学級とは、もちろん、近代的な学校の中で形成された通常「同年齢」の生徒によって構成された集団のことである。近代以前の、国民教育制度が成立する以前の学校では、同年齢集団としての学級はあまり存在しなかった。エリートの学校では、少人数教育だったから、学級を構成する必要がないし、また、大衆教育機関では、わざわざ学級に分けて教育するほどのコストのかかるやり方はしなかっただろう。助教システム(モニトリアルシステム)に見られるように、全部一緒に面倒みるようなやり方が取られていただろう。
日本の江戸時代の寺子屋でも、ひとつの部屋にすべての年齢の子どもたちが座って、一緒に学ぶか、あるいはそれぞれが個別に異なる作業をやって、教師は子どもたちの間を回って必要なことを教えた。
しかし、近代的な国民教育制度、
義務教育制度が成立するに及んで、膨大な子どもたちが学校に通うようになり、効率的な教育を行うために、発達段階の似た生徒たちを一緒に「
一斉授業」で教えることが構想された。発達段階はだいたい年齢に対応するから、そこで年齢によって構成する学級が成立したのである。
これは常識的な見方であろう。
従って、そのこと自体を問題にする必要はない。
問題は、学級とは、単に教育効果をあげるためのコスト的発想で運営されるものなのか、もっと本質的な意味があるのかという点である。それは近年個別教育こそが、個性にあった教育方法で、一斉授業は子どもたちのニーズに合わないという考え方が広まっていることによって、「学級」の意味が違ってきたように感じるからである。
最終更新:2007年04月28日 22:35