時は早朝。
 土地は墨田区、東京スカイツリー。
 赤き塔を下して日本最大の電波塔の座を奪った現代の東京都の象徴。
 そこに三人の強者が今集っていた。
 一人は褐色の肌を重い火傷で染め上げた片翼の魔人。
 命があるのかどうかすら危うい大傷を負いながら、しかしその総身に漲る生命力は余人のそれを遥かに超えていた。
 それどころか刀傷を受け、煌翼の火に焼かれる前の彼と比較しても……劣るどころか圧倒的に勝る程。
 その男は雄々しくそして不敵に霊地を踏み締める。
 焼け付いた疵顔に浮かべる笑みは痛々しい筈なのに、何故こうまで美しく写るのか。
「盗人が…よくぞそうも堂々たる面構えをできるものだ」
 混沌(ケイオス)という概念を人の形をした鋳型に流し込んで固めたみたいな男だった。
 彼でなければ、今このスカイツリーに結集した二者を指して盗人だなどと切り捨てる事はまず不可能だったに違いない。
 彼だからこの状況で笑えるのだ。
 絶望? 臆病? 寝言は眠って言うのが作法であろうが。
 待ちに待った、そして夢にまで見た飛翔の時である。
 雑多な羽虫を当然のように踏み潰して喜んだのではつまらない。
 この程度の役者は用意して貰わねば困るというものだ。
 だから彼は、鋼翼の蝿王ベルゼバブは笑うのである。
 一度は己を斬り伏せた侍と、新宿で狂宴に興じた青龍に並び得る女傑を前にしても尚。
「マ~ママママ! 宝を前にして笑わねェ海賊が何処に居る!?」
 その女傑は大きかった。
 ベルゼバブですら見上げねば全貌を見通せない程に巨大だった。
 霊地を奪うべくして現れた悪神、その形容を誇張だと笑う者は誰一人居るまい。
 全身から荒れ狂う竜巻のように激しい覇気を横溢させながら吠える彼女の姿は、破滅的なまでに暴力的だったから。
「驚きだ。余へけしかけて来るなら、貴様ではなくカイドウの方だと思っていたのでな」
「そりゃ生憎だったな。あの野郎はアレで意外と女々しいとこがあってねェ。今は宝そっちのけで因縁の侍にご執心さ!」
「フッ、それは愚かな事だ。適切な戦力を適切な場所に割く判断も出来ないとは…そんな体たらくでよくぞ提督などと名乗れたものだ」
 新宿で相見えた青龍の鬼神カイドウ。
 ベルゼバブは彼に虎の子の"槍"を抜かず。
 カイドウもまた、その真の速度を見せる事はなかった。
 己の命に最も肉薄できるのは間違いなく奴であろうと踏んでいたベルゼバブは、現れた海賊の顔を見て多少拍子抜けさせられた。
 彼女ともまた面識はある。
 小競り合い程度の時間ではあったが拳を交えた。
 その上で尚、ベルゼバブから彼女に対する認識は――
「身の程を弁えよ、盗人。貴様では余に勝てん」
「へェ…言うじゃねェか。このおれを格下扱いかい?」
「格下扱いしているのではない。事実として、格下なのだ」
 今以て、取るに足らない相手止まりであった。
 少なくとも今の己に通用する相手ではないと。
 何かを魅せる事のできる羽虫ではないと。
 心からそう思っているからその声色には侮りすら混ざらない。
 舐めているのでも何でもなく事実として、ベルゼバブは目前の"四皇"を下に見ていた。
「晩節を汚したくなければ今すぐ踵を返すがいい。此処は貴様の戦場ではない」
 未だかつてない程の侮辱。
 それを受けた女帝シャーロット・リンリンもしかし笑みを崩さない。
 傲慢にして高慢、全身に隈なく地雷原を埋め込んだようなこの女を知る者ならば逆に不気味に感じただろう。
 この女が、恐るべきビッグ・マムが…罵倒を受けて笑って済ませるなど有り得ないと。
 嵐の前の静けさにも似た気味の悪さを感じずにはいられなかったに違いない。
「おれはお前に逃げろなんて言わねえぞ、ランサー」
「ほう。流石は海賊だな、処刑執行人にも拘るのか?」
「お前にだけは見せてやりたいのさ。お前の手が届きもしねェ高みまで上ったおれの姿を、歯軋りしながら見上げてほしいんだよ」
 ベルゼバブは強い。
 恐らくは自分よりも。
 それは傲慢な女海賊が何十年ぶりかに感じた畏怖だった。
 その不敵な笑みに、リンリンの知る二人の海賊が重なる。
 海賊王と呼ばれ…偉大な遺産と傍迷惑な負債を残して死んだ男であり。
 世界最強の男と称され、下らない家族ごっこの末に死んだ男であり。
 ゾクゾクと背筋が粟立つ感覚を覚えた。
 恐怖ではなくあくまで畏怖だ。
 そして嵐の海に嬉々として帆を張り漕ぎ出すような愚か者のドリーマーは、しばしば畏怖を高揚へ書き換える。
「這い蹲ってあがくお前の悔しそうなツラ! それを踏み潰しながら奪い取る宝は…さぞかし極上だろうなァ……!!」
「余から奪う夢を描くか。その大望は貴様の器には余るぞ」
「マ~ママママ…。人の器の心配してる場合かい? 今からお前は、その器ごとおれにブチ壊されちまうんだよ」
 張り詰める緊張感は爆発寸前の爆弾にも似ていた。
 或いは噴火寸前の火山、決壊寸前の水脈。
 これから何か取り返しの付かない惨事が起こる直前特有の、痛い程の緊張があった。
 そんな中で涼しい顔を保ち不動で立ち続けるその男もまた――蝿の王と母なる悪神に負けず劣らぬ怪物である。
 ベルゼバブはその胴に刻まれ、未だ絶える事なく灼熱感を与え続けている刀傷がズキリと疼くのを感じた。
 リンリンもまたかの男の強さに関しては微塵たりとも疑っていない。
 いや、それどころか…ある意味ではベルゼバブ以上に警戒を払ってさえいた。
「なんだ陰気な男だね。これから殺し合うんだ、今の内に覇の一つも吐いておいたらどうなんだい」
「私は戦いが好きではない」
「ハ~ハハハそりゃいくら何でも勿体ねェだろ! 宝の持ち腐れも良いところだ!」
「他人を好き好んで傷付ける事も、他人から奪い取って悦に浸る感情も。
 私には一切理解ができない。従って、この状況でお前達のように猛れる感性がそもそも私には存在しない」
 混沌の鋼翼ベルゼバブ。
 災厄の地母神ビッグ・マム。
 そして侍、継国縁壱
 今はもうこの世界に存在しないさる悪鬼を討つべく天の神仏が拵えた特注品の人類種。
 ベルゼバブを斬り、カイドウの速度にすら並び立った静謐の規格外。
「只斬るのみだ。私はその為だけに此処に立っている」
「相変わらず…癪に障る男だ」
 縁壱に一度不覚を喫したベルゼバブが笑う。
 縁壱もまた改めてその姿を視界に収めた。
「そういうお前は、"相変わらず"ではないようだな」
「然り。既に余は新生を済ませている」
 リ・バース・オブ・ニューキング。
 かつて継国縁壱が斬り伏せたベルゼバブはもう此処には居ない。
 煌翼に灼かれ、死の淵に瀕して蘇った新たなる王。
 その総身に漲る力を縁壱は煮え滾る溶岩のようだと思った。
 新生などという仰々しい言葉も、こと彼が今するべき自称としては全く正しい。
 縁壱でさえ静かなる戦慄を禁じ得ない圧倒的な完成度と、その中に介在する未完成さ。
 戦いの中で成長し完成していく怪物――恐ろしさは縁壱が知る始祖の鬼の比ではなかった。
「心せよ。生半可な剣であれば、硝子のように砕いてくれるぞ」
「心せずして剣を振るった事など……生まれてこの方一度もない」
 縁壱はカイドウと契約を交わしている。
 鋼翼のランサー、ベルゼバブの討伐という契約。
 だがそれを抜きにしても、今の彼にベルゼバブを討たないという選択肢はなかった。
 この世に産声をあげたその瞬間から人界の守護者としての役割を任ぜられていた男。
 その魂が言っている。
 これを生かしておいてはならないと。
 半日前に打ち合った時の何倍もの危機感で己に訴えかけている。
「お前達という混沌は、此処で止める」
 ベルゼバブだけではない。
 ビッグ・マムもまた、縁壱が斬り伏せる標的だった。
 これ程強力なサーヴァントが霊地を奪い龍脈の力を得たならば、この世界は急速に破滅へと向かうだろう事が理解できたから迷いはない。
 この二体は此処で討つ。
 龍脈の力を得させはしない。
 全ての混沌、その根を断ち切る。
 それが継国縁壱の覚悟で、それを聞いた海賊は哄笑した。
「ハ~~ハハハママママ! 聞いたかいランサー!? この野郎、おれ達を二人纏めて相手にするつもりらしい!」
「羽虫が余に共感を求めるなど億年早い。だが…これに限っては余も笑いを堪えられんな」
「欲を掻くねェ! おれとコイツを纏めて斬るって!?」
「それは――」
「そいつは――」
 愉快痛快と大笑するビッグ・マム。
 小さく、それでいて確かに笑うベルゼバブ。
 二人が揃って笑う光景は一見すると和気藹々としてすらいたが。
 それが弾ける程の殺意と獰猛さに挿げ替えられるのは、一瞬だった。
「――おれの」
「――余の」
「「領分だ!!」」
 覇気と闘気が手加減無しに溢れ出す。
 幸いスカイツリー周辺に一般人は残っていなかったが、もしも残っていたならば失神を通り越して即死していただろう。
 皇帝と覇王が同時に全力で解き放った重圧。
 そんなものを、"可能性"すら持たない常人が受け止められる筈もない。
「おうおう、全員意向は同じのようだな!」
「フン。羽虫同士寄り合って挑んでくればいいものを…救い難き莫迦共だ」
 誰が誰と手を組むこともない。
 彼らが望むのは自分以外の滅びである。
 皇帝は龍脈を奪う事だけを目論み。
 覇王は己の所有物に手を伸ばす不遜者から収奪する。
 そして侍は、混沌を齎す者達を斬り伏せる。
 相性など介在する余地はとうにない。
 力、ただ力。
 それだけが雌雄を決する唯一の鍵となる、血で血を洗う三つ巴!
「役者は揃った、じゃあ始めようぜ――楽しんでいこうじゃねェか……!!」
 霊地争奪戦――スカイツリー決戦、開幕。

    ◆ ◆ ◆

「"天満大自在天神"……!!」
 口火を切ったのは海賊だった。
 高らかに叫ぶや否や空に渦を巻く雷雲。
 それそのものが彼女のしもべたるホーミーズであるのだから、暴威の程は自然現象の落雷などとは比較にならない。
 スカイツリー周辺のみならず墨田区全域に降り注ぐ天災の雷撃。
 それに対しベルゼバブは槍を振るい、容易く切り払う。
 この程度か? と――そう言わんばかりの微笑を浮かべる彼にリンリンも獰猛な破顔で以って応えた。
「まさか…! 特にお前にはねェ、とっておきを用意してきたのさ!」
 生前。ビッグ・マムが皇帝の座を追われた戦いで、彼女はそれまで使っていた雷のホーミーズを使わなかった。
 移り気で脇の甘いゼウスに見切りを付け新たな雷雲ヘラを従え、その上で新時代の超新星達を相手取ったが。
 今の彼女は違う。
 サーヴァントとなった彼女の元にはゼウスが戻っており、勿論ヘラも変わらず使役を続行できている。
 雷雲のホーミーズを二体従えている状況…それが何を意味するのか。
 その答えをリンリンは今、眼下のベルゼバブへ轟雷として降り注がせた。
「――"万雷(ママラガン)"!!!」
「…これは……!」
 これは他でもないリンリン自身も知らない事だが。
 かつて彼女の世界には、空に浮く島で神を僭称した男が居た。
 その男が麦わらの海賊に対して繰り出した攻撃と奇しくも同じ名。
 そしてその威力もまた、箱舟マクシムより吐き出された轟雷のそれに決して劣らない。
 ゼウスとヘラの二段構え。
 全火力、全雷電を束ねあげて降り注がせる対ベルゼバブ用の新技。
「大口を叩くだけの事はある、か」
 空から落ちる雷の制圧爆撃。
 秒間数百発単位で降り注ぐそれはベルゼバブをして直撃するのは拙いと思わせるだけの火力を実現させていた。
 恐るべきは四皇と呼ばれた海賊のそのセンス。
 ふんぞり返った皇帝から挑戦者に引き戻されてほんの数時間で、ベルゼバブという格上の怪物にすら通用する技を編み出せるとは。
「だが足りんな。余を雷で殺したくば、この百倍は用意せよ」
 虚空を突く。
 極限の膂力を一箇所に収斂させて放つ刺突は空間すら歪ませる。
 それで以って発生させた力場で雷を折り曲げ、反らすという超人技。
 自慢気に誇るでもなく息を吐くように成し遂げたベルゼバブが前へと踏み出す。
 音を置き去りにした一撃は、彼が定めた標的に触れる事なく空を切った。
 その先に立つのは継国縁壱。
 ベルゼバブにこの地で最初の敗北を刻み込んだ侍。
「相変わらず、跳ね回るのが好きなようだな」
「真正面からの力比べが所望ならば…生憎だったな。戦狂いの享楽に付き合ってやる理由はない」
「この天災の中無傷で立っておきながら正常を騙るか」
 片腹痛い。
 一蹴しながらもベルゼバブはあくまで槍撃による正面戦闘を挑む。
 まるで新生した己の力を、かつて不覚を取った相手へと示すように。
 そして事実縁壱の眼から見ても――先の激突が小競り合いとしか思えない程に、今の彼の攻めは苛烈を極めていた。
“一撃でも喰らえば致命だ。足捌きは一度たりとも失敗できない”
 縁壱は確かに疾い。
 その上、ベルゼバブの猛攻を次々捌ける技もある。
 しかし彼は耐久という概念でベルゼバブやリンリンに大きく遅れを取っている。
 あくまで人の器に収まる強度しか持たない彼では、一撃どころか掠めただけでも致命的な結果へ繋がってしまうのだ。
 集中力を更に研ぎ澄ます。
 常時限界値で固定されているにも関わらず更にその先へと気合で踏み込む。
 可能から不可能への適合。
 現に縁壱は一度たりとも、一瞬たりとも隙を晒していなかった。
 そのまま千数百発の槍撃を無傷で捌き切り…先の戦いをなぞるが如くベルゼバブの隙を縫って一閃放つ。
 だが……
「……!」
 剣閃は空を切った。
 ベルゼバブがまるでそれを読んでいたように一歩後ろへ退いたからだ。
 微かな驚きを感じ取った彼は不敵に笑いながら、死合を次のステージへと移行させる。
 ベルゼバブの背後に浮かぶ無数の白き星。
 アストラルウェポン、ロンゴミニアド。
 アーサー王の聖槍と同じ銘を持つ光槍が数十と宙に浮遊している状況は一体何の冗談か。
「カレイドフォス」
 世界が白く染め上げられる。
 輝かしい爆光の中でも視覚を機能させられるのは縁壱が規格外である故だ。
 常人なら網膜を灼かれるか、下手すれば失明してしまってもおかしくない。
 だがそんな彼でも吹き荒れる爆熱までは無策では凌げない。
 眼力と感覚で熱波の及ばない極僅かな、しかも一秒未満の時間で変動する安全地帯を探り当て躍るようにそこを渡り歩く。
 されど縁壱を見舞う災難はそれだけでは終わらない。
 背筋を粟立たす殺気に眉が動いた次の瞬間には、カレイドフォスの飽和火力など物ともしない女傑が彼に襲いかかっていた。
「――雷(ライ)! 霆(テイ)ッ!!」
「……!」
 ゼウスを手甲代わりに装備しての鉄拳…もとい雷拳。
 刀で受け止めた縁壱は二つの意味で瞠目を余儀なくされた。
 まず一つは、彼女が巨体である事を抜きにしても規格外と称する他ない怪力。
 そして受け止めるのが精一杯の鉄拳に付与された雷の、強烈な衝撃だった。
「ハ~ハハハハ! 少しは痛がれんじゃねェか侍野郎…!」
 身を内側まで焼く雷に縁壱の痛覚神経が刺激される。
 縁壱が戦ってきたどの鬼の異能よりも明確に凶悪な火力。
 危機に脳が警鐘を鳴らす。
 縁壱はそれに逆らわず、刀身を動かして衝撃を逃がし退路を作り出す事にした。
 その矢先、無粋な乱入者を誅殺するべく猛りをあげたのはベルゼバブ。
「余の戦いに横槍を入れるか。高く付くぞ」
「二人だけで乳繰り合いたかったのかい? 見かけによらずロマンチストなんだねェ!」
 槍撃と武装色の覇気で硬化させた鉄拳が激突する。
 周囲に撒き散らされる衝撃波は、隕石の落下にも等しい勢いだった。
 槍を空中に投げ上げ一回転させた上でキャッチ。
 次の瞬間ベルゼバブは勿体つける事なく己が鬼札を開帳した。
 黒曜石によく似た輝きを放つ、しかしそんなものでは収まらない底知れない黒を湛えた長槍。
 長身であるベルゼバブの身の丈よりも更に長い魔槍の銘は『ケイオスマター』。
 貫いたモノ全てを腐敗させて滅殺する、ベルゼバブが知る限り最強にして究極の不死殺し。
 それを見て――リンリンは恐れも怯みもせず歯を見せた。
「出しやがったな。それがてめえの虎の子…"腐滅の槍"か」
「耳聡い事だ。羽虫なりに聞き及んでいたか、この混沌(し)を」
 高揚が止まらない。
 海賊としての直感が、今ベルゼバブが振るう黒槍が尋常ならざる財宝であると告げている。
 そして同時に…自分に死を齎し得る禍物であるのだとも。
 此処からがベルゼバブの本気。
「良いねェ! その不敵なツラの鼻っ柱、ますますへし折りたくなってきた…!」
「昂ぶるのは結構だが……」
 一撃受ければ即死の状況など流石のリンリンも経験した試しがない。
 血湧き肉躍る苦境にいざ挑まんと拳を振り上げたリンリンに、ベルゼバブが言う。
「前後不覚が過ぎるな。"斬られているぞ"」
「…ッ!? てめえ、侍ッ!」
 その瞬間、ようやくリンリンは自分の脇腹に刻まれた裂傷に気付いた。
 そう深い手傷ではないが焼け付くような激痛が傷口からじくじくと脳を刺激してくる。
 これだけ痛いにも関わらず、傷を脳が認識するまで痛みすら見落としてしまう程美しい刀傷。
 ビッグ・マム海賊団にも剣士は居たが、並べて考えようという発想自体が烏滸がましく感じられた。
 この時リンリンは改めて理解する。
 この場における脅威度において…この侍とベルゼバブの間には、決して大きな差など無いのだと。
“凄まじい肉体だ。鉄でできた山を斬り付けたような感覚だった”
 そして縁壱もまた、そうだった。
 体勢が悪かったこと。
 位置が悪かったこと。
 中途半端な傷に終わってしまった理由は幾らかあったが…それでも彼は確かに殺す気で刀を振るった筈だった。
 にも関わらず与えられた傷はあの程度。
 強い。そして、恐ろしい。
 この怪物二体を斬り伏せて混沌に歯止めをかけるというのがどれほど困難な事なのか、改めて理解させられる。


「…ママママ。ぞっとしないね……何処もかしこも死で溢れてやがる」
「怯えているのか。ならば余が施してやろう、真の滅びというものを」
「おれが? 怯える? 寝言は寝てから言いな若造がァ…!!」
 ケイオスマターの刺突を阻むのは衝撃波だった。
 触れることなく戦闘を行える程の強烈な覇気。
 覇王色の覇気を開眼できる者自体が超少数であるというのに、リンリンはそれを極限まで磨き上げている。
 覇気は全てを凌駕する。
 腐れ縁の怪物の言葉を脳裏に想起しながら、リンリンが抜いたのは燃え盛る炎の剣だった。
「さぁ初陣だよ"スルト"! ナポレオンの後釜という大役、見事に勤め上げてみせな!!」
 スルト。炎の巨人王の名を冠する剣は、リンリンにとっては二体目になる炎のホーミーズだ。
 ナポレオンは実体のある剣であったからこそあの小僧(ガキ)に砕かれた。
 ならば今度は実体すらない、現象の剣で叩き斬ろう。
 そんなインスピレーションから産まれた炎剣の鋒がベルゼバブへと向けば。
 次の瞬間――蝿の王の視界は骨身まで焼き尽くすような業火の波で埋め尽くされた。
「"炎帝剣 破々刃(ロプトル ハハバ)"!」
 ベルゼバブの頑強さは目を瞠るものがある。
 素の耐久力に加えて高い対魔力まで持つ彼は動く要塞に等しい。
 だが使い手がシャーロット・リンリン程の怪物ともなれば、それを頼りに無理を利かせるのにも限度があった。
 その上で炎を突き破りながら突然目前へ現れた彼女が、両手を組んでベルゼバブに向け振り下ろしてきたともなれば。
「いつまでおれと同じ目線で喋ってやがる――地に伏しな! 虫ケラァ!!」
「…チッ!」
 さしものベルゼバブも墜落は免れない。
 ケイオスマターを真横に構えて防いでも尚腕に残る衝撃と痛み。
 恐るべしは悪神、ナチュラルボーンデストロイヤー。
 純粋な力比べでならば彼女は、蝿の王にすら追随する事を許さない。
「"震御雷(フルゴラ)"ァ!」
 そこに追撃を仕掛けるリンリン。
 ヘラとゼウス、二体がかりでの轟雷一発。
 閃光と巻き上げられた土砂がベルゼバブの姿を覆い隠す。
 それが晴れた瞬間、土煙と稲妻を引き裂いて宙まで飛翔したのは蒼き剣。
 アストラルウェポン、フェイトレスだった。
「おいおい器用なのはいいが、そこの侍のを見た後じゃ多少の剣は児戯に見えるぜ?!」
 セイバークラスもかくやの一閃をリンリンは傲慢にも掴み取り、そのまま地へ投げ返す。
 あまりの握力で握り投げられた事で刀身を自壊させながら地へ降るフェイトレスの姿は哀れですらあった。
 おまけにケイオスマターの一振りで粉砕されてしまったというオチまで付けば、最早救いようがない。
 だがベルゼバブの意識はそんな哀れな宝剣ではなく…己の懐まで瞬く間に踏み込んだ縁壱に向いていた。
「――侍の攻め入る隙を作るのが狙いとはな。大口を叩く割には姑息な手を使う」
「ハ~~ハハハハママママ! 使えるもんはそりゃ使うさ、聖者でも相手にしてるつもりだったか?」
 ニヤリと笑う、ビッグ・マム。
「不服かよ?」
「まさか」
 鼻で笑う、ベルゼバブ。
「羽虫が策を弄する事を責める王が何処に居る。余はその全てを薙ぎ払い、乗り越えるまでだ」


 縁壱の斬撃をケイオスマターが止める。
 全攻撃が対人魔剣に匹敵する冴えを持つ縁壱を相手に、彼の間合いで此処まで凌ぐベルゼバブの異常さは散々語り尽くした通りだ。
 角度、速度、狙う位置、リンリンの横槍の存在。
 全てを同時に脳内へ配置しながら毎撃毎に調整する事で太刀筋への慣れと適合を許さない。
 にも関わらず微塵も揺るがない防御を続けながら、ベルゼバブはその脅威的な脚力で傲岸にも前進。
 縁壱の圧倒的有利というこの状況を不敵な笑みのままに突き崩しにかかる。
“継国縁壱(わたし)が、分析されている”
 それは縁壱にとって味わい慣れない感覚だった。
 剣士の最上位である彼から学ぶ者は多かった。
 しかし敵として縁壱の前に立ちながら、何かを学ぼうとした者は例がない。
 始祖の鬼は縁壱の剣を受けるなり逃げて二度と姿を現さず。
 彼以外の鬼はそもそも生き延びる事すら叶わなかった。
 縁壱の兄だけが、その唯一の例外である。
 ――そんな中このベルゼバブは、縁壱の剣を凌ぎながら確実に学んでいた。
“…厄介だ。この男、学ぶ者か”
 縁壱にとっても未知の相手。
 突撃を前に優位を奪われた縁壱が八艘飛び宜しく地を蹴って跳ぶ。
 そこに追い縋るベルゼバブのケイオスマターが彼の羽織の肩口を掠めた。
 瞬間縁壱の総身を突き抜ける死の気配。
 恐るべき禍物だと、肚の底からそう思わずにはいられない。
「シィッ――!」
「…、……!」
 躱す、止める、流す。
 切り返す、突く、振るう。
 剣士と槍兵の交合が繰り返される中で。
 上空から響く哄笑が、総取りを狙った天変地異を轟かしてくるから事態は混沌を極めていた。
「戴くよォォ――!」
 雷鳴と業火が二人を取り囲む。
 しかしリンリンも安全地帯から横槍を入れるばかりではない。
 此処に来て、彼女は神をも恐れぬ行動に出る。
 空から地へと飛び降りて…縁壱とベルゼバブ、達人と怪物の戦いに堂々乱入を果たしたのだ。
「"威国(いこく)"!」
「…! 多芸な事だな、悪神ッ!」
 挨拶代わりに放たれた一撃がベルゼバブの目を見開かせる。
 飛ぶ斬撃は剣豪の標準装備だが、このリンリンも当然にそれを扱える。
 それ自体は驚くに値しない。
 しかしこの威力は何だ。
 ベルゼバブをすら驚きに瞠目させる"国を威する"斬撃は彼を十メートル近くも後退させた。
 骨の軋む感覚と内臓に伸し掛る重い感覚が嫌でも己の不覚を悟らせた。
「因縁の対決に酔っ払ってんじゃねェぞガキ共が。主役はおれだ!」
 炎剣を握ったリンリンと縁壱が打ち合う。
 ベルゼバブ程巧みではない。
 縁壱の技を解する気配もない。
 力技の一辺倒だけで彼女は天地神明の寵児に食らいつくのだ。
 そんな彼女の身体が、今度は吹き飛ぶ。
 早速戦線への帰還を果たしたベルゼバブが、黒い稲妻を纏わした蹴りでリンリンを跳ね飛ばした。
「ちィィ――…! 節操なしにも程があんだろてめえ。覇気にまで手ェ付けやがって!」
「余に節操を求めるとは節穴も良い所だな、盗人。貴様の骨の髄も貪り尽くしてやるぞ」
「やってみろよ青二才がァ……!」
 ベルゼバブとリンリンが再度激突する。
 覇王色と覇王色。
 混沌槍ケイオスマターと炎剣スルト。
 並の武器では打ち合った瞬間に粉砕されるケイオスマター。
 並の武器では触れた瞬間に溶け落ちるスルト。
 類稀なる業物同士でようやく成り立つ極限の鍔迫り合いに割り込むは縁壱。
「あァッ!?」
「…! 頭が高いぞ羽虫ッ!」
 打ち合い競い合う両者に、喧嘩両成敗とばかりに剣閃を刻む。
 入りは浅いが縁壱の与える傷は極めて癒えにくい。
 おまけに――神仏が下す罰が如く痛いのだ。
 リンリンもベルゼバブも瞬時に青筋を立てた。
 そして縁壱を磨り潰すべく出力を向上させる。
「焼け落ちな!」
「――消し飛べ」
 炎と剛力。
 殺到する殺意は縁壱をして受け止める選択肢を排する空前絶後のそれだった。
 体に直撃すればいかに縁壱といえど木端微塵の未来は免れないだろう。
 この死線の中でも尚生き残れる彼は一体何なのかと、そんな根本的疑問を抱きそうにもなるが。
 そんな今更の疑問を抱いてこの戦いに臨めば、待ち受ける未来は潰れた果実のようになる惨死のみだ。
 リンリンが跳び上がる。
 巨体の怪力と位置エネルギーを合算した剛撃が縁壱の間近に落ちた。
“…縫い止められたか――”
 確殺ではなく、縁壱の取り柄である速度を封じる為の攻撃。
 激しい衝撃とそれに伴う震動で彼の足が初めて止まった。
 そこを突くのはベルゼバブ。
 ケイオスマターを振り翳して間合いに悠々踏み込む姿を始祖の鬼が見たならば、正気の沙汰ではないと唾を吐き捨てた事だろう。
 しかしベルゼバブは継国縁壱の間合いに自ら踏み込むという無謀を正当化できる怪物だ。
 斬撃と刺突が何度目かの激突を果たすや否や、彼はアストラルウェポンを招来。
「轟け終焉――カタストロフィ・レイ」
 自らの右手と一体化した滅爪が闇色の光を放つ。
 縁壱の体が、吹き飛ばされた。
 間近で解放されたアストラルウェポンの真名解放。
 その威力は受け流したとて無視できる程小さなものではない。
 身の軋みを感じながら、されど逃げずに踏み込み反撃する。
 滅爪を斬撃一発で破壊し、鋒のみではあったが腕に掠り傷を這わせた。
「つくづく癪に障る男よ。貴様と以前打ち合った時に使ったのは、この滅爪だったのだがな」
 以前は縁壱と滅爪(これ)で十分に打ち合えた。
 なのに今回はあっさりと砕かれてしまった。
 縁壱は先刻ベルゼバブの成長に戦慄を覚えたが、ベルゼバブに言わせれば彼も大概だった。
 この男もまた、三つ巴の激戦という死地の中で進化を続けている。
 先の見えない地平線の前に立たされたような果てしなさを感じさせる縁壱の、何と規格外な事であろうか。
「ハ~ッハッハ~~!!」
 リンリンの鉄拳がベルゼバブを襲う。
 受け止めるが、二発三発、飛んで数十発。
 巨体が鈍重だなどと誰が決めた。
 真に優れた覇者の巨躯は…目で追えない程速い。
「良いじゃねェか盛り上がってきた! いつぶりだろうねこんなに楽しめる戦いは!!」
「享楽が形を取ったような婆だと思っていたが。まるで不自由を強いられてきたみたいな台詞を吐くではないか」
「あぁ…不自由だったぜ。苛立ちと面子ばかり気にして過ごす数十年だった」
「自由を目指す事には責任が伴う。貴様の新たな船出の代償は、余が下す苦痛に満ちた死だ」
「ハ~ッハッハ! 眠てえ事抜かしてんじゃねえぞ鋼翼! 海賊が責任なんぞ持つかよ――おれァ、おれが楽しいから船を漕ぐのさ!」
 喉笛を狙う縁壱にも油断は二度としない。
 牽制用に飛ばしていた雷雲(ゼウス)から稲妻を轟かせ、迎撃しつつ。
 ベルゼバブのケイオスマターと万一の可能性を微塵も恐れず殴り合う。
「お前もそうだろ? あの海で腐る程見てきた眼ェしやがって…! てめえもう十分強ェだろ!? これ以上何を望む!? 何を目指してやがんだい!?」
「愚問だな」
 カッ、とその眼に宿る光。
 ヤバい、とリンリンが冷や汗を一筋流した。
 ケイオスマターを弾いた拍子に。
 黒雷を宿したベルゼバブの鉄拳が彼女の腹を直撃した。
 喀血しながら吹き飛ぶリンリンを見送りながら――ベルゼバブは答える。
「最強。ただそれだけよ」
「ゼェ…ゼェ……! そうかい、そりゃ…付ける薬のねェ莫迦野郎だな……!!」
 最強への道をベルゼバブは一度たりとも足を止めず歩み続けている。
 志したその日から英霊の座に至り迎える今日の日まで、ずっと。
 海賊というドリーマーすら莫迦と謗る願いが伊達や酔狂ではない事が、リンリンには伝わっていた。
 眼を見れば分かる。
 ベルゼバブの心だけは…この光だけはどんな手を使ったって叩き折ることなどできないに違いない。
 恐るべき敵だ。
 実に鬱陶しい、若造だ。
「ならその夢――今日で捨てろよ。おれが終わらせてやる」
「ほざいたな」
 流星のように駆けるベルゼバブ。
 受けて立つはシャーロット・リンリン。
 衝撃の炸裂が世界を揺らす。
 空間を罅割れさせる程の衝突を縫って走るは継国縁壱。
 無数の斬撃がリンリンとベルゼバブの双方を襲う。
 刀一振りと腕の二本で、一体どう動けばこの芸当が可能となるのか。
 常に全てを呑み込み学ぶベルゼバブですら糸口さえも見えない、剣の道という名の深淵が彼の背には広がっていた。
「貴様ら双方、此処で余が屠る。光栄に思え――余の夢の足がかりになれる事をな」
 素晴らしい。
 羽虫と謗りながらもベルゼバブは無限のモチベーションを感じずにはいられなかった。
 天をしもべに従える大女傑。
 不可能をそれごと斬り伏せ迫る異次元の侍。
 こうも激しく唆る戦いは、望んだからと言ってそうそうできるものではない。
 故に糧としよう、彼奴らの血肉の最後の一滴まで。
 ベルゼバブの全身から迸る凶悪なまでの波動。
 それが只の我力(きあい)で引き起こされた事象である事を…一体この世の誰が信じられるだろうか。
「来い。今の余は寛大だ――貴様らの跳梁を許す」
「…やはり、お前はこの世に存在してはならぬ生き物だ」
 縁壱の言葉が静かに響く。
 初めて出逢った時に抱いた感想は間違いではなかった。
 今、こうして目前で強くなり続けるこの怪物。
 これがこの地から解き放たれたならどうなるか、想像するだけで縁壱の眉根が歪む。
「その呼吸、その脈動…その歩みの一つ一つが無辜の誰かを害する。
 お前の野望は屍の山にしか成り立つ事のない地獄道だ。この世の全てを薪にして尚も飽き足らぬ、力に焦がれた亡者のそれだ」
「まあ、そうだな。そこはおれも同意しといてやるよ侍小僧。
 こんな野郎が好きに暴れりゃ、そこに残るのは草の根一本残らぬ焦土さ」
 だから、殺さなくちゃなァ。
 炎と雷を手繰りながら嘲笑うリンリン。
 彼女もまた、縁壱にとっては斬り伏せる対象だった。
“ビッグ・マム。お前の願いは、この男のそれとは違う”
 縁壱は彼女の目指す未来を知っている。
 それは縁壱にとって受け入れる事のできないものであったが。
 しかし――理解はできた。
 一瞬とはいえ、縁壱自身がその未来を想ってしまった。
 ビッグ・マムの願いが叶って幸福になる"誰か"は必ず存在する。
 その事実を身を以て噛み締めながらも、それでも…縁壱は揺るがない。
“だとしても”
 此処で斬る。
 お前も、お前も。
 理想も、覇道も。
 共に斬り捨てて誰かの未来を守ろう。


 此処に三者三様、全ての闘う理由が出揃う。
 ベルゼバブ、シャーロット・リンリン、そして継国縁壱。
 強豪三者が同時にギアを上げた。
 考える事は誰もが一つ。
 己以外の二者を殺す。
 そしてこの地を平定する。
 ならばもはや言葉は不要だった。
 ベルゼバブが駆ける。
 リンリンが轟く。
 縁壱が、抜刀する。
 強者と強者とそして強者。
 三者の最強が――交差して混じり合い、混沌へと近付いていく。


 迫るは継国縁壱。
 受けるはベルゼバブ。
 両者接敵。互いに数はもはや用立てない。
 乾坤一擲同士を交差させる。
 その交差を超えて先に相手へ刃を届かせたのは――縁壱であった。
「……!」
 凄絶とした笑みを浮かべるベルゼバブの右眼が、割られていた。
 縁壱の一閃が疵面(スカーフェイス)と化して久しい美顔を更に刻む。
 右半分の視界を奪われたベルゼバブはしかし止まらない。
 緩むことなどない。
 それを、彼は知らない。
「"天耀焔剣(レーギャルン)"!」 
 炎の剣が地に墜ちる。
 スルトの名を冠し新生したホーミーズの熱剣。
 人類史にその名を刻んだ巨人王の宝具の銘、その一端を借り受けた一閃。
 災害そのものの攻撃を、しかし受けて立つぞと笑うベルゼバブ。
 全力を以ってケイオスマターを振るう――薙ぎ払う。
 非個体と個体の激突が引き起こす衝突と大熱波が膨張を重ね。
 そして弾ける。
 迸った斬波がリンリンに傷を刻み、笑顔の口元から血潮を溢れさせた。
 大爆発に包まれ、スカイツリーが瓦礫の山と化しながら吹き飛んだ。
 七割以上の表面積が融解し現日本最大の電波塔はこの世からその姿を永久に消す。
「――捉えたぞ、鋼翼」
 熱の中を敢えて突き進む。
 此処を攻め時と見做したからには振り返らない。
 縁壱の剣は熱の名残という形なき暴威を斬り伏せて迫り。
 ベルゼバブの喉元を目掛け轟いた。
「…! 貴様――!」
「ママママ! 命運尽きたか!? ランサー!!」
 その矢先に降り注ぐ轟雷がベルゼバブを打ち据える。
 逃さない。逃がすものかよと迸る女海賊の凶念。
 それに縫い止められたベルゼバブの最期がとうとう近付く。
 彼の首を刎ねんとする剣閃が、最早逃れようのない死がすぐ傍にまで押し迫って――
 ベルゼバブは…尚も笑った。
 全てを諦め死を受け入れたか。
 この現実を受け入れられず、呆けた笑みを浮かべずにはいられなかったのか。
 どちらも否だ。
 笑みの理由は只一つ。








「――――――――――――――――――まだだァッ!」







 成程、こうするのか。
 そんな納得を得たからだった。
 限界を超えた動きでベルゼバブの腕が動く。
 筋肉と神経はおろか骨までもを自壊させながら。
 それほどまでに無理のある動きを気合と根性だけで可能としつつ、縁壱の剣閃に己が魔槍を追い付かせ弾いた。
「…!」
 縁壱の眼が、見開かれる。
 想像だにしない動き。
 つい一瞬前までのベルゼバブであれば不可能だったろう動作。
 死を跳ね除けながら煌めいたベルゼバブの姿に、縁壱は己の不覚を悟った。
 その次の瞬間には――取り返しの付かない損傷が彼の体を引き裂いていた。
「捉えたり、だな」
 継国縁壱。最強の剣士。
 時に人を導き、時に人を狂わせ。
 悪鬼羅刹にすら消えぬ恐怖を刻み込んだ男。
 彼の左腕は今、半ば程から抉れ飛んで…しとどに血を滴らせるばかりとなっていた。
“…そうか”
 縁壱は元は人間だ。
 どんなに優れていても、抜きん出ていても…人間なのだ。
 失った腕は生えてこない、二度と戻らない。
「それがお前の得た答えか。羅刹よ」
「然り。余は止まらぬ――彼方の栄華へ辿り着くまでッ」
 だとしても縁壱は変わらなかった。
 刀を隻腕で持ち、怪物二体を相手に独り立つ。
「ならば私も、止まるまい」
 彼らの存在を…その願いを。
 その願いが生むだろう犠牲と悲劇の存在を、認められないから。
 だから彼は立つのだ。
 腕を引き千切られようとも。
「此処でお前達の夢を終わらせる。その輝きも熱も、もの皆等しく斬り伏せてみせよう」
「ハ~ハハハハ! おいおいこれ以上燃え上がらせんじゃねェよ! 我慢できなくなっちまうだろ!?」
「ならば来るがいい…羽虫共。新生せし余の腕を試す試金石にしてくれる」
 混沌は未だ止まらず、終わる兆しなど見せず。
 三つ巴の戦いは――続いていく。

【墨田区・東京スカイツリー/二日目・早朝】

【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:高揚感、一糸まとわぬ姿、全身に極度の火傷痕、右眼失明、左翼欠損、胸部に重度の裂傷、霊核損傷(魔力で応急処置済)、胴体に袈裟の刀傷(再生には時間がかかります)、内臓にダメージ(中)修復率6割
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング(半壊)
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
0:そう、まだだ。
1:龍脈の龍、成る程。
2:それはそうと283は絶対殺す。
3:狡知を弄する者は殺す。
4:青龍(カイドウ)は確実に殺す、次出会えば絶対に殺す。セイバー(継国縁壱)やライダー(ビッグ・マム)との決着も必ずつける。
5:鬼ヶ島内部で見た葉桜のキャリアを見て、何をしようとしているのか概ね予測出来ております
6:あのアーチャー(シュヴィ・ドーラ)……『月』の関係者か?
7:ポラリス……か。面白い
8:煌翼……いずれ我が掌中に収めてくれよう
【備考】
※大和のプライベート用タブレットを含めた複数の端末で情報収集を行っています。今は大和邸に置いてあります。
※大和から送られた、霊地の魔力全てを譲渡された為か、戦闘による魔力消費が帳消しになり、戦闘で失った以上の魔力をチャージしています。
※ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の中にある存在(ヘリオス)を明確に認識しました。
※星晶獣としての“不滅”の属性を込めた魔力によって、霊核の損傷をある程度修復しました。
現状では応急処置に過ぎないため、完全な治癒には一定の時間が掛かるようです。
※一糸まとわぬ裸体ですが、じきに魔力を再構築して衣服を着込むと思われます。
※失われた片翼がどの程度の時間で再生するか、またはそもそも再生するのか否かは後のリレーにお任せします。

【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:高揚、右手小指切断、内臓にダメージ(中)、脇腹に裂傷(再生には時間がかかります)
[装備]:ゼウス、プロメテウス、ヘラ@ONE PIECE、炎剣スルト(炎のホーミーズ)
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
0:面白くなってきたじゃねェか!
1:よくやったねプロデューサー。使える働き者は好きだぜ。
2:北条沙都子! ムカつくガキだねェ~!
3:敵連合は必ず潰す。蜘蛛達との全面戦争。
4:ガキ共はビッグマムに挑んだ事を必ず後悔させる。
5:北条沙都子、プロデューサーは傘下として扱う。逃げようとすれば容赦はしない。
6:ナポレオンの代わりを探さないとだねェ…面倒臭ェな!
[備考]
※ナポレオン@ONE PIECEは破壊されました。

【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:左腕欠損、全身にダメージ(小)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
0:目前の混沌どもを討つ。
1:足止めは成った。次は……。
2:光月おでんに従う。
3:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
4:凄腕の女剣士(宮本武蔵)とも、いずれ相見えるかもしれない。
5:この戦いの弥終に――兄上、貴方の戦いを受けましょう。
[備考]



時系列順


投下順


←Back Character name Next→
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) ランサー(ベルゼバブ) 138:地平聖杯戦線 ─High&low─
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) ライダー(シャーロット・リンリン) 138:地平聖杯戦線 ─High&low─
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) セイバー(継国縁壱) 138:地平聖杯戦線 ─High&low─

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年12月25日 00:14