朝日は昇り、新しい1日が始まる。ここ小川原学生寮の一室に住む焔火緋花焔火朱花は、軽めの朝食を取っていた。

「(ボ~)」
「(・・・・・・)」

焔火姉妹がこの一室で生活するようになってから、家事全般は姉である朱花が担っている。最近は真夏日が続いていることもあり、朝食は軽食で済ますことが通例となっていた。

「(ボ~)」
「(『マリンウォール』で、あの啄って人と会ってからずっとこの調子・・・。昨日もカラオケに行ってたみたいだし。マズイ・・・これはマズイ・・・!!)」

しかし、それを差し引いても最近の食事は大雑把な物となっていた。家事を担っているせいか食事作りにもうるさい朱花にしては珍しい献立。
その原因が、朱花を褒め称えていたあの啄鴉にあると焔火は睨んでいた。簡潔に言ってしまえば、己の姉があの“変人”に淡い想いを抱いてしまっている可能性が高いのだ。

「・・・あっ!プチトマトが地面に・・・。勿体無い・・・」
「(ひ、人の恋路を邪魔しちゃいけないのはわかってるんだけど・・・で、でもあの人はさすがに・・・)」

自身恋する乙女である焔火が言えた口では無いのは当人もわかっている。
昨日『マリンウォール』で見た啄と神谷のやり取りから、啄鴉という男が唯の“変人”では無いことも理解できた。
だが、あの男が姉の隣で意味不明な高笑いをしている将来像を思い浮かべると、どうしてもゲンナリしてしまうのだ。

「(こ、こうなったら私がお姉ちゃんにお手本を示すしか無い!!恋人がいない私が言っても、お姉ちゃんが納得しないのは目に見えている!!
よ、よ~し!!が、がが、頑張っちゃうぞ~!!・・・きょ、今日・・・いきなり・・・う、う~む・・・むむむ・・・)」
「・・・愚妹。時間、時間」
「へっ!?あ、もうこんな時間!!」

内心であーだこーだ考えていた焔火に朱花が注意する。時計の針は、風紀委員会で定められている出席時刻に間に合うか間に合わないかの位置を指し示していた。

「・・・今日も1日頑張って来なさい」
「わ、わかった!!それじゃあ、行って来ます!!!」

そう言って焔火を見送る朱花。騒がしい妹に苦笑いを浮かべながら台所へ向かい、洗い物を済ました後に、すぐに外出の準備を整える。
行き先は『ジャッカル』。あそこに“1人”で行かなければならない・・・そんな気がするから。否、“1人”で来るように命令されているから。

「・・・今日も思いっ切り歌うわよ」

朱花は部屋を後にする。その瞳は、何処か焦点の合っていない様相を浮かべていた。






「では、これより数日間に渡る“界刺さんの部屋を思いっ切りリフォームしちゃおう作戦”を開始します」
「気合い入ってますね、水楯さん。もちろん、あたしも気合を入れてますよ!」
「これが得世さんの部屋・・・人外魔境に足を踏み入れたみたいな感覚を覚えちゃう・・・」
「・・・・・・」

ここは、成瀬台学生寮にある界刺の部屋。ここに今、『シンボル』の水楯・形製・春咲・不動が居た。

「・・・水楯。どうやって、得世の部屋に入ったんだ?」
「合鍵を使ってです。界刺さんと寮監さんの許可も貰っていますし、別に何の問題も無いですよ?」
「成瀬台の寮って本当にエアコンが無いんだね。常盤台の寮じゃ考えられないな。まっ、水楯さんが居るからそこら辺は余り問題無いか」
「しばらくは、ここで寝泊りするもんね。得世さんのベットで・・・・・・んふっ」
「春咲・・・得世の笑い方が・・・。というより、私はお前達がここに数日間寝泊りするということを今知ったんだが?」
「だって言ってないですし。ね~」
「「ね~」」
「・・・・・・ハァ」

女子3人組の行動に、不動は溜息を吐く。不動が水楯達の行動を知ったのは、今朝の朝練が終わって寮に帰って来た時にこの3人を見掛けた時である。
何でも、3日前に界刺の部屋がムチャクチャになった後に水楯が界刺に部屋のリフォームを何度か打診していたのだ。
そして、昨日界刺から水楯の携帯に連絡があり、許可が下りたため形製と春咲とも相談した結果、こうして泊り込みで部屋のリフォームをすることを決めたのだ。

「バカ界刺が仮屋さんやサニー達と一緒に遠出している今こそが、あいつの美的センスを一変させるチャンス!!」
「私達の力で得世さんに思いっ切り衝撃を与えてあげましょう!!そうすれば・・・」
「界刺さんのファッションセンスも少しはマトモになるかもしれない。こういう機会は滅多に無いし・・・。頑張りましょう!!」
「・・・余り騒がしくするなよ?・・・それじゃ」

持ち込んで来た各種のリフォーム材料を取り出している女子3人組に一応の注意をして、不動は界刺の部屋を後にする。
朝練から帰った直後に水楯達と遭遇したので、まだ朝食を取っていないのだ。足早に自室へ向かう不動。

「よっ、不動」
「破輩・・・か」

すると、そこに居たのは159支部リーダーである破輩。何時からドアの前に居たのかはわからないが、どうやら不動を待っていたようだった。

「何か用か?私は今から朝食なのだが?」
「今から?それは悪かったな。まぁ・・・ちょっとした確認って所かな?」
「・・・・・・言っておくが、今の所私達『シンボル』はお前達にこれ以上手を貸すつもりは無いぞ?」

破輩の歯切れの悪い言葉に、不動は警戒の言葉を放り投げる。これは予防線。『シンボル』が他者の都合で振り回されないための。

「心配するな。お前達をどうこうするという話じゃ無い。それに、これは私達の問題だしな」
「ならば・・・」
「だが、その問題に界刺が首を突っ込んでいるとしたら?」
「・・・探り合いは面倒だ。言いたいことがあるならハッキリ話せ。私の言葉を求めるのなら、正直に話せ。
もし『シンボル』の人間に話せない内容も含まれているのなら、さっさとここから立ち去れ。時間の無駄だ。
情報を小出しされるのは、こちらとしても気に入らん。意図的に惑わされるのはもっと気に入らん。・・・あの男の真似をするなと言った筈だぞ、破輩?」
「・・・・・・さすがというか、清々しい程の両断っぷりだな。・・・わかったよ、不動。ちゃんと話す。だから・・・聞いてくれ」

破輩の言葉を一刀両断する不動。“不動”足るこの男だからこそ、界刺得世と死闘を繰り広げられることもできたし、親友になることもできた。

「・・・残念だが、その件に関しては私も知らない。何時も通り、奴の独断だな。前にも言っただろ?『私に何の相談も無しに勝手に物事を決める』と」
「だと思った。・・・その時も内心では思っていたが、よくそんなんでリーダーが務まっているな?」
「その辺りの見極め自体はちゃんとできているからな、あいつは。それと、得世の交友関係は私にも全てはわからん」
「それは本当か?」
「あぁ。私とて奴の全てを知っているわけでは無い。当たり前だろう?」
「・・・それもそうか(『全ては』と表したのがミソだな。だが、これ以上追及しても不動は答えないだろう。今は、引き出せるモノを無理無く引き出す時!!)」

破輩は、不動に昨日までにわかった件を一通り話す。本来なら風紀委員として、部外者に情報を漏らしてはいけない。
これは借りを返しただけ。先日界刺から齎された情報に対する彼女なりの感謝の表れ。159支部の“借金”も未だ返し切れていない中、少しでもという思いがあった。
“3条件”を差し引いたとしても、完済には遠い。それに、目の前の男なら絶対に口外しないと信頼できる故に。当然ながら、不動から情報を得るためでもある。

「・・・あいつは確信をもって動いているのか?『ブラックウィザード』の“手駒達”にスキルアウトや『置き去り』が使われて可能性があることを見越し・・・」
「それは無いな」
「えっ!?」
「スキルアウトはともかく、『置き去り』が“手駒達”に使われている可能性など得世は知らないと思うぞ?風路から情報を得ているのであれば話は別だが。
何より、奴は薬物中毒者を嫌っているからな。“手駒達”も同じ意味で。そんな連中の成り立ちを、あいつが率先して調べるとは思えない。むしろ、どうでもいいと考えてる筈だ」

不動は断言する。自分が知っている親友は、“本当に”どうでもいいと考えていることに関して自ら進んで調査するような男では無いと。

「もし奴がそこまで考えているのなら、もっと前に調査した上で私達にも知らせる筈だ。だが、それを奴はしていない。つまり、どうでもいいんだ。
自分の邪魔をするなら潰す。それだけなんだろう。得世だって、『ブラックウィザード』について全てを知ってるわけじゃ無いぞ?無論、それは私も同じだ」
「・・・・・・そうだな。・・・・・・その矛先は私達にも?」
「・・・お前の考えている通り、奴が一度容赦しないと決めたら相手が風紀委員でも関係無い。もし得世が『本気』なら、お前達を殺すないし重傷を負わせる可能性も当然ある。
また、私とお前が戦場で相見える可能性も否定できん。お前達に退けない信条があるように、私達『シンボル』にも退けぬ信条がある」
「・・・可能性の段階で収まることを願ってるよ。何せ、そっちには“3条件”があるんだからな」

昨日椎倉達と話し合った、風路兄妹を巡る風紀委員と『シンボル』の衝突。その可能性を当の『シンボル』のまとめ役にも肯定されたことに、破輩は渋い表情を作る。

「私も同意見だ。それにしても・・・」
「あぁ。お前と私達の推測が当たっていたとすると、これも偶然なんだな」
「・・・偶然が起き過ぎているとも思うがな」

不動と破輩が指摘しているのは、碧髪の男の周囲で起きている偶然―殺人鬼との邂逅・風路形慈との出会い・ボランティアで『置き去り』の施設に赴く可能性高etc―の多さである。
これ等は、いずれも風紀委員や『ブラックウィザード』に関係している事柄ばかりである。
まるで、あの男を両者の対決に誘っているかのようにさえ感じられてしまう偶然の重なり。唯の偶然と片付けるには、重なり具合が半端無い。

「・・・と。時間だな。私はそろそろ行くよ」
「あぁ」
「・・・不動」
「む?何だ?」
「・・・いや、何でも無い。じゃあな」

破輩は喉まで出掛かっていた言葉を飲み込む。それは、昨日“カワズ”から言われた『シンボル』の助力についてである。
いざという時は・・・とは破輩も考えてはいるが、今この時に言うのは憚られるものがあった。ついさっき、敵対する可能性まで不動に肯定されてしまったこともあって。
よって、彼女は成瀬台学生寮を後にする。もうすぐ、本日の風紀委員会活動が始まる。今日はあの男も出席する。内通者・・・網枷双真が。






「焔火・・・」
「何ですか、網枷先輩?」
「・・・何だ、この光景は?僕は夢でも見ているのか?」
「・・・残念ながら、これは夢じゃありません」
「なら、これは悪夢か?」
「・・・かもしれません」

本日の風紀委員会活動が始まった直後に、網枷から漏れ出た言葉。それが意味するのは・・・

「葉原ちゃん!!このファイルは何処に置くのかなぁ?俺、位置とか全然わかんなくてさぁ?そして、今日も葉原ちゃんの美顔はサイコー!!」
「何ふざけてるんですか!?ファイルの位置ならさっきも説明したじゃないですかー!!」
「葉原。新しい手錠が届いたみたいだけど、何処に置いたらいいの?」
「そ、それは椎倉先輩の指示を仰いで下さい!!」
「葉原。何故エリートである私が床磨きをしなければならんのだ!?」
「それは、斑先輩が“黒糖サイダー”を零したからに決まってるじゃないですかー!!?」
「葉原先輩・・・・・・神谷先輩は?」
「何で皆私にばっかり聞いてくるの!!?神谷先輩なら『一身上の都合で休む』って連絡があったよ!!この忙しい時に何よ、『一身上の都合』って!!
全く、神谷先輩に限らずどいつもこいつも面倒事ばっかり引き起こすんだから!!!」
「「「「・・・・・・」」」」

昨日の件で2日間の事務仕事を言い渡された176支部のメンバーの姿。
特に、問題児集団の面々は日頃から集中して事務仕事を行ったことが無かったため、その手のエキスパートである葉原に頼りまくりであった。
つまり、比例的に葉原の負担とイラツキは増すばかりである。

「キレッキレだね、ゆかりさんは」
「鳥羽君・・・私もゆかりっちが言った『どいつもこいつも』に入っているのかな・・・?」
「・・・・・・」
「無言・・・!!や、やっぱそうだよね・・・」
「それを言ったら、病欠しがちな僕も入ってるぞ」

焔火と網枷は、揃って葉原の怒りっぷりを離れた位置から見やっている。鳥羽を含めた3人は、今しばらくはあの中に入らないほうが無難だと判断する。

「それにしても・・・僕が休んでいる間に色んなことがあったんだな。
まさか、リーダーが入院する羽目になっていたとは・・・。今日にでも見舞いに行った方がよさそうだな」
「・・・すみません」
「ん?どうして焔火が謝るんだ?風紀委員として、殺人鬼を許せないと思うのは当たり前なんじゃないのか?」
「そ、それはそうなんですけど・・・。やり方がまずかったなぁって。今も反省しまくりですよ?」

網枷の疑問に焔火は昨日のことを思い返す。自分が取った行動の危うさを見極めるように。

「・・・少し変わったな、焔火」
「・・・そうですか?」
「あぁ。鳥羽はどう思う?」
「俺も網枷先輩と同じですよ。前までの緋花さんだったら絶対に連絡を入れないだろうなって時でも、今ならちゃんと連絡を入れてますし。
昨日の件だって、ずっと反省しっ放しでしたから。網枷先輩の言う通り、少しずつ良い方向へ変わって行ってるんじゃないですか?」
「・・・あ、ありがとう」

同僚達に自身の変化を認められて、焔火の心も軽くなる。自分が歩んで来た道程は決して無駄では無いのだと実感する。

「これは、何時も1人でパトロールしている鳥羽も負けてはいられないな?な?」
「うっ!!」
「そういえば、鳥羽君って支部だといっつも1人でパトロールしてるよね?風紀委員会では一緒だけど」
「そ、それは・・・」

網枷と焔火の追及に、鳥羽は思わず口ごもる。彼は、葉原と共に今年の1月に176支部の門を叩いた人間で、温厚で且つ誰とも仲良くなれる性格である。
その一方で、無能力者ということにコンプレックスを感じており、能力者の神谷達やレベルの高いバックアップやオペレートのできる同期の葉原に嫉妬することもある。
そんな自分を最悪だと自覚はしているために、決して内面は腐ってるというわけではないが。
しかし、上記の理由により自分だけ場違いに近い思いを抱いており、そんな思いから逃げるかのようによく一人でパトロールに出ている。
但し、今回の風紀委員会では支部単位で動くことが多いので、それに応じて一緒に行動を共にすることが多くなっている。

「まぁ、以前の焔火とは違ってちゃんと連絡も入れてるし、パトロールがてら奉仕活動にも力を入れているから、そういう意味では焔火には負けていないな」
「・・・そ、そうですか?でも、俺ってゆかりさんみたいにオペレートをこなそうとしても、何時も四苦八苦してますし・・・」
「それはそれだろ?お前の奉仕活動だって、ちゃんと一般の方の力になってるって」
「そうです・・・か?」
「あぁ」
「私も今回の捜査が終わったら、そっち方面にも力を入れようかなって思ってるんです。
178支部の真面も、奉仕活動に力を入れているみたいですし。そうだ!鳥羽君!その時は一つ指導をお願いしてもいいかな?」
「お、俺が緋花さんに指導!?」

鳥羽は、思いがけない提案に驚愕する。今まで指導されることはあっても指導する立場になったことは無かった(奉仕活動での道案内等は除く)。
無能力者である自分が自分よりレベルが数段上の人間へ指導する。その現実を、今の鳥羽は実感できない。

「うん!!176支部(ウチ)の支部員の中でマトモに奉仕活動を行っている人って鳥羽君くらいしかいないし」
「そ、それはそうだけど・・・」
「・・・私ってさ、今まで色んなコトを見てなかったし、気付いてもいなかった。だから、私はそんな無知で馬鹿な自分から脱却したいの!
鳥羽君や真面みたいに、誰のアドバイスも受けずに奉仕活動を思い付いて実践してる人って私からしたらすごいなって思うんだ」
「すごい・・・?」
「そう」

焔火の屈託無い笑顔が眩しい。こんな風に自分を認めてくれる同年代の人間には会ったことが無かった。自分の思いを打ち明けたことが無かったのがそもそもの原因だが。
だが、網枷の言葉を切欠に自分の行いを心の底から認めてくれる人間が居ることに気付いた。自分の行いは、同僚にちゃんと評価されることだったと理解した。

「わ、わかった。俺でよかったら・・・」
「ホント!ありがとう!!」

焔火と鳥羽。立場や境遇は違えど、ある意味では似た者同士だったということだ。そんな人間の頼みを断れるわけも無い。断ろうと思う筈が無い。

「よかったな、焔火。それに・・・鳥羽も」
「・・・今日は何時に無く饒舌ですね?」
「まぁな。僕も・・・色々悩んでいるからな。そのせいかもしれない」
「・・・網枷先輩って・・・」
「何時も無表情だからな・・・」
「・・・本当に失礼な後輩達だな」
「「プッ」」

網枷の不平に思わず笑ってしまう焔火と鳥羽。網枷の鉄仮面のような無表情っぷりは、支部員の中でも有名である。
顔色一つ変えずにツッコミを入れたりボケたりするので、ある種の気持ち悪さを放っているのだ。

「す、すみませんって!・・・ちなみに、その悩みって何ですか?」
「・・・色々ある。例えば・・・リーダーが入院する羽目になっているのに、僕は何をしているんだ・・・とかな」
「そ、それは仕方無いですよ!何事も体が資本ですし!」
「だからこそだ。本当は、自分の体に自信が無い人間が風紀委員になるべきでは無いのかもしれんな。肝心な時に力になれないのでは・・・」

網枷は無表情なりに悔しさを露にする。彼自身、支部内で葉原と共に後方支援に就いているが、その技能は後輩の葉原に劣る。
しかも、病欠しがちで支部員に心配と迷惑を掛けてしまっている。その苦悩が、焔火と葉原には見て取れた。

「網枷先輩・・・」
「・・・あぁ、すまん。つい愚痴ってしまったな。気にしないでくれ。これは、自分で何とかしなければならない問題だ」
「で、でも・・・」

余計な心配を掛けまいとする網枷に焔火が食い下がる。それは、彼女の優しさ・・・そして・・・悪癖。

「いいんだ、焔火。今のお前は自分のことで精一杯なんだろう?だったら、自分のことにだけ集中するべきだ。僕のことは・・・」
「そんなことできません!自分のことばかり気にする余りに、先輩の苦悩に気付かない人間に私はなりたく無い!」
「そうですよ!俺も、網枷先輩が悩んでいるなら力になりたいですよ!なれるかどうかはわかんないですけど・・・」
「お前達・・・」

焔火と鳥羽は網枷に尚も食い下がる。特に、焔火は絶対に譲らない構えだ。
今の彼女にあるのは、燃え滾る決意の炎。今度こそ間違えない。自分の信念で、自分のやり方で最適な行動と結果を出してみせる。
加賀美の時のような失敗は、絶対に繰り返さない。そう、強く念じる。

「・・・わかったわかった。まぁ、すぐに解決すべき問題でも無いだろうし、今は他に重要なことがある。お前達の協力を仰ぐことになっても、徐々にという流れだな」
「網枷先輩・・・」
「ふぅ。こんな悩みが湧いてでたのも、全てはその殺人鬼のせいだ。・・・確か、あの“変人”が相手をするって意気込んでいるんだったな。
全く、そこまでやる気があるのならリーダー達と遭遇する前にカタを着けて欲しかったな」

話題転換。よくよく注意すれば、その不自然さに気付いたかもしれない。だが、この時の焔火と鳥羽は気付かなかった。唯、それだけの話である。

「あ~・・・しばらくは望み薄だと思いますよ?」
「ん?どうして?」
「界刺さんなら、昨日からどっかにボランティアで出掛けていますから。数日帰って来ないみたいですし」
「俺も緋花さんから聞いて呆れちゃいましたよ。殺し屋と戦うって息巻いてる癖に、そんな暇があるのかって。まぁ、本人としては不本意だったみたいですけど」
「不本意?」
「何でも、知り合いの“変人”に騙された挙句に強制参加させられたみたいで。そのせいか全然やる気が無いモンだから、近くに居た子供達にボコボコにされてましたよ」
「事の顛末を聞いて、“変人”の知り合いは“変人”しか居ないってつくづく思いましたよ。ハッハッハ」
「・・・ねぇ、鳥羽君?それは、私も“変人”だって言いたいのかなぁ?うん?」
「ビクッ!!?い、いや、そういう意味じゃ無いよ!!」
「(奴はしばらく居ない・・・か。これは、こちらにとって好都合だ。如何に風紀委員に従順しないと言っても、その存在があるだけで目障りなのには変わらないからな。
欲を言えば、あの殺人鬼を処理してから出掛けてほしかったが。あの男さえ居なければ・・・・・・)」

恐い笑顔を浮かべながら迫る焔火に顔を青ざめる鳥羽。それ等を余所に、網枷は沈黙する。沈黙した後に、口を開く。

「そういえば、一昨日の・・・“手駒達”の件もその“変人”が関わっているという見方が濃厚と聞いたが?」
「そ、そうなんですよ!!で、でも確証が全然無くて!!」
「あっ、逃げた」
「焔火・・・。本人も否定したんだよな?」
「えぇ。私達がどうなろうと知ったことじゃ無い的な台詞さえ言い放ちましたよ」
「本当にムカつく奴だよな。これ以上あの男に借りを作りたく無いね」
「うん!私も色んな意味でお世話になってるけど、これ以上はあの人の力を頼らない!!それは、ここに居る人達の総意じゃないかな?」
「俺もそう思う」
「(フム。やはり、俺の見立ては正しかったか。これなら、少なくとも『シンボル』に助力を請うことを躊躇うだろう。させる時間を与えるつもりも無いしな。
後は・・・やはり“手駒達”の件か。あの“変人”が、唯風紀委員を助けるためだけに行動を起こすわけが無い。
脚を焼き貫く方法やジャミングの手段を持っていることも気に掛かるが・・・現段階では情報が少な過ぎるな。奴なら、風紀委員に己の手札を明かすわけも無いし。
こうなれば、奴が不在の間に事を進めてしまうのが吉だ。“決行”が済んだら、表立って動くことはあの殺人鬼に対する対処以外では無いだろうからな。
いかに奴が『軍隊蟻』とのパイプを持っている可能性があるとしても、俺達の正確な居場所や行動を予測し切れるわけは・・・)」
「そこの3人!!何をボーっと突っ立っているんですか!?」
「「「!!?」」」

様々な思考や言葉を流している3人に声を掛けたのは、159支部に所属する厳原記立。彼女の手には、大量の書類が抱えられていた。

「貴方達は176支部の風紀委員ですね?慣れない事務仕事なのは承知していますが、イコールサボリを認めたわけじゃありませんよ?」
「そ、それもそうですね!」
「ゆかりっちの機嫌は直ってるかな~?」
「鳥羽。とりあえず、彼女の荷物を半分持ってやれ」
「了解です!!」

網枷の指示を受けて鳥羽が厳原の荷物を半分持つ。そして、3人揃って所定の部屋に戻って行く・・・その後姿を厳原は『透視能力』によって観察していた。

「(『眼球印の黒い着衣品』・・・。今の網枷はそれ等を一切身に着けていないようね。鞄の中にも無かったし。私が居るんだから、当然と言えば当然の対策だけど)」

内通者の存在を知る残りの2人の内の1人が、彼女厳原記立である。風紀委員会設置初日に178支部を“手駒達”が尾行していたことが発覚した後は、
彼女の『透視能力』は、『ブラックウィザード』の監視に対する大きな対抗策となっていた。
そして、一昨日破輩と共に椎倉から聞かされた内通者の存在。彼女は驚愕と共に椎倉の指示を受け入れていた。
それは、網枷の監視。彼に気取られないように、『透視能力』をも用いてできるだけ監視を続けること。

「(ある意味、私にとっても綱渡りになるわね。網枷が警戒する人間の上位に『透視能力』を持つ私は含まれる筈。いざと言う時は・・・ブルッ!!)」

それは、かつてのおぞましき経験。風輪での騒動の折に、自分は敵に生死の境を彷徨う重傷を負わせられた。
今では体の方は全快しているものの、その時に負った精神的ダメージは未だ脳裏に焼き付いている。
本当ならば、『ブラックウィザード』の構成員が着けているとされるシンボルーマーク入りの着衣品を見付ける最有力も厳原であったが、彼女は前線に出ていない。
それは、破輩の希望。『透視能力』以外の戦闘力は並の風紀委員レベルでしかない厳原は、上記にもある通りかつて戦闘力で勝る敵によって瀕死の重傷を負わされた。
その光景を二度と繰り返したくない厳原の親友破輩は、網枷の監視という“お題目”を挙げることで彼女の前線参加を阻止しているのだ。
もちろん、この任務も結構な綱渡りではあったが、それでも仲間の多い本部に居れば・・・という思いが破輩にはあった。そして、そんな親友の心遣いを厳原は理解していた。

「(・・・!!こ、こんなコトで負けちゃ駄目!!風紀委員になると決めた時から、そういう事態になることだって覚悟していたでしょ!!
私にしかできないことがある!!だったら、それを遂行しないと!!妃里嶺達だって頑張ってる!!気を使ってくれている!!
私も、何時までもあんなコトに囚われてはいられない!!私は・・・乗り越えてみせる!!)」

震え出す肩を抑えながら厳原は歩き出す。これは、自分との戦いでもある。今後も風紀委員で在り続けるためには、避けては通れない道。
これは、彼女に限ってのことでは無い。少年少女達は、誰もが色んな経験を経ることで成長して行く。これは、その過程の途中でしか無いのだから。






「おい!!バージョンアップのために組んだプログラムはまだか!!?」
「す、すみません!!只今持って来ました!!」
「機械が不調気味!?今日しか時間が取れないんだぞ!?やる気があるのか!?」
「も、申し訳ありません!!い、今は何とか落ち着いていますが・・・」
「最近はVersion.2に押され気味だからな!!今こそ俺達の力を結集して彼女を支えなければならないんだ!!」
「「はい!!」」
「・・・何だか、お取り込み中の所をお邪魔しちゃったみたいだな」
「初瀬。君や私が気にするような事柄では無いと思いますよ?ねぇ、緑川先生?」
「佐野の言う通りだ!!向こうよりこちらの方が先約なんだからな」

ここは、第8学区にある研究所『超世代技術研究開発センター』。
外の世界とは2、30年程の差があると謳われる学園都市の最新技術を、更なる上の次元に押し上げようと日夜研究に励んでいるこの施設に、
成瀬台支部の初瀬、159支部の佐野、警備員の緑川の3名は居た。そんな彼等の前に、茶髪碧眼の男が現れた。

「待たせて済まなかったな。何分飛び入りの仕事が飛び込んできたモンで。と言っても私の管轄では無いがな」

男の名はアルバート=コリングウッド。この研究所で働く研究員であり、『電撃使い』関係の能力を応用したテクノロジーを用いた兵器の開発を特に研究している人間である。
風紀委員会は、この男に今回の『ブラックウィザード』捜査で重要なキーとなるであろう“手駒達”を操作している小型アンテナの分析を依頼していた。

「あれって何ですか?」
「私も詳しいことは知らないが、ここのOBがメディア関連で仕事をしているようでな。そのOBの上司の命令で、急遽この研究所の機材を使いたいと言って来たんだ」
「成程。世知辛いですね」
「まぁ、他のことはどうでもいい。君達の依頼をさっさと果たそうじゃないか。私も暇では無いんだ」
「それは済まなかったな、コリングウッド。それじゃあ、さっさと始めるか!!」

若干不機嫌そうなアルバートに緑川が詫び、ここに来た目的の迅速な遂行を目指す。

「初瀬。これが、君のスマートフォンを改良した新型スマートフォン『ハックコード』だ。
スマートフォンの機能向上はもちろん、これで様々な電波が傍受可能な上に高精度且つ長距離の逆探知を仕掛けられるように改造してある。
電波を使わない環境下におけるパソコンやカメラ等にも、万能を期した専用のケーブルを繋ぐことでアクセス可能だ。タブレットデバイスも用意してある。
これに君の『阻害情報』と組み合わせることで、より大きな効果が望めるだろう。君達が現在当たっている任務においても。
但し、ジャミング機能は搭載していない。精密を期した逆探知機能に容量を取られたこともあるが、本来この機能は風紀委員と言えど学生が持つべきモノでは無いからな」
「『ハックコード』・・・生まれ変わった俺の相棒・・・!!やっぱり自分のスマートフォンってのはいい。
こいつを改良に出してからは代用品で我慢してたからな。今後ともよろしく頼むぜ、『ハックコード』!!」
「“手駒達”を操作している装置が1つとは限らない以上、ジャミングより捕捉に力を入れたのは正しいと思いますよ。
初瀬の能力も十分活かせそうですし。・・・能力者の力と組み合わせることで相乗効果を生み出す・・・か」
「それが、私が専門としている『能力兵器』の在り方だからね」
「言っておくが、俺はそちらの考えを認めたわけじゃ無いからな?」
「わかっている。この分野は、色んな問題が付随して来る。だが、それが研究を中止する理由にはならない。それだけの話だよ、緑川先生?」

『能力兵器』。学園都市の技術を以ってしても実現不能な兵器を、超能力による現象で補うことで使用可能にするという身も蓋もない学問、もしくはそれによって作られた兵器。
但し、学生を兵器の一部にすることへの倫理的問題、量産の難易度、昨今の科学技術の躍進などから、少なくとも“表”では余り盛んな学問ではない。
その数少ない“表”の研究者がアルバートなのだ。

「まぁ、これで少しは捜査に役立つというものでしょう」
「だな。これからは行動を共にすることも多くなるだろうけど、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」

初瀬と佐野は握手する。これは、椎倉と破輩に橙山が加わって協議した結果生まれた“手駒達”に対する対抗手段なのだ。
“手駒達”を完全に無力化するためには、彼等を操作している装置全てor装置を管理している大元のメインコンピュータを潰すしか無い。
そのために必要な足が『ハックコード』で、必要な手が初瀬の『阻害情報』なのだ。
『阻害情報』は、様々なネット(通信網)に意識を介して自在にプログラムの書き換えやハッキングなどを行える能力である。
初瀬の場合は、スマートフォンを媒体にしてネットに自分の意識をアクセスさせている。但し、能力を使用している間は完全に無防備状態になるため本人は余り使いたがらない。
その無防備状態を守るのが佐野の役目。加えて佐野は様々な電磁波を操作する『光学管制』という能力を持つため、両者がタッグを組むのは単なるプラスだけには止まらない。
また、『ハックコード』の存在やこの2人が組むことを知っているのは椎倉・破輩・固地・橙山・緑川の5人だけである。これは、『警備員主導の単独行動』という解釈なのだ。






「うわああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「「「「!!!??」」」」






そんな時に聞こえて来たのは、男の叫び声。それは、先程部下をガミガミ怒鳴り付けていた男の声。彼は、一目でわかる程にうろたえていた。

「バ、バージョンアップ用のプログラムに不具合があったようです!!他のプログラムにも次々に影響が・・・!!!」
「負荷が掛かり過ぎて、コンピュータの方にも不具合が!!」
「マ、マズイ!!バックアップはこのコンピュータにあるんだぞ!!」
「ハァ!!?な、何でそんなこと・・・あっ!!USBの中身がコンピュータの方に!!?」
「ま、まさかさっき『自分にもちょっと触らせてくれ』って言った時に・・・!!アンタ、うっかりバックアップまでコンピュータに移して、しかもその事実を忘れてたな!!?
だから、コンピュータに詳しくない畑違いの企画者が現場に命令出すなってあれ程・・・!!
他の人の許可も後で取るって聞かないし、バックアップ用プログラムも勝手に持ち出すし!!
そもそも、バージョンアップ用のプログラムだってこんな短期間で組めるわけが・・・!!」
「う、うるさい!!は、早く何とかしないと俺達の首が飛ぶぞ!!」

上司と部下の非難合戦を目にする初瀬達。内容自体は意味不明だが、ようはコンピュータ内にあるプログラムを何とか取り出せばいいという話だ。

「初瀬。これは、『ハックコード』の性能を試す丁度いい試金石になるのでは?」
「だね。コリングウッドさん。お願いします」
「ハァ・・・。まぁ、私の作った機械の性能に君の能力を組み合わせた結果を早速拝見できるんだ。いいだろう」

アルバートの同意を取り付けた初瀬達は、未だ非難の応酬を繰り広げている上司と部下を説得、早速初瀬が『ハックコード』とコンピュータをケーブルで繋ぐ。
能力的には『ハックコード』を使わずとも直接コンピュータから『阻害情報』を仕掛けることはできるが、
初瀬の場合はスマートフォンからアクセスした方が効率(=演算)が良いのだ。

「じゃあ、行って来ます!!」

初瀬は『阻害情報』を発動する。『ハックコード』に意識を介在させ、ケーブルを伝ってコンピュータ内部に入り込む。

「<うわ~。こりゃメチャクチャだ。急いでバックアップで取ってあるプログラムを見付けださないと!!>」

初瀬は、バージョンアップ用に作り、不具合が発生しているプログラムに冷や汗をかく。
今も尚不具合が広がりつつあるこの状況では、一刻も早い救出が求められる。

「<見付けた!!これを、『ハックコード』に避難させる!!>」

程無くして、初瀬はバックアッププログラムを見付ける。幸い、不具合はまだ及んでいないようだ。
初瀬の『阻害情報』なら、このプログラムを傷付けずに他の機材に移すことが可能だった。『ハックコード』を用いた第2の理由が、この避難誘導である。
全ては順調。数十秒でプログラムを『ハックコード』に移した初瀬は電脳世界で一息吐く。






「<思った以上に早く移ったな。まるでひとりでに・・・。まぁ、いいか。後は、意識を現実世界に戻してあの人達に返す。それで全部が・・・>」






これで、終わ・・・






「<眠いなァ。今何時だヨ、スタッフ?>」
「<へっ?>」






らなかった。






「・・・へっ?」

現実世界に戻って来た初瀬が、己の『ハックコード』から出現している3D映像に目を瞠る。

「・・・あレ?もしかして、本番だったりすル?」

それは、バックアップ用プログラムに備え付けられていた緊急脱出用プログラム。
保存・管理してあるコンピュータに“万が一”のことがあった場合に発動するモノで、自主的に他のコンピュータに移動、
移動先の性能をフルに活用して従来通りのパフォーマンスを発揮するよう組まれた学園都市最先端のプログラム。
今回で言うならば、バージョンアップ用プログラムの暴走が“万が一”と判断され、コンピュータに繋いでいた『ハックコード』にプログラムが自主的に避難して来たのである。
初瀬がスムーズに事を運べたのには、このプログラムの影響が大きい。
ここに居る面々(バージョンアップを果たそうとした関係者含め)の誰もが虚を突かれた現実に、3D映像の美少女は何を勘違いしたのか・・・

「み、みんナ~!こんばんワ!みんなの架空のアイドル!電脳歌姫だヨ!今日も“学園都市レイディオ”を聞いてくれてありがとウ!」


笑顔・キメ台詞・キメポーズの3段活用を表現する。初瀬恭治の下へ突如現れた電脳世界からの使者―電脳歌姫―の登場で、物語は徐々に混迷の色を深めて行く。

continue!!

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最終更新:2012年09月29日 23:14