「速見!!押花!!準備はできたか!!?」
「「OKです!!」」
「テント用品とかのレンタル料もそんなに高くなくて良かったよ。余り支部費を注ぎ込むわけにはいかないからね」

ここは、ある駅のチケット売り場前。椎倉により“別件”を任された成瀬台支部の寒村・勇路・速見・押花は、各々の背にリュックサック等を背負っている。
着ている服装も成瀬台の制服では無く、何処ぞの探検隊風の着衣となっていた。

「押花。貴殿が言う友達とやらとは連絡は着いたのか?」
「問題無いっす!!明日の朝、現地から少し離れた場所で合流予定っす!!
フフッ、今に見てろよ・・・!!今回の任務で結果を出して、あの“変人”の鼻を明かしてやる!!」
「勇路先輩・・・押花君が・・・!!」
「恋とは、実っても破れても当人を変えるモノさ」

寒村の質問に押花が必要以上にやる気満々な声で答える。その様子に速見がただならぬ気配を感じ取り、しかし勇路は冷静に受け止める。

「では、これより“別件”任務を開始する。各々、気を抜くでないぞ!!?」
「「「了解!!」」」

寒村の檄に、他3名は声を合わせて応える。彼等に与えられた任務は、『ブラックウィザード』に関わる捜査で相当重要な位置を占めるモノである。
その重責に携われることを、彼等は誇りに感じている。同時に、絶対にやり遂げなければならないという強い使命感をもって任務に当たる。
切符を買った後に電車に乗る4名。彼等は、押花の伝手を用いて現地である人物達と合流することとなっている。
本来であれば、押花は“別件”任務から外れていた。(椎倉の)その判断を変更させた押花の伝手。風紀委員は、明日会う人物達に期待と不安の両方を抱きながら旅立って行った。






ここは、『マリンウォール』近くにある喫茶店。176支部の面々は、ここで軽い昼食を取っていた。
というか、軽食しか取れない状態と言った方が正しい。理由は言わずもがな。あの“詐欺師ヒーロー”のせいである。

「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
「(な、何て重たい空気・・・!!)」

176支部リーダー加賀美は、思った以上にどんよりしている仲間の状態に些か以上に困惑する。

「(今まであんな風にズバっと一刀両断されたことが無かったから、私の想像以上にショックだったのかも・・・!!)」

176支部の中でも問題児集団と認識されている神谷・斑・鏡星・一色・姫空は、各々に欠点を抱えていた。
神谷ならぶっきらぼう+無茶ばっかり、斑はエリート意識が強過ぎ、鏡星はイケメン喰い、一色は女性喰い、姫空は神谷そっくりの無茶さ加減である。
最近はここに焔火までもが片足を突っ込んでいる状態なので、加賀美としては頭が痛い所では無かった(この中では、鏡星と一色はまだマシな方である)。
なまじ実力が高いこともあり、今まではそれでも何とかなって来た。幾ら苦情が寄せられようが、結果で周囲を黙らして来た。まるで、固地の“一面”を見るかのように。
そんな人間を一刀両断できるのは、同じく結果を出した人間・・・しかも揺るがぬ信念を抱く者だけである。

「(ある意味、あの人って緋花だけじゃなくて稜達も焚き付けたんだよね・・・ハッ!!それって、私の仕事量が増えただけなんじゃあ!!?)」

加賀美は気付く。これって、結局リーダーである自分の仕事が増えただけなのではないかということに。このクソ忙しい時に限って。

「(あ、あの人・・・!!さっき携帯の番号はゆかりに教えて貰ったし、こうなったら文句の1つでも言ってやらな・・・)」
「加賀美先輩・・・」
「う、うん!?な、何、丞介!?」

焔火の件だけならまだしも、それ以外の仕事も増やされた事実に加賀美がワナワナ震えている最中に、変態紳士である一色が声を発した。






「俺達って、加賀美先輩に何かしてます?」
「はっ?」






それは、予想外過ぎる一言。

「いやね、さっきからずっとあの“変人”が言ったことを考えてるんですけど、よくわかんないんですよ。
世の女性全てを愛して止まない俺が、加賀美先輩のご迷惑になるようなことをする筈ないじゃないですか!幽霊部員だった頃は、そりゃ迷惑を掛けましたけど。
でも、今は焔火ちゃんのおかげでバリバリ働いていますし!!他の人達は知りませんけど」
「(な、何て自分に都合のいい解釈をしてんの!?変態紳士か!?変態紳士的思考って言いたいのか!?)」

加賀美は一色の余りにも都合のいい解釈に心中でツッコミを入れる。働いてるって言っても、暇さえあれば通り掛かる女性に声を掛けてる(=ナンパ)のは何処のどいつだ!!
そのくせ、男性を助ける時はやる気がダダ下がりになる悪癖は未だに直っていないのに!!

「・・・私も一色と同感だわ。幾ら私がイケメン喰いって言っても、ちゃんと巡回とか仕事とかはしてるし」
「(た、確かにしてるけど!!『逝けメン死すべし』って暴れる悪癖は直ってないし!!未だに177支部の巡回ルートに侵入したりしてるし!!)」
「フン。鏡星と気が合うのは珍しいな。エリートである私も、あの“変人”の言葉は理解できん。加賀美先輩の指示はちゃんとこなしているつもりだしな。
全く、部外者が好き勝手をほざくとは・・・何様のつもりだ?こうなれば、あの“変人”を風紀委員に刃向かう犯罪者として・・・」
「(それが一番マズイでしょーが!!!冗談だとしても、風紀委員が出していい言葉じゃ無いよ!?)」
「・・・・・・潰す」
「(『潰す』って何!?)」
「・・・・・・チッ」
「(稜はまだ自覚がありそうね。でも、自覚があっても止まらないのよね。・・・本当にこの中(神谷以外)に内通者が居るのかな?・・・居る・居ないを決め付けない方がいいわね。
今は、ちゃんと見極めることに集中しよう!!ここには居ない双真や帝釈も、これから注意深く見なきゃならないわ!!
もし居たら・・・・・・その時は私も覚悟を決めないといけない!!どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、最後までやり遂げなきゃ!!)」

問題児集団の反応に、リーダーは心の中で立て続けにツッコミを入れる。これを言葉にできないのが、加賀美の欠点である。
ある一定のレベルまでは加賀美も注意や指導はできるのだが、そのレベルを超えると途端に言葉として表明することができなくなる・・・というかしなくなる。
故に、リーダーの力で問題児集団に歯止めを利かすことができないという大きな問題と化しているのだ。
加賀美としては、この欠点がもしかしたら内通者を生んだ可能性があるのではないかと考えていた。自分の悪癖は、今尚直っていない。
ならば、これは自業自得。責任は、リーダーである自分が取らなければならない。そう、悲愴な決意を固め始めていた。






「・・・・・・」
「緋花ちゃん・・・」

一方、焔火と葉原は加賀美達とは違うテーブルに腰を掛けている。単純に、座れる人数の関係からこうなっている。

「・・・ごめんね、ゆかりっち。何か私のことで気を遣わせてるみたいで」
「気にしなくていいよ。私が自分の考えでやってることだから」

2人は親友と呼べる間柄である。助けたり助けられたり。そんなことを繰り返しながら、互いに友情を育んでいった。

「・・・界刺さんに何か言われたの?」
「・・・言われたっていうか・・・独り言を延々と聞かされていたって感じかな?私を置いてけぼりにして」
「・・・クスッ。あの人らしいね」
「そうだね」

2人は、同時にジュースを喉に流し込む。この会話で焔火は確信を得た。葉原が、自分のことで界刺に何かしらのアクションを取ったことを。
葉原も気付いた。焔火が、自分と界刺の間で何かやり取りがあったことに薄々感付いていることに。だから、ある程度のことは正直に話すつもりでいた。

「・・・昨日?」
「・・・うん」
「・・・今日私が怒られたのもそれが関係しているの?」
「あれは・・・私も予想外。あの人は、緋花ちゃんに何もするつもりは無いって言ってたから」
「・・・ということは・・・」
「・・・」
「余程私の態度がムカついたってことなのかな?」
「・・・・・・かも」

2人の間に流れる空気は、何時の間にか冷たいものとなっていた。これは、断じて喫茶店にあるエアコンが送る冷風では無い。

「・・・ゆかりっちにはわかってるの?」
「・・・何が?」
「私の駄目な所」

言葉が冷たい。

「・・・うん。でも・・・言えない」
「・・・どうして?」
「・・・緋花ちゃんが自分の力で掴まないといけないから。これは、きっとそういうモノだと思う」
「それも・・・界刺さんの指示?」
「違う。これは、私の意志。・・・界刺先輩も同意見だったけど」
「・・・その言葉はさ、界刺さんの部屋に行った時も言われたんだ。『自分で答えを出してみなよ』って」
「そう・・・なんだ」
「・・・辛いね。・・・苦しいね。・・・それ以上に、自分の馬鹿さ加減が頭にくるわ・・・!!」
「緋花ちゃん・・・!!」

焔火は、自分の額に両手を持って行き、テーブルに肘を着ける体勢となる。

「・・・わかってるんだ。きっと、あの人は正しいんだってことは。ううん、正しさの1つを持っているってことは・・・か。
それに引き換え、私は間違ってばかり。まるで、出口の見えない迷路を彷徨っているみたい。リーダーも経験してるって言ってたけど、これはキツイよ」
「・・・本当にそう思ってるの?」
「・・・?」

葉原は踏み込む。最初くらい、あの人の力を借りずに自分の力だけで。

「緋花ちゃんは・・・界刺先輩の言ってることに本気で納得しているの?・・・私には言い訳がましく聞こえるんだ、今の緋花ちゃんの言葉って」
「ゆかりっち・・・」
「緋花ちゃん・・・。今日の午後だけでいいから、私に緋花ちゃんの本当の姿を見せて!
固地先輩の指導や緋花ちゃん自身の努力で身に付けた、今の緋花ちゃんの姿を!界刺先輩の言葉は気にしなくていいから!
緋花ちゃんが目指す在り方を、私はこの目で見たいの!私も、緋花ちゃんが目指そうとする在り方は正しいと思ってるから!!」
「!!!」

正しい。焔火緋花が目指す在り方は正しい。そう・・・言った。確かに、そう言った。己が親友・・・葉原ゆかりは。

「嘘じゃ無いよ?この気持ちは絶対に嘘なんかじゃ無い!!私は、緋花ちゃんならその在り方を見出せるって本気で信じてる!!」
「・・・!!」
「でも・・・今みたいに言い訳をしている緋花ちゃんじゃあ、きっと無理。何時まで経ってもその在り方に辿り着けない・・・そんな気がする」
「・・・言い訳・・・か」
「うん。おそらくだけど、このままじゃ無理だと思う。これ以上詳しくは言えないけど、今の緋花ちゃんじゃあ心に根付いちゃってる・・・その・・・あの・・・」
「・・・いいよ。思いっ切り言ってよ。その方が、私もスッキリする」
「・・・・・・幼稚な反抗期から抜け出すのは、本当に難しいと思う」


『テメェが独り善がりのクソガキだって事実は、何一つ変わっちゃいねぇ!!』


「・・・・・・フッ。フフッ。ゆかりっちにまで言われるとは・・・ね。・・・・・・・・・くそっ・・・!!!」

零した笑い声と漏れる言葉に、焔火が一体どんな感情を込めていたのか。葉原には量り切れない。

「・・・ごめん」
「ううん。謝らなくていいよ、ゆかりっち。だって、ゆかりっちは私の親友でしょ?親友が間違った方向に行こうとしてるなら、それを止めるのも親友の仕事でしょ?」

焔火は俯く顔を上げる。その表情には、ほんの少しばかりだが吹っ切れたような色が浮かんでいた。

「ハァ~。こんなにも色んな人に支えて貰ってるのにねぇ。本当に申し訳無いよ」
「・・・どうせわかってないでしょ?私や界刺先輩が言ってることの本当の意味を」
「・・・はい。ゆかりっちの言う通りです。我儘とか言ってるつもりは無いんだけどなぁ・・・・・・言ってる?」
「言ってる。しかも、無意識に。加えて、無意識に勘違いしたまま」
「・・・でも、最近はゆかりっちやリーダーにも連絡とか入れてるよ?単独行動を取る時は、ちゃんと仲間の許可を・・・」
「それも、もしかしたら独り善がりの成分が含まれてるかもしれない・・・そう界刺先輩は言っていたよ?」
「・・・マジ?」
「マジ。私も、先輩に指摘されて初めてそうかもって思ったことだから、今の緋花ちゃんには絶対わからないね。
でも、だからと言って私達に連絡を入れる必要は無いってわけじゃ無いよ?そこの違いは、緋花ちゃん自身が見極めないといけない」


『君達に連絡を入れたり許可を取ったりすること自体を、彼女のガキ部分が自分の行動に対する“免罪符”あるいは“言い訳”に利用しているのかもしれない。無意識的に。
これは面倒だよ?何せ、行為自体は否定される事柄じゃ無いから。唯、だからと言ってそれを暴走する“言い訳”に使うのは許されることじゃ無い。まっ、お気を付けて』


葉原は先輩から指摘された事柄を思い出す。確かに、目の前に居る今の少女の状態なら、“免罪符”or“言い訳”に使う可能性は大いに有り得る。これは要注意だ。

「ガクッ!!・・・くそぅ。私って本当に馬鹿」
「馬鹿だね。私も、緋花ちゃんがこんなに馬鹿だったなんて思いもしなかったよ」
「・・・ハッキリ言うねぇ」
「言ってもわからないんだから、言わなきゃもっとわからないでしょ?だったら、ハッキリ言ってあげた方がまだマシと思うけど?」
「・・・ごもっとも」

何時の間にか、冷たい空気は何処かに流れていった。今2人の間に流れているのは、温かかな空気。互いに本音をぶつけ合ったが故に生み出された、覚悟の証。

「・・・わかった。そんじゃ、午後からはゆかりっちに私の行動をチェックして貰おうかな?」
「ちゃんと見てるからね?」
「望む所。馬鹿馬鹿言われてる私だって、少しは成長してる所をゆかりっちに見せ付けてあげるんだから!!」
「フフッ。それは楽しみだね」
「・・・・・・ねぇ、ゆかりっち?」
「うん?」
「まさか・・・これも界刺さんの狙い通りってわけじゃ・・・無いよね?私とゆかりっちが、こうやって本音をぶつけ合うことも読んだ上での提案なわけ無いよね?」
「・・・わかんない。私は界刺先輩なら有り得るって思っちゃう。昨日や今日の言動を見てると」
「だって、あの人と会って話したことなんて数回程度だよ?」
「でも、そんな人に緋花ちゃんは丸裸にされてるみたいだけど?」
「ううぅ!!た、例え方が・・・!!で、でも、わかりやすい例え方だね。・・・恐いわぁ~、あの人。特に、真意が読めないって意味で」
「私も同感。界刺先輩は、絶対に敵に回したく無い相手だね~」

等というやり取りの後に、176支部の面々は喫茶店を後にする。ここからは、『ブラックウィザード』の捜査開始である。






「こうやって、浮草先輩と外回りするのって初めてです」
「そうだな・・・。俺は基本1人でブラブラしてるのが好きだからな」
「ブラブラ・・・?」
「・・・遊んでなんかいないからな?・・・基本的には(ボソッ)」

ランチタイムを終えた178支部の浮草と真面は、早速捜査を開始していた。

「・・・お前や殻衣は、固地が引っ張り回していたからな。固地のことだ。『あんな“お飾りリーダー”と居ても何も学べん」とか何とか言ってたんじゃないか?」
「・・・・・・」
「・・・本当に言ったのか?」
「・・・それに近いようなことは。『但し、あんな“お飾りリーダー”でも一応リーダーという席には座っているから必要な連絡等は入れるように』・・・とも言ってましたけど」
「ハァ・・・。本当にわかりやすい奴だな」

浮草は苦笑いを浮かべる。あの男程傲岸不遜な人間を浮草は知らない。

「・・・浮草先輩って固地先輩のこと嫌いですよね?」
「うん。嫌いだな。お前は?」
「嫌いです。ちなみに、殻衣ちゃんはどっちつかずみたいですね」
「秋雪は完全に嫌ってるな。下克はわからんが・・・固地を嫌っていない人間を探す方が難しいんじゃないか?」
「それにしては、一昨日の緊急会議の時や今日とか固地先輩を気遣ったり認めてるような言葉を言ってましたよね?」
「・・・一応リーダーだからな。他支部に向けて、せめてポーズくらいは取らないといけないだろう?仲間割れをしてる風に見られたら、それこそ捜査に支障が出ないか?」
「確かに。俺も焔火ちゃんが出向している時は、固地先輩をできるだけ立てていましたよ。特に、固地先輩の目が届かない時とか。
でも、そういう時に限って焔火ちゃんに固地先輩の悪辣非道なやり方をぶちまけようと心の何処かで思っちゃうんですよねぇ・・・。
まぁ、そんなことしたら絶対に固地先輩にバレると思いましたからやりませんでしたけど」
「・・・」
「・・・」
「「フフッ」」

2人同時に笑みを零す。固地がいないだけで、何と穏やかな気持ちになれることか。できることなら、この空気が何時までも続いてくれることを願わずにはいられない。

「一昨日の件で、“風紀委員の『悪鬼』”も少しは丸くなっていればいいんですけどねぇ」
「固地が“『悪鬼』”?そうかなあ~?俺は、あいつほど自分を偽り続ける哀れな奴はいないと思うよ。あれではいつか身を滅ぼす。一昨日のは、それが的中した形だな」
「『偽り続ける』・・・ですか?」

浮草の言葉に、真面が怪訝な視線を向ける。

「あぁ。偽る・・・というよりは仮面を被っていると言った所かな。“風紀委員の『悪鬼』”として内外から恐れられる固地債鬼・・・という仮面をね」
「あれが、全部ポーズだって言いたいんですか?」
「そうは思わないけど、固地の場合は自分の横暴な態度に対する他人のリアクションも計算している筈だ。それはもう仮面を被っていると言って差し支えは無い」

仮面。固地債鬼という仮面。その奥にある真の姿を、今の浮草はもう忘れてしまっている。元々固地は自分の内面を晒さない男だったから、余計に。

「あいつを昔から見てる俺でも、未だにあいつが心の底で何を考えているのかを全て把握しているとは言えない。・・・わかっていれば、あんなことには・・・(ボソッ)」
「・・・?ま、まぁ、他人の心を完璧に把握できるわけが無いですからね。読心能力でも無い限り」
「・・・それもそうだな。逆に、能力も無しに心の内を見透かされれば、それはそれで居心地も悪いな。下克でもあるまいし」
「ホント、そうですよ・・・・・・!!」

浮草の言葉に同意を示そうとした真面が、途中で口ごもる。浮草は、彼が言葉に詰まった理由に心当たりがあった。

「・・・あの“変人”のことか?」
「・・・はい」
「俺も、176支部の連中に対する奴の言動には驚かされた。固地とはまた違った意味で厄介だな」
「というと?」
「奴の場合は、真顔と仮面の境界があやふやなんだ。何時でも仮面を被るし、何時でも真顔になる。固地の場合は、ずっと仮面を被りっぱなしという体だが・・・。
奴はごく自然にあれを使いこなしてる。おそらく、誰が相手でも関係無い。まず、普通の人間には無理だ。なりたくも無いけど」
「・・・着ぐるみを着てたのに、よくそこまでわかりますね?」
「・・・固地を散々見ているからな。そういうのに敏感なんじゃないか?他支部にも、その手の人間は居るみたいだし」
「・・・説得力が違いますね」
「なぁ、真面。固地の鼻を明かしてやろう。奴がいない間に。どうせ、休暇明けまでに俺達が結果を出せなければ、また奴の偉そうな嫌味が飛んでくるぞ?」
「・・・ムカつきますね。こうなったら、俺達の手でぎゃふんと言わせてやりましょう!」
「「フフッ」」

また、2人同時に笑い合う。真面も、浮草とこうして話すことは支部内でも殆ど無いため新鮮だった。それは、浮草も然り。

「(余り浮草先輩と話したことは無かったけど、俺とすごく気が合う先輩かもしれない。・・・こんな人が内通者なわけが無い。
それに、あの“変人”が言ってることが正しいなら、固地先輩は内通者が誰なのかがわかってる筈だ。もし、浮草先輩が内通者ならあの固地先輩が苦戦する筈が無い!
殻衣ちゃん達にだってそう!同じ支部員の好き勝手をあの人が見逃す筈が・・・っておい!何で俺、人として嫌いな固地先輩をさも信じてるような考えを・・・!?
確かに仕事面だけは認めてるけど・・・これも仕事だけど・・・・・・いかんいかん!こんなんだから、何時まで経っても固地先輩のドヤ顔が収まらないんだ!!
浮草先輩の言う通り、固地先輩の鼻を明かすためには仕事面で結果を出さないと!!これ以上、あの人の憎ったらしい顔を見るのは勘弁だ!!)」

真面が抱く矛盾。それは、無意識の内に彼の思考に顔を見せる。

「さて、世間話もこれまでにして!今日は、俺の捜査方法を伝授してやろう。固地のせいで、風紀委員会では事務仕事ばかりやっていたからな。良い機会だ」
「浮草先輩の捜査方法・・・!!ど、どんな方法なんですか!?」

真面の期待が溢れた視線が浮草に向けられる。普段の活動でも浮草は単独で巡回等を行っていたので、真面は浮草の捜査方法は今まで知る由も無かったのである。

「学園都市には、治安維持の目的で多くの監視カメラや警備ロボットの巡回が存在していることは知ってるな?」
「は、はい!」
「だが、どんな監視網にも必ず穴というのは存在する。これを見てみろ」
「こ、これは・・・!?」

浮草がナップサックから取り出したのは、第7学区の地図に色んな色のマーカーでラインが引かれていた。

「この地図は監視カメラが無い、もしくは時間帯によって警備員や警備ロボットが巡回していないコースを色分けしてある。
今まで『ブラックウィザード』は、俺達風紀委員の捜査の網を悉く掻い潜っている。つまり、俺達の手が届かない方法を使っていると見て間違い無い」
「・・・・・・」
「1人で外回りするようになってから、この捜査方法を使い出したんだ。俺も、この手のことを調べて身を隠しているスキルアウトを現に捕まえたこともあるしな。
『ブラックウィザード』がこの経路を利用していると決まったわけじゃ無いが、この辺りを調査するのも1つの足掛かりになるかもしれないぜ?」
「・・・・・・」

浮草の指摘は、有用性のあるモノであった。確かに、『ブラックウィザード』が秘密裏に動いているとして、この経路を使用している可能性は否定できない。
この経路付近を調査すれば、何かしらの手掛かりが見付かるかもしれない。

「どう思う、真面?俺も、偶にはリーダーらしいことをするだろ?さすがの固地も、今までその手の捜査はしてこなかったようだし。
まぁ、あれだけの仕事量をこなしていればこんなことに気付く筈が・・・」
「・・・・・・」
「うん?どうした、真面?」

浮草は、さっきから反応を示さない部下の様子を訝しむ。その部下は、直後に己のナップサックを漁り出し、浮草にあるモノを見せた。
それは・・・地図。複数の色分けがなされている地図。これが意味するものは・・・

「ま、まさか・・・!!」
「・・・固地先輩がボコボコにされた日の前日に、『今度からは、監視カメラの無い道及び警備ロボットが巡回しない道も洗い出すぞ』という指示があって・・・それで・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

バツが悪いとはこのことか。互いに無言になった後に、そそくさと地図に沿った捜査に移る2人。2人共に、嫌いな固地の鼻を明かすにはまだまだ実力不足のようであった。






「一色君!!何で一々女性の方にばっかり視線が泳ぐの!?しかも、さっきは2人組の女性に用も無いのに声を掛けるだなんて!!捜査中だよ!?」
「あ、あれは映倫中の後輩が居たから声を掛けただけだよ!!葉原ちゃんって、そんな怒りっぽいキャラだっけ?あ~、でもそんな葉原ちゃんもグッド!!」
「ふざけないの!!鏡星先輩もすれ違う男性を一々イケメン・フツメン・ブサメン・逝けメンに分けなくてもいいんですよ!?というか、しないで下さい!!」
「だって!!さっき見た坊主頭の顔って、ブサメンの中でも特に酷いブサメンだったんだから!!」
「他の人にもやっていたでしょ!?」
「全く。葉原に指摘されるとは鏡星らしいな。まぁ、エリートである私には指摘される隙も無い・・・」
「斑先輩!!界刺先輩を風紀委員に刃向かう犯罪者に仕立て上げるなんて、言語道断ですよ!!」
「き、聞いてたのか!?何という地獄耳・・・!!」
「あぁ!!もう!!普段は後方支援で支部に居るから詳しくはわからなかったけど、現場だとこんなにも酷い問題児集団だったなんて・・・!!」
「「「(毒舌っぷりがすごいな・・・)」」」

先程からカミナリを落としっぱなしの葉原に、一色・鏡星・斑が青ざめる。
葉原のカミナリは支部で加賀美がふざけた時に見るくらいだったが、ここに来て連発しまくっている。それだけ、問題児集団の言動が酷いとも言えるのだが。

「お、おい!神谷と姫空にも何か言うことは無いのか!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの2人は、さっきからずっと黙ったままですから。何を考えているのかを自分から明かさない人間とはコミュニケーションは取れません」
「な、何気に一番酷いことを言ってるな・・・」

止まることを知らない葉原の駄目出しに、斑は冷や汗をかく。確かに神谷と姫空は普段から口数が少ないので、何を考えているのかがイマイチ読み取れない節があった。

「(・・・『黒い着衣品』。さっきの坊主頭の男と一色君の後輩らしい女の子も身に着けていたわね。・・・こういう時も油断しちゃいけない。
下手をしたら、何処かで『ブラックウィザード』の構成員と遭遇しているかもしれない。
今の私が心掛けるべきは、調査に気付かれないように極自然に目線を動かすこと。体も同じように。これは、尾行の応用。私が固地先輩達から学んだこと。
気を抜くな、私!頑張れ、焔火緋花!!もう、誰かに怒られるのはこりごりよ!!)」
「(・・・でも、それだけじゃあ何の証拠にもならない。他にも『黒い着衣品』を身に着けている人は他に幾らでもいたし・・・。
もぅ!!事情を知らないとは言え、接触した時に丞介があの女の子の手首のサポーターを調べていれば!!
女性の手に臆せず触るくらいなら、着衣品についてもアクションを取って欲しかったわ!!)」

一方、焔火と加賀美はすれ違う人間が身に着けている着衣を注意深く観察していた。正確には『黒い着衣品』を。
『ブラックウィザード』の構成員は、すべからく『眼球印の黒い着衣品』を身に着けているという界刺の情報を頼りに2人は目を忙しなく、しかし自然に動かしていた。
ちなみに、この情報は現在の所界刺の部屋に居た者以外には3人を除いて知らされていない。
その3人とは、1人は警備員の橙山憐、1人は花盛支部の冠要、もう1人は・・・。これ等は、所謂内通者対策である。

「緋花ちゃん」
「うん?何、ゆかりっち?」

そんな折に、問題児集団に駄目出しを喰らわせていた葉原が焔火に話し掛けて来た。

「何だか、緋花ちゃんを見るって言うよりは一色君達を見てる感じだよ」
「え~。折角私もその気でいるんだから、ちゃんと見ててよ?」
「うん!だから、ここに来た」
「(うわ~。ゆかりって、私よりリーダーに向いてるかもって時々思っちゃうんだよなぁ。・・・自信が無くなるわ~)」

葉原の言葉を受けて焔火が後方を振り返ると、一色達が何となく疲れているような雰囲気を醸し出していた。
その光景を生み出した部下に、176支部リーダーである加賀美は羨望の眼差しを向ける。

「(あちゃ~。ゆかりっちを怒らせると、すっごくキツイんだよね・・・)」
「・・・緋花ちゃん?何か失礼なことを考えていない?」
「えっ!?そ、そんなわけ無いよ!?」
「・・・ふ~ん」
「そ、そんなことより!!ちょっと、そこの路地から続いている道に入りたいんですけど・・・いいですか、リーダー?」
「ん?どうしたの、緋花?何かあるの?」
「実は・・・数日前に178支部の真面達と夜遅くまで居残って作っていたヤツなんですけど・・・」
「これは・・・第7学区の地図だよね?」
「ええ。正確には、監視カメラの無い道や時間帯によって警備ロボットが巡回しない時間帯ごとに区切った道をマーカーで色分けした物です」

焔火は、加賀美と葉原に自分が手に持っている地図を説明する。
数日前に固地の指示の下、巡回任務が終わった直後に作成を命じられた。出向していた焔火は、真面や殻衣と共に夜遅くまで成瀬台に居残って色分けしていった。
(この日とその前日は、調子を崩していたこともあって浮草は休みを取っていた)

「きっと、真面達も今日はこれを使って捜査してそうな気がするんだよね。後で連絡を取ってみてもいいかも」
「そうだね。調査しているコースが被らないように、連絡を取った方がいいかも。緋花ちゃんも、少しは考えるようになったんだね~」
「ま、まぁね・・・///」
「でも、固地先輩の指示が無かったら思い付かなかったでしょ?」
「・・・はい。その通りです」
「調子に乗ったら駄目だよ~?」
「・・・了解です」
「(・・・私も、ゆかりや債鬼君に負けないように頑張らないと!!自分の欠点を克服しないと!!・・・でも、あの問題児集団・・・)」

葉原の毒舌に焔火があえなく撃沈し、加賀美は同じリーダーとして自分が抱える問題児集団との接し方に頭を悩ませる。
その後すぐに、176支部の面々は焔火がマーカーで区分けしたコースに沿って路地裏を歩いて行く。
人通りも無くひっそりとした路地裏には、所々に蜘蛛の巣が見受けられる。道路の舗装も比較的ボロボロで、砂利等が浮き彫りになっている
そんな日も差さない薄暗い影に覆われた道を、風紀委員達は物怖じもせず歩いて行く。

「あっ!もしもし、真面。焔火だよ」
「焔火ちゃん?どうしたの?」
「えとね・・・単刀直入に聞くけど、あの地図に沿って巡回してる?」
「うん、してる。・・・もしかして焔火ちゃん達も!?」
「その通り。やっぱりそっちも同じことを考えていたか・・・」
「まぁ、あんだけ必死こいて作った物を活用しない手はないよ」
「同感」

携帯電話にて、焔火は真面とやり取りを重ねる。目下の話は、176支部と178支部の捜査コースが被らないようにすること。

「・・・てことは、もうすぐ焔火ちゃん達と鉢合わせするね」
「だよね。ふぅ、前もって連絡しといてよかった。出会い頭にバッタリ会ってお互いにビックリすることも、これで無くなったね」
「・・・178支部の人達がこの近くに居るんですね」
「みたいだね。・・・後方でのんびり歩いている稜達も、もっとシャキっとして!!他支部の人達にまで、だらしない姿を見せちゃ駄目だよ!?」
「・・・了解」

焔火と真面の会話で近くに178支部の真面・浮草が居ることを知った葉原と加賀美。
特に、リーダーである加賀美は他支部の人間にまで問題児集団の奇行を見せるつもりは無かった(手遅れ感がハンパ無くとも)。
その問題児集団の中で、神谷だけが加賀美の檄に応えた。後の4名は皆マイペースに歩を進めている。

「リーダー。ゆかりっち。タイミング的に、あそこの角を左に曲がったら真面達が向こうの方から顔を出すみたいな感じみたいですよ?」
「そうなの?それじゃあ、合流してみよっか!?」
「「はい!」」

真面との通話を終えた焔火の言葉に、加賀美は178支部との合流を提案する。合流した後に、路地裏における捜査コースの分担も決めたいとも考えていた。

「これで、真面君に連絡を取っていなかったらビックリしたかもね?」
「ゆかりっちの言う通りだと思うよ?やっぱり、出会い頭の遭遇ってビクっとしちゃうモンだよね」
「だよね~」

微笑ましい談笑を交わしながら、176支部の面々は178支部の面々と合流するために十字路を左に曲がる。
それとほぼ同じタイミングで、178支部の真面と浮草も反対方向から姿を現した。対面する176支部と178支部の面々。互いにその姿を確認した。









「・・・えっ・・・?」









だというのに、互いに声も交わさない。普通この手の出会いでは、遠くからでも大きな声でもって呼び掛けても不思議では無い。









「・・・へっ・・・?」









その原因は路地裏の一角、すなわち176支部の面々と178支部の面々との間―およそ中央地点―に居る“怪物”をその瞳に映したからだ。
漆黒のコートで身を包み、火の点いた煙草を口に咥えている背の高い男を見てしまったからだ。









「嘘っ・・・!!!」









それは、『シンボル』のリーダー界刺得世から忠告されていた超危険人物。
こと殺し合いにおいては、風紀委員達が勝つ確率は限り無く低いと界刺に言わしめた殺人鬼。












「・・・・・・」


“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・傭兵ウェイン・メディスンとの邂逅。今この瞬間から、日の差さぬ路地裏は風紀委員にとって命を賭した戦場へと移り変わる!!

continue!!

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最終更新:2013年02月01日 00:06