この章は世界の教育を考察する前に、日本の教育を概観する目的で書かれたものだが、こうしたテキストを書いた当初のものなので、今は大分古くなり、日本の教育も様相が変化してきている。しかし、この間外国研究に重点をおいていたために、今回この章を書き直すことができなかった。そのため、この講義の最後までに書くことを約束して、前のままの原稿と、これまたかなり前に雑誌に書いた中等教育改革の国際的動向(といってもヨーロッパのことだが)の文章を後半に添えて構成することにした。国際的な考察は横断的なものであるが、歴史的、つまり縦断的な考察も必要であることを考えると、こうした昔の文章を読むことも無意味なことではないと思われる。
1-1 世界は日本教育の何を参考にしようとしているのか
日本人は、日本の教育を気に入っているのだろうか。答えは、否定的なような気がするのだが、どうだろうか。
私がオランダに研究に行って、オランダの教育を気に入っているか、と聞いた人の多くは、肯定的であった。もちろん、オランダの教育が、日本より勝っている面もあるが、また、劣っている面もあるだろう。
しかし、日々受けている教育を肯定的に捉えるか、否定的に捉えるか、かなりの相違があると思われる。入試地獄、校内暴力、
いじめ等、日本教育の問題点は、いろいろと数え上げることができる。しかし、国際的に見れば、日本の教育は、ある面で高い評価を得ているのである。
日本の経済成長が、世界から注目されていた時、その秘密の大きな部分が、日本の教育に帰せられていた。つまり、日本の学校教育が、優秀な労働者を育成した結果として、日本の高品質による経済力が形成されたというわけである。NHKなどが、さかんに、外国で日本の教育から学ぼうとしている姿を放映したものである。
そうして、世界各地で、日本教育のさまざまな要素が取り入れられていった。
1960年代には、「近代化理論」として、アジアで唯一近代化した日本の秘訣を、国家的な教育制度に求めた理論がアメリカを中心に主張されたが、70年代の後半からの石油ショックから、いち早く立ち直った日本の経済の秘密のひとつもまた、教育に求められた。
イギリスでは、サッチャー政権において、カリキュラム内容に国家が関与しない「自由主義」の伝統を破り、ナショナル・カリキュラムを制定した。学校で教えるべき教育内容を、国家が基準として定め、それに基づいて試験をしていく「品質管理」的要素であった。特にアメリカは、国家的危機に対処ため目的で、日本の教育から学ぶことが、多くの公的文書で紹介、提案された。
89年9月に、アメリカで大統領と知事などによる教育会議が開かれた。その折の世論調査で、アメリカ人の70パーセントが、教育内容の全国基準と全員による全国学力テストを望んでいるという結果が出たそうである。しかし、これらの国においても、学習指導要領に基づく「教科書検定」を行い、学習指導要領に沿って授業が行われているかをチェックする「視学官」の学校訪問、授業参観が行われることを、全国一律に普及させるようなことはない。
少し、外国人による日本教育の観察を見てみよう。
かなり以前のものであるが、京都で開催された教育会議を報告したワシントンポストの記事がある。
称賛されるべきだが、移入は容易でない」と題されたその記事は、教師の質の高さ(東京では教員採用試験の倍率が10倍と報告している)、国家基準による教育目標の明確さ高い道徳水準、勉学に集団で取り組む姿勢、生徒たちのけじめなど、日本社会の同質性に基礎をおいて教育の質の高さに、率直に高い評価を与えている。しかし、一方でそれを個人主義的なアメリカにもってくることには、困難性とともに、妥当性に対しても慎重な評価をしている。考慮に値するとはしているが。
このアメリカ人たちは、おそらく何校かの学校を見学したのであろうが、しかし、外国人の見学者の前では、おそらく普段と違って、実に熱心な勉強姿勢を、子どもたちは示しただろう。
しかし、当時から、日本の教育全体に対する高い評価は、ほとんど存在しなかった。さまざまな長所を持ちながら、重大な欠陥をもつとしている。特に、日本の初等・前期中等教育に学ぶべきものが多いとしながら、大学教育について、ほとんどが否定的評価を受けていた。更に、最近では日本の経済の低迷と、
小学校や中学校におけるいじめによる自殺などの問題の頻出という点から、日本の教育から学ぼうという姿勢は、小さくなっているように思われる。特に最近は、いじめによる自殺だけではなく、学級崩壊という現象が盛んに言われるようになったから、評価はある程度低下していると思われる。
ただ、そうした時代の変遷を踏まえて、我々が学ぶ日本の教育を、国際的視野で検討することが必要であろう。
ここでは、外国には日本の教育がどのように写っているのかを検討しつつ、日本の教育の特質を検討する。
Q 日本の教育の特質はどういうところにあると考えるか。自分でまとめてみよう。
1 カリキュラムの全国基準は、望ましいか。
2 その基準は、どの程度、授業を拘束するべきか。
3 日本の学校の訓練的要素をどう評価するか。
最終更新:2007年09月25日 20:16