オウムの問題は教育についても大きな課題をなげかけた。しかし、まったく相反するふたつの問題において。
第一は、オウムの親は子どもを学校に行かせなかった。
第二は、オウムが事実上解体し、犯罪に加担した者たちが刑事罰を課せられるようになって以後、それ以外の信者や元幹部たちの子どもの教育問題が生じた。
親が子どもを学校に行かせないことは、通常
就学義務違反であるし、多くの場合は批判される行為である。しかし、世界的にみると、宗教的な信念に基づいて学校に行かせない事例は無視できないほどに多い。アメリカで現在では多くの州で合法化されているホームスクールは、最初は宗教的な理由で学校に行かせない親が始めたものだった。
しかし、積極的に親が自己の信念に基づいて教育を施すのではなく、オウムの場合には事実上子育てや教育の放棄に近かったと考えられる。
オウムは当初熊本県に集団で居住していたが、村が高額な費用を負担して退去させ、その後静岡県や山梨県に移住した。集団生活をしていたために、子どももそこに居住しており、就学はしていなかった。そのころはオウムの住民票受け付け拒否はなかったから、未就学であったことは行政当局にも知られていたはずであるが、その点の指導がなされた形跡は少なくとも新聞の検索によって調べる限りない。文部省が通学指導をしたのは、1995年3月22日山梨県の施設の捜査に入ってからである。
「オウム」児童ら26人の通学措置を 文部省が指導
「オウム真理教」の静岡県富士宮市にある教団施設に住む
義務教育年齢の子供二十六人が就学していないことがわかり、文部省は二十八日までに、同県
教育委員会に対し、この子供たちが学校に行ける措置を講じるよう電話で指導した。山梨県上九一色村の教団施設にも学校に通っていない子供が相当数いると見られ、同省は同県教委に対しても就学させるための措置を講じるよう指導した。*5)1995. 03. 29 読売新聞
指導は、子どもたちの「
教育を受ける権利」が侵害されているとして出された。
そして、児童相談センターなどに保護されていたオウム信者の子どもたちは、多くが復学している。
保護されたオウム信者の子ども112人は今… 児童相談センターの全員“卒業”
◆就学齢の88人復学
全国のオウム真理教の施設から保護された信者の子どもは、一歳から十五歳まで百十二人を数えた。児童相談所に預けられた子どもたちもその後、親類宅や養護施設に引き取られ、このうち学齢にある八十八人全員が入学や復学している。
子どもたちが最初に保護されたのは、オウムへの強制捜査さ中の昨年四月十四日。山梨県上九一色村の教団施設から、まず五十三人が同県中央児童相談所に収容された。それから約五か月の間に、群馬、熊本県や東京都内の教団施設などで育てられていた五十九人が次々と保護された。
その後、子どもたちは親や親類が住む地域の相談所に移され、そこで生活面の指導や学習指導などケアを受けた。
二十七人の子どもを保護した東京都児童相談センター(新宿区)では、栄養失調のため、どの子も、健康な子より二、三歳小さく見えたという。当初は職員への不信感をのぞかせる子が多く、中には手づかみで食事したり、頭をなでられると「尊師のパワーが逃げる」と嫌がったり、異様な言動が目立った。
しかし、時間の経過とともに、集団生活に溶け込んだ。今年四月には全員が児童相談センターでの指導を終えた。
結局、全国で保護された百十二人のうち、九十九人は親類宅や教団を脱会した親の元に引き取られた。経済的余裕がないなど、やむを得ない事情があった十三人が養護施設で暮らしている。
西日本に住む女児(9つ)は母と一緒に入信し、上九一色村の施設で保護された。現在は、祖父母と、脱会した母と暮らしている。祖母は「孫が教団にいたことは秘密にしています。普通の子どもとして生活し、友だちも大勢できた。
いじめにあうようなこともありません」と話している。*6)1996. 11. 01 読売新聞
問題が複雑になったのは、幹部の子どもたちの就学が問題になったときからである。
文部科学省は子どもの教育を受ける権利が侵害されているとして、指導をしている。しかし、2000年の石井久子の子どもの就学通知拒否については、以下のように「理解」を示している。
このため、村教委は、〈1〉学校教育に支障をきたしたくない〈2〉村民感情を考えると、超法規的措置を取らざるを得ない――などを理由に、入学通知を送付しないことを決め、今月二十日、双子を除く村内の入学予定者約八十人の保護者に入学通知を郵送した。村教委では「今後も、入学通知を出すつもりはない」としている。
これに対し、文部省では「教育事務は市町村教委の権限。村教委から相談があれば、対応したい」という。県教委は「法に従った適切な決断をとってもらわなければ困るが、村は苦渋の決断をしたのだろう」(桐川卓雄教育長)と村教委の判断に理解を示している。*7)2000.1.28 読売
この点について、この記事の紹介によれば、小林節・慶応大教授(憲法)の話「オウムの社会復帰を認め難いという住民感情は、極めて自然だ。憲法でも、すべての人権は『公共の福祉』によって制約を受ける。教育を受けられない不幸な子女が出てしまうことになっても、公権力には、社会を安全な状態に保つ責任がある」という論理を紹介している。
さておそらく最も大きな話題を集めたのは教祖の松本智津夫の子どもたちが茨城県竜ヶ崎市に編入して以降の事態であろう。
2000年7月に松本智津夫被告(45)の二女(19)、四女(11)、二男(6)が竜ヶ崎市に移住したところ、教育委員会は就学拒否を決めた。そして市当局は住民票を受理しないことを決め、住民票がないのだから就学を認めないという論理をとった。市長は住民の不安や生活への影響を考えるとやむをえない措置と記者会見で述べている。しかし県の教育庁は市に対して、子どもの教育を受ける権利を尊重する必要があると口頭による意見を述べている。
一方住民はオウム対策協議会を設置し、就学問題や立ち退きに対する住民の意見の統一を図り、市に要望を出していくことを確認した。
新聞はその間の状況を次のように伝えている。
竜ヶ崎のオウム問題 地元対策協が拡大 周辺自治会もメンバーに=茨城
◆監視小屋設置へ
竜ヶ崎市内の民家にオウム真理教の松本智津夫被告(45)の子供たちが転居してきたことについて、対応を協議していた地元自治会のオウム対策協議会は三十日、周辺の二区五自治会をメンバーに加えてオウム対策連合協議会に組織を拡大した。
同協議会では、〈1〉オウム関係者の退去、新たな転居の拒否〈2〉オウム関係者の就学の拒否〈3〉地域住民の安全――を目的に活動していくという。
同協議会は同日、転居してきた民家周辺に「オウム反対 オウムはすぐ出て行け」と訴えた張り紙の掲示を始めた。また、近く監視小屋を設置するなどして、オウム関係者の行動を住民で監視する方針を決めた。
きょう三十一日には、市と市議会に対し、〈1〉臨時交番の設置による二十四時間監視体制〈2〉民家前の市道の指定車両、許可車両以外の通行禁止措置〈3〉住民調査の徹底によるオウム関係者の転入未然防止〈4〉オウム関係者へのゴミ収集などの市民サービスの拒否――などを求めた要望書を提出する。*8)2000. 07. 31 読売新聞
8月になって市は住民届けを不受理とし、更に就学手続きを拒否している。住民側はそれを支持し、住民票の受理と就学許可をしないようことを求める署名を提出している。
結局事態は打開されず、8月の末に子ども側が就学拒否の取り消し処分を求めて提訴することになった。
この時期住民側の動きは次のようであった。
県、就学問題きょう協議 オウム松本被告の子供が竜ヶ崎に転居で=茨城
竜ヶ崎市に転居してきたオウム真理教の松本智津夫被告(45)の子供の就学問題で、同市内の小中学校計十八校の保護者らで組織する「竜ヶ崎市小中学校保護者の会」(吉田宣浩代表)は二十九日、県や同市に、子供の身柄の保護などを求める要望書を提出した。県はきょう三十日、関係各部署で構成する「オウム真理教をめぐる諸問題に関する連絡会議」(議長・宇田川渉理事)を開き、県としての対応を協議する。
同会はこの日、同市教育長と、知事、県教育長あてに要望書を提出した。同市教育長あての要望書では、就学拒否の方針を貫くよう要求、同市内の保護者ら一万二千五百七十二人の署名が添えられた。
また、知事あての要望書では、〈1〉被告の長男(7)は神奈川県の児童相談所に身柄を保護してもらう〈2〉二女(19)、四女(11)、二男(6)は県内の養護施設に身柄を保護してもらう――など三点を挙げて対処を求めた。
これに対し県の担当者は、同会に、きょう三十日の連絡会議で協議し、新学期のスタートを考慮し三十一日までに回答する方針を伝えた。
吉田代表は、「子供に教育を受ける権利はあるが、今の状況で就学したら混乱を招き、市が教団の拠点になる恐れもある」と要望の理由を説明した。*9)2000. 08. 30読売新聞
結局この事例で就学が認められたのは翌年の4月であった。4月の新聞では登校の際特に混乱はなかったと記されている。(4/7)
こうした入学拒否は大学においても繰り返された。我が文教大学もその例外ではなかったのであるが、その詳細はここでは述べない。(必要に応じて授業中に説明乃至プリントを配布することにする。)
さてこの一連のオウムの子どもの就学問題はどのように考えることができるのだろうか。
ひとつの考えは、小林氏に代表されるように、社会の安定や公共の福祉が優先されるべきで、それに反する場合には子どもの教育を受ける権利が侵害されても仕方ないという考えである。「住民の論理」は感覚的にこの見解と等しい。
それに対して、子どもの教育を受ける権利は公共の福祉の論理によって侵害してはならず、社会の安定などは「大人」の責任であって子どもに責任を転化することは許されないとする主張である。
更に別の観点として、オウムのような社会的な不安定要因となる集団があった場合、それを疎外して社会の中に受け入れることを拒否した場合、不安定さは更に高まるのであって、むしろ社会の安定のためには何らかの形で受け入れる必要があるという考え方もある。
最終更新:2007年09月24日 18:36