『でも私ホントはどこでもいいんだ』
『例えばね、広くても狭くても、近くても遠くても、苦しくても辛くてもいいの』
『おかえりとただいまがある、それだけで私たちはきっと幸せだったんだよ』
◆◆
一筋の風が、吹き抜けたその時。
まず
神戸しおが感じたのは、懐かしい匂いだった。
辺り一面粉塵やら血飛沫やらで染まっていて、しおが抱えられた悪魔の身体もそれらや臓物の破片で色とりどりに汚れている。
嗅覚などあってないようなものであるというのに、何故だかその匂いははっきりとしおの鼻腔を擽った。
――知ってる。わたしは、このにおいを、知ってる。
ポチタくん、そう叫ぼうとしたけれど。
口は風に塞がれて、大事なところで声になってくれなかった。
すぐに世界は線になってしおの後方へと流れ、消えていく。
そこに居たような気がする二つの人影。
それが誰であるのかを突き止めることは結局、しおにはできなかった。
いや、違う。
しおにはもう分かっていた、そこに誰が居たのか。
分からない筈がないのだ。他でもない神戸しおに限って、その匂いを間違えるわけがない。
目まぐるしく変わる景色の中でただ一つしおの世界だけが止まっていた。
全てがスピードの彼方に置き去られていく中、彼女の思考だけがそれに逆行している。
彼女の脳裏に時を遡りながら去来したものは――わずかひと月ほどの、甘い記憶。
『ここはお城。私とあなたが暮らすための』
小さなこの手を握って笑ったあの人の顔を覚えている。
柔らかくて、暖かくて、きれいだなと思ったことを覚えている。
何ひとつ、何ひとつだって忘れてしまったものはない。
神戸しおの幼い脳細胞には余すところなく、砂糖菓子のように甘い蜜が沁み込んでいるから。
だから一瞬の邂逅という運命の悪戯など、しおにとっては何の障害にもならなかった。
お城は燃えてしまったけれど。
私たちは、お城を逃げ出さなければならなかったけれど。
それでもあの日々、あの時間のすべては今もしおの頭の中に残り続けている。
金平糖の数が一つだけになっても。
神戸しおはそれを、何を犠牲にしても決して捨てなかった。
捨てないまま此処まで来た。
成長、変化、再会、対決。そのすべてを、噛み締めて。
少女は大きくなった。今、その手は世界の何処にだとて届く"可能性"を秘めている。
「……あは」
昔のしおならば。
あのお城にやって来たばかりの彼女ならば――無邪気に声をあげて喜んでいたのだろう。
嬉しいことがあったのなら声をあげて喜ぶ。
わくわくする気持ちを身体と心、その全体を使って表現する。それが子どもの仕事だ。
お城の中で一人家主の帰りを待つ彼女の役目は、ただ愛されるままにそこにあること。
"いってらっしゃい"を、"ありがとう"を、"うれしい"を、"たのしい"を、"いただきます"を、"ごちそうさま"を、
"おはよう"を、"おやすみ"を、"だいすき"を、"さびしい"を、"ほしい"を、"おかえり"を、笑顔で伝える砂糖城のお姫さま。
されど今、お城は崩れた。
お姫さまを守る籠は壊れて。
お城を出たお姫さまは、ただ守られるだけの存在ではなくなった。
誰に何と謗られようとも、決して失くすことのない愛を抱いて。
自分の足で歩き、友達をつくり、初めて"勝ちたい"と思う相手ができた。
お姫さまは知った。
この世界には、いろんな人が居る。
楽しい人。強い人。綺麗な人。変な人。頭のいい人。
そしてそんな、いろんな人達に揉まれながら――それでも自分の気持ちを貫くことの難しさと怖さを、知った。
何かを愛するのはとても幸せなこと。
自分の全てを捧げても惜しくないと思えるような、この世で一番素敵なこと。
しおはそれしか知らなかった。此処に来て、初めて知ったのだ。
――何にも負けない愛(じぶん)を貫くというのは、すごく……本当に凄く、怖いことであるのだと。
『落とし前の時間だよォ~! 虫ケラ共ォ~~!!』
頭をうんと上に向けなければ顔を見ることもできない、巨大な鬼母(マム)の顔を覚えている。
『喜べ。ようやく貴様が、真の意味で私の役に立てる時が来たぞ』
とても恐ろしい鬼と、自分の首を微笑みながら絞めた"あの人"の顔を覚えている。
『違う。お前は、悪の親玉に見初められるような"器"でもなけりゃ――真実の愛だなんて胡散臭いものに目覚めた解脱者でもない。
ただの、巡り合わせが悪かっただけの……誰より純粋な、一人のガキだろ?』
そう言って自分に語りかけた、覆面の怪人(ヒーロー)の姿を覚えている。
『幸せだったんだな、しおは』
最後にもう一度だけ向き合って、それからもう一度背を向け合った人の声を覚えている。
『これこそ、我が最終式。そして、これより過去の産物と化す旧き数式!
さりとてそれでも、御身の唱えた"終末(ほのお)"など容易く貫く終局である!!』
遠くで見ているだけでも眩しくて熱くて仕方ない炎の巨人に、笑いながら独り立ち向かった人の背中を覚えている。
『お前、もう分かってんだろ。自分達以外は糞だって』
破壊の地平線に一人立つ、初めてしおに勝利への意欲と、それを貫けるかの逡巡を与えた人の貌を覚えている。
そして。
いつもしおの隣に、時には前に立ってくれた初めての"友達"の存在を覚えている。
嬉しいことも楽しいことも、嫌なことも怖いことも全て覚えて立ったこの時この場所で。
甘い、甘い、もう記憶の中にしかないと思っていたその匂いを嗅いだしおははしゃぎはしなかった。
少女はただ、笑った。
くすくすと、歳相応よりも少しだけ大人びた笑い声を風の音が響く中にひっそりと奏でた。
「……そうだよね。うん、なんにも不思議なんかじゃないや」
言われてみればその可能性は、一番最初に考えるべきだったのだ。
自分の抱く愛、自分が受けていた愛。そのどちらもを信じるならば。
死が二人を分かつまで、死が二人を分かつとも、途切れず絶えぬ愛を誓い合ったのならば。
まず最初に、夢を見るべきだった。
自分達の"愛"が、奇跡を起こして再び互いを結びつけてくれる――そんな夢を。
ああ、楽しい。
ああ、なんて幸せなんだろう。
深い蒼を湛えた瞳から透明な水が零れて目元を濡らす感覚さえ、今は楽しくて仕方なかった。
「――ひさしぶり、さとちゃん」
この言葉を口にできる喜びを前にしては、どんな現実も無力だった。
言葉を交わす間もなく分かたれてしまったことなど、何の苦しみにもならない。
手を繋がなくても、あの胸に抱かれずとも、誓いの言葉が此処になくても。
同じ世界に生き、同じ空を見上げて、同じ風を感じているその事実に勝る悲しみが世界の何処にあろうか。
此処は願いが叶う場所。
界聖杯。優しい祈りに、祝福された世界。
他の誰がこれを残酷だと罵ろうと、神戸しおだけはこれを慈しむ。
だって現に、しおの夢は一つ叶ったのだから。
長い永い旅路の果てに、一瞬だとしてもあの愛にまた巡り合うことができたのだから。
今、神戸しおは幸せだった。
闇の消えた空を見上げながら、ただ泣いて笑った。
救いを得た月の天使は今、湧き上がる感情を誤魔化すみたいに悪魔の身体を抱き締める。
大人になったとはいっても、そうでもしないとおかしくなってしまいそうだった。
悪魔がおもむろに足を止めて、その気配が見知った"彼"のものに戻るまで、しおはずっとそうしていた。
「へえ――会えたのかよ、さとちゃんに」
「うん。ほんとに一瞬だったし、姿もほとんどみえなかったけど」
「なんでそれで分かんだよ。別人かもしんねえじゃん」
「? さとちゃんの匂いがしたから、すぐわかったよ?」
「マキマさんかよお前は」
「私、あんなにきれい?」
「そういう意味じゃねーよ。マキマさんもさ、メチャクチャ鼻のいい女だったんだ」
目を覚ました、もとい中の彼と交代した
デンジはまず辺りの荒れ果てぶりに絶句したが。
そこはそれ、数多の地獄絵図を渡り歩いてきたデビルハンターである。
生きていればそういうこともきっとあるのだろうと割り切って、すぐに順応した。
目覚めた矢先、しおから"さとちゃん"……
松坂さとうと再会した旨を伝えられたが、それについては「ふーん」という具合だった。
デンジは基本、美人美少女というものに対して節操がない。
だが他人の恋路には生憎と毛ほどの興味がないのだ、彼は。
そりゃ良かったなと気のない返事をしつつ、しかしそこでふとあることに思い当たりしおの方を見る。
「てかよ、だったら今からでも引き返した方がいいんじゃねえの? せっかく会えたんだったらよ」
「いいの。あんまり遅くなったら、みんなにも心配かけちゃうよ」
「いいだろ別に。お前の戦う理由がその"さとちゃん"なんだったら、そっち優先するのは当然だと思うぜ」
「ふふー。らいだーくんはわかってないなあ」
「あ~? ケツの青いガキが何を分かってるってんだよ、逆によぉ」
デンジとしては、しおが引き返すことを選ばなかったのは意外だった。
彼女がさとうに寄せている感情の強さは、文字通りうんざりするほどよく知っている。
散々聞かされてきたし、この戦いの中でも何度となく目の当たりにしてきた。
愛の力と言えばチープに聞こえるが、デンジとしてもそんなあり方には思うところもあった。
それは彼自身、不格好でも拙くとも、一つの"愛"に殉じて生きた逸話を持つ存在であるからなのだったが……それはさておき。
「愛っていうのはね、ここにあるんだよ」
そう言ってしおは、自分の胸の真ん中にそっと触れた。
いつか、砂糖菓子の少女と出会った最初の日に教わったこと。
今もしおの中で生き続けている愛の、そのオリジン。
「だから、寂しくないの。
きっとさとちゃんもおんなじのはず。
さとちゃんがここにいるって、私たちは今おんなじ空の下にいるってわかったら、それだけでいいの」
それだけで、私たちはどうしようもないくらい幸せなんだよ。
「そっか」
そう言って笑ったしおは、どうやら本当にそれで満ち足りているようで。
デンジは「そういうもんかねえ」と言って伸びをした。
「まあ……」
しおがそう言うのなら、彼にそれ以上とやかく言う理由はない。
ただ。此処までずっとやいのやいの言いつ言われつ付き合ってきた相手が、いつになく弾んだ声と足取りで浮かれているというのはそう悪い気分でもなかった。
「よかったな」
「うん」
彼らは今や、敵連合という巨悪の片翼だ。
破壊の魔王・
死柄木弔が立ちはだかる全てを薙ぎ払い。
彼の崩壊からあぶれた一握りは、"チェンソーマン"が狩り殺す。
「そういえばさ。私、言ったよね」
「何を」
「私だけのチェンソーでいてねって」
「ああ、覚えてるぜ。すげえ人でなしだなこいつって思ったもん」
「あれ、なしにしてもいい?」
「はあ?」
ただ狂おしくあろうとそう願った。
でも、過ごした時間は彼女の光をより研ぎ澄ました。
天、雲の向こうに微けく灯る月明かりから。
空、星々を裂いて降り注ぐ月の光へと。
だからこそ、今。
他人(ひと)を知り、さりとて愛(じぶん)も失わず、降り注ぐ再会の朝を迎えた少女が求めたのは無機で無骨な一振りの凶器などではなく。
「らいだーくんは、私のともだちでいてほしいな」
いつだって自分を守り、助けてくれる。
そうやって自分の願いを叶えてくれる。
"誰か"じゃなく、"神戸しお"が助けを求めたその時に手を貸してくれる存在。
ヒーローのように燦然とはしていなくてもいい。
ただ等身大に、いつでも自分の隣に居てくれる、そんな"ともだち"があればいいと。
成長した天使は今、そんな結論に到達した。
例えば死柄木弔ならば。
独りでも戦えてしまうのだろう。
彼は強いから。その手には全てを滅ぼす力が宿っているから。
だけど神戸しおは、結局のところどこまで行っても力のない少女でしかない。
チェンソーマン。
彼の刃音(こえ)が、必要なのだ。
ああだこうだとぼやきながら渋々、それでも何だかんだ言いつつ付いてきてくれる等身大の友人。
頭は悪い、品性はない、サーヴァントを次から次へと薙ぎ払えるほどの強さは彼自身にはない。
だとしても。
しおは、この粗野で不器用な友人が好きだった。
「……ま、今更ハシゴ外すのも後味悪いしな」
デンジにとっての神戸しおは、何とも言えず背筋のむず痒くなる相手だった。
齢二桁にも達していない幼さと、それに見合わない陶酔したような物言いと価値観。
何も考えずにゲームで遊んでいる時の彼女と、"愛"を見据えている時の彼女の姿とが、繋がらない。
そのギャップはデンジにとって、どこか不安定な足場の上を歩き続けているような座りの悪さを与え続けてきたが、さりとて。
此処まで付き合ってきた相手にこうも素直に懇願されては、それを無碍にできるほどデンジは薄情者ではなく。
それに、決して言葉にはしないが――デンジとしても、彼女と過ごす時間はそう悪いものではなかった。
かつて、生真面目な先輩と頭のおかしい同僚と一緒に暮らしていた記憶と。
いつか、この霊基には刻まれていない未来、"誰か"とそうしていたような感覚。
二つの懐かしさを想わせてくれる、そんな穏やかな時間。
兄と妹のように過ごした一月の時間が、彼というチェンソーを動かすための揺るぎない炉心として火を灯し続けている。
「さっさと帰ろうぜ。ゆっくりアイさんに労って貰いてえしな」
「そうだね。私も疲れちゃったし、みんなでゆっくり休もっか」
「どうせまたすぐ忙しくなんだろ。休める内に休んどこうぜ~」
物語は進む。
彼女と彼と、その他あまたの器を載せて。
全てを押し流すような濁流の中で、たった一つの瞬く奇跡に向けて進んでいく。
これは、少女にとっての中継点。
そして――
新たな大局に備えて静まる街の中で小さく鼓動する、一つの始発点でもあるのだった。
【新宿区/二日目・朝】
【神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、ご機嫌、決意
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:――いってきます。
1:敵連合のもとへ帰る。
2:アイさんとは仲良くしたい。とむらくんについても今は着いていく。
3:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
4:ばいばい、お兄ちゃん。おつかれさま、えむさん。
[備考]
※松坂さとうと擦れ違ったことに気付いてるのかは不明です。
【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
0:まあ、なんだ。よかったな。
1:しおと共に往く。
2:死柄木はいけ好かない。
3:
星野アイめちゃくちゃ可愛いじゃん……でも怖い……(割とよくある)
[備考]
※令呪一画で命令することで霊基を変質させ、チェンソーマンに代わることが可能です。
※元のデンジに戻るタイミングはしおの一存ですが、一度の令呪で一時間程の変身が可能なようです。
◆◆
『広くても狭くても、近くても遠くても、苦しくても辛くてもいい』
『――――――――――――――――――――――――』
『ただいま』
◆◆
一筋の風が、吹き抜けたその時。
松坂さとうは、確かに"それ"を見た。
蒼き雷霆、ガンヴォルトをして息を呑むほどの何か。
それに抱えられて戦線を去る、黒髪の少女の姿を確かに視界に収めていた。
「……さとう。今のは」
極楽の鬼は去り、親友から受け継ぐ形で自身の従者となったGVの言葉すら今のさとうの耳には入らない。
言わんとすることは言われるまでもなく分かっている。
他でもないさとうに限って、"それ"を見間違うなんてことがある筈もない。
たとえそれが一瞬の交錯であったとしても。
苦界の中、さとうが天使と呼んだ唯一無二の少女の――その面影を、見間違えるなどということがある筈はなかった。
「そっか――」
話には聞いていた。
だから覚悟はしていたし、実際彼女と会うことを目的にもしていた。
なのにいざ実際その姿を目の当たりにしてみれば、どうだ。
感情が現実に追い付かない。追いかけてとGVに命ずることさえ、さとうはこの時忘れていた。
死がふたりを分かつまで。
その言葉を口にした回数は数知れないが。
死がふたりを分かつとも切れない縁があるのだと、今のさとうは知っている。
そして今この瞬間――二人の誓いの言葉は、真に永遠を意味するそれになった。
永遠は、誓いの価値は、現実となって証明されたのだ。
「本当に、いたんだね。しおちゃん」
神戸しおは、此処に居た。
さとうが悩み、苦しみ、時に何かを得、時に失ってきたこの空の下で生きていた。
さとうと同じように戦っていた。
そして、あの冗談のような災禍をも乗り越えて……この一瞬も息をしている。
その事実を目の当たりにして、さとうは力が抜けてその場にへたり込んだ。
駆け寄ってくるGVを手で制し、「大丈夫だから」と一言応える。
「今ならまだ間に合うかもしれない。追いかけよう、さとう」
追いかける。
GVのそんな提案に、さとうはしかし即答することが出来なかった。
確かにGVの言うことはもっともだ。
今追い始めれば、あんな一瞬ではなく……もっとちゃんとした再会ができるかもしれない。
お互いの健在を祝し、これまでの話をして、誓いの言葉を唱え合うことだって、きっと。
ならば選ぶべき選択肢など一つだというのに、答えが喉につっかえて出てこない。
やっと絞り出せたその時、さとうが彼へ答えたものは――
「いや」
これまで重ねてきた思慕と方針を、自らかなぐり捨てるそれだった。
「いいよ。しおちゃんには、ちゃんと会えたから」
会って話をしたくない、そう言ったら嘘になる。
しおに会いたくないと思ったことは一度だってない。
此処に来る前も、此処に来てからも、いつだってしおはさとうの世界の中心であり希望であった。
苦難も挫折も問答も、この世のどんな艱難も曲げることのできなかったさとうの愛。
松坂さとうと悪鬼童磨の間に存在した、最も決定的な違い。
伽藍洞の心に宿ったその感情は、さとうを人間にした。
摩耗した童のように生きるばかりだったさとうを――しおだけが照らし、救ってくれたのだ。
でも。さとうは、追わなくていいとそう答えた。
「……いいのか。神戸しおは、キミの"答え"だと思ってた」
全ての迷いと、全ての葛藤。
それを晴らす答え、それが神戸しおだと。
松坂さとうはそう認識していたし、それは今も変わっていない。
「答えを得ずに、キミはこの先へ進めるのか。
この先……次があるとは限らないんだぞ」
GVもそれを知っていて、知っているからこそさとうの言葉には眉根を寄せた。
次があるとは限らない。
彼はそのことをよく知っていた。
本当に――本当によく、痛いほどよく知っていたから。
さとうもそれは、理解している。
小鳥を守れなかった少年が、何故こうも強く言ってくるのかは分かっている。
だからその上で口を開き、彼に伝えた。
「"答え"なら……もうもらったよ」
答えは、得た。
あの瞬間、ほんの一瞬。
それだけでもさとうには十分だった。
会いたいと思っていた。あの笑顔をもう一度見たい、抱きしめたいと願いながら戦ってきた。
結果、会えた時間はほんの刹那。
言葉を交わす暇も、見つめ合う時間もありはしなかったけれど。
それでも――今、さとうは自分の心に欠けていた何かがカチリと填まった感覚を確かに覚えていた。
「しおちゃんはね、いつも私にすべてをくれるの。
今だってそうだった……生きていてくれた。私達のために、戦っててくれた。
それだけで、私は――もう迷わずに歩いていける」
しおに会えた。
一目見られた。
今、さとうの世界は澄み渡っている。
沈殿してきた全てが、神戸しおという光によって照らされた。
再会の風が、残った澱みを吹き飛ばした。
であれば、それを"答え"と呼ばずして何とするのか。
「あの子はちゃんと歩いてた。私がいなくても、立派に戦ってた。
だったら……私も、進まないとね」
しょーこちゃんの分も、さ。
そう言って振り返るさとうの顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
それはGVが初めて見る彼女の表情だった。
"友達"と話している時に見せるのとは違う、何かを愛する者の顔。
「……聞こうと思ってたことがあったんだ。
キミと共に往く以上、はっきりさせておかないといけないことが」
誰もが育ち、変化するこの世界。
停滞を忌む、この世界で――少女は歩んできた。
呪いのように纏わり付く悪鬼、小鳥の死、そして愛する者との再会。
全てに、意味があったのだ。
GVはそう理解する。それは彼にとって、少なからず安堵に値することだった。
だってそれは。"彼女"の死は、さとうにとっても無駄ではなかったということだから。
「キミの目指す勝利は、誰のモノだ?」
「私は」
ヒトは死を見送って育つ。
自ら奪ってきた者でさえも、それは例外ではない。
殺して埋めた小鳥が再び這い出て羽ばたいてきた。
そして小鳥は、少女の心に寄り添って死んでいった。
骸はない。もう、どこにもない。
だけどその生きた意味は、生きた姿は、さとうの籠を取り巻く心(セカイ)に溶けて揺らめき続けている。
小鳥の飛翔は、今度こそ少女の一部になれたのだ。
「私は、私達のために戦うよ」
ずっと、ずっと。
今も昔もこれからも、それだけは決して変わらない。
勝つのは私達だ。私じゃなく、私達。
失われたハッピーシュガーライフの、その完成と成就を。
それだけを――さとうはずっと見据えている。
彼女の聖杯戦争は、そのためにだけあるのだ。
「……分かった。ボクはキミの"答え"に従おう」
ならばもう、これ以上の答えは必要ないと。
悟りGVは、さとうと同じようにしおの去った方角へと背を向けた。
答えは得た。勝利の向きは確認した。
であれば後は、彼女達の物語が再び重なる"いつか"を祈って歩き出すだけだ。
亡き小鳥が今此処に居たとしてもそうするだろうという奇妙な確信を胸に、GVはそう決めた。
脳裏によぎる、"誰か"の記憶。
世界を救う恋をした、二人の話。
それを――羨ましい、とGVは思う。
手を伸ばすことはせずとも、それでも。
「(難しいな――――愛するということは)」
心を食む微かな痛みと郷愁を胸に、彼は戦い続ける。
【新宿区(廃墟の繁華街)/二日目・朝】
【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(小)、ガンヴォルトと再契約
[令呪]:残り1画
[装備]:なし
[道具]:最低限の荷物
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:しおちゃんと、永遠のハッピーシュガーライフを。
0:――いってらっしゃい、気をつけて。
1:どんな手を使ってでも勝ち残る。
[備考]
※ガンヴォルト(オルタ)と再契約しました。
※神戸しおと擦れ違ったことに気付いてるのかは不明です。
【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:胴体にダメージ(小)、疲労(中)、クードス蓄積(現在7騎分)、さとうと再契約、令呪の縛り
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:札束
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
0:この、記憶は。
1:さとうを護るという、しょうこの願いを護る。今度こそ、必ず。
2:ライダー(
カイドウ)への非常に強い危機感。
[備考]
※"自身のマスター及び敵連合の人員に生命の危機が及ばない、並びに
伏黒甚爾が主従に危害を加えない範疇"という条件で、甚爾へ協力する令呪を課されました。
※松坂さとうと再契約しました。
※
シュヴィ・ドーラとの接触で星杯大戦の記憶が一部流れ込んでいます。
※新宿区に落ちてたミラーピースを回収してます。
[ステータス関連備考]
※クードスの蓄積とミラーピースを介した“遺志の継承”によって霊基が変化しました。
①『鎖環』での能力が限定的に再現されています。
②クードスに関連して解放された能力が『電子の謡精』を除いて自由に発動できます。
これに伴い『グロリアスストライザー』もクードスを消費せず、魔力消費によって行使できるようになりました。
③強化形態への擬似的な変身も可能となりますが、魔力消費が大きいため連続発動は難しいです。
『電子の謡精』による強化形態との差異は現時点では不明です。
時系列順
投下順
最終更新:2023年06月03日 21:48