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 任用とは採用・昇任・降任のことであるが、公立学校の場合には教育公務員特例法によって規定されている。

 (採用及び昇任の方法) 
 第十一条  公立学校の校長の採用並びに教員の採用及び昇任は、選考によるものとし、その選考は、大学附置の学校にあつては当該大学の学長、大学附置の学校以外の公立学校にあつてはその校長及び教員の任命権者である教育委員会の教育長が行う。 
 
 なお一般公務員の場合には通常競争試験であることに対して、教育公務員は「選考」であること、また一般公務員の条件付き採用期間が半年であるのに対して、教育公務員は1年である。(同法12条)また公立義務教育学校の教員は市町村立の学校に勤務し、設置管理者は市町村であるが、ほとんどの教員が県費負担教職員であるために、採用は都道府県教育委員会が行う。(ただし、政令指定都市の場合には市が独自に採用することができる。)
 欠格事由もまた重要であるので、掲載しておく。

 学校教育法
 第九条  次の各号のいずれかに該当する者は、校長又は教員となることができない。 
 一  成年被後見人又は被保佐人 
 二  禁錮以上の刑に処せられた者 
 三  教育職員免許法第十条第一項第二号 に該当することにより免許状がその効力を失い、当該失効の日から三年を経過しない者 
 四  教育職員免許法第十一条第一項 又は第二項 の規定により免許状取上げの処分を受け、三年を経過しない者 
 五  日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者 

 さて、教師の採用に関する問題をいくつか考察しておこう。
 競争試験ではなく、選考であることについては、管見する限り反対論はない。単に学力試験等の点数で採用することは問題であり、人格、技能、対人能力等々様々な面での教師としての適格性を検討した上で採用することが必要であろう。巷間言われているコネ採用などは論外というべきであるが、実際にコネのある人も、またない人もコネ採用という要素があると信じられていること自体もまた問題であろう。47)あくまでインターネット上に書かれた匿名の書き込みであるが、「また、友人が教員を受けた時に、試験日前に採用者名簿が作成されていて、友人は泣く泣く東京都で試験を受けたことがあります。(役所所に知り合いがいて知った)」という書き込みもある。http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/200301/2003010800012.htm

(行田市で子どもを教員採用試験の評価者として加える。市独自の特区による採用試験で。さまざまな議論があったようだ。)

 ほぼどこの都道府県でも一般教養、教職教養、教える科目に関する学力試験を一次試験として行い、面接、更に実技科目がある場合は実技を行う。近年増えているのが模擬授業による判断である。
 これらは、丁寧な選考を行うものとして、形式的には問題がないが、考えねばならないのは学力試験の内容であろう。少し前まで教員採用試験の学力試験の問題は公表されていなかった。大学や高校入試の問題は公表されるのが常識化していたから、教員採用試験の問題が公表されないのは大きな問題となっていた。いくつかの出版社が受験生に謝礼を払って問題を復元してもらい、それで受験参考書を作成していたのである。
 何故問題を公表しないかについて、「公表するほどの問題ではない」という理由を述べた教育委員会があった。これは問題を知る者にとっては率直で事実に則した回答であったと解釈されている。そして、今でも学力を測る問題として極めて不適当な問題がたくさんあるといわざるをえない。
 試験の問題というのは、どのような学力を身につけてほしいかということをメッセージとして含むものである。受験生は過去の問題をみて勉強をするのだから、その問題が要求している学力を身につけようとする。教育法規の問題でいえば、ほとんどは条文のある言葉の穴埋め問題である。つまり、条文を暗記することが求められている。しかし、法律とは暗記ではなく、原則と事実との比較考察を経て合理的な結論を導きだすことが重要であるから、この問題様式は教育法規を理解させる上では重大な欠陥がある。
 もちろん、欠陥がある問題だからといって、間違った選考が行われるとは断言できない。優秀な学生はどのような問題形式であってもよい成績をとれるし、また、その逆もいえるだろうからである。しかし、優秀な学生が間違った勉強をしていることは、合格者が教壇に立ったときにプラスとはなりにくいと考えられる。
 このような改善が必要である。
 また、教育実習等の成績をどのように扱うか、模擬授業などをどの程度正確に把握できるのか、など様々な検討事項があると考えられる。

 では昇任はどうか。
 基本的に単層構造論にたつと、昇任はあまり問題とならない。更にシュタイナー学校のように校長を教師の選挙で選ぶような体制であれば、昇任という行為そのものが存在しないことになる。このことの教育的意味は十分考慮に値する。
 しかし、現在の日本では管理職が存在し、また、優秀な教師にはそれなりの厚遇を与えるべきであるとする「世論」も大きい。管理職はやはり選考を経てなり、校長が頂点に位置することになっている。
 管理職の任用の問題は詳細は省くが、いくつかの問題が指摘されている。
 第一に、管理職試験の準備のために、かなりの時間が必要であり、管理職をめざす人たちが授業をないがしろにする傾向が少なからずあるという指摘が少なくないことである。管理職の登用が年々若くなる傾向にあるとも言われており、そうすると授業をあまり熱心にやらず管理職試験への準備に奔走する人たちが、学校の指導者となるわけで、これが教育的に好ましい結果をもたらすとは多くの人が思わないに違いない。
 第二に、教育界に存在する「閥」に対する批判である。これは地方によって事情が異なるが、師範学校が戦後国立大学の教育学部になったために、戦前の師範学校の卒業生の学閥は多くの地域に残っており、特に管理職登用に影響力を行使している地方があると言われている。48)http://www.niigata-nippo.co.jp/kyoiku/batindex.html 参照
最終更新:2008年07月25日 21:35