929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:34:19.31 ID:OE3ACnk0
ぐーたっち
第五話
ぐーたっち
第五話
その後暫くは、何が起きるということも無かった。
俺はずっと如何にもいじめにあっている気弱な少女の振りを続け、加瀬たちはそんな俺をじろじろと観察はしていたようだが、ちょっかいを出してくることはない。
他の生徒たちも俺の態度に戸惑いながら、こちらは普段から傍観者という立場だったためか鈴菜の記憶と変わらない対応だった。
たとえいじめという形であっても、それが何ヶ月にも渡って続けられてきた“普段”といえるものだったのか。
鈴菜という歯車がずれた教室の雰囲気は、授業のたびに来る教師たちに怪訝そうな顔をさせるに足るものだったようだ。
授業自体は、鈴菜の記憶と俺の記憶両方を持つ俺には正直簡単だった。鈴菜は勉強が出来ないほうでは無かったし、それは俺だって同じだ。
インチキしてるようなものなんだが、罪悪感なんかは特に無い。
俺の記憶を使わないなんてのは無理な話。精々、テストの時には、不自然に映らないようこれまでの鈴菜とそう変わらない成績を取ろうかなとは思ってはいる。
俺はずっと如何にもいじめにあっている気弱な少女の振りを続け、加瀬たちはそんな俺をじろじろと観察はしていたようだが、ちょっかいを出してくることはない。
他の生徒たちも俺の態度に戸惑いながら、こちらは普段から傍観者という立場だったためか鈴菜の記憶と変わらない対応だった。
たとえいじめという形であっても、それが何ヶ月にも渡って続けられてきた“普段”といえるものだったのか。
鈴菜という歯車がずれた教室の雰囲気は、授業のたびに来る教師たちに怪訝そうな顔をさせるに足るものだったようだ。
授業自体は、鈴菜の記憶と俺の記憶両方を持つ俺には正直簡単だった。鈴菜は勉強が出来ないほうでは無かったし、それは俺だって同じだ。
インチキしてるようなものなんだが、罪悪感なんかは特に無い。
俺の記憶を使わないなんてのは無理な話。精々、テストの時には、不自然に映らないようこれまでの鈴菜とそう変わらない成績を取ろうかなとは思ってはいる。
930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りしま:2008/05/28(水) 23:34:53.91 ID:OE3ACnk0
事が始まったのは、昼休みに学食で昼食を食べ、戻ってきた時だった。
教室内は静まり返って、先ほどまでの微妙な空気とは一線を画する異様な空気に包まれていた。
やっぱり、起きてしまったらしい。鈴菜へのいじめの、再発。
流石にこの程度で無くなるほど根の浅いものじゃないかと思いながら席に戻ろうとして。
「んな……!?」
予想を遥かに上回る光景に、俺は思わず目を疑った。
いくらか覚悟してはいた。鈴菜は、教科書やらノートやらを切り裂かれたり落書きされたりした経験がある。
故に最近では席を離れるたびに、教室後方の鍵付きロッカーの中に仕舞う様にしていた。
それを俺は、自分の行動がどの程度効果を上げたのかの確認のためにわざと、まだ新しい教材を机の中に入れっぱなしにしたまま昼食に行ったのだが。
何だ、これは?
切り裂かれるどころでは無い。殆ど紙屑になるまで、ノートも教科書もずたずたのバラバラにされていて、机の周りに散乱している。
恐らく、鈴菜の机の上に置いて、カッターで何度も何度も強引に切り裂いたのだろう。
机にまるで網の目のように走っているささくれ立った傷を見れば、それくらいすぐに分かった。
更に机の上には、一本一本ご丁寧に折られたシャープペンの残骸が転がっている。
ふと机の横にかけられたスクールバッグを見ると、それもまた、きれいに×印の傷が走っていた。傷は深すぎて、どうやら殆ど四分割されてしまっているみたいだが。
「…………」
間違いなく加瀬たちの仕業だ。それは分かる。他にこんなことをする奴はこのクラスには居ない。
……だが。
あいつら、いったい何を考えているんだ?
俺の行動は何の意味も無かったのか? 演技と見破られた?
でも、それにしたってこれは何なんだ?
改めて、俺は壮絶とも言える光景に目を向ける。
こんな、あまりにもあからさまないじめは鈴菜の記憶には無い。
そもそもあいつらのいじめは教師にばれないよう慎重に行われていたはずだ。
それがどうしていきなりこうなった?
もうすぐ五限も始まるのだ。これでは、最悪加瀬たちの仕業とはばれなかったとしても、鈴菜がいじめに合っていることは確実にばれる。
そこから事が明るみに出るかも知れないことくらい、予想がつかない奴らじゃないはずだろう!?
「鈴菜!? いったいどうしたのこれ!?」
後ろから肩に手を置かれ、心配そうにかけられた声に俺はゆっくりと振り返った。
加瀬、翠。 お前、いったい何を考えている?
「とにかく、片付けよう。ね? これじゃ次の授業を受けられないじゃない」
「う、うん」
流石に、怒りを抑えるのにかなりの力を要した。俺を心配そうに、元気付けるように見つめるその顔を、ぶん殴ってやりたいという衝動が俺の中で燻る。
だが、それよりも。
加瀬は、こんな奴だったのか?
視線を、彼女の後方に向ける。そこに加瀬に控えるように立っている持田と吉野の顔色は、控えめに言っても良いものではない。吉野などはもともと言動は粗暴でも実際気の強いほうではないためか真っ青にすらなっている。
俺の方針は、やはり間違っていないらしい。持田と吉野を見れば分かる。
彼女たちの態度は鈴菜の記憶と矛盾しない。だがそれだけに、加瀬の態度はあまりにも異常だった。
教室内は静まり返って、先ほどまでの微妙な空気とは一線を画する異様な空気に包まれていた。
やっぱり、起きてしまったらしい。鈴菜へのいじめの、再発。
流石にこの程度で無くなるほど根の浅いものじゃないかと思いながら席に戻ろうとして。
「んな……!?」
予想を遥かに上回る光景に、俺は思わず目を疑った。
いくらか覚悟してはいた。鈴菜は、教科書やらノートやらを切り裂かれたり落書きされたりした経験がある。
故に最近では席を離れるたびに、教室後方の鍵付きロッカーの中に仕舞う様にしていた。
それを俺は、自分の行動がどの程度効果を上げたのかの確認のためにわざと、まだ新しい教材を机の中に入れっぱなしにしたまま昼食に行ったのだが。
何だ、これは?
切り裂かれるどころでは無い。殆ど紙屑になるまで、ノートも教科書もずたずたのバラバラにされていて、机の周りに散乱している。
恐らく、鈴菜の机の上に置いて、カッターで何度も何度も強引に切り裂いたのだろう。
机にまるで網の目のように走っているささくれ立った傷を見れば、それくらいすぐに分かった。
更に机の上には、一本一本ご丁寧に折られたシャープペンの残骸が転がっている。
ふと机の横にかけられたスクールバッグを見ると、それもまた、きれいに×印の傷が走っていた。傷は深すぎて、どうやら殆ど四分割されてしまっているみたいだが。
「…………」
間違いなく加瀬たちの仕業だ。それは分かる。他にこんなことをする奴はこのクラスには居ない。
……だが。
あいつら、いったい何を考えているんだ?
俺の行動は何の意味も無かったのか? 演技と見破られた?
でも、それにしたってこれは何なんだ?
改めて、俺は壮絶とも言える光景に目を向ける。
こんな、あまりにもあからさまないじめは鈴菜の記憶には無い。
そもそもあいつらのいじめは教師にばれないよう慎重に行われていたはずだ。
それがどうしていきなりこうなった?
もうすぐ五限も始まるのだ。これでは、最悪加瀬たちの仕業とはばれなかったとしても、鈴菜がいじめに合っていることは確実にばれる。
そこから事が明るみに出るかも知れないことくらい、予想がつかない奴らじゃないはずだろう!?
「鈴菜!? いったいどうしたのこれ!?」
後ろから肩に手を置かれ、心配そうにかけられた声に俺はゆっくりと振り返った。
加瀬、翠。 お前、いったい何を考えている?
「とにかく、片付けよう。ね? これじゃ次の授業を受けられないじゃない」
「う、うん」
流石に、怒りを抑えるのにかなりの力を要した。俺を心配そうに、元気付けるように見つめるその顔を、ぶん殴ってやりたいという衝動が俺の中で燻る。
だが、それよりも。
加瀬は、こんな奴だったのか?
視線を、彼女の後方に向ける。そこに加瀬に控えるように立っている持田と吉野の顔色は、控えめに言っても良いものではない。吉野などはもともと言動は粗暴でも実際気の強いほうではないためか真っ青にすらなっている。
俺の方針は、やはり間違っていないらしい。持田と吉野を見れば分かる。
彼女たちの態度は鈴菜の記憶と矛盾しない。だがそれだけに、加瀬の態度はあまりにも異常だった。
931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:35:26.03 ID:OE3ACnk0
「大変悲しい事が起きてしまいました。昼休みの間に、水城さんの私物が壊されたそうです」
折良く六現がこのクラスの担任である幸田靖教諭の授業だったこともあり、授業は中止されこの1年C組の六現はLHRとなった。
幸田教諭は今年で57にもなる老齢の教師だ。温厚な性格のためか一部の生徒からは幸田のじいさんとも呼ばれている。
教卓の前に立つ彼の顔色は、薄い白髪を覗けば一面青色に染まっていた。
定年前の最後の担当クラスでこんな事が起こったのだ。無理もないと思うが。
「皆さんの中にはそれを見ていた生徒も居るでしょう。もしかしたら、この中にそれをやった子が居るかも知れません」
「先生! 先生は、クラスのみんなを疑っているんですか!?」
立ち上がって発言したのは加瀬。あまりにも白々しい言葉だが、それに対してクラスの皆は何も言わない。
無論、俺も。
「ええ。残念ながら、疑っています。本当に悲しいことです。自分の生徒を疑わなければならないなんて」
「そんな……!」
「誰がこんな事をしてしまったのか。知っている方が居ましたら、……ここでとは言いません。放課後職員室の私の元まで来てください。もしこの中に鈴菜さんの私物を壊した生徒が居るのなら、言いに来てください。私は、こんなことをした生徒を叱らなければなりません」
いい先生だな。なぁ鈴菜。本当に、お前のやっていたことは馬鹿なことだったよ。
俺も、自分のしていることに自身が無くなってきたけど。
ふと、視線の端に姫香が映った。思いつめたような顔で、幸田教諭を見つめている。
ちっ、あいつも予想通りの行動に出るか。これまでならともかく、モノホンを放って置ける奴じゃないのは知っていたが、……まずいな。
くそ、本当に何で加瀬の奴だけ……。
折良く六現がこのクラスの担任である幸田靖教諭の授業だったこともあり、授業は中止されこの1年C組の六現はLHRとなった。
幸田教諭は今年で57にもなる老齢の教師だ。温厚な性格のためか一部の生徒からは幸田のじいさんとも呼ばれている。
教卓の前に立つ彼の顔色は、薄い白髪を覗けば一面青色に染まっていた。
定年前の最後の担当クラスでこんな事が起こったのだ。無理もないと思うが。
「皆さんの中にはそれを見ていた生徒も居るでしょう。もしかしたら、この中にそれをやった子が居るかも知れません」
「先生! 先生は、クラスのみんなを疑っているんですか!?」
立ち上がって発言したのは加瀬。あまりにも白々しい言葉だが、それに対してクラスの皆は何も言わない。
無論、俺も。
「ええ。残念ながら、疑っています。本当に悲しいことです。自分の生徒を疑わなければならないなんて」
「そんな……!」
「誰がこんな事をしてしまったのか。知っている方が居ましたら、……ここでとは言いません。放課後職員室の私の元まで来てください。もしこの中に鈴菜さんの私物を壊した生徒が居るのなら、言いに来てください。私は、こんなことをした生徒を叱らなければなりません」
いい先生だな。なぁ鈴菜。本当に、お前のやっていたことは馬鹿なことだったよ。
俺も、自分のしていることに自身が無くなってきたけど。
ふと、視線の端に姫香が映った。思いつめたような顔で、幸田教諭を見つめている。
ちっ、あいつも予想通りの行動に出るか。これまでならともかく、モノホンを放って置ける奴じゃないのは知っていたが、……まずいな。
くそ、本当に何で加瀬の奴だけ……。
932 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2008/05/28(水) 23:37:26.89 ID:OE3ACnk0
幸田先生の言葉は、下手をすればこのクラス内に疑心暗鬼の種を撒き散らすようなものだった。
そうならなかった訳を、彼女は知っていた。いや、恐らくこのクラスの中に、無実の生徒を疑うものは居ないだろう。
彼女を含めて、このクラスの誰もが、水城鈴菜の私物を壊した生徒を知っているのだから。
「それでは、HRを終了します。……皆さん、私はあなたたちを疑わなければならないことをとても悲しく思っています。それでも、きっと名乗り出てくれることを信じたい。……失礼します」
その、教室を出て行く彼に声をかけようとして。
「――――! 何で……」
彼女――澤田姫香は結局立ち上がれもせずに、いすに座ったまま拳を強く握り締めた。
臆病な自分が嫌になる。
決心したはずだったというのに。
水城鈴菜。彼女のクラスでいじめにあっていた少女。
もう二度と、いじめにかかわりたくない。そんなエゴのために、彼女はあれはいじめなんかじゃないと自分に言い聞かせ、ずっとずっと見ていない振りを続けて、見殺しにしてきて。
ついに鈴菜は先週、自殺を試みた。
今朝それを聞いた時にも、姫香はまだ臆病なままだった。きっとうわさに過ぎないだろうと、鈴菜が自殺なんてするわけが無いと。
そんな臆病で卑怯な思いは、彼女の左手に巻かれた包帯を見たときに吹き飛んだはずだったのに。
昼休みにだって、姫香は動けなかった。昼食はいつも中庭で友達と食べる彼女だが、それでも戻ってきたときに見た光景が、それを作り出したのが誰かなんてすぐに分かったというのに。
「ひ~め~か!」
「え!?」
俯いて自分を自己嫌悪していた彼女は、いきなり正面から掛けられた声に慌てて顔を上げた。
姫香の一番の友人である春日結子が、いつの間にか正面から姫香の机に両肘を立て、その上に顔を乗せてこちらを見つめていた。
友人の顔のドアップに、一瞬声を失う。
そんな姫香を少し笑って、結子は立ち上がった。
「放課後どうしよっか? 今日部活ないし、世年寺で降りて遊んでく?」
世年寺は法戸高校最寄の東大金駅から二駅のところにある駅だ。畑と緑と住宅街しかない大金市に比べると飲食店やデパート、カラオケ、ボーリングも多い繁華街の世年寺は、法戸校生としても学校帰りに遊ぶところとして最適であり、彼女ももう何度も友達と訪れている。
「え、えっと、悪いんだけど今日は」
「ん? なんか用事あんの?」
「一応、あるっていうか……」
姫香はまだ諦めては居ない。これから、職員室に行けばいいのだ。それでも目の前の友人に言う勇気すら、彼女は持てないでいた。
「煮え切らないな~。珍しいね? どうしたの?」
「別に、そんなこと無いと思うけど」
結子の追及をかわすように、姫香は視線を逸らす。
そして、見てしまった。
水城鈴菜が、翠たちに囲まれて何やら話しているのを。
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:37:50.27 ID:OE3ACnk0
「……これから?」
「そ。どうせ暇でしょう。久しぶりに登校してきたんだし、積もる話もあるじゃない? それに昼の件もあるし。一人で行動するのは危険かも知れないわよ?」
「で、でも、何で屋上で……」
「いいじゃない。別にどこだって。いいから来なさい。ほら、早く!」
彼女たちの話し声も、聞こえてしまった。
「うわ、本当にどうしちゃったんだろ翠も水城さんも。あれじゃまるで……」
同じくその光景を見ていた結子が思わずといった風に呟く。
最後の言葉は小さくて聞き取れなかった。言い淀んだのかも知れない。口に出してしまったら、それが事実になってしまうのではないかと、それを恐れているのだろう。
姫香には結子の気持ちが理解できる。自分と同じだ。だからこそ、彼女が言い淀んだ言葉が分かった。
翠たちに連れられて、鈴菜が教室を出て行く。
そこで、ようやく彼女の覚悟は固まった。
結子の言葉の続きを、姫香は心の中で呟く。
あれは、いじめだ。
「ごめん結子、やっぱり用事あった。長くなるかも知れないから先帰ってて」
「え? ……ちょっと姫香、あんたまさか――」
「それじゃ、急ぐから。また明日ね!」
そう言って、鞄も持たずに席を立つ。
どうして今まで動けなかったのかとか、そんな自虐が脳裏をかすめるが気にしない。
もう決めた。過去は過去などと割り切れるほど彼女は年をとってはいなかったが、その分前だけを見つめられる若さを持っている。
どちらにしろ、これから取り返すしかないのだ。
そうならなかった訳を、彼女は知っていた。いや、恐らくこのクラスの中に、無実の生徒を疑うものは居ないだろう。
彼女を含めて、このクラスの誰もが、水城鈴菜の私物を壊した生徒を知っているのだから。
「それでは、HRを終了します。……皆さん、私はあなたたちを疑わなければならないことをとても悲しく思っています。それでも、きっと名乗り出てくれることを信じたい。……失礼します」
その、教室を出て行く彼に声をかけようとして。
「――――! 何で……」
彼女――澤田姫香は結局立ち上がれもせずに、いすに座ったまま拳を強く握り締めた。
臆病な自分が嫌になる。
決心したはずだったというのに。
水城鈴菜。彼女のクラスでいじめにあっていた少女。
もう二度と、いじめにかかわりたくない。そんなエゴのために、彼女はあれはいじめなんかじゃないと自分に言い聞かせ、ずっとずっと見ていない振りを続けて、見殺しにしてきて。
ついに鈴菜は先週、自殺を試みた。
今朝それを聞いた時にも、姫香はまだ臆病なままだった。きっとうわさに過ぎないだろうと、鈴菜が自殺なんてするわけが無いと。
そんな臆病で卑怯な思いは、彼女の左手に巻かれた包帯を見たときに吹き飛んだはずだったのに。
昼休みにだって、姫香は動けなかった。昼食はいつも中庭で友達と食べる彼女だが、それでも戻ってきたときに見た光景が、それを作り出したのが誰かなんてすぐに分かったというのに。
「ひ~め~か!」
「え!?」
俯いて自分を自己嫌悪していた彼女は、いきなり正面から掛けられた声に慌てて顔を上げた。
姫香の一番の友人である春日結子が、いつの間にか正面から姫香の机に両肘を立て、その上に顔を乗せてこちらを見つめていた。
友人の顔のドアップに、一瞬声を失う。
そんな姫香を少し笑って、結子は立ち上がった。
「放課後どうしよっか? 今日部活ないし、世年寺で降りて遊んでく?」
世年寺は法戸高校最寄の東大金駅から二駅のところにある駅だ。畑と緑と住宅街しかない大金市に比べると飲食店やデパート、カラオケ、ボーリングも多い繁華街の世年寺は、法戸校生としても学校帰りに遊ぶところとして最適であり、彼女ももう何度も友達と訪れている。
「え、えっと、悪いんだけど今日は」
「ん? なんか用事あんの?」
「一応、あるっていうか……」
姫香はまだ諦めては居ない。これから、職員室に行けばいいのだ。それでも目の前の友人に言う勇気すら、彼女は持てないでいた。
「煮え切らないな~。珍しいね? どうしたの?」
「別に、そんなこと無いと思うけど」
結子の追及をかわすように、姫香は視線を逸らす。
そして、見てしまった。
水城鈴菜が、翠たちに囲まれて何やら話しているのを。
933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:37:50.27 ID:OE3ACnk0
「……これから?」
「そ。どうせ暇でしょう。久しぶりに登校してきたんだし、積もる話もあるじゃない? それに昼の件もあるし。一人で行動するのは危険かも知れないわよ?」
「で、でも、何で屋上で……」
「いいじゃない。別にどこだって。いいから来なさい。ほら、早く!」
彼女たちの話し声も、聞こえてしまった。
「うわ、本当にどうしちゃったんだろ翠も水城さんも。あれじゃまるで……」
同じくその光景を見ていた結子が思わずといった風に呟く。
最後の言葉は小さくて聞き取れなかった。言い淀んだのかも知れない。口に出してしまったら、それが事実になってしまうのではないかと、それを恐れているのだろう。
姫香には結子の気持ちが理解できる。自分と同じだ。だからこそ、彼女が言い淀んだ言葉が分かった。
翠たちに連れられて、鈴菜が教室を出て行く。
そこで、ようやく彼女の覚悟は固まった。
結子の言葉の続きを、姫香は心の中で呟く。
あれは、いじめだ。
「ごめん結子、やっぱり用事あった。長くなるかも知れないから先帰ってて」
「え? ……ちょっと姫香、あんたまさか――」
「それじゃ、急ぐから。また明日ね!」
そう言って、鞄も持たずに席を立つ。
どうして今まで動けなかったのかとか、そんな自虐が脳裏をかすめるが気にしない。
もう決めた。過去は過去などと割り切れるほど彼女は年をとってはいなかったが、その分前だけを見つめられる若さを持っている。
どちらにしろ、これから取り返すしかないのだ。
934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:41:41.96 ID:OE3ACnk0
すうっと、大きく深呼吸した。
姫香が今いるのは職員室の扉の前。鈴菜が翠たちに連れられて教室を出てから、姫香はほとんど全力疾走でここまで来た。
一刻の猶予も無い。いじめと言う行為に関してこれまでずっと臆病だった彼女にとっては、その切羽詰った状況もプラスに働いたのか。
職員室の前まで来て、一瞬躊躇したがそれを深呼吸一回で押さえ込んで、彼女は扉に手を掛けた。
そして中に入ろうとして。
「ちょっと待って」
そんな声と共に腕をつかまれて、止められた。
声だけで、誰だか分かった。何せ姫香は今、彼女のことだけを考えていたのだから。
水城鈴菜が、姫香を見つめながら彼女の手をつかんでいた。
「……水城、さん? なんで――」
止めるのか。若しくはここにいるのか。
おかしいことは二つあったが、緊張の極地にあった姫香はそこまでは考えられない。
ただ頭の中にはどうしてという疑問が踊っていた。
「ここにいるのは他の人に邪魔だよ。場所を移そう」
鈴菜は姫香の疑問には答えずに、つかんだままの姫香の腕を引っ張って歩き出す。
振り絞った勇気をよりによって当事者に邪魔されたという状況のためか、緊張の糸を解かれた姫香は呆然としたまま、なすがままに連れられていく。
「ここでいいか。ごめんね澤田さん、無理に連れてきちゃって」
姫香が連れて行かれたのは、使われていない多目的教室だった。
ガラリと扉を引いて中に入り、そこでようやく鈴菜は姫香の手を離す。
残暑もようやく引き始めたこの季節。つるべ落としの言葉どおりに日の入りは日に日に早くなっていて、放課後が始まって幾ばくも無い時間だと言うのに既に太陽はかなり傾いていた。
西日が差し込み、燃えるように赤く染まった教室の中央まで歩いて、鈴菜は逆行を背に振り返った。
「水城さん、あなたさっき加瀬さんたちに――」
「ああ、見てたんだ」
クスリと笑って、少女は口を開く。
「ちょっと用事があるから先に屋上に行っててって頼んでおいたんだ。加瀬さんに却下されそうだったけど、吉野さんと持田さんが取り成してくれたよ。あの二人、今の私をいじめるのに抵抗があるみたい」
「え?」
あまりにも今朝とは違う態度。それに姫香が疑問を抱くより早く、更に鈴菜は言葉を続ける。
「さてと、今度はこっちの番でいいよね? 澤田さん。一つ聞きたいんだけど、さっき何をしようとしていた?」
「何って、それは……」
「困るんだよ。勝手な事をされると」
「か、勝手って何よそれ! 私はただお昼の事を先生に……!」
「私を助けてくれようとするのは嬉しいけど、大きなお世話」
「……なっ!」
そこでようやく、姫香は鈴菜が、先週までのいつもどおりの態度であることに気づいた。
今朝からの、別人のような気弱な少女の影はなりを潜め、どれだけのいじめを受けても表面上は平然としていた、かつての鈴菜の姿だ。
「あ、あなた――」
「ああ、ようやく気づいたんだ? そうだよ、猫被ってたんだ、私」
にいっと、唇の端を歪めて鈴菜は言う。いつだってこの少女はそうだった。嫌がらせも、暴力も。
姫香が目を背ける中で、彼女はただの一度も萎縮した態度を取らなかったのだ。
今朝のも、結局は演技だったと、そういうこと。
「……そう、なんだ」
「だから澤田さんが何かする必要は無い。これまでどおりに……」
「――放っておくことなんて、私にはもう出来ない」
「放っておいてくれて結構……って、何だって?」
それでも、姫香にとってそれはもう己の決意を揺らがす要因にはなり得ない。
どんなに平然とした態度を見せていても、鈴菜は一週間前に自殺を試みたのだから。
すうっと、大きく深呼吸した。
姫香が今いるのは職員室の扉の前。鈴菜が翠たちに連れられて教室を出てから、姫香はほとんど全力疾走でここまで来た。
一刻の猶予も無い。いじめと言う行為に関してこれまでずっと臆病だった彼女にとっては、その切羽詰った状況もプラスに働いたのか。
職員室の前まで来て、一瞬躊躇したがそれを深呼吸一回で押さえ込んで、彼女は扉に手を掛けた。
そして中に入ろうとして。
「ちょっと待って」
そんな声と共に腕をつかまれて、止められた。
声だけで、誰だか分かった。何せ姫香は今、彼女のことだけを考えていたのだから。
水城鈴菜が、姫香を見つめながら彼女の手をつかんでいた。
「……水城、さん? なんで――」
止めるのか。若しくはここにいるのか。
おかしいことは二つあったが、緊張の極地にあった姫香はそこまでは考えられない。
ただ頭の中にはどうしてという疑問が踊っていた。
「ここにいるのは他の人に邪魔だよ。場所を移そう」
鈴菜は姫香の疑問には答えずに、つかんだままの姫香の腕を引っ張って歩き出す。
振り絞った勇気をよりによって当事者に邪魔されたという状況のためか、緊張の糸を解かれた姫香は呆然としたまま、なすがままに連れられていく。
「ここでいいか。ごめんね澤田さん、無理に連れてきちゃって」
姫香が連れて行かれたのは、使われていない多目的教室だった。
ガラリと扉を引いて中に入り、そこでようやく鈴菜は姫香の手を離す。
残暑もようやく引き始めたこの季節。つるべ落としの言葉どおりに日の入りは日に日に早くなっていて、放課後が始まって幾ばくも無い時間だと言うのに既に太陽はかなり傾いていた。
西日が差し込み、燃えるように赤く染まった教室の中央まで歩いて、鈴菜は逆行を背に振り返った。
「水城さん、あなたさっき加瀬さんたちに――」
「ああ、見てたんだ」
クスリと笑って、少女は口を開く。
「ちょっと用事があるから先に屋上に行っててって頼んでおいたんだ。加瀬さんに却下されそうだったけど、吉野さんと持田さんが取り成してくれたよ。あの二人、今の私をいじめるのに抵抗があるみたい」
「え?」
あまりにも今朝とは違う態度。それに姫香が疑問を抱くより早く、更に鈴菜は言葉を続ける。
「さてと、今度はこっちの番でいいよね? 澤田さん。一つ聞きたいんだけど、さっき何をしようとしていた?」
「何って、それは……」
「困るんだよ。勝手な事をされると」
「か、勝手って何よそれ! 私はただお昼の事を先生に……!」
「私を助けてくれようとするのは嬉しいけど、大きなお世話」
「……なっ!」
そこでようやく、姫香は鈴菜が、先週までのいつもどおりの態度であることに気づいた。
今朝からの、別人のような気弱な少女の影はなりを潜め、どれだけのいじめを受けても表面上は平然としていた、かつての鈴菜の姿だ。
「あ、あなた――」
「ああ、ようやく気づいたんだ? そうだよ、猫被ってたんだ、私」
にいっと、唇の端を歪めて鈴菜は言う。いつだってこの少女はそうだった。嫌がらせも、暴力も。
姫香が目を背ける中で、彼女はただの一度も萎縮した態度を取らなかったのだ。
今朝のも、結局は演技だったと、そういうこと。
「……そう、なんだ」
「だから澤田さんが何かする必要は無い。これまでどおりに……」
「――放っておくことなんて、私にはもう出来ない」
「放っておいてくれて結構……って、何だって?」
それでも、姫香にとってそれはもう己の決意を揺らがす要因にはなり得ない。
どんなに平然とした態度を見せていても、鈴菜は一週間前に自殺を試みたのだから。
935 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2008/05/28(水) 23:42:06.99 ID:OE3ACnk0
「無理しなくてもいいよ。いじめの辛さは、私にもよくわかる」
「な……! おい姫――じゃなくて、澤田さん!?」
「ごめんね、これまでずっと何も出来なくて。でもこれからは違うから」
そう言って、真っ直ぐに姫香は鈴菜を見つめた。いじめが始まってから、疚しさ故に一度も見ることが出来無かった鈴菜の瞳を、今度こそ真摯を込めて。
鈴菜はそんな姫香の視線を睨むような態度で見つめ返していたが、結局根負けしたように瞳を逸らした。
小声で、何か呟く。
「…………こっちも結局予想外。なんでこうなるんだか。嬉しいけど複雑だなこりゃ」
「え?」
「いや、何でもない。……ありがとうって言うべきかな。優しいんだね、澤田さんって」
「そ、そんな……」
こと無い。そう言いたくて、それでも姫香は言わなかった。どんな誤解も、今は解いている暇などないのだ。
今は早く、彼女へのいじめを無くさなければ。
「とにかく、職員室に行こう? 加瀬さんたちに呼び出されてるのもあるし、先生に言えば」
「却下。気持ちは有難いよ、本当に。でも余計なことをして欲しくないってのも本音」
彼女としては精一杯心を込めたつもりだった。だが、その返答は逡巡すらしない拒絶。
「水城さん!? どうして――!!」
「ねえ、澤田さん。なんで私っていじめられてたのかな?」
夕日が差し込む、赤い世界。逆行を背にした少女は一歩、姫香に近づきながらそう言った。
「そ、それは、その……」
「なんで澤田さんは見ているだけだったのかな? なんで他のみんなも何もしてくれなかったのかな? 鈴菜を、助けなかったのかな?」
もう一歩、近づく。姫香の心の傷口をえぐるような、クラスのみんなを責めるかのような問い。
赤い世界の中で、細身の少女のシルエットだけが黒く切り取られている。
気圧されないよう、姫香は下肢に力を込めた。
ここで一歩でも後ずさったら、自分はもう二度と前を向けて歩けなくなる。そんな気がした。
「やっぱり凄いな、姫香は。もう克服したのか」
「え、な、何?」
がらりと変わった、男のような口調。でも、姫香にはそれがとても優しく聞こえた。
鈴菜に下の名前で呼ばれたことなんて無い。なのに、何度もそう呼ばれてるような、そんな不思議な感覚が残る。
何でもない。そう言って誤魔化す様に笑い、鈴菜は更に一歩姫香に近づいた。
「過去に澤田さんに何があったかはわからない。でも、優しすぎて、強すぎて、澤田さんは一つ勘違いをしちゃったんだ」
「勘……違い?」
「そう。勘違い。さっきの質問ね、一つも答えられないでしょう。優しいから、澤田さんには答えられない」
「水城さん……」
「それは前提が間違っていたからなんだ。
自分で言っても、もう澤田さんはそれを自分への言い訳にしか取らないだろうから、――――私が言うよ?」
真っ直ぐに、意思を込めて姫香を見つめる。
姫香は違う、と思った。これまでの鈴菜でも、今朝の鈴菜でもない。
これが、彼女の本質。
「私は……鈴菜はね、いじめられてなんていなかったんだよ」
「無理しなくてもいいよ。いじめの辛さは、私にもよくわかる」
「な……! おい姫――じゃなくて、澤田さん!?」
「ごめんね、これまでずっと何も出来なくて。でもこれからは違うから」
そう言って、真っ直ぐに姫香は鈴菜を見つめた。いじめが始まってから、疚しさ故に一度も見ることが出来無かった鈴菜の瞳を、今度こそ真摯を込めて。
鈴菜はそんな姫香の視線を睨むような態度で見つめ返していたが、結局根負けしたように瞳を逸らした。
小声で、何か呟く。
「…………こっちも結局予想外。なんでこうなるんだか。嬉しいけど複雑だなこりゃ」
「え?」
「いや、何でもない。……ありがとうって言うべきかな。優しいんだね、澤田さんって」
「そ、そんな……」
こと無い。そう言いたくて、それでも姫香は言わなかった。どんな誤解も、今は解いている暇などないのだ。
今は早く、彼女へのいじめを無くさなければ。
「とにかく、職員室に行こう? 加瀬さんたちに呼び出されてるのもあるし、先生に言えば」
「却下。気持ちは有難いよ、本当に。でも余計なことをして欲しくないってのも本音」
彼女としては精一杯心を込めたつもりだった。だが、その返答は逡巡すらしない拒絶。
「水城さん!? どうして――!!」
「ねえ、澤田さん。なんで私っていじめられてたのかな?」
夕日が差し込む、赤い世界。逆行を背にした少女は一歩、姫香に近づきながらそう言った。
「そ、それは、その……」
「なんで澤田さんは見ているだけだったのかな? なんで他のみんなも何もしてくれなかったのかな? 鈴菜を、助けなかったのかな?」
もう一歩、近づく。姫香の心の傷口をえぐるような、クラスのみんなを責めるかのような問い。
赤い世界の中で、細身の少女のシルエットだけが黒く切り取られている。
気圧されないよう、姫香は下肢に力を込めた。
ここで一歩でも後ずさったら、自分はもう二度と前を向けて歩けなくなる。そんな気がした。
「やっぱり凄いな、姫香は。もう克服したのか」
「え、な、何?」
がらりと変わった、男のような口調。でも、姫香にはそれがとても優しく聞こえた。
鈴菜に下の名前で呼ばれたことなんて無い。なのに、何度もそう呼ばれてるような、そんな不思議な感覚が残る。
何でもない。そう言って誤魔化す様に笑い、鈴菜は更に一歩姫香に近づいた。
「過去に澤田さんに何があったかはわからない。でも、優しすぎて、強すぎて、澤田さんは一つ勘違いをしちゃったんだ」
「勘……違い?」
「そう。勘違い。さっきの質問ね、一つも答えられないでしょう。優しいから、澤田さんには答えられない」
「水城さん……」
「それは前提が間違っていたからなんだ。
自分で言っても、もう澤田さんはそれを自分への言い訳にしか取らないだろうから、――――私が言うよ?」
真っ直ぐに、意思を込めて姫香を見つめる。
姫香は違う、と思った。これまでの鈴菜でも、今朝の鈴菜でもない。
これが、彼女の本質。
「私は……鈴菜はね、いじめられてなんていなかったんだよ」