ここは、第7学区にある静かな公園。人通りが殆ど無いこの場所に176支部の“剣神”
神谷稜は立っていた。
『一身上の都合』として風紀委員会を休んでまで彼が何をしているのかというと・・・
ビュン!!
ヒュン!!
それは、音速領域まで加速された石。何処からともなく飛来して来た凶器を神谷はギリギリでかわす。
フワフワ
お次は亀が歩く程度の速度で飛来して来た小石の群れ。それ等は神谷を取り囲むようにゆっくりと近付いて行く。
緊張しているせいか、神谷の顔に一筋の汗が流れる。そして・・・
ビュン!!ビュン!!ビュン!!
ヒュン!!
ビュン!!ビュン!!
ズサッ!!
ビュン!!ビュン!!ビュン!!
ザッ!!
急加速する群れ。ご丁寧に時間差で。それ等をかわしまくる神谷。それを見越していたかのように、群れの操り主は“剣神”がかわせないタイミングを見極め・・・
ビュン!!!
手元に残していた石を神谷のこめかみ目掛けて放つ。もちろん、音速領域で。
ザン!!!
放つ前から避けられないと反射的に理解した神谷は、手に持っていた針から『閃光真剣』を現出し、居合いの如き速度で石を叩き斬る。
以前と変わらない、神谷のずば抜けた戦闘能力を見せ付けられた格好になった操り主―
火川麻美―は感嘆の言葉を口に出す。
「全然衰えてないね、稜?私の『速度調節』にきっちり対応してるし」
「まだだ。こんなんじゃあ、あの野郎に勝てねぇ・・・!!麻美、次を・・・」
「ちょっとタンマ!私は稜みたいに体力があるわけじゃ無いよ?」
「何情けねぇこと言ってやがる。昔は俺が嫌だって抗議しても、お前は嬉々として特訓を強いて来たじゃねぇか?」
「昔は昔!今日も暑いし・・・少し休憩しようよ?ね?」
「・・・・・・チッ」
火川の訴えを渋々聞き入れる神谷。今回は自分から頼んでいることなので、神谷も強く出られない。彼女は、神谷の戦闘技術を高めた張本人である。
手に持っている物を音速領域の速さから陸亀程の遅さまで自由自在に変化させて当てることができる火川の『速度調節』によって、神谷は何度も痛い目を見た。
特訓とは名ばかりのイジメのようにしか当時は感じられなかったが、今では感謝している。決して口には出さないが。
「プハー!!やっぱり“抹茶ミルク”はおいしいねー!稜も飲んでみる?」
「そんなマズそうなモンいるか。俺はこの“ヤシの実サイダー”で十分だ」
「私からしたら、そっちの方がマズそうに見えるけど・・・」
公園内にある休憩所で冷えた缶ジュースを飲む2人。こうして2人一緒に居るというのは、夏休みになって初めてのことである。
「・・・珍しいね。稜から特訓のお誘いが掛かるなんて。今まで一度も無かったことよね?」
「・・・そうか?」
「うん。・・・詳しくは聞かないけど・・・そんなにヤバイの?今回の任務は?」
「・・・・・・あぁ」
影で休憩している2人の間に冷たい風が流れて行く。
「・・・私、信じてるから。稜なら絶対に生きて帰って来るって。何時ものように、ぶっきらぼうな態度で駆け寄って来る私を鬱陶しがるって」
「・・・悪かったな。ぶっきらぼうで」
「ぶっきらぼうじゃ無かったら稜じゃ無いよ」
「・・・ハァ。お前の世話焼き具合はこれからも続きそうだよな」
「もちろん!」
互いに軽口を言い合う神谷と火川。その言葉に込められた想いの密度は、果たしてどれ程のモノであったのか。それは、当人達にしかわからない。
「よし!麻美!休憩は終わりだ。次は、もっと厳しいヤツを頼む!!」
「OK!私の攻勢に何時まで耐え凌げるか・・・見せて貰いましょう!!」
神谷の掛け声を期に、再び炎天下の空の下に出る2人。これから昼食までは、ぶっ通しで特訓に集中するつもりだ。
「(今の俺に求められるのは・・・強さ!!現場の最前線で仲間達を守り切れる強さ!!敵の力を打ち砕く強さ!!
椎倉先輩が言う『自分の正義や信念を貫く行動』は、自分の強さを磨き上げることでも見出せるモンだ!!その上で周囲を見る!!昨日の二の轍は踏まねぇ!!
『
ブラックウィザード』にしろ、あの殺人鬼にしろ、ここぞと言う時は連中に負けない強さが絶対に必要になる!!俺は・・・もっと強くなってみせる!!)」
神谷が誓うソレは、自分なりに考えた『自分の正義や信念を貫く行動』。正直な話、椎倉が実践したような『行動』は、自分では中々に困難だ。元からの性格もある。
時間も無い。敵は待ってくれない。付け焼刃の強さでは肝心な時に役に立たない可能性が高い。
ならばどうするか?できるだけ自身を客観的に分析した末に出した結論は、『今ある己を磨き上げる』こと。
神谷の言う通り、現場では強さが求められる。それは精神的なモノ、そして実際に対抗できる実力。その点において、昨日の戦闘ではあの殺し屋に後れを取った。
故に、自身をとことん磨き上げる。風紀委員会を欠席したのも全てはそのため。その上で、昨日のような猪突猛進はしない。あんな思いは、もうしたくない。
だから、神谷は無我夢中で剣を振る。大事なモノを守るために。これもまた、神谷稜という少年の1つの成長である。
「押花君の知り合いか・・・。何か緊張して来た」
「別に緊張する必要ないっすよ、速見先輩!2人とも俺と同学年ですし」
「でも、押花君の顔の広さってすごいよね。まさか、今回の任務に関係する人間とも知り合っていたなんて」
「うむ!これも、普段の実生活で押花が作って来た交友関係が実を結んだということ!」
「そ、そんな大層なモンじゃないっすよ」
ここは、第19学区にある自然公園。成瀬台支部の単独行動組は、ここで押花の知り合いと待ち合わせをしていた。
「『置き去り』の施設・・・特に個人がやってるモノは土地単価の安い場所に施設を作っている場合が多い。
その条件と合致しているのが、ここ第19学区。再開発に失敗した学区で、廃墟ビルや寂れた店舗が多いここは、逆に言えば他学区に比べて土地を安く買い上げることができる」
「『ブラックウィザード』がもし『置き去り』を“手駒達”として使っているのならば、個人経営の施設を狙うであろうな。露見し難いという1点で」
「椎倉先輩の見立てだと、その手の施設を買収して攫うみたいな手段を取っている可能性もあるって言ってましたね」
「それに、この学区は他学区に比べると『置き去り』の行方不明事件が殆ど起きていない・・・というか報告されていないんすよね。・・・怪しいっすよね。
もちろん、第1学区とか第8学区とかもそうなんすけど、あそこら辺は特殊ですからね」
勇路・寒村・速見・押花は、これから本格的に活動して行くに当たっての状況整理を行う。
押花が言った通り、この第19学区で起きた行方不明事件の中に『置き去り』は殆ど含まれていない。それが、逆に怪しいと椎倉は睨んだ。
固地も椎倉と同意見だったが、何分施設の数が多過ぎるので彼1人では調査にも限界がある。そのため、体力自慢の成瀬台支部が抜擢されたのだ。
「ネットでも調べましたけど、第19学区は特に施設が乱立してますよね。それだけニーズがあるということなのか、単なる補助金狙いなのか・・・」
「制度を悪用したケースも結構あるみたいだね。後は、やっぱり土地単価の安さを狙った競争合戦かな?」
「押花!我輩達は、自身が風紀委員であることを悟られるわけには行かぬ!『ブラックウィザード』と関連する者がここに居るやも知れぬのだからな!」
「それについては、俺の友達に妙案があるみたいで。昨日も確認してみたんですけど、『これなら~、押花君達も大丈夫~』って言ってました!」
寒村の懸念は至極当然である。自分達が『置き去り』の調査をしていることを、万が一にも『ブラックウィザード』に感付かれるわけにはいなかいのだ。
寒村自身、風紀委員会に存在する内通者―
網枷双真―の存在を知っているからこそ余計に。
「そうか!!ならば、押花の友人を信じると・・・」
「お~い~!!押花君~!!」
「あっ!!この声は!!」
押花の耳に届いたのは、今回協力してくれる友の声。その方向に押花が視線を向ける。そこに居たのは・・・・・・
「免力君~。押花君だよ~」
「・・・そうだね。・・・直に会うのは結構久し振りかも」
「ハーハッハッハ!!!そうか!!“ゲコっち”もキャンプファイヤーの魅力に魅入られたか!!」
「はい!!今度学生寮の庭で盛大にファイヤー!!してみようと思います!!」
「焚き火は、一種の神秘なのさ・・・」
「焚き火とは、一種の人生でござる・・・」
「焚き火ってのは、一種の魔力だぜ・・・」
「焚き火・・・一種の儚き陽炎・・・」
「「「「焚き火っていいよなぁ~」」」」
「バリボリ(今日も暑いねぇ)」
「むむ?誰か知らないけど、筋肉ムッキムキの男の人達が居る・・・。あれが、もやしっ子の免力君が言ってた知り合い?意外だね~」
「・・・世界ってのは、そうまでして俺を本格的に風紀委員(あいつ等)と関わらせたいのか?にしても・・・『置き去り』の施設に連中がどうして・・・?・・・・・・・・・」
“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』。彼等の手にはカエルの着ぐるみが複数抱えられていた。
「お、押花君。あれが君の友達?」
「そ、そうっすね!こ、声を聞いた限りだと間違い無いっすけど・・・」
「・・・これは、僕も裸になるしかないようだね(キリッ)」
「(・・・椎倉よ。貴殿が言っておった『かなり低い可能性』が、正に現実となったぞ。・・・偶然とは恐ろしいモノよ)」
対する成瀬台単独行動組は、“ヒーロー戦隊”の登場に様々な感情を抱く。偶然が結んだ両者の出会いは、後に物語に大きな影響を及ぼすこととなる。
「キョウジの『ハックコード』ってすごいネ!!私の機能を80%くらい発揮できるシ!!タブレットデバイスを併用したら殆ど100%だシ!!」
「・・・あのさぁ」
「ン?何?」
「君って誰?」
「ガクッ!!あ、あなタ!!さっきの説明聞いて無かったのかヨ!!?」
「いや、聞いてはいたんだけど、俺って“学園都市レイディオ”って存在自体知らなかったし」
「なん・・・だト!?」
「3D映像にしてはリアルさがすごいですね。学園都市の技術も、遂にここまで来ましたか・・・!!」
太陽の日差しが本格的に強くなって来た頃、『超世代技術研究開発センター』を出た初瀬と佐野は『ハックコード』から飛び出している3D映像―
電脳歌姫―と会話していた。
「うんうん、ウハはわかってるネ!!キョウジももうちょっと気の利いた台詞が言えないと、女の子にモテないゾ!!」
「う、うるさい!!クソッ!緊急脱出用プログラムを発動したから、最低1週間は『ハックコード』から移動できないってのが厄介だぜ!!」
「人を厄介者扱いすんナー!!」
簡潔に纏めるとこうだ。
電脳歌姫とは、学園都市の最先端の技術をエンタメ方面に活用した結果生まれたバーチャルアイドルである。
3D技術によって髪の毛一本まで精密に立体化した映像に学園都市の念動力と発火能力、の技術応用による触感、体温が加わり、
まるで二次元のアイドルが画面から飛び出したような出来になっている。声はもちろん専用の機械を用いているので、どんなテンポ、音程でも対応可能。
これぞまさに“最先端技術の無駄遣い”なのだが、思いの外一部のコアなファンがつく程の人気ぶりになった。
その切欠が“学園都市レイディオ”であり、今日彼女が『超世代技術研究開発センター』に来たのは後継機の躍進に危機感を抱いた一部の番組スタッフの独断なのだ。
その後の紆余曲折を経て、彼女―正確には彼女を構成するプログラム―が初瀬の持つ『バックコード』に移って来たというわけだ。
「それにしても、『移動先のコンピュータの性能を使って従来の性能を発揮する』・・・か。しかも、それをプログラム自身が判断して行うとは・・・!!」
「俺からしたら、自己増殖型コンピューターウィルスと一緒みたいな感覚だけど」
「ガー!!また私を侮辱したナー!!」
電脳歌姫を構成するプログラムには、様々な効果を発揮する計算式が詰め込まれている。
その中で特に大きいのが、『プログラム自身が学び、同時に成長する』という“自立成長型プログラム”である。
バーチャルアイドルである彼女は、あくまでプログラムである。生きているわけでは無い。
そんな彼女がこうして人間と会話を行えているのは、ひとえにこの“自立成長型プログラム”のおかげである。
“学園都市レイディオ”での活動やスタッフ等との会話(実際の会話やプログラムの打ち込みetc)を経て、
電脳歌姫は1人の人間と呼んで差し支えない程の思考能力を手に入れた。そこに感情が宿っているかは不明だが。
「にしても、そんなんでよくバーチャルアイドルが務まってるね。俺だったら、絶対に付いていけないわ」
「ふ~ン!!私に求められているキャラ像は全部把握済みだからネ!!プリティーキャラから毒舌キャラまで、幅広い用途を取り揃えていますヨ!!フフフ!!」
「うわ~、ドン引き・・・」
「ホントにキョウジは私を侮辱するのが好きだナ!!Sカ!?キョウジはSなのカ!!?」
「あ~、うるさいうるさい」
電脳歌姫の抗議に取り合わない初瀬。初瀬自身、こういうキャラは二次元・三次元問わず余り好きでは無い。
折角自分のスマートフォンが帰って来たと思ったら、とんだ余所者が入り込んで来たモンだ。
「駄目ですよ、初瀬?女性の扱い方には気を使わないと」
「ウハ!!やっぱり、ウハは最高だヨ!それに比べてキョウジは・・・」
「ふ、ふん!!俺だって、これからすごいプレッシャーを抱えながら仕事しなきゃなんないんだからな!!
もし『ハックコード』に何かあって君に異常が発生したら、あの人達の首が本当に飛ぶんだからな!!」
「馬鹿スタッフは、やっぱり馬鹿だったってわけネ。やれやレ」
初瀬が言っているのは、独断行動した挙句に他者のスマートフォンにプログラムが移動する結果を作ってしまった番組スタッフのことである。
緊急脱出用プログラムが発動したらどうなるのかは部下である人間は理解していたが、生憎と上司は知らなかった。
なので、上司は初瀬から『ハックコード』を取り上げようとしたのだが、そこは風紀委員。任務に必須な『ハックコード』を持っていかれるわけにはいかないと抵抗した。
警備員の緑川の存在も功を奏したのだろう。彼の説得(上司からしたら脅迫)に折れた上司は、『プログラムに異常を来たさない』ことを条件に、渋々引き下げて行った。
こちらとしては、『何様のつもりだ』と文句の1つでも言ってやりたかったが、話が拗れるだけなので我慢した。
それに、電脳歌姫に何かあれば番組1つが飛ぶのである。そこに関わっているスタッフにも悪影響が発生することは避けられない。
故に、初瀬にとっても彼女の取り扱いには細心の注意を払うつもりだったのだが、いざ彼女と会話してみるとその気を失わせるようなことばっかり言って来る始末なのだ。
ちなみに、彼女には自分の素性や任務のことについて掻い摘んで説明してある。そうしないと、彼女が騒ぐことで任務の邪魔になりかねないからだ。
「・・・ハァ。頼むから仕事中は静かにしてくれよ?君・・・というか『ハックコード』の存在は今の所一部の風紀委員以外に教えちゃいけないんだから」
「ムー?何デ?」
「成瀬台支部(ウチ)のリーダーの命令だから」
「ムムー?何でいけないノ?仲間に教えても別にいいんじャ・・・ハハ~ン!!わかったゾ!!」
「えっ?」
「つまり・・・キョウジは自慢したがりでウザイ人間だって思われてるんダ!!だから、口外禁止のお触れが出たんだネ!!納得納得!」
「納得すんな!!つーか、そんなわけあるか!!支部や警備員の単独行動を認めたんだから、その独立性みたいなのを保持したいだけ・・・」
「男の言い訳は見苦しいネ」
「う、うるせぇ!!口の減らないアイドルだ!!こうなったら、電源を落としてやる!!」
「なッ!?ま、待っテ!!わ、私が悪かったヨ!!だからそれだけハ!!」
『ハックコード』を媒体として、現実世界で喧嘩する人間とバーチャルアイドル。見ようによっては、とことん奇妙な光景である。
「(・・・でも、歌姫さんの指摘ももっともなんですよね。
何故今回の行動の詳細や『ハックコード』の存在を他の風紀委員に教えてはならないのか。
この行動も、表向きは176支部の面々が後方任務に就くということで、椎倉先輩から『交渉下手な緑川先生の手助けに』と私達2人が指名されたんですよね。
緑川先生は頭がゴリラですから横に置いとくとして、幾ら単独行動の独立性を保つためとは言え・・・成瀬台支部の単独行動も思い返せば急な印象が否めない。
あの時は、“手駒達”の件や“変人”の昔話で場の流れが変わってしまったので、何とも思わなかったですが・・・。もしかすると・・・。いや、深読みは禁物ですね。
しかし・・・これは、私達の知らない所で色んな策謀が渦巻いている可能性がありますね。おそらく、地が気弱な破輩先輩も関わっているのでしょう)」
一方、もう1人の同行者である佐野は電脳歌姫の指摘を切欠に、風紀委員会内の出来事・行動を思い返していた。
全ては、あの“変人”の部屋に椎倉達が足を踏み入れた後から動き始めている。今までの沈滞っぷりが嘘のように、自分達の見える・見えない部分で動きが活発化している。
「(・・・可能性としては思い付くんですよね。何せ、風輪の騒動で私達159支部は体験済みのことですから。
あの時と違うのは、破輩先輩が“ソレ”を知った上で動いている可能性があること。・・・まてよ。・・・あの時はリンちゃんさんや鉄枷も同行していた筈。・・・フフッ。
仲間外れみたいな感覚は正直好みませんが、その理由も理解できるのが痛し痒し。湖后腹とかは、絶対に顔に出そうですし。
これは、私も覚悟した上で任務に当たった方がいいですね。事が動けば、否応無しに破輩先輩からも説明があるでしょう。それまでは目の前の任務に全力を注ぐのみ!!)」
佐野は1つの可能性を思い浮かべ、それに対する覚悟を決め、その上で目の前の任務に全力を尽くすことを決意する。
自分の考えていることは、きっと破輩達も考えている筈。ならば、自分の役目は彼女達の足を引っ張らないように全力を尽くすのみ。それが、佐野の下した判断であった。
「こうやって、むつのはな先輩ややまと先輩と一緒に外回りをするのは初めてかもですねー!!」
「そうですね。普段は撫子や渚達と共に事務仕事に就いていますから」
「暑い・・・。帽子を持って来た方が良かったかな?」
「かもな。撫子にはこの炎天下はキツイか・・・」
昼も近くなって来た頃合いに外回りをしているのは、花盛支部の少女達。メンバーは、抵部・篠崎・六花・山門・閨秀の5名である。
風紀委員会でも事務仕事ばかりやっていた六花や山門が何故外回りに同行しているのかというと、ひとえに176支部の問題児集団に振り回されたくなかったからである。
葉原のイラツキ具合を見てわかる通り、自分達に余計な火の粉が降り掛かって来るのは目に見えていたので事前に避難したというわけだ。
なので、成瀬台に残っている花盛支部員は渚・冠・幾凪の3名なのだが、彼女達(特に冠)ならあの問題児集団ともやっていけると判断されている。
「大丈夫ですよー、やまと先輩ーい!!わたしが先輩たちの分まで頑張りますからー!!」
「・・・ありがとう」
「フッ、抵部の元気の程を私達も見習わなければなりませんね」
「それにしても、抵部さんって元気ですよね。休暇明けからは特に」
「篠崎もそう思うか?あたしも同感」
抵部の元気っぷりに、他の面々は元気付けられるのと同時に少しの疑問を抱く。篠崎の言う通り、休暇明けからの抵部はその元気っぷりに拍車が掛かっているように見える。
『ブラックウィザード』の捜査が中々進展しない中、馬鹿以外の理由(オイ!)でよくもまぁそんなにはしゃげるものだと感心さえしてしまう程だ。
「ふふ~ん!!何たって、わたしには心強いおま・・・・・・な、何でもないですよー!!」
「・・・牡丹。撫子。篠崎」
「「「(コクッ)」」」
「わわわ!?な、何するんですかー!?」
花盛支部員は知っている。抵部がこういう態度を取る時は、決まって何かを隠していることに。
よって、閨秀の『皆無重量』で抵部を捕縛し、人気の無い路地裏へ移動する。
(ちなみに、内通者関連情報の口外禁止については閨秀の説得(という名の脅し)で抵部の脳裏に深く刻み込まれているために今の所はバレていない)
「抵部。お前は隠し事には基本的に向いてねぇよ。だから、さっさと吐け!お前の隠し事って、後々に引き摺ることが多いからな!!」
「ぜ、ぜったいにイヤですー!!」
「・・・そういえば、抵部さんの体から風紀委員会に属していない男の方の匂いがするんですよね。休暇明けから」
「なっ!?」
篠崎のカミングアウトに閨秀は動揺を隠せない。篠崎は、『芳香散布』という己の能力のせいか嗅覚面で常人より優れた働きを見せる。匂いフェチとも言い換えられるが。
「お、お前・・・ま、まさか・・・こ、ここ、恋人ができたってのか!!?そ、そんな・・・そんな!!」
「美魁!!お、落ち着いて!!まだ、そうと決まったわけじゃ無いわ!!」
「・・・私には心から理解できない感情ね」
彼氏いない暦=年齢である閨秀にとって、自分が可愛がっている後輩に先を越されるのは絶対に認めることができない現実である。
「な、何言ってるんですかー!?わ、私とかいじさんが恋人なわけないじゃないですかー!!」
「・・・・・・界刺?」
「あっ」
抵部莢奈という少女は、基本的に馬鹿である。基本とはすなわち根本である。
「篠崎。その匂いってのは何処からするんだ?」
「・・・・・・彼女の首筋からです」
「そういえば、休暇明けから抵部は何か首にぶら下げていましたね」
「・・・さっさと終わらせよっか。任務中だし」
閨秀の問いに篠崎が憮然とした態度で答える。そして、山門が抵部の首に掛かっているモノを取ろうとする。
「だっ!!」
「!?」
それを止めた、否、止めさせられたのは抵部の『物体補強』。彼女は首筋と胸に手を持って行き、『物体補強』によって己が体を固めてしまったのである。
(閨秀は、無重量空間に囚われた抵部に殆ど念動力を掛けていなかった)
「抵部・・・」
「これは、かいじさんからもらったお守りです!!世界のかごがあるかもってくれたんですー!!ぜったいにはなしちゃダメだって言ってたんですー!!
それに、これはかおりんとかいじさんを会わせる約束代わりのようなモノですー!!」
「えっ!?そ、そうなんですか!?」
「そうだよ、かおりん。わたしが一昨日『根焼』のアルバイトで『マリンウォール』に行った時に、たまたまかいじさんとバッタリ会って・・・それで・・・」
「抵部さん・・・!!私のお願いを果たそうと・・・!!」
「(これは・・・)」
「(何だか・・・)」
「(面倒な流れに・・・)」
抵部の言動に篠崎が揺り動かされる。同時に、閨秀・六花・山門は場の流れが変わったことに感付く。
「・・・先輩方!!ここは、どうか見逃してあげてくれませんか!?私からも・・・お願いします!!」
「かおりん・・・!!わ、わたしもお願いしますー!!これは、きっとかいじさんとわたしたちをむすぶお守りだと思うんですー!!」
「・・・ちょっと待ってろ。少し話し合って来るから」
抵部と篠崎の懇願を受けて、閨秀達3人は少し離れた位置に移動して話し合う。
「緊急会議の時も耳にしたけど、何で篠崎はあの野郎に会いたがってるんだ?」
「そ、それについては何も話さないんですよ。渚にも打ち明けていないみたいで」
「まさか、抵部があの『マリンウォール』で
界刺得世と会っていたなんてね。・・・どう思う?」
「どう思うって・・・。撫子から言えよ」
「偶然だとは思うんだけど・・・それにしたって色んなモノが重なり過ぎている印象を抱くわ。
159支部・176支部・そして花盛支部の人間が、一昨日の1日だけであの“変人”と遭遇しているし。まぁ、159支部は自ら望んでで、176支部は界刺に誘導されたみたいだけど」
「撫子の見立てだと、花盛支部・・・つまり抵部は偶然の部類というわけですか・・・。あのお守り・・・どう見ます?」
六花の視線の先にあるのは、『皆無重量』から解き放たれた抵部が首から出したお守り。抵部は、隣に居る篠崎にそれを見せている最中のようだ。
「・・・何か仕込んでそうだよな。発信機とか盗聴器とかそういう系の。だけど・・・」
「そう断定した場合、あの“変人”の狙いが益々わからなくなるんですよね。盗聴などが目的として、そんなことがバレればどうなるのかを理解できない人間では無い筈。
しかも、あの隠し事が下手な抵部に渡すリスクを考えると、おいそれとそんなモノを渡せるわけが無い。だから、その線は薄いと見ていいでしょう。
でも、それ以外の目的・・・例えば風紀委員に対する助力のためにという可能性などはもっと意味不明です。あの男は、私達に協力するつもりが無いと言ったんでしょう?」
「・・・まぁな(風路の件も考えると、あいつは何が何でも協力しないって人間じゃ無い。あいつなりの考えで、協力するかどうかを決める。抵部はそれに合致したってことか?)」
「協力しないのに、抵部に何かを仕込んでいそうなお守りを渡す・・・か。ふむ・・・。
もしかして・・・個人的に気に入られたとか?風紀委員にじゃ無くて、抵部莢奈本人に力を貸すみたいな」
「・・・かもしんねぇ。あたし達が抵部を可愛がっているのと同じ感覚を、あの野郎も抱いてんのかもな。抵部も野郎に懐いているみたいだし」
「私情ですか・・・。厄介ですね。特にあの“変人”の私情となると、読み難いにも程があります」
抵部莢奈という少女は、基本的に馬鹿である。だが、その馬鹿っぷりが先輩達の母性本能的な何かを擽っているというのも事実なのだ。
「・・・どうする?」
「あのお守りを含め、“変人”に私達風紀委員へ害を与える目的があるなら、その手先として抵部を選ぶ可能性は低いと思います。抵部は、その手のことに向かない人間です。
何かが仕込まれているであろうあのお守りは、きっと私達花盛支部とのパイプみたいな役割も持たせているのでしょう。抵部を個人的に気に入った線が濃厚とは言え」
「牡丹と同意見。今は様子見。篠崎の件もあるし、ここで強硬手段を取ったら支部内の調和に亀裂が入りかねない。今は、それは好ましく無い」
「・・・わかった。支部の中では、あたしが一番抵部と組んでいる時間が長いからな。注意しとくよ」
短い協議を終え、3人は抵部達の下へ歩いて行く。先輩の接近に気付いた後輩は、瞬間的に体を固くする。
「抵部」
「・・・はい」
「とりあえず、今の所はお前の希望を呑んでやるよ。但し、そのお守りの存在があたし達に危害を加えるってんなら、その時は取り上げる。いいな?」
「そんなこと、ありえるわけが無いですよー!!これは、わたしとかいじさんの約束のあかしですからー!!」
「(・・・やっぱ、バカカワイイな。バカワイイな)」
後輩の純真無垢と馬鹿の紙一重的な態度を目に映し、閨秀は改めて母性本能を擽られる。
「閨秀先輩」
「ん?何だよ、篠崎?」
「抵部さんから聞いたんですけど、このお守りの存在は口外禁止みたいなんです」
「・・・で?」
「ですから、このお守りの存在を知っているのは私達花盛支部の面々だけにして欲しいんです」
「・・・つまり、他支部の人間や警備員には伝えるなってことか?」
「そうです」
もう1人の後輩である篠崎が、先輩である閨秀と対峙する。その瞳には、常に無い力強さが宿っていた。
「篠崎・・・貴方は、どうしてあの“変人”にこだわるんですか?」
「六花先輩・・・。すみません。詳しいことは言えないんです。誰にも。唯・・・」
「・・・唯?」
「・・・見極めたいんです。あの人が抵部さんにこんなアクションを取ったってことは、何が目的にしろ今後私達に関わって来る可能性が高くなったってことです。
これは、絶好のチャンスなんです!私が今後風紀委員を続けて行く1つの指標になるかもしれないんです!!」
「かおりん・・・?」
「(篠崎・・・貴方・・・!!)」
篠崎の言葉を聞いていると、今のままでは風紀委員としては居られないとでも言いたいかのように聞こえて来る。
彼女は元来心根優しい子なのだが、よくドジを踏むのが自他共に悩みのタネであった。
例えば、風紀委員の書類に関してドジを踏み同僚に迷惑をかけたり、現行犯で逮捕した相手が実はなんの関係もない一般人だったりと、度し難いドジを踏む。
噂では、『医療目的で出した芳香剤が、便臭と間違えてケガ人にぶちまけた』こともあるそうだ。
その時は、『あんな優しい子が悪臭を持ち歩くわけが無い』『第一便臭とかどこで手に入れた』と擁護する声もあり、
本人に問い質しても曖昧に返されたこともあってか真実は判明していない。あまりのドジ率に、支部の後輩から敬語を使われない不遇な活動を行っている。
風紀委員としての実力自体は高いのだが、ドジが全てを台無しにしている。そんな人間をむざむざ外回りに出せるわけが無い。これは、先輩達の総意であった。
よって、能力も関係してのことかトイレ掃除やゴミ掃除をよくしている・・・というかさせられている(支部リーダーである冠の掃除好きの影響もある)。
本人的には、掃除ばかりを任されることをあまり苦にはしていない様子だったのだが、今の意思表明を見る限り彼女にも彼女なりに思う所が色々あったのかもしれない。
おそらく、普段は心の底にこの思い(ジレンマ)を眠らせながら己に宛がわれた役割を遂行していたのだろう。黙って、黙して、黙々と。
『もしこの場に居るのが俺では無く、界刺なら!この場に居る風紀委員の何人かが「
シンボル」のメンバーなら!!この事件は、もうとっくに解決していただろう!!!』
だが、その眠らせていた思いが伝聞で聞く“変人”の活躍に触発され、少女の視線を己が先輩から部外者である人間に向けてしまった。
風紀委員でも無い一般学生が、優秀な風紀委員と同等以上の活躍を繰り広げている。それに比べて、風紀委員である自分は一体何をしているのか。何ができているのか。
そんな疑問を抱き、考え、結果として“自分のため”にあの男の在り方を見極めるという選択肢を胸に抱いてしまったのではないか。
「ですから・・・今はあの人の思う通りにさせてあげて下さい。もちろん、お守りが原因で私達に危害を及ぼすようなことがあれば、その時は厳正な対処をするべきです。
ですが・・・今は・・・。どうか、お願いします。私にあの人の在り方を見極めさせて下さい」
そう言って、篠崎は頭を下げる。その姿に、後輩を導く立場である人間達は苦笑いをするしか無い。
「最近はショックなことばっかりだな。後輩がこんなに悩んでいることに気付かなかった自分が情けなくなってくるぜ(ボソッ)」
「私もです。本来であれば、先輩である私達が彼女の悩みに気付き、諭し、指導しなければならなかった。
それを疎かにした結果、後輩が私達では無くあの“変人”に希望を見出してしまった。・・・悔しいですね(ボソッ)」
「ある意味、これは私達の普段の行いが招いた事態というわけか。なら、私達に彼女を叱る権利は無いのかもしれないね(ボソッ)」
言葉は違えど、先輩に共通するのは後輩の在り方をきちんと指導して来なかった己に対する憤り。これは、自業自得。ならば・・・
「・・・わかりました。篠崎。貴方の言う通り、このことは花盛支部内の人間だけが知る所にします。
但し、貴方の言う通りそのお守りが原因で私達に危害があるようならその限りではありません。よろしいですね?」
「はい!ありがとうございます!!」
「よかったね、かおりん!!」
「うん!!」
六花の許可を受けて、篠崎と抵部は互いに手を取り合って喜び合う。自分達の希望を、条件付ながら先輩が聞き入れてくれたのだから。
「さて、これが吉と出るか凶と出るか・・・」
「結果的だとしても、私達に協力する気があるのか・・・それとも・・・」
「・・・あれこれ考えても仕方無いよ。『ブラックウィザード』の捜査に関わって来ると決まったわけじゃ無いし。
唯・・・それなりの覚悟はしておくべきだね。後は、後輩の悩みに気付けなかった反省も」
「・・・だな」
「・・・ですね」
山門の言葉に、閨秀と六花は揃って頷く。彼女達の選択が今後どう出るかは・・・今はまだわからない。
continue!!
最終更新:2012年10月09日 21:04