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 教育は、社会的機能としては、現存する社会の価値観や伝統、習俗を若い世代に引き継いでいくものであるから、その社会の価値観を前提にして成立している。しかし、社会が流動化したり、国際化した結果として、異なる価値観が混在している場合、教育の中で扱われる価値によって、過去多くの争いが生じた。

 政治と教育は古くから存在するテーマであるが、現代社会におけるこの問題は、多くが「ナショナリズムと教育」の関係として現れる。
 その初期の代表的な事例は、フィヒテの『ドイツ国民に告げる』である。
 ナポレオン戦争に敗れたプロシャで、国民の奮起を呼びかけ、そのときに「教育」こそが武器となるという認識のもとに、教育から国家の再建を呼びかけた有名な講演である。
 ドイツナショナリズムや愛国心教育の元祖とも考えられるこの講演は、しかし、戦前日本の国家主義的な愛国主義とは大分違う面をもっていた。
 戦前の日本の教育は、この最も典型的な事例であった。穂積は、教育が国家の「政治」の仕事であるという前提で、道徳教育を考えていた。

 教育は国家の政治的の仕事でありまして、而して、教育に関する勅語は国家の教育行政を統一する所の大方針を御決定になり御示しになったものであります。(穂積八束「国民道徳の本旨」東京都内府部学務課編 大空社「日本教育史基本文献・史料叢書5」p3
 そして、教師たるものは、国家の機関として教育に従事する者は、之(教育勅語)に由らざるを得ぬ国法上の義務の有るものであります。」
 人々は国と家という「合同の生活」を不可欠のこととするのだから、「我家我国」を完全に遂げさせるようなことが「国民道徳」であるという。そして、「我が民族」においては、「家」は「家長権」のことであるという。p8
 「我家族制度に於ける家長権なるものは祖先の権力を子孫が継承する意思と而して又夫子孫に臨んでは之を保護する所の力であるといふことを意味して居ります。」p8


 「而して我民族が国を建てる所の理想は、民族は皆夫血統を同じくする者であって同じ祖先から出た者であるとふとの観念が深くして唯々単に利害のみに駆られて此処に集った植民地の人民の如きで無くして本を尋ぬれば同じ祖先から出て来た子孫であるといふ事を自覚して利害の観念の外に離るべからざる骨肉同胞の観念を以て結び付けてあるといふ事が我民族の強固なる観念であります。」p10

 現代社会における「愛国心教育は」は、さまざまな理論的矛盾を抱えている。だからこそ、教育内容として強調されるわけである。通常「愛」は教育の対象にならないし、また、その必要もない。自然な感情だからである。
 では、何が「困難」なのか。
 愛国心とは、その国の所属の市民であることによる「心」の教育であるが、国籍は自分の意思で選択したものではない。だから、「愛国心」をもつことは、外からの強制になる。もちろん、自然の感情として、通常は自分の住む地域や国に好感をもつものだが、個人の多様性の問題であり、自発的な好感をもたない者もありうる。
 第二の困難は、現代社会は、決して、国民だけが住んでいたり、教育を受けたりしているわけではなく、公立学校にも外国人がいることが珍しくない。日本では外国人の割合はまだまだ少ないが、実は、意識していないだけの場合もある。在日韓国人は日本名で通学して、外国人だとは思われていない場合も少なくない。
 今後確実に日本に住み、日本の学校に通う外国人は増大ずるだろう。そうすると、日本人だけを対象とした、愛国心が適切であるか問題となろう。
 教育基本法における「伝統の尊重」と「国際」というのがその矛盾の現れであろう。(もちろん、矛盾ではないという考えもある。











20世紀になる前後に、ヨーロッパでは、ほとんどの国で「学校闘争」が行われたし、その結果、教育制度が大きく変化した。
 また、戦後日本においても、勤評闘争、学力テスト、教科書訴訟等、さまざまな問題が、政治問題化した。70年代の学校紛争が終息し、教育から政治的色彩が薄くなっていたが、所沢高校問題を契機として、学校における「価値」の扱いについて、大きな注目を集めた。
 君が代・日の丸問題は、80年代から90年代にかけて、教育現場で、大きな争点を形成していた。近年、この問題では、所沢高校問題以外にも、広島で高校の校長が自殺するなどの事件も起きている。
 近代社会では、「思想信条の自由・信教の自由」などが、重要な権利として承認されているが、これは、多くの人が異なる価値観をもっているという認識があるからである。しかし、さまざまな価値観の中で、「その社会の支配的な価値観」が存在していることも事実である。価値観を形成することは、教育の重要な機能のひとつであるから、社会的な制度としての学校制度でも、価値観を形成する課題が担われている。
 教育システムの中で、こうした支配的な価値やその他の多様な価値を扱うやり方は、大別して、3つある。
1 教育システムの中で、支配的な価値観を子どもに注入していく。「教化」的手法。戦前の日本などがその代表といえる。
2 教育システムは、価値観に関わることを避け、宗教団体や家庭に価値観の形成を委ねる。フランスやアメリカなどが代表的と言える。
3 学校が価値観形成に関わることを認めるが、さまざまな価値観による学校の存在を認める。オランダが代表的。
 これらの代表的な事件を紹介しておこう。

イ フランスのマフラー事件
 フランスはカトリックが伝統的に強い国であり、ピューリタンを弾圧して国外に追放してしまったので、宗教を学校に持ち込む必要がなく、宗教は教会で行い、学校は知的教授に限定する「世俗性」の原則が確立していたとされる。
 ところが、戦後イスラム教徒が増加し、イスラム教の風俗を子どもが学校に持ち込むことが多くなった。代表的には、イスラム教徒の女性が着用する「スカーフ」である。ある高校の校長がスカーフを着用して登校することを禁止したが、それに従わない生徒がいて、退学処分にしたことをきっかけに、フランスを巻き込む大騒動になった。これは1990年代の当初の事件であったが、その後21世紀になって、再び大きな問題となった。これは911のテロ以後、欧米でイスラム教徒への批判的な感情が強くなったことと関係していると思われるが、フランスでは法律で禁止することになった。そして2004年9月から施行されている。(このテキスト執筆時に問題が解決していないが、イラクでフランス人が人質として拉致され、その要求がマフラー禁止の法律の撤回であったために、フランスの外務大臣は問題解決のために奔走している。ヨーロッパのイスラム教徒はマフラー禁止の法律には批判的であるが、この拉致にはもっと強い批判を表明している。)

ロ オランダのヒンズー教学校事件
 オランダは一定の生徒数を集めれば、学校の経費が公費で賄われる。オランダに一校だけヒンズー教の学校があったが、ヒンズー教にも新旧あり、カーストを肯定する旧教に対して、カーストを否定する新教の親たちが、別のヒンズー教学校を設立した。ところが人数が集まらず、1年の猶予の後まだ生徒数が基準に達しなかったら、公費補助を打ち切ると宣言し、結果的に生徒数が不足していたので、公費打ち切りを宣言されたところ、親の何人かが学校を占拠し、バリケードを築いてたてこもった。オランダは民主主義国家なのだから、カーストを肯定する旧教の学校に公費補助をして、民主的な新教の学校に補助しないのはおかしいという論拠を主張していた。

ハ オウム
 日本ではオウムやヤマギシ会の事例が代表的なこうした事例である。
 オウムの子どもたちが学校に入学できずに、彷徨っている事例はいくつか報告されている。自治体がオウムの子どもだからといって、就学を拒否する権限は法的にはない。また、住民台帳法によっても、住民登録をすることを拒否する権限もない。
 このふたつの違法行為によって、オウムの子どもの就学拒否が実現している。
 しかし、こうした法違反は住民によって強く支持されていることも事実である。
最終更新:2008年08月09日 15:55