第四章 中断警告《ブレイクアラーム》
数ヶ月前 第二三学区
巨大な滑走路を誇り、航空・宇宙開発分野の研究が行われている学園都市トップクラスの機密区域。
外部の人間はおろか、学園都市の人間でもごく一部しか出入りが許されず、
内部の構造を把握されないように学区以外の記名が禁止されている徹底ぶりだ。
しかし、完璧な警備システムなど存在しない。
武装した職員達が走り回り、血眼になって“あるもの”を探している。
連絡は無線だけで行い、外部に異常事態を悟られないように警報やアナウンスは鳴らされていない。
「おい!早く探し出すんだ!!あんなのが外に出たら・・・・!!」
『こちらB班!エリアC114で目標を補足!攻撃許可を!!』
「よくやった!!攻撃を許k―――――」
武装した男の腹部に拳が叩きこまれ、咳き込んだところに何度も同じところに蹴りを入れられる。
暴力を振るっていたのは、そういうことをする人間とは思えないくらい物腰が柔らかい男だった。
年齢は五十代くらいだろう。ほぼ黄色に近い薄い茶髪、髭もほぼ同色だ。白衣を着ており、医師か研究職の人間であることが窺えるが
、白衣が不釣り合いに思えるほど筋肉質な体型をしている。
。
??「あのねぇ。ターゲットは生け捕りにしろって言わなかった?」
「し、しかし生半可な攻撃では・・・・」
白衣の男は武装した男の顔を踏み付け、全体重をそこにかける。
ミシミシと頭蓋骨から不吉な音が鳴り響く。
??「“生け捕りにしろ”って言ったのが聞こえなかったのか?是が非でも生け捕りなんだよね。」
『は、早く攻撃許可を―――ぐああああああああっ!!!』
「し・・・しかし、そんなことをすれば、部下が――――あグぅッ!!」
無線の向こうから聞こえる悲鳴などものともせず、無慈悲なまでに男の頭を踏みにじるその様は物腰柔らかそうな表情と口調からは想像できない行動だった。
??「あのね。無能でクズな君にようく分かるように伝えておくよ。“あれ”は私の研究が生み出した最高傑作。
使い捨てカイロと同レベルの君達とは格が違うんだよ。だ・か・ら、ダイヤの原石のためにさっさと死んでこいって言ってんだよ!!」
「すっ・・・すぐに捕まえてきます!」
白衣の男から解放された武装した男は白衣の男から逃げるように走り去り、捜索活動を続ける。
??「そうそう。それでいい。利用価値の有無が存在の有無を決定する。死にたく無ければ、
自分がどれほど使える駒か、よく示しておくことだな。」
第五学区
日が落ち、人々が大学や研究所から居酒屋や屋台が並ぶ歓楽街へ憩いの場を移してしばらく経った時間。
人通りの少ない通りに「いこいば」の暖簾を垂らした屋台があった。
数人が屋台でラーメンを啜っている。
屋台の傍にあった四人掛けのテーブルに寅栄が座っていた。
寅栄「三ゴリ川の奴、来るかなぁ?」
??「誰が、三ゴリ川だ?」
自身を背を覆う大きな存在、全身に響く重低音の声と共に寅栄の後ろに“それ”は現れた。
寅栄は恐怖心を持たず、すぐに振り返る。
そこには、ゴリラとカバとクマを合わせた身長3m近くの大男だ。
丸太のような毛深い腕、特注サイズの服を突き破って溢れそうなほど盛り上がる筋肉、
そこに存在するだけで周囲を圧倒するほどの迫力を持つのが緑川という男だ。
寅栄「おっす。三ゴリ川さん。久しぶり。」
緑川「何度、緑川と呼べと言ったら分かるんだ?お前がそのあだ名を広めたせいで、最終的にはゴリさんだぞ。」
寅栄「一応、俺たちは敬意と愛着を込めて呼んでるつもりなんですけど・・・・」
すると、緑川の背後からもう1人の男が現れた。
緑川と同年代の40代の中年男性だ。白髪染めした真っ黒な髪をオールバックにし、夜にも関わらず黒くて大きなゴーグルをかけている。
何かしらの機械なのか、時たま光ったり、電子音が聞こえたりする。
身長は平均だが、緑川の隣にいるせいで小さく見えてしまう。
しかし、小さな身体でありながらも緑川に負けじと劣らず、物言わぬ壮大な威圧感を感じさせる。
寅栄「三ゴ・・・緑川先生。そっちのゴーグルをかけている方は?」
緑川「また三ゴリ川って呼ぼうとしたな?まぁ、それは置いといて、この方は
九野獅郎先生だ。警備員仲間で頼明大学付属女子中等学院で教鞭を振るっている。」
九野「九野獅郎だ。強とは学生の時からの酒飲み仲間なんだが、噂の寅栄くんに会えるというので、付いて来てしまった。」
頼明大学付属女子中等学院。寅栄の頭の片隅に残っていたある噂が浮かび上がる。
“頼明大学付属女子中等学院には天才と呼ばれるサイボーグがいる”
目の前にいるゴーグルの男がその天才だろうか。もし違っていてもその学院はそこそこのエリート校だ。そこの教師というだけでもこの街ではエリートの部類だろう。
寅栄「
寅栄瀧麻です。エリート校の教師が、さびれたラーメン屋台なんてすみませんね。」
普通に自己紹介をする寅栄だが、どうしても九野がつけているゴーグルが気になってしまう。
日が落ちて暗くなっているのに・・・とかそういう問題じゃない。昼間でもそれなりに奇異で目立つ。
何かしらの事情があるのだろうが、それに触れるのは失礼だろうと思って敢えて指摘しなかったのだが・・・
九野「もしかして、このゴーグルが気になるか?」
九野はそう言って、指で自分のゴーグルを指す。
どうやら、寅栄は無意識にそっちに目を向けてしまっていたようだ。
九野「私は学園都市の卒業生なんだが、能力開発中の事故で能力を得られず、脳に障害を負ってしまったのだよ。
今ではこのゴーグル型端末で視力と聴力を取り戻している始末だ。
『開発が成功していれば、学園都市初の超能力者《レベル5》』なんて言われていた頃が懐かしい。」
寅栄「学園都市を恨んだりしないのか?」
九野「そりゃあ、若い頃は恨んだりしたさ。だが、能力が得られずとも私の頭脳はここにあるし、
妻と出会えたし、給料は良いから、とりあえず恨むことは忘れることにした。」
寅栄「そうか・・・。」
寅栄「それなら、話が早いな。」
4人掛けのテーブルを囲むように、寅栄が予め用意した椅子に他の2人が座っていく。
片や容疑をかけられたスキルアウト、片や捜査する警備員《アンチスキル》という奇妙な組み合わせだ。
寅栄「おっちゃん!ラーメン3つ!!」
おやじ「あいよ!ラーメン3つね!」
緑川「おい。まだ食べるとは・・・・。」
寅栄「気にするな。俺の驕りだ。」
全員がラーメンを食べ終わり、3つの空のラーメン丼ぶりがテーブルの上に並べられた。
九野「表参道に出しても悪くない味だ。これは良い穴場スポットを見つけたな。」
緑川「今度は黄泉川先生と月詠先生も誘って4人で行きましょうか。」
寅栄「さて・・と。ラーメンを食い終わったところで、本題に入りたい。」
寅栄の宣言した瞬間、先ほどまで和気あいあいしていた雰囲気が一瞬で緊張が支配する張り詰めたものになる。
全員が固唾を呑んで、それぞれの出方を窺う。
寅栄「緑川先生。俺たちは商売上の理由で、どうしても10月の女子高生暴行・強姦未遂事件を解決したい。
そのために被害者家族の拳と手を組み、警備員《アンチスキル》とは違う独自のルートで情報収集した。」
緑川「ああ。だが、それはお前たちが関わるべきことじゃない。これは我々の管轄だ。」
寅栄「そう言うと思ったぜ。正直なところ、俺も十分な情報を集めたら、それをあんたらに渡して、後を任せようとしたつもりだ。
それなのによぉ、とっくの昔に捜査を打ち切っているってのはどういうことだ?」
寅栄が「してやったり」というニヤケ顔で緑川を見つめる。
対する緑川はため息を吐き、頭を抱えた。
緑川「まったく・・・、お前は底が知れないな・・・。どこからその情報を仕入れたんだ?」
寅栄「企業秘密ってことで。そんで、話してくれるのか?」
緑川「ここまで知れてしまったら、話すしかないだろう。隠しようが無いし、見ての通り俺は脳味噌も筋肉で出来ている。
重要事項もうっかり喋ってしまうが、そこはスルーしてくれ。」
九野「緑川先生。あの“緘口令”は誰もが不満に思っていることだ。
ここはいっそのこと、軍隊蟻《アーミーアンツ》に全てを喋ってしまうのも一興なのではないか?」
緑川「そうだな・・・。あの事件は第一発見者の俺とあの地区の近くにある
風輪学園、
被害者の
毒島帆露が通う
国鳥ヶ原学園の警備員の共同によって行われた。」
そう前振りをし、緑川は自分が知る事件の真相を語った。
その日、警備員《アンチスキル》の訓練からの帰路に立っていた
緑川強は、少し道を外れて裏路地を通って帰っていた。
女子高生をしつこくナンパするスキルアウトが出没する場所だと聞き、今日も被害者はいないかどうかパトロールを兼ねての行動だった。
緑川(さすがにパクられたら、懲りるだろうな・・・。それにしても・・・何だ?この耳鳴りは・・・。)
“今日も異常なし”と確認のために口に出そうとしたところだった。
「嫌ぁぁぁぁ!!離して!!離して!!」
突如聞こえた女性の声、そして・・・
「クソッ。目を覚ましやがった。面倒くせぇ。」
「お前が欲情しなきゃ、こんなことにならなかったんだよ。」
「もう一度、殴っちまえ。輪姦すんのはその後でもいいだろ。ここを通る奴なんていないんだからよ。」
誰がどう聞いても明らかに犯罪行為の最中だと考える会話と悲鳴だった。
緑川は携帯で仲間の警備員《アンチスキル》に連絡すると、悲鳴のした方向へと走り出す。
全身の筋肉が躍動し、その大柄な体格からは想像できないスピードで裏路地を走り抜ける。
そして、とある廃墟の一室に辿りついた。
緑川「何やってんだ!!貴様ら!!」
緑川が駆け付けた頃には、悲鳴の主は毒島拳の姉の毒島帆露だった。鼻や口から血を流しており、
頭を集中的に殴打されたせいで脳震盪を起こしていた。国鳥ヶ原学園高等部の制服は脱がされ(と言うか破かれ)、
下着が露わな状態になっていた。
彼女を取り囲むように3人の男たちが立っていた。見た目からして、スキルアウトの人間だろう。
状況はどう見ても情欲を持て余した男たちが女子高生を誘拐して強姦しようとしていた瞬間だった。
「で、でけぇ!!」
「やべぇぞ!!三ゴリ川じゃねぇか!!」
「こっちは3人だ!一気にかかりゃ怖くねぇ!」
…と、いかにもヤラレ役、かませ犬的な発言を繰り返した3人は緑川の我流喧嘩術の鉄拳によって3秒以内にノックアウトされた。
そして、すぐに倒れている帆露へと駆け付け、制服が破けていたので自身が着ていた上着を被せる。
緑川「おい!大丈夫か!?おい!」
緑川が帆露に呼びかけ、身体を軽く揺さぶる。軽くというのは緑川にとっての軽くであり、別の人間にとってはかなりの力で揺さぶっている。
帆露「う・・・・あ・・・・」
帆露がわずかに声を挙げ、意識を取り戻し始めた。目も半開きの状態だ。
“良かった”と緑川は安堵したのも束の間だった。
帆露「いやあああああああああああああああ!!離して!!離して!!」
スキルアウト達に暴行された記憶がフラッシュバックしたのか、帆露は錯乱して暴れ始めた。
自身の肩を掴む緑川の手を必死に振りほどこうとするが、力の差があり過ぎてそれが敵うことはなかった。
その後、緑川は錯乱する彼女を担ぎ上げ、表の通りへと運びに行った。
犯行現場が入り組んだ道の先にある廃墟だったので、増援の警備員《アンチスキル》は場所が分からないだろうし、
救急車だって通ることが出来ないからだ。
三人のスキルアウト達も同時に運ぶことも出来たが、トラウマになって錯乱する彼女と一緒に錯乱の元凶を運ぶわけにもいかなかった。
それに彼らは気絶していたし、増援に任せればいいだろうと思って放置した。
―――が、その判断は間違っていた。
増援が犯人が倒れているところに行った時には、既にスキルアウト達は逃げていたのだ。
その後、彼女は増援の警備員によって保護され、第五学区にある病院へと搬送された。
毒島帆露が学園にとって貴重な大能力者《レベル4》だということもあり、犯行現場近くの風輪学園、帆露が通う国鳥ヶ原学園の警備員、
第一発見者であり、警備員の予備役でもあった緑川による大規模な合同捜査が行われた。
緑川が犯人の顔を見ているし、現場の遺留品から能力者を使って情報を得ることも出来る。
誰もが犯人逮捕は時間の問題だと思っていたし、風輪学園の警備員《アンチスキル》は既に犯人を特定していた。
しかし、事件の犯人とされた3人のスキルアウトは事件発生から1週間以内に原因不明の自殺で死亡してしまったのだ。
警備員《アンチスキル》は「事件への罪悪感から・・・」と考えたが、周囲の彼らに対する評価から考えれば、
そういうことで罪悪感を感じるような人間には思えなかった。
…が、両校の警備員は“そういうこと”にしておいて、事件を粛々と解決させてしまったのだ。
犯人の自殺の原因もそうだが、スキルアウト達が大能力者《レベル4》を倒した手段も不明のまま捜査を打ち切るなんてことは絶対にあり得ない。
被害者である毒島帆露は大衆念話《マセズトーカー》の大能力者《レベル4》であり、自分の周囲にいる複数の人間と念話が出来る能力だ。
“脳に直接語りかけること”を利用し、敵の脳に直接、悲鳴などの大きな音を与えることで苦しめるという防衛手段を持っているし、
それを実践してスキルアウトを撃退した経験もある。
そんな彼女をあの3人はどうやって撃退したのか?
犯人は死亡し、被害者が精神病でろくに証言できない今では知る手段が無い。
それでも諦めず、個人で捜査していた緑川だが、学園都市の警備員《アンチスキル》を統括する機関から捜査中断と緘口令が出され、
それを無視して続行すると予備役を解任されたのだ。
そして、事件は闇へと葬り去られた。
緑川「俺が知っているのはここまでだ。」
寅栄「じゃあ、黒幕は風輪か国鳥ヶ原か?」
九野「いや、違うだろうね。両校も圧力をかけられて仕方なく捜査を中断したんだろう。」
寅栄「どういうことだ?」
九野「まず、国鳥ヶ原が捜査を中断する理由が無い。14人しかいない大能力者≪レベル4≫をキズモノにされて黙っていられるわけが無い。
それに風輪が黒幕とも言えない。風輪は国鳥ヶ原よりランクが下だ。
仮に事件の真相が風輪にとって都合の悪いことだとしても国鳥ヶ原を脅すほどの権限は無い。」
寅栄「じゃあ、両校に圧力をかけられるほど大きな存在・・・・。」
九野「ああ。警備員《アンチスキル》の統括機関や“幻の天才”と謳われたこの私にまで圧力をかけられるほどの存在だ。」
寅栄「デカ過ぎる・・・」
九野「ああ。デカ過ぎる存在だ。だから悪いことは言わない。これ以上、事件に首を突っ込むのは止めろ。」
九野の警告に対し、寅栄は眉間にしわを寄せ、今にもテーブルをひっくり返して暴れ出しそうだった。
寅栄「尻尾を巻いて逃げろって言うのかよ・・・!!」
緑川「お前たちが逃げたところで誰も責め立てたりはしない。黒幕は我々が責任を持って突きとめて、必ず監獄にぶち込んでやる。」
その時は二つ返事で「頼んだぜ」とは言ったが、手を退くわけにはいかなかった。
理由は論理的に説明することは出来ない。ただ、そこで退くことは自分が信じる“筋”に反してるからだ。
寅栄(ダメなんだよ。それじゃあ、筋が通らねぇんだよ。)
翌日 軍隊蟻≪アーミーアンツ≫集会所
だだっ広い寅栄の部屋には、寅栄、仰羽、樫閑、毒島の4人がいた。
各員が一人がけのソファーに座り、一つのテーブルを囲んでいた。
全員が頭を抱えたり、うな垂れたり、とにもかくにも、重苦しい雰囲気が場の空気を支配していた。
寅栄「・・・ってのが、九野と三ゴリ川から伝えられたことだ。」
あまりにも大き過ぎる敵に3人は唖然とした。
寅栄「俺は軍隊蟻《アーミーアンツ》のリーダーとして、お前らの身の安全を保証する義務がある。
だから、“手を退くのなら、今の内だ。”」
毒島「なっ!?」
突然の撤退宣言、毒島は裏切られた思いで失意の中に落ちた。
仰羽「寅栄さんはどうするつもりですか?」
寅栄「俺は、寅栄瀧麻一個人の意志として、捜査を続ける。ここで退くのは筋が通らねぇからな。」
仰羽「だったら・・・!!」
寅栄「“だったら、俺も寅栄さんに付いて行く”ってか?それは確かに嬉しいが、そんな生半可で他人に依存した理由で捜査を続けるな。」
いつも飄々とした寅栄が、真剣な眼差しで仰羽と樫閑を見つめる。
鷹のような鋭い眼光が2人を突き刺す。
寅栄「これは学園都市そのものを敵に廻す可能性だってあるんだ。下手を打てば、軍隊蟻《アーミーアンツ》解体どころの騒ぎじゃない。
実行犯のスキルアウトみたいに殺されるかもしれないんだぜ。」
樫閑「そんな・・・!!」
仰羽「・・・・・。」
毒島「・・・・・。」
寅栄「だから、俺は俺の筋を通す。だが、それをお前らに俺の筋を押しつけるつもりはない。
逃げても責め立てたりはしないし、いつも通り、活動に参加してもいい。」
命と信条。どちらを取るか、究極の選択に2人は悩んでいた。
毒島「俺のせいだ・・・・。俺があんた等を巻き込まなければ、こういうことにならなかった。」
寅栄「お前が気に病むことはない。悪いのは黒幕の奴だ。・・・で?お前たちはどうする?」
寅栄が2人に問いかけた途端、仰羽が勢いよく立ち上がり、ソファーをひっくり返す。
そして、握られた拳は大きく振りかぶって、寅栄の頬に叩きこまれる。
その巨体から出された右ストレートは綺麗に寅栄の頬にクリーンヒットし、彼はソファーごと後方へと殴り飛ばされた。
樫閑「ちょっと!?何やってんの!?」
寅栄「痛つつつつ・・・。何のつもりだ?」
仰羽「それはこっちのセリフですよ。寅栄さん。“義を持って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ。”
これはあんたが決めたルールだ。俺たち軍隊蟻《アーミーアンツ》の決して破ってはならない絶対の掟だ。
それなのにあんたは俺にその掟を破らせようとしたんだ。これを怒らずにいられるか!!」
寅栄「だから、俺はお前たちに選択肢を与えたんだ。行くか退くかのな。」
仰羽「ああ!そうさ!あんたは俺に『退く』という選択肢を与えた!だがなぁ!選択肢ってのは相手がそれを選ぶ可能性があるから与えるものだろ!!」
寅栄「仰羽・・・・。」
仰羽「俺はなぁ!!アンタが俺のことを少しでも『退く』なんて選択肢を選ぶ腑抜け野郎だと思ったことに怒ってんだ!!
俺はここで退かねぇ!!俺が信じる筋ってもんは、そんなに甘いものなんかじゃねぇ!!」
毒島「本当にそれで良いのか・・・?」
仰羽「ここは涙を零して『ありがとうございます』って言う場面だぞ。」
仰羽は決意を固めた。そうなると、後決めていないのは樫閑だけだった。
寅栄「樫閑はどうする?」
寅栄は樫閑に尋ねるが、当の本人は仰羽の大声に驚いて放心状態だった。
樫閑「・・・・え!?私!?」
やっと自分に話が振られたと気付くと、彼女は「う~ん」と顎を押さえて考え始めた。
彼女は他の2人と違い、長点上機というエリート校の学生だという立場がある。
スキルアウトじゃない普通の友達や普通の学生としての日常もある。
何かが起きたとしたら、一番失う者の大きい人間だ。
3人は樫閑が退くんじゃないかと思い、彼女の返答を待ちわびる。
樫閑「そう言えばさぁ・・・。捜査を開始してから丸1日経つんだよねぇ?」
寅栄「あ、ああ。そうだが・・・・。」
樫閑「だとしたらさぁ・・・。警告とか脅しとかとっくの昔に来てる筈なのに、まだ来てないってどういうこと?
あれだけ大規模で目立つ人海戦術を展開したのよ。」
仰羽「たかがスキルアウト如きが事件の真相に辿りつけないと思っているんじゃないか?」
樫閑「ムカつくのよ。」
寅栄・仰羽・毒島「「「へ?」」」
樫閑「完全に舐められてるのよ。そんな状態で“ここで退き下がれ?”バカにすんじゃねぇよ。」
蛇のように睨む目、荒れた口調。自らを見下す者に対する怒りと彼らへの挑戦。
そこには、学園都市中のスキルアウト達を震撼させた“怒れる女王蟻”の姿があった。
樫閑がこうなるともう誰にも止められない。
樫閑「それにさぁ・・・。試してみたかったのよ。軍隊蟻《アーミーアンツ》と私の頭脳で学園都市に・・・
いや!世界にどこまで喧嘩売れるのかね!!今に見てなさい!!
軍隊蟻《アーミーアンツ》を侮ったことがどれほど愚かな行為か脳髄の奥底にまで叩きこんでやるわ!!
そして、この女王蟻の前に跪かせてやる!!」
寅栄・仰羽・毒島(こいつ(この人)は是が非でも退き下がらせるべきじゃないだろうか・・・。)
軍隊蟻《アーミーアンツ》を率い、恋嬢帝国という旗を掲げて学園都市を戦火で包む彼女の姿と
地獄絵図が容易に想像できたのは言うまでも無い。
寅栄「ふふっ・・・。お前ら、後悔すんなよ。」
仰羽・樫閑「「死ぬのが恐くて、スキルアウトが務まるか!!」」
最終更新:2013年02月25日 00:32