「あれ?緋花は?」

夜間活動に突入した176支部外回り組の中で、最初に焔火の不在に気付いたのはリーダーである加賀美。
丁度手分けして聞き込みとかをしていた最中だったので、加賀美の傍に居るのは神谷と一色だけであった。

「そういえば見掛けないな。焔火の奴・・・何処に行った?まさか・・・また勝手にどっかに・・・?」
「でも、最近の焔火ちゃんは単独行動する時はちゃんと俺達や後方に居る葉原ちゃんとかに連絡してますよ?ねぇ、加賀美先輩?」
「そうね。・・・とりあえず、ゆかりに連絡が来てないか確認してみる」

一色の進言は的を射ていたので、加賀美も慌てずに成瀬台に連絡を入れる。
通常は成瀬台支部に繋がる電話番号は1つ限りだが、風紀委員及び警備員間にだけ知らされている特別な番号がある。
そこに掛ければ、該当支部のオペレーターに直接繋ぐことができるのだ。

「あっ!ゆかり。今大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」

数コール後、176支部のオペレーター葉原ゆかりと回線が繋がった。

「えっとね、緋花から何か連絡入ってない?さっきから姿が見えなくてさ」
「緋花ちゃんが?いえ、私には何も。・・・ちょ、ちょっと待って下さい。鳥羽君にも聞いてみますから!」
「・・・わかった」

どうやら、葉原には焔火から何の連絡も入っていないようだ。その事実に、加賀美は嫌な胸騒ぎを覚える。あの“変人”が言った言葉を思い出しながら。


『俺が敵方なら、まずはあの娘から篭絡する・・・というか潰す』


「(そ、そういえば双真が私を狙ってくる可能性ばかり考えていたけど、あの人の見立てだと緋花もすごく狙われやすいんだよね。ま、まさか・・・ね。いや・・・でも・・・)」
「加賀美先輩!」
「う、うん!?どうだった!?」

今まで忘れていた可能性の実現性について冷や汗をかきながら考えていた加賀美に、部下である葉原が言葉に安堵の色を混ぜながら言葉を放つ。

「鳥羽君に連絡を入れていたみたいです。どうやら、178支部へ出向中に真面君達と作ったルートを辿って行くみたいです。何だか気になる所があるみたいで」
「そ、そう。・・・緋花の奴、少し功を焦っている感があるね。後で指導しないと!」
「ですね。私からもそれとなく言っておきます」
「そうね。よし、わかった!それじゃあ、後方業務よろしくね!」
「はい。先輩達も頑張って下さい!」
「うん!」

事情を把握した加賀美は、葉原との通話を切る。どうやら、自分が抱いていた危惧とは違っていたようだ。

「どうでした?」
「帝釈に連絡を入れての単独行動ね。178支部の子達と作ったルートに沿って調べたいことがあるみたい」
「そうですか!この暑い中張り切っていますね、焔火ちゃん!」
「そういう一色は、見るからにやる気が無いように見えるけどな」
「そういう神谷先輩だって、ずっと仏頂面だからやる気があるかどうかもわから・・・」
「ほぅ。なら、俺のやる気を感じてみるか?物理的に」
「ビクッ!!い、いやだな~。冗談ですよ、冗談」

地雷を踏んでしまった一色に、神谷が『閃光真剣』を片手に(脅迫という名の)証明をしようとする。なので、慌てて弁解する一色。
そのやり取りを見て、加賀美は笑いを零す。先程抱いていた嫌な思いが霧散するのを、確かに感じていたために。だが・・・






ドガーン!!!!!






「「「!!!??」」」

それ―安堵―もすぐに霧散する。






「破輩先輩!!あれ・・・!!」
「やはり、さっきの音は爆発か・・・!!湖后腹!!お前は、すぐに警備員に連絡を!!鉄枷!!一厘!!私達は、現場へ突入するぞ!!
『疾風旋風』で煙をできるだけ吸い込まないように調整するつもりだが、完全には防げないかもしれん!!ガスへ引火する可能性もある!!慎重に行くぞ!!」
「「「了解!!」」」

ここは、第5学区のビル街の一角。破輩率いる159支部の面々は、夜間活動中にあるビルの一角で起きた爆発事故に遭遇した。
当時は少し離れた場所に居た彼女達の耳に突き刺さった、2つの大きな爆発音。破輩達は、とりあえず距離が近い方の爆発音へと向かった。
そして、目にしたのはビルの5階から爆炎と煙が上がっている惨状。他のフロアを巻き込んでいるようで、中は黒煙のせいでどうなっているか不明。
あの中に、まだ生存者が居るかもしれない。『ブラックウィザード』の捜査中ではあったが、この惨状をみすみす放置するわけにはいかない。

「(とにもかくにも、中の様子を確認しないと動くに動けない。もし、あそこに人が居れば湖后腹が連絡した警備員と共に救出作業に当たらなければ!!)」

内心焦りながらも、冷静に現状を分析する破輩。彼女の判断は正しい。非難される代物では絶対に無い。
だが・・・こう仮定した時に彼女の判断はどう思われるだろうか?『この爆発事故それ自体が、外回りをしている風紀委員を釘付けにする罠であったとしたら?』・・・と。






「椎倉!私と緑川君は、近隣で起きた連続爆発事故への増援に行って来るっしょ!!後のことは任せていい!?一応、最低限の人数は残して行くから!!」
「了解しました。早く行って下さい!!人命が関わっている可能性が高いですし!!」

慌ただしく動く、成瀬台に駐在する警備員達。橙山が言う通り、今の彼女達には仲間からの応援要請が届いていた。
ここ成瀬台から結構離れた場所―しかも数箇所―で起きた爆発事故。タイミングから、これ等は同一犯が行った連続爆発事件として捉えられていた。
一刻も早い現場把握、そして救命作業が求められる可能性が高い事案として、ここに居る警備員達にも応援要請が届いたのだ。
成瀬台の警備として配備していた駆動鎧の機能を存分に発揮し、現場へ向かう消防隊と連携して事に当たることとなっていた。

「それじゃあ、行って来るっしょ!!緑川君!!」
「おう!!」

真剣な表情で会議室を出て行く橙山と緑川。程無くして、警備員専用の車両が何台も成瀬台を後にする。

「物騒ですね、椎倉先輩」
「あぁ。近くに居合わせた159支部と176支部も、現場で警備員の手伝いをしているようだ。俺達は、今回の事件で死者が出ないことを祈るしかない」
「椎倉先輩。どうやら、私達花盛支部も現場に。丁度上空を飛んでいた美魁が、爆発音と爆炎を目撃したみたいで」
「六花・・・。まぁ、閨秀の『皆無重量』なら上空からの観察も容易だしな」

橙山達が出て行ってから数十分経ち、会議室内は沈滞の空気が漂っていた。
そんな中初瀬の問いに椎倉が答え、それに六花が乗っかる。計画性を疑われる犯行について、どうしても気になってしまう部分があるのだ。
風紀委員会に所属する風紀委員が、現場で動いていることが余計にそうさせる。後方支援に就いている他のメンバーも、椅子を椎倉の方に向けている。

「この調子だと、今日の夜間活動はこの爆発事件に時間を取られる形になるわね」
「山門先輩・・・。冠先輩、大丈夫かなぁ・・・?」
「大丈夫だって。幾凪も知ってるでしょ?いざという時の冠先輩は、すごく頼りになるって!ねぇ、香織?」
「そうですね。閨秀先輩も現場に居るんですし、きっと大丈夫ですよ」
「こう言っては語弊がありますが、破輩先輩達も災難ですね。これから、夜間活動の本番だというのに」
「佐野君・・・。妃里嶺なら、どんな時も全力で事に望むでしょうね。全力を出し過ぎて、消耗しなければいいんだけど」
「物騒だな・・・。そういえば・・・葉原。確か、“焔火”は“単独行動中”だったな。・・・“大丈夫か”?」
「!!!・・・(スチャ)」
「ま、まぁ、大丈夫だと思いますよ?案外、爆発音を聞いて加賀美先輩の所に向かってるんじゃないですか?」

今日の夜間活動は、実質打ち止め。それを自覚した面々は、ほんの一時だけ気が緩む。緩んでしまったために・・・鳥羽の行動を見過ごしてしまった。






プシュン!!!






「えっ・・・!?」
「これは・・・!!?」

音に気付いた渚と、1人コンピュータの画面から目を離していなかった佐野が驚愕する。何故なら、今まで使用していたコンピュータの画面が突如として消えたからだ。
もちろん、それは全てのコンピュータに波及している。この現状に誰もが瞠目する中で、一番驚いていたのは・・・

「あ、網枷先輩・・・!!こ、これってどういう・・・!!?」

176支部メンバー鳥羽帝釈。彼は、先輩の指示通りにある3つのキーワードが放たれた後に、預かったUSBをコンピュータに接続した。
後方支援組に内通者が居る可能性を考慮して、敢えてコンピュータ関係に疎い自分がその存在を割り出すプログラムをインストールする。
インストール後は、プログラムが秘かにアクセス状況を把握し、怪しい行動が無いかを監視・分析する。有事であるため、これは止むを得ない措置だという説明を受けていた。
椎倉も許可した作戦。それなのに、現実で起こっているのはコンピュータの強制シャットダウン。まさか、自分が何か間違えてしまったのか?極度の不安に陥る後輩を尻目に・・・

「今日は、夜風が涼しそうだ」

先輩は窓際へと向かい、窓を開いた。冷房の効いた会議室に、生暖かい夜風が入って来る。

「網枷・・・!!!」
「皆に1つ謝らないといけないことがあるんだ。これは、椎倉先輩以下一部の風紀委員は既に知っていて、それを一部の風紀委員には“意図的に”知らされていなかったことだ」

椎倉は、網枷の声色の変化に臨戦態勢に入る。『真意解釈』で感じ取ったその声色に含まれた感情は・・・憤怒。

「実は・・・俺は『ブラックウィザード』の一員なんだ」






「・・・・・・へっ?あ、網枷先輩・・・・・・へっ?そ、それって・・・どういう・・・?」
「悪いな、鳥羽。お前には、厳原先輩の『透視能力』で身動きが取れない俺に代わって、
風紀委員会のコンピュータ網に蓄積されている全データの抹消及び強制終了の実行役になって貰った。
バックアップがあるコンピュータとの回線も、俺の方で別ウィンドウを開いて繋いだからそこから通じてオジャンだ。まぁ、データの抹消は然程重要では無いけどな。
ククッ、さすがは俺の後輩だ。見事にその役目を果たして貰ったよ。全く・・・扱いやすいったらない」

そう。鳥羽が差したUSBに含まれていたのは、コンピュータに差し込むだけで該当コンピュータ及びそれに繋がれている情報網(プログラム)を潰すコンピュータウィルスであった。
『ブラックウィザード』の幹部である蜘蛛井が開発した特別製のウィルス。外部からのハッキングを警戒して、風紀委員会のコンピュータは全て独立していた。
『書庫』等にアクセスする時も、所定の手続きをした後に繋ぎ、事が終わればネットワークを切っていた。
バックアップを保管してあるコンピュータも同様。故に、鳥羽は網枷の話―アクセス状況の調査によって、内通者を割り出す―を信じた。
コンピュータ関係に疎い自分でも、網枷の説明はわかりやすかった。自分がすることは、USBを差すことだけ。
後のことは椎倉達が主導的に。それだけで自分は・・・。そんな甘い―誘導された―考えに“辣腕士”はつけ込んだ。
アクセス状況の調査など、固地が自分の正体に気付いた頃から既にやっていただろうに。椎倉も、ずっと監視していただろうに。
そんな考えすら抱かなかった後輩に、網枷は哀れみの視線を送る。

「よく踊ってくれた。鳥羽・・・お前は今回の件のMVPだよ。自分で自分達の首を絞めたんだからな」
「そ、そんな・・・・・・そんな・・・!!!」
「と、鳥羽君!?しっかり!!!」

己がしてしまった醜態極まる行動に、鳥羽はその場にへたり込む。そんな同僚を、葉原が何とか支える。

「網枷!!」
「椎倉先輩。監視活動ご苦労様です。これで、あなたも重圧から解放されるでしょう?
それに・・・あなたならわかっている筈だ。俺が、何故自分の正体を明かしたのか・・・その意味を」
「(・・・!!近くに『ブラックウィザード』の構成員や“手駒達”が居るのか!?だが、ここは警備員達が・・・・・・!!!!!)」

そこまで思考を張り巡らせた椎倉が、愕然とした表情を露にする。それを予期していた網枷は告げる。

「想像通りですよ、椎倉先輩。さっき話題になっていた連続爆発事件ですが、あれは陽動です。ここに居る警備員を手薄にするため。そして、外回りの風紀委員を釘付けにするため。
タイミングの調整には苦労しましたが、159支部の風紀委員が持つ手錠に発信機を埋め込んでいましたから、それを利用させて貰いました。
佐野先輩には、以前2人きりになった時にシステムへのアクセス方法を教えて貰いましたから、それを“俺達”の仲間が存分に使わせて頂きましたよ。
当然、ここのコンピュータからもアクセスできますし、俺が使っていたコンピュータはUSBが差し込まれる直前にそこにもアクセスしていましたから、同時に感染しましたね」
「私達のシステムを悪用したのか!!」
「くっ!!!」
「あぁ、そうだ。彼等に連絡は取れませんよ?有線網には細工をしましたし、無線網は成瀬台を中心とした周囲一帯に強力なジャミング電波を発しています。残念でしたね」

網枷は、不敵な笑みを浮かべながら説明する。それは、無表情という仮面を脱ぎ去った彼本来の姿。
鋭利な視線を向ける“辣腕士”に、いよいよ最大級の危機感を抱く風紀委員達。まだ、網枷が『ブラックウィザード』の一員であることを信じられない人間も居る。
だが、目の前に聳え立つ現実は網枷が敵であることを示すモノだった。

「お前が正体を明かしたということは・・・構成員や“手駒達”が近くに居るのか!!?」
「居るのは“手駒達”だけですよ。唯・・・今回は俺なりのアレンジを加えてましてね。“アレ”があるんですよ」
「“アレ”!?それは一体・・・!?」
「椎倉先輩!!」
「ッッ!!どうした、厳原!!?」

突如後方に居た厳原―『透視能力』で“アレ”を見た―が放った悲鳴にも似た大声に、椎倉を初め他の風紀委員が目を向けた。
その隙を逃さず、網枷は“手駒達”―別の“手駒達”の使用する光学系能力で姿を隠していた―の念動力で宙に浮く。そして、別れの言葉を言い放った。

「では、手向けの花を受け取って下さい。では」
「ま。待て、網枷!!!」

椎倉の制止を気に留めるわけも無く、網枷は会議室を脱出した。その直後目に映したのは・・・網枷が零した“アレ”。

「な・・・ん、だと・・・!!!」

それは、『Hsシリーズ』と呼ばれる学園都市が誇る最新鋭兵器群の1つ。

「馬鹿・・・な・・・!!!」

機体の左右に機銃やミサイルを搭載した『羽』を持つ、通常は第23学区・制空権保全管制センターより発進する学園都市最新鋭の無人攻撃ヘリ。



ガシャッ!!!



HsAFH-11、通称『六枚羽』が搭載しているミサイルの照準を会議室へと向ける。そして、それ等は躊躇無く一斉に放たれた。






「くそっ!!」

『六枚羽』が今回搭載しているミサイルの照準には赤外線が用いられている。今回の作戦ではジャミング網を敷くに当たって多種多様の電波を氾濫させているために、
ミサイルロックにおける電波照準に狂いが生じる危険性があった。風紀委員会には、湖后腹という強力な『電撃使い』も存在する。
もし、彼が後方に残っていたら・・・その可能性を考慮して彼が扱えない赤外線ロックを採用したミサイルを用いた。
そんな敵の意図を知りようが無い風紀委員の中で咄嗟に反応したのは佐野。彼は電波や赤外線の向きを操作することができる。
故に、『光学管制』にて操作範囲内にある赤外線全てを用いてノイズを発生、加えて人体以上の熱を持っているコンピュータから放たれる赤外線を利用して、
会議室外へミサイルが誘導されるように操作する。電波照準が用いられていないことを『光学管制』で看破していた彼の機転で、何とかミサイルの直撃だけは防ぐ。



ボコーン!!!ドガーン!!!バァーン!!!



「キャアアアアアァァァッッ!!!!!」
「ぐあああああぁぁぁっっ!!!!!」

しかし、ミサイルの破壊力は凄まじい。会議室外に着弾したミサイルの爆風が会議室の壁を破壊し、同時に爆炎が巻き起こる。
そもそも、『光学管制』ではミサイルを破壊することはできない。『六枚羽』のミサイル照準に赤外線を用いた理由の一端はそこにある。
会議室という逃げ場が一切無い状態を狙われた奇襲に、風紀委員は爆炎に包まれ、翻弄され、吹き飛ばされる。

「くそっ!!何で『六枚羽』がここに!!?」
「駆動鎧で何とか応戦を・・・!!」

成瀬台に残り校舎の外で警備していた警備員達が手に機銃を持ち、応戦体勢に入る。
無線が妨害されて混乱していた最中に突如現れた脅威に、2機だけ残っていた駆動鎧に乗り込むために他の警備員が走る。だが・・・



ドドドドド!!!!!
ドカーン!!!ボコーン!!!



『六枚羽』は、駆動鎧に向けて機銃を打ち放つ。弾丸に特殊な溝を刻み、空気摩擦を利用して2500度まで熱した超耐熱金属弾『摩擦弾頭』を何発も打ち込まれた瞬間、
2機の駆動鎧は膨張し、オレンジ色の輝きに侵食されて一気に爆発した。更に、周囲にある色んな機材が詰まれた車両にも『摩擦弾頭』が叩き込まれる。

「駆動鎧が・・・!!!」
「ボーっとするな!!来るぞ!!」

駆動鎧だったモノの惨状に呆然とする同僚を叱り付け、何とか応戦を試みる警備員達。そこへ・・・



ドン!!ドン!!ドン!!



何機もの駆動鎧が姿を現した。

「あ、あれは増援か!!?近くを通ったどっかの警備員支部が応援をよこしてくれたのか!!?」
「よ、よし!!これなら何とか・・・・・・うん?あの駆動鎧・・・『Hsシリーズ』じゃ無いぞ!!あれはMPS-79だぞ!!何で旧型の駆動鎧がここに・・・!!」
「それに、あれはマニュアルで見たのと形が違うような・・・」

それは、警備員達が使用する『Hsシリーズ』の駆動鎧では無かった。それは、第10学区にある学園都市唯一の少年院を警備しているタイプの駆動鎧であった。
各所が補強・改造されているそれが、何故このタイミングでここに現れたのか?その疑問はすぐに解けた。



ドン!!ドン!!ドン!!



「何いー!!?」
「ギャアアアアァァァッッ!!!」

旧型駆動鎧が手に持っていた対隔壁用ショットガンが火を吹いた。駆動鎧ごとに、ショットガンに実弾が込められたモノと込められていないモノが存在しているようだ。
込められていないと言っても大量の炸薬によって発生させた空砲の破壊力は高く、一撃で複数の人間を薙ぎ倒すのは容易であった。
背中にある金属製リュックとショットガンがパイプのようなモノで繋がっている。あれで銃弾や炸薬を補充しているのだろう。
重傷者が幾人も発生している現状を観察していた『六枚羽』は、万が一敵方に捕捉される危険性を考慮して成瀬台から離脱する。
『ブラックウィザード』が使用するこの『六枚羽』は、電磁波に対するステルスに特化した特別製であるため、通常のレーダー探知網に掛かり難い利点があった。
出所はコネクションを持っている研究機関。該当機関が非合法な手段―修復不可能な故障と偽証・廃棄ルートの改竄etc―を用いて手に入れていた『六枚羽』を『ブラックウィザード』へ横流ししたのだ。
但し、それと引き換えに極最近になって正式版に備えられ始めた“ある部品”が装備されていないが。
(“ある部品”は新規モノから優先的且つ秘かに装備され始めた+隠密犯行であったため+“ある部品”を開発・装備する会社が別なために新装備に関わる情報を取得できなかった)
離脱後、旧型駆動鎧がショットガンを放ちながら成瀬台校舎を蹂躙して行く。目的は・・・息のある人間の始末。
後方に銃やナイフを携える“手駒達”を従えた機械の群れは、『六枚羽』によって破壊された会議室周辺へと赴く。






「・・・・・・うっ」

焼け焦げた匂いが周囲を覆っている中、花盛支部の山門は意識を回復した。

「・・・こ、こは・・・痛っ!!」

何故自分がここに居るのかを考え始めた瞬間に、足元から伝わった激痛に顔を顰める。見れば両足が瓦礫の下敷きになっており、結構な量の血を流していた。

「・・・そ、うか。私・・・・・・ハッ!み、皆は・・・・・・!!!」

現状を把握した山門がここに居た仲間達の安否を心配し、痛む体をおしながら上半身を起こし、首を左右に振り向ける。そこには・・・



「ガ・・・ハッ・・・!」
「・・・・・・」
「い・・・たい・・・。痛・・・い・・・!!」



誰も彼もが血塗れになって倒れている地獄絵図があった。全員生きているかどうかさえわからない、もし生きていても重傷は免れない・・・そんな直感を抱いた。

「・・・・・・」

事ここに至っても、山門は冷静な思考を保っていた。常人ならば発狂してもおかしくない惨状を目に映しても、彼女の心は動かない。そんな自分に嫌気が差す。

「(本当に・・・私って薄情者だ)」

常に無表情で、何事にも動じない強靱な精神を持っているとよく言われるが、一応人並み以下の感情は持ち合わせている・・・つもりだった。
感情が無いわけじゃ無い。これは、半ば無意識的に感情を抑圧しているため。自分のためには動かないが、他人のためには動くので薄情なわけでもない・・・そう考えていた。
幼少期に両親を亡くした故に、『両親が天国でも心配しないよう、自分は強くならなければいけない』と考え、何が起きても動じないために能力を使ってでも自らの感情を抑え込んだ。
感情を殆ど抑圧している、つまり体験をしたことも無いため、恋や愛、人が死ぬ悲しみなど感情を頭では理解できても心では理解できない。それでも、頭では理解はしているつもりだった。

「(・・・何が、『頭では理解している』よ・・・。こんな光景を目にしても、私の心は全然揺れていない。・・・これで、どうやって『頭では理解している』って言えるのよ!?)」

だが、果たしてその解釈は正しかったのか。今の彼女にはわからなくなった。死者が出ている可能性がある現状にさえ、自分の心にはさざ波1つ立たない。
薄情過ぎる自分の在り方に、彼女自身が腹を立てていた。だが、現実は彼女の葛藤など知るかとでも言うかのように動き出す。



ドン!!ドン!!ドン!!



山門が首を向けると、そこには銃口をこちらに向けている旧型駆動鎧があった。それを認識した瞬間、山門は覚悟した。自分を含めたここに居る風紀委員の死を。

「(・・・私の人生・・・こんな形で終わるの?・・・これで終わっちゃうの?・・・・・・何だか・・・嫌・・・だ、な。でも・・・仕方無い・・・のか、な?
お父さん・・・お母さん・・・私・・・そっちに行くよ。こんな不出来な子供で・・・ゴメンネ)」

少女は気付いていない。自分の瞳から、一滴の涙が零れていることに。それは、彼女に感情が存在していることを明確に表す証。
それに気付いていない山門は、静かに目を瞑る。自分が生きて来た意味を、最期の瞬間までは考えていたかったから。

「・・・さようなら!!」

それは、誰に向けての言葉だったのかは本人しかわからない。その言葉が夜風に舞い踊る。ショットガンの引き鉄に掛けられていた駆動鎧の指が動こうとする・・・その瞬間!!












「この世界に別れを告げるのはまだ早いぞ!!!」












それは、凛とした男の声。その声を認識し、閉じていた瞳を見開いた瞬間にあったのは、銃口を向けていた何機もの駆動鎧が遠方に吹っ飛んで行く姿。

「やれやれ。得世の奴め・・・私に決定権を譲るとはな。それならば、もっと早くに伝えておけという話だ」

山門の前に立っているのは、背の高いスポーツ刈りの男の背中。その背中に・・・山門は何故か心を強く揺さぶられた。
その背中は、かつて幼少期に幾度も見ていた父親の背中。様々なモノを背負う漢の背中。自分を救った男の後姿に、山門は在りし日の父の姿を重ねる。

「お・・・・お、父さ、ん・・・?」

それは、本能的に発してしまった言葉。それを耳にしただて眼鏡を掛けた男は、背中越しに困った風な声を出す。

「なっ!?わ、私はまだ父親になれる年齢では無い!!全く・・・血を流し過ぎて思考能力が落ちているのか!?形製達はまだか・・・」
「不動さん!!!」
「酷い・・・!!」
「形製!!春咲!!ようやく来たか!!」
「春咲・・・?」

男の言葉の中に何処かで聞いた名前があった山門は、自分の後方から聞こえた2人の女性の声に目を向ける。
そこに居たのは、かつて救済委員事件の元凶の1人として無期限停職を言い渡された風紀委員。その隣には、常盤台中学の制服を着た少女も居た。

「春咲!!お前は椎倉先輩達の手当てを!!形製!!お前は『赤外子機<パルスチルドレン>』越しに戦場の把握及び指示を頼む!!」
「わかりました!!」
「了解!!」

男の指示に、少女2人―春咲桜形製流麗―は確と応える。急に現れた乱入者に戸惑っている駆動鎧及び“手駒達”。そこに、更なる乱入者が現れる。



ゴオオオオオオォォォッッ!!!!!



それは、水。成瀬台高校に設置されているプールの水全てを引っこ抜いて現れた碧髪の少女・・・“激涙の女王”水楯涙簾
渦潮となって暴れ狂う水流は、少女の怒りの程を表しているかのようだった。追加された乱入者に、『ブラックウィザード』の一群は気を取られる。

「水楯も準備ができたか!!よし!!」
「あ、あなたは・・・」

仲間の加勢に気合いを入れ直す男に、山門は声を掛ける。そんな少女の足に被さっている瓦礫を、水楯に敵が気を取られている隙に男は取っ払う。

「今は、私のことよりも自分の体のことを心配しろ。後は、私達に任せろ!!それにしても、私と得世との死闘以外で校舎が破壊される姿を目の当たりにすることになるとはな。
2学期からは、私達に青空教室をしろとでも言うのか!!?『ブラックウィザード』め・・・!!許し難し!!!」
「あ、青空教室・・・?」

愚痴の内容が、何処か世間話をしている風に聞き取れた山門が疑問を発するが、男は気にも留めない。ここは戦場。これ以上の無駄口を叩いている暇は無い。
『ブラックウィザード』が見誤っていたとすれば・・・それは“『シンボル』の詐欺師”を過大評価していたこと。
かつて、“閃光の英雄”と互角の死闘を繰り広げていた“猛獣”・・・不動真刺の存在を過小評価していたこと。
リーダー格である界刺得世の指示や命令が無くとも・・・界刺得世の意思・意志から外れようとも・・・『シンボル』は組織としての行動を迷い無く取れるということに気付かなかったこと。


「では、これより鎮圧行動を開始する!!我が学び舎に危害を加えた・・・それだけで私が戦う理由には事足りる!!この不動真刺が、貴様等を成敗してくれよう!!!」

continue!!

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最終更新:2013年01月05日 00:42