死というものは、生きているのならば赤ん坊だろうが老人だろうが、女だろうが男だろうが、貧者だろうが金持ちだろうが誰にでも訪れるものだ。
求めれば必ず応え、求めずとも時期が来れば必ず訪れる。
死にたいものは死に、生きたいと願うものも死ぬ。
人はそれに逆らえず、希望のままに、絶望のままに、ただ受け入れるよりほかは無い。
死を求めるもの、自殺したいやつの心境なんて俺には理解できないししたいとも思わないが、今俺は生きたい者、生を希望するものとして、迫り来る死というものにどうしようもない絶望と恐怖を覚えながら、対峙していた。
ソレは、中学生のころに理科の実験かなんかで見た、牛の頭蓋骨にそっくりの頭をしていた。
だが、その頭には羊のようなねじくれた角が生えていて、また口に生えた歯はまるで恐竜の牙のように鋭い。
ぽっかりと空いた眼窩に眼球は無く、だが、そこはぎらぎらと赤色に光る何かが嵌っている。
頭以外は人間に近いのだろうか。少なくとも直立し、全身を真っ黒いローブのようなもので覆っていた。
ローブが地面に引きずられるほどに長い為足は見えないが、180を超える身長の俺が見上げなくてはならないほどにでかい奴だ。
そして、ローブの隙間から伸びた手は学校の理科室にあったような完全な白骨。その禍々しい頭や全身のでかさからは考えられないほどに華奢なその腕は、だが、逆に不気味さをいや増していた。
細く白い、その指を絡めるようにして持っているものも俺がそう感じた要因だろう。
2メートルをらくらく超えていそうなほどに巨大な鎌。それを両手で、胸の前に抱えるようにして持っている。
死神だ。誰がどう見たってそう思う。
あまりにも非現実的な光景。それでいて、死神は圧倒的な存在感を持っていた。現実も何も関係ない。こいつを目の前にしたら絶対に死ぬ。全身がそう主張して、びっしょりと冷や汗がにじみ出ていてひどく不快だった。
悲鳴も上げず、失神もせずに、俺がそれと相対していられるのは、俺の目の前にそいつが現れたことに心当たりがあったからだ。
いや、心当たりと言うほどのものでもないけど。
求めれば必ず応え、求めずとも時期が来れば必ず訪れる。
死にたいものは死に、生きたいと願うものも死ぬ。
人はそれに逆らえず、希望のままに、絶望のままに、ただ受け入れるよりほかは無い。
死を求めるもの、自殺したいやつの心境なんて俺には理解できないししたいとも思わないが、今俺は生きたい者、生を希望するものとして、迫り来る死というものにどうしようもない絶望と恐怖を覚えながら、対峙していた。
ソレは、中学生のころに理科の実験かなんかで見た、牛の頭蓋骨にそっくりの頭をしていた。
だが、その頭には羊のようなねじくれた角が生えていて、また口に生えた歯はまるで恐竜の牙のように鋭い。
ぽっかりと空いた眼窩に眼球は無く、だが、そこはぎらぎらと赤色に光る何かが嵌っている。
頭以外は人間に近いのだろうか。少なくとも直立し、全身を真っ黒いローブのようなもので覆っていた。
ローブが地面に引きずられるほどに長い為足は見えないが、180を超える身長の俺が見上げなくてはならないほどにでかい奴だ。
そして、ローブの隙間から伸びた手は学校の理科室にあったような完全な白骨。その禍々しい頭や全身のでかさからは考えられないほどに華奢なその腕は、だが、逆に不気味さをいや増していた。
細く白い、その指を絡めるようにして持っているものも俺がそう感じた要因だろう。
2メートルをらくらく超えていそうなほどに巨大な鎌。それを両手で、胸の前に抱えるようにして持っている。
死神だ。誰がどう見たってそう思う。
あまりにも非現実的な光景。それでいて、死神は圧倒的な存在感を持っていた。現実も何も関係ない。こいつを目の前にしたら絶対に死ぬ。全身がそう主張して、びっしょりと冷や汗がにじみ出ていてひどく不快だった。
悲鳴も上げず、失神もせずに、俺がそれと相対していられるのは、俺の目の前にそいつが現れたことに心当たりがあったからだ。
いや、心当たりと言うほどのものでもないけど。
745 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:44:01.07 ID:QSRqa1o0
今俺は、真っ暗闇な空間に立っている。と言っても夜の比喩と言うわけではない。
真っ暗闇よりも漆黒と言ったほうが伝わり易いだろうか。地面すら、足元の感触が無ければそこにあるのがわからないほどなのだ。
それでいて、自分の姿ははっきり見える。目の前の死神も同様だ。
星も何もないが、まるで宇宙に立つとこんな感じなんじゃないだろうか。
明らかに、尋常ではない。現実に、こんな場所があるわけもない。
俺は、ここに来る直前に事故にあった。
信号無視のトラックに轢かれ、跳ね飛ばされたところまでは覚えている。
んで、全身に痛みとショックを感じたと思ったらそれが唐突に消えて、気がついたら今の状況というわけだ。
俺でなくても、まあ想像はつくだろう。
気は進まないが言葉にするなら、俺はトラックに轢かれ死んだか、そうじゃなくても意識不明の重態といったところ。
ここは死後の世界か三途の川原。俺の目の前に居る死神は、俺の命を刈り取りに来たか、もう刈り取り済みで俺を死後の世界に連れて行くために来たとかそんな感じか。
冗談みたいな話だし、俺だって本来なら夢かなんかだろうと思うところなんだが、目の前の死神の存在のおかげで自身がなくなって来ている。
真っ暗闇よりも漆黒と言ったほうが伝わり易いだろうか。地面すら、足元の感触が無ければそこにあるのがわからないほどなのだ。
それでいて、自分の姿ははっきり見える。目の前の死神も同様だ。
星も何もないが、まるで宇宙に立つとこんな感じなんじゃないだろうか。
明らかに、尋常ではない。現実に、こんな場所があるわけもない。
俺は、ここに来る直前に事故にあった。
信号無視のトラックに轢かれ、跳ね飛ばされたところまでは覚えている。
んで、全身に痛みとショックを感じたと思ったらそれが唐突に消えて、気がついたら今の状況というわけだ。
俺でなくても、まあ想像はつくだろう。
気は進まないが言葉にするなら、俺はトラックに轢かれ死んだか、そうじゃなくても意識不明の重態といったところ。
ここは死後の世界か三途の川原。俺の目の前に居る死神は、俺の命を刈り取りに来たか、もう刈り取り済みで俺を死後の世界に連れて行くために来たとかそんな感じか。
冗談みたいな話だし、俺だって本来なら夢かなんかだろうと思うところなんだが、目の前の死神の存在のおかげで自身がなくなって来ている。
746 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:44:29.02 ID:QSRqa1o0
「…………」
つーか、もう俺がここに来て、目の前に死神が現れてからたぶん十分ぐらいは経ったんだが、いつまでこうしてればいいのだろうか。
さっきから死神は何も言わない。ただ、目とおぼしき部分をぎらぎらと輝かせて、黙然と突っ立っている。
「…………」
正直、こんな死と言うものが凝縮されたような奴と二人っきりで居るのは、そろそろ俺の精神が限界だ。
落ち着いているように見えるかもしれないが、俺だってこの若い身空で死にたくは無い。ただ、そういうのを考えられなくするほどに、目の前の存在が圧倒的で完全にあきらめていると言うだけなのだ。
ただ、人間の精神と言う奴は意外と脆い。追い詰められれば追い詰められるだけ、限界は近くなり、そして遠からず切れる。
パニックになるかぶっ壊れるかはわからないが、死んでから発狂というのは正直頂けない。
生まれ変わると言うのならともかく、もし死後の世界というものがあるのならきっとそこでの暮らしは長くなるだろう。もしかしたら永遠にかも知れない。
永遠に狂ったままと言うのは、できれば勘弁願いたい。
「…………く」
あー駄目だ。もう限界。これ以上沈黙に耐えられない。
つーか、もう俺がここに来て、目の前に死神が現れてからたぶん十分ぐらいは経ったんだが、いつまでこうしてればいいのだろうか。
さっきから死神は何も言わない。ただ、目とおぼしき部分をぎらぎらと輝かせて、黙然と突っ立っている。
「…………」
正直、こんな死と言うものが凝縮されたような奴と二人っきりで居るのは、そろそろ俺の精神が限界だ。
落ち着いているように見えるかもしれないが、俺だってこの若い身空で死にたくは無い。ただ、そういうのを考えられなくするほどに、目の前の存在が圧倒的で完全にあきらめていると言うだけなのだ。
ただ、人間の精神と言う奴は意外と脆い。追い詰められれば追い詰められるだけ、限界は近くなり、そして遠からず切れる。
パニックになるかぶっ壊れるかはわからないが、死んでから発狂というのは正直頂けない。
生まれ変わると言うのならともかく、もし死後の世界というものがあるのならきっとそこでの暮らしは長くなるだろう。もしかしたら永遠にかも知れない。
永遠に狂ったままと言うのは、できれば勘弁願いたい。
「…………く」
あー駄目だ。もう限界。これ以上沈黙に耐えられない。
747 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:45:30.86 ID:QSRqa1o0
「あ、あの……」
裏返りかすれた酷くおかしな声になってしまったが、どうにか声は出せた。
俺の声に反応したように、死神は顔を俺のほうに傾けた。どこ見てるんだかわからない目らしきものも、俺を見ているらしい。
バクバクと心臓が早鐘のように鳴り始めた。こんなおっそろしい死神に話しかけるなんて、もしかしたら俺は自分で自分に止めをさしてしまったのではないかと言う後悔も浮かんだが、最早後戻りは出来ない。
「――いつまで突っ立ってるつもりだ! 俺を殺すんなら殺せ! あの世に連れてくんなら連れてけ!! どうでもいいから早くしろ!!」
後悔とともに、色んなものが切れてしまったらしい。とにかく、この状況から逃れたくて、気づけば大声を上げていた。
言ってしまってからやっぱり後悔の二文字が脳裏をちらつくが、こうなったらこのまま突っ切るだけである。
俺の啖呵を聞いて、しばらく死神は考え込むように俯いていたが、突然空を仰ぐように顔を上げ、
「……はぁ」
「…………え?」
なんか、例えとして死神の外見とは非常に合わないと思うんだが、まるで仕事に疲れた中年サラリーマンの様なため息を吐いた。
裏返りかすれた酷くおかしな声になってしまったが、どうにか声は出せた。
俺の声に反応したように、死神は顔を俺のほうに傾けた。どこ見てるんだかわからない目らしきものも、俺を見ているらしい。
バクバクと心臓が早鐘のように鳴り始めた。こんなおっそろしい死神に話しかけるなんて、もしかしたら俺は自分で自分に止めをさしてしまったのではないかと言う後悔も浮かんだが、最早後戻りは出来ない。
「――いつまで突っ立ってるつもりだ! 俺を殺すんなら殺せ! あの世に連れてくんなら連れてけ!! どうでもいいから早くしろ!!」
後悔とともに、色んなものが切れてしまったらしい。とにかく、この状況から逃れたくて、気づけば大声を上げていた。
言ってしまってからやっぱり後悔の二文字が脳裏をちらつくが、こうなったらこのまま突っ切るだけである。
俺の啖呵を聞いて、しばらく死神は考え込むように俯いていたが、突然空を仰ぐように顔を上げ、
「……はぁ」
「…………え?」
なんか、例えとして死神の外見とは非常に合わないと思うんだが、まるで仕事に疲れた中年サラリーマンの様なため息を吐いた。
748 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:46:07.24 ID:QSRqa1o0
「正直困るわけですよ。私こう見えて死神としてもう300年も経つベテランなんですけどね、今回5度目の査定でして、ようやく内地への栄転が決まりそうだったんです」
「はあ、そうなんすか」
「実際死神稼業なんてのは苦労の多い割りに実入りの少ない仕事でして、まあ、地方公務員っていうのは下っ端のうちはどこでも同じなんですけどねぇ。ははは」
「へぇ、大変なんすねぇ」
「そうなんですよ。ここから裁判所までどれだけかかるか知ってます? 一月ですよ一月。今現世じゃあ世界一周するのにも一月とかからないそうじゃないですか。 なのにこちらの世界ときたら移動手段は未だに馬車ですよ。私も一度、飛行機とまでは言いません。車とか言うのに乗ってみたいものです」
「まあ、速いっちゃ速いですねぇ」
いったい何がどうなったのか、俺は今、先ほどまであんなに恐れていた死神と普通に雑談していた。
実際中身がこんなんと判ればいくら見た目と雰囲気が恐ろしくても今更怖がる気にもなれない。
「それを半年に一度死んじゃった人たちを連れて行くわけですけどね、もうそれが通夜帰りもかくやと言うほどに暗くて暗くて、こっちが鬱病になりそうなほどでしてね?」
「ええと」
まあ、自分が死んだと判った後に、こんな見た目と雰囲気のおっそろしい死神につれられて閻魔翌様とか言うのが待つ裁判所に連れて行かれるんじゃあ、暗くもなる気がする。
「と・に・か・く。 もう嫌なんです。御免です。これ以上この仕事を続けたら冗談じゃなく本当に鬱病になりかねない。多いんですよ。鬱病になる死神って。なのに国とき たら労災もおろしやがらない。何度か裁判も起こってはいるんですが、勝てやしない。まったく酷い職業を選んでしまったものです」
「大変っすねぇ」
公務員には労災はおりなかった気がするが、あの世も同じなのか。
「と、長々と話しちゃいましたね。とにかく、私が言いたいのはですね、あなたに死なれたら困ると言うことです」
ようやく話が戻ってきた。
つまり、このおっさん死神は、俺に死ぬなと言っているらしい。
「はあ、そうなんすか」
「実際死神稼業なんてのは苦労の多い割りに実入りの少ない仕事でして、まあ、地方公務員っていうのは下っ端のうちはどこでも同じなんですけどねぇ。ははは」
「へぇ、大変なんすねぇ」
「そうなんですよ。ここから裁判所までどれだけかかるか知ってます? 一月ですよ一月。今現世じゃあ世界一周するのにも一月とかからないそうじゃないですか。 なのにこちらの世界ときたら移動手段は未だに馬車ですよ。私も一度、飛行機とまでは言いません。車とか言うのに乗ってみたいものです」
「まあ、速いっちゃ速いですねぇ」
いったい何がどうなったのか、俺は今、先ほどまであんなに恐れていた死神と普通に雑談していた。
実際中身がこんなんと判ればいくら見た目と雰囲気が恐ろしくても今更怖がる気にもなれない。
「それを半年に一度死んじゃった人たちを連れて行くわけですけどね、もうそれが通夜帰りもかくやと言うほどに暗くて暗くて、こっちが鬱病になりそうなほどでしてね?」
「ええと」
まあ、自分が死んだと判った後に、こんな見た目と雰囲気のおっそろしい死神につれられて閻魔翌様とか言うのが待つ裁判所に連れて行かれるんじゃあ、暗くもなる気がする。
「と・に・か・く。 もう嫌なんです。御免です。これ以上この仕事を続けたら冗談じゃなく本当に鬱病になりかねない。多いんですよ。鬱病になる死神って。なのに国とき たら労災もおろしやがらない。何度か裁判も起こってはいるんですが、勝てやしない。まったく酷い職業を選んでしまったものです」
「大変っすねぇ」
公務員には労災はおりなかった気がするが、あの世も同じなのか。
「と、長々と話しちゃいましたね。とにかく、私が言いたいのはですね、あなたに死なれたら困ると言うことです」
ようやく話が戻ってきた。
つまり、このおっさん死神は、俺に死ぬなと言っているらしい。
749 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:47:04.04 ID:QSRqa1o0
死というものは、生きているのならば赤ん坊だろうが老人だろうが、女だろうが男だろうが、貧者だろうが金持ちだろうが誰にでも訪れるものだ。
求めれば必ず応え、求めずとも時期が来れば必ず訪れる。
死にたいものは死に、生きたいと願うものも死ぬ。
人はそれに逆らえず、希望のままに、絶望のままに、ただ受け入れるよりほかは無い。
俺はそう思っていた。まあ自殺に失敗する奴ってのはどこに出も居るが、それはただそいつの覚悟が足りなかっただけだと、死というものは避けようと思っても避けられず、望めば万人が手に入れられるものだと、そう、思って……いたんだが、まさか、死神に受け入れ拒否なんてことがあって、しかもそれを俺が味わうことになるなんて思わなかった。
求めれば必ず応え、求めずとも時期が来れば必ず訪れる。
死にたいものは死に、生きたいと願うものも死ぬ。
人はそれに逆らえず、希望のままに、絶望のままに、ただ受け入れるよりほかは無い。
俺はそう思っていた。まあ自殺に失敗する奴ってのはどこに出も居るが、それはただそいつの覚悟が足りなかっただけだと、死というものは避けようと思っても避けられず、望めば万人が手に入れられるものだと、そう、思って……いたんだが、まさか、死神に受け入れ拒否なんてことがあって、しかもそれを俺が味わうことになるなんて思わなかった。
俺の目の前では、死神のおっさんが長々と熱弁を振るっていた。どうしても、俺に死んで欲しくないらしい。
「この300年で初めてなんです。ここまで死者が少ないのは。奇跡ですよ奇跡。ぎりぎりで昇進に邪魔な死者数を上回っていない。 とはいえこれ以上一人たりとも増えては駄目なんです。微妙な線なんですよ。そもそも私ではどうしようも無いことで私の成績が決まるこの現行法にもいろいろ と不満はあるんですが、まあそんなことはこうなっては関係ない。要するに、あと一人でも死者数が増えたら私の昇進は白紙になるということだけなんです」
「ええと、ちょっといいすか」
「あ、はい。何でしょうか?」
それを遮る。
「俺だって死にたくは無いんですけど、実際問題死んでますし……」
先ほどおっさんが説明したことだ。俺は死んで、今死人の待合所のような場所にいる状態らしい。ここは入り口みたいなところで、今も奥にはたくさんの死人が居る。
奥ってのがどっちかわからんが、聞いても仕方ないしそれは置いておこう。
とにかく、本来は待合所で死人たちは死神が現れて裁判所に連れてかれるまでの時間を過ごすそうだ。
「この300年で初めてなんです。ここまで死者が少ないのは。奇跡ですよ奇跡。ぎりぎりで昇進に邪魔な死者数を上回っていない。 とはいえこれ以上一人たりとも増えては駄目なんです。微妙な線なんですよ。そもそも私ではどうしようも無いことで私の成績が決まるこの現行法にもいろいろ と不満はあるんですが、まあそんなことはこうなっては関係ない。要するに、あと一人でも死者数が増えたら私の昇進は白紙になるということだけなんです」
「ええと、ちょっといいすか」
「あ、はい。何でしょうか?」
それを遮る。
「俺だって死にたくは無いんですけど、実際問題死んでますし……」
先ほどおっさんが説明したことだ。俺は死んで、今死人の待合所のような場所にいる状態らしい。ここは入り口みたいなところで、今も奥にはたくさんの死人が居る。
奥ってのがどっちかわからんが、聞いても仕方ないしそれは置いておこう。
とにかく、本来は待合所で死人たちは死神が現れて裁判所に連れてかれるまでの時間を過ごすそうだ。
750 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:47:32.35 ID:QSRqa1o0
「そうですか! 死にたくないですか!! そりゃあよかった!」
なんか一人で喜び始めたぞおい。
「あの……?」
「大丈夫です! 私に任せてください! ちょうど今、まだ肉体的に死んでない身体がありましてね、それを使えば生き返れますよ!」
「はい?」
それって、どういうことだ?
「いやぁよかった!! 本当に良かった! ついに、ついに私も内地に帰れるんですね。長かった。ああ、最後に家族にあったのはいつ以来でしょうか。娘ももう340歳。思えば40歳のころから300年もほったらかしだったんですね。いやあ、私は悪い父親だったなぁ」
「お~い。詳しい話を聞きたいんですけど~」
「これからは違いますよ。ええ、違いますとも。家族を大事にする、よき父親になるんですから。ああ、長かった。長かったなぁ」
聞いちゃいねぇぞこいつ。
というかぶんぶん手に持った鎌を振り回さないで欲しい。危ないから。そもそも案内役が仕事なら何に使うんだその鎌。飾りか?
結局、おっさんが落ち着くまで、時計も無いんでわからないが、たぶん体感時間でさらに十分ぐらいの時を要した。
怖くないのはいいが、むしろだんだんこのおっさんの性格がうざくなってきたな。
なんか一人で喜び始めたぞおい。
「あの……?」
「大丈夫です! 私に任せてください! ちょうど今、まだ肉体的に死んでない身体がありましてね、それを使えば生き返れますよ!」
「はい?」
それって、どういうことだ?
「いやぁよかった!! 本当に良かった! ついに、ついに私も内地に帰れるんですね。長かった。ああ、最後に家族にあったのはいつ以来でしょうか。娘ももう340歳。思えば40歳のころから300年もほったらかしだったんですね。いやあ、私は悪い父親だったなぁ」
「お~い。詳しい話を聞きたいんですけど~」
「これからは違いますよ。ええ、違いますとも。家族を大事にする、よき父親になるんですから。ああ、長かった。長かったなぁ」
聞いちゃいねぇぞこいつ。
というかぶんぶん手に持った鎌を振り回さないで欲しい。危ないから。そもそも案内役が仕事なら何に使うんだその鎌。飾りか?
結局、おっさんが落ち着くまで、時計も無いんでわからないが、たぶん体感時間でさらに十分ぐらいの時を要した。
怖くないのはいいが、むしろだんだんこのおっさんの性格がうざくなってきたな。
751 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:48:01.16 ID:QSRqa1o0
「自殺者の身体、ですか?」
「はい。そういうことです」
おっさんの話をまとめるとこうなる。
なんでも、俺がここに来る直前、自殺者の魂がここに来たらしい。おっさんはもうこれ以上魂こないでくれこないでくれと念じてたそうだが、かなわなかったそうだ。
で、おっさんはまだ大丈夫。もう一人来なければセーフだと思いつつ奥の待合所で待つよう告げたそうだが、そこで気づいたらしい。
その自殺者の身体が、まだ死んでいないことに。
「脳死状態とでも診断されてるんじゃないですかね。それともただの意識不明でしょうか。人間って、未だに魂を科学的に証明できてないそうですし」
そこに希望を見出したおっさんは、何とそいつに生き返るよう説得したらしい。が、そいつも自殺者。望んで死を選んだそいつがそんな言葉にうなずく訳も無い。
結局説得に失敗。それでもまだ大丈夫だと気を持ち直し、再びおっさんはもうこれ以上魂こないでくれこないでくれと念じてたそうだが、そこに俺が現れてしまったという事だ。
「はい。そういうことです」
おっさんの話をまとめるとこうなる。
なんでも、俺がここに来る直前、自殺者の魂がここに来たらしい。おっさんはもうこれ以上魂こないでくれこないでくれと念じてたそうだが、かなわなかったそうだ。
で、おっさんはまだ大丈夫。もう一人来なければセーフだと思いつつ奥の待合所で待つよう告げたそうだが、そこで気づいたらしい。
その自殺者の身体が、まだ死んでいないことに。
「脳死状態とでも診断されてるんじゃないですかね。それともただの意識不明でしょうか。人間って、未だに魂を科学的に証明できてないそうですし」
そこに希望を見出したおっさんは、何とそいつに生き返るよう説得したらしい。が、そいつも自殺者。望んで死を選んだそいつがそんな言葉にうなずく訳も無い。
結局説得に失敗。それでもまだ大丈夫だと気を持ち直し、再びおっさんはもうこれ以上魂こないでくれこないでくれと念じてたそうだが、そこに俺が現れてしまったという事だ。
752 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:48:34.13 ID:QSRqa1o0
「というわけで、いいですね? 今から生き返しますんで」
「はあ、いいっすけど」
別人になることに多少の不安はあるが、その自殺者の記憶も俺がそいつになれば手に入るらしい。脳みそに入ってるそうだ。しばらくはそいつの振りをして、徐々に地を現すようにすれば大丈夫だろう。
俺が頷いたのを確認して、おっさんは鎌を下に置いて白骨の指を俺に向けた。
白い指先は青白い炎を灯し、その軌跡は消えずに宙に留まって、なんだかゲームとか見る魔方陣を描き始める。
死神の魔法かなんかなのだろうか。
中身はあれとは言え外見と雰囲気は完全に死神。いまさら魔法を使い始めても驚きはしないけど。
……鎌はやっぱり飾りなんだろうな。
「じゃ、がんばってくださいね。私もがんばりますんで」
「そうっすね。そちらもがんばってください」
不気味な外見で、性格も多少うざいが、まあこれっきりというんだったらそこまで嫌いにはなれない。ましてや俺はこのおっさんのおかげで生き返れるわけだし。
だから本心からそう言って、おっさんも、牛の骸骨みたいな顔だがどうやら笑ったみたいな気配が伝わってきた。
それに一礼をして、魔方陣が強く輝き始めたのに気づく。
そして。
「はあ、いいっすけど」
別人になることに多少の不安はあるが、その自殺者の記憶も俺がそいつになれば手に入るらしい。脳みそに入ってるそうだ。しばらくはそいつの振りをして、徐々に地を現すようにすれば大丈夫だろう。
俺が頷いたのを確認して、おっさんは鎌を下に置いて白骨の指を俺に向けた。
白い指先は青白い炎を灯し、その軌跡は消えずに宙に留まって、なんだかゲームとか見る魔方陣を描き始める。
死神の魔法かなんかなのだろうか。
中身はあれとは言え外見と雰囲気は完全に死神。いまさら魔法を使い始めても驚きはしないけど。
……鎌はやっぱり飾りなんだろうな。
「じゃ、がんばってくださいね。私もがんばりますんで」
「そうっすね。そちらもがんばってください」
不気味な外見で、性格も多少うざいが、まあこれっきりというんだったらそこまで嫌いにはなれない。ましてや俺はこのおっさんのおかげで生き返れるわけだし。
だから本心からそう言って、おっさんも、牛の骸骨みたいな顔だがどうやら笑ったみたいな気配が伝わってきた。
それに一礼をして、魔方陣が強く輝き始めたのに気づく。
そして。
直後、俺の意識は闇に呑まれた。
753 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:49:15.18 ID:QSRqa1o0
目が覚めると、俺はベッドの上に寝ていた。
「…………えっと」
さて、唐突だがここで自己紹介をしておこう。本当に唐突で恐縮なんだが、今の俺の状況を説明するにはどうしても必要なんだ。黙って聞いてほしい。
俺の名前は芳田次郎。法戸大学経済学部二年生。中学、高校と野球をやっていたが甲子園には後一歩及ばず。
現在は大学の部活には入らないでたまに近所の草野球の助っ人をやる程度。
家族は居るが家を出ていて、友人と金を出し合って大学近くのアパートを借りて住んでいる。
勉強は中の上程度。出来ないほうではないと思うが、上にとんでもなく優秀な兄が居るためにどうしても自分が出来るほうだとも思えない。
彼女は今はいない。どうにも女性との付き合いは苦手だ。高校時代に付き合ってた彼女との関係は卒業と同時に自然消滅。まあ、その程度の付き合いにとどまっていたと言うことだが。
「…………違う。そうじゃない」
家族とか女関係とかはどうでもいい。名前すらもどうでもいい。とにかく俺が言いたいのは、俺は間違いなく、男だったというその一点のみだ。
だってあの死神のおっさんとの会話は覚えているし。正直夢かとも思ったが、実際俺の中には間違いなく別人の記憶があった。
あのおっさんの言ったとおり、俺は別人として生き返ったんだろう。それはいいんだ。うん。
固いベッドに仰向けに寝転んだまま、白い天井に向けて右手を伸ばす。
昔ほどではないとはいえ、今も野球を続けている俺の手は無骨で大きい。豆は無いが、それはずっと野球を続けていたために皮が厚くなっていたからだ。
筋肉だってボディビルダーほどじゃないが同年代の連中に比べても太いほうだった。
その、無骨で太いはずの手が、なにやら白くほっそりとしている。
「…………えっと」
さて、唐突だがここで自己紹介をしておこう。本当に唐突で恐縮なんだが、今の俺の状況を説明するにはどうしても必要なんだ。黙って聞いてほしい。
俺の名前は芳田次郎。法戸大学経済学部二年生。中学、高校と野球をやっていたが甲子園には後一歩及ばず。
現在は大学の部活には入らないでたまに近所の草野球の助っ人をやる程度。
家族は居るが家を出ていて、友人と金を出し合って大学近くのアパートを借りて住んでいる。
勉強は中の上程度。出来ないほうではないと思うが、上にとんでもなく優秀な兄が居るためにどうしても自分が出来るほうだとも思えない。
彼女は今はいない。どうにも女性との付き合いは苦手だ。高校時代に付き合ってた彼女との関係は卒業と同時に自然消滅。まあ、その程度の付き合いにとどまっていたと言うことだが。
「…………違う。そうじゃない」
家族とか女関係とかはどうでもいい。名前すらもどうでもいい。とにかく俺が言いたいのは、俺は間違いなく、男だったというその一点のみだ。
だってあの死神のおっさんとの会話は覚えているし。正直夢かとも思ったが、実際俺の中には間違いなく別人の記憶があった。
あのおっさんの言ったとおり、俺は別人として生き返ったんだろう。それはいいんだ。うん。
固いベッドに仰向けに寝転んだまま、白い天井に向けて右手を伸ばす。
昔ほどではないとはいえ、今も野球を続けている俺の手は無骨で大きい。豆は無いが、それはずっと野球を続けていたために皮が厚くなっていたからだ。
筋肉だってボディビルダーほどじゃないが同年代の連中に比べても太いほうだった。
その、無骨で太いはずの手が、なにやら白くほっそりとしている。
754 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:49:53.50 ID:QSRqa1o0
白いのだっておかしい。これも昔みたいに真っ黒に日焼けしているわけじゃないが、それにしたって俺の肌はもともと白いほうじゃ無かった。
「……っく」
起き上がろうとして、ぎしぎしと軋む体に思わず呻く。それを押して、俺は上半身を起こした。
ベッド脇のダッシュボードの上に手を伸ばす。そこにあるのはこの体の元の持ち主の物である、自殺者のバッグだ。両親か誰かが持ってきたのか。
俺の記憶と自殺者の記憶がごっちゃになりそうなのに少々混乱しながらバッグを開き、中に入っていた手鏡を取り出す。
「さて……」
いや、この体の元の持ち主の記憶がある以上今の自分の顔も判ってはいるが、どうしても納得いかない。
いわばこれは儀式みたいなものだ。
俺が、こいつになってしまったことを受け入れるための、儀式。
そして、俺は手鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、少々頬がこけてはいるが俺から見て十分に可愛らしい女の子。
髪は女性としてはかなり短い。男でもこれより長い奴は多そうなくらいだ。うなじをぎりぎり隠せるくらいのショートヘア。
目は二重だがパッチリと大きい。少々つりあがった勝気そうな瞳で俺をにらんでいる。俺がにらんでいるのか、いや、一緒か。
鼻筋は、少々つぶれ気味であるんだか無いんだか判らなかった俺がうらやましくなる程に整っていて真っ直ぐで細い。
ぷっくりとした唇は少し紫がかっているが、これは血が足りないからだろう。多少薄いがそれでも女の子らしく柔らかそうでいかにも魅力的だ。
すべてが、俺の中にある自殺者の“少女”の記憶と一致していた。
わなわなと、可憐な唇が細かく震える。
「……あの腐れ死神め」
一瞬でも感謝して損した。
そう、思わず口走っていた恨み声も、記憶どおりの可憐なソプラノボイス。
胸に手を当てれば、そこに感じるのはささやかなふくらみ。
手鏡をバッグに戻し、体を投げ出すように再びベッドに寝転がる。
認めざるを得まい。もうしょうがないというかどうしようもない。
「……っく」
起き上がろうとして、ぎしぎしと軋む体に思わず呻く。それを押して、俺は上半身を起こした。
ベッド脇のダッシュボードの上に手を伸ばす。そこにあるのはこの体の元の持ち主の物である、自殺者のバッグだ。両親か誰かが持ってきたのか。
俺の記憶と自殺者の記憶がごっちゃになりそうなのに少々混乱しながらバッグを開き、中に入っていた手鏡を取り出す。
「さて……」
いや、この体の元の持ち主の記憶がある以上今の自分の顔も判ってはいるが、どうしても納得いかない。
いわばこれは儀式みたいなものだ。
俺が、こいつになってしまったことを受け入れるための、儀式。
そして、俺は手鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、少々頬がこけてはいるが俺から見て十分に可愛らしい女の子。
髪は女性としてはかなり短い。男でもこれより長い奴は多そうなくらいだ。うなじをぎりぎり隠せるくらいのショートヘア。
目は二重だがパッチリと大きい。少々つりあがった勝気そうな瞳で俺をにらんでいる。俺がにらんでいるのか、いや、一緒か。
鼻筋は、少々つぶれ気味であるんだか無いんだか判らなかった俺がうらやましくなる程に整っていて真っ直ぐで細い。
ぷっくりとした唇は少し紫がかっているが、これは血が足りないからだろう。多少薄いがそれでも女の子らしく柔らかそうでいかにも魅力的だ。
すべてが、俺の中にある自殺者の“少女”の記憶と一致していた。
わなわなと、可憐な唇が細かく震える。
「……あの腐れ死神め」
一瞬でも感謝して損した。
そう、思わず口走っていた恨み声も、記憶どおりの可憐なソプラノボイス。
胸に手を当てれば、そこに感じるのはささやかなふくらみ。
手鏡をバッグに戻し、体を投げ出すように再びベッドに寝転がる。
認めざるを得まい。もうしょうがないというかどうしようもない。
755 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/16(金) 21:50:49.16 ID:QSRqa1o0
私の名前は水城鈴菜。法戸大学付属中学高等学校高等科一年C組。所属部活なし。
家は大金市樫場町×-×-×。両親と子一人の三人家族。
性格はどちらかというと暗めで無愛想。集団活動が苦手で、しかも回りに合わす気が全く無いという、よく言えば孤高だが実際はただの困ったちゃん。
現在それが原因で絶賛苛めの対象になってます。
苛めの首謀者その他、見てみぬ振りをする大多数の生徒、学校の教師に復讐をするために、昨日手首を切って自殺してみました。テヘッ(はぁと)。
もちろんただ自殺しただけじゃありません。遺書には私を苛めていた人たちの名前、彼女たちが私にした苛めの詳細を書いています。切り裂かれた教科書やスクールバッグ、ノートにされた落書きなどの証拠もきっちり取っておいてあります。
そんな顔はかわいくても正直お近づきになりたくないようなメンヘラな性格をした少女が、今の俺。
家は大金市樫場町×-×-×。両親と子一人の三人家族。
性格はどちらかというと暗めで無愛想。集団活動が苦手で、しかも回りに合わす気が全く無いという、よく言えば孤高だが実際はただの困ったちゃん。
現在それが原因で絶賛苛めの対象になってます。
苛めの首謀者その他、見てみぬ振りをする大多数の生徒、学校の教師に復讐をするために、昨日手首を切って自殺してみました。テヘッ(はぁと)。
もちろんただ自殺しただけじゃありません。遺書には私を苛めていた人たちの名前、彼女たちが私にした苛めの詳細を書いています。切り裂かれた教科書やスクールバッグ、ノートにされた落書きなどの証拠もきっちり取っておいてあります。
そんな顔はかわいくても正直お近づきになりたくないようなメンヘラな性格をした少女が、今の俺。
……………最悪だ。
女になっているだけでもアレなのにそれがこんなメンヘラ女とは。
精神科医に通った実績もあるんだぞ、おい。正真正銘のメンヘラじゃねえか。
いつの間にやらあの腐れ死神相手に嫌がらせをするために真剣に自殺を検討している自分に気づく。
もしかしたら、もうこのメンヘラに毒されて始めているのかも知れない。
死にたい気持ちが、いっそう強まった気がした。
女になっているだけでもアレなのにそれがこんなメンヘラ女とは。
精神科医に通った実績もあるんだぞ、おい。正真正銘のメンヘラじゃねえか。
いつの間にやらあの腐れ死神相手に嫌がらせをするために真剣に自殺を検討している自分に気づく。
もしかしたら、もうこのメンヘラに毒されて始めているのかも知れない。
死にたい気持ちが、いっそう強まった気がした。