「・・・どうしたんですか、界刺さん。その憔悴し切った表情は?」
「界刺様!何処かお加減でも悪いのですか!?顔が赤いですよ!?」
「苧環。君は、バカ界刺と一緒に居たんだろ?何があったん・・・うん?何で、君も顔が真っ赤っ赤なんだ?」
「鬼ヶ原さん!得世様の具合が悪いようなのですが、何か知りませ・・・あらっ?どうしたんですか、そのお顔は?もしや、熱中症ですか!?」
2階にあるベランダで、界刺達を出迎える一厘、月ノ宮、形製、真珠院の4人。
パラソルの下で椅子に腰掛けている彼女達の前に現れた界刺、苧環、鬼ヶ原の3人はいずれも疲れ切った顔をしていた。特に、界刺の疲労困憊ぶりは顕著であった。
「え~と・・・」
「ん~と・・・」
「雌2匹が発情して、俺に襲い掛かって来た」
「「「「何いぃー!!!??」」」」
界刺の言葉に、もちろん反応する少女達。
「お、苧環様・・・!!や、やっぱり界刺様のことを好いておられたのですね!!このサニーの見る目は、やっぱり正しかったんですね!!」
「ちょっ!?ま、待ちなさい、月ノ宮!!だ、誰がこんな男のことを・・・!!」
「そんな男はこの雌に耳朶を甘噛みされ、慎ましい胸を顔に押し付けられ、果ては指を口に含まれました」
「ブッ!!」
「苧環!!き、君は・・・君だけはあたしを裏切らないと思っていたのに!!!」
「苧環!!か、界刺さんに何てことをしているの!?というか、何でそんなことをしたのよ!!?」
「そ、それは、この男の女性不信症を治そうと思って・・・」
「正確には、『“女”の体を使って俺を発情させようとした』・・・だろ?」
「ブッ!!!」
「な・・・な・・・!!お、苧環・・・!!君は・・・そんなにも破廉恥でふしだらな女性だったのか!?今の今まで知らなかったよ!!」
「け、軽蔑しちゃう・・・!!・・・しばらくの間、私に話しかけないでね、苧環」
「形製!?一厘!?わ、私の話を聞いて・・・」
「そういえば、最後には発情最高潮みたいな感じで、俺の頬に自分の頬を摺り寄せて来たなぁ・・・」
「・・・・・・フン!」
「・・・・・・プイッ!」
「(ッッ!!!わ、私・・・何であんなことを・・・!!ほ、本当に・・・は、はは、発情していたって言うの!?界刺に!?
ま、まさか、私は・・・界刺のことを・・・!!!)」
形製と一厘に軽蔑されてうろたえる苧環の横で、鬼ヶ原は真珠院と月ノ宮の質問攻めを喰らっていた。
「は、発情というか・・・苧環先輩に習って胸を界刺様の顔に押し付けてみたり、耳朶を噛んでみたり、首筋を流れる汗を舐めてみたり・・・」
「す、すっごいですね、鬼ヶ原さん!!大胆過ぎます!!そして、苧環様はやっぱり界刺様がお好きでいらっしゃるんですね!!」
「鬼ヶ原さん!得世様のお体はどうでしたか!?やはり、逞しかったですか!?」
「う、うん。む、胸板とか腹筋とか触ってみたけど・・・結構鍛えられていたと思う」
「さすがは界刺様!毎朝私と不動様と一緒にトレーニングをしていますからね!!」
「つ、月ノ宮先輩!?そ、それって本当ですか!?」
「もちろん、本当です!!」
「・・・そのトレーニングに、私も参加することはできませんか?」
「・・・私も参加してみようかな。月ノ宮先輩・・・」
「う~ん、う~ん・・・。こればっかりは、界刺様や不動様の許可が居ると思います!!今度、界刺様と不動様が揃った時に聞いてみますね!!」
「「お願いします!」」
「(この娘達・・・。何時の間にか、俺の状態を全然気にしなくなったな。やっぱ、女は勝手な生き物だな、うん)」
憔悴している自分をほったらかしにして、勝手に騒いでいる少女達。それを見て、界刺は決意を新たにする。
彼は、苧環と鬼ヶ原の“女”地獄にギリギリ耐え切ったのである。つまり、発情はしなかったのである(逆に、発情した苧環と鬼ヶ原が根負けしたのである)。
1時間にも渡る激闘を制し、界刺は力無く椅子に座っていた。そんな時に・・・
「あ、あの~」
「うん?誰、君?」
界刺に話し掛けて来た明るい茶髪をツーサイドアップにした常盤台生。彼女の名前は
遠藤近衛。界刺達が来る前からこのベランダに居た常盤台生。
「あっ!?す、すみません・・・。遠藤は遠藤近衛って言います!」
「・・・ようは、遠藤ちゃん・・・かな?」
「は、はい!」
どうやら、この少女は自分のことを『私』では無く『遠藤』というように苗字で呼んでいるようだ。
「んで?俺に何か用?」
「え、え~と・・・。え、遠藤は、あなたにお伺いしたいことがあります!」
「・・・何?」
「私の能力は、『絶縁帯電』という電気系能力です!」
「(・・・この流れは、リンリンや珊瑚ちゃんの時と同じ・・・)」
界刺は、遠藤の言葉と雰囲気から今朝のことを思い出す。その予感通りに、遠藤は言葉を紡いで行く。
「私自身は電気を生み出すことはできませんが、静電気とかの微弱な電気を集めて帯電・放電することができます」
「・・・それで?」
「どう思いますか、遠藤の能力は?」
「どう?どうとは・・・?」
「えっと・・・その・・・印象とか感想とか・・・」
遠藤は視線を下に向ける。こういう態度を取る時は、自分(の能力)に自信が無い時。そう判断した界刺は、そんな遠藤の事情なんざ知ったこっちゃ無い的な台詞を発する。
「冬とかに便利そうだね。静電気を除去したりとか」
「や、やっぱりー!!!」
遠藤は、大げさにガッカリする。その返答を予想した上でそんな状態なのだから、予想していなければ、更に大きなリアクションを取っていたことだろう。
「・・・別にいいですよーだ。どうせ遠藤は、冬場に便利な静電気クリーナーなんですから」
「・・・ねぇ。君って確か、午前中の“講習”の時に外国人風の女の子達と一緒にいた娘だよね?」
「は、はい!それは、フィーサ様やマーガレット様のことを仰られているんですか?」
「・・・2人のフルネームは?それと、君はどちらかがトップの派閥に入っていたりするの?」
「フ、フルネームは黒髪の方が
フィーサ=ティベル様、茶髪の方が
マーガレット=ワトソン様です。
そして、遠藤やマーガレット様は、フィーサ様の派閥に属しています。それが何か・・・?」
「両者のレベルは?何が理由でその派閥はできあがったの?」
「えっ!?え、え~と、マーガレット様はレベル3、フィーサ様はレベル4です。派閥については、宇宙工学に興味のある方々が集ってという形ですね」
「他の派閥と交流とかってあったりする?」
「ええっ!?あ、余り無いですね。興味自体が合いませんし、派閥のトップで居られるフィーサ様は少し気位が高い人なので・・・」
「君は、彼女達の了解を取って俺に相談しに来ているのかい?」
「い、いえ!本当なら、これから派閥の皆さんで午後のお茶会を開催する準備があるんですけど、遠藤は黙って抜けてきちゃいました・・・。後ですごく怒られますね」
遠藤の返答に、目を瞑り思案を纏める界刺。あわよくばと思っていたが、この流れは・・・
「(この遠藤って娘の態度を見る限り、きっとフィーサって派閥の長は・・・。この手のタイプは、俺の“素人集団”発言に我慢できないタイプの筈。
そして、ここには別の派閥の長が居る。偶然にも電気系の長が。だったら・・・利用しない手は無い!)」
「あ、あの~」
界刺が急に黙ったのを不審に思った遠藤が話し掛けて来る。その声に、思考を纏めた界刺は応じる。
目に見える常盤台の在り方の1つを根本的にぶち壊すために―ちなみに、これは界刺自身が非常に気に入らないことでもある―碧髪の男は『詐欺話術』を開始する。
「遠藤ちゃん。君は、自分の能力について悩んでいる。『何で、遠藤の能力ってこんな使い所の無い能力なんだろう』って」
「!!」
驚きに染まる表情。男はまず、獲物を仕留めるための誘い水を撒く。
「そして、君は俺にアドバイスを求めて来た。常盤台生を4人も撃破した応用力を持つ俺なら、
自分の能力についても何かアドバイスを貰えるんじゃないかって。違うかい?」
「・・・・・・そうです」
俯く顔。か細い声。男は次に、獲物を仕留めるための疑似餌を撒く。
「だけど、残念ながら俺は光学系能力者。君のような電気系能力者じゃ無い。こんな俺がどうやって・・・」
「あ、あなたは一厘様や真珠院さんに適切なアドバイスを送ったとお聞きしています!!」
「(掛かった!)。それは、本人達から聞いたのかい?」
「・・・はい。あなたが来る前にこちらで」
希望に縋る声色。必死な表情。男は、獲物を釣り針に引っ掛けた。
「・・・確かに俺は彼女達にアドバイスを送ったかもしれない。でも、それは彼女達が自分で見出すための切欠作りでしか無い。
つまり、見出せるかどうは当人次第ってわけ。それでも、君はいいのかい?」
「は、はい!!わ、私の能力が成長する切欠だったら・・・何でも!!フィーサ様の派閥の一員として恥ずかしくないようになるためだったら・・・!!」
「(やっぱり・・・。この娘、フィーサって娘に適切なアドバイスを貰えないのか、逆に貰おうとしていないな。
それは、つまりフィーサって娘の人となりを予測する材料になる。『気位が高い』だったか。
ってことは、『自分の面子を潰されることを嫌う』可能性が高い。しかも、同列に位置する人間なら余計に!
それに、派閥の性質も見えて来た。んふっ・・・気に入らないなぁ・・・!!こんなモンは、さっさと潰すに限る!!)」
自身に渦巻く怒りの感情を、しかし表には一切出さない。優秀な釣り師とは、獲物に自分の挙動を悟らせないものである。
それが、“本命”を引き寄せるための“釣り餌”でしか無いのなら尚更。
「・・・いいだろう。君の力になれるかはわからないけど、アドバイス的なものならできるかもしれない」
「あ、ありがとうございます!!」
まずは、“釣り餌”を釣り上げた。そして、休む間も無く男は本命を呼び込むための撒き餌を行う。その“役”に声を掛ける。
「そういうわけだから・・・苧環!!ちょっと来い!!俺を苦しめた罰ゲームだ!!君の力を俺に貸せ!!」
「・・・というわけだ。電気系については、君が専門だろ?この遠藤ちゃんに、何かアドバイスできることはない?」
「・・・アドバイスの前に、この娘ってフィーサの派閥に属している娘よね?私、以前にフィーサの奴に色々馬鹿にされたことがあるんだけど?」
「と、殿方!!お、苧環様はフィーサ様と同じ派閥のトップに居られる方です!!そ、そんな方に遠藤がアドバイスを貰うなんてことは・・・」
界刺に呼び付けられた苧環は、フィーサの派閥に属する遠藤にアドバイスを送ることに難色を示す。
遠藤の方も、苧環に習うことが自分が属する派閥の長であるフィーサの機嫌を損なう可能性が高いことを知っているために、アドバイスを拒否しようとする。
だが、この碧髪の男が、この
界刺得世がそんな甘ったれたことを認めるわけが無い。両者に向けて、界刺は普段見せない厳しい視線を送る。
「それが、どうした!?同じ電気系能力者なら、互いに教え合い、互いに競い合い、互いに成長して行くってのがあってもおかしく無いんじゃねぇのか!?
苧環!君は、自分と同じ電気系能力者のサニーに色々手ほどきしているって聞いてるぜ?」
「そ、それは私の派閥の属している後輩なんだから当たり前・・・」
「だったら!!常盤台中学1年生、君からしたらサニーと同じ後輩に当たる彼女にだってアドバイスを送ってやることはできるんじゃないのか!?
それとも、遠藤ちゃんが君に対して何かしたわけ!?」
「そ、それは・・・」
「していないんだろ!?だったら、彼女にアドバイスしてやれ!そりゃ、能力を分析して行く中でアドバイスの余地が無いってんなら仕方無い。
だが、その前段階・・・つまり今の時点ではそんなことはわからないだろうが!!そんなんだから・・・お前は俺に勝てねぇんだよ!!!」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
界刺の怒声が、ベランダに吹き抜ける。苧環や遠藤だけでは無い、そこに居る真珠院、鬼ヶ原、月ノ宮、一厘、形製も、界刺の言葉に驚愕する。
「お前さ、本当に俺を超える気があるわけ?そんな体たらくで?フッ、笑わせんな。そんな態度じゃあ、何時まで経っても俺に追い付けねぇぞ?」
「(この変わりよう・・・。何かある・・・。界刺には、何か別の狙いが・・・)」
言葉を向けられている苧環は、界刺の態度を真に受けない。彼がこんなことをする裏には、きっと彼なりの理由がある。それについて考えを及ぼしていた時・・・
『・・・何を考えているの?』
『・・・大したことじゃ無いよ』
「!?」
あの木陰で会話したことを思い出す。
「(そういえば、あの時の界刺は私に派閥のことを色々と聞いて来たわ。
友達や派閥内にお願いできる人がいない鬼ヶ原の『発情促進』を訓練する方法を色々考え・・・ハッ!!)」
そして、ある可能性に気付く。それは、常盤台に存在する在り方の1つを潰す可能性。派閥の長である苧環だからこそ、気付くことができた可能性。
「(まさか・・・界刺の狙いって・・・!!)」
苧環は、視線をぶつける。自分を挑発するような表情を、視線を向けて来る界刺の瞳に、自分の瞳から出る視線を真正面からぶつける。
「・・・何だよ?何か言い返せることがあるんなら言ってみろよ?」
「(あなたって人は・・・本当に正直じゃ無いんだから。界刺らしいと言えばらしいけど。フフッ)」
思わず笑みが零れてしまいそうな自身の表情の緩みを我慢する苧環。彼女の腹は、もう決まっていた。
「(いいわよ、界刺。あなたが為そうとしていることの結末を、私も見てみたい!!
あなたのためなら・・・私は・・・。クスッ、月ノ宮の指摘も案外的外れじゃ無いのかも。・・・あなたに惚れちゃったかもしれないわね、界刺・・・さん・・・!!)」
苧環は、一歩前に出る。毅然とした態度で、目の前の男に応える。
「わかったわよ。やるわ。やらせて頂きます。罰ゲームだって言うんなら、仕方無いわね。
それに、あなたの言う通り同系統能力者が自分の能力の在り方に困っている様子を見せられたら、私も何だか落ち着かないし」
「苧環様・・・!!」
「・・・ふぅ。最初っからそう言えよ。本当に苧環はダメダメだなぁ」
「・・・あなたに骨抜きにされたからね(ボソッ)」
「ん?」
「いえ、何でもないわ」
界刺の疑問の声を無視し、苧環は遠藤に相対する。
「とは言っても・・・自分で発電することができない以上、スタンガンみたいな電流を確保できる物を常に持っておくくらいしか無いんじゃないかしら。
もちろん、訓練した後に自分の力で発電できるようになればいいんだけど」
「スタンガン・・・ですか?え、遠藤ってそんなに大きな電圧を最初から帯電することはできないんです。
あくまで静電気程度の微弱な電気を溜めて溜めて、そして放電するっていう能力なんです」
「ふ~む。とすると・・・。う~ん・・・」
「ねぇ、遠藤ちゃん。その帯電可能な電気の幅ってのはどれくらいなの?」
遠藤と苧環の会話に、界刺も加わる。
「け、結構大きいです。それが理由でレベル3に認定されましたから」
「となると・・・苧環」
「そうね。それを生かす方法を探さないと」
「その方法は“もう思い付いている”んだけどねぇ、能力的に放電の指向性って奴を精密にはコントロールできなさそうだからなぁ・・・。
溜められる最初の電圧の上限を上げる訓練も必要だろうな。遠藤ちゃんの向き不向きもあるだろうけど。他にも・・・」
「・・・ねぇ、界刺?」
「うん?何?」
苧環は、自分が惚れた男の言葉に頭を抱える。この男、何とも無い風な口調の中に聞き逃せない言葉を平気で混ぜる。
しっかり聞いておかないと、この男には付いていけない。その上、通常はこの上に嘘やデタラメを自然に上乗せしているのだからタチが悪い。
「ハァ・・・。あなたの頭の中にある、“もう思い付いている”ことをこの娘に教えてあげたらどうかしら?」
「・・・ふ~ん」
「・・・何よ?」
「いんや、ちょっとした確認だよ。俺に骨抜きにされた割には、頭が回ってるなぁって」
「ッッ!!!あ、あなた!!き、聞いて・・・!?」
「さて、遠藤ちゃん。苧環がこう言ってるし、俺が“思い付いた”ことを言ってもいいかな?」
「は、はい!お願いします!!」
零した言葉を聞かれていた苧環が狼狽するのを無視し、界刺は遠藤へある提案をする。
「サニーこと
月ノ宮向日葵とコンビを組んでみるってのはどうかな?」
「えっ・・・!!?つ、月ノ宮様と・・・!?」
「界刺・・・!!?」
「そう。サニー!ちょっと、こっちに来て!!」
「は、はい!!何でしょうか、界刺様!?」
遠藤と苧環が驚きの声を挙げる中、界刺は月ノ宮を呼ぶ。
「実はね・・・かくかくしかじか・・・というわけなんだ」
「まるまるうまうま・・・成程!!」
界刺は、現状微弱な電気しか帯電できない遠藤のパートナーとして、発電能力が苦手な月ノ宮を指名した。
月ノ宮の『電撃使い』としての得意分野は磁力関係である。逆に、苦手分野は電撃系能力である。
但し、苦手とは言っても全く発電することができないかと問われれば否である。
月ノ宮の苦手、つまり弱点を遠藤の『絶縁帯電』がフォローし、同時に遠藤が操る微弱な電気を月ノ宮が補給することを界刺は提案したのである。
「遠藤ちゃん。確認するけど、君んトコの派閥には電気系能力者は居ないんだよね?」
「!!そ、そうです。よ、よくわかりましたね」
「まぁね。で、どうだろうか、遠藤ちゃん?サニー?俺の提案は、君達電気系能力者にとって頓珍漢な物だろうか?」
「い、いえ!!す、すごくいい提案だと思います。・・・で、でも・・・」
「私も界刺様の提案はバッチグー!だと思います。・・・で、でも・・・」
「『派閥が違う者同士では、コンビを組めない』かい?」
「「!!」」
遠藤と月ノ宮は、界刺の声に、視線に言葉を詰まらせる。厳しい視線が、2人に突き刺さる。
「気に入らないねぇ、その考え方。珊瑚ちゃんや苧環、嬌看にも聞いたんだけど派閥間の交流ってのは盛んじゃ無いらしいね。むしろ、閉鎖的な傾向って聞いたよ?
ということは、属する派閥の違う者同士が必要以上に親しく付き合うのは好ましく無い的な・・・所謂暗黙の了解みたいなものが、この常盤台には存在する。違う?」
「そ、そうですね・・・」
「か、界刺様の言う通りです!!」
「フッ、馬鹿だよな。何で、自分を高めるチャンスを自分で棒にふってんのか、俺には理解不能だよ。むしろ、そんな棒にふってる君達を思いっ切り虚仮にしたいくらいさ」
「「!!」」
言葉が痛い。鋭利な刃物のように、胸に、心に突き刺さって来る。
「・・・例を出そう。俺の友達に、
不動真刺っていう男と
仮屋冥滋って男が居る。2人は別々の学校に通っているが、今尚親友だ。サニーは、もう知ってるけど」
「(あの2人か・・・)」
界刺は、己が仲間のことを脳裏に思い浮かべる。苧環も、昨日界刺と共に居た男達を思い浮かべる。
「不動って男の能力は気流操作系で、簡単に言えば強力な衝撃波をブッ飛ばす能力だ。一方、仮屋って男は念動力系で、簡単に言えば空気を纏って空を飛べる能力だ」
「は、はい」
「だが、不動の能力は威力こそ高いものの範囲が狭いって弱点があるんだ。その弱点をフォローしたのが、仮屋って男の能力だ。
簡単に言えば、不動が操作する衝撃波そのものを仮屋が支配下に置く空気とすることで、衝撃の拡散や威力の指向性を高めるって具合だ。
しかも、仮屋の能力によって不動の衝撃波自体がより強力なものになっている。これは、2人の能力を組み合わせた結果によるものだ」
「す、すごい・・・!!」
「不動様と仮屋様にそんな協力技が・・・!!」
遠藤と月ノ宮が驚嘆する中、界刺はいよいよ本題へと移って行く。
「わかるか?1人じゃどうしようも無い弱点や実現不可能なことも、誰かと協力することで克服したり実現可能にしたりすることができるんだ。
君達は、互いに自分の弱点をうまくフォローし合えるコンビなんだ。それを、『派閥が違うからコンビは組めない』ってことにしちまうのか!?
仮に、『2人の相性とかが合わなくてコンビは組めません』って話なら理解できる。納得もできる。
だけど、『派閥が違うから』ってのはおかしく無ぇか?それは、自分で“自分自身”の可能性を否定してんじゃ無ぇのか?
君等、そんなに“自分自身”を否定するのが好きなのか?・・・自分(テメェ)の馬鹿っぷりを“自分自身”に晒すのもいい加減にしろよ、お前等・・・!!!」
「「・・・!!!」」
憤怒。その感情が、声に、視線に、態度に表れている界刺に対して少女達は言葉を失う。
『何でそんなに自信が持てないかね?ホント“自分”が可哀想だぜ?「まだ力はあるぜ」とか「もっと頑張れるぞ」とか“自分自身”が言ってるかもしれないのに。
自分のバカっぷりのせいで、碌に“自分自身”を見ようとしない、聴こうとしない、そもそも気付きもしない・・・アホか?
そんなに自分のマヌケっぷりを披露したけりゃ余所でやれ。1人でやれ。そいつ等は他人に頼る前に、まず“自分自身”に頼れよって話だ』
「(あの言葉は、そういう意味でもあったのね。・・・ということは、2人のコンビ結成を提案しているのも・・・。やっぱり・・・本気なのね、界刺さん?)」
苧環は目を瞑り、目の前の男が零した言葉を反芻する。反芻して、自身月ノ宮が属する派閥の長として、確と意志を表明する。
「私は構わないわよ?月ノ宮と遠藤がコンビを組むことを認めるわ」
「「苧環様!!?」」
2人同時に驚愕の声を挙げた月ノ宮と遠藤に、苧環は優しく語り掛ける。
「私も、最近色んなことを学んでね。派閥とかそんなものに囚われすぎるのも良くないって考えるようになったの。
本人達のためになるのなら、色んな人に師事するも良し、一緒に協力して己を高めるのも良し、それを・・・長である私が止める権利は無い。
もちろん、ちょっぴり心配ではあるし嫉妬とかもしちゃうけど・・・でも、本人達がよかれと思って決めたことなら私は理解するわ。
月ノ宮。これは、あなたから学んだことよ?・・・ありがとう」
「苧環様・・・!!」
苧環の感謝の言葉に、月ノ宮は感激する。この人に付いて来て良かったと、月ノ宮は心の底から思う。
「・・・・・・」
「ん?何?」
「・・・あなたになら、言わなくてもわかってくれると思うから・・・視線だけで」
「さぁ?良くわかんねぇな」
「・・・本当に面倒臭い男。その・・・あの・・・あ、ああ、ありが・・・」
「とまぁ、無駄口はこの辺にするとして!」
「ッッ!!!・・・ハァ~、何でこんな男に惚れちゃったのかな(ボソッ)」
無駄口を切り上げた界刺は、遠藤に対峙する。ここが、勝負所。
「遠藤ちゃん。君の意見を聞きたい。誰に強制されたわけでも無い。君の、君自身の意思を俺は聞きたい。君は、俺の提案についてどう思う?」
「・・・・・・」
場に緊張した空気が流れる。界刺と遠藤の視線が衝突する。数十秒後、遠藤は己が意思を明らかにする。
「え、遠藤は・・・界刺様の提案をお受けしたいです!!も、もしお許し頂けるのなら、月ノ宮様と一緒に・・・2人で頑張りたいです!!」
「・・・サニー。君はどう?」
「バッチカモーン!です!!私にとっても、新しいお友達ができるってことですし!!サニーは大歓迎です!!
そうだ!!遠藤さん!真珠院さん!鬼ヶ原さん!どうせなら、私達4人で1つのグループを作りませんか!?」
「「「えっ!!?」」」
月ノ宮の唐突な提案に、遠藤・真珠院・鬼ヶ原は虚を突かれる。
「派閥とか関係無しの、普通のお友達グループです!!苧環様!界刺様!どうでしょう、サニーの提案は!?」
「・・・いいんじゃないかしら?どう思う、界刺?」
「俺も問題無いと思うぜ?お~い、そっちに居る女性陣もこっちに来てごらん!」
界刺の号令を受けて、他の女性陣も集って来た。
「珊瑚ちゃん。嬌看。どうだろう、サニーの提案は?珊瑚ちゃんは、確か今んトコはどの派閥にも属していないんだよね?」
「は、はい。・・・そうですわね、派閥じゃ無くお友達グループなら・・・私もいいと思います」
「嬌看。君は、確かどっかの派閥に入っているんだよね?・・・どうだろう、彼女達に『発情促進』制御向上のための協力者になって貰うってのは?」
「「えっ?」」
「か、界刺様!?」
「もちろん、まずはお友達としてだよ?彼女達もすぐにってのは無理だろうから、ここからは君の努力次第だ。
この3人とちゃんとした友情関係を構築した後に、お願いしてOKを貰えたらって話。
勘違いしちゃ駄目だよ?能力制御が最大目標じゃ無い。ちゃんとした友達が1人も居ない君が、彼女達と関わって行く中で友情を育めるかってのが一番重要なんだ。
んふっ、友達はいいもんだぜ?騒いで、馬鹿やって、喧嘩も時々あって、でも一緒に笑い合える。そんな人間を・・・君も見付けるべきだよ、嬌看?」
「友達・・・友達・・・友達・・・」
界刺の言葉を受けて、鬼ヶ原はしばし思案に耽る。そして、月ノ宮、真珠院、遠藤の3人に体を向ける。
「・・・も、もしよろしければ・・・わ、私を・・・み、皆さんのグループに入れて頂けま・・・バフッ!?」
オドオドした物言いながらも言葉を放つ鬼ヶ原に、月ノ宮が抱き付いて来る。
「つ、月ノ宮先輩!?」
「これからは、サニーって呼んで下さい!鬼ヶ原さんは、私達のグループの一員なんですから!!」
「ッッ!!」
その言葉を理解した瞬間、何故か目頭が熱くなる。月ノ宮の体温が、自分の体に張り巡らされた感覚を刺激する。
「確かに、いきなり『発情促進』の相手役というのは抵抗があります。だけど、それは徐々にやっていけばいいことだと思います。
仲良くなって、信頼関係を築いて、その後ならサニーは喜んで鬼ヶ原さんの力になります!!その覚悟は、とっくにできています!!
それに、これは私が提案したことです!!改めて界刺様に問われなくても、サニーの心はもう決まっています!!鬼ヶ原さん!!私達と一緒に行きましょう!!」
「・・・え、遠藤もそれでいいと思います」
「あら・・・。フッ、そうですわね。友達というのは、多ければ多い程楽しそうですし」
「え、遠藤さん!?真珠院さん!?」
遠藤と真珠院も近付いて来る。彼女達も、心を、覚悟を決めた。
自分達と同じ己が能力の在り方に苦しむ少女を見て、放って置くこと等できない。
自分達に厳しい言葉を浴びせながらも導いてくれた碧髪の男のように、今度は自分達も。
「遠藤も、色んなお友達を一杯作りたいです!鬼ヶ原さん・・・一緒に頑張りましょう!!」
「あら、遠藤さんって意外に威勢がいいですわね。フッ、では私も・・・その威勢の良さを見習うとしましょうか!」
「皆さん・・・!!あ、ああ、ありがとうございます・・・!!」
「それじゃあ、決まりですね!!このサニーこと月ノ宮・遠藤さん・真珠院さん・鬼ヶ原さんの4人でグループを結成です!!!
そして、グループに名前も付けちゃいましょう!!グループ名は・・・え~と・・・」
「『引力乙女<アトラクトレディ>』・・・というのはどうかな、サニー?」
「『引力乙女』・・・ですか?」
界刺が提案したグループ名に、首をかしげる月ノ宮。他の3人も同様に。
「そう。君達の能力から連想してみた。君達の能力は、いずれも『何かを引き寄せる』力がある。磁力で、電子で、念動力で、誘惑で。
引き寄せる力・・・つまりは引力。そんな力を持つ乙女達の集団にふさわしい名前だと、俺は思うわけだが・・・どうかな?ちょっとカクカクしてるかな、発音的に?」
「界刺様・・・!!ベ、ベベ、ベリーグッドな名前です!!!さすがは界刺様!!このサニー、感服致しました!!」
「引力か・・・。いいですね。遠藤も気に入りました!!」
「あら・・・。乙女・・・乙女・・・得世様は確かに私を乙女と・・・!!フフッ、何だか胸にストンと来るものがありました。私も、その名前に賛成ですわ!!」
「界刺様に名付けて頂いた・・・。これだけのご厚意を受けた以上、私も『発情促進』の制御向上に本気で取り組まないと!!
自分のために!!そして、自分を信じてくれる皆さんのために!!」
「(・・・これで、俺のネーミングセンスはまともだということが証明されたな!よし、店長に自慢してやる!!・・・・・・さて)」
紆余曲折とまでは行かずとも、色んな交錯があった後に月ノ宮・遠藤・真珠院・鬼ヶ原の4名からなる『引力乙女』は結成された。
新たなお友達グループの誕生にはしゃぐ4人に、苧環・一厘・形製は表情を綻ばせる。
そして・・・1人だけ表情を厳しくする男が、自分達を“見ている”者達へ向けて口を開く。
「・・・何時までそこで聞き耳を立てているつもりだい、お嬢様方?」
「「「「「「「!!!??」」」」」」」
“釣り餌”に見事喰らい付いて来た“本命”。フィーサ=ティベル。少女は別の少女―マーガレット=ワトソン―を従えて、界刺達が居るベランダへ歩を進める。
「フィーサ様・・・!!!」
「さすがは、私達常盤台の猛者を幾人も撃破した男。何時から感付いていたのかしら?」
「君達が、学生寮の監視カメラがある部屋から出てきたあたりから。丁度、遠藤ちゃんに君達のことについて質問し始めた時に『光学装飾』で走査を開始したんだ。
んで、その最中に俺の知覚範囲内の監視カメラがある部屋から出て来る君達の姿が見えたってわけ」
「!!・・・フフフッ。本当に油断ならない男・・・!!」
「ということは・・・。あなた、まさか私達の動向を・・・!?」
同じ派閥に属する遠藤の声に一切反応しないフィーサ。その少女に付き従うマーガレットは、フィーサと界刺の会話から目の前の男の狙いを看破する。
「うん、気にしてた。だって、君達・・・いや、フィーサ=ティベル。君が俺の“本命”だったから。んふっ、よく来てくれたね。歓迎するよ」
「フム・・・。つまり、遠藤は私という“本命”を吊り上げるための“餌”だった・・・そういうことね?これは、光栄に思えばいいのかしら?」
“餌”。つまり、それは遠藤近衛という少女。フィーサの口から出た言葉に、界刺はある疑問を抱く。
自分の口から出したわけじゃ無い言葉をフィーサが出した思考の理由、自分が見た彼女達の行動等からその疑問を追及する。
端的に言えば、それは優先順位。彼女が本当に優先しているもの。それは自分か、それとも・・・。
「その通り!さすがは、常盤台に通うお嬢様だ。単純な性格で助かるよ、んふっ!それと、別に光栄に思わなくていいから。君が俺の罠にまんまと引っ掛かっただけなんだし。
それに・・・その感じだと、常習的に監視カメラを覗いたりしてんのかな?目的は俺の捜索の他に・・・“派閥の一員”である遠藤ちゃんの捕捉も兼ねていたのかい?
君は・・・本当は俺の捜索より遠藤ちゃんの捕捉を優先していたんじゃないのかい?その途上で、偶々俺を発見した。
それか、俺の姿を発見した後に遠藤ちゃんが君達に内緒で俺を訪ねて来たもんだから、慌ててここに来たのかい?午後のお茶会の準備より優先してさ?違うかい、お嬢様?」
「フフフッ・・・!!部外者が、口を出すようなことじゃ無いわ。フフフッ・・・!!」
「んふふっ・・・!!どうやら、俺の推理は当たっていたようだ。んふふっ・・・!!」
フィーサと界刺は、互いに笑みを浮かべながら笑い声を零す。その声が、態度が、雰囲気が、この場を凍り付かせる。
真夏の日差しを浴びて尚、体が震えるのを止められない。
「それじゃあ、まずは貴方の狙いを聞こうかしら?遠藤を使ってまで私をおびき寄せたのには、どういう理由があるのかしら?」
「それは、君の目的とも合致している部分があると思うけど・・・まぁいいか。君を午後からの“講習”に招待しようと思ってね」
「“講習”!?か、界刺さん!まさか、彼女達も・・・!?」
「そうだよ、リンリン。きっとだけど、フィーサの方もそれ目的で俺を探していたと思うよ。だよねぇ、フィーサ?
だって、君みたいな矜持(
プライド)の高いお嬢様が、君を含む常盤台生のことを“素人集団”って揶揄した俺をそのまま家に帰すわけ無いもんな。んふっ!」
「・・・・・・成程。その時点から、私を狙っていたわけ?」
「いんや、違う。別に君じゃ無くてもよかった。派閥の長なら誰でも。偶々遠藤ちゃんが俺に相談に来たから、彼女が属する派閥の長である君を“本命”にしただけ。
そもそもの話、君達が今ここに現れなくてもこっちから行くつもりだったし。つまり、今回の君達の行動は言わば無駄骨なんだよ。俺からすれば・・・ね」
「・・・!!!」
「あら、あなた・・・フィーサ様を愚弄するつもりかしら・・・!!?」
「別にぃ。俺から言わせたら、そっちが自意識過剰なんじゃ無いのって話さ。よければ、君も“講習”に参加するかい?俺は、別に構わないよ?」
フィーサの表情が、少しだけ歪む。自分じゃ無くてもよかったという事実が、彼女の機嫌を、矜持を損ねる。
そして・・・フィーサの矜持を決定的に傷付ける言葉が界刺の口から放たれる。それは、常盤台の在り方へ放つ界刺なりの宣戦布告。
「そんじゃもう一働きしますか!たかが派閥の長の椅子なんぞでふんぞり返っている“素人”の矜持ってヤツを、塵も残さず叩き潰してやるよ・・・フィーサ=ティベル!!」
continue!!
最終更新:2012年06月17日 21:26