悪童の神が、悪童の王の凶刃に倒れる数分前に遡る。

 響くチェンソーの音色は、暴走師団の駆け回る戦場の中でも存在感を失うことなく響いていた。
 デッドプールも、そしてデンジも、好き勝手な暴走を縦横無尽に繰り返す聖華天(かれら)のことなどはもう完全に無視している。 
 いや、聖華天から見れば敵であるデッドプールの方は完全に、とは行かなかったが。
 彼の場合、あさひを直接狙おうとすれば敵を融合しつつデンジにけしかけ、同士討ちを狙う――など、彼らの横槍をいなしつつ有効活用してすらいた。

 デンジもデンジで、味方が宝具で呼び出したうるさい邪魔な暴走族への配慮などするわけもない。
 向かってくる分は容赦なく両断して排除しつつ、自分を一度殺してくれたいけ好かない先輩風野郎を倒すべく突撃する。
 刀とチェンソー。それは、デンジにしてみれば二度目となるマッチアップだ。
 デッドプールが銃まで使ってくることを踏まえると、二重の意味で"因縁の戦い"といえた。

「どうしたよ。一回死んで気合入ったのか、チェンソー君」
「お~入ったぜ、おかげさまでなア~! その証拠になんだか無性にムカつく野郎を殺してえぜ!!」
「単細胞の権化かな? やっぱお前、あのクソアイドルとお似合いだぜ。磁石のS極とN極みたいによ、うま~く噛み合うんじゃねえの?」
「おだててんじゃねえぞ、この不審者マスク野郎があ~~!!」
「皮肉だバカ」

 デンジの顎に、デッドプールの蹴り上げが入る。
 脳震盪を引き起こすこと必至の一撃だったが、デンジは自分の舌を噛んで意識のゆらぎを文字通り食い止めた。
 だが一瞬とはいえ隙は生じてしまう。そこを突いたデッドプールが、再び彼の首を狙うが。
 その刃は、ぎゅうううん、と音を立てて伸びたチェーンに絡め取られる結果に終わった。

「へへへ……。見え見えなんだよ、テメエの魂胆はよ~……!」

 デンジは、デッドプールが蹴りの予備動作を見せた瞬間、既にチェーンを動かしていたのだ。
 こいつは必ず、何の遊びもなく確実なやり方で自分を殺しに来ると。
 さっきの経験からそう分かっていたから、一か八かで"先置き"した。
 結果、デッドプールはデンジの目論見に引っ掛かって最後の一手を止められる。
 そして刃を絡め取れたなら、そこはもうデンジの間合いだ。

「ちょっとは頭使えるみたいだな。らしくねえじゃん、誰から貰った付け焼き刃だ?」
「性格の悪いクソジジイだよ。俺にも修行パートってのがあったからよお」
「へえ、そりゃ意外だ。お前に物教えるなんて、サスカッチ相手にマナー講師するくらい難しいだろ」

 軽口は健在だが、今の状況に限って言えばデンジの方が優勢である。
 チェンソーの刃をデッドプールも刀で受け止めていたものの、流石に馬力の優位はデンジの側だ。
 結果、少しずつ、少しずつ……デッドプールは押されていき。
 やがて刀の方がこの絶望的過ぎる押し合いへし合いに音を上げて、小気味いい音を立てながら砕け散った。

「はい勝ちィ! 死にやがれ!!」

 チェンソーが、デッドプールの身体を斜め一直線に引き裂いた。
 結果、出来上がるのは袈裟懸けに胴体を両断された世にもおぞましい猟奇死体である。
 血飛沫をあげながらぐらりとよろめいた彼の骸は、狂気の車列に呑まれて見えなくなった。
 だがデンジも、構えを解かない。それもその筈だ――彼は既に一度、デッドプールというサーヴァントの"体質"を目の当たりにしているから。

「俺ちゃんこう見えて、ご当地ヒーローに憧れてる一面もあってよ」

 鉄騎馬を駆る暴走族達、ざっと百人前後。
 その首が、一瞬にしてぽんぽんと間抜けな手品のように宙を舞う。
 愉快に跳び上がった生首達と一緒に夜空に躍り出たのは、やはりと言うべきか"彼"だった。
 しかし、今まで通りの姿ではない。
 殺した暴走族から奪い取った単車を駆り、夜空でぐるんと一周宙返りを決めると――そのままアクセルをベタ踏み。
 地上のデンジに向けて、車両の出せる限界速度で以っての爆速突撃を敢行した。

「この国じゃ、バイクに乗って颯爽登場するヒーローが人気なんだろ? 折角だからあやかってみたぜ」
「チィッ……! バカみてえな真似してんじゃねえよ!! この強盗殺人野郎がア~~!!!」

 避けることは、デンジには出来ない。
 その軌道は明らかに、背後のしおとアイを狙うものだったからだ。
 だから舌打ちと悪態をついて、真っ向受け止めに向かうしかない。
 もちろんデッドプールも、彼がそう動くだろうことを予想してこの攻撃を繰り出している。

 結果――車輪とチェンソーが、小細工なしに正面衝突。
 互いの回転で互いの回転を磨り潰しに掛かる、力押しの極致のような光景が繰り広げられたが。
 しかし流石にこの勝負では、デンジの方が分が悪かった。

「そのバイクあげるよ。大切に乗ってくれよな、名も知らない暴走ドライバー君の形見だからよ」
「はあ!? ちょ、おま――ウギャアアアアアアアア!!」

 恐ろしいまでの摩擦熱が、車両内部の燃料と誘爆したのだろう。
 デッドプールが駆る鉄騎馬は大爆発を引き起こし、デンジは絶叫をあげながら吹き飛ばされる。
 爆発が起こる寸前で、デッドプールは「よっこらせ」とマシンを降りていたから、主に被害を蒙ったのはデンジの側だった。
 ボロ雑巾のようになりながら地面を転がったデンジが、よろよろと起き上がるが。
 ――それを邪魔するように、彼の胸に数発の銃創が開いた。

「らいだーくん! しっかりして!!」

 心臓を撃ち抜かれ、デンジは当然のように即死する。
 すぐさま手を伸ばして、しおがデンジのスターターロープを引く。
 まるで餅つきだった。ぶうん、といつもの音がして、"チェンソーマン"は再起動する。

「……お前、だんだん起こすの雑になってねえ?」
「そんなことないよぉ。ふぁいと、らいだーくん!」
「せめてちょっとは痛ましそうな顔すんのが"まとも"なマスターなんじゃねえのかあ?」

 二度目の復活に、最初は渋い顔をしていたが。

「ライダーくん、もしかしてどこか痛いの? 今ライダーくんが負けちゃったら……私、困っちゃうなー」
「――アイさんを困らせてんじゃねえぞ!? 犯罪者野郎が! 強盗殺人は日本の法律じゃ、死刑または無期懲役だぜ~~ッ!!」

 アイが仕上げをすれば、満を持して完全復活だ。
 さっきまで心臓を撃ち抜かれて死んでいたとは思えないほどの元気っぷりで、再びデッドプールに向かっていく。
 その姿を見ながら、デッドプールは呆れたように肩を竦めつつ。
 一方内心では――此処に来て、デンジというサーヴァントの真の厄介さに気が付き始めてもいた。

「(経験は浅い、戦いのやり方はセンス頼みとほんのちょっぴりの付け焼き刃。
  蘇生の条件も俺ちゃんのに比べて手間がかかりすぎる……が)」

 デッドプールには、もう手加減をする気など毛頭ない。
 今しがた、マスター達を狙った軌道で攻撃を繰り出したのもその一環だ。
 神戸しおを殺す。あさひの覚悟を無駄にしない。自分が代わりに、彼の家族を殺してみせる。
 まだ"憑き物"は落としきれていないが、兄妹同士で最後の話も出来たようだし、頃合いとしては十分だろう。

 マスターを狙ってもいいのなら、最早デンジなど敵ではない。
 全てにおいて自分の後塵を拝するしかない"若輩"なんて、デッドプールに言わせればいいカモだ。
 そう思っていた――最初は。

「(やりにくいな。こいつ)」

 まるで荒れ狂う台風のように、触れるもの皆傷付ける回転刃を振り回すデンジの相手をしながら。
 デッドプールはそう思う。
 全てにおいて上を行けている自信はあるのに、何故だか攻め切れない。
 まるで、有利だとか不利だとか、そういう観念がそもそもこの男には存在しないかのような。
 そんな"やりにくさ"を感じ出すにつれ、目に見えてデンジとデッドプールの戦闘は拮抗の様相を呈し始めてきた。

「お前よ、本当は不死身じゃねえんだろ」
「どういうことだいライダー。三途の川の向こうに、シャーロック・ホームズでも見えたのかい?」
「治るのが速えだけだ。死ぬような傷でもすぐ治るってだけで、実際に死んでるわけじゃねえ。違うかァ~?」
「だったらどうした。幼女(ママ)にロープを引いてもらわなきゃ生き返れない分際で、ミュータントの俺ちゃんにマウントかい?」
「おう、マウントだぜ。"そういうこと"なら、テメエは俺に絶対勝てねえ」

 言葉を交わしながらも、手は緩めない。
 火花を散らしながら、寄せ来る暴走族を切り払いながら、殺し合うヒーロー二人。
 デンジも先ほどの返礼とばかりにチェーンで単車を引き上げると、投擲武器としてデッドプールに投げ付けた。
 ひらりひらりと躱すデッドプールだが、次の瞬間その身体は激しい爆発に呑み込まれる。

 此処まで含めて――"返礼"だった。
 燃料の入っている部分に予めチェンソーで亀裂を入れておくことにより、火花で誘爆させてやり返した。
 これで死なないことは既に実証済みだ。
 爆炎の中に自ら突っ込み、デンジは再生したてのデッドプールに血も涙もなくチェンソーを振り下ろす。
 滅多切りにしてやらアアアア!! という彼の心の声が、聞こえてくるかのようであった。

「テメエみてえな一生死なねえ野郎はよぉ――俺にしてみりゃ、ただの永久機関だぜ!!」

 デッドプールの腹を切り裂いて、血と臓物を溢れさせる。
 爆発で焼かれた手傷は小さくないし、デッドプールの刀に首筋も切り裂かれているが。
 しかしその再生に必要な分の血を、目の前の敵の体内から直飲みで吸収して賄えば。
 結果的に、受けた負傷は帳消しとなり。
 デンジは文字通り"永久に"、このデッドプールという怨敵を殺し続けることが出来る。
 かつて永遠の悪魔に対して使った戦法が、此処に来て再びデンジの身を助けてくれた。

「……お前、マジでイカれてんな。俺ちゃんちょっと舐めてたわ」
「お~? 死体が喋ってんなア~~~~!!!!」

 こればかりは、デッドプールも見事なもんだと思わざるを得なかった。
 確かにこれは、抜け出せない。
 このまま行けば、いずれ霊核にまでチェンソーの刃が届くだろう。
 そうなれば敗北するのはデッドプールの方だ。
 此処まで殺され続けてきたデンジが、ようやく一本取り返した――しかし。

 あくまで一本"取り返した"だけで、"勝った"わけではない。
 デッドプールの窮状を悟った神戸あさひが、その右手に刻まれた刻印を輝かせたからだ。

「令呪を以って命ずる――戻って来い、アヴェンジャー!」
「あっ!?」

 令呪による、空間転移。
 チェーンでしっかりと拘束していたデッドプールが忽然と消え、デンジは素っ頓狂な声をあげた。
 デンジ自家製の永久機関に囚われていたデッドプールは、あさひの前へと転移し。
 そのまま銃口を向ける――しおへ。そして一発、二発と引き金を引いて発砲した。

「ナイス判断だ、あさひ。助かったぜ」
「礼なんかいい。それより……頼んだ」
「おう。任しとけ、俺ちゃんやる時はやるし、殺る時もちゃあんと殺るんだよ」

 ぽん、とあさひの頭に一度手を置いて。
 デッドプールは再生したての肩をコキ、と鳴らした。
 元より油断など一寸たりともしていない。
 マスターをしっかり庇って腹から血を流すチェンソー頭、それを"殺し切る"ことだけを考えて戦っている。

「お前の妹、殺すぞ」
「ああ。……お前なら、いいよ。俺の全部、お前に委ねるから。だから――」
「いい。皆まで言うな」

 デンジを真正面から殺し切るなら、スターターロープを誰にも引けない位置で殺すことだろう。
 もしくは、マスターのしおを殺して自動的にデンジも消滅して貰うかのどちらかだ。
 尤も前者だったとしても、結局デンジが死んでいる間にしおは殺すことになる。
 神戸しおの死は、デッドプールがデンジに勝利する上では必要不可欠だった。
 だからあさひに質問した。あさひは、全てを委ねると言った。

 ――であれば、それで十分だ。
 デッドプールに、憂いはない。

「しお。アイさんと一緒に離れてろ、あの野郎はお前らを狙う気だ」
「うん、わかった。……らいだーくん、お願いね」
「――正直、お前らの兄妹喧嘩なんぞどうでもいいんだけどよ。
 けどあの野郎は嫌いだぜ、俺ぁ。きっちりしっかり、跡形も残さずブチ殺してやらあ」

 デンジも、デッドプールの狙いは分かっている。
 的になるしおを近くに置いておくのは危険だと、そう判断して下がらせた。
 デッドプールのことは嫌いだというのは本心だ。
 自分を二度も殺してくれた彼には、どうにかして吠え面かかせてやらなきゃ気が済まない。

 ……だが、それとはまた別に。
 この世界に来てから一つ屋根の下で一緒に暮らしてきたしおに、ああも真剣な眼差しで頼まれては――断るのは気が引ける、というのもあった。

 神戸あさひを殺すことを彼女が望むならば、サーヴァントである自分はそれに応えるのが筋なのだろう。
 細かいことを考えて、一人で勝手に悩むのはもうやめた。
 当人であるしおが良いと言うなら、それでいい。
 自分はただ、要望に応えて敵を殺すだけの武器(チェンソー)になればいいだけだと。
 葛藤やもどかしさを心の中から排除して、いざ敵を殺すために前へと進む。
 やること自体は変わらない。いつも通り、誰かにとっての"悪魔"を排除するだけだ。


「――行くぞオオオオオ! ブッ殺オオオオオす!!」

 デンジが走る。
 デッドプールも、走る。
 彼らは、対城宝具だの軍勢宝具だの、そうした派手な奥の手は持っていない。
 だから結局最初から最後まで、純粋な接近戦が全てになる。

 交差の瞬間、デッドプールの無事だった方の刀までもが砕け散った。
 これで彼の二刀流はどちらも中途で折れた、実に不格好なものへと変わってしまったが。
 彼はそもそも、剣の達人などではないのだ。
 剣の見てくれや格好など、気に留めたことは一度たりともない。
 剣など、斬れればそれでいいのだから――刀身が砕けた程度では、デッドプールの手を止める理由には到底なり得なかった。

「(お前も、なかなか立派なもんだよ。
  俺があさひのために戦ってきたように、お前もしおのためにずっと戦ってきたんだろ?)」

 デッドプールは。 
 実のところを言うと、このデンジというライダーのことが嫌いではなかった。

 言動も行動も、とにかく見ていて退屈しないから――というのもある。
 けれど一番は、神戸しおという"子供"の言葉とその夢に、どこまでも対等な目線で向き合っていることだった。
 彼はしおに仰々しい何かを見出すことはない。
 だがその代わり、しおという"子供"の願いを軽んじることもない。
 とにかく、対等なのだ。二人三脚で、それこそ兄妹か友人かのように同じ歩幅で歩んできたのだと……デッドプールには分かった。

「(――そういうヤツは、嫌いじゃない。敵でさえなければ、だけどな)」

 松坂さとうへの愛に取り憑かれているしおも、デンジは数少ない例外としているのだろう。
 彼女の方も、彼のことを信用しているように見えたし。
 それも、頷けた。粗暴でメチャクチャな言動は、裏を返せば偽らないし隠さない性格の裏返しでもあるのだから。
 子供は、そういう人間にはよく懐く。
 ましてやしおのように"拗れた"子供にとっては、余計にデンジは付き合いやすい存在として写ったのかもしれない。

「――あばよ、チェンソーマン」

 デッドプールの刀が、半ばからへし折られたそれが。
 デンジの首を刎ね、三度(みたび)その身体を死に至らしめた。

 IF(もしも)の未来に思いを馳せても、デッドプールがその手を鈍らせることは決してない。
 ほんの少しの名残惜しさだけを心の味蕾で感じながら、斬首の感触からデンジを再び"殺せた"ことを確信。
 するや否や、次は彼を完全に"殺し切る"ために神戸しおの抹殺へと移り始めた。
 標的はしおだけではない。あさひを嘘のニュースで晒し者にし、間接的に破滅させようとしてきた因縁のある星野アイも、デッドプールは此処で確実に殺し切るつもりだった。
 令呪であの"暴走族神"を呼ばれれば、いささか状況は面倒になっただろうが――

「……っ」
「とうとう天に見放されたな、腹黒女」

 アイの顔色が、らしくもなく"曇った"こと。
 そして彼方、ガムテ側の戦場からの魔力反応が急激に薄くなったこと。
 それらを踏まえてデッドプールは、ガムテと彼の同胞達が"成し遂げた"のだと理解した。
 であればもう、道を阻むものは何もない。此処で全ての因縁を清算し、あさひに"明日"を歩ませる。
 そう誓って銃を構える――あさひの方はもう、振り向かない。
 振り向かずとも、彼の覚悟はもう身に沁みて分かっているから。

「これで終わりだ」

 そう言って、デッドプールは。
 アヴェンジャーであり、ヒーローでもある彼は、引き金を――引こうとした。

 しかし、そこで。
 彼は、確かに聞いた。
 聞こえる筈のない音を。
 もう二度と響くことはないと、そう確信していた筈の音を。



 ――ぶうん。



 ……。
 ……、……。
 ………、………。


 デンジは。
 死の瞬間、いやその数瞬ほど前に。
 自分の胸のスターターに、チェーンを結び付けていた。
 デッドプールの刃が自分の首を切り落とすことは、もう分かっていて。
 だから内心舌打ちしつつ、デンジはこう思ったのだ。

 ――くそ。どんだけ強えんだよ、こいつ。

 あーあ、また殺されちまうな。
 死ぬのは痛えから嫌なんだけどなあ。
 けどこのまま雑に死んじまったら、アイさんにがっかりされちまうよな。
 ……あと、一応。しおの奴にも。

 死の間際、ありったけチェーンを伸ばしたことをデッドプールは見落とした。
 最後、果たせなかった攻撃の名残だろうとそう認識してしまったのかもしれない。
 しかしそれは、攻撃ではなく。
 死にゆくデンジが、死にゆく者なりに考えた――復活のための布石だったのだ。

 デッドプールを轢き殺すために、彼方から津波のように押し寄せてくる暴走師団。
 彼らの車輪が、路上にだらりと投げ出された電鋸のチェーンを引きずった。
 猛烈な速度で進むそれは、デンジの身体も諸共に引きずってミンチに変えたが。
 それに合わせて、スターターロープを"再起動"の条件を満たすところまで引いてもくれた。
 その結果、ぶうん、と音は鳴り響き。そして――


「この国にはよー……二度あることは三度あるって諺があんだよ」
「おい、おいおいおい――マジかお前」


 神を失い、緩やかに消え始めている暴走師団の一人。
 その身体を単車から引きずり下ろして、車両を奪い取った。
 ブレーキが最初から壊れている、進み暴走(つづけ)ることしか知らない改造二輪。
 暴れ馬故の超速でデンジはデッドプールに接近し、あと少しというところで彼の駆る鉄騎馬が消滅した。
 空中に投げ出される格好になるが――構わない。この間合いでなら、手(チェーン)が届く。


「せっかく日本までやって来たんだからよぉ~……その身でしっかり、覚えて帰れやアアアアア!!!」


 今まさに銃を撃とうとしていたその腕を絡め取って、空中まで引き上げる。
 デッドプールの膂力は、決して低くはない。
 だが、それでも。この状況を脱せるほど、彼は怪力無双なサーヴァントではなかった。
 詰めの一手を、卓袱台返しで台無しにされ。
 空中旅行へと連れ出されたデッドプールが、至近でどうにか銃をぶっ放す。
 しかしその弾丸も――デンジの顔を滑って右目を潰すだけの結果に留まり。

「……はは。流石にムチャクチャ過ぎんだろ、お前」

 肩をすくめるデッドプールの霊核を、今度こそデンジのチェンソーが引き裂いた。



「ざまあ~~……みろってんだよ。人の首、散々ぶった切ってくれやがって」

 ぼと、とデッドプールの死体が地面に落ち。
 デンジは勝者として地に立ち、ぺっと血混じりの唾を吐き捨てた。
 その片目はまだ潰れたままになっているが、このくらいの傷は血を飲めば簡単に治る。
 しかし、消耗は大きかった。身体がどっと疲れているのが分かる。
 この後、まだ大ボスの"皇帝"相手に戦わなければならないのだと考えると、デンジはどっと肩が重くなった。

「つーか……あのヤクザ野郎、やられてんじゃねえか。
 キザったらしいおっさんだったから別に悲しくはねえけどよ、アイさん困らせるようなことすんなよな……」

 デッドプールの屍が、金色の粒子に変わって消えていく。
 それを見送るほど、デンジは彼に対して感慨を抱いていない。
 デンジにとってのデッドプールは、ただただ面倒臭くて、ひたすら厄介な敵だった。
 ビッグ・マムとはまた別のベクトルで、もう二度と戦いたくない相手。
 もっとこう、分かりやすく悪くて適度に隙のある――それこそ元の世界で言うところの、悪魔のような敵が相手だとやりやすいのだが。

 そんなことを思いながら、変身を解き。
 さて相棒が死んだアイさんを慰めてやらなくちゃなと、歩き出したその時だ。

「――らいだーくんっ!」
「あー、良いって良いって。でかい声出さなくても聞こえてるぜ」

 しおが、デンジに向けて叫んだ。
 その叫びの意味が、どうも"祝福"ではないらしいと気付いた瞬間。
 ぽんぽん、とデンジの肩が、何者かによって叩かれる。
 何だよ、と鬱陶しそうに振り向いたデンジの表情が――凍った。

「よっ。お前凄えな、チェンソーマン!」
「は?」

 意味不明の事態に、思考が凍る。
 確かに殺した。その手応えを、デンジは覚えていたし。
 何よりその身体が金色の粒子に変わって消えていく様を、つい数秒前に見た筈ではないか。
 じゃあ、こいつは誰だ? デンジは、背筋を冷たい水が一滴伝っていくのを感じずにはいられなかった。
 冷や汗。"イカれている"彼らしくもないそれは、目の前の事態がどれだけ異常なものであるかを物語っているようで。



「俺が死ぬ方に賭けたって? 残念だったな」



 デンジが反撃の準備を整えるのを、待たずに。
 傷一つない真新しい身体でそこに立っていたデッドプールが、彼を再殺した。


◆◆


 ……アヴェンジャー・デッドプール。

 彼の宝具は、脅威的な自己再生能力を可能とするその肉体である。
 霊核を破壊する以外の手段では滅ぼせない、異常すぎる回復力。
 その凄まじさは、デンジがその戦いで余すところなく味わされた通りだ。

 ――しかし彼には、もう一つの宝具がある。
 都市を吹き飛ばす対城宝具などではない。
 軍勢を呼び出して、敵を磨り潰すご立派な対軍宝具でもない。
 誰かを呪い殺すだとか、敵の宝具を奪い取るだとか、そんな奇を衒ったものでもない。
 彼の第二宝具は、ごくごく小さな奇跡を起こすだけのちっぽけなものだ。
 その証拠にランクもE。使えるのはたったの一度きりで、かと言って絶望的な状況を覆せるほど劇的なものではない。

 されど、それは。
 どんなに小さくとも、一度きりでも。
 間違いなく――"奇跡"と呼ぶに相応しい、とびっきりのインチキだった。 


 『俺が死ぬ方に賭けたって? 残念だったな(デッド・プール)』。
 対人、否。対軍、否。対城、否。前代未聞の"対死"宝具。
 一度きりの、死の拒絶。生前の逸話を元手にした、あらゆる因果も法則も無視した"自己蘇生"。

 デンジは確かに、デッドプールに勝利した。
 だが、結局のところ勝負事というのは何であれ、最後に笑っていた者の勝ちなのだ。
 デッドプールは、爽やかに笑い。デンジは目の前の不条理を見て、笑顔を消した。
 それがこの戦いの幕切れであり――結末の、すべてであった。

 デンジは負けた。
 デッドプールは、勝った。
 兄妹の対決は、今度こそ白黒付いた。
 勝ったのは――兄(あさひ)だった。



◆◆


「――殺ったみてえだな、ガムテ」

 暴走師団聖華天による、いつ終わるとも分からない"暴走"がようやく終わった。
 地平線の果てまで埋め尽くすような鉄騎馬の軍勢が、まるで蜃気楼のように揺らいで消えていく。
 それを見送って、あまりにも絶望的な防衛戦を辛くも生き延びた"割れた子供達"の一人――"毒"が呟いた。
 その声を聞いて、傍らでずっと彼女へ指揮を出し続けていた相棒・"天使"が気が抜けたように地面へへたり込む。

 彼女達が生き延びられた理由は、ひとえに天使の極道技巧の影響が大きかった。
 極道技巧"妖精通信(ムシノシラセ)"。
 麻薬の効果で増強された危機察知能力で、自分を襲う"脅威"を怪物の姿として可視化する。
 これを用いて、彼は絶えずやって来る暴走師団の軍勢の中でも視線の濃淡を見極め続けた。
 その結果、ギリギリのラインながらも命までは失わずに戦い続けることが出来たのだ。
 とはいえ常に極道技巧をフルで使い続けた消耗は大きく、天使はもう立ち上がることもままならない状態のようである。

「……ねえ。何人死んだのかな」
「さあな。けど、大勢だろ」
「――生き延びちゃったなあ」
「しゃあねえよ。オレ達があっちに加勢しに向かってたら、こっちで引き受けてた分の暴走族(バカども)まであっちへ行ってたかもしれねーんだ」

 普段は喧嘩の耐えない二人ではあったが、今ばかりはそれも鳴りを潜めていた。
 胸を満たすのは、喪失感と達成感。
 失ってしまった、という思いと、生き延びたぞ、という思い。
 とはいえ、まだ戦いは終わっていない。
 ガムテは勝った。しかし敵は、全滅していない。
 死んでいった者達の分までも、自分達は殺し続けなければ。

「ちょっと休息(やす)んだら、また働いてもらうぞ。
 ……ムカつくけどよ、お前の技巧(ちから)はオレには必要不可欠だからな」
「了解(りょ)。あーあ、いっつもそのくらい素直だったらちょっとは可愛げもあるんだけどなー。一ミクロンくらい」
「無駄口叩くな、ぶっ殺すぞクソ天使」

 勝つのは、ガムテだ。
 彼でなければならない。
 毒も天使も、彼の勝利を疑う気持ちがないという点ではずっと共通していた。
 だから彼女も彼も、止まらないのだ――自分達を救ってくれた王子様(プリンス)が、いつか心から笑えるように。

「あー、ちょっとごめんな。どいてくれるか、通りたいんだ」
「あ?」

 不意に響いた声に、毒が訝しげな顔をして振り返る。
 その顔を……左半分が醜く爛れた痛ましい顔を、一本の手が無造作に掴んだ。

「――は? おい、ドブス……何してんだよお前、はぁ……?」

 それに憤る暇も、反撃する暇も、彼女にはなかった。
 断末魔の叫びの一つも残せないまま、毒の顔が崩れる。
 そのまま塵のようにボロボロになって、かつて毒だったものが天使の足元に積もった。
 何が起こった。一体、今、何が――その時天使は、自分の弱さと未熟さを殺したいほど激しく憎んだ。

「あ、あああ、ああああ、――ああああああああああ!!!!」

 そこに居たのは、今までに見たものとは比べ物にならないほど悍ましい……怪物だった。
 絶叫は相棒を殺された憤怒と、そして本能を直接揺さぶられるような激しい恐怖からあげたものであったが。
 それでも死んだ毒の得物を拾い上げ、酸を吹きかける行動に移れた辺りは流石殺し屋だと褒め称えられて然るべきだろう。尤も――

「なんだよ。上出来じゃねえか、ヤクザ野郎」

 その行動は、実行にまでは届かず終わる。
 毒の死体から伝播した"崩壊"が、天使の身体を足元から崩したからだ。
 敵を討つどころか一矢報いることも叶わないまま、天使は相棒を追って散った。
 彼女達の遺骸、もとい、"残骸"に目をくれることもなく。
 この大虐殺を強く望んでいたその男は、今悠然と姿を現した。

「――ガキ共、ちゃんと大勢死んでやがる。社会のゴミは嫌いじゃないが、落とし前は付けさせなくちゃなあ」


◆◆


 勝った。
 勝ち取った。
 しおに――、勝った。
 あさひがそれを認識したのと、デッドプールが勢いよく振り向いたのは全く同時のことだった。
 その視線は、あさひを見てはいない。
 あさひの遥か後方から、こちらに向かって足を進めてくる――……一つの人影を見据えている。

「――走れ! 逃げろ、あさひ!!」

 あさひの身体がびくんと震えたのが分かった。
 デッドプールがこうも声を張り上げて、あさひに何か言うことなど今までなかったからだ。
 驚くと同時に、しかしあさひは急いでその場を退く。
 "あの"デッドプールが声をあげた。それはつまり、それほどの"何か"が今この場に迫っているということだから。


 ――あさひが、視線を向ける。

 デッドプールの見据える方向を、見る。
 そこには、一つの人影があるだけだった。
 ぞくり、とあさひの背筋が冷える。毛穴という毛穴が、ぶわっと開くのを感じた。
 その時抱いた感情はきっと、かつて彼が同居していた一人の悪魔。
 あさひとしおがこの世に生まれるきっかけとなった人物であり、そして神戸家の幸せ全てを奪った元凶でもある……父親。彼に対して抱くものに近かった。

 しかし、同じではない。同じなわけがない。
 あんな男となど、比べ物にもならない。
 それほどまでの、何か。言葉には尽くせない"何か"を感じ取り、あさひは心からの恐怖に歯を鳴らした。
 なんだ、あれは。なんだ、あいつは。あの男は、一体何だ――!


「……とむらくんっ!!」


 嬉しそうなしおの声に、あさひの心が揺らぐ。
 恐怖から、また別な方向性の絶望で揺さぶられた。
 しおが、何か巨大な勢力に属しているという話は――ガムテから聞き及んでいた。
 星野アイもそこに所属しており、共に聖杯を目指しているらしいと聞いていた。
 その事実と、しおが彼の名前を呼んだことを踏まえて考えるに。
 あの男は――妹(しお)の同盟相手の一人なのだろうと、あさひは結論を出す。

 ……、……あんなものと?
 あんなものと、しおは手を組んでいたのか。
 あんなものを見て、しおは何故目を輝かせるのか。

「……なんで、そんな顔が出来るんだよ――しお……っ」

 白い、男だった。
 白い髪の毛、白い肌。
 純白は本来清らかだとか、神々しさだとか、そういうものを見る者に感じさせる筈なのに。
 この男からは、ひどく恐ろしいものしか感じ取れない。少なくともあさひはそうだった。
 色濃いなんてものではない暴力の臭い。

 ――もしかしたらそんな領域の話ですらない、途方もない恐ろしさをあさひは感じた。見た。


「なんだ。チェンソー野郎、負けてんじゃねえかよ」
「うん、一回はかてたんだけどね……」
「まあいいや。お前、今のうちにさっさとそいつ生き返らしとけ。星野はそこから動くな」
「……分かった、けど――死柄木くんはどうするの?」


 恐ろしさに、声も出せないあさひとは違い。
 デッドプールはすぐさま、自分が取るべきと確信した行動に打って出た。
 神戸しおを殺してあの"チェンソーマン"の蘇生を防ぐ。星野アイを殺して、ケジメを付けさせる。
 今は全部、二の次だ。何よりも優先して、まずはこの男を殺さなければならないと――"ヒーロー"としての直感がそう告げていた。

「こいつらを殺すよ」

 目元に独特の模様が浮かんでいることから、地獄への回数券を服用していることは分かった。
 だがそれだけならば、これほどまでに強い危機感を覚えることはなかった筈だ。
 違うのだ――そういうカタログスペックの話ではなく、もっと根本の部分で、この男はまずい。

 生かしておけば必ず、あさひの未来を閉ざす存在になると。
 いや、それどころかこの聖杯戦争に関わる誰もに致命的な結果を齎すと。
 確信をもってデッドプールはその男へ、必殺の腹積もりで二丁拳銃を発砲した。
 その弾丸を、彼は避けすらしなかったが、両足の腱を撃ち抜かれれば一瞬なれども足は止まる。
 そこを突くべく、デッドプールは折れた双剣を得物として……"彼"を殺さんと振り翳した。

「よう、イキってんな根暗ボーイ。おたく、あれかい? なんとか連合の頭取かな?」
「そういうお前はヒーローだろ。奇を衒っちゃいるが、臭いで分かるぜ」
「ピンポーン。だけど質問に質問で返す野郎はホームズだって赤点だ――あの世で追試受けてきな」

 それに対し、彼――死柄木弔は手を振るう。
 その手が、自身の二刀に触れた瞬間……デッドプールは得物から手を離した。
 本能的直感。もしくは、ミュータントとしての超視力が金属の表面を伝い出す"崩壊"を見抜いたか。
 とにかくデッドプールは二刀を捨て、死柄木の顔面を蹴り飛ばしてその胴体に銃弾を叩き込んだ。
 鼻血が顔を伝って落ちるが、死柄木は臆するでもなくデッドプールへと向かってくる。

 ちら、と目を向ければ。デッドプールが捨てた二刀は今、既にぐずぐずに崩れて元が金属だったということすら分からない状態となっていた。

「――あ、そうだそうだ。君とも話をしてみたかったんだよな、ガムテくん」

 触れたものを、"崩す"力。
 種は見抜けたが、恐るべきはその崩壊が物質の垣根を超えて伝播することにあった。
 現にデッドプールが捨てた刀に触れていた箇所の地面も、崩れて塵の塊のようになっている。
 難儀な相手だと、デッドプールがそう思った矢先に――大きな戦いを終えたばかりであるにも関わらず、飛び込んできた小さな影があった。

「そりゃ光栄だなァ~。こっちもババアの小指落とせたくらいでいい気になってるお山の大将のツラ、拝みてえと思ってたんだ」
「おいおい、よくこの状況で弁を立たせられるな。
 おまえの大事な"お友達"は、不幸な交通事故でずいぶんお亡くなりになっちまったみたいだが」
「ああ~? ガキみたいな煽りすんじゃん、加齢臭野郎(オッサン)がよ。子供大人(フリークス)かア?」
「お山の大将はお互い様だろ?
 もしまた仲間を集められたら、今度は交通ルールから教育した方がいい。"赤信号はみんなで手をあげて渡りましょう"ってな。
 暴走(はし)ってるバイクの前に飛び出したらよ、そりゃ死ぬだろ」

 関の短刀は、殺島飛露鬼を討つために使い潰してしまった。
 だから今、ガムテの手に握られている刃物(どうぐ)は一般流通品のなんてことないナイフだ。
 しかし、死柄木弔はサーヴァントではない。クーポンを服用しただけの人間だ。
 であれば、首を刎ねれば殺せる――ガムテの技巧があれば、決して勝てない相手じゃない。

 死柄木とて、それは分かっていた。
 こうして対面してみて、ガムテの強さはひしひしと伝わってくる。
 感覚としては"ヒーロー殺し"のそれに近いだろうか。
 信念と、狂気と、鍛錬とセンスに裏打ちされた"完成度(つよさ)"。本心から、見事なものだと思うが。

 結局、触れれば壊れるのだ。
 この世の誰よりそれをよく知っている死柄木は、ガムテに向けて躊躇なくその右手を突き出した。

「――よく聞けガムテ、その手は触れたものを問答無用で崩しちまう。
 崩れたものからまだ無事なものへと崩壊を"伝わせる"、感染機能まで盛り込まれたヌルゲー仕様だ」
「……あ~~、了解(りょ)。面倒臭え技巧持ってやがんな。アヴェンジャー、細かい話は後だ」

 それを避けつつ、ガムテはその瞳の奥に――新たな殺意を光らせる。

「このカス、殺すぞ」
「異議なしだ。ビッグマウスのツケを支払わせてやろうぜ」

 泣く子も黙る。
 それどころか、向けられた時点で失神しても不思議ではないようなとびっきりの殺意と殺意。
 一人の人間に向けられるには過剰と言ってもいいほどのそれを前にしても、死柄木弔はただ不変だった。

 そんなものはもう飽きた、と――そう言葉にする代わりに腕を伸ばす。
 対し、ガムテの選択は実に無慈悲だった。
 既に敵の能力には当たりが付いている。
 "崩壊"。手のひら、もしくは五指で触れた物体を崩壊させる異能。
 ならば腕を切り落としてしまえば、指を咥えて見守ることすら出来ない木偶の坊の完成だ。
 それに対し死柄木は、身を軽く引くことで躱しながら笑った。

「俺とおんなじこと考えんだな。ちゃんとしてるじゃん、王子様」

 避けられた、という事実自体にガムテは小さくない驚きを禁じ得ない。
 目の前の男からは――八極道や忍者のような頭抜けた強者特有の、磨き上げられた"強さ"は一切感じなかった。
 なのにその身のこなしは、野生の獣を思わせるほど軽やかで迷いがなかった。
 最速の殺し屋であるガムテの"本気"を空振らせる難易度がどれほどかなんて、今更語る必要はないだろう。

「ははっ、速ッええな。麻薬キメてなかったらまともに見えなかったかな」

 かつて、魔王と呼ばれた男は。
 最高の魔王を目指し、死柄木弔を利用した男は。
 人体改造を施すことで、死柄木を肉体面でまず超人に仕立ててしまうことを考えた。
 しかしこの世界に魔王オール・フォー・ワンは居らず――彼の竹馬の友が長い年月をかけて仕上げた、"設備"もない。

 そんな状況で、死柄木の肉体的貧弱さを克服させたのが"地獄への回数券"だった。
 運動能力から動体視力まで、おおよそ考えられる全てのパラメータが底上げされた今の彼はまさに超人。
 元より、ギガントマキアという"災害"との交戦を一月近くも続けたことで、秘められたセンスを限りなく引き出された状態であったことも幸いし。
 今や死柄木弔の動き、そしてその体術は――"八極道"にすら並び立つ水準にまで達していた。

 だからガムテも容易くは攻め切れない。
 クーポンによる回復ですら補いきれない、身体の芯まで染み込んだ疲労も災いして……想像以上の苦戦を余儀なくされる。
 故にこの戦いの鍵を握るのは彼ではなく、彼と肩を並べて戦うアヴェンジャーのサーヴァント・デッドプールである。

「ずいぶん気持ちよくラリってるみたいで何よりだ。
 ハッピーで埋め尽くされたまま、R.I.P(レストインピース)まで逝ってくれ」

 死柄木の指が、デッドプールの左腕を掠める。
 しかし彼は冷静に、自身の右腕を切断して崩壊の進行を食い止めた。
 そうしている間も足は動かし続け、再生したての左腕で死柄木の腹へ一撃。
 内臓を叩き潰しながら、手刀を作ってそれを用い斬首を試みる。
 忍手"暗刃"と呼ぶには――強度も練度も足りないが、人間の首程度なら簡単に切り飛ばせるパワーは持っている。
 こいつは一秒たりとも生かしておくべきではない、その直感に従って確殺を試みるデッドプールだったが。

 青年は、次代の魔王は――ただ笑って。

「そういう感じね」

 身を屈め、素早く地面に触れた。
 それを察知し、ガムテは空に逃れる。
 だが、デッドプールはそうは行かない。
 死柄木弔の"個性"は、その崩壊は――感染(うつ)るから。
 そうなれば、もしかするとあさひにまで崩壊が届くかもしれない。
 それだけは是が非でも避ける必要がある。だからデッドプールは、その"最悪"を回避するように動くしかない。


「なら――話は早いんだ」


 自分から意識を反らした、デッドプール。
 アヴェンジャーではなく、ヒーローとしての行動をしてしまう彼の背中に死柄木の五指が触れる。
 意図を理解したガムテが死柄木の首にナイフを突き立てたが、肉を切り裂き首を落とすまでのわずかな間で刀身に触れられれば命は奪えずじまいだ。
 ホーミーズ化もされていない、量産品のナイフでは一秒たりとて死柄木の崩壊に耐えられない。
 "伝播"による死を避けるためにガムテは大きく飛び退く必要があり――更に得物は失われ。
 死柄木弔はヒーロー・デッドプールの抹殺という本懐を、悠々と遂げる。

「守るものが多いよなあ……ヒーローってのは」

 ……ヒーローを憎む、かつて救われなかった少年は。
 師である魔王から、ヒーローを殺す最もベターな手段を教わっていた。


 ヒーローは、守るものが多いのだ。
 だからこそ、彼らはいつか選ばなければならなくなる。
 助けを求める誰かを見捨てて、ヒーローではなくなるか。
 身を挺してでも大切なものを守り抜いて、ヒーローとして死ぬか。

 デッドプールは、世間で言われるヒーローのイメージとは大きくかけ離れた人物だ。
 言動は下品で、場合によっては差別発言だって平気で行う。
 セクハラなんて日常茶飯事。人を殺すことにさえ、それが必要な行為であるなら躊躇は一切しない。
 世間話をしながら、そのノリの延長線で相手の頭を撃ち抜ける――彼はそういう人間だが。

 それでも、神戸あさひに対して触れる時のデッドプールは紛れもなく"ヒーロー"だった。
 だから、守らずにはいられなかった。
 そうする以外の選択肢は、なかった。

「……クソ」

 デッドプールは、どうしようもなくヒーローで。
 ウェイド・ウィルソンは、そのために死ぬ。
 背中から伝わってくる"崩壊"が自分の霊基を崩していくのを感じながら、デッドプールは虚空に向かって悪態をついた。

「だから、"優しい男"やんのは割に合わねえんだよ……」


◆◆


 "その光景"を、あさひは見た。
 そして、悲鳴をあげた。
 そうせずにはいられなかったからだ。
 自分を此処まで導き、支えてくれたデッドプールの身体が――崩れる。崩れていく。

「っ、デッドプール……! 令呪を以って――!!」
「……ダメだ、やめろあさひ。今お前のところに向かえば、俺ちゃんの献身が全部無駄になっちまう」

 腕や足なら、切り落とすことで対応も出来た。
 だが、胴体に直接触れられるのだけは――ダメだった。
 全ての損傷を力技で修復させることの出来るミュータントの肉体も、回復した端から蝕まれては立つ瀬がない。
 その上で、彼の崩壊は再生したばかりの……今度こそ後がないデッドプールの霊核にまで、きちんと届いていた。
 デッドプールが可能とする死者蘇生、その"奇跡"が輝くのはたったの一度きり。
 一度使ってしまったのなら、もう二度と彼に奇跡は微笑まない。

 つまり、デッドプールの死はこの瞬間逃れようのない未来として確定された。
 脳裏をよぎったのは名残惜しさと――そして、自身の生に対する諦めだった。

「逃げろ。俺ちゃんが死んだら、こいつは間違いなく次にお前を殺す」

 自分はもう、どうやったって生き延びられない。
 あさひと過ごした時間、交わした言葉。
 その全てが走馬灯のように駆け巡るが、感傷に浸る言葉などこの場ではカスほどの価値も持たないことをデッドプールは理解していた。
 願わくば、見たかった。あさひが幸せな日常に帰り、自分の人生に戻る瞬間を。
 柄ではないが、自分はそれをずっと楽しみにしていたのだと。デッドプールは遅まきながら、そう気付く。

 でもそれは――もう叶わない未来だ。
 ならば、夢見た未来は溜息と共にゴミ箱へ放り込もう。
 これから死ぬ自分が、今成し遂げられる一番のこと。
 それは、逃がすこと。未来へ繋ぐこと、だ。

 この霊基が完全に崩れ落ちるまであとどれだけ掛かるか分からないが、その時間を最大限に有効活用してやろう。
 一撃で霊核まで崩せなかった不手際のツケを、野望の頓挫という最悪の結果でたっぷり支払わせてやろう。
 もはや銃も握れない死に体となりながら――デッドプールは立つ。

「……早く行け。お涙頂戴な別れとか、俺ちゃんがやっても誰得だ。読者がみ~んな冷めちまう」
「な、に……言ってんだよ。お前は……お前は、どうするんだ――デッドプール!」
「死ぬ。力も運も、全部使い切っちまった。身ぐるみまで賭けて破産したギャンブラーは、カジノから蹴り出されるのが相場さ」

 ガムテも、これ以上は戦えない。
 得物がなければ、殺し屋は真には輝けないから。
 その状態でこの怪物を相手取るのは、いかに彼が八極道と言えども死にに行くようなものである。
 戦えるのは、もはやデッドプールだけなのだ。
 これから死ぬ男だけが、これからを生きる少年を守ってやれるのだ。

「ふざ、けるな……! お前が――お前が死んで、どうするんだよっ……!!
 今までさんざん振り回しといて、自分だけ一抜けするなんて勝手すぎるだろっ、なあっ」
「大丈夫。今のお前ならもう、俺ちゃんが"振り回さなくても"やっていけるよ」
「っ……!」

 だから早く行け。
 デッドプールは、言う。
 あさひは動かない、動けない。
 すうっ、と――デッドプールは、大きく息を吸い込んだ。


「じゃあな。お前は、結構……俺ちゃんにとって、いいサイドキックだったぜ」


 じゃあな。
 その言葉で、あさひはようやく動けた。
 涙をぼろぼろと情けないほどこぼしながら、身体をがくがく震わせながら。
 おぼつかない足取りで、それでも必死に走り出した。

 ――その足は、もう止まらない。
 足を止めて振り返らなくても、あさひはデッドプールに言葉を届けられるから。
 心から心へ。マスターとサーヴァントの、既に途切れかけた繋がりにのせて。


『……今まで、ありがとう。俺の、ヒーロー』


 その声を聞くなり、デッドプールは駆け出した。
 前へ――神戸あさひの未来を閉ざすだろう、死を揮う魔王へ。




 ……死ぬのは何度目だろうな。
 どんなに死なないと思ってる奴でも、結局いつかは死ぬもんさ。
 タナトフォビアに苦しむ奴らにゃ悪いが、死は人類が滅亡するまで決して離れることなく寄り添ってくれるにこやかな隣人だ。
 人は死ぬ、絶対死ぬ。いつか必ず死ぬんだ、どんな善いやつも悪いやつも。
 大事なのは、天国に落ちるか地獄に召さるかしたその後で――いい死に方したなって、ゲラゲラ笑えるかどうかだよ。
 その点俺ちゃんは外さない。誰より死ぬのが上手いのさ、このウェイド・ウィルソンは。

 ガキに見送られて、ガキを守って、そうして死ねる以上に胸張って語れる死に方もそうはねえだろ。
 心底、本当にガラじゃないけどよ――元々、ちゃんと宣言してただろ? 
 今日の俺ちゃんはガキのために戦う、優しい男だってよ。
 だから貫き通してやったのさ。
 笑っておどけて、イカしたジョークを決めまくって、なんだかんだでのらりくらりと生き延びる、そんな俺ちゃんを期待した奴らは残念だったな。

 なあ、あさひ、あさひよ。
 俺ちゃんからお前に話すことは、もう何もねえ。
 どうせ届かねえしな。もう自分の身体がどんだけ残ってんのかも、分かんねえよ。

 けどな。

 お前が思ってるより、世界ってのは優しいもんさ。
 クソみたいな世界にも、どうしようもねえお人好しってやつはいる。
 クズ野郎にぶつかったら金的でもして、顔面に唾吐きかけてやれ。
 そうやってさよならすりゃ、それもスカッとした良い思い出に早変わりすんのさ。これ、俺ちゃんの人生哲学。イカしてるだろ?

 俺ちゃんは此処までだ。
 お前の世界に、もう二度と俺ちゃんのジョークが響くことはない。

 せいせいするか? それとも寂しいかな?
 どっちでもいいさ、俺ちゃんも保護者キャラから解放されて、ようやくのびのび好き放題出来るってもんだ。
 流石に自重した下ネタとか、えぐめのブラックジョークとか、色々あったんだぜ?
 こんな俺ちゃんでも一応青少年に配慮してたのさ。なんかの条例に引っかかると、界聖杯ちゃんに怒鳴られちまうかもしれないからよ。



 だから、まあ、なんだ。

 あんま腐んないで、なあなあで生きちまえ。
 お前は真面目すぎるし、優しすぎるからよ。
 もっと肩の力抜いて、のらりくらりと生きりゃいいんだ。


 ――幸せになんな、あさひ。
 俺ちゃんとの、約束だ。


 じゃあな。




【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)  消滅】




◆◆


「そんな宝具(もん)持ってやがったのか。遅れて来て良かったぜ、殺されるところだった」
「頭くらい下げろよテメエ。お前が遅いせいでよ~、こちとらなんべんも首チョンパされてんだぞ」
「サーヴァントが人間の手助けをアテにすんなよ。情けねえ奴だな」

 そして、最後に残ったのは死柄木弔。
 霊核を砕かれ、全身を崩させながら勝率のない戦いに身を投じた男の末路はあえて語らない。
 ただ一つだけ確かなのは、彼を葬った死柄木が抱いた感想は"思っていたよりも手こずった"、というものだったこと。
 手負いのヒーローが最も恐ろしい。それも、師の言葉だった。

「サーヴァントを失ったマスターを野放しにしておくと……後々面倒だ。
 出来れば殺しちまいたかったが、今から追い掛けるとなるとタイムロスになるか」
「ヤクザが生きてればな。あいつら、弱え奴に追い込みかけんのは得意分野だろ」
「まあ、そう言うな。あいつは立派に死後を果たしてくれたよ」

 そのせいで、神戸あさひを殺すことは出来ずじまいに終わってしまった。
 とはいえ、戦果としてはだいぶ上々だろう。
 割れた子供達の主力部隊は、殺島が一人残らず皆殺しにしてくれた。
 ガムテを取り逃したのも痛いが、鏡面世界からの襲撃のリスクもこれでかなり少なくなった。
 前哨戦はとりあえず、連合の勝利。
 もしも死柄木がこの場に立ち寄らず、直接スカイツリーへと向かっていたならば――危うかったが。

「とむらくん、なんでこっちに来てくれたの? スカイツリーでまちあわせの予定だったよね」
「ガキどもを殺しておきたかったんだ。本社のビル壊されたの思い出すと、どうもムカついてよ」

 そう、危なかった。
 本当に危なかったのだ、さっきのは。
 デッドプールの"奥の手"は、しおにとってまるで予想だにしない隠し玉だった。
 あの状況から逆転勝利を決めるためには――令呪を使い、交代してもらう必要があった。
 デンジの中で、彼を見守るチェンソーの悪魔。
 ビッグ・マムをすら追い詰めた地獄のヒーローを呼び、無理やりデッドプールを殺すしかなかった。

 しかし、霊地争奪戦の前に限りある令呪を使ってしまうのは避けたかった。
 真の"チェンソーマン"は非常に強大だが、デッドプールがそう容易く殺されてくれるとは思えなかったのもある。
 のらりくらりと時間を稼がれれば、それだけでしおにとっては大きな痛手になってしまう。
 そんな状況で、死柄木が助けに現れてくれたのは彼女にとって非常にありがたかった。
 彼のおかげで、しおは余力を持った上で霊地争奪戦を見据えることが出来るようになったのだから。

「それに、お前らに万一のことがあっても困る。
 霊地に来るのはどうせババアだけじゃねえんだ、戦力は一人でも多く温存しておかねえとな」
「……へへ、そっかあ。たすけてくれてありがとうねえ、とむらくん」
「止めろ、気色悪い。第一、助けられてねえだろうが」

 結果だけを見れば、間違いなく勝利だ。
 だが――失ったものも、大きい。

 十万にもなる軍勢を召喚して、その気になれば都市一つをものの数分で更地に出来る力を持っていた"暴走族神"。
 彼の損失は、連合にとって大きな痛手だった。
 霊地争奪戦にあたっても、あれだけの人数を用いた物量攻撃はさぞや活躍してくれただろうに。
 子供達の意地と執念の前に、神と呼ばれた不良(アウトロー)は倒れた。

「星野は、あいつのとこか」
「ああ。本当は近くで護衛してあげたかったんだけど、断られちまってよ」
「まあ、あの女なら大丈夫だろ。ガキ共の残党に殺されるようなタマには見えねえ」
「アイさんにタマとか言うんじゃねえよ、ったく下品な奴だぜ」

 人は死ぬ。誰もが、当たり前のように死んでいく。
 改めてしおは、そのことを実感していた。

 兄が消えていった方向を、見つめる。
 既に、兄妹喧嘩の決着はついた。
 勝ったのは兄の方。ただし、最後に勝ち取ったのはしおの方。
 たぶん、第二回の兄妹喧嘩が起こることはないだろう。
 兄妹の対話は終わり、兄はサーヴァントを失った。
 そして妹は結局……兄の方を振り向くことは、もうない。

「――でも。はじめて、お兄ちゃんとお話できたな」

 そんな小さな感想だけを抱いて、神戸しおは頭数の減った連合に帰るのだ。
 神戸家は元には戻らない。元に戻るには、あまりにも時間が経ちすぎた。多くのものが、変わりすぎたから。
 それでも、あの一瞬。交わることをやめた二人が、あの一瞬だけは確かに交わった。触れ合った。

 それだけは、確かなのだった。


◆◆


「うそつき」

 壊れた単車が、一台だけ残っていた。
 他は軒並み消えているのに、その一台だけが残っている。
 そこに理由を求めても、答えが出ることは決してない。
 強いて言うならばそれは、神と呼ばれた男の最期が地面の上で終わることを認めなかった"彼ら"の遺志だったのかもしれない。
 単車に寄りかかって、胸に大穴を空けた男が力なく笑っていた。
 最後の煙草を口に咥えて、静かに紫煙を立てている。

「……送迎(おく)ってくれるって、言ったくせに。悪いんだ」
「……はは。いや、返す言葉もねえな」

 殺島飛露鬼は、もう何をすることも出来ない。
 ガムテが、宿敵(ちち)との絆を懸けて打ち砕いた霊核はクーポンの効力をしても癒えることのない致命傷だった。
 その証拠に殺島は立ち上がることも出来ず、ただこうして最後の一服に興じている。
 それでも――とうに消滅していても不思議ではない筈の彼が、今もこうやってぎりぎりのところで現世に踏み留まっているのは、きっと。

「悪り、アイ。しくじっちまった」
「何してんのさ、もう。おかげで私、毒にも薬にもならない可愛いだけの女になっちゃったんだけど」
「麻薬も……当分の間は大丈夫だろうが。量産は効かなくなっちまったなあ」

 アイと。自分をこの世界に呼んだ、このしたたかで、どうしようもなくいじらしい"母親"と、最後に言葉を交わすためだったのだろう。

「死んじゃうんだね、殺島さん」
「……そうだな」
「私さ、なんとなくだけど――思ってたんだよね。
 私達はこのまま勝ち上がって、絶対に聖杯を掴むんだって。
 そんで元の世界に帰って、私の子供達を殺島さんに抱っこしてもらうの。
 それが当たり前にやってくる、私達の未来だって……そう思ってた」

 しかしそれは、もう絶対に叶わないもしもの未来と化した。
 殺島飛露鬼はじきにこの世界を去り、アイはサーヴァントを失った無力なマスターに成り下がる。
 聖杯への道は……いつか必ず来ると信じていた未来は、遥か彼方に遠のいてしまった。

「でも。行っちゃうんだね、殺島さんは」
「オレも……見たかったよ、お前のガキ。母体がいいからな、さぞかし可愛いんだろうなって思ってた」
「可愛いよ。私の子供だもん」
「――しくじった身で、こんなこと言うの……我ながら、マジで狡いと思うんだけどよ」

 だとしても。
 まだ、途切れたわけじゃない。

「お前は、絶対家に帰れよ。そして、帰ってやれよ」
「ふふっ……なにそれ。ほんとにずるいじゃん」
「……、オトナってのは、狡いもんなのさ」

 殺島は、霞む視界でそれでもアイを見つめる。
 そしてふと、感慨深いものを覚えた。
 オトナってのは、狡いもんなのさ。
 オトナ、か。

 そんなもの、もう二度と名乗ることはないと思ってたんだけどな。

「……お前は最高のアイドルだよ、星野アイ。
 不良の神性(アイドル)だったこのオレが、全面的に保証する」

 最後の煙草が、口からぽろりと落ちる。
 それは、殺島のスーツを通り抜けて地面に落ちた。
 その火がふっと消える、その時には、もう。

「ありがとな。いい夢見れたよ」
「……うん。おやすみなさい、殺島さん」

 かつて父親だった男の姿は、何処にもなくなっていた。




【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道  消滅】



.
◆◆


 ――そして。


「……あさひ。お前は、何処に行く?」

 少年たちは、肩を並べて歩いていた。
 彼らは互いに失った者。大切なものを、失くした者同士。
 だが、ガムテは既にこれからどうするかを決めていた。
 東京スカイツリーへと向かう。それ以外の選択肢は、彼にはない。

「オレは……あの崩壊野郎をブッ殺しに行く。
 此処まで――これだけやって、ババアが霊地を取れませんでしたじゃ話にならねえ。
 オレにとって今回の戦いは、もう何をどうやってでも勝たなきゃならないものに変わった」

 あさひは、ガムテの言葉に……すぐには答えられなかった。
 彼は、ガムテとは違う。
 彼は確かに割れた子供だ。

 しかし――神戸あさひは、ガムテのようにはなれない。
 割れた子供達(かれら)のようには、どうやったって生きられないのだ。
 なぜならあさひは、優しいから。
 妹を殺すと覚悟を固めていても、実際に顔を合わせてしまったら"最後にもう一度"と言葉を求めてしまうくらいには、優しいから。
 そんな彼は、自分が受けた喪失を素直に怒りや殺意に変換出来ない。
 もっと酷な言い方をするならば……すぐには、立ち直れない。

「……ごめん、ガムテ。もう少しだけ――考えさせてくれ」
「あっそ。けど、オレはもう行くぞ」
「ああ。ここから先は、一人で大丈夫だ。……お前も、気を付けろよ」
「だぁれの心配してんだ。生意気だぞ、昆布アイス」

 ガムテは、それを責めることはしなかった。
 しかし、その心に寄り添うこともしない。
 そんな暇は、もはや彼にはないから。
 仲間達が命を賭してまで繋いでくれたものを、必ず未来へ繋げなくてはならないから。
 死柄木弔を殺して、彼らの死が決して無駄なものなんかじゃなかったのだと胸を張ってそう言えるようにしなければ。
 そうでなければ――自分はもう二度と、殺しの王子様(ガムテ)を名乗れない。


 そうして、神戸あさひは一人残される。
 頭の中に浮かぶ面影は、こんな状況にも関わらずマスク越しでも分かる笑顔を浮かべていて。
 けれどその笑顔がもう二度と自分に笑いかけてくれることはないのだと思い、一粒の涙を落とした。

 ……懐の中にあった筈の、彼から託してもらった拳銃。
 それはいつの間にか、影も形も残さず消えていた。
 暴力の世界を生き慣れていないあさひにとってあの感触は、すごく落ち着かなくて邪魔なものだった筈なのに。
 今はどうしようもないくらい、叫び出してしまいそうになるくらい――その鬱陶しさが恋しかった。


【新宿区/二日目・早朝】

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(大)、深い悲しみと喪失感、サーヴァント消失
[令呪]:残り2画
[装備]:着替えの衣服(帽子やマスクを着用)
[道具]:リュックサック(保存食などの物資を収納)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:……、……。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:ガムテと協力する。後戻りはもう出来ない
3:さよなら――しお。
4:星野アイと殺島は、必ず潰す。
5:櫻木さん達のことは、次に会ったら絶対に戦う……?
6:あの悪魔を殺す。殺したい、けど、あの人は――
[備考]
※真乃達から着替え以外にも保存食などの物資を受け取っています。
※廃屋におでん達に向けた書き置きを残しました。内容についてはおまかせします。

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:疲労(極大)、精神疲労(大)、覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。そして、救われなかった子供達の“理想郷”を。
0:止まれはしない。必ず、勝つんだ。
1:刺すべき瞬間? ああ、理解ってるぜ。
2:もうひとりの蜘蛛が潜む『敵連合』への対策もする。
3:283陣営は一旦後回し。犯罪卿は落とせたが、今後の動向に関しても油断はしない。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
5:世田谷で峰津院のサーヴァントを撃退したのは何者だ?
6:じゃあな、偶像(アイドル)。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
NPCの鏡世界内の侵入不可
鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
投射能力による姿の擬態の時間制限。
※関の短刀は消滅しました。


【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:疲労(小)、覚醒、『地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)』服用
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:さぁ――行こうか。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:四皇を殺す。方舟も殺す
3:便利だな、麻薬(これ)。
[備考]
※個性の出力が大きく上昇しました。

【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:さよならがいっぱいだ。
2:アイさんととは仲良くしたい。でも呼び方がまぎらわしいかも。どうしようねえ。
3:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。
4:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
5:れーじゅなくなっちゃった。だれかからわけてもらえないかなぁ。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:疲労(大)、血まみれ
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
0:つ……疲れた…………。
1:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
2:星野アイめちゃくちゃ可愛いじゃん……でも怖い……(割とよくある)
3:あの怪物ババア(シャーロット・リンリン)には二度と会いたくなかった。マジで思い出したくもなかった。
  ……なかったんだけどな~~~~~~~~~~~~~~~……ハア~~~~……
[備考]
※令呪一画で命令することで霊基を変質させ、チェンソーマンに代わることが可能です。
※元のデンジに戻るタイミングはしおの一存ですが、一度の令呪で一時間程の変身が可能なようです。

【星野アイ@推しの子】
[状態]:疲労(小)、サーヴァント消失
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
0:うそつき。ありがと。……バイバイ。
1:敵連合の一員として行動。ただし信用はしない。
[備考]
櫻木真乃紙越空魚、M(ジェームズ・モリアーティ)との連絡先を交換しています。
※グラス・チルドレンの情報をM側に伝えました。


【備考】
※新宿に展開されていた"割れた子供達"はガムテを除いてほぼ全滅しました。
 死者の中には舞踏鳥、黄金球、司令&攻手、毒&天使、解放者(前原圭一)などが含まれています。
 どの程度の構成員が新宿戦を免れた、生き延びられたかは後のお話におまかせしますが、前線に出ていた構成員と新宿で落ち武者狩りを命じられていた構成員を合わせて最低でも全体の八割ほどが死亡したと考えられます。
 少なくとも前線に出ていた構成員は、全員死亡した可能性が高いです。

※暴走師団聖華天によって、新宿区が今度こそ壊滅しました。

※ライダー(殺島飛露鬼)は消滅しましたが、彼が生成した"地獄への回数券"は残留しています。



時系列順


投下順


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133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 死柄木弔 138:地平聖杯戦線 ─High&low─
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 神戸しお 138:地平聖杯戦線 ─High&low─
ライダー(デンジ)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 星野アイ 136:さらば、掲げろ
ライダー(殺島飛露鬼) GAME OVER
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) ガムテ 140:Heaven`s falling down(前編)
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 神戸あさひ 136:さらば、掲げろ
アヴェンジャー(デッドプール) GAME OVER

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最終更新:2023年01月12日 23:38