知識を伝達するだけではなく、生徒の中に定着させたり、生徒自身の考えに内面化させるためには、生徒自身の表現と結びつける必要がある。そのために、討論などの手法を授業に取り入れる。その代表的な手法は、ディベートである。
ディベートとは、ある問題に対する代表的な立場を設定し、それぞれの立場をグループで担うことにし、自分自身の見解とは無関係に、グループの見解を代表して討論することである。多くの場合、討論の優劣を競う。
本来、ディベートが発達した理由は、議論に強くなるためには、あらゆる論理を展開することができること、そうすれば、相手の論理を予め想定して反論を組み立てることができる。また、いかなる論理を提起されても、対応可能な討論術を身につけることができるなど、純粋に議論技術の向上のための手法であった。
しかし、近年日本でもディベートが流行したり、あるいは学校現場で取り入れられているのは、多少異なる理由もあると考えられる。
つまり、
いじめが横行している状況では、生徒たちは、常に警戒的になっており、自分を素直に表現することを恐れている。相手が信頼できることを確認してから、初めて自分を出すことができる。だから、授業で議論をしようとしても、積極的な議論にはならない。
ところが、ディベートなら、自分の見解ではないから、純粋に論理を押し出せばよく、また、勝敗を決める競争だから、活発に議論をしなければならないし、また、議論をしやすい。
このような理由で、日本で普及しつつあるように思われる。ディベートで議論に慣れることで、自分の意見をまとめたり、表現する能力が向上すれば、ディベートの意味は大きい。しかし、本来、最も大切なものは、自分の問題意識で議論を組み立て、自分の見解を明確にしていくことであろう。ディベートだけでは、その目的は達成することが難しいように思われる。
中学の社会科の教師だった安井俊夫の実践は、そうしたディベートの長所をもちながら、自分の見解を形成している上でも役に立つものであった。
安井は授業をプリント部分と討論部分に分けている。そして、
教科書の知識に関しては、簡潔に作られたプリントでさっと済ませる。実は、安井の授業は極めて面白いという評判になっているので、生徒たちはかなり確実に予習をしてくるので、知識部分はごく短い時間で済んでしまう。そして、安井の受け持ったクラスは、確実に試験の平均が10点から20点はいいのだそうだ。(これは、安井に習っていた生徒、及び同じ学校だが、安井に習っていなかった生徒の両方から確認した事実。)
そして、知識を確認したあとで、いよいよ討論に入る。安井は、最初歴史の授業を主に扱っていたので、教材の歴史的事実の時代の人物になったつもりで、「自分ならどうするのか」という観点から、議論をしていくのである。
例えば、日韓関係史で、安重根の伊藤博文暗殺をめぐって、安重根になってみる、当時の朝鮮人になってみる、日本人のさまざまな立場の人間になってみる。そうして、自分なら、どう考えたか、どう行動したかを想定してみるのである。
ディベートのように、グループを担当して、そのグループの主張だけを述べるのではなく、次々に立場を変えていくのである。プロセスの中で、自分の見解から解放される点では、ディベートと同じだが、すべてのグループになってみる点が異なっている。そして、最後に、どの立場のどういう見解が、もっとも共感できるか、という点に踏み込んでいく。
安井は、当初、通常の知識伝授的な授業をやっていたが、あるとき、東大寺建設に駆り出された東国の農民について、成績がさして良くない生徒が、「何故、東国の農民が、わざわざ遠くの大仏作りに出かけて行ったのか、単に、強制されたからだけなのか」と質問をしたことがきっかけとなって、既成の学問では、まだまだ未解明な点を突かれたと考え、教科書に書かれた知識を無条件に正しいものとはせずに、さまざまな観点から検討を加える手法として、上のようなやり方を考えたという。
最終更新:2008年08月06日 00:03