光を泳ぐ。
勇者たちが、勇者と共に生きた者達が、望んでいたものがそこにある。
渦に乗って、より光が強い所へ泳いでいく。
彼らは、もうすぐ帰るべき所に帰り着く。
☆
視界は暗黒から光に満ちた世界へ、そして、良く知っている世界へ。
少年の目に飛び込んできたのは、物干し竿と物置、それに草ぼうぼうの地面。
自分の家の庭だった。
「ここは……。」
最初に辺りを、良く知っている場所と確認する。
それから、ポケットに大事に入れていたものを出す。
「のび太!!!」
生まれた時からずっと聞き続けた、ママの声が聞こえる。
ほんの1日留守にしていただけなのに、酷く懐かしく聞こえた。
「一体全体、どんな格好してるのよ!?服もボロボロじゃない!?」
彼の傷は、覚やキョウヤ、デマオンが庇ってくれたおかげで、他の者より浅かった。
しかし、服そのものはあちこちに裂け目があった。服の形を保っているのが不思議なほどだ。
「ただいま。帰って来たよ。」
「ただいまじゃないわ!!早く着替えなさい……そのおもちゃと、黒い布はどうしたの?」
のび太は殺し合いで支給されたザックに入れず、ポケットに入れていたものと、両手で握り締めていたものがあった。
それは、あの殺し合いに巻き込まれる前から、ずっと友だった者の鈴。
そして、殺し合いを経て、友になった者の服の切れはし。
「…………。」
最初はのび太は答えに詰まった。
自分のせいではないとはいえ、旅先でドラえもんが死んでしまったことを、どうママに伝えればいいのか悩んだ。
デマオンのことは話をしても分かってくれないはずだが、ママもパパもドラえもんを家族の一員として扱っていた。
だから、話そうとすると言葉に詰まった。
「ねえのび太、だからこの玩具と雑巾みたいなものは何なの?」
「…ドラえもんの……鈴だよ。」
「え?ドラエモンって?誰よ?」
そこで初めて、のび太は違和感に気付いた。
自分の母親が、ドラえもんのことを知っていないかのような様子に。
「ドラえもんだよ!青い猫型ロボットの……おとといも一緒にご飯食べたでしょ?」
「そんなの知らないわよ!ウチは3人家族よ!?」
ボロボロの服のまま、走り出す。勿論、友の鈴を握り締めたまま。
「ちょっとのび太!待ちなさい!!」
ママの呼び止めも無視して、ダッシュで階段を1段飛ばしで駆け上がる。
勿論、行こうとするのは自分の部屋だ。
急いで自分の勉強机の引き出しを開ける。
見えたのは、タイムマシンの入り口などではない。ただの引き出しだった。
(まさか……)
のび太は、この殺し合いが終わったらしようとしていたことがあった。
タイムマシンで未来に行き、セワシ君やドラミちゃんに相談し、ドラえもんを直してもらうことだ。
その先で会えるのは、昔のことを忘れた、新しいドラえもんかもしれない。
それでも構わなかった。
押入れの中には、スペアポケットも四次元くずかごも無かった。
その後家を出て、ジャイアンやスネ夫、しずかちゃんにもドラえもんのことを聞いてみた。
ついでとばかりに、出木杉にも。
でも、返って来るのは一様に、ドラえもんのことなど知らないという話だった。
別の世界の美夜子や満月博士、そしてデマオンならともかく、ドラえもんのことを知らないというのはおかしな話だ。
(あの世界で死んだ人は、いなかったことになるんじゃ……)
ハッと気づいた。あの世界の消滅と同時に、消えてしまったんじゃないか。
覚えているのは、生き残った者達だけじゃないのか。
考えれば考えるほど、その仮説は理にかなってくる。
もう不思議な道具に頼ることは出来ない。
持っているのは、覚から返してもらった通り抜けフープと、空気砲だけだ。
奇跡を起こすことは、もう不可能なのだ。
「ドラえもーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
親友を求める嗚咽が、町に木霊した。
帰って来ることは出来た。
カゲの力から地球を守ることが出来た。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
死んだ45人は、誰からも覚えてもらうことなく、あの世界に取り残されたままだ。
◆NYzTZnBoCI
「違うわ。」
白を基調とした城の、城下町一帯が見渡せる場所で、一人の女性が呟いた。
「だからさあ、俺、気が付いたら変な所にいたんだよ!!で、頭の毛がヘビの幽霊に睨まれて、石にされてたんだって!!」
「寝ぼけている場合か!!じゃあお前はどうして今ここにいる!!」
「いや……まあその……気づいたら元の世界にいてさ。」
「それを寝ぼけているというんだ!!バロン初の女王の統治の時代だからって、気を抜くんじゃないぞ!!」
城内は今日もにぎやかだ。城下町でも、喧噪が途絶えることなく響いている。
あれから、ローザの日常はほとんど変わっていない。
彼女の身分が大きく変わったことを除けば、だが。
「消えるなんてことはないわ。そんなことは許さない。」
あの殺し合いで死んだ者達が、周りからいなかったことにされているのは、帰還後すぐに気づいた。
バロンにはセシルもおらず、カインもいない。
軍事国家なのだから、それを先導すべき強靭な王は必要だが、これがどうしても見つからない。
中には他所の王国から相応しき者を引っ張ってこようとしていた者もいたが、どうやらファブールやエブラーナも継承者不足に見舞われていたようだった。
王位継承者で、目ぼしい者がほとんどいないため、なあなあでローザが女王となった。
全くもって予想していなかったことだが、バロンは亡国にならずに済んでいる。
ダムシアンやトロイア、幻獣界の援助を受け、ローザも女王としての威厳を見せつつある。
「守り抜いて見せるわ。あなたが生きた証を。あなた達が作った未来で。」
そう言った彼女は、下腹部を優しく撫でた。
◆7PJBZrstcc
森の奥の、のどかという言葉を体現したような小さな村。
子供たちが釣りやパチンコで遊ぶ活発な声や、鷹や山羊の声が響く。
たまに蜂に襲われる青年の悲鳴や、カボチャを悪戯された農夫の怒鳴り声も混ざる。
「おーい!リンク!!山羊が逃げ出したんだ!!」
牧場主のファドの助けを聞き、家で道具の整理をしていたリンクは、すぐに現場に駆け付ける。
機嫌が悪いのか、今朝食べた餌がまずかったのか、ヤギがリンク目掛けて走って来た。
「どっ……せい!!」
ガノンドロフやカゲの女王さえ倒した青年にとって、ヤギの1匹くらいどうということはない。
両方の角を受け止め、投げ飛ばす。
「よしよし。ごめんな。もう牧場から脱走したりするんじゃないぞ。」
勿論、暴力だけでは山羊を手懐けることは出来ない。
ぶつけた部分を撫でてあげ、牧場に帰るまで一緒に歩いてあげる。
「リンク。今日もありがとうな。」
「構いません。これぐらいなら。」
村長のボウが、リンクにぺこぺこと頭を下げる。
世界は平和になった。魔王は消え、怪物たちの数はどんどん減っていき、空がカゲに包まれることもない。
ハイラル城の方では、新たな城主をどうするかで日夜騒がしくなっているようだが。
もちろん怪物との戦いも、親しい人との死別もない。
リンクという勇者ではなく、一人の牧童が望んでいた日々だ。
「……一つお尋ねしたいのですが……。」
「何だね?いつも世話になってるんだ。何でも言いなさい。」
「…イリアという人を知りませんか?」
「……知らんな……でも、不思議だ。何か懐かしい響きだ。」
リンクは分かっていた。
ウーリのお腹には、モイと彼女の愛の結晶があったことから、彼らは完全に消えているわけじゃないと。
尤も、当のウーリはモイのことを知らず、処女懐妊か何かのように思っているらしいが。
(みんなの生きた証は、残っているよな……。)
何度もそれを確認した。残っているのは分かっている。分かっているから、誰か一人でも目の前に現れて欲しかった。
一人じゃ無いのだって分かっている。村の子供たちが、剣を教えて馬術を教えてとせがんでくる。
それでも、あの世界の戦いを知った者も、これまでの冒険の思い出を共有できる相手がいないのは、寂しすぎた。
◆EPyDv9DKJs
家に帰ると、手紙が届いていた。
『ハイラルの勇者サマ。』
テルマをリーダーとする、ハイラルのレジスタンスから、お金と食料が大量に届いていた。
メンバーの中には、リンクの戦いを知っている者はいないはず。
自分は関係ないし受け取れない。そう返事を出しても、自分達は分かっていると言って、何度も送って来た。
(そんなことするくらいなら、モイのことを思い出してくれよな……。)
キョウヤからもらった、モイのバズーカをちらりと見ながらそう思う。
実はどこかで生きているだけじゃないか。みんながみんな知らないふりをしているだけじゃないか。
それが違うとは分かっても、何度も何度もそう考えた。
ゴロンとベッドに寝っ転がった瞬間、リンクの支給品袋から振動音が鳴り響いた。
ハイラルではなく、21世紀の日本に生きた人間なら、ほとんどが聞きなれた音だ。
ザックをひっくり返すと、持ち主に返し損ねたピンクの鉄の板だった。
リンクはスマートフォンという、ある世界の文明の利器を知らない。
それでも慣れない手つきで、色々と弄り回し、何とかメールボックスを開けられた。
『リンクへ
お元気ですか?
クリスチーヌです。』
表情に、光が宿る。
『あれから、わたしも元居た世界に無事に帰れました。
ザントやカゲの女王はいない、平和な世界に戻りました。
ですが誰もマリオやノコタロウ、ビビアンのことを知りません。
そちらも、似たようなことになっていますか?』
『前に支給品を見せ合った時に、メール受信器に似た機械を持っていたので、どうにか送れないかと思っていました。
どうして送信先を知っているかはヒミツです。』
彼女のメールはとても長く、全部読むのには一苦労しそうだ。
だが、全く憂鬱ではなく、むしろもっと長くあって欲しかった。
◆OmtW54r7Tc
『クリフォルニア大学の学業がひと段落ついた後、
私はノコタロウやビビアン、他に消えてしまった人たちを探しに、旅に出ました。
あの戦いの影響か、ドカンや旅の扉などで、小さな形で世界がつながっており、何人かには会ってきました。
サトルさんは、カミス66町で、街の復興のリーダーとして指揮を執っています。
なんでもこの殺し合いに巻き込まれる前に起こったことだったとか。
また、バケネズミの残党狩りも兼任しているようです。
私が訪ねた時、バケネズミの新種かと勘違いされ、危うく町の人に殺されそうになりましたが、彼が取り合ってくれてよかったです。
あと、家にも招待されました。
サトルさんの家に飾ってあった、綺麗な花のことを延々と話されました。
何でもその花は、サトルさんの親友のサキさんの遺志を継いだ花だというのです。
人が花になったことなんて、あの冒険を経験した後でもにわかには信じがたい事です。
でも、あの戦いで消えてしまった人たちの証が、少しでも残っていたのは嬉しかったです。
キョウヤさんは、孤島の学校で妹探しを続けています。
日が暮れれば、寮であの冒険を記録していると。いくらノートがあっても足らない、手伝ってくれとせがまれました。
彼は私達とは違い、やらなければいけないことがまだ残っているようです。
尤も、私だって大学の課題やらなんやら、色んなことをしないとならないのですが。
それとキョウヤさんに、テレビゲームを教えてもらいました。
友達になるには、こういうことをするのが一番手っ取り早いとのことです。
なんだか、ゲームに出ている人たちが他人のような気がしませんでしたが、今度はリンクさんも一緒にやってあげてください。
ミキタカさんは、モリオウ町という場所で、気ままに過ごしています。
不思議な人だと思ってましたが、町も不思議な所でした。
合って早速、目玉が本当に飛び出るぐらい美味しいレストランに連れて行ってもらいました。
リンクさんの地元の、トアル山羊のチーズや、トアルカボチャのことを話したら、是非連れて行って欲しいとせがんでいました。
きっと料理に対して熱心な人なのでしょう。
少しメールの内容が逸れてしまいましたが、もっと良い事もありました。
ミキタカさんが、キシベロハンというマンガ家の先生を紹介してくれました。
はじめはクリボーの着ぐるみか何かと疑われてしまって、大変な目に遭ったのですが、私が不思議な冒険をしていると分かると、気に入ってくれたようです。
何でもそのマンガ家さんは、気に入った相手の情報を、本のように調べることが出来るようです。
ミキタカさんが本にされると、きちんとあの戦いであった人や、彼の仲間の仗助さんの名前も残っていました。
気になったのは、ロハン先生がその名前を見た時、『なんだこの腹立たしい名前は』と言っていました。
一体昔どんな関係があったのでしょう。もしかすると、それを思い出させるのが、私達の役目かもしれません。
◆s5tC4j7VZY
キーファさんは、ユバール族の守り手として、世界中を放浪しています。
彼の世界では人間の敵である怪物が突然いなくなってしまい、神を復活させる意味が無くなってしまったのではないかと言われています。
そんな中、キーファさんはお嫁さんを貰い、もうじき子供も生まれるそうです。
いつか、私もステキなクリボーの男性と結婚するのでしょうか。
また話が逸れてしまいましたが、キーファさんは剣だけでなく、トゥーラの腕も上げたようです。
新しく曲を作り、メルビンさんや親友のアルスさん達のことを、永遠に語り継いでいこうと考えているそうです。
みんな、どこかで、あの殺し合いで消えてしまった人たちを、取り戻そうと頑張っているみたいです。
リディアさんが住んでいる幻獣界にも、行くことが出来ました。
あの世界で話をしたのは、ほんの1度だけでしたが、私や他の人達のことはよく覚えていたようです。
『私のせいでクリスチーヌさんの世界まで巻き込んでしまった』と言って、幻獣王という方にも頼んで、あんなことが二度と起こらないように考えているそうです。
また、地上界のローザさんとも定期的に交流を図っているそうです。
ノビタさんは、故郷のお友達と遊んでいました。
ヤキュウという遊びで、幻の世界に閉じ込められた時に、私もしていたそうです。
そんなこと思い出せないんだけどね。
友達と遊んでいるノビタ君は、ミスばっかりして、それでも楽しそうでした。
とてもクッパやキラやカゲの女王と戦っていた時と同じ人物とは思えません。
ですが、これがノビタ君の幸せなのかもしれないわね。
そうそう、ノビタ君もサトルさんと同じで、誰かが生きた証を持っていました。
ほんの小さなネジ。あの殺し合いで死んでしまったという、ドラえもんさんの欠片だそうです。
あと、デマオンさんのローブの切れはしも持って帰っていたそうですが、彼のお母さんに雑巾にされてしまったとのことです。
曰く、かさ張るから使いやすいそうです。
魔王が着ていたものを掃除道具扱いするとは……そんな度胸があるからこそ、ノビタ君が生まれたんでしょうか。
当人が聞いたら、どんな顔をするでしょうね。
◆2zEnKfaCDc
最後に、色々辛いことがあったけど、みんなに出会えて本当に良かったです。
元はと言えば私のせいで、他の世界を巻き込んでしまったのに、そんなことを言われたら怒るかもしれません。
ただ、私はリンクさんや他の方に会えてよかったという気持ちは、どうしても伝えたかったです。
いつか、あなたの世界にも行けることを願っています。
でも、私は思います。
リンクさんにだけどうしても会えなかった理由は、会うべきではないと世界が拒んでいるからかもしれません。
実際に、一度行けた別世界も、すぐに閉じてしまいました。
そこから他の方と一緒に、別の世界を巡ることも、再びその世界に行くことも不可能でした。
元々繋がっていない世界だったので、実は会えない方が良いとも思います。
思い出は思い出のままとっておくのがいいのかもしれません。
どんなに離れていても私達は、あの世界を生き延びた仲間。それだけで十分なのかもしれません。
なので、もしこれから会えなかったのだとしても、悲しまないでください。
あなたの友 クリスチーヌ 』
◆vV5.jnbCYw
「そんなことはないよ。クリスチーヌ。」
メールを全て読み終わった後、誰もいない部屋で、リンクはそう呟いた。
誰かに会いたい、誰かを大切に思う気持ちが、間違っているはずがない。
そう思ったからこそ、そんな人たちとの離別は苦しいものだ。それでも、信じられないほど強い力を出せることも知っている。
いつかきっと、会えるはずだ。
あの殺し合いで生還した者だけじゃない。消えていった者達にも。
そうじゃなかったら、もう光ることの無い2つの三角形の痣だって、消えているはずだから。
早速、家を出ると、愛馬のエポナにまたがる。
「今からちょっと遠出するぞ。その分餌はどっさり食わせてやるからな。」
「ヒヒーン!!」
勢いよく蹄を鳴らし、フィローネの森を疾走する。
勇者リンクの、新たなる冒険が始まる。
ゲルド砂漠の処刑場では、ミドナどころか、影の世界へ行く陰りの鏡さえなかった。
でも、関係はない。
もっと遠くへ。もっと先へ。
勇者は一頭の愛馬と共に行く。
別れた友に再会するために。
壊れた世界に閉じ込められ、消された者を救い出すため。
(ミドナ…ゼルダ……アルスやルビカンテだってそうだ。何年かかってでも助け出してやるさ。)
彼らの冒険は終わらない。
表裏バトル・ロワイヤル 完
最終更新:2023年06月15日 21:14