澤田治は、割と単純で多少間の抜けた性格ではあるが基本的にまじめな好青年である。
親友である芳田次郎が策を弄するタイプの、悪く言えば腹黒な性格なのを考えれば、治が彼の影響を受けず素直に育ったのはある種の奇跡と呼べるのかもしれない。
治ほどではないが次郎との付き合いが長い治の妹である姫香が、次郎を反面教師として注意深いしっかりとした性格に育ったのを考えると、なお更にそう思えるだろう。
治と次郎の関係は、例えば指揮官と一兵卒のような、次郎がいろいろ考えて治が行動するという、そんな悪友のような関係では無かった。
野球に関して言えば二人はまさしくそういう関係だったが、それは置いておこう。
彼らの関係は、次郎がいろいろ悪戯を考え、それに治が嵌まり次郎に笑われるという、ある意味それ親友としてどうなのよ的な関係に終始していたのだ。
次郎に言わせれば、だってあいつ単純だしドジだしで、俺がいくら最高の悪戯考えたって絶対にあいつのせいで破綻するから、ならむしろ嵌めた方が面白い、となるが。
……やはり、治が素直に育ったのは奇跡と呼べるかも知れない。
親友である芳田次郎が策を弄するタイプの、悪く言えば腹黒な性格なのを考えれば、治が彼の影響を受けず素直に育ったのはある種の奇跡と呼べるのかもしれない。
治ほどではないが次郎との付き合いが長い治の妹である姫香が、次郎を反面教師として注意深いしっかりとした性格に育ったのを考えると、なお更にそう思えるだろう。
治と次郎の関係は、例えば指揮官と一兵卒のような、次郎がいろいろ考えて治が行動するという、そんな悪友のような関係では無かった。
野球に関して言えば二人はまさしくそういう関係だったが、それは置いておこう。
彼らの関係は、次郎がいろいろ悪戯を考え、それに治が嵌まり次郎に笑われるという、ある意味それ親友としてどうなのよ的な関係に終始していたのだ。
次郎に言わせれば、だってあいつ単純だしドジだしで、俺がいくら最高の悪戯考えたって絶対にあいつのせいで破綻するから、ならむしろ嵌めた方が面白い、となるが。
……やはり、治が素直に育ったのは奇跡と呼べるかも知れない。
そう、傍目には思われていた。
流石に大学生になって半自立した生活を始めた次郎は高校生の時ほど無茶な悪戯は実行に移すことが少なくなり、必然治にちょっかいをかける機会も無くなる。
だから、気づかなかった。
流石に大学生になって半自立した生活を始めた次郎は高校生の時ほど無茶な悪戯は実行に移すことが少なくなり、必然治にちょっかいをかける機会も無くなる。
だから、気づかなかった。
880 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:00:43.78 ID:lbmkQ/w0
「名前は水城鈴菜って言うんだ。ふーん、可愛い名前だね。見た目も可愛いし」
「中身はメンヘラだったけどな。で、今の中身は男だ。なんとも人格に恵まれない身体だよ」
治が、目の前の少女を次郎だと信じてから、少しの時間が過ぎた。
久しぶりに親友と本気でぶつかって、泣いて、怒って、また泣いて、笑って。柄にもなくセンチな気分にでもなったのだろうか。治の冗談交じりの言葉に含まれた意図を解することなく、少女は少しピントのずれた冗談を返す。
「にしても相変わらずだよね、次郎は。あ、その外見なのに次郎って呼ぶのはちょっと変かな?」
「二人っきりの時は次郎でいいだろ。外とかじゃあ少し不味いかも知れないけどさ」
「そうかな、俺としては今の次郎を次郎と呼ぶことに違和感を感じるんだけど……いや、次郎が次郎なのは分かってるよ! もちろん!」
言ってる途中で少女の顔が赤く染まり始めたのに気づいた治は慌てて言葉を連ねた。
その変化を羞恥だと勘違いするほどに、二人の関係は短くない。
しかし、かつて男だったときとは違い今次郎である少女はかなり色白で、ずいぶんと感情が表に出やすいようだ。
それにしてももし治が次郎の立場だったら落ち込んでいたかも知れないほどに無思慮な言葉だったが、それが怒りに直結するところが如何にも次郎らしいと治は思う。
いくら目の前の少女を次郎だと確信し出来ていても、見た目は可憐な美少女である。
どうしても人間の印象というのは視覚に依存して、いちいち次郎らしい姿を見せる少女に感心してしまう治であった。
「ま、いいけどさ。好きに呼べよ。十年そこらの付き合いじゃねーんだ。いまさら名前が変わったくらいじゃ俺らの友情は変わらない……よな?」
随分と恥ずかしい台詞だったが、後半自信なさげになったのは羞恥のためではないらしい。
弱気な次郎というのは治は殆ど見たことがない。常に自信満々で、飄々としているようでその実かなり怒りっぽい。それが、治が抱いていた次郎の印象である。
だが、きっとこれも次郎の一側面であって、治の印象に残っていないだけなのだろう。
それでも、縋るような目でこちらを見る少女に思わず治は鼓動が早くなる。
「中身はメンヘラだったけどな。で、今の中身は男だ。なんとも人格に恵まれない身体だよ」
治が、目の前の少女を次郎だと信じてから、少しの時間が過ぎた。
久しぶりに親友と本気でぶつかって、泣いて、怒って、また泣いて、笑って。柄にもなくセンチな気分にでもなったのだろうか。治の冗談交じりの言葉に含まれた意図を解することなく、少女は少しピントのずれた冗談を返す。
「にしても相変わらずだよね、次郎は。あ、その外見なのに次郎って呼ぶのはちょっと変かな?」
「二人っきりの時は次郎でいいだろ。外とかじゃあ少し不味いかも知れないけどさ」
「そうかな、俺としては今の次郎を次郎と呼ぶことに違和感を感じるんだけど……いや、次郎が次郎なのは分かってるよ! もちろん!」
言ってる途中で少女の顔が赤く染まり始めたのに気づいた治は慌てて言葉を連ねた。
その変化を羞恥だと勘違いするほどに、二人の関係は短くない。
しかし、かつて男だったときとは違い今次郎である少女はかなり色白で、ずいぶんと感情が表に出やすいようだ。
それにしてももし治が次郎の立場だったら落ち込んでいたかも知れないほどに無思慮な言葉だったが、それが怒りに直結するところが如何にも次郎らしいと治は思う。
いくら目の前の少女を次郎だと確信し出来ていても、見た目は可憐な美少女である。
どうしても人間の印象というのは視覚に依存して、いちいち次郎らしい姿を見せる少女に感心してしまう治であった。
「ま、いいけどさ。好きに呼べよ。十年そこらの付き合いじゃねーんだ。いまさら名前が変わったくらいじゃ俺らの友情は変わらない……よな?」
随分と恥ずかしい台詞だったが、後半自信なさげになったのは羞恥のためではないらしい。
弱気な次郎というのは治は殆ど見たことがない。常に自信満々で、飄々としているようでその実かなり怒りっぽい。それが、治が抱いていた次郎の印象である。
だが、きっとこれも次郎の一側面であって、治の印象に残っていないだけなのだろう。
それでも、縋るような目でこちらを見る少女に思わず治は鼓動が早くなる。
881 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:01:37.60 ID:lbmkQ/w0
「それじゃあ、鈴菜って呼ぼうかな」
「おう、好きに呼んでくれ」
正直、ドキドキしながらも、治は治を信じ切れてない次郎への怒りもまた覚えていた。だが次郎に殴られるまで気づかずに、彼女を傷つけたのは治自身。更に今さっきの無思慮な言葉。怒る資格なんてないだろう。
だから戸惑いと不安は裡に沈め、治は普段どおりの、一週間前に途切れた筈のやり取りをただ続ける。
今の状況こそ異常で、遠くない未来にまた、互いの胸の裡を平気にさらけ出せる友人関係に戻れると信じていたから。
「んで? さっき言いかけてたのはなんだったんだ? 相変わらず――の後だよ」
次郎も――いや、これからは鈴菜と表記しよう――鈴菜もまた、僅かに残るわだかまりに気づいていたのだろうか、むしろ一瞬でも弱気になった自分に怒りを覚えてのことかもしれないとも治は思ったが、とにかくずれた話を戻しにかかる。
それが、彼女にとって特大の地雷と気づくことはなく。
「ああ。いやさ、あんな風に嵌められるのも久しぶりだなって思って。今までで一番悪質だったけどね」
「む、そうか?」
治にとっては、アレはまさに恐怖体験だった。特に鈴菜がこの部屋の合鍵を出した時など、冗談じゃなくちびりそうになったぐらいなのだ。
「そうだよ。本気で怖かった。サスペンスホラーの主人公にでもなった気分だったよ」
「つっても、あの様子じゃ真正面から説得にいったって信じちゃくれなかったろ?」
だが鈴菜は特に悪いことをした気分ではないらしい。
「人のRZを勝手に使って、ついでに中々信じてくれなかった罰だと思え」
当然、治の内心にも気づかない。
「それにしたってやり過ぎだよ。あんな写真を撮って脅しまでしてさ」
「……なんだ、やけに絡むな。もしかしてお前怒ってる? はは、悪かったよ。今度飯奢るからさ」
これもまたいつものやり取り。普段は例え双方笑って済ませたとしても、少しでもやりすぎだったかなと自分が内心で思った時は、次郎はこう言って侘びをしていた。
「それじゃあ、鈴菜って呼ぼうかな」
「おう、好きに呼んでくれ」
正直、ドキドキしながらも、治は治を信じ切れてない次郎への怒りもまた覚えていた。だが次郎に殴られるまで気づかずに、彼女を傷つけたのは治自身。更に今さっきの無思慮な言葉。怒る資格なんてないだろう。
だから戸惑いと不安は裡に沈め、治は普段どおりの、一週間前に途切れた筈のやり取りをただ続ける。
今の状況こそ異常で、遠くない未来にまた、互いの胸の裡を平気にさらけ出せる友人関係に戻れると信じていたから。
「んで? さっき言いかけてたのはなんだったんだ? 相変わらず――の後だよ」
次郎も――いや、これからは鈴菜と表記しよう――鈴菜もまた、僅かに残るわだかまりに気づいていたのだろうか、むしろ一瞬でも弱気になった自分に怒りを覚えてのことかもしれないとも治は思ったが、とにかくずれた話を戻しにかかる。
それが、彼女にとって特大の地雷と気づくことはなく。
「ああ。いやさ、あんな風に嵌められるのも久しぶりだなって思って。今までで一番悪質だったけどね」
「む、そうか?」
治にとっては、アレはまさに恐怖体験だった。特に鈴菜がこの部屋の合鍵を出した時など、冗談じゃなくちびりそうになったぐらいなのだ。
「そうだよ。本気で怖かった。サスペンスホラーの主人公にでもなった気分だったよ」
「つっても、あの様子じゃ真正面から説得にいったって信じちゃくれなかったろ?」
だが鈴菜は特に悪いことをした気分ではないらしい。
「人のRZを勝手に使って、ついでに中々信じてくれなかった罰だと思え」
当然、治の内心にも気づかない。
「それにしたってやり過ぎだよ。あんな写真を撮って脅しまでしてさ」
「……なんだ、やけに絡むな。もしかしてお前怒ってる? はは、悪かったよ。今度飯奢るからさ」
これもまたいつものやり取り。普段は例え双方笑って済ませたとしても、少しでもやりすぎだったかなと自分が内心で思った時は、次郎はこう言って侘びをしていた。
882 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:02:27.31 ID:lbmkQ/w0
今回は治は笑っていないが、それだけに鈴菜も少し悪いことをしたと思ったのか。
「ご飯はいいんだけど、ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」
「ん? 何か困ってんのか? 俺に出来ることなら何でもするぜ?」
治の言葉に鈴菜は軽く頷く。治の性格を知っているからこその安請け合い。別に治なら自分に厄介な頼みごとをしてこないという風に考えているわけではない。
鈴菜は本気で、それがたとえ犯罪すれすれの頼みであろうと親友に頼られたのなら喜んでやる。
それが彼女にとって当たり前のことだからだ。
だが、今回に限って言えばそれはあまりにも早急すぎる判断だった。
「昼に撮った写真のことだけど」
「なるほどな。OK。今すぐ消す。別にこんな写真があったからってお前を脅したりしないけどさ」
目的がどうあれ、先ほどまさに治を恐喝していた者の台詞ではない。
そんなことを思いながら、治は少々自分が緊張している事に気づいた。
とはいえここでやめる気もまた、起きなかったのだが。
「いや、消さなくていい」
「はあ?」
「俺が恥ずかしい写真を撮られたんだ。鈴菜も恥ずかしい写真を撮られるべきだよ」
「はあ!!??」
それは、初めての、治の逆襲であったのかも知れない。
今回は治は笑っていないが、それだけに鈴菜も少し悪いことをしたと思ったのか。
「ご飯はいいんだけど、ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」
「ん? 何か困ってんのか? 俺に出来ることなら何でもするぜ?」
治の言葉に鈴菜は軽く頷く。治の性格を知っているからこその安請け合い。別に治なら自分に厄介な頼みごとをしてこないという風に考えているわけではない。
鈴菜は本気で、それがたとえ犯罪すれすれの頼みであろうと親友に頼られたのなら喜んでやる。
それが彼女にとって当たり前のことだからだ。
だが、今回に限って言えばそれはあまりにも早急すぎる判断だった。
「昼に撮った写真のことだけど」
「なるほどな。OK。今すぐ消す。別にこんな写真があったからってお前を脅したりしないけどさ」
目的がどうあれ、先ほどまさに治を恐喝していた者の台詞ではない。
そんなことを思いながら、治は少々自分が緊張している事に気づいた。
とはいえここでやめる気もまた、起きなかったのだが。
「いや、消さなくていい」
「はあ?」
「俺が恥ずかしい写真を撮られたんだ。鈴菜も恥ずかしい写真を撮られるべきだよ」
「はあ!!??」
それは、初めての、治の逆襲であったのかも知れない。
大学生にもなれば、次郎も高校生のときほどの無茶をやらかすことは殆ど無くなった。
それでも友人数名と、来月にある大学の文化祭で屋外の特設ステージを乗っ取ってのゲリラライブを画策していた次郎だが、その面子に治の名前は無かった。
ついでに言えば、次郎はどんな小さな悪戯にも常に全力を注いでいた。
だから誰も気づかなかった。
いつだって次郎の悪戯の被害者だった治が、次郎の悪戯をかわせる程では無かったが十分に彼に染まっていたことを。
彼は確実に次郎に影響を受けていたのだ。それも、妹とは違い間違いなく悪い意味で。
考えても見れば、一年以上も隠れオタクを続けている治である。その辺りにすでに明確に現れていたのかもしれない。
それでも友人数名と、来月にある大学の文化祭で屋外の特設ステージを乗っ取ってのゲリラライブを画策していた次郎だが、その面子に治の名前は無かった。
ついでに言えば、次郎はどんな小さな悪戯にも常に全力を注いでいた。
だから誰も気づかなかった。
いつだって次郎の悪戯の被害者だった治が、次郎の悪戯をかわせる程では無かったが十分に彼に染まっていたことを。
彼は確実に次郎に影響を受けていたのだ。それも、妹とは違い間違いなく悪い意味で。
考えても見れば、一年以上も隠れオタクを続けている治である。その辺りにすでに明確に現れていたのかもしれない。
883 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:03:56.46 ID:lbmkQ/w0
「おい、マジか? それはマジなのか!!?」
赤くなったかと思えば青くなり、また赤くなる。
少女の顔色は、その感情を反映してか目まぐるしく入れ替わっていた。
「本気。鈴菜だって何でもやってくれるって言ったじゃないか」
「お、お前、だからってそんな……」
治が手に持つものを指差しながら。
赤から青へ、また赤へと入れ替わる少女の顔が、今度こそ羞恥でこれまでに無いほど真っ赤に染まる。
「いや、そんなに照れられたら俺の方も困るんだけど。まあ恥ずかしい写真を撮ることが目的なんだからこれでいいのかも知れないけどさ。でも、ただのコスプレだよ?」
そう、治が今まさに手に持っているもの。
それは、メイド服だった。もちろんオタク仕様のフレンチメイドタイプだ。
白のブラウスは肩の部分がパフスリーブになっていて、その上に着るのは濃紺のフレアーワンピース。ペチコートは白く、裾にはフリルがついている。純白のエプロンは腰だけのカフェエプロンタイプで、これにも無論フリルがつく。カチューシャが黒地なのは、治の嗜好の表れなのか。
デザインどころか素材の段階から選んだ、無駄に金のかかっている治こだわりの一品だ。
一緒に住んでいる訳では無いとは言え、時折掃除などに訪れる妹にも見つからず、良くもまあこんな物を隠していたものである。
無論それにはそれだけの苦労と努力があって、鈴菜は男だった頃にそれを治がメイド服を手に入れる段階から見ていた訳だが、何でそんなもののために厄介な苦労を背負い込むんだかと呆れて笑いながら、生暖かく見守っていた。
まさか、それを自分が着させられようとしている、この今の状況なんか想像することも無く。
彼女の失敗は笑えまい。そんなこと、想像できる方がおかしい。
884 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:04:32.65 ID:lbmkQ/w0
「まあ待てよ。確かに俺もやりすぎたとは思う。けどいくらなんでもこれは……」
「だからただのコスプレだって。そう言えば高校の時、結構コスプレしてたじゃない。やくざとか暴走族とか、後は先生にも」
「あれはコスプレじゃなく変装だっ!! なあおい、考え直せって。俺は男だぞ。なりはこんなんでも中身は芳田次郎だ。それがメイド服着た女装姿を考えて見ろって」
流石は高校の頃は友人どころか教師にまで厄介ごとの影には芳田がいる、と言わしめた程の黒幕。
子供だましの悪戯から犯罪すれすれの企てまで、学力以上にその手のことには頭の回る次郎だ。
正確に、治が萎えるようなポイントを突いてくる。
これでもう少し鈴菜が可愛くなければ、いまさらではあるが、治も冗談だよと言って笑って、それで済んだかも知れない。
「それが女装になるのなら今もしてるじゃん。それに、……そういえば一回、中学の頃に俺も女装させられたなぁ。文化祭の時に。写真もまだ残ってるんだよ。実家に帰れば妹まであの時の事を持ち出して俺を笑うんだ」
それともう少し、次郎によって治が被った被害が少なければ、本当に飯を奢るだけで済んだかも知れない。
「根に持ってる!? お、おい、何かお前、キャラ変わってないか?」
「そうかな? まあ、でも鈴菜の姿ほどじゃないよ。さ、早く着替えて。それとも手伝おうか?」
「間違いなく変わってるって! ある意味じゃあ俺の姿より確実に!! って、マジでちょっと、ちょっと待てぇえええ!!」
昼の恐怖体験への不満から噴出した永い付き合いの間に積もりに積もった恨み――というほどどろどろとしたものでは無いが――と、可愛いメイドへの飽くなき欲求。
それらに後押しされた治を止める術を、とうとう鈴菜は思いつかなかった。
加えて言うなれば、彼女自身、自覚は無いが治に対してそれなりに罪悪感を募らせていたのかも知れない。
赤くなったかと思えば青くなり、また赤くなる。
少女の顔色は、その感情を反映してか目まぐるしく入れ替わっていた。
「本気。鈴菜だって何でもやってくれるって言ったじゃないか」
「お、お前、だからってそんな……」
治が手に持つものを指差しながら。
赤から青へ、また赤へと入れ替わる少女の顔が、今度こそ羞恥でこれまでに無いほど真っ赤に染まる。
「いや、そんなに照れられたら俺の方も困るんだけど。まあ恥ずかしい写真を撮ることが目的なんだからこれでいいのかも知れないけどさ。でも、ただのコスプレだよ?」
そう、治が今まさに手に持っているもの。
それは、メイド服だった。もちろんオタク仕様のフレンチメイドタイプだ。
白のブラウスは肩の部分がパフスリーブになっていて、その上に着るのは濃紺のフレアーワンピース。ペチコートは白く、裾にはフリルがついている。純白のエプロンは腰だけのカフェエプロンタイプで、これにも無論フリルがつく。カチューシャが黒地なのは、治の嗜好の表れなのか。
デザインどころか素材の段階から選んだ、無駄に金のかかっている治こだわりの一品だ。
一緒に住んでいる訳では無いとは言え、時折掃除などに訪れる妹にも見つからず、良くもまあこんな物を隠していたものである。
無論それにはそれだけの苦労と努力があって、鈴菜は男だった頃にそれを治がメイド服を手に入れる段階から見ていた訳だが、何でそんなもののために厄介な苦労を背負い込むんだかと呆れて笑いながら、生暖かく見守っていた。
まさか、それを自分が着させられようとしている、この今の状況なんか想像することも無く。
彼女の失敗は笑えまい。そんなこと、想像できる方がおかしい。
884 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:04:32.65 ID:lbmkQ/w0
「まあ待てよ。確かに俺もやりすぎたとは思う。けどいくらなんでもこれは……」
「だからただのコスプレだって。そう言えば高校の時、結構コスプレしてたじゃない。やくざとか暴走族とか、後は先生にも」
「あれはコスプレじゃなく変装だっ!! なあおい、考え直せって。俺は男だぞ。なりはこんなんでも中身は芳田次郎だ。それがメイド服着た女装姿を考えて見ろって」
流石は高校の頃は友人どころか教師にまで厄介ごとの影には芳田がいる、と言わしめた程の黒幕。
子供だましの悪戯から犯罪すれすれの企てまで、学力以上にその手のことには頭の回る次郎だ。
正確に、治が萎えるようなポイントを突いてくる。
これでもう少し鈴菜が可愛くなければ、いまさらではあるが、治も冗談だよと言って笑って、それで済んだかも知れない。
「それが女装になるのなら今もしてるじゃん。それに、……そういえば一回、中学の頃に俺も女装させられたなぁ。文化祭の時に。写真もまだ残ってるんだよ。実家に帰れば妹まであの時の事を持ち出して俺を笑うんだ」
それともう少し、次郎によって治が被った被害が少なければ、本当に飯を奢るだけで済んだかも知れない。
「根に持ってる!? お、おい、何かお前、キャラ変わってないか?」
「そうかな? まあ、でも鈴菜の姿ほどじゃないよ。さ、早く着替えて。それとも手伝おうか?」
「間違いなく変わってるって! ある意味じゃあ俺の姿より確実に!! って、マジでちょっと、ちょっと待てぇえええ!!」
昼の恐怖体験への不満から噴出した永い付き合いの間に積もりに積もった恨み――というほどどろどろとしたものでは無いが――と、可愛いメイドへの飽くなき欲求。
それらに後押しされた治を止める術を、とうとう鈴菜は思いつかなかった。
加えて言うなれば、彼女自身、自覚は無いが治に対してそれなりに罪悪感を募らせていたのかも知れない。
885 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:05:40.22 ID:lbmkQ/w0
何故こんなことに。
あまりにツキの無い最近の自分に、あの腐れ死神に心の中で怒りをぶつけるのも慣れてきてしまった気がする。
俺は神なんて信じない。いや、確かに死神の存在は認めるほか無いが、そうじゃなく人の運命とやらすら決める全能の存在のことだ。
己が不運を神に嘆いたことなんて無い。
大抵の事は本人の努力で何とかなる。実際俺はずっとそうして来て、事故で死ぬなんて最悪の不幸に見舞われても、俺の努力とは関係ないがとにかく今こうして生きている。
だがこれは……。
「うぅう」
ある意味じゃあこれまでで最強の敵なんじゃないだろうか。
渡されたメイド服を泣きたいような気持ちで眺めながら、俺はなんとかこの状況を打開する策が無いか頭をめぐらせていた。
「なぁ……」
「駄目」
取り付く島も無いってのは、こういうことを言うんだろう。
即答する澤田にこれ以上の説得は無理そうだ。ってか本当に誰だお前。
仕方ない。覚悟を決める。何、澤田の言う通り今だって俺は女装してるようなもんなんだ。
それに鈴菜だってメイド服を着た記憶は持ってはいない。互いに初体験なら、記憶が混じるということも無いだろう。
「っち、仕方ねえな。ちょっと持っててくれ」
そう言ってメイド服をつき返す。
なら後は、この身の程知らずにせめて反抗をしてやろうか。俺がやられっぱなしになるなんて、そんな楽観抱いてるんじゃねえぞ馬鹿野郎。
886 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:06:32.16 ID:lbmkQ/w0
そう決意を固め、俺はおもむろにパンツのベルトを緩めた。
「え……?」
ぽかんとする澤田は放っておき、そのままジーンズを一気に下ろす。
「ちょ、ちょっと鈴菜!?」
おお、戸惑ってる戸惑ってる。女受けのするツラして未だに童貞だからな、こいつ。は、そんなんでよく『手伝おうか?』なんて言えたもんだ。
少し気が晴れた。精神的優位はこれで完全に逆転したのだ。やはりこうでなくちゃいけない。
実際現在進行で俺も猛烈な羞恥に見舞われているのだが、それは強引にねじ伏せる。
ジーンズの下に穿いているのはスパッツのような形状のボーイレッグショーツだが、それでも下着だ。男に見られれば恥ずかしいのは当たり前だろう。
女なら。
そう、ならば、この恥ずかしさも鈴菜の記憶があるからこそ感じるのであって、俺はそれに負けるわけにいかない。
「男の下着姿に何照れてるんだよ、おい」
笑いながら、片足づつ上げてジーンズを完全に脱ぎ、そのまま上に来ているベストとブラウスも脱いでしまう。
鈴菜の胸はアンダー70のCカップ。そう大きいほうじゃない。それを、ハーフトップのスポーツブラで覆っている。
「な、そんなこと言われたって……!」
そう色気のある格好じゃないってのに、少し恥ずかしがり過ぎだろうこいつ。
こっちまで我慢してる羞恥がこみ上げてくるっつーの。
「ほら寄越せ」
真っ赤になってかちこちに固まってる治からメイド服をひったくる。
「…………う」
く、こんなフリフリのついた服を今から着るのか、俺。
ある意味、下着姿よりもずっと恥ずかしいぞ……。
あまりにツキの無い最近の自分に、あの腐れ死神に心の中で怒りをぶつけるのも慣れてきてしまった気がする。
俺は神なんて信じない。いや、確かに死神の存在は認めるほか無いが、そうじゃなく人の運命とやらすら決める全能の存在のことだ。
己が不運を神に嘆いたことなんて無い。
大抵の事は本人の努力で何とかなる。実際俺はずっとそうして来て、事故で死ぬなんて最悪の不幸に見舞われても、俺の努力とは関係ないがとにかく今こうして生きている。
だがこれは……。
「うぅう」
ある意味じゃあこれまでで最強の敵なんじゃないだろうか。
渡されたメイド服を泣きたいような気持ちで眺めながら、俺はなんとかこの状況を打開する策が無いか頭をめぐらせていた。
「なぁ……」
「駄目」
取り付く島も無いってのは、こういうことを言うんだろう。
即答する澤田にこれ以上の説得は無理そうだ。ってか本当に誰だお前。
仕方ない。覚悟を決める。何、澤田の言う通り今だって俺は女装してるようなもんなんだ。
それに鈴菜だってメイド服を着た記憶は持ってはいない。互いに初体験なら、記憶が混じるということも無いだろう。
「っち、仕方ねえな。ちょっと持っててくれ」
そう言ってメイド服をつき返す。
なら後は、この身の程知らずにせめて反抗をしてやろうか。俺がやられっぱなしになるなんて、そんな楽観抱いてるんじゃねえぞ馬鹿野郎。
886 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:06:32.16 ID:lbmkQ/w0
そう決意を固め、俺はおもむろにパンツのベルトを緩めた。
「え……?」
ぽかんとする澤田は放っておき、そのままジーンズを一気に下ろす。
「ちょ、ちょっと鈴菜!?」
おお、戸惑ってる戸惑ってる。女受けのするツラして未だに童貞だからな、こいつ。は、そんなんでよく『手伝おうか?』なんて言えたもんだ。
少し気が晴れた。精神的優位はこれで完全に逆転したのだ。やはりこうでなくちゃいけない。
実際現在進行で俺も猛烈な羞恥に見舞われているのだが、それは強引にねじ伏せる。
ジーンズの下に穿いているのはスパッツのような形状のボーイレッグショーツだが、それでも下着だ。男に見られれば恥ずかしいのは当たり前だろう。
女なら。
そう、ならば、この恥ずかしさも鈴菜の記憶があるからこそ感じるのであって、俺はそれに負けるわけにいかない。
「男の下着姿に何照れてるんだよ、おい」
笑いながら、片足づつ上げてジーンズを完全に脱ぎ、そのまま上に来ているベストとブラウスも脱いでしまう。
鈴菜の胸はアンダー70のCカップ。そう大きいほうじゃない。それを、ハーフトップのスポーツブラで覆っている。
「な、そんなこと言われたって……!」
そう色気のある格好じゃないってのに、少し恥ずかしがり過ぎだろうこいつ。
こっちまで我慢してる羞恥がこみ上げてくるっつーの。
「ほら寄越せ」
真っ赤になってかちこちに固まってる治からメイド服をひったくる。
「…………う」
く、こんなフリフリのついた服を今から着るのか、俺。
ある意味、下着姿よりもずっと恥ずかしいぞ……。
887 : ◆c0NQxleFhE [sage]:2008/05/24(土) 00:07:17.71 ID:lbmkQ/w0
「おぉおおお!!」
雄たけびを上げる。
今まさに、治の目の前には彼が夢にまで見た光景が広がっていた。
メイド服姿の女の子はある意味見慣れた治にとっても、自分の部屋にメイドがいるというこの状況は新鮮なショックを受けるものだった。
デリヘルなど昨今はその手のサービスも充実してきてはいるが、チキンな治にとってそれらはあまりにも敷居が高い。
それでもいつかは、と思っていて、それが思いがけない形で果たされたのだ。
しかも、かなりの美少女メイドである。彼にとっては興奮するなというのが無理な話だ。
「……人の趣味に口出すなんざ無粋って思って放置してきたんだが、あれだ。今はっきりと確信したぞ。お前はビョーキだ」
濃紺と純白で構成されたメイド服に身を包む少女。平静を装ってはいるがその顔は首筋まで赤く染まって、こちらを睨む勝気そうな瞳にも力が無い。
憮然としてそう言い放つ姿すら、今の治には彼女の魅力を引き立てるスパイスにしかならなかった。
デジカメを構え、とりあえず一枚。全身を写してシャッターを切る。
隠れオタクで、しかも実家が名家のためお盆と大晦日に開催されるとある祭典に参加できない治にとって、メイド服の少女を撮る機会なんてこれまで殆ど経験したことが無かった。
家宝にしよう、そうしようとご先祖様に顔向けできない事を考えながら、彼はこの振って沸いた幸運を深くかみ締める。
だが、彼の幸運もそこまでだった。
「はいそこまで」
「え……?」
いきなり、シャッター越しの世界が暗く染まる。驚いて顔を上げると、鈴菜が、デジカメを手で覆っていた。
「な」
んで、と問う暇も無い。そのままデジカメをひったくられてしまった。
「鈴菜、ちょっと、どうして!?」
「俺が撮ったお前の恥ずかしい写真とやらは何枚だったけか?」
「ぐ……」
そう言われては、これ以上鈴菜の写真を撮る大義名分は治には無い。
結局、反撃は出来ても、治にはそれ以上のことは出来ないのだ。
いかに次郎に染まってようとも、三倍返しとまでは行かなかったところが、治の生来の性格を明確に示していた。
「ま、頑張ったほうだと思うぜ? 弟分の意外な成長を見られて俺は嬉しいよ」
そう言って、腕を組んでふんぞり返った鈴菜が笑う。それを聞きながら、あまりにも短かった天下にがっくりとうな垂れる治。
傍目には美少女メイドの前に跪く長身の美青年という、主客の逆転した異様な光景にもうつるのだが、別に不思議なことではない。
どんな姿であろうとも、片方の性格が少しばかり黒くなっても、例え片方が一度死んで女の子になりさらにメイド服を着るというわけのわからない状況になったとしても。
彼らの関係は変わらない。これからもずっと変わらない。
それを、端的に示しているだけなのだから。
雄たけびを上げる。
今まさに、治の目の前には彼が夢にまで見た光景が広がっていた。
メイド服姿の女の子はある意味見慣れた治にとっても、自分の部屋にメイドがいるというこの状況は新鮮なショックを受けるものだった。
デリヘルなど昨今はその手のサービスも充実してきてはいるが、チキンな治にとってそれらはあまりにも敷居が高い。
それでもいつかは、と思っていて、それが思いがけない形で果たされたのだ。
しかも、かなりの美少女メイドである。彼にとっては興奮するなというのが無理な話だ。
「……人の趣味に口出すなんざ無粋って思って放置してきたんだが、あれだ。今はっきりと確信したぞ。お前はビョーキだ」
濃紺と純白で構成されたメイド服に身を包む少女。平静を装ってはいるがその顔は首筋まで赤く染まって、こちらを睨む勝気そうな瞳にも力が無い。
憮然としてそう言い放つ姿すら、今の治には彼女の魅力を引き立てるスパイスにしかならなかった。
デジカメを構え、とりあえず一枚。全身を写してシャッターを切る。
隠れオタクで、しかも実家が名家のためお盆と大晦日に開催されるとある祭典に参加できない治にとって、メイド服の少女を撮る機会なんてこれまで殆ど経験したことが無かった。
家宝にしよう、そうしようとご先祖様に顔向けできない事を考えながら、彼はこの振って沸いた幸運を深くかみ締める。
だが、彼の幸運もそこまでだった。
「はいそこまで」
「え……?」
いきなり、シャッター越しの世界が暗く染まる。驚いて顔を上げると、鈴菜が、デジカメを手で覆っていた。
「な」
んで、と問う暇も無い。そのままデジカメをひったくられてしまった。
「鈴菜、ちょっと、どうして!?」
「俺が撮ったお前の恥ずかしい写真とやらは何枚だったけか?」
「ぐ……」
そう言われては、これ以上鈴菜の写真を撮る大義名分は治には無い。
結局、反撃は出来ても、治にはそれ以上のことは出来ないのだ。
いかに次郎に染まってようとも、三倍返しとまでは行かなかったところが、治の生来の性格を明確に示していた。
「ま、頑張ったほうだと思うぜ? 弟分の意外な成長を見られて俺は嬉しいよ」
そう言って、腕を組んでふんぞり返った鈴菜が笑う。それを聞きながら、あまりにも短かった天下にがっくりとうな垂れる治。
傍目には美少女メイドの前に跪く長身の美青年という、主客の逆転した異様な光景にもうつるのだが、別に不思議なことではない。
どんな姿であろうとも、片方の性格が少しばかり黒くなっても、例え片方が一度死んで女の子になりさらにメイド服を着るというわけのわからない状況になったとしても。
彼らの関係は変わらない。これからもずっと変わらない。
それを、端的に示しているだけなのだから。