教育基本法は憲法と並んで、第二次世界大戦後、日本の占領下で行われた「戦後改革」の教育分野における「原理」を定めた法律であった。占領政策は1950年代に大きく変化し、その後「教育基本法」は一貫して、政府や文部省によって積極的に活用されることはなかった。ずっと鬼子のように扱われてきたのである。実際、教育基本法が改正される前は、学校教育法に「教育基本法」という用語が使われることはなかったが、2007年の改訂された現在の学校教育法には、1度、学校教育施行規則には3度、そして新学習指導要領には多数の「教育基本法」という用語が現れてくる。いかに、
文部科学省が旧教育基本法規定を嫌い、新しくしたかったがこのことでもよくわかる。教育基本法の改正は文字通り「悲願」だったのである。
もちろん、この改正に50年もかかったように、国民的合意の下に改正されたとは言い難く、大きな論争が行われ、また、今後も論争が続くと考えられる。従って、教育基本法については、単に条文ごとの解釈を理解するのではなく、そこにある「教育観」の相違や対立状況も理解することが必要であろう。
今回の改正について、当事者である文部科学省はどのように考えているのだろうか。改正当時の文部科学省の担当者であった田中壮一郎氏の著作『逐条解説改正教育基本法』第一法規で見ておこう。
田中氏は旧教育基本法について「旧教育基本法の理念の下で、新しい学校教育制度が発足するなど、教育諸制度が構築・整備され、国民の教育水準が飛躍的に向上し、戦後の我が国社会経済の目覚ましい復興・発展の原動力となってきた。」とする。しかし、戦後半世紀を経て、日本社会は大きく変わった。それは「科学技術の発展・情報化・国際化・少子高齢化・産業構造の変化」である。更に教育をめぐる状況も変化した。「規範意識の低下・基本的生活習慣の乱れ、学ぶ意欲の低下・家庭や地域の教育力の低下・学校における
いじめ、不登校、校内暴力」などである。(p2)
このように変化があるので、教育基本法を変える必要があり、平成12年の教育改革国民会議いらい、中央教育審議会答申、与党協議会を経て、平成18年に国会提案、190時間の審議を経て可決したという。
では、どのような新しい内容が盛り込まれたのか。それが、上記の変化に対応できる内容であるのか、吟味する必要があろう。
変化の第一はめざす「人間像」である。旧規定の「人格の完成」と「個人の尊厳」を継承しつつ、我が国の未来を切り拓いていくために、
1 知・徳・体の調和がとれ、生涯にわたって自己実現を目指す自立した人間
2 公共の精神を尊び、国家・社会の形成に主体的に参画する国民
3 我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人
という人間像である。
これらが具体的に条文として規定されているかどうか、また、これらの妥当性そのものの検討もまた、条文に則して行うことにしよう。
最終更新:2008年07月30日 12:41