※とある風紀委員の志 176支部・神谷稜の場合を先に読むことをお勧めします。


小さい頃、俺はある男に憧れた。
俺と1歳しか違わないのに、レベル0なのに、己の危険をかえりみず、困った誰かを救うために自分よりも大きな存在に立ち向かった。
握り締めた右手だけで…
彼としてはただ湧き上がる感情に従ったのであって、そこに善悪の判断は無いのかもしれない。今となっては知る気も起きない。ただ憧れた。彼の様に生きたかった。

“誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者”に…



なんであの子が死んで、お前が生きているんだ!


俺を殺すのか!?あの時の小娘のように!!


何で俺が風紀委員になれなくて、お前みたいな人殺しがなれるんだ!!


気に病むことは無い。あの状況下で幼い君に正しい判断を求める方が間違っている


責められるべきは彼女を殺した犯人だ。お前が攻め立てられるのは筋違いだな


おめでとう。晴れて君も立派な風紀委員だ。己の信念に従い、正しいと感じた行動をするよう、精進したまえ


そして知ってしまった。
自分が感情のままに真っ直ぐに進もうとすると、誰かを傷つけてしまうことに…



* * *




2年前 学園都市 第13学区
幼稚園や小学校が集中する学区。比較的低い年齢層で構成され、幼い少年少女の笑顔と彼らの面倒をみる穏和な教師たちによってほのぼのとした
しかし、夜になると話は違う。下校時刻に近くなると他の学区から不良やスキルアウトといった連中がやって来る。理由は簡単だ。「か弱い小学生から金を巻き上げる」といういかにも小物らしいものであり、やって来るのも不良成り立ての中学生とかその辺りだ。幼子を守るために警備員が他の学区よりも多く配置されており、比較的良好な治安を維持している。
…はずだった。
明るい通学路から少し離れた路地裏。警備網の盲点を突いた死角。
この学区には警備員の数の割には緩いところがある。警備対象が子どもであり、彼らの成長や自由奔放なところを考慮しているのだ。第二三学区みたいなガチガチの警備網だったら、子どもたちの精神的な成長に影響を及ぼしかねない。彼らに分からないように警備を強化しても何か本能の部分で「誰かに見られている」と認識してしまうところがある。子どもはそういったところに敏感だ。

「んんー!んんんー!!」

覆面を被った二人組の男、細身の男はワゴン車に乗り込み、太った男が一人の少女を取り押さえていた。少女は必死に抵抗するが、大人と子供の体格差ではどうしようもない。

「ったく!暴れんじゃねえ!大人しくしてな!」
「おい。あんまり大きな声出すな。さっさと片付けるぞ」

太った男が慣れた手つきで少女の口にガムテープを貼り付けて黙らせる。

「動くな。風紀委員《ジャッジメント》だ」

突如、男たちの前に一人の少年が現れた。静かで抑揚のない声だ。彼の右腕には風紀委員の証拠である腕章が付けられており、それを引っ張って見せつける。
短い茶髪に整った顔立ちの少年だ。校章が入った半袖のワイシャツ、こげ茶に赤いチェックが入ったズボンという映倫中学の制服を着崩している。そのせいか不真面目で「だるい…」が口癖の不良のようにも見える。
彼の名は神谷稜。映倫中学の1年生だ。
彼はとある能力研修のためにこの第一三学区に訪れたのだが、帰りがけに事件に遭遇してしまい、いち風紀委員として、そして一人の人間として当然の行動に出た。

「ちっ…!面倒くせぇな」

太った男がポケットの中から丸めたアルミニウム箔を取り出し、稜に投げつける。

「そんなの当た―――――――――!?

突如、眩い閃光が稜の視界を真っ白に潰す。
遅延燃焼《タイムライター》
この男が持つ能力の名前だ。発火能力の一つであり、物体の表面に発火の起点をマーキングして意図した時間に発火させることが出来る。アルミニウムは閃光を散らして爆発的に燃焼する性質を持っている。その性質からスタングレネード材料として用いられる。マッチ程度の火力でも簡単に燃えるので、レベル1程度の火力でもアルミニウムを燃焼させるには充分だ。
視界を潰され、ぼんやりうっすらと見える中で太った男が少女を抱え込んで車に乗りこみ、車にエンジンがかかるのが分かる。

(くそっ!このままじゃ…!)

ぐらぐらとする視界の中で稜はがむしゃらに運転席の方に向かって走る。そして、走りながら手の爪先からプラズマを集合させた剣、閃光真剣を発生させる。本来は針などの指標を使って安定性を高めるが、今はそんな余裕は無い。

「行かせるか!」

稜は手を伸ばし、閃光真剣を運転席の扉に向けて突き刺した。プラズマの持つ膨大なエネルギーに逆らえず、運転席の扉は貫かれた。

「うぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

運転席の細身の男が苦痛の絶叫を上げる。

「腕が…俺の腕がああああああ!!!」

稜が扉を開けると、細身の男が腕から流れる血を押さえながら慌てて出てきた。必死に稜から逃げようとするが足を挫いて転倒してしまい、腕の痛みを訴えながら地面をのた打ち回る惨めな姿を見せる。
どうやら、運転席の扉を貫通した閃光真剣は細身の男の腕も貫いていたようだ。

「くそっ!何が簡単な金儲けだよ!話が全然違うじゃねえか!」

ワゴン車の後方の扉が開き、男が少女を抱えながら姿を現した。少女の首元にナイフを突きたて、彼女が人質であることを稜にまざまざと見せつける。

「近付くなよ…。あとその光る剣も戻しな。じゃねぇと…」

稜は男に言われるまま数歩離れ、閃光真剣を戻す。

「そうだ。それで良い。じゃあ次の命令だ。有り金全部出しな。てめぇのせいで折角の儲け話がパーになったんだ。責任ぐらい取ってくれるんだよなぁ?」

中学生が財布に入れている金額なんてたかが知れているのだが、この男は目の前の中学生が映倫中学の生徒であることを制服から判断した。映倫中学は「共学の常盤台」と言われ、入学にはレベル3以上と定められている。学生の能力レベルと貰える奨学金は比例しており、レベル3となるとかなりの大金が貰える。男は稜の財布の中の金額がこの少女を手放すことに釣り合うと計算していたのだ。

「へへっ…。さっさと金を出しな。じゃねえと…」

その言葉の続きを言おうとした途端、男は後方から来た何者かに首を絞められて言葉は遮られた。鍛え抜かれた屈強な腕がギチギチと男の首を絞める。呼吸が出来ず、「助けてくれ」という言葉も上げることも出来ない。腕を必死にタップするが力が緩められることは無い。その隙に少女は逃げだし、稜の元へ向かう。
そして、首絞めから数秒後、男は泡を吹き、失禁して倒れた。稜は彼女にその瞬間を見せまいと少女の稜目を手で塞いだ。
誘拐犯が倒れて、初めて背後から首を絞めた男の姿が見える。
180近い高身長に茶髪のオールバックにアスリートの様に鍛えられた身体に真夏の汗が滴る。脹脛まで丈のある迷彩ズボンに水墨画がプリントされたTシャツ、スポーツサングラスをかけている。手の甲には刺青のようなものが見えた。格好からして不良かスキルアウトの類のようにも見える。

「よぅ。大丈夫だったか?お二人さん」

グラサン男は気楽に二人に話しかける。

「あ…ああ。俺は大丈夫だ」
「そっちのお嬢ちゃんは?」

グラサン男が屈んで少女と目線を合わせる。恐がられないようにサングラスも外した。
すると少女は目尻に涙を浮かべた。グラサン男は「恐がらせちゃったか?」と少し慌てるが、どうやらそうではないらしい。

「お洋服が…お姉ちゃんが買ってくれたのに…」

少女はスカートの裾を掴む。誘拐されそうだった時に一時は逃げようとしてこけてしまい、服が汚れてしまったらしい。

「ああ~。こりゃ酷いなぁ。でも大丈夫だ。この風紀委員の兄ちゃんがクリーニング代を出してくれるから」
「え?」

稜が「いや、払わねぇよ」と言いかけたが、さすがにこの少女の前じゃ言いづらい。

「にーちゃん!野球ボールあったよー!」

突如、バッドやグローブを持った野球少年たちが現場にぞろぞろと入って来る。

「おお!そうだった!場外ホームランの野球ボール捜してここまで来たんだったな。あ、じゃあ、そういうことで。後は任せた」

男は事件に関するものを全て稜に丸投げし、野球少年たちのところへ走り去っていった。

「な……何なんだ?あいつ?」

終始、男のペースに乗せられっぱなしだった。しかし、悪い気分はしない。事件解決に協力してもらったし、少女に対するケアも完璧…とは言い難いが良いものだった。自分には出来なかった。そして何よりも…

(あいつみたいだ…あの時のツンツン頭みたいに…)

とりあえず事件は解決したので警備員《アンチスキル》に通報し、後処理を任せた。



* * *




それから数日後
驚愕の常盤台とまで言われるエリート校である映倫中学。校舎とその内装は、ガラス張りや吹き抜け、学内の電光掲示板など近未来的なものとなっており、それに憧れて入学を目指す者も多い。
職員室も同様であり、有名建築デザイナーにデザインを頼んで従来の職員室とは一線を画したものとなっている。
問題は…

「この職員室使いづれー!」

そう嘆く教師が約一名。
180近い慎重に短い黒髪、いかにも体育系の明るい顔つきをした男だ。少しくたびれたスーツに緩めたネクタイ、シャツの第一ボタンも外しており、だらしない格好だった。
格好のだらしなさと同様に彼の机の上は軌道エレベーター並みに積み上げられた大量のプリント、書類、教材、etc…に占領され、机として機能しているのか、それとも物置として機能しているのか分からないほどちらかっていた。

「お前もそう思うよなぁ?希河先生」

彼の向かいの机に座って作業をする男性教師。喪中のようなブラックスーツに黒いネクタイ、オールバックの黒髪に細いキツネ目が特徴の男だ。
蔑むような冷たい目、冷たく嫌味が込められた声と口調で語りかける。
彼の名は希河鎌《キカワ レン》。つい最近、この学校に赴任してきた教師である。

「それは貴方が整理整頓出来ないせいでしょう」
「希河先生もクラスを持ってみれば分かるぜ。次から次へと湯水のように仕事が湧いて来る」
「では堅原先生の机を見て下さい。クラス担任を請け負い、尚且つ生活指導教員もやっているのに机が片付いているではないですか」

そう言って、希河は自分の3つ右隣の堅原月夜《カタバル ツクヨ》の机を指差す。彼女の机は綺麗に整理整頓されており、その上、家族写真の入った写真立てを置く余裕すらある。

「条件は同じどころか、むしろ向こうにハンデがあります。それでもクラス担任のせいで机が片付かないと仰るのですか?」
「いや…それは…」

どう言い訳しようか、綺羅川は言葉を探すが、何を言っても希河に論破される光景が浮かぶ。

「率直に言います。さっさと片付けて下さい。そのプリントタワーがこっちに倒壊する前に」
「お前って俺に冷たくね?」
「向かいの席の人間が整理整頓出来ず、その余波が来れば当然の態度だと思いますがね」

綺羅川は何も言い返すことが出来なかった。そして、机に積み上げられたプリントタワーを片づけ始めた。

「そういえばさぁ。お前ってさぁ、学生同士の恋愛ってどう思う?」
「突然何ですか?まぁ、絶対にやめさせるべきですね。恋愛などに現を抜かしている暇があるなら、その分、机で勉強するべきです。恋愛で学生の本分を見失い、遊び呆けて成績を落とす生徒は数多くいます。『中学生だからまだ挽回できる』とはよく言いますが、中学の成績は高校受験に反映されます。進学した高校や高校での成績は大学受験に反映されます。そして、在籍した大学や大学での成績は企業への就職や研究所への配属に反映されます。中学生だから大丈夫なのではなく、中学生の時点で既に始めなければならないのです」
「まぁ…言いたいことは分かるが、だからって付き合っている生徒同士をわざわざ別れさせるのはどうかと思うけどな…」
「強制はしていませんよ?私は“自主的に”離別するのを薦めただけです。最終的な決定権は本人達に委ねています。それに恋愛なんて一時の感情で自らの人生を棒に振るうなど言語道断です」
「いや、一時の感情って…」
「では逆にお聞きします。今この学園で付き合っているカップルの中に、将来の結婚まで視野を入れて付き合っているカップルがいると思いますか?もし一時の性欲に駆られて間違いを犯してしまった時、責任をとれる男女がいると思いますか?」

綺羅川はぐうの音も出なかった。おそらく、そんなカップルはこの学園に居ないだろうし、責任をとれる男女も少ないだろう。それに責任どうこうなんて事態になったら大問題だ。





「そうならないように教育するのが私たち教師の役目じゃなくて?」

何も答えられない綺羅川に救いの手が差し伸べられる。
ミステリアスで妖艶な雰囲気を持つ声とそれに相応しい容姿を持ち、オーラを放つ女性。腰まで届く長い黒髪に若々しく豊満なスタイル。肌をほとんど露出していない格好だが、それでも彼女のスタイルの良さが服の上から分かる。見た目年齢20代後半から30代前半といったところか。
彼女の名は堅原月夜。この中学に勤めるベテラン教師である。ちなみに実年齢は38歳であり、タクシー運転手の旦那と高校生と中学生の娘がいる。「お前みたいな38歳がいるか!」と思わずツッコミを入れたくなる

「しかしですね。堅原先生。そうなるリスクが生まれるのであれば、芽の時点で摘むのが合理的ではないでしょうか」
「確かに貴方の言う通り、恋愛で身を滅ぼす人は多いわ。恋愛や異性を知らないまま大人になって、異性絡みの問題で今まで積み上げてきたものを全て失ったりね」

さきほど、希河が言ったことを真っ向から反対する月夜に対し、希河ぐうの音が出なかった。人として、教師としての人生経験の差が違うのだ。反論できず、だがどうしてもプライドが退き下がるのを許さない。どうしようもない怒りに希河の指がカタカタと震え、その震えた指で眼鏡の位置を直す。

「でもまぁ、貴方の言う通り、恋愛に現を抜かして勉学を疎かにする生徒がいるのは問題ね。そこはしっかり指導すべきだわ」

希河の言い分も極端なだけあって間違っているわけではない。反論しつつもそういったフォローを入れるところはさすがベテランだと綺羅川は思った。

「恋愛や人生の相談みたいにカリキュラムに含まれていないことまで対応するから、私たち人間が教壇に立って、教鞭を振るっている。カリキュラム通りの授業なら機械の方が優秀よぉ?ねぇ…綺羅川先生?」

そこで話を振られたことに綺羅川はギクッと来る。綺羅川は教師としての人格には問題無いのだが、ものを教えるという教師としての“能力”には大いに問題があり、彼の数学の授業はあまりのいい加減さに生徒たちから苦情が出ている。

「そ、そうですね…」

どっと溢れ出る冷や汗を流しながら綺羅川は答えた。ここから綺羅川の教師としての能力について色々言われる流れになるんじゃないかとビクビクしていた。
その時だった。

「失礼します。綺羅川先生はいらっしゃいますか?」

綺羅川に再び助け舟が寄越された。この学園の生徒、1年生で風紀委員の神谷稜だ。
綺羅川はここぞとばかりに「おう!おっちに来い!」と言って大手を振る。
稜は職員室に入り、綺羅川の席へと向かってきた。

「おう。どうした?何か用か?」
「『何か用か?』って…先生が放送で呼び出したんじゃないですか」

稜がため息交じりにそう答えると、綺羅川は自分が放送で彼を呼び出したこと、そして仕事を一つ思い出した。

「おお!そういえば、そうだったな!お前、第一三学区に行った時に誘拐犯を捕まえただろ?向こうで警備員やってる俺のダチが『よくやってくれた!お前は良い生徒を持ったな!』って喜んでたぞ!」

綺羅川は笑いながら稜の肩をバシバシと叩く。彼なりの激励だ。対して、稜は少し目を逸らした。あまり誉められることに慣れていないようで、少し恥ずかしかったのだ。

「まぁ、これからも“お前の信じる正義”のために頑張ってくれ」

そう言って、綺羅川は1枚の紙を稜に渡した。

“始末書”
風紀委員の管轄は決められており、それ以外での活動は原則禁止されている。稜が所属する映倫中学、そして風紀委員一七六支部から第一三学区はかなり離れており、明らかに管轄外行動だった。しかし、管轄外行動による始末書を恐れて、先日の稜のような状況であえて動かない風紀委員が増えてきている問題があるため、始末書の提出は簡単なもので大した負担にならないように配慮されている
稜は不満そうな顔で始末書を受け取る。それもそうだ。誘拐されそうな少女を助け、誘拐犯を捕らえるという正しい行動をとったのに始末書という過失・規律違反の報告と謝罪、再発の防止の誓約書を書かされるのだ。

「まぁ、不満に思うのは分かるが、そういうルールだからな。悪く思わないでくれ」

稜は始末書を受け取ると「失礼しました」と言って、職員室を後にした。
始末書を眺めながら稜は廊下を歩き、一七六支部へと向かっていた。

「俺の信じる正義…か…」

己が正義だと信じてとった行動の結果、少女は誘拐されずに済み、男たちが逮捕されたことで治安は守られた。そして、始末書である。
別に後悔はしていない。悪い結果よりも圧倒的に良い結果が残ったのだから、始末書程度で済むものなら安いものだ。
でも時折考えてしまう。もし、あの時自分が出てきたせいで犯人を刺激してしまい、少女が殺されてしまう結末になっていたら…、あのまま少女が誘拐されるよりも酷い結末を迎える要因になってしまったら…。
研修で一緒だった同級生を目の前で死なせてしまったトラウマがそうさせる。
あれは凄惨な事件だった。彼の独断先行も原因の一つであるのは間違いない。しかし、それは偶然と不幸の連鎖によるものであり、客観的に見れば責任の所在は全て犯人にある。だが、稜は自分を責めた。自分を許せなかった。風紀委員を断念することも考え、精神医療センターへの入院を周囲が薦めるほど自らを追い詰めた。

(自分の正義が誰かを傷つけるぐらいなら…)

それがこの結果だ。彼は自分の正義を信じられなかった。
そうこう考えている内に稜は一七六支部まで辿り着いた。

(始末書、これで何枚目だっけか?)

今まで書いて来た始末書の枚数を頭の中で思い出しながら、稜は扉を開けた。





パン!パン!パ~ン!

「!?」


扉を開けたと同時に鳴るクラッカー、それは明らかに稜に向けられており、飛び出た紙吹雪や紙テープが稜の頭や肩にかかる。

「YEAH!!おめでとう!」

神谷の前に立つ女子生徒。染められた金髪、ブラが見えそうなギリギリラインの豊満な胸元で下は結んで腹部をさらけ出している。校則違反上等な露出度を誇る彼女なりの制服の着崩し方だ。どう見ても一昔前のギャルにしか見えない。

雨戸速那《アマド ハヤナ》。映倫中学の3年生であり、風紀委員一七六支部のリーダーである。信じられないようだが、もう一度言おう。映倫中学3年生であり、風委員一七六支部のリーダーである。
彼女の他にも斑孤月、鏡星麗をはじめとした支部のメンバー達がクラッカーを鳴らしていた。
目の前に男子がいることも気にせず、速那は堂々とミニスカートでオフィスチェアの上に胡坐をかく。稜からはパンツなんて見えて当然のアングルだ。

「これは…何のつもりですか?先輩」

自分にかかった紙吹雪や紙テープを払い落しながら稜は尋ねる。

「HAHAHA!よくぞ聞いてくれた!“神谷稜の始末書30枚突破記念パーティ”だ!」

稜をはじめ、他のメンバーはこのリーダーにいつも頭を悩ませていた。大のイベント・お祭り好きで事あるごとに理由をつけてはクラッカーを鳴らして、パーティを始めようとする。悪い人間ではないのだが、TPOを弁えない。ついでにウザい。

「それって…祝うことなんですか?」
「まぁ…そうなんじゃねぇの?管轄外でありながら誘拐されそうになった少女を助け、見事に誘拐犯を捕らえた!良いことじゃないか。それなら始末書は勲章だよ!勲章!」
「は…はぁ…」

どう答えればいいか、分からない。基本的に稜は彼女のテンションに付いて行けないのだ。

「このままピザの出前頼んでコーラ一気飲みしたいところなんだけど、みんなまだ仕事中なんだよね~。2人だけでどっか遊び行っても神谷が相手じゃ盛り上がらねぇし」
「俺も今から始末書を書きますんで」
「はぁ…盛り上がらねぇなぁ…つまんねぇからパトってくるわ。斑。掃除頼む」

そう言って、どこからか取り出した雑巾を放り投げた。

「何故、エリートの私がこんなことを…」

短い黒髪をオールバックにしたキツネ目の少年、斑孤月は雑巾を傍に置き、自身の手元に小さな竜巻を発生させる。彼はレベル4の空力使いであり、風で一気にゴミを集めようとする。
能力の使用を察知したのか、速那は即座に振り向いた。

「能力の使用禁止な。ちゃんと掃除用具を使って掃除しろ」
「能力を使った方が手っ取り早いです。私の精度ならゴミだけを集めることも可能ですが」
「お前は能力に頼り過ぎ!たまには下々の苦労を思い知れ!あとエリートエリートうるさい!…ってことで加賀美!」

速那は緋色のストレートヘアーの少女を指さす。彼女は他のメンバーとは違い、小川原中学の制服を着ている。
彼女の名は加賀美雅《カガミ マサ》。小川原中学の2年生であり、この支部の次期リーダーである。稜とは研修時代からの知り合いであり、一時期は彼女が指導する立場だった。

「私が出て行った後にこいつが能力を使ったら、きっちりオシオキすること!9月からはお前がリーダーなんだから、ちゃんと主従関係をキッチリしておけよ!」
「はっ!はい!」

そう言って、加賀美も犬の首輪とリードを手に持って答えた。

(ガチで主従関係にするつもりか!)

そんな稜の心の中のツッコミ通りになったのか、2年後、狐月は加賀美の指令には従うようになった。他人を見下し、口を開けばエリートエリートうるさいのは変わり無いが。
速那が支部から出て行こうとした途端、「あ!」と声を上げてUターンしてきた。

「神谷。お前、今週の土曜は暇か?」
「祭ならお断りです」
「まだ何も言ってねぇだろうが!お前が助けた女の子の姉ちゃんと地区の担当の警備員が『どうしても直接会ってお礼がしたい』って言うんだけど、大丈夫か?」
「大丈夫です。その日は予定入ってないですし」
「じゃあ、決まりだな。後で場所と時間のメール送るからなぁ~」

そう言って、速那はパトロールへと出かけて行った。



* * *




土曜日 第七学区
ちょうどお昼時、相手が指定したのはとある大型ショッピングモールの2階にあるファミリーレストランの入り口前だ。休日ということもあってたくさんの買い物客で賑わっている。

「ちょっと早かったかな…」

稜は約束の時間の15分前に到着していた。何度か時計を見て時刻を確認しながら、ケータイをいじって時間を潰す。日頃のパトロールの成果か、それとも風紀委員としての職業病なのか、目の前を通り過ぎる人達の中に怪しい人はいないかついつい観察してしまう。
その中で一人の男の姿が目に映った。

(あの男は…!)

先日の誘拐事件で犯人を背後から襲った、あのグラサン男の姿だ。
彼を呼びとめようと手が伸び、足が進む。しかし…

「4階のホールで罪人末路のライブがあるらしいぜ!」
「待ってよー!」

目の前を横切る高校生に遮られ、その一瞬の間に男は人混みの中に消えて行った。

「いやぁ~、お待たせしてすみません」

見失ったと同時に背後から一人の中年男性と二人の少女、一人の少年が姿を現した。
中年男性の方は面識がある。先日の誘拐事件の後、事情聴取のために現れた地区の担当の警備員である。いつも気弱そうな顔をしている。
二人の少女と一人の少年はよく似ており、おそらく3人姉弟だと思われる。少女の小さい方は誘拐事件で誘拐されそうになった少女だ。
姉の方が一歩前に出る。
黒髪の癖っ毛が目立つショートヘアの少女で癖っ毛をヘアピンで抑えている。四角い赤フレームの眼鏡が似合う少女だ。年齢は稜の1個下である。

「あの…先日は妹を助けてくれて、ありがとうございました。葉原命《ハバラ メイ》の姉、葉原ゆかりです」

姉に続いて妹も頭を下げてお礼を言う。しかし、弟はどこか不満そうな顔でそっぽ向く。

「―――――――――――だからな」

ボソッと弟が何か呟く。何て言ったのかはっきり聞こえず、稜は「ん?何だ?何か言いたいなら…」と聞き返す。

「こ、今回はお前に譲ってやったけど、次からはゆかりねーちゃんも命も俺が守るんだからな!なんたって、俺は未来の風紀委員のエースだからな!」

なんとも少年らしい意地を張り、腕を組んで完全に稜から目を逸らす弟。

「こら!樹《イツキ》!お礼ぐらいちゃんと――――」
「ま…でも今回はありがとうな」

小さくぼそっと礼を言う樹。恥ずかしくて堂々と言えなくてついこんな態度を取ってしまう。この年齢の男の子ならよくあることだ。

「ちゃんと言えるじゃな~い!」

ゆかりは樹に抱きつき、彼の頭をワシワシと撫で廻す。樹は抵抗するが、どこか嬉しそうだ。

「まぁ、こんなところで立ち話も難ですから、そこのファミレスで食事でもどうですか?僕が出しますよ」

警備員の男の提案で5人は待ち合わせ場所のファミレスで食事をとることになった。
姉のゆかりも風紀委員であり、同じ風紀委員として仕事がどうとか、自分がどこの支部に所属しているのかとか、強くなるにはどうしたらいいのかとか、そんな他愛のない話を続けた。強くなるには~という話題には弟の樹がぐいぐいと食いついてきた。そんな他愛ない話ではあるが、充実して楽しい時間だった。



ドォォォォォォォォォォォォン!!



そんな楽しい時間を引きさくように突如、大きな爆音と振動が響き渡る。

「え?何?」
「お姉ちゃん…」
「だだだだ、大丈夫だ!ゆかりねーちゃんも命も俺が守るから!」
(虚勢張るなよ。足がガクガクじゃねえか。…それにしても今の爆発、上からだよな…)

稜と風紀委員の男は同じ思考に至り、同時に天井を見上げる。

『お客様にご連絡します。4階の多目的ホールにて火災が発生しました。係員の誘導に従い、慌てずにデパートから避難して下さい。繰り返します。屋上で―――』

「おっさん!こいつらを頼む!」
「あ!ちょっと!」

すかさず稜は風紀委員の腕章を手に持ち、レストランから飛び出した。警備員の男は確実に出遅れてしまう。

「そういうのは普通、僕の仕事なんだけどねぇ…」

本来なら警備員が向かい、風紀委員が避難誘導するのだが、ここで自分が出てしまえば葉原三姉弟を置いて行くことになってしまう。

「とりあえず、君たちを避難経路まで誘導する。その後はお店の人の言うことを聞いて、慌てずにここから出るんだ。大丈夫かい?」
「は、はい!」
「よし。良い子だ。二人ともお姉ちゃんの言うことはちゃんと聞くんだよ」

警備員の男はゆかりの手を繋ぐと他の客がゾロゾロと並ぶ避難経路の列に3人を入れた。その後、他の客の避難誘導も続けながら上へと向かっていった。
デパートの4階の多目的ホール、“罪人末路”と大きく書かれたステージは燃え盛る炎とステージを照らすライトで明るく照らされていた。ステージ上で演奏していた在任末路も炎による火傷や爆発で飛んできた破片が身体に刺さり、身動きが取れない。そして、罪人末路を取り囲むようにバラクラバの男たちが取り囲んでいた。
全員が口元に「断罪」と書かれたバラクラバを被っている。

「ちくしょう…何で俺がこんな目に…」

ギターの男がギターを支えに立ちあがろうとするが、彼らを取り囲むバラクラバの男たちの一人によって足蹴りされ、再び地面に突っ伏せられる。

「この期に及んでまだ気付かねえのか?忘れっぽいにも程があるってもんだ!」

バラクラバの男達の小柄な体型のリーダーが罪人末路の顔をサッカーボールを蹴る感覚で蹴り飛ばす。そこに罪悪感など一切感じられず、むしろ楽しんでいるようにも見える。嗜虐性が服を着て歩いているような人間だ。

「4年前の今日、二つのスキルアウトチームの抗争に巻き込まれて、殺された小学生のこと…忘れたわけじゃねえよな?」
「あ、ああ。覚えている。だから俺はもうスキルアウトから足を洗ったんだ!これからはも償いに生きるって決めたんだ!」

バンドの罪人末路は必死に懇願するが、断罪チームにその声は届かない。

「違うな…。贖罪ってのはてめぇが罪の責任から逃れて楽になりたいだけのただの自己満足だ。どんだけ償いを重ねても被害者には何も帰って来ねぇ。償いたいって言うんなら、妹を返せよ! あの頃の日々を返せよ!それが正しい贖罪ってもんだろうが!それが出来ないなら、地獄の底で罪悪の泥沼に溺れながら足掻き苦しんで生きろ!ゴミ同然で!惨めで!己の生誕を否定するほど無様な死を迎えやがれ!」

リーダー格の少年が積年の恨みと怒りを込めて拳を握る。

「てめぇにはもっと惨たらしい死を与えてやりてぇところだけど、時間が無ぇからな。“焼死”ぐらいで済ませてやる」

リーダー格の少年が小さな金属球を取り出す。人の眼球と同じぐらいの大きさだ。それを罪人末路にまざまざと見せつけ、彼に投げつけるために手を振りかぶった。

「風紀委員だ!放火と暴行の現行犯でお前らを拘束する!」

扉を閃光真剣で斬り破り、稜が風紀委員の腕章を付けて姿を現した。

「ちっ…めんどくせぇ…」

折角の復讐の一時を邪魔されてリーダー格の少年は不満たっぷりな表情で金属球をポケットに戻した。―――と思わせて、突如、全ての指の間に金属球を挟んだ状態でポケットから取り出し、一気に稜に投げつける。

(こんなの閃光真剣で…)

稜が両手から閃光真剣を出し、金属球を斬ろうと身構える。

「斬るな!避けろ!」

突如、舞台袖から聞こえた声に反応し、ギリギリのところで稜は金属球を切断せず、身体を無理やり捻らせて攻撃を避けた。
稜の背後で金属球が床や壁、座席にぶつかるとガラスの割れるような音と共に液体が溢れ出て、背後で一気に炎が上がった。金属球の中身は酸素に触れた途端、爆発的に燃焼する超可燃性の液体だ。

「チッ…まだ鼠が残ってたか。お前はこいつを押さえておけ。残りは鼠を駆除しろ」

リーダーの指示に応じ、バラクラバの男たちは一人を残して散り散りとなる。
炎がますます燃え上がることで暗がりだったホールが明るくなっていく。そして、リーダーの少年から稜の姿がハッキリと見えた。

「アギャヒャヒャヒャヒャヒャ!!まさかお前が来るとはなぁ!」

突然、狂ったかのようにリーダーが笑いだす。

「俺を…知っているのか?」
「ああ。当然知っているさ。 “仲間殺し”の神谷」
「!?」

仲間殺し…リーダーの言葉が稜のトラウマを抉る。カタカタと腕が震え、臨戦態勢として出していた閃光真剣は不安定になって今にも消えかかりそうだ。“自分だけの現実”をも否定しかねない凶器の言葉だ。

「ち…違う。あれは…」
「救済委員《ジャスティス》の間じゃ有名だぜ?人殺しのくせに正義を剣を振りかざす反吐の出る偽善者だってなぁ…。そんなんでよく風紀委員の腕章なんか貰って、正義を振りかざせるもんだな?お前の面皮の厚さどんだけあるんだ?」

アハハハハハハハ!と大きく笑い声を挙げながら、平然と稜の心を抉り、トラウマを次々と掘り起こす。彼の言葉だけじゃない。あの事件から言われ続けた罵詈雑言が彼の脳内をかけめぐり、構造をぐちゃぐちゃにしていく。そして、耳が更に悪い言葉だけを受け止めるようになってしまう負のスパイラルに陥った。

「違う…俺は人殺しじゃない…あれは…」

自然と稜の口から零れる自己弁護。「あれは自分が悪い」「責められるべきは独断専行をした自分だ」と自分に責め苦を与え続けてきた。そう自己暗示し続けてきた。それが自分の贖罪だと思っていた。
“ヒーロー《誰に教えられなくても、自分の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者》”であろうとした。
だけど、自分の内から湧く感情が人を傷つけ、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。それでも “ヒーロー《過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者》”であろうとした。
それなのに、追い詰められて口から零れた本性は理想からかけ離れていた。
トラウマを抉られ、理想と現実の溝を思い知らされる。

「俺はこの男を殺したい。殺して、殺して、殺しまくって!死体になっても殺し尽くしたい!そうじゃねえと気が済まねえんだ!清算しなきゃいけないんだ!そうじゃないと…俺の人生はあの頃から1秒も進まない!」

リーダー格の少年は指にはさんで4つの金属球を罪人末路に向けて振りかざす。

「てめぇに殺された少女の親も同じこと思ってるんだろうぜ。だからそこで見てな。偽善者。この男の末路がいずれお前を迎える最期だ!これが本来下されるべき正義の鉄槌なんだ!」





「おかしいな。それじゃあ“筋”が通らねえ」



突如、舞台袖からグラサン男が姿を現した。

「お前…」
「“俺の部下達が処理した筈だ?”ってか?自慢じゃねえが、俺ってけっこう喧嘩強いからさ。あの程度の人数、どうってことねえんだぜ」

グラサン男の背後には倒されたメンバー達の姿が見える。

「俺は別にお前が復讐しようが、その男を消し炭にしようが構わねえんだけどよ…どうしても一つだけ、気に入らねえところがあるんだ」
「気に入らないところ…だと?」
「ああ。お前、さっきこう言ったな。『これが本来下されるべき正義の鉄槌なんだ』って」
「ああ!そうだ!この男は罪人であるにも関わらず、罰を受けなかったんだ!それに鉄槌を下すことが正義でなくて何だ!」
「だからそこが違ぇって言ってんだよ!このアンポンタンが!」

グラサン男はリーダーの胸ぐらを掴みかかる。

「てめぇがやりたいのは復讐だろ!?過去の清算をしたいんだろ!?個人的な理由でステージ燃やして、これから殺人を犯すんだろ!?だったらてめえは悪人だろうが!惨めに正義に縋りついてんじゃねえ!妹が死んで悲しかったはずだ!無力な自分が悔しかったはずだ!失ったものを取り戻せずに過ごした過去は苦しかったはずだ!復讐だって全てを捧げて誓ったんだろ!だったら、全力で復讐と向き合え!次の復讐者に殺される覚悟を持て!正義なんて逃げ道なんか作ってんじゃねえ!お前の過去はそんな中途半端な気持ちで清算できるもんじゃねえだろうが!そうじゃねえと、“筋”が通らねえ!」

この男はそうなんだ。自分の感情と“筋”という基準点だけで行動している。そこに善悪の判断など無く、その行動は善にも悪にもなりうるのだ。
言いたいことを全部吐き捨てて、グラサン男はリーダーから手を離す。
リーダーは完全に放心しており、グラサン男から解放された途端、膝から崩れ落ち、床に手を着いた。彼は何も答えなかった。そして、指にはさんでいた金属球をそっと転がした。

「そうか…ちゃんと向き合ってくれたんだな」

そっと優しい声でグラサン男は告げると、ステージから降りて放心する稜の元へ歩く。
放心して俯く稜がゆっくりと顔を上げる。何も映らないただ眼球に入る光景だけを写すその目は虚ろで、同時に絶望に満ちていた。

「よぅ、風紀委員のあんちゃん。数日振りだな。犯人が大人しくなったから、手錠頼むわ」
「俺は…」

稜がボソッと呟く。

「どうした?」

グラサン男が訊き返すと、稜はおぼつかない足取りでゆっくりと立ちあがる。
稜が両手の拳を強く握り締めた。

ガッ!!

稜の渾身の一撃がグラサン男の顎にヒットする。衝撃でサングラスは吹っ飛び、男は少し仰け反る。
完全な八つ当たりだ。そして、嫉妬だ。
憧れに近付けば近付くほど遠ざかる。どうしようもない自分に対する怒りをこの男にぶつけた。同時に稜はこの男に嫉妬した。自分が憧れた“あいつ”のように真っ直ぐに生きる姿に嫉妬した。

「俺は…どうすれば良いんだ?“あいつ”みたいなヒーローになろうとして人を死なせて…、償いのために生きたつもりだったのに…結局は自己弁護で…あの男の言う通りだ。俺は偽善者だ。結局、自分可愛さに逃げてばっかじゃないか…」
「お前は、ヒーローになりたいのか?」
「なりたかった。困っている人を、苦しんでいる人を迷いなく助けられるそんなヒーローに…」

それを聞いて、グラサン男は大きくため息を着いた。

「だったらお前は偽善者じゃねえ。そんなに傷ついてまで逃げずに理想と現実の板挟みに苦しみ続けたんだ。お前はちゃんと理想(ヒーロー)と向き合ってる。それに基本的に赤の他人の評価なんざ上っ面の評価に過ぎねえ。お前の魂をちゃんと理解して評価出来る人間がいるんだったら、そいつらに訊いてみな」

そう言うと、グラサン男は稜の肩を叩き、彼の後方にある出入り口へを歩いて行った。稜は振り向かなかった。

「あと、トチ狂っても俺の生き方を参考にすんじゃねえぜ。俺はスキルアウトで悪党だから、真っ直ぐ好き勝手に生きれる。“現実(やるべきこと)”を全部投げ出して“理想(やりたいこと)”だけをやってるからな。お前の目指すものとは対極の人間だ」

HAHAHAHA!と大きな声で笑いながらグラサン男は立ち去っていった。
それから警備員が突入。犯人たちは全員逮捕され、罪人末路は病院へと搬送された。
そして、稜は…
病室(ふりだし)にいた。
ケガは一切無かったのだが、リーダーの使っていた金属球の中にある液体に人体に有害な物質が含まれていた為、精密検査を受ける為に強制的に病院に連行させられたのだ。
とある診察室から稜が出てきた。どうやら、問題の有害物質は含まれていなかったようだ。

「稜。診察の結果、どうだった?」

診察室の前にあるソファーで加賀美が座って待ち構えていた。

「問題無いです。加賀美先輩」
「そう、それは良かったわ。ほい。これお見舞い。雨戸先輩から」

そう言って、加賀美は稜にビニール袋を渡す。ほくほくと温かく、ソースとマヨネーズの匂い、そしてわずかに青海苔の香り…

「たこ焼き…ですか?」
「そう。どっかの露店で買ってきたみたい。私に全部丸投げした後、本人はどっか遊びに行っちゃったけどね。『次のリーダーはお前だから、色々と仕事を移譲していく』ってもっともらしい理由を付けてね。じゃあ、行こうか。支部のみんなが心配してるよ」

加賀美は立ち上がり、稜と共に出口へ歩いて行く。
稜は加賀美から半歩下がった位置を歩く。研修時代から彼女には世話になり、年上として、先輩として、次期リーダーとしてのさり気ない敬意の表れだ。

「加賀美先輩」

突然、稜が足を止める。

「どうしたの?」
「俺は…俺は…風紀委員を続けても良いのか?」

“お前の魂をちゃんと理解して評価出来る人間がいるんだったら、そいつらに訊いてみな”

あのグラサン男が言っていた人、研修時代からの知り合いで、“あの悲劇”のこともよく知っている加賀美なら…そう思っての問い掛けだった。

「何言ってんの?当たり前じゃん」

あまりにもシンプル過ぎる回答だった。シンプル過ぎるが故に「何も考えていないんじゃないか」と邪推してしまう。

「いや、だって…俺は――――――」
「あー!もう!馬鹿の癖にウジウジ考えるな!」
「ば…馬鹿ぁ!?」
「そうよ!馬鹿よ!馬鹿!考え過ぎる馬鹿よ!自分が信じられないんだったら、この腕章を信じなさい!」

加賀美が稜の腕に掴みかかり、腕章を引っ張り上げる。

「あの事件の後でも先生達はあんたにこの腕章を託したのよ!みんなが稜の信念と正義を信じた結果がこれなの!稜の信念と正義はもう稜だけのものじゃない!この腕章にはみんなの信頼が詰まってるの!だから、軽々しく自分を否定しないで!」

加賀美に圧倒された。あのグラサン男に説教されたバラクラバのリーダーみたいに稜は目を開いた状態で無言だった。

「ふぅ~。少し熱くなり過ぎたね」

加賀美は稜の腕を離し、一呼吸置く。

「だから、安心して自分を信じて。否定されたら“私たち”が稜を守るから」

加賀美が稜をそっと抱きしめる。加賀美の胸の中で小刻みに震える稜の体。
そして、稜は静かに涙を流した。必死に声を抑えて、それでも抑えきれずに…

(ああ…。こりゃ他の子には見せられないなぁ…)

とある公園のベンチ
夕日によって赤く照らされる情景と遊具の黒い影のコントラストが映える。最終下校時刻に近いことから公園にはほとんど人がいなかった。
そこのベンチにグラサン男、そして隣に速那が座っていた。ヤンキーとギャル、二人とも似たような方向性の格好であり、スキルアウトと風紀委員なんて対極の位置の人間とは思えない。
二人はベンチで缶ジュースを飲んでいた。

「にしても神谷を諭すなんて、どういう風の吹き回し?」
「いや、俺は諭したつもりなんかねぇぜ。ただ思ったことを言っただけだ。まぁ、それで憑き物が落ちるってんなら、結果オーライだがな」
「『憑き物が落ちる』ねぇ…。まぁ、落ちると言えば落ちるんだろうけど、もっと重い物を抱えそうで心配ね。まぁ、ちょっと心配だけど、加賀美なら上手くやってくれるでしょ」
「けっこう無責任だな」
「私は加賀美のことをそれだけ評価してるの。信頼できる仲間よ」

突然、速那がベンチから立ち上がる。

「今回の一件はこれで済ませて上げるから、くれぐれも私の管轄内で暴れ回ったりしないでよね」



「軍隊蟻リーダー。寅栄瀧麻



飲み干した缶ジュースをゴミ箱に投げ入れると、速那は立ち上り、寅栄の元から去って行った。

「偉そうに言いやがって。俺より2コ下の癖に…ん?」

寅栄もジュースを飲み終え、ベンチから立ち上がろうとする。――――――――が、立ち上がれない。背中と腰が全くベンチから離れないのだ。

「え!?ちょっ…!?ああ!あのお祭りギャル!!」

瞬間接着《アクリルバインド》
雨戸速那の能力であり固体、ゲル状の物質から瞬間接着剤の材料であるシアノアクリルレートを合成する能力だ。
彼女はこっそりベンチの塗料から接着剤を合成し、寅栄の身体とベンチを接着したのだ。

「『これで済ませてあげる』ってこのことか!あ!おい!ちょっと待て!せめて能力を解除しろよ!してください!お願いします!無視すんなや!ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」



翌日の軍隊蟻活動内容
「雨戸速那の管轄内でとにかく大暴れ(一般人の迷惑にならないように)」

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最終更新:2013年04月23日 19:05