間、殺島の皮膚に掠りもしていなかった。
「(脳と心臓への被弾は絶ッ対ェ避けねえとな……。
地獄への回数券は部位の欠損まで補っちゃくれねえのは、この身で実証済みだ。
殺島(コイツ)の連射速度(レート)で急所撃たれたら、ワンチャン再生が間に合う前に消し飛ばされる……!)」
撤退の選択肢も、もはや取れない。
逃げるにしても、この男を野放しにしている限り割れた子供達に未来はない。
甘く見ていた。軽く考えていた。対策はしたつもりでいた。
それでも――足りなかった。
天敵だったのだ、この男は。
数で自分達を押し潰し、逃げ場になる鏡を弾幕と都市破壊で潰し、挙句二枚服用で技巧の差すら吹き飛ばせるこの男は。
己(ガムテ)にとって、他の何よりも警戒してかかるべき天敵だった!
降り注ぐ弾丸の嵐が、殺しの王子様と呼ばれた少年の肉片を散らす。血風を吹かせる。
短刀で切り払うことは幸いまだ可能だったが、この数の弾幕を正面突破するのは不可能。
よって必然、ガムテはある程度逃げに回らなければならず。
そうしている間にも消耗は積み重なり、そして背後あるいは視界の端で起こる"轢殺"は進んでいく。
喘鳴のような息遣いを漏らす、ガムテ。
それは必ずしも疲れだけから生じるものではなかった。
「おいおい――なんて顔してんだよ」
大勢、死んだ。
今も、殺されていく。
もう片方の戦場にちょっかいを出す余裕など、完全に消えた。
ガムテの同胞(なかま)が、ゴミのように潰されていく。
怒りと焦燥で染め上げられたその顔は、間違いなく彼が界聖杯の地を踏んでから最も余裕のないもので。
それを指して殺島は、涼やかに笑ってみせた。
「修羅(ツラ)い時こそ笑わなくちゃあよ、つまんねえだろ」
「――、――」
「――神(オレ)を見習いな。
ほら、こうやんだよ」
にぃ、と指で笑みを作ってみせる――殺島。
それを見た瞬間、ガムテの心はむしろ冷めた。
怒りを通り越して、此処に来てようやく。
本気の殺意を、目の前の現人神(てき)に対して抱くことが出来たのだ。
「ま……それでもいい。そらよ、来な。胸ェ貸してやるぜ」
声なき咆哮をあげながら。
ガムテは、これまでで一番の冴えで特攻する。
勝算はあった。此処で必ず殺すと、そう決めるだけの自信があった。
弾薬の隙間を縫いながら、多少の被弾は文字通り許容して。
風になり駆けるガムテに、殺島は笑みを崩すことなく引き金を弾き続ける――のではなく。
「ッ……!」
前に、踏み込んだ。
それはガムテにとって、予想外の行動。
目を見開くが、しかし動揺で手を鈍らせはしない。
殺島の肝臓。十八番(いつも)の位置へと、ホーミーズ化した短刀をねじ込み。
そして――ズラす。
極道技巧・"疒(ヤマイダレ)"。
殺島の肝臓がずれ、途端に彼の身体へ奇怪な斑点が浮かび上がるが。
それでも崩れぬ、殺島の余裕。
殺し屋ガムテが誇る最大の技巧。その殺人技術の、極致。
それが効いている証である斑点模様が、まるでタイムラプスを巻き戻したみたく消えていく。
「悪いな。修復(なお)る方が速かったみてえだ」
――通じない可能性を、予想は出来ていた。
当たって欲しくない可能性だったが、的中してしまった以上は次に行く。
英霊すら殺傷出来る武器を用いた、必殺の極道技巧。
忍者ですら病死させられる最強の"刺し"ですら、二枚服用の回復力の前には追い越されてしまったという事実。
それさえ糧に、ガムテは進まんとするが。
その眉間に、銃口が突き付けられた。
「じゃあな、ガムテ。
殺したいほど憎んでるだろうけどよ、お前のことは好きだったぜ。誓って本心だ」
――まだだ。
まだ、終われない。
終われるものか、こんなところで。
「(殺られっぱなしで終わる殺し屋が、何処に居る……!?)」
ガムテは、最後の切り札を切る決意を固めた。
令呪を使って、あのクソババアを――ビッグ・マムを此処に喚ぶ。
令呪の力は空間転移すら可能にする、ならばこの詰みを覆すことだってもしかしたら可能かもしれない。
それはあまりにも多くのものを失う一手。しかし、そうしなければ全てを失う。
「――令呪を以って! 命ずる!!」
殺島の指に力が籠もる。
無様でもいい、何でもいい。
言いたい奴には好きに言わせておけ、後で殺してやる。
全力で肺から声を絞り出し、ガムテは一パーセントの勝率に懸けて叫んだ。
「来い、ラ――――!!?」
その瞬間、であった。
真横から、突然乱入した鋼鉄球(ボール)が――ガムテの横っ面に直撃。
幼き殺し屋の身体を、まるで竹とんぼみたいに吹き飛ばしたのは。
殺島の眉がぴくりと動く。発射された弾丸は無人の空間を射抜き、誰にも命中することなく虚しい跳弾をして地に落ちた。
「――水くせえじゃねえかよ、ガムテ!
オレ達を差し置いて、あんなクソババアに頼んのか?」
「……っ。黄金、球……!」
「頼れよ、オレ達を。オレはまだまだ……ぜんぜん平気だぜ!?」
乱入したのは、黄金球。
そしてその隣に立つのは、舞踏鳥。
ガムテを支え続けた三狂の二人が、臆することもなく神の射程圏内へと足を踏み入れる。
「その選択肢が一番ダメよ、ガムテ。
それをすれば――貴方はきっと、ただ多くのものを失ったままで終わってしまう」
「……舞踏鳥」
「心底嫌いだし、絶対に認めなくないけど。
あのババアは間違いなく、この聖杯戦争における最強(トップランナー)の一人よ。
あいつが龍脈の力を手に入れて強化されれば、銃と爆薬の戦争に
ルールを無視して核爆弾を持ち込めるようなもの」
その可能性を捨てるのは、絶対にダメよ。
改めてそう言う舞踏鳥に、ガムテは何も言えなかった。
彼は殺し屋だ。そして、この二人との付き合いもそれなりに長い。
皆まで言わずとも、分かってしまったのだ。
今から此処で――彼らが、何をする気なのか。
ビッグ・マムを呼ぶ選択肢を取らない分を、どうやって埋める気なのかが。
全部分かった。分かったからこそ、何も言えない。
何を言ったとしても、それは彼らという殺し屋に対する冒涜になるから。
「私達じゃ暴走族神(あいつ)は殺せない」
「だからお前が殺れ、ガムテ。そこまでの道は――オレ達で作ってやる」
四皇。魂を司る者。ナチュラルボーンデストロイヤー。
海賊同盟の片割れ、"怪物"シャーロット・リンリン。
殺し屋。狂おしき子供達。墨極道(メキシカン・マフィア)すら殲滅する軍勢。
ガムテと夢見る景色を共有する、"人間"の群れ――グラス・チルドレン。
……天秤にかければ、どちらが重いのかなんて瞭然だ。
ましてや彼らはこの世界が作り出した虚構の存在。聖杯戦争における、有象無象(モブ)。
ガムテだってそれは分かっている。分かっているが、それでも。
それでも、軽んじることなんて出来る筈もなかった。
たとえ空っぽだったとしても、そこには何の重さも、もしかしたら魂や命さえないのかもしれないと分かっていても。
――子供(なかま)を自ら切り捨てたら、それはもうガムテではない。
だからガムテに出来ないことは、彼らがやる。
割れた子供達が、やる。
「……いいんだな、とは聞かねえぞ」
「おう! それでこそだ!!」
「ええ、それでこそ、よ」
「分かった」
三人、並び立つ。三狂、共に立つ。
いや、彼らだけではない。
命を捨てられる人間が二人だけだなんて、大間違いだ。
それでもやはり、先陣に立つなら彼らだ。
そこは、誰もが認めるところであった。
「――加齢臭(クッセ)え暴走族神(ロートル)、此処でブッ殺す。もう一回力貸してくれ、みんな」
……返事など、当然要らない。
呼び声一つあれば十分なのは、あちらもこちらも同じなのだから。
神の銃声と殺到する暴走族の軍勢がかき鳴らす騒音を開戦の合図にして、今戦局は最終局面へ突入した。
◆◆
――奇跡とは、起こらないからこそ"奇跡"と呼ばれる。
意思の力で現実をねじ伏せられるのは、ごくごく一部の例外のみだ。
傑物、怪物、その中でもほんのたった一握りだけが不可能を可能に出来る。
そしてその点。可能性の器ですらない彼らがそれを成し遂げる可能性は、絶望的なほどに低い。
限りなく絶無(ゼロ)に近い確率をこじ開けるために踏み出した子供達を襲うのは、魔弾と狂騒。
「づ……ッ」
黄金球の首から下が、数秒で蜂の巣になった。
生きているのが不思議なほどの重傷を、クーポンの薬効と根性に任せて無視する。
蹴り上げた鋼鉄球は当然のように当たらない。
いや。仮に当たったとしても、此処まで強く成り上がった今の殺島には果たしてどの程度通用したか。
舞踏鳥は冷静に、極道技巧の展開を試みる。
"夢幻燦顕視"は魔術ではなく、あくまでも技術だ。
だからこそ、ライダークラスの対魔力を抜きにして相手を嵌めることが出来る。
そのため、黄金球の"蹴球地獄変"に比べれば、まだ殺島に通じる余地はあった。
彼女にとって不幸だったのは――本気を出す前の殺島に、夢幻燦顕視(それ)を見せてしまっていたこと。
「悪いな嬢ちゃん。今となっちゃ敵じゃないだろうが、それはちっと面倒臭くてよ」
神の指揮に従って、暴走族の車列が舞踏鳥へ勢いよく向かってくる。
先頭を走るのは聖華天が誇る"Σ"。日本刀を振り翳した彼を筆頭に、数千に届く暴走族が殺到する。
彼らの目的は神の意に沿うこと。この場においては、厄介な極道技巧を持つ舞踏鳥の抹殺だった。
「そこで雑に轢殺(つぶ)されててくれ」
……舞踏鳥の"夢幻燦顕視"は、聖華天に通用しないわけではない。
だが、元々彼らは夢など見るまでもなく見たいものしか見ない暴走状態。
白鳥の湖に招こうが、風車の巨人を見せようが、基本的にはやることが変わらないのだ。
馬鹿ほど考えなくて済む。頭が良いほど、囚われる。
その点明確に前者である暴走師団に対しては、長/神である殺島以上に技巧の効きが悪い。
故に、舞踏鳥は順当に考えれば詰んでいたが。
それを覆させたのは――黄金球の蹴球と、車列を突き抜ける形で発射された徹甲弾・神槍(グングニル)だった。
「こういう使い方じゃねえんだよなあ、本当はよ」
「文句を言うな、攻手。今はこれが最適解だ。
銃で撃墜(キル)するだけが殺しじゃない――必殺技(ウルト)だと思え」
「了解了解(オケオケ)、司令。んじゃ、景気よくブッ放すかぁ――!!」
――命を捨てる、捨てられる子供は二人だけではない。
司令、そして攻手。彼らもまた、ガムテのために死ねる人間だ。
この状況では貴重な貴重な範囲攻撃、それは聖華天の進軍をほんの一秒止められるかという程度のそれでしかないが。
その一秒があれば、舞踏鳥は十分聖華天から距離を取れる。
狙うのはあくまで殺島だ。こんな有象無象にまで構っていたら、数で劣るこちらは負けるに決まっているのだから。
この数を相手に出来るのは、ガムテから伝え聞く"忍者"やこの世界で言うところのサーヴァントだけである。
だから無理はしない、弁える。殺すべき相手を――見誤らない。
「26・42・35・78」
「了解(りょ)――直撃(ドンピシャ)かましてやるぜ!」
司令と攻手の本領は、こういう開けた場所で発揮されるものではない。
遮蔽物と狭さのある空間でこそ、一方的な精密攻撃というのは最高の破壊力を生み出せるものなのだ。
だが、それならそれでやりようはある。
たかだか内か外かの差で使い物にならなくなるような殺し屋ならば、彼らに殺されてきた人間もまだいくらか幸運だったろう。
「そぉらァ――!!」
ありったけの弾薬を持ち込んでいる今、繰り出すのは連続での神槍発射。
当たれば忍者の屈強な身体さえ容易く貫く徹甲弾も、しかし当たらなければ何の意味もない。
高速で迫るそれも、二枚服用をキメて限りなく強化されている殺島へ命中させるには"遅すぎる"と言う他なかった。
ステップ一つで矢継ぎ早の神槍を躱し、次々空振らせていく殺島。
「鈍速(ノロ)いな。派手なのは見かけだけか?」
――しかし、だ。
たかだか"当たらない"程度で詰むような殺し屋(タッグ)だったなら、彼らは今日まで生き残れてはいなかったろう。
司令は、指示を出す前から既にこの結果を予測していた。
現実的に考えて、あの速さに対して飛び道具を当てるのは不可能だと。
かと言ってホーミーズ神槍の炸裂……疑似壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)では火力が足りなくて殺し切れない。
つまり、だ。自分と攻手では、
殺島飛露鬼を殺すことは出来ない。
それが司令の弾き出した"結論"だった。故に彼はそれを承知で、攻手に失敗すると分かっている指示を出したのだ。
「……36・47・55・79」
優れた聴力と、それに基づく空間把握能力と先読みでなら――司令は割れた子供達の中でも最優(トップ)クラスの才を持つ。
そして攻手は、司令の指示を受けて目的を遂行することに誰より長ける。
だからこそ彼らは難攻不落、最高精度の殺人を可能とする二人(バディ)なのであったが。
攻手を除いて唯一、司令(かれ)に付いて行ける者があるとすれば――
「聞こえたよな――譲ってやるから、殺っちまえガムテ!」
それは当然――殺しの王子様・ガムテを除いては他に居ない。
「了解(りょ)……ナイス陽動(ベイト)だ、お前ら」
降り注いだ無数の槍、徹甲弾。
殺島にしてみれば確かに避けるなど容易い、下手の鉄砲でしかなかっただろうが。
司令の計算と、それを完璧な再現度で反映した攻手の砲撃は殺島を本人にさえ気付けないレベルで高度に誘導していた。
徹甲弾の連射攻撃という囮(ベイト)で司令の意思通りの形に操られ、誘導された殺島。
その隙をガムテは、司令の口にした暗号を元に正確に縫って接近。
関の短刀による一撃で、殺島の両目を横一直線に切り裂いた。
「……! 猪口才なことするじゃねえかよ、お前ら……!?」
「皮肉(まけおしみ)ありがと~☆ ――神様気取ってる割には、こんな単純な作戦にも気付けねえ単細胞なんだな」
殺島が二枚服用でどれだけ強くなったとしても、司令の暗号を知る筈はない。
だからこそ成り立った奇襲攻撃。
ガムテが、少しでも仲間への理解を怠っていたなら成立し得なかった一刺し。
結果を見ればそれはたかが目潰し、しかしされど目潰し。
視界が戻るまでのわずかな時間を突いて、ガムテは殺島の心臓を。
そして天高く跳び上がり、上空から――黄金球が脳破壊を狙い挟撃を仕掛ける。
「合わせろガムテ!」
「お前もなァ~……黄金球!」
本来なら、"人間の"殺し屋などもはや殺島の敵ではない。
しかし蟻の一噛みを鰐のそれまで引き上げるのが、殺し屋達にとっての屈辱の証。
憎くて堪らない暴君ビッグ・マムから"施された"、魂による武器加工だった。
関の短刀も、鋼鉄球も、殺島の霊核に届く機会(チャンス)を有している。
そうでなくても、だ。
ガムテは、殺島の死に様を知っていた。
サーヴァントは生前の死に様に左右される。
忍者に首を落とされて死んだ殺島が、首を刎ねられて無事で済む筈がない。
ガムテは黄金球に首飛ばしを任せた。そして彼自身は、慣れた"刺し"で霊核の破壊を狙う。
――言葉は不要(いら)ない。ガムテは割れた子供達の誰とでも、以心伝心に事を為せる。
「発想(アイデア)は悪くねえが……舐めすぎだ」
渾身の連携(コンビネーション)、だがまだ遠い。
それほどまでに二回摂取の再生は速く、反応速度も元の殺島の比ではないほど引き上げられていた。
身を躱してガムテの刺突から心臓を逃して。
真上から来る黄金球の蹴球は、ヘディングで跳ね返す。
無理の反動で頭蓋骨が砕けたが――これも当然、一秒と殺島のことを害せない。
殺島からのパスを受け切れず、全身の骨を砕かれながら吹き飛ぶ黄金球。
そして当の殺島は、自分の身体が引き裂かれるのも顧みず……刃が突き刺さったまま地を蹴り跳んだ。
裂傷は滞空中に問題なく回復。ガムテは追おうとするが、追いきれない。
麻薬によるブーストを込みにしても、少年王の脚力ではそこまでは跳べなかった。
「攻手ッ! 19・37・28――」
司令が、すぐに悟る。
報復(カエシ)が来ると。
だから叫んだ、暗号を。
攻手は当然、それに従うべく構えを取るが――
「――か……ッ!?」
「司令ッ?!」
その喉笛が、殺島の射撃によって弾け飛んだ。
声帯が吹き飛ばされたことにより、当然彼の暗号は発声の中断という形で妨害される。
盲目の攻手は、それだけで機能不全に陥る。
もちろん彼なりに、がむしゃらに危機を脱そうとはするのだったが。
それも――相手が悪すぎた。
「あばよ」
司令を抱え込むようにして、逃げようとした攻手。
その首に背後から銃口を突き付け、零距離から発砲。
英霊の銃だ。そんなものに間近から撃たれて、人間の身体がただで済む道理もない。
銃声は二発。攻手の首が、まず弾丸の威力に負けて千切れて。
結果空を切った二発目の弾丸は、跳弾して腕の中の司令の首を同じく吹き飛ばした。
宙を舞う二人の首。それが、虚空で見つめ合う。
攻手は、相手の顔を見ることは出来なかったが。
「……悪り……司令。オレ……守り切れなかったわ。
ワンチャン……お前だけでもって、思ったんだけどなァ……!」
「いや……いいさ。オレだけ残されても、仕方なかったよ。
やっぱりオレ達は、二人一組(ニコイチ)じゃないと……ダメだろ」
最後、その首は最後まで並んで地へと堕ちていく。
悪行を重ねに重ね、境遇を免罪符に屍を積み上げ続けた殺し屋コンビ。
にも関わらず、命を張って同胞のために強敵へと挑んだ生き様を――何処かの誰かが労おうとしたかのように。
寸分も離れることなく、並んだまま墜落していって、そして。
「後はガムテを信じよう。オレ達の王子は、必ず――オレ達をまた、巡り合わせてくれるさ」
「おう。そん時ゃ久々に……二人でよ、ランクマでも荒らしに行こうぜ! もちろん、FPSのよ……!!」
進軍を続ける暴走師団の車輪によって、欠片も残らずこの世から消し飛ばされていった。
――司令(オーダー)、攻手(アタッカー)、死亡。
それに加えて今回の進軍を止めるべく立ちはだかったことで、崇拝偶像(アイドル)、解放者(リベレイター)、勇者(ブレイバー)が戦死した。
子供達の運命は車輪と凶弾の中に消えていく。
ガムテは振り返らない、子供達もまた振り返らない。
次に行動に出たのは、回復を果たした黄金球だった。
「(ガムテ……お前、本当に優しい奴だよな。
お前はオレに、一度だってこんな使い方があるなんて教えなかった。
――理解(わか)ってたんだろ? 教えたらオレは必ず、"どうなるか"なんて構わず、お前のために"やる"ってよ!!)」
さあ――怖くはない、震えはない。
誇らしいほどの勇ましさを胸に、懐から取り出したのは二枚目の麻薬。
殺島はそれを妨害するべく引き金を引いたが、身を丸めることで無理やりに麻薬を撃ち抜かれることを阻止。
脳漿を軽く噴き出しながらも、全壊でないのを良いことにその負傷も無視(シカト)して。
そのまま、二枚目の麻薬を口内へ放り込み……黄金球はその時"どくん"と、自分の心臓が今までに聞いたことのないほど大きな音を立てて脈打つのを聴いた。
禁断の二枚服用。
殺島(あいつ)に出来るなら、オレに出来ねえ筈がないと――黄金球は躊躇なくそれを冒した。
もちろんその代償はあまりにも大きい。
ボゴッ、ボゴッと内側から破滅へ向かう膨らみを起こす身体は、死へのカウントダウンが始まったことを単細胞の黄金球にもわかるほど明確に示していた。
「ガムテェェェェェッ! オレ、オレ――お前に見つけてもらえて、真実(マジ)に幸せだったぜ!!」
叫ぶと同時に、黄金球の面影が聖華天の流星群(スクランブル)に呑み込まれて消えた。
犬死に? いいや、そんなことはない。ある筈がないのだ、何故なら彼はある要素においては。
ことド根性(タフネス)という分野においてだけは……八極道に匹敵し得る輝きを持つ、不可能を力技でねじ伏せられる極道なのだから。
「――マジかよ。イカれてんな、オイ」
「当ッッ……たり前だろうがアアアアアアア!!」
単車の底から這い上がって、人間を足場に突き進む無茶を当たり前のように成し遂げる。
二枚服用の代償で、もう脳はまともに機能していない。
難しいことなど考えられない、この時点で既に黄金球は人間としてはほぼほぼ死んでいた。
にも関わらず彼は、根性の二文字だけで意識を繋ぎ止め、ガムテのため/皆のためという指向性を失わずに突き進む。
殺島の射撃で肉を散らされようが耐える、耐える耐える耐える耐える耐える――堪える。
二枚服用で増強された再生能力は、幸いなことに黄金球のタフネスと最高の噛み合いを見せた。
常人なら一分すら保てない過活性の負荷を――毎秒顎が粉砕骨折するほど歯を食い縛って耐え続け。
その足で殺島に向けて蹴球を蹴り込む。
隕石(メテオ)のような威力を得るに至ったそれは、今の殺島でさえおいそれと食らうことは出来ないものだった。
「(そりゃイカれるぜ、イカれもするぜ!
オレの……オレのどん底みたいな人生を終わらせてくれた、救済(すく)ってくれたガムテ!
あいつのために死ねるんだ――命張ってあいつに託せるんだ! これから死ぬってのに、胸が高揚(キュンキュン)して止まんねえッ!!)」
だから当然、殺島は避ける。
が、黄金球もまたその反応は予想済みだった。
その上で跳弾させる。跳弾はお前だけの専売特許ではないのだと、今此処に来て見せつける。
「(……! なんつー馬鹿力だ――こりゃあ、あの夢澤(ひと)クラスの……!!)」
空中に、まるで見えない壁があるかのように。
触れるものがないのに跳弾を繰り返させるという芸当は、ひとえに黄金球の得物が球体(ボール)である故だった。
スーパーボールの要領でボールを跳ねさせ、一枚摂取時とは比べ物にならない速度で殺島を逃さぬ"檻"を作る。
やむなく鋼鉄球を力技で退かそうと触れた殺島は、目を見開いた。
ほんの掠めた程度であったにも関わらず、腕が猛烈な勢いでひしゃげ、出来損ないの花弁のようにあらぬ形に歪んだからだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおォォオオオオオ――ッ!!」
確かに、これは厄介だったが。
とはいえ黄金球本体の特攻は、まったく取るに足らないものでしかない。
現在進行形で膨れ続け、所々から血液やら脂肪やら、内臓だったものやらが噴き出している黄金球。
その首を殺島の魔弾が刈り取った。刈り取られた首すら、空中で自壊して割れた風船のように弾け飛ぶ。
――黄金球は、死んだ。
――だが、彼は止まらない。
その頭が潰れても、その肉体(からだ)は止まらない。
「(見ててくれよ、ガムテ! これが! オレの! 最期の!!)」
殺島の元を離れて、黄金球のところへ返ってくる鋼鉄球。
それを、首から上を失った黄金球は自らの両腕で抱き止めた。
抱き止めた拍子に心臓が消し飛んだが、それでも彼は進み続ける。
結局、殺島をその豪腕で"捕まえる"ことまでは出来なかったが――
しかし。ある程度まで近付ければ、それで及第点(じゅうぶん)だった。
「(最期の……! 勇姿(ゴラッソ)だ……!!)」
自分のためにこれまで戦ってくれた、壊れずにいてくれた鋼鉄球。
黄金球の、かつての夢の残滓。
ホーミーズ化し、英霊をすら殺害(ころ)し得る神秘を獲得したそれが。
黄金球の声なき声に応えるようにして――夜闇を切り裂く閃光と共に、大爆発を引き起こした。
黄金球。夢を否定され、割れた少年。
その最期に歓声はなかったが、しかし英雄(バロンドール)を目指した少年の末路としては上出来な派手さだった。
花火が咲くように。星が爆ぜるように。
一撃(イッパツ)かまして彼はこの世を完全に去る。生きた形はないけれど、生き様で以って彼は自分の存在を見る者全てに刻み込んだのだ。
「……! ちいッ――!!」
壊れた幻想。あくまで疑似なれど、威力の高さは折り紙付きだ。
ましてや距離も距離。その爆風は殺島の総身を余すところなく焼き、肉を焦がした。
もちろんこの程度で、彼は死なない。
死ぬ筈もない、それが限界を超えた極道の恐ろしさだ。
「灼ッ熱(アッチ)いじゃねえかよォ~……黄金球(バロンドール)」
ならば、生き延びた自分が引き継ごう。
それがリーダーの、王子(プリンス)の役目だと、ガムテはそう心得ていた。
だから熱波の余波を浴びるのも厭わず接近し、殺島の首筋に向け刺突を放つ。
肝臓が無理だとしても、殺るべきことは何も変わらない。
殺す、ただ殺す。敵として殺す、いつも通りにブッ殺す。
その刃を銃身で止めながら、殺島はガムテの顔を改めて、見る。
――相変わらず、笑ってはいない。
だが、良い顔をしていた。本当に、怖(よ)い顔を。
何かを失いながら戦う者特有の、鬼よりもずっと恐ろしい冷たい貌。
「……年下のガキにこうも激しく魅せられちゃ、先輩(としうえ)としての威厳が危ぶまれんな」
射撃、避けられる。
刺突、躱す。
蹴撃でガムテの腹を蹴り上げれば、臓腑を潰した感覚があった。
顔を歪めることもせず、短刀を突き出したガムテ。
その刃は殺島の喉を掠めるだけに留まったが、しかし彼の感覚はもう先ほどまでの余裕綽々としたそれとはまるで変わり果てていた。
――死を感じる。
まるで忍者を前にした時のような、ひりつきを感じるのだ。
ガムテと、彼の仲間達の文字通り命懸けの肉薄が……一つ一つは小さくとも、確実に自分の命脈を断ち切らんと迫ってきているのが分かる。
人間が、サーヴァントに死を感じさせる。その不条理に心から慄きながらも、それ以上に興奮しながら。
殺島飛露鬼は――"暴走族神"は、己を信じる全ての者にこう呼びかけた。
「なあ……お前らもそう思うだろ? 魅せていこうぜ、とびきり神々しくよ――!!!!」
それは、特攻走行。
神に、そして目の前で繰り広げられた若輩(ガキ)の生き様に呼応して。
命も明日も一時の暴走(ユメ)のままに投げ捨てられる、大人になれない悪童達の夢花火。
極天の流星雨などと呼べば大袈裟だが、破壊力に関して言うならばそれはまさしく地上の流星群だった。
一台一台が魅せる自爆特攻、数百数千と連なる死と破壊の徒花――誰もが笑いながら死んでいく。
網膜を焼き尽くすような閃光を迸らせながら、新宿の大地が揺れた。
一体どれほどの命を呑み込んだのか定かではない大爆発――その後に立つのは、当然の如く暴走族神。
そして……彼と殺意を胸に向き合う、ボロボロのガムテだった。
「……あー。もう嵌っちゃやらねえつもりだったんだけどな」
周囲に広がるのは、またしても"白鳥の湖"。
舞踏鳥の極道技巧を受けていることを理解し、殺島は頭を掻く。
"風車の巨人(ドン・キホーテ)"を出して来なかったのは、純粋に役者不足だからだろう。
こうまで力の差が離れた相手には、幻の敵では対抗出来ない。
舞踏鳥に出来るのは、白鳥が飛び交う湖に殺島を閉じ込めて、少しでもその動きと視界を縛ることだけだった。
の、だが――……
「舞踏鳥……? お前、なんでオレまで――」
今、夢幻燦顕視の中に囚われているのは殺島だけではなかった。
守るべきガムテまでもが、この湖を幻視している。
そのことにガムテは不可解を感じるが、しかしそれでも幻は解けない。
舞踏鳥は、意図的にガムテを巻き込んだのだ。
無論、極道の最高峰の一人であるガムテはこの湖の中でも問題なく戦える。
白鳥の目眩ましを逆に活用して、殺島を翻弄し殺すための材料にしてのけるだろう。
だが、だとしても。何故彼女は此処で、ガムテを巻き込んだのか?
それがガムテには分からない。分からないままでいいと、舞踏鳥自身もそう思っていた。
「(女心ってやつよ。アナタにはまだ、分からないでしょうけどね)」
夢幻(ユメ)の外の世界で、舞踏鳥は独りごちる。
目の前に待つのは、狂おしい暴走の軍勢。
現実に居ながら暴走(ユメ)を見続ける、死んでも治らない馬鹿な悪童達。
黄金球、司令と攻手、その他数多の子供達が死んだ今。
聖華天の突撃はガムテにとって、殺島本体にも並ぶ脅威になるだろうと舞踏鳥は踏んでいた。
殺島と戦いながら、この数の軍勢を――それも恐怖や絶望で震撼(ブレ)ない神風特攻集団を相手にするなんて不可能だ。
その上相手は一方的に連携を取ってくるのだから、正面突破など非現実的もいいところ。
だから舞踏鳥が選択したのは、自分がやれる限り最大限"引き付ける"ことだった。
短時間でもいい。とにかく、ガムテが殺島と一対一で戦える時間を引き伸ばす。
彼があの"神"を必ず殺してくれると、そう信じて。
舞踏鳥は、勝ち目も未来もない最後の戦いへと単身で踏み出した。
その片足は既に、先の爆発の衝撃で吹き飛んでいた。
彼女を舞踏鳥たらしめる足は、もうない。
地獄への回数券が服用者に与える再生能力も、欠損までは補えないのだから。
喪失感も悲しみも、全てを怒りと使命感に変換して舞踏鳥は自分の死を確定させる。
二枚服用。それは、一分以内の死を確定させる行為だが――逆に言えば"一分間は"死なないということ。
「行くわ、よ――アナタ達を、一人でも多く……! その幼年期(ユメ)から、覚ましてあげる……!!」
一枚服用では、数秒と保たないだろう。
だが二枚服用で強化された状態であれば、その限りではない。
結果的に舞踏鳥の寿命は伸びる。ガムテを助けられる時間は――長くなる。
しかし、代償に。
舞踏鳥の姿形は一秒ごとに、人の形を失っていく。
血が噴き出し、肉はこぼれ、膨れ上がって崩れていく。
麗しいバレリーナとはまるで正反対の、見苦しくて醜い最期へ突き進んでいく。
彼女自身、承知の上でのことではあったが。
それでも、ほんのちょっぴりの乙女心。
ガムテにだけは、この最期(すがた)を見られたくなかった。
自分を救ってくれた、彼。
新しい人生をくれた、彼。
この先に進み、聖杯を手に入れなければならない彼の記憶(なか)でだけは、せめて――最期まで美しい姿でいたかったから。
「(ありがとう、そして――行きなさい、ガムテ)」
――白鳥は、流星群に向かい飛び立った。
「アナタは、私達の……王子様(ヒーロー)なんだから」
◆◆
「殺島ァアアアア――!!」
「来いよ、ガムテェエエエエ!!」
白鳥の舞う湖で、殺し屋と神が舞い踊る。
銃声と刺突が交差する。
やはり損傷の数はガムテの方が多かったが、此処に来て殺島の動きには微かな乱れが生まれ始めていた。
乱れ、というよりも。それは、"焦り"に近かったかもしれない。
クーポンの二枚服用という"奥の手"は確かに強力であるものの、その効果時間には限りがある。
――五分間だ。
ガムテのような、二枚服用に耐えられる肉体と精神を持つ類稀なる極道でさえも……命をそこまでしか保てない。
今の殺島はオーバードーズの反動を素で耐えきれる"英霊(バケモノ)"と化していたが、それでも薬効を無限に維持することは不可能だった。
そこを、ガムテは見抜いていた。
殺島が勝利を急ぎ始めたことを、殺し屋の"感覚"で看破した。
相変わらず流れる血と飛び散る肉片の殆どは彼のものだったが、その殺意は一瞬たりとも鈍らない。
圧倒的な格上となった殺島でさえ戦慄を覚えるほどの、殺人(コロシ)にかける圧倒的な集中力。
割れた子供達不動の最強、殺しの王子様……彼がそう呼ばれる所以を、殺島はひしひしと感じ取っていた。
「(真実(マジ)かこいつ……! この期に及んで、防戦主体に切り替えやがった……!?)」
普通なら、舞踏鳥の身を案じて速攻で片を付ける方に舵を切るだろう。
だがガムテはそれをしない。殺島の弾丸を防ぎ、リスクを最低限に留めながら戦いを引き伸ばす戦術に移行している。
「あの子のことが心配じゃねえのか?」
「あー? 侮辱(ペロン)してんじゃねえぞ、おっさん。
仲間が命(タマ)張って作ってくれてる時間をよ、最大限有効に使うのは当然だろうが……!」
「――フッ。ああ、そうだな。真実に正しいよ、お前は」
やっぱりお前は、殺し屋として百点満点だ。
現に殺島はその判断のせいで、優位に立っている筈なのにリスクを取らなければならなくなってしまった。
幻影の白鳥を全て蹴散らしながら、銃手にあるまじき突貫を繰り出す。
二枚服用していなければ自殺行為も甚だしい、殺し屋相手の接近戦。
鋭い前蹴り(ヤクザキック)でガムテの胴体を直接破壊する、そういう公算だった。
「舐めんなッ」
その行動に、ガムテは歯を剥いて笑う。
狂気の笑みだった。彼がよく使う道化のメッキではなく、本心からのアルカイックスマイル。
ガムテが防御に用いている技術は、中国拳法の"化勁"に近いものだ。
攻撃の拍子に合わせて威力を殺す。
忍者ほどのセンスがあれば、それを逆手に取って、攻撃一つ一つの拍子を微妙に変えて使い手を撹乱。
その上で連撃(かず)に物を言わせて押し切ることも可能だったろうが――殺島は近接戦を得意とする極道ではない。
いくら強化されていようが、性能(スペック)でガムテの上を行こうが、経験と感覚の不足を補うのには限度がある。
結果、ガムテは殺島の蹴りをいつも通りに受け流して難なく凌ぐことに成功した。
殺し切れなかった衝撃のせいで体内の骨が四割ほど砕け散ったが――この程度は"難"の内には入らない。
返す刀で振るう刃。避けるべく退く殺島に、ガムテは強引に追い縋る。
理屈などない、単なる気合と根性。あるいは執念で肉薄して、彼はついに神の首に刃を走らせることに成功した。
「……危ッ機(アッブ)ねえ~……!!」
だが、浅い。
仕留めきれない。
首の半分ほどを切り裂くことしか出来なかった。
仕損じた殺し屋は、手痛い反撃を食らうのがこの業界の常識だ。
ガムテの肺に、向こう側を見通せるほど大きな穴が空いて――バケツをひっくり返したような大量の血が、彼の口から夢幻の湖畔に撒き散らされる。
「(あァ~……丁度いい、ぜ……!
呼吸(いき)、すんの……面倒臭えと、思ってたんだ……!!)」
それでもガムテは、止まらない。
相手が自ら詰めてくれた距離を、二度と渡さない。
逃げようとするなら追い掛ける、死んでも離れさせない。
「ァ……ァアアアアアアアア――!」
「ッ……! 正気(ガチ)か、お前ッ……!!」
――まさに、狂気だった。
身体中を蜂の巣にされながら、それでも止まらない。
なのに間近まで近付いて、それでもずっと"防戦"ばかりしている。
素人からすれば矛盾以外の何物でもないだろう。だが、殺島は知っていた。
優れた殺し屋であれば、極道であれば――防御(まもり)すらも殺人技巧(ころしわざ)になるのだと。
だが、それをこの状況で。格上に対して殺るなど、正気の沙汰ではない。
「(……夢澤の旦那。今更だけどよ、あんたがこいつに殺されかけたって話――仕方(しゃあ)ねえっスよ)」
イカれている。ガムテは、こと殺人という分野において誰よりイカれている。
改めてその事実を実感した殺島は、湖を埋め尽くす勢いで飛び交う白鳥達を狙って弾丸を撒く。
白鳥達はこの湖に蔓延る、実体のない幻でしかない。
だが二枚服用によって平時を遥か超える力を得た殺島には、可能だった。
幻影を撃ち、そこを起点に……より正しくは標的とみなした空間そのものを起点に跳弾させる。
もはや人智を彼方に置き去った、魔銃と魔弾の最高峰極道技巧――!!
「極道技巧――"魔弾舞踏会(タスラムディスコ)"……!!」
ガムテの周囲、三百六十度全方向から迫る死の凶弾。
狂おしい殺し屋を縫い止めて、その上で原型も残さず蹂躙するだろう魔弾の絨毯爆撃。
"
世界の終わり"は切れない。あの代償はクーポンの力だけでは賄えないし、使ったとしてもガムテには通用しないだろうから。
だからこうして、純粋な技巧の高さで彼を潰しに掛かった。
此処で殺す、確実に仕留めると。この時ばかりは神ではなく、極道としての矜持(プライド)に懸けて誓った。
「――は、はは、はははははは」
ガムテは、笑う。
振り返りもせずに、笑う。
死を前にして自棄になったか。
それとも、何も守れず遺志さえ汲み取れない自分を自嘲したか。
――違う。そんな理由で、殺し屋(かれ)は笑わない。
「あ、り、が、と、よ……!!」
ガムテの身体に魔弾が次から次へと食い込んでいく。
にも関わらず、彼は巧みに即死に繋がる箇所への被弾だけは避けていた。
更に、手足もだ。当たった瞬間に身体を特定方向に動かして、弾丸の威力をあらぬ方向へ逃がすことで四肢の断裂を回避している。
狂った人形(
マリオネット)のように踊り狂いながら、ショック死必至の激痛と損壊を浴びるガムテ。
その殺人的なまでの苦痛の代償に――彼の本懐(ねらい)は、遂げられた。
「……!? な――ン、だと……!?」
身体に食い込んだ、弾丸の推進力。
それを、彼は殺島へと向かう"加速"のために利用したのだ。
段違いに上がるスピード。ほんの一瞬、一秒にも満たない時間の急加速。
されどそれは、ガムテにとっては喉から手が出るほど欲しかった"追い風"だった。
ガムテが来襲(く)る。
反撃のための銃弾は、しかし――照準の段階で、両者の間に割り込んだ一羽の白鳥によって遮られた。
たかが幻、されど不確定要素であることに変わりはない。
当然、狙いは狂う。わずかな軌道のズレは、本来ガムテの脳を吹き飛ばす筈だった魔弾をその左耳が吹き飛ぶ程度の損害に押し止めた。
そして、殺島が殺し切れなかった悪童の王は。
とうとう加速の終点、神の御前へと辿り着き――
「アアアアアアアアアアアアアア!!!」
「……! が、はっ……!!」
――その心臓を、真正面から貫いた。
……。
…………。
………………。
夢幻(ユメ)が、終わる。
世界(マボロシ)が、晴れる。
それは舞踏鳥が死亡した証だった。
聖華天の行進で轢殺された彼女は、黄金球や他の子供達と同じく肉片一つも残っていないが。
それでもその"生き様"は、此処に残っている。
神の心臓を貫くガムテという、"結果"で。
「……見事だぜ、ガムテ。オレの霊核(しんぞう)――見事にブッ刺してくれたな」
しかし、まだ
殺島飛露鬼は終わらない。
霊核を貫かれたにも関わらず、彼はまだ笑っている。
笑い続けている。神は、まだ生きている。
「けどよ……まさかたったこれだけで、神(オレ)を殺したつもりになっちゃいねえよな?」
地獄への回数券、二枚服用(オーバードーズ)。
その回復力は異次元だ。流石に牛歩ではあるものの、霊核の損傷さえ修復し得る。
現にガムテに貫かれている今も、彼の霊核は少しずつ元の形へと治り始めていた。
死の淵から、
殺島飛露鬼は三度蘇る。
一度目は、輝村極道によって。
二度目は、界聖杯によって。
そして三度目は、他でもない自分自身の力によって。
三度目の"死"までもを跳ね返し、不良の神は今こそ高らかに勝利を謳う――
「いいや。もう、"ブッ殺した"よ」
「……あ?」
ことを、殺しの王子は許さない。
その手が、握った短刀の柄から離れる。
彼にとってそれは、絶対に選びたくない選択だった。
いつかの聖夜(クリスマス)、糞野郎(サンタ)が彼にくれた贈り物(プレゼント)。
憎たらしいババアの手によって汚されてしまった、親子の絆。
それを自ら手放すなんて――ガムテがする筈がない。
絶対に殺さなければならない相手を、そうすることで確実に殺せる……そんな状況でもない限りは。
「ッ、ガムテ――まさか、お前……ッ! お前……"これ"、は……!!」
……ビッグ・マムは、親子の絆に余計なお世話という名の唾をかけた。
ガムテの短刀に魂を与え、ホーミーズとして英霊をも殺せる殺傷力を宿らせた。
今や関の短刀は、ただの業物ではない。
ビッグ・マムの魔力を内包した、その宝具の一片とすら呼べる代物と化している。
殺島の頭の中に過ぎるのは、黄金球の最期だった。
ホーミーズ化させた鋼鉄球を爆発させ、散っていったあの男。
此処に来てようやく、本当の意味での死を感じ取った神の手は、刺さったままの短刀へと伸びる。
急いでそれを引き抜こうとするが――もう何もかもが遅い。
ガムテは、笑わなかった。
笑わずに、中指を立てて――言った。
「じゃあね、殺島の兄ちゃん」
……"親子の絆(ドス)"が、音を立てて爆ぜ。
……現世に甦った不良の神性"暴走族神"の霊核は、今度こそ粉々に弾け飛んだ。
最終更新:2022年12月02日 16:18