さて、もう少し、本格的に日本の教育を紹介したものを見ておこう。
イギリスの国営放送であるBBCが日本の学校を取材した番組がある。
関西の
小学校、中学校に数カ月カメラを持ち込んで取材した、本格的なドキュメンタリーである。\footnote{もっとも、こうした外国人スタッフによる日本の学校取材については、常に注意すべきことがある。
特に、日本の学校では、訓練的要素が強く、従って、授業中も静かに、先生が全員に一斉に話す内容を聞いている、というような内容が多く出てくるが、外国人が取材に来て、授業を見ている間は、普段どんなに騒ぐ生徒でも、静かに聞くものである。そうした普段との相違を、その時だけ見る外国人は把握できない。}
長い番組なので、番組進行の要点を箇条書きに記す。
東大合格をめざす教育 東大の合格発表の風景
文部省 教室の広さや声の大きさまで規定 → 世界でもっとも画一的な教育
大阪の小学校 漢字・算数(レベル高い)
よい日本人になるための教育(給食)
いきていくうえで必要なことを学ぶ
道徳 規律、忍耐などの重要性
大阪の中学 どこでも同じ教育が行われている。
ひとつの型にはめ込んでいく。
きびしい雰囲気 制服(100年前)生徒管理の一環
教育体制のプレッシャー
校長は、長く教師を勤めた人
だれもがいい高校に入るために努力
能力別クラスはないので、いろいろな生徒 → 教える側も難しい
教え合いなども追及
くだけた雰囲気などはない。
平均的な学力
世界的に難解な日本語学習が、中学でも続く。
先生がいうことをノートにとり、自分から意見を言うことはほとんどない。
英語では文法に重点、試験の点数を重視
放課後も人格形成 掃除(公共物を大切にし、自律性を培う)
学校は部活動のために、学校が開いている。
部活動は成果だけではなく、所属することに意味があると考えられている。
教師は魅力ある職業だが、大変だが、学校に10時間いる先生もいる。
服装検査、遅刻検査(風紀委員) 生徒たち自らの管理
「学生服の下に体操服を着ている生徒がいるが」
いじめ、自殺深刻になっている。(ただし、自殺は欧米より少ない。)
授業はテスト中心 最大のテストである入試後は、学力別に振り分けられる。
保健室での様子
校長の話 画一的な教育への批判意識
人格が教育の目的
体育祭 小石を拾う生徒(小石を拾う行為そのものが人格形成に役立つと考える)
個人の成績は重視されない。参加すること、全力を尽くすことが大切
土曜も授業 授業数多い。数学と理科は世界でトップ
日本ではできる生徒とできない生徒の差が小さい。
いつもより長い塾 答えは選択式 自分の考えを記述することはない。
高校進学説明会 居眠する親や教師(校長の談話中)
日曜日の参観日
卒業式 文部省は国旗掲揚、国歌斉唱を義務づけている。日本人としての自覚
人種問題、経済状態の問題等の欧米的問題を抱えていない。
塾 学力別のクラス
半数以上が通っている。
同じ欧米の生徒よりずっと難しい問題
喫茶店でまつ親
帰宅後も宿題 4当5落
母親の談話 人格を捨てなければ受験に勝てない。
個性を殺しているという批判が全国的に起きている。 政府は教育を改革しようとしているが、何も変わっていない。
日本の教育の業績は、多くのこどもにレベルの高い教育を与えて、産業社会への準備をしたことにある。
BBCが強調していることは、給食や掃除の「集団行動」を道徳的な教育として位置付けていること、小さい頃から、学校が終わってからも、塾に行って、余計に勉強すること、部活などに多くの時間を割いていること、入試が、生徒の意識を占めていることなどである。
日本の教育の内で注目される度合いが強いのは、「訓練」的要素である。体育や行事での集団行動、給食や掃除の実施など、多くの先進国では見られないから、これが、日本教育の特質として把握されたのである。
以上である。
こうした把握は、1970年のOECD調査団が、「日本の青年は、18歳のある1日で人生が決定される」と書いた報告書から、ずっと一貫してあった。
1971年のHarumi Befu "Japan -- an Anthropological Introduction" も同趣旨の分析をしている。
日本では、徳川期から、民衆の教育要求が高く、文盲も少なかった。明治になって、伝統的な価値と近代的価値とを共存させた政府による教育振興で、教育は第一義的な重要性を持つようになった。戦前は、男女の区別が大きかったが、戦後はそれも減少し、国民は教育の価値については、疑いをもっていない。
しかし、特定の名門校に対する偏重から、入試地獄と大学入学後の不勉強という問題を抱えているという趣旨の分析になっている。(p143-148)
ところで、非常に興味深いのは、この書では、日本の学校は、「公立」学校が中心で、「私立」は財政的な基盤が弱いので、重んじられていない、とされていることである。
1970年は、日本の高校における「私立」と「公立」の逆転が始まった年なのである。
一方、この書物では、「いじめ」はまったく問題にされていない。97年3月に、BBCは日本特集を組んだが、そこての日本の子どもや学校の紹介は、麻薬であり、援助交際であった。日本への注目の仕方がかなり異なってきているのかも知れない。
最終更新:2007年09月25日 20:18