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 教師の仕事として、教科に関する教育を責任をもって行うことを含めることは、ほとんどの人が容認するだろうから、その検討は、授業技術の問題として後で検討するが、それ以外の仕事が、どこまで教師の責任であるのか、考えてみたい。
 教職の特徴の第一はなんといっても「忙しい」ということである。そして忙しさには限りがない。通常の労働者の労働は時間によって測られている。定められた労働時間を超えて労働する場合には、超過勤務となって、法律が正しく運用されていれば超過勤務手当てが支給される。そして、勤務時間以外には労働者は働く必要はない。自分の自由時間なのである。しかし、教職はそうはいかない。どのように授業をするか、授業準備などはいくら時間があっても足りないだろう。もちろんいいかげんな授業をしている場合には、授業準備などはしないかも知れない。しかし良心的な教師にとっては授業準備はとても時間のかかる面倒な作業である。そして、それらは多くの場合勤務とは扱われていない。
 つまり、教師の最も中心的な仕事は、誠実に行えば行うほど膨大な時間を必要とする。そういう意味では時間で正確に測ることのできない労働である。
 そして現在の教師には、授業を行う以外にたくさんの仕事がある。具体的にある高校教師の一日を見てみよう。

ふつーの日の教師の一日

10月5日(金)
07:50 学校着。出勤簿に捺印し、メールボックスをチェック。とりあえずコーヒーを 飲みながら1日のスケジュールをチェック。
08:20 職員室で担任団とスケジュールを確認。ホームルームでの連絡事項等を確認す る。
08:30 1時間目の授業。1年7組「生物IB」。今日は「薄層クロマトグラフィーによ る光合成色素の分析」という実験。
09:20 1時間目終了。実験を続行しているので、そのまま実験室に残り、指導。
09:30 2時間目の授業。引き続き1年7組の実験。
10:20 2時間目終了。
10:25 ショートホームルーム。クラスの出欠を確認し、連絡事項を伝達。
10:45 3時間目。授業がないので、今日の5・6時間目の授業のための準備。教科書 をチェックし、板書ポイントを整理する。
11:45 4時間目。引き続き授業の準備。専門ではない化学の授業なので、かなり苦し む。
12:35 昼休み。5分でパンを食べ、職員室で待機する。(休み時間中に生徒が訪ね くるから)
12:45 昼休み中。生徒が進路について相談したいというので、職員室の隅で面談。か なり難航。
13:20 5時間目の授業。2年6組「化学IB」。今日は「酸・塩基の定義」がテーマ。
14:10 5時間目終了。職員室に戻り、連絡事項を確認。
14:20 6時間目の授業。引き続き2年6組。
15:10 6時間目終了。引き続きショートホームルーム。清掃の指示を出し、終了。
15:20 部活動開始。生物準備室の隣の生物講義室で漫画研究部が活動。コピー本の締 め切りが近く、修羅場状態。平行して、翌日の保護者会の準備。進路実績に関する資料を収集し整理する。
17:00 下校時刻なので、漫画研究部の生徒に下校を促す。が、修羅場は継続中。ベタ とトーン貼りを手伝う。
18:30 漫画研究部の生徒を帰宅させる。その後、翌日の授業の準備。
19:30 学校発。バス・電車を乗り継ぎ帰宅。今日はまっすぐ帰る。*25)

 これはそれほど忙しくない日だとされているが、昼食を5分で食べ、本来ゆっくりとできる時間帯に生徒の進路相談をしている。そして、放課後は部活のを監督し、そして保護者会の準備をしている。学校を出たのは夜の7時半である。次に同じ教師の忙しい日のスケジュールを見ておこう。

すごく忙しい日の教師の一日

11月19日(月)
07:50 学校着。出勤簿に捺印し、メールボックスをチェック。今日の学年会で使う資 料を作成。
08:20 職員室で担任団とスケジュールを確認。ホームルームでの連絡事項等を確認す る。
08:30 1時間目。教育課程委員会。新学習指導要領に基づくカリキュラムの策定。大 もめ!
09:20 1時間目終了。急いで授業の準備。
09:30 2時間目の授業。1年2組「生物IB」。テーマは「カエルの初期発生」。
10:20 2時間目終了。
10:25 ショートホームルーム。クラスの出欠を確認し、連絡事項を伝達。
10:45 3時間目の授業。2年6組「化学IB」。テーマは「中和」。
11:35 3時間目終了。
11:45 4時間目。学年会。来年度の自由選択科目について報告。
12:35 昼休み。5分でパンを食べ、職員室で待機する。(休み時間中に生徒が訪ねて くるから)
13:00 昼休み中。生徒が進路について相談したいというので、職員室の隅で面談。自 由選択科目についてアドバイス。
13:20 5時間目の授業。1年6組「生物IB」。テーマは「卵割様式」。このクラスだ け授業時数が少なくかなり遅れている。
14:10 5時間目終了。職員室に戻るのがめんどうなのでそのまま教室に残る。
14:20 6時間目の授業。引き続き1年6組。
15:10 6時間目終了。急いで2年6組のショートホームルームへ。
15:20 部活動開始。生物準備室の隣の生物講義室で漫画研究部が活動。修羅場は過ぎ たので、落ち着いた雰囲気。平行して、職員会議資料の作成。
17:00 下校時刻なので、漫画研究部の生徒に下校を促す。今日はすんなり帰る。引き続き、職員会議資料の作成。
18:00 明日の授業の準備。明日は生物学実験があるので、メンバー個々の実験進行状 況を確認。試薬の調整を行う。
21:30 試薬調整のめどがついたので、1年生の授業で使うビデオ教材の作成。ウニの 初期発生観察の実験のためのビデオ。
23:45 ビデオ完成。DVD-Rに書き出し開始。ホルマリン固定してあるウニの受精卵・胚を顕微鏡で確認。状態が悪くないのでそのまま使用することにする。
00:30 タクシーを呼び、帰宅。*26)

 この日は授業負担が前より重い上に、同じように昼休みの生徒の相談や部活の指導があり、その後翌日の授業の準備に入り、12時近くになってやっと終わり、タクシーで帰宅したのが、夜中の0時半である。よく「サラリーマン教師」というが、サラリーマンは決して楽な仕事ではないが、この教師の一日はまさしく殺人的なスケジュールであって、精神的なストレスを抱える教師がたくさんいることは、これを見れば容易に想像がつくだろう。
 高校だからなのか、意外に会議が少ないが、小学校や中学校の場合、これに会議が連日加わることも少なくない。法律で定められている一時間の昼休みなどは、実際には全くないのが実情である。この教師の場合、生徒が相談に来るので「事実上」昼休みがなくなるのであって、スケジュール的には存在している。しかし、小学校で給食指導がある場合、もともと昼休みがスケジュールとして組まれていない。以前は、法律に従って、とれない昼休みを午後にまわし、一時間早く帰宅することができたが、現在では「親の意思」という口実でこの休み時間がスケジュール的に奪われている。
 なぜ教師はこのように忙しいのだろうか。教師がこのように忙しいことが知られているだろうか。また、知られているとして、それが「当然」と思われているだろうか、それとも、教育にとってマイナスであり、教師はもっと時間的なゆとりもつ必要があると思われているだろうか。自分自身の気持ちとして一度じっくり考えてみてほしい。
 様々な意見があるだろうが、おそらく、教師である以上、そのように忙しいのは当然であるという感覚が多かれ多くの人の中にあるのではないかと想像される。これは戦前教職は「無定量労働」であり、「聖職」であるとされていたことが感覚的に残っているからであろう。
 無定量労働とは、ある仕事が一定の時間を区切って行われるのではなく、その職業はいついかなるときにも、その仕事をしているという自覚をもち、必要なときにはいつでもその仕事を行うべきものであると考えられている職業である。そして、それは「聖職」という概念と多く結びついている。つまり、僧侶や牧師は、ある一定時間だけその仕事をするのではなく、必要ならばいつでも求めに応じて仕事をすることが期待されている。そして、尊い仕事であると認識されている。
 戦前は教師もそのような仕事とされていたのである。上にスケジュールをあげた教師のように、授業の準備が深夜まで及び、また、昼食時間といえども生徒が相談にくれば応じて話し合う。おそらく、生徒が非行で補導されれば、奔走するかも知れない。
 放課後生徒がわからないところがあるから教えてほしいと言われたときに、もう勤務時間が過ぎたから明日にしてほしい、と言われたら、その生徒はその教師に否定的な評価を与えるだろう。
 しかし、そうしていつでも教師としての自覚をもち、自分の時間を棄て教職としての勤めを果たすことが、本当に教職にとってプラスなのかは、一度考え直してみる必要がある。
 部活指導や会議に追われて、十分な授業準備ができなければ、つまらない授業をしてしまう危険性が高い。あまりに忙しくてストレスがたまっていて、生徒の相談に親身になって対応できるだろうか。教師がゆとりをもった生活が保証されることは、結果として生徒に対する豊かな教育活動をする前提になると考えられる。もちろん、ゆとりある生活が怠惰になってしまえば、別のマイナス要因になるが。
 教師の仕事が、あまりに多く、きちんとこなすことが難しくなっている。以前、小学校の教師の予定を聞いたところ、ほぼ毎日会議があり、毎週、市単位の用事が別にあり、さまざまな大会が近付くと(例えば、陸上大会、水泳大会)、その準備にも追われる、という感じで、いかに有能であっても、授業準備に割ける時間はとれそうにないし、満足のいく授業ができるような条件ではなかった。
 そこに、いじめ問題などが発生したとき、教師の取り組みがおざなりになるであろうことは、教師の資質とは別に、十分予想されるところである。そこで、教師の仕事を分割し、別の専門家が行うような代替策も必要である。しかし、何が教師の仕事で、何を別の人がやるのが適当なのか、各自考えてみよう。

  • 体育や芸術科目
 ヨーロッパでは小学校でも、体育や芸術は担任教師の仕事ではなく、専門家が行う。特に体育は、通常学校に施設がなく、いわゆる「社会体育」という形式をとっており、市の施設を複数の学校が共同して使用し、教師は子どもを引率するだけである。スポーツ指導は、市の施設に勤める体育指導員が行う。
 また、芸術科目については、得意な親がやったり、あるいは専門教師が学校を巡回する形態が多い。ヨーロッパでは、芸術教育は、家庭の問題と考えられ、学校での教育は極めて貧弱である。日本の音楽水準の高さが、学校での音楽教育に支えられていることを考えると、どちらがいいかは簡単に言えないが、小学校教師にとって、大きな負担になっていることは否定できない。(芸術科目については平均的に日本とヨーロッパを比較すると、日本は圧倒的に充実している。普通のヨーロッパの小学校では「器楽」などやらないし、楽譜について詳細に教えることもない。そうしたことはやりたい子どもや親がプライベートに学ぶことになっている。もちろん、音楽教育を特色として位置づけている学校ではさかにん行っているが。)

  • 部活指導
 部活は日本の学校の特徴のひとつだろう。しかも部活は正規の教育課程ではない。従って部活の顧問として指導する場合、本来の勤務ではなくボランティアである。従って指導は教師にとって義務ではないので近年部活の指導をしない教師が増えており、部活が成り立ちにくくなっていると言われている。しかし、学校の授業の前後に行われているし、通常教師が指導を行うので、学校の教育活動の一環であるかのように思われており、何か事故があった場合責任が追求される。生徒の学校時間を長くし、教師の負担を大きくしている原因のひとつになっている。従って、学校時間は授業終了までとし、部活は、管理が変わり、利用者も生徒に限定しない方式もありうる。
 しかし部活と教師の負担の問題は、実際に教師と話し合うと正規の授業ではないのだから負担を減らすべきだという見解は、必ずしも教師の多数意見ではないことがわかる。つまり、部活の指導が教師としての生き甲斐である場合が少なくないのである。教職志望の学生の意識でも、教師になって部活指導をしたいという学生は少なくない。部活問題はどのように考えたらいいのだろうか。

  • 問題行動指導
 授業中の教室の規律を保つことは授業を行う教師の仕事であり、責任であろうが、休み時間や校外での生活等に関わる諸問題について、あるいは学校生活全体が原因となっている精神的ストレスや疾患(いじめ問題等)については、学校カウンセラーなど、臨床の専門家に任せるという政策も進行中である。
 これについては、生徒を全体として把握している教師こそが、やはり指導を行うのが原則であるという考えも強く残っている。
 この点については次の章で扱う。
最終更新:2008年08月15日 18:27