『ねえねえ!わたしもゴリラさんみたいに、こまっているひとをたすけるヒーローになりたい!』
あれは、どれくらい前の出来事だっただろうか。数年前、自分はある警備員に助けて貰った事がある。
その男は、今では自分の師匠的な立ち居地に居る。筋肉をこよなく愛し、同志達と共に只管筋力を鍛えている暑苦しいゴリラ顔の男・・・
緑川強。
彼には格闘術の手ほどきを受けたり、治安組織の一員としての心構えを教えて貰ったり等色々世話になっている。
彼が居なければ今の自分は居ない。彼と出会ったからこそ自分は風紀委員を目指そうと思った。
『あの時の借りを返す!!わかったか、このサイボーグ野郎!!!』
あれは、どれくらい前の出来事だっただろうか。数年前、自分はある警備員に助けて貰った事がある。
その男は、今では自分の師匠的な立ち居地に居る。“天から与えられた才”を失っても、“人として培って来た才”を研ぎ澄まして来たサイボーグ顔の男・・・
九野獅郎。
彼には逮捕術の手ほどきを受けたり、治安組織の一員としての心構えを教えて貰ったり等色々世話になっている。
彼が居なければ今の自分は居ない。彼と出会ったからこそ自分は風紀委員を目指そうと思った。
『私には、お姉ちゃんみたいな電磁波を使った感知っていうのは現状だと無理みたいなんで。というか、電磁波関係の才能が無いのかもしれないです。
だったらということで考えに考えた末に、普段から使っていた電気を用いた感知方法を思い付いたんです』
176支部風紀委員
焔火緋花は、緑川に憧れた末に風紀委員となって改めて自身の才能の在り方に疑義を抱くようになった。
近頃は安定するようになったが、結構前までは『身体測定』でレベル2とレベル3の間をうろつく程に不安定だった。
しかも、多才な応用が武器の『電撃使い』において彼女は電磁波や磁力操作を不得意としていた。『電撃使い』の観点から見ると中途半端と言ってもいい焔火の在り方。
そして、その改善に彼女は力を『注いでいなかった』。能力開発より学力重視の小川原に入学した影響も大きかった。
平均点ギリギリだったこともあり、学力に力を注ぐことが焔火には求められていた。同時に風紀委員になるための適正試験を1年時に受けて落ちたこともあって、
学業と共に適正試験突破対策に力を注いでいたのが以前の焔火であった。当然適正試験突破対策=能力上達策とはならない。
その“反動”が風紀委員になった後に露となった。他支部に出向するようになって、彼女はようやく自身の才能の在り方を見詰め直すようになった。
『「水昇蒸降」。それが、俺の能力だ。レベル3に該当する能力で、水を水蒸気に、水蒸気を水に変換して操作する能力だ。
逆に言えば、水を水のまま、水蒸気を水蒸気のまま操作するのは不可能という面倒臭い性質を持っている』
178支部風紀委員
固地債鬼は、風紀委員になる前から自身の才能の在り方に疑義を抱いていた。
風紀委員になる前は、自身の才能の中途半端さにずっと不貞腐れていた。才能とは、単に超能力を指しているわけでは無い。
学力も、身体能力も、喧嘩の腕も、思考能力も何もかもが中途半端。特に、己に身に付いた超能力の中途半端さには歯噛みしかしなかった。
何せ、一々変換しなければ自在に操作することが叶わないのだ。低位能力者だった頃は、変換するのにも数十秒単位で時間が掛かっていた程である。
途轍も無く気に入らなかった。自身の才能の中途半端さに。だから不貞腐れた。延々と不貞腐れて・・・何時しか弱点の改善に力を注ぐことも無くなって・・・
何度も失敗を繰り返して・・・その先で“天才”九野獅郎と出会ったことが彼にとっての転機となった。
彼の言葉や在り方に衝撃を受けた。不貞腐れていた自分が恥ずかしくなった。故に、風紀委員を目指した。助けられたあの男に負けまいと邁進するようになった。
『固地先輩。私はあなたの「欠点」を否定する!!私の信念でもって!!その代わり、あなたは私の「欠点」を否定して下さい!!あなたの信念でもって!
あなたも私も正しいし間違っている。一方的な見方は危険なんだと私は学びました。色んな見方を知って、考えて、その上で自分の指針を決定する。
私はあなたに伝えたい。あなたはもっと成長できる人だって。傲岸不遜で意地っ張りで天邪鬼なあなたの「欠点」を改善できれば、あなたはもっと多くの人に認められる。
あなたは私の言うことなんか無視するのかもしれないですけど、それでも私はあなたと真正面からぶつかります。ぶつかり続けます。私のために。それ以上にあなたのために!!』
『但し、1人前の風紀委員では無い。結果を出せていないからな。前にも言ったが、俺が指導する以上お前が「本物」になるための指示や命令を下す!!
その判断に正当な言い分があるのなら幾らでも言え。お前の言う通り、俺にも色んな「欠点」がある。俺も完璧じゃ無い。お前が指摘する「欠点」の改善に俺も努めるとしよう。
その上で、俺も正当な言い分でお前に返そう。俺を傷付けるとか俺へ押し付けるとか、そんな“俺にとって”どうでもいいことを一々気にするな。
俺はお前に心配される程落ちぶれてはいない。俺はお前に傷付けられる程やわじゃ無い。むしろ、俺を傷付けてみせろ。全力で来い。何倍にも増した上でキッチリ返してやる。
それで傷付こうが知ったことじゃ無い。傷付くことや傷付けることが最重要じゃ無いんだ。傷付いた先に見出せるモノがあるかどうかが大事なんだ。
焔火。そんな“恐怖”に呑まれているようでは“ヒーロー”にはなれんぞ?俺相手なら容赦無くぶつけられるだろう?その中でバランス感覚を磨けばいい。・・・俺もだが』
そんな2人が・・・焔火緋花と固地債鬼が出会い、紆余曲折を経て共に戦うこととなった『意味』がこの戦いにて示される。
歩んで来た道は違い・・・主義志向も違う両者・・・しかし何処となく“似た者同士”と見做すこともできる2人が交わることで見出されるであろう『意味』が。
「ハアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!」
「・・・・・・」
汗まみれの焔火と朱花が『電撃使い』によって身体能力を活性化した状態で激しくぶつかり合う。今は、互いに接近戦を仕掛け仕掛けられている状態だ。
焔火は両手に『電気の網』を纏いながらの連弾を、朱花は砂鉄を用いた鞭による連撃を繰り出している。
「(やっぱ、お姉ちゃんってすごい・・・!!今の私じゃ、こんな磁力操作はできっこないし!!)」
身体能力や格闘術という面では焔火が、能力の応用性で言えば朱花に分がある。焔火が使いこなせていない磁力操作や電磁波操作によって戦いを五分以上にしている朱花の実力は、
薬による強化を差し引いてもやはり相当なモノであった。
姉とて、普段から能力開発の授業を受けている身。才能依存が大きくても、真面目に取り組んでいれば時間を経るごとに実力は増していく。
自分が身体強化から放電方面の実力を伸ばしているのと同じように、姉は放電方面から磁力・電磁波操作方面の実力を伸ばしていた。
以前第19学区にある自然公園からの帰り道に競争した際にも実感したこと。そして、今はレベル4相当と予測されている故に尚更凄まじい。
「(でも・・・だからと言って負けるつもりは無いよ、お姉ちゃん!!)」
しかし、焔火に気後れなど無い。総合力として姉に分があるのはわかり切っていたことである。ならば、それに応じた手段を用いるだけだ。
「(いくよ!!)」
焔火は拳に展開していた『電気の網』を、体全体を覆うような形に変更する。展開範囲としては自身から3m程。
電気そのものによる知覚能力。出会い頭の高圧電流を弾き飛ばす(=干渉する)上で重要な役割を負ったこれを、朱花が繰り出す砂鉄の鞭の軌道を読むために用いる。
ビュン!!ビュン!!ビュン!!
朱花の鞭が焔火に襲い掛かるが、紙一重の所でかわし続ける。レーダーと『電気の網』による知覚能力は互角。
であれば、身体能力に分がある焔火が朱花の攻撃を避け続けられる可能性は高い。それでも紙一重になっているのは、さすがは朱花と言った所か。
「(踏み込む!!)」
感知する鞭の軌道に僅かな隙を見出した焔火は、姉の懐に潜り込むために一気に踏み込む。電撃や砂鉄の妨害は自前の電撃で対抗すればいい。
“手駒達”化の弊害として、従来の臨機応変さには欠ける情報は既に聞いている。それは、きっと新“手駒達”も同様に。
更に、新“手駒達”には痛覚も存在することも知っている。だったら、自分が熟知している姉のような咄嗟の応変は不可能と見ていい。
「ごめん、お姉ちゃん!!」
鞭をかわして朱花の懐に入った焔火は、謝罪の言葉を口にしながら電流を纏った突きを繰り出す。だが・・・
ザッ!!!
「なっ!!?」
焔火の突きは空を切る。彼女の突きが決まる直前に、磁力操作によって朱花は妹の攻撃を後方へ浮遊することで回避したのだ。
「(・・・!!ほ、本当に“手駒達”化されてるの!?今の回避は、聞いている情報に合致していない!!)」
焔火は困惑の色を必死に隠しながら思考を働かせる。先程の朱花の行動と、少し前に敵が漏らした言葉の意味について。
『はい!!蜘蛛井さんの「調整」のおかげで朱花の暗示が解けることは無いでしょうし、思う存分姉妹同士で殺し合ってもらいましょうか!!』
「(『調整』・・・暗示・・・か。『電撃使い』に精神系能力が効かないケースが存在するってゆかりっちから聞いたことがある。お姉ちゃんくらいのレベルなら尚のこと。
だから、暗示が能力によるモノとは考えにくい。記憶や人格を壊し、能力を無理矢理強化する“手駒達”化に用いられているのは薬物・・・そうか。
新“手駒達”はきっと暗示系の薬物を使って思考を固められているんだわ!!これだけ早い速度で“手駒達”化できたのも、全てはそのおかげか。
普通の“手駒達”なら暗示なんていう非効率な調整は施されていない筈だし!!そのせいで痛覚が存在しているのか!!)」
図らずも、焔火は新“手駒達”化の成り立ちにおける核心へ足を踏み入れる。それは、自分達や朱花にとってとても大事な事柄。
すなわち、今なら取り返しがつくということ。固地の推測通り、人格や記憶が破壊されていない可能性がここに来てグンと高まって来たのだ。
「(きっと、固地先輩なら私より先に敵の言葉からこのことを推測している筈。・・・でも、あの応変さの理由にまでは辿り着いていない筈。
これは、実際に戦っている私だから答えを見付けられること。考えろ・・・考えろ私!!)」
次の出方を読み合う形となり膠着した状況に身を置く姉妹。その片割れである妹は、当事者の責務として師事を仰ぐ先輩が見出せていない真相に辿り着くために頭を働かせる。
思考を固められている筈の朱花が、どうしてあの反応を行うことができたのか。その理由を。
「(・・・やっぱり『調整』という言葉が引っ掛かる。アイツの言葉を聞く限り、暗示が解けることはあるみたい。速度を追求した弊害かな。
『電撃使い』の特性として電気信号である脳波にも影響は及ぼせるから、普通は精神系能力による暗示とかも・・・・・・あっ!!)」
辿り着く。“ある”1つの真相に。
「(そう、か。暗示による思考の固定化が薬を用いたモノだとしたら、それを固定“し続ける”モノは・・・敵の精神系能力か!!!
唯でさえ、今のお姉ちゃんはレベル4クラスの『電撃使い』。同系統の能力や精神系能力は効き辛い!!それは、“手駒達”を操作する電波に影響を及ぼす可能性がある!!
通常の“手駒達”なら人格とかを破壊するからどうにでもできるんだろうけど、新“手駒達”に関しては暗示に頼っている以上リスクが残ったままなんだわ!!
新“手駒達”も電波によって操作されていることには変わりない。だから、これに暗示薬と暗示の継続を為す精神系能力を組み合わせる『調整』が必要になったのか!!)」
自分でも驚く程理路整然とした推測を為しえていることに興奮を隠せない焔火。これもまた、苦難の道を経た彼女だからこそのモノ。
彼女の推測はおおよそ当たっており、追加するとすれば暗示が解けるリスクとして『肉親ないし親しき者との接触』が挙げられたことがあり、
焔火の意気を消沈させるための策として『新“手駒達”となった朱花との接触』を提案した網枷が蜘蛛井に命じて『調整』を施させたのだ。
ちなみに、この『調整』は朱花と同じく薬によってレベル4相当の実力となった電気系新“手駒達”にも施されている。
事のついでとばかりに、蜘蛛井が朱花の『調整』後に他の電気系新“手駒達”の面々にも施したのだ。
「(でも・・・これとさっきの反応は結び付かない。・・・偶然?それとも何か見落としているの、私?くそっ・・・)」
しかしながら、妥当性を持ったこの推測と先程の朱花の反応は厳密に言えば結び付かない。朱花は『調整』によって暗示が解けない―臨機応変に欠ける―状態に陥っている筈だ。
ならば、先程の反応は偶然なのか。または、未だ気付いていない何かが朱花の身に起きているのか?
今一番知りたい真相に辿り着けないことに苛立つ焔火の前で・・・突如“ソレ”は起こった。
バチバチバチ!!!
「「「「!!!??」」」」
朱花の高圧電流が、ここから少し離れた場所で戦闘を繰り広げている固地と永観・智暁組に向けて放たれたのだ。
狙いとしては固地目掛けて。こちらの状況も観察していたのだろう固地は、すんでの所で朱花の電流を回避することに成功した。
「(な、何今の!!?あの2人がピンチに陥ったから援護したの!!?で、でも・・・)」
予想していなかった姉の行動に、焔火は劣勢となった敵2人を守るために固地を攻撃したのかと訝しむ。
だが、当の永観と智暁は目を白黒させていた。事前に朱花に今のような対処を仕込んでいれば、目を白黒などさせずに固地に向かって追撃の1つや2つをしてもおかしくは無い。
「(あっちから目を離していたからはっきりとしたことは言えないけど・・・今のお姉ちゃんの攻撃は敵にとっても予想外なことだったりするのか・・・えっ!!?)」
内心で状況把握に努めていた焔火の目が驚愕に染まる。見れば、朱花が固地に追撃の電流を浴びせようと右手を固地に向けながら発射体勢に移ろうとしていた。
「お、お姉ちゃん!!待っ・・・ヒグッ!!!」
自分に攻撃を集中していたかと思えば、今度は固地の方へ攻撃を集中しようとする朱花のチグハグさが目立つ攻撃を止めるために焔火は『電気の網』を展開しながら動く。
その瞬間、体に強烈な刺激が充満する。これは、自分の体を冒していた媚薬剤の効果。見出した“有用性”の弊害。
「(く、くそっ!!こんな時に!!!)」
体を駆け巡る刺激に思わず蹲る焔火。彼女は、今襲っている弊害を理解しながらも“有用性”を活かすために我慢しながら能力を行使していた。
行使するのは『電気の網』と身体強化の併用。普通の状態であれば、併用など不可能な芸当を『今』為しえているのは、自分の体を冒す媚薬に理由がある。
『「静電気クラスの電気と他人が衝突した瞬間を、肌で感じ取れれば」って言ってたけど、どうなの?』
『予想通りでした。普段から電気を用いた身体能力の強化とかをしていたおかげだと思います。ようは、“中”で使うか、“外”で使うかの違いだけなんですよね。
“中”で電気を使っていた時は感覚とかも鋭敏になってましたから。その電気を“外”に持ち出して、私の感覚に繋げたってだけの話です。思った以上に神経使いますけど』
普通であれば、『電気の網』と身体強化は併用できない。何故なら、感知可能なレベルの『電気の網』を展開するだけで大幅な演算領域を使ってしまうからだ。
この感知方法で一番力を使うのは“外”と“中”の『繋がり』部分である。ようは『肌』の知覚機能である。
従来であれば、この知覚機能を大幅に強化した上で“外”と“中”を展開&強化するという手順を踏む。
故に、一番得意な放電に関しては問題無いものの身体能力全体の強化に手が回らない。この方法はまだまだ熟練度が足りていない不確実な力である。
『焔火。俺に考えがある。これは、お前にとって負担が増すモノだが同時に『今』限定で能力を強化することができるかもしれないモノだ。どうする?』
『・・・聞かせて下さい』
一生懸命努力して身に付けた技能“全て”を聞いた固地は、焔火に同意を取った上で彼女へある提案をする。
それは、彼女の体を冒している媚薬の効果を逆手に取るというモノ。正確には、『性感帯として敏感になった「肌」・・・すなわち“中”の感覚に割くべき力を、
身体強化方面等に回すことができないか』という提案であった。何も知らない人間がこの場にいれば『何を馬鹿なことを言っているんだ』と受け取るかもしれないが、
焔火はそうは受け取らなかった。確かに、今の自分の肌はとても敏感になっている。時間が経つにつれて薬の効果が落ちて来ているだろうが、感覚的には余り実感が無かった。
今まで能力によって知覚機能を強化していたために演算領域を消費していたが、『今』ならここに領域を割く必要は余り無い。とにもかくにも、焔火は固地の提案を試すことにした。
『どうだ、焔火?』
『い、いけます!これなら・・・ヒグッ!』
試した結果として、『今』の焔火は『電気の網』と身体強化を併用することが可能ということがわかった。弊害として、少しでも油断すれば強烈な刺激が襲って来ることもわかった。
だが、焔火は弊害を理解した上でこの強化策を用いることを決めた。相手は自慢の姉。薬で強化されている以上生半可な力では対抗できない。
そう理解してここに来たが、いざ弊害が露になるとどうしても歯噛みする感情を抑えることができない。
「(早く・・・早く静まれ!!!)」
幸か不幸か、朱花は蹲っている自分など眼中にもくれずに固地を攻撃し続けていた。その理由に考えを及ぼしたい所だが、現状ではそんな余裕は一切無い。
苛む刺激に耐える今の焔火は、師事を仰ぐ先輩の無事を祈ることしかできなかった。
「ハッ!何だ、朱花。妹を罵倒した俺への仕返しのつもりか?」
高圧電流や磁力によって飛来する金属の塊を避けている固地は、軽口を叩きながら今の状況を推察する。
「(朱花の様子が変化し始めている。雷速を誇るアイツの攻撃が“一度も俺に命中していない”ことも含めて。
仰羽智暁達の反応を見ると、これは連中にとっても不測と見ていい。操作している電波の大元が壊れれば気絶する筈だが・・・さて)」
固地は様々な選択肢の中から可能性が高いモノを選び抜いていく。その結果として、初瀬達の作戦―メインコンピュータへの仕掛け―によるモノでは無いと判断する。
こちらと同じく状況を整理している智暁達が追撃して来ないのは幸いだが、同時に焔火が朱花の行動を許してしまっていることも察する。
「(焔火の回復には、少し時間が掛かるか。・・・仕方無い)」
横目で蹲る焔火の姿を捉えた固地は、彼女に危害が及ばないように朱花や智暁達を自分に引き付ける。
『水昇蒸降』により発生させた幾十の水球を浮遊させ、朱花目掛けて射出する。
バチィィッッ!!!
当然のことながら、朱花は自前の高圧電流で飛来する水球を悉く撃破する。『水昇蒸降』で水蒸気から変換した水は、当初殆ど電気を通さない純水状態である。
しかし、空気中に含まれる物質が変換した水に溶け込むために電気伝導率が高まってしまう。
そもそも、絶縁体である空気を伝導する程の電流相手では純水であっても防ぐことが困難であり、他の要素も加味した結果固地の攻撃は無意味と成り果てる。
「チッ・・・」
仕掛ける前からわかっていたことではあったが、やはり自分と朱花ではこちらが不利である。
相性や能力でできることの差・・・生まれ持った才能の差がこの戦場でも厳然と固地の前に立ち塞がる。
「ならば、連中を巻き込む形にして電流攻撃を封じ込めることに専念した方が得策か」
しかし、固地に悲観など無い。能力的に朱花に分があるのはわかり切っていたことである。ならば、それに応じた手段を用いるだけだ。
固地は両手に水のロープを形成しながら永観達の下へ疾走を開始する。そんな敵を視界に収める汗だくの永観と智暁は、状況整理を完全に終えることができないまま迎撃準備に入る。
「永観さん!本当に大丈夫ですか!?」
「朱花は僕達に危害を加えることは無い!言い換えれば、僕達が巻き込まれる形になれば固地の思う壺になってしまう!あの水のロープに捕まらないように心掛けるんだ!!」
「は、はい!!」
いち早く永観は固地の目論見を看破し、警護を務める智暁に注意喚起を行う。彼等が、今まで攻撃を仕掛けなかった最大の原因は朱花の“暴走”にある。
『永観さん・・・!!今の朱花の電流・・・私達を邪魔するモノじゃなかったですか!!?』
智暁のこの問いが全てを物語っていると言っても過言では無い。あの時、永観と智暁は固地に総攻撃を仕掛けるつもりで攻め込んだ。
『電撃使い』である焔火を同じ『電撃使い』である朱花に任せ、自分達は厄介な“『悪鬼』”を仕留める。
相性的に固地が有利とは言え、『書庫』で得た限りの情報ではそこまで脅威では無かった。数の利もある。故に一気に攻め込んだ・・・その鼻っ柱を朱花の電流が撃ち砕いた。
こちらに危害が及んだわけでも無い。しかし、命令として焔火の始末を命じていた朱花がこちらの戦闘に介入して来た。しかも、自分達の攻勢を削ぐかのように。
理由は未だ不明。蜘蛛井に連絡を取ろうとしたが音信普通。電波自体には異常が無い様子であったために、混乱に拍車が掛かった。だが、戦場は待ってくれない。状況は動く。
「(僕の予想では、“『悪鬼』”の能力には致命的な欠陥がある。それが正しいかどうかを、この衝突で確かめる)」
永観は決断する。朱花がこちらを攻撃する意思があるなら、とっくにやっている筈だ。それも無く、今は固地を攻撃している以上こちらへの攻撃は無いと見ていい。
その上で、“『悪鬼』”の傲岸不遜な態度の裏に潜む欠陥の有無を確かめる。この戦いを有利な状況へ持って行くために。
ブン!!!
幾十の水球を侍らせながら、固地がこれみよがしに水のロープを振るい始める。侍らせている水球は智暁の『熱素流動』対策に間違い無い。
そう判断した永観は、同じく幾十もの火球を現出させ水球へ向けて殺到させる。
ボン!!ボン!!ボン!!
衝突する水球と火球。固地は素早く新たな水球を掌から生み出していく。その様子を眺めて内心で笑う永観はこれまた同じく火球を生み出していく。
その速度は・・・明らかに永観に分があった。『水昇蒸降』は手が能力の『噴出点』である。ようは、2つある手からしか水球を生み出すことができないのだ。
一方、永観にそんな制限は無い。集中すれば一時に十単位で火球を現出させることができる。
ボン!!ボン!!ボン!!
衝突を繰り返す水球と火球は、段々と火球の方がその数を増していった。相性もあってか、すぐに固地が崩れるということは無かったが、勢いは間違い無く永観にある。
疾走する足が止まり、次第に防戦体勢を取らざるを得なくなってくる固地・・・の足下付近にある金属の塊―朱花が操作していたモノ―へ火球の1つが衝突する。
ズガァァンン!!!
「グウウウゥゥッ!!!」
永観の『発火能力』は熱した物体を爆弾化させることもできるが、多少時間が掛かることが欠点だった。それを智暁の『熱素流動』によって解消し、
合体技として数瞬で爆弾化及び爆発を為すことを実現させた。固地も咄嗟に水のロープにて爆発を防ごうとしたが、猛烈な速度で飛来する金属片までは防げなかった。
脚や太腿付近に金属片が刺さり、その場で蹲る固地。その隙を狙うかのごとく、智暁は『熱素流動』を固地の人体外部へ差し向けることで完全に潰そうとする。
「ウオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」
直後、強烈な刺激から立ち直った焔火が雄叫びを挙げながら電撃の槍を永観達へぶっ放そうとする。
以前の倉庫街で彼女の電撃をまともに喰らっている智暁達は、槍を発射する構えを見せながら突進して来る焔火の姿を見て挙動が鈍る。
ズチチチチチチチチチチチチ!!!!!
永観達に向かう電撃の槍を防ぐのは、新“手駒達”である朱花の高圧電流。互いの全力がぶつかり合い、拮抗しながら青白い電流が固地と永観達の間を通過していく。
まるで、先程の一幕を再現するかのような光景―今度は危うく永観達にも当たりそうになった―に今度こそ動きが止まってしまう永観達。
そして、負傷した固地を庇うように彼の前に仁王立ちする焔火。彼女の視線の先に立つのは、同じように永観達を守ろうとするかのように立ち塞がる朱花。
姉妹の視線が交錯する中、蹲る固地は・・・微かに笑っていた。
「大丈夫ですか、固地先輩!?」
「まさか、お前に助けられる日が来るとはな。俺もヤキが回ったか」
「・・・はいはい。それくらい軽口を叩く余裕があるなら大丈夫ですね。・・・すみませんでした」
物凄く心配して駆け付けたのにも関わらず、当人の減らず口を耳にした瞬間物凄く呆れてしまった焔火は固地の負傷具合を横目で観察する。
主に左の下半身に十数個の金属片が突き刺さっているようだった。命に別状は無いのだろうが、
蹲っている自分を庇うために無理をしたのだと推測している焔火は背中越しに謝罪の言葉を口にする。
「この程度どうということは無い。そこまで気にするな。そして、気にする相手を間違えるな」
「・・・はい!」
とことん減らない口から出る言葉の真意をしっかり把握する焔火は、相対する朱花や永観達に視線を戻す。
相変わらず無表情な姉の向こう側に・・・何故か嘲笑の表情を浮かべている―智暁に何らかの指示を出した―永観の姿が見えた。
それが・・・どうしてか気に喰わなかった。理由もわからないのに、どうしても気に入らなかった。
「・・・何がおかしいのよ?何か笑われるようなことでもしたのかしら?」
「フフッ。あぁ・・・実に面白い。君達の・・・いや、そこの“『悪鬼』”の滑稽さには笑うしかない。フフフッッ!」
焔火の厳しい視線を受けながらも、永観は嘲笑を崩さない。ついさっきの光景には動揺してしまったが、今はもう立ち直っている
そんな永観の侮蔑の視線は、傷を負った“風紀委員の『悪鬼』”に注がれていた。
「どういう意味よ?また、突拍子も無いことを言って私達を混乱させようと・・・」
「いや・・・これから言うことは正真正銘本当のことだと思うよ。それは、そこの男が一番よくわかっている筈だ。ねぇ、“風紀委員の『悪鬼』”?」
「・・・・・・」
焔火の言葉を否定する永観。それは、長く『
ブラックウィザード』に身を置いた者だからわかること。
自身の才能の無さに絶望し、『レベルが上がる』という誘い文句に乗り非合法薬物に手を出す人間を多く抱える組織の幹部だからこそ理解できるモノ。
「固地債鬼。今さっきの戦闘で理解したよ。お前には高みを目指すだけの才能が無い!レベルで言えば同じクラスなのに、お前は僕よりも劣る存在だ!!
そんな人間が、よく“風紀委員の『悪鬼』”なんて仮面を気取った上に我が物顔でふんぞり返っていられるもんだね!!ハハハハハ!!!」
「なっ!?固地先輩に才能が無いわけ無いでしょ!!?現に、先輩は事件解決のためにどんな手でも使って・・・」
「そこが鍵だよね、焔火緋花!『事件解決のためならどんなことでもする』というのは、言い換えれば『そこまでしなきゃ事件を解決できない自分の才能の無さを示している』んじゃないのかな!?」
「ッッ!!」
愉悦に満ちた永観の言葉に焔火は息を詰まらされる。何故詰まったのか?それは、永観の指摘がある意味では的を射ていると思ってしまったからだ。
こんな人間の尊厳を踏み躙りまくっている人間の言葉に同意してしまっている自分が居たからだ。
今の自分には無い力を求め、求め過ぎた余り自分に絶望した己の感覚が永観の言葉を全て否定することを許さないのだ。
「例えば、さっきの戦闘で固地は僕の物量に防戦一方となった。答えは明白。水を発生する『噴出点』がその両手に限られているからだ。
しかも、一々水蒸気を水に変換してからじゃないと操作できないというお粗末さ。僕が彼の立場なら、そんな面倒臭い縛りを解消するために尽力しただろうね。
ところが、彼はその縛りを解消することがついぞできなかった。努力して駄目だったというなら、彼には最初から高みを目指す才能なんて無かったということだ!」
「せ、先輩が手の内を全て晒しているとでも思っているの!?私が知っている先輩なら隠し玉の1つや2つ隠し持っていても・・・」
「だったら、何故さっきの戦闘で使わないんだい?僕が予想するに、彼は大規模な水流操作もできないと思うよ?できるのなら演算負担の大きい『手数の多さ』に頼らずに、
『一個』の大水流でもって僕達を飲み込めばいい。そうすれば、朱花の電流も防ぐことができて一石二鳥だ。そうだろ、焔火緋花?」
「・・・!!」
「な、成程。確かに永観さんの言う通りですよね・・・あっ(ボソッ)。そ、それより・・・朱、朱花。・・・・・・」
永観の高説は留まることを知らない。しかも、そのどれもが事実であろうと思わせる的確さに焔火は反論の口を封じられ、智暁は永観の指摘に何度も頷いた後に自分の“役目”に戻る。
人の苦しむ姿を何よりも好む永観にとって、人の粗探しなど朝飯前もいい所である。そんな彼の嗅覚が告げるのだ。
『固地債鬼は、どんなことをしてでも事件を解決するという建前を使って自身の才能の無さを覆い隠している』と。
演算負担の大きい『手数の多さ』を実行しているのも、大規模な水流操作を実行できない己の未熟さを隠すための手段でしかないことも同時に。
「全く、こんな人間にビクついていた人達が哀れだよ。傲岸不遜の仮面を被りながら、内心では自分の弱さを隠し通している道化。それが“風紀委員の『悪鬼』”だ。
そんな人間なら、朱花を連れ去られても追いすがることができなかったのも当然かなぁ。知っているかい、焔火緋花?
そこの“『悪鬼』”が朱花を拉致した車を捕捉しながらも僕達の部下が迎撃して追跡の芽を潰したことを」
「えっ!!?」
「・・・・・・」
「(やはり知らなかったか・・・フフッ)」
永観が披露する衝撃の事実―今度はハッタリでは無い。故の説得力―に、焔火は真後ろに蹲る固地を見てしまう。戸隠と西島の連携により固地の追跡は妨害した。
後々に警備員の手によって検問が敷かれたが、結果として朱花の拉致を防ぐことはできなかった。
そして、焔火はこの事実―朱花より焔火を優先した―を知らなかった。全てを伝える時間が無かったせいではあるが、それでも固地に対する信頼に瞬間的にでもヒビを入れるには十分であった。
「どうやら、君には知らされていなかったようだねぇ。まぁ、それも当然か。自分の失態を明かせば、朱花が拉致された責任を君1人に押し付けられなくなる。
彼は、才能無しの上に責任逃れをする卑怯者でもあったというわけだ。これは、いよいよ“風紀委員の『悪鬼』”の化けの皮も剥がれて来たようだね」
「そ、それは違うわ!!固地先輩は責任逃れをするような人じゃ無い!!」
「何が違う?どう違う?結果をどうだ?君には知らされていなかったんだろう?それが、何よりの証拠じゃないのかい?」
「うっ・・・」
「ハァ・・・やれやれだ。こんな純情な娘まで騙すとは、“風紀委員の『悪鬼』”も地に堕ち・・・」
「で?話はそれだけか、永観?」
平坦な声が夜の空気に拡散していく。焔火の後方に居るために永観達からはイマイチその姿を見ることができない男の酷く淡々とした声が少年少女達の鼓膜を叩く。
焔火は振り返る。彼女は見る。地面にあぐらを掻いて退屈そうな瞳を向けてくる男の姿を。
「・・・何だと?」
「だから、話はそれだけかと聞いたんだ。当たり前のことを並べるもんだから、退屈過ぎて思わず欠伸が出そうになったぞ?」
「・・・認めるのか?自分の才能の無さを」
「認めるも何もないだろ?俺はお前の言う通り、中途半端な才能を天から与えられた男だ。何処ぞのお人好しみたいに大規模な水流を操作することもできないし、
『噴出点』はこの両手の2つだけから一歩も進歩しない。おまけに、未だ変換せずに水や水蒸気を操ることができないというのだから笑える。
お前の言葉は正しいぞ、永観。俺はお前の言う高みを目指す才能は持ち合わせていないようだ。その推察力はさすがだと褒めてやるぞ?」
「・・・!!!」
永観は、不気味な悪寒を背中に感じずにはいられなかった。これは決して開き直りなどでは無い。本当に、心の底から自分が提言した高みを目指す才能の無さを認めているのだ。
事前の予測では、的を射た自分の指摘に反逆してくるモノとばかり思っていた。自分の言葉を否定し、そこに生じる粗を突くつもりだった。
開き直ったとしてもやることは変わらない。その手筈だったのに・・・出て来たのは突っ込むことができない“肯定”であった。
「『そこまでしなきゃ事件を解決できない自分の才能の無さを示している』や『傲岸不遜の仮面を被りながら、内心では自分の弱さを隠し通している道化』という評価も当たっているのだろうな。
現に、俺は傲岸不遜な態度を利用することで色んなことをやって来た。自分の弱点を覆い隠す手段としても使って来た。最近では、それも限界を迎えているようだが。
いや、本当にお前の指摘は当たっているな。見事な洞察力を示したお前に拍手を送ってやるぞ。パチパチパチ」
「・・・ふざけるな!!お前・・・悔しくないのか!!?自分の才能の無さを目の当たりにして何故そこまで平然としていられる!!?」
「固地先輩・・・」
「焔火。この際言っておくが、俺は朱花の捕捉を妨害された後にある事情があって朱花の追跡を・・・止めた」
「そ、それはどういう!!?」
「振り向くな!!!敵は目の前だぞ!!!」
「ッッッ!!!」
苛立つ永観の様子を眺めながら、固地は焔火の背中に真実を贈る。今の彼女なら、これから話す真相を背負うことができると信じて。
「・・・焔火。俺はその時お前が罠に掛かったことを知った。そして秤に掛けた。場所がハッキリしているお前と、場所が掴めなくなった朱花のどちらを優先するか?
『ブラックウィザード』の構成員と接触できる可能性を念頭に置いた上で、俺はお前を選んだ。もちろん、警備員に朱花確保の依頼はしたが・・・功は奏しなかったようだ」
「・・・つまり、私を助けるためにお姉ちゃんを・・・?」
「そうとも言える。お前を助けるために、俺は朱花を見捨てた。俺の責任でもって。その結果が目の前の光景だ」
「・・・・・・」
「俺が憎いか、焔火?俺を恨むか、焔火緋花?それもまたいいだろう。結局の所、俺はお前を助けることもできなかったわけだしな。
永観の言う通り、俺も心の何処かでお前に対する負い目があったのかもしれん。だから、お前にこの事実を今まで打ち明けなかったのかもしれん」
固地の淡々とした言葉が焔火の胸に突き刺さる。淡々としているから余計に『この人は真実を言っているんだ』と実感してしまう。
自分のために姉が助かる可能性の1つが消えた。その衝撃はやはり大きい。自分に対するやるせなさや、固地に対するモヤモヤも発生する。
「(・・・でも、過ぎたことを言っても仕方無い)」
だが、同時に思う。今更過ぎたことを言ってどうなるのだ。起きてしまったことは変えられない。変えたくても変えられない。
責任逃れをする方便では無い。これは責任を背負うための言葉だ。そして、今ここで固地は自身の言葉で自分に打ち明けてくれた。
その『意味』をもう一度確かめるために、焔火は背中越しに一言彼に問う。
「・・・固地先輩」
「・・・何だ?」
「その選択を後悔していますか?」
「していない。俺は俺の意思でその選択を選んだ。それだけだ」
「・・・フッ」
問うて、返す。その返しを聞いて、焔火は微かに笑う。後悔するということは、その選択を無くしたいと思うから後悔するのだ。
どんな時も後悔するなとは言わない。後悔から導き出されるモノもあるだろう。しかし、彼は後悔していないと言う。それすなわち、選んだ責任を今も背負っているのと同義。
「茶番もいい加減にしたらどうだ?『後悔していない』と言えば、全て許されるとでも思って・・・!?」
「少なくとも、私は許すよ!!全部を許すつもりは無いし、お姉ちゃんが許すかどうかわからないけど!!」
「なっ!!?」
茶番としか思えないやり取りに憤怒の色を隠せない永観を、焔火の真っ直ぐな視線が射抜く。
今まで永観に散々言葉で丸め込められて来た借りを返す意味でも、焔火緋花は自身が抱く正直な心情を言葉にする。
「確かに、固地先輩の選択は全肯定されるようなモノじゃ無いと思う。『見捨てた』という表現は確かに存在する見方なんだと思う。
でも、先輩はちゃんと責任をもって動いてくれた!!私を助けるために。『ブラックウィザード』を倒すために。だったら、私は許す。許す所は許す!!
それでも固地先輩に罪があると言うなら、私にだって罪がある!お姉ちゃんの異常に気付かなかった自分のマヌケさも含めて。
私は固地先輩と共に罪を背負う!背負って・・・背負い切って・・・次に活かす!!それにさぁ・・・」
「んっ!?」
「アンタが許す許さないを決めてんじゃないわよ!!!このド悪党が!!!」
込み上げる怒りを表現するかのように、青白い電流が焔火の体を駆け抜けて行く。『電流の鎧』を身に纏った焔火の形相は、あの永観さえも慄かせる程凄まじい代物であった。
「そ・も・そ・も!何で、ド悪党のアンタの言葉に振り回されなきゃいけないのってことだよねぇ!!あぁ~イライラする!!
こういう時は問答無用で黙らせるのが一番手っ取り早いかな!!?どう思います、固地先輩!!?」
「(・・・・・・永観に振り回されたせいで相当イライラしているな。あちらとしても、言動で再び焔火や俺を揺さ振ろうとしたのと同時に不安定な朱花の行動を抑制するために、
わざと口論を仕掛けて来てる節があるからな。確か、『ブラックウィザード』の非合法薬物を摂取した者は仰羽智暁の意見に従う習性がある。
奴が先程から永観と共に焔火へ口論を仕掛けないのも、“目立たないように小声で朱花に色々話しかけている”のも安定活用ができるかどうかのチェックのためか)」
「話聞いてます、固地先輩!!?」
「うるさいうるさい。そんな大声で言わなくても聞こえている」
「む~!!」
イライラする余り上司にも食って掛かっている焔火をあしらいながら固地は永観達の狙いを推測する。しかし、焔火の気持ちも理解できる。
あそこまで言われて腹が立たない方がおかしいのだ。とは言え、冷静さを欠いて貰っても困る。なので・・・
「焔火」
「何ですか!?」
「今から口に出す内容は俺の独り言だから別に聞き耳を立てなくてもいいぞ?独り言を呟きながら、脚に刺さった金属片を抜こうとか思っているわけじゃ無いからそのつもりでな」
「・・・?」
背中越しに聞こえて来る固地の言葉に疑問符を浮かべる焔火。わざわざ永観達にも聞こえるくらいの声で言う意味がわからない。
もし、独り言を呟いている間に攻撃を仕掛けて来たらどうするつもりなのか等色んな疑問が湧いて来るが、そんな少女の思考などお構い無しに少年は言葉を連ねていく。
「俺はな、昔はそりゃ今が目じゃ無い程に荒れた人間だった」
「うわぁ。そんな人間見たく無いよぉ・・・」
「ゴホン!で、ずっと不貞腐れてばかりの性悪人間だった」
「今も性悪だと思います」
「・・・ゴホン!で、自分の悩みを人に打ち明けることもしない癖に文句ばかり言う独り善がりもいいトコな奴だった」
「今と大して変わっていないんじゃ?」
「話の腰を折るな」
「独り言ですよね?」
漫才のように阿吽の呼吸を見せる焔火と固地。これが今の2人の関係。紆余曲折を経て構築された揺らがぬ人間関係の一例。
「・・・でだ。どうしてそんな奴だったのかと言うと、自分の才能の無さにずっと悲観していたから・・・という理由だったりする」
「・・・えっ?」
こんな話を他人にするのは、きっと焔火が初めてだろう。永観達にも聞こえるのは癪ではあるが、連中への牽制にもなるだろうからここは目を瞑る。
「超能力も、学力も、身体能力も、喧嘩の腕も、思考能力も何もかもが中途半端。結果も碌に出せない半端者。それが、風紀委員になる前の俺だった」
「風紀委員になる前の・・・!!」
「特に、超能力の中途半端さには絶望に近い感情しか湧かなかったな。水を水蒸気に、水蒸気を水に変換しなければ自在に操作することができない。
“変換前の挙動”に関しては直に操作していると言えるのかもしれんが、そんなモノは何の慰めにもならなかった。
低位能力者だった頃・・・正確には小学生の頃は少量を変換するだけで数十秒もの時間を要した。全くもって使い物にならない能力なのは間違いなかったな。
だからというのは語弊があるが、延々と不貞腐れた。何時しか、能力の改善に力を注ぐこともしなくなり・・・荒れに荒れた。
そんな時に・・・ある警備員に助けられたんだ。風紀委員を目指す切欠となり、後に師と仰ぐことになる男にな」
「(・・・“天才”九野獅郎先生か!!)」
焔火は蠢き始めた動悸を抑えることができない。彼の成り立ち・・・彼のルーツの一端が、まるで自分のルーツと似通っているように感じられたから故に。
風紀委員になる切欠・・・警備員による救助。それは自分も同じ。彼と同じように、自分も警備員に助けられた。
「俺は、その男の言葉や有り様に甚大な衝撃を受けた。幼い頃から凄まじい頭脳を誇り、ゆくゆくは相当な高位能力者になる可能性が高いと周囲から言われていた男。
しかし、事故により能力開発の道が閉ざされたばかりか体に障害を持ってしまった不運な男。そんな男の信念には、一切の曇りも存在していなかった。
“天から与えられた才”を失っても、“人として培って来た才”を研ぎ澄まして来たが故の信念を前に俺は自分が恥ずかしくなった。
俺とは比較にならない程のハードルを越えて来たあの男に、俺はどうしても負けたくなかった。だから俺は風紀委員になった。
あの男とは違うやり方でも、あの男に並び立てるような人間になるために。たとえ、“天から与えられた才”・・・つまりは先天的才能が中途半端でも、
“人として培って来た才”・・・すなわち努力することで後天的に得られる力によって人間は高みを目指すことができることを証明するために。
まぁ、最近では色々と壁にぶつかって思うように行っていないのは事実だから、余り偉そうに言えないのが正直な・・・」
「・・・私も似たようなモノですよ」
今正に正直な想いを吐露している少年の独り言に、今度は話の腰を折るのでは無く自らも独り言を呟くために少女は口を開く。
少年は見る。少女の背中を。角度的に少しだけ顔の側面も見える。見えるのは・・・笑みを形作る唇の動き。
「これは私の独り言なんですけど、私も風紀委員になった切欠って警備員に助けられたことなんです。憧れました。すっごく憧れました。『あの人のようになりたい』って。
あの頃は治安組織の一員になることの重責みたいなのを心底理解していなかったんで、今になってすっごく苦労してるんですけど」
「(独り言になっていないのは俺も一緒だったから、指摘はやめておくか)」
「『電撃使い』って、その応用力の高さが注目されるじゃないですか?でも、風紀委員になりたいって躍起になっていた頃の私って全然安定していなかったんですよね。
『身体測定』を受けるごとにレベル2になったりレベル3になったり・・・。しかも、磁力操作や電磁波操作の才能が無いというか・・・鍛錬不足というか・・・とにかく不得手で。
入った学校が能力開発より学力重視で、自分の学力も毎回ギリギリだったからそっちを優先することにもなって。風紀委員の適正試験に落ちたことも影響があったのかな。
まぁ、単刀直入に言えば自分の才能を磨くことを怠ったんです。本当なら、磨きに磨けば光り輝くモノがあったのかもしれないのに。
それを怠った自分は、『電撃使い』として本当に中途半端になってしまっています。その“反動”が今自分を襲っています。
色んな苦難を味わって・・・悩んで・・・その末にようやく気付いたんです。私はあの人にはなれない。でも、私なりのやり方であの人に並び立つことはできるんじゃないかって」
「・・・似ているか?そもそも、俺とは順序が逆だぞ?」
「そうですね。でも、順序が違うだけで中身は結構似てると思いますよ。才能の中途半端さに苦しんだり・・・風紀委員になる切欠が同じだったり」
「少なくとも、俺は単純バカなお前と“似た者同士”と思われるのは心外だ」
「言っておいて何ですけど、私だって性悪な固地先輩と“似た者同士”と見られるのは心外だったりします」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「フフッ」」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
『“似た者同士”では無い』と言った直後に全く同じタイミングで吹き出してしまったことにバツが悪いのか沈黙する焔火と固地。
それは無意識には理解している証拠。歩んで来た道は違い・・・主義志向も違う両者・・・しかし何処となく“似た者同士”と見做すこともできるモノを両者が持っていることを。
「とりあえず、その話は後にするか。やるべきことは山積みだしな」
「そ、そうですね。後にしましょう後に」
「・・・おや。どうした、永観?何時の間にか汗だらけだぞ?顔も紅潮しているようだし」
深く追求すれば後戻りができなくなりそうなので後回しにすることにした焔火と固地を、驚愕の表情で眺めていた。
問い掛けた固地はすぐに予想が付いた。そのための牽制でもあったのだから当然ではあるが。
「(な、何だこいつ等は!!?何で、そんな晴れやかな顔をしていられるんだ!!?何故苦しまない!?何故絶望しない!?高みも目指せない半端者なのに!!)」
永観には信じられない。才能の中途半端さに対して、ここまで晴れやかに応えられる人間の存在を。
無能力者なら最初から諦めもあるだろう。レベル4クラスの高位能力者なら、こんなことに悩むことはそこまで多くないだろう。
だが、レベル2やレベル3等の『中間層』はこの難題に苦しむ人間が圧倒的多数である。半端に力を持ってしまったがための弊害。それは・・・自分とて同じ。
だから、高位能力者が苦しみ悶える姿を見るのがたまらなく面白かった。能力の上昇を狙って非合法薬物に手を出して苦しむ中毒者を見るのがたまらなく面白かった。
その時だけが、自分が抱える難題を忘れられるような気がして。だがしかし、目の前の『中間層』は、自分の醜さを直視するよう迫っているように独白を見せ付けて来た。
このままでは・・・焔火と固地を潰せなければ・・・自分が自分で居られなくなる。そう、永観は判断した。
「うるさい!!お前には関係の無いことだ!!智暁!!」
「は、はい!!」
「朱花はいけるか!!?」
「は、はい!!だ、大丈夫だと思います!!」
「固地債鬼!!焔火緋花!!いい機会だ!!レベル4クラスの実力を持つ朱花の手でお前達半端者を潰してくれる!!
中途半端な才能を与えた天を恨みながら、肉親や顔見知りを血で染める屈辱を味わうがいい!!!朱花!!いけ!!!」
「・・・・・・」
怒声混じりの確認に智暁が肯定の意を発したのを耳にした永観は、焔火や固地にとって最大の弱点でもある朱花を前面に押し出した。
薬物によって無理矢理強化された状態・・・出力で言えばレベル4相当になる今の朱花は相性的にも心情的にも2人にとって荷が重い相手である。
「・・・なぁ、永観?何を勘違いしているのかは知らんが、俺は治安組織の1人としてこれからひっ捕らえるお前の体調に気を遣ってやっただけだぞ?」
「何を心にも無いことを・・・!!
「お前だけじゃ無い。仰羽智暁も朱花も、大層汗まみれじゃないか。水分補給はこまめにした方がいい。今日も熱帯夜だ。
熱中症には気を付けないといけないぞ?唯でさえ戦闘という極限の緊張状態だ。“通常に比べて熱中症に掛かりやすいと俺は思うが?”」
「(・・・・・・待て。確かに、僕達は途轍も無く汗を掻いている。固地達が突入して来る前に比べるまでも無い。
状況から来る緊張や『発火能力』による熱量のせいだけじゃな・・・・・・!!!)」
「・・・どうやら気付いたようだな」
「お前・・・!!!」
永観が固地の言わんとすることを遂に理解する。『熱中症』・・・『新“手駒達”の弱点』・・・『固地の能力』から連想できるそれは・・・・・・『水蒸気』。
中途半端な才能を与えられた固地が、それでも磨き続けて来た先天的能力の応用術。液体である『水』の操作を不得意と判断した彼自身が、
もう1つの操作対象・・・すなわち気体である水蒸気に目を付け、琢磨を重ねて来た後天的才能―努力―の『高み』。
「重ねて言うが、俺はお前の言う通り中途半端な才能を天から与えられた男だ。何処ぞのお人好しみたいに大規模な水流を操作することもできないし、
『噴出点』はこの両手の2つだけから一歩も進歩しない。おまけに、未だ変換せずに水や水蒸気を操ることができない。
だが、それがどうしたと言うんだ?無理ならば、無理じゃ無い方向へ進めばいい。目的を持ち、自分に見合った方向性を見出し、琢磨し、実現させる。
欠点の改善にも力を費やすべきだろうが、それ単体に固執する必要性は必ずしも無い」
「(『能力というのは先天的な才能、つまり素質等に依る所が大きい。だが、その伸ばし方や方向性を見極めることは後天的な才能、つまり意識の力が大きい。
例えば、風紀委員という環境と自分の能力を照らし合わせて、職務に応じた応用を思い付いたり、ある目的のために自分の能力を磨いたりする。
闇雲に伸ばせばいいというもんじゃ無い。目的あってこその能力研磨だ』・・・みたいなことを出向初日に言われたっけ。・・・確かにその通りだよね)」
「そんな俺が見出したのは『水蒸気』の操作だ。どうやら俺に中途半端な才能を与えた天とやらは、攻撃力が皆無にも等しい水蒸気に関しては才を割り振ってくれたようだ。
俺が今操っている操作範囲はざっと半径100mか。これが水になるとどれだけ落ち込むことか。全く、天の采配もいい加減なモノだ」
「(半径100m!?レベル3が!!?い、いや・・・範囲は大して重要じゃ無い。僕の予想が正しいのであれば、もっとやばいのは・・・!!!)」
手の内を晒し続ける“『悪鬼』”に背筋を震わせる永観は、固地が朱花を『熱中症』に近い状態に追い込むことで戦闘不能―暗示の解除―に追い込もうとしていることを察する。
だが、これはまだいい。問題は自分達を『熱中症』に追い込むために展開している『水蒸気』の・・・“量”だ。
「そして、この一帯は湿度が100%に近い多湿状態だ。加えて今の気温は摂氏35度を記録している。戦場で使用されている能力や火器の影響も大きいだろう。
永観。お前なら飽和水蒸気量と俺の『水昇蒸降』を関連づけることで、俺が実際に操作している水蒸気の“量”が数十トンに上ることくらい理解しているよな?」
「す、数十トン!!?」
「ま、マジですか固地先輩!!?た、確かに突入する前からやけにムンムンしているとは思ってましたけど!!」
「フッ・・・」
「(半径100mを操作範囲下に収めているのなら有り得ない数字じゃ無い。しかし、奴は所詮レベル3だ!!水蒸気とは言え数十トンもの量を支配できるとは思えない!!
いや・・・奴がレベル4に近いレベル3なら・・・液体操作が相当不得手なためにレベル3に下げられているのであれば・・・くそっ!!
『書庫』の情報だけでは判断材料に欠ける!!隠し玉は水では無く水蒸気の方か!!?あの男の言葉を全て信用できるわけじゃ無いが、
当初の予定より奴が操る水分の備蓄量は大幅に上回っている可能性が大きくなって来た!!)」
目を瞠る智暁や焔火に不敵な笑みを見せ付ける固地に内心毒突く永観。おそらく、固地の言葉は全てが真実では無い。わざわざ手の内を全て晒すメリットは存在しないからだ。
言葉の何処か―“量”―に虚偽が混じっている筈である。しかし、全てが虚偽では無いと思わざるを得ない。自分達の体から噴出す尋常じゃ無い汗の量がそれを証明している。
人は無自覚を自覚した瞬間から変わる。『熱中症』という単語を出したのも、永観達に『熱中症』に関わる症状を自覚させるためのモノだろう。
「とは言え、やはり操れる水の量は水蒸気に比べれば遠く及ばない。まぁ、水分補給くらいにはなるだろう。
焔火。“朱花の近くで戦っている”お前にも補給が必要だ。塩は無いが顔でも突っ込んで飲んでおけ。気持ちいいぞ?」
「うおっ!?・・・じゃ、じゃあお言葉に甘えて(前にもリーダーの『水使い』で顔を洗ったことあるけど、この時期には便利だなぁ)」
「(これで、完全に頭も心も冷えただろう。さて・・・)」
他方『水昇蒸降』にて変換した水の球を『電流の鎧』を解いた焔火の水分補給及び心の整理に差し向けた固地は、急激な方針転換に打って出るためのタイミングを計る。
永観に『いけ』と命じられたのにも関わらずすぐに打って出ない朱花の状態も鑑み、焔火の身体も注視した結果として、正真正銘の速攻を仕掛ける切欠を見出すために。
固地としては朱花や焔火―今の焔火に関しては朱花と戦闘しているせいで・・・である―を命の危険もある『熱中症』に追い込む可能性がある行為は不本意も甚だしい。
そもそも、手が変換の基点である以上咄嗟の変換時に水蒸気が近場に無ければ話にならず、また命綱とも言える『水蒸気による知覚手段』として散布している事情もある。
永観達に比べたら、実際に朱花(と焔火)へ漂わせている水蒸気量も抑え気味だ。元々、朱花に対する固地の狙いは『熱中症』では無く『朱花の体力消耗』である。
体力が消耗すればする程身体を“無理矢理”動かすこととなる。その弊害・・・すなわち『痛み』が発生する可能性も高くなる。
固地は『熱中症』のリスクを冒してでも朱花の暗示状態を解除する―朱花を救助する―ための一助として自分にでき得る限りのことをすると決めた。
それは焔火とて同じ。一歩間違えれば朱花の命すら危うくさせる行為を行使してでも愛しき姉を人形状態から救い出すことを誓っている。
「どうした?『熱素流動』の特性を活かせば自分達の周囲の空気を冷却することはできるだろう。さっさとやればどうだ?」
「そう言って、僕の『発火能力』を封じるつもりなんだろう?」
「あぁ、そうだ。だが、俺としてもこの暑さには苦しんでいるんだぞ?団扇代わりになるモノが、この帽子くらいしか無いしな」
「!!」
挑発と疑心暗鬼が渦巻く戦場にて、固地は扇子代わりとして被っている帽子に“右手を伸ばす”。
固地が生み出した水球に顔を突っ込んでいる焔火は、おぼろげに見える固地の挙動の“意味”を悟る。
同時に知る。今自分が敵を前に水球に顔を突っ込まされたのは、この悟った“意味”を顔の表情で洞察力の鋭い永観に悟られないようにするためのモノであると。
今までの取り留めの無い話の数々は、『“右手で帽子を取った”瞬間に総攻撃を仕掛ける』という事前の“合図”を敵に気取られることなく実行する伏線だったのだと。
「暑い暑い。さっさと家に帰りたいな」
ダルそうな口調と表情の固地が“右手で帽子を取った”。それが・・・作戦開始の刻(とき)。
ギュルルッッ!!!!!
バチバチイイイィィィッッッ!!!!!
響くは水流と電流の狂音。固地の左手から発生した水のロープが負傷した彼の左脚に巻き付き、血が噴き出ることも厭わずに無理矢理動かす。
一方、焔火は『電流の鎧』を再び纏い直す。急激な方針転換後の速攻。阿吽の呼吸を見せる固地と焔火に、永観達は少なからず虚を突かれる。
シュウウウゥゥッッッッッ!!!
「キャッ!!?」
「智暁!!?」
突如立ち上がった固地の右手から放たれた水の放射が智暁の胴体へ直撃する。威力そのものは大したモノでは無いが、小柄な彼女をブッ飛ばすには十分であった。
左手と水のロープが巻き付いた左脚、そして派手な音を立てながら『電流の鎧』を纏った焔火へ意識が向いてしまったため発生した死角。
能力の殺傷性及び朱花への影響力を持つ智暁の一時的排除は速攻成功の絶対的要素。それに成功した固地は痛みを押し殺して永観へ、焔火は朱花へ挑む。
「くっ!!!」
智暁が吹き飛ばされ、また自身の身を危うくさせる“『悪鬼』”の突貫に憤怒の表情を露にする永観は『発火能力』によって生み出した火炎弾を連発する。
対して、固地は水の盾を形成しながら迫り来る炎から身を守る。交錯する炎と水。相性は・・・後者が勝る。
「舐めるなああああぁぁぁっっ!!!」
「(拳銃か!!)」
初動に出遅れた永観は能力勝負での不利を瞬時に悟り、懐から拳銃を取り出す。咄嗟の判断であるため、正確な射撃は見込めない。
これは威嚇であると同時に体の何処かに当たればいいだけの射撃。それだけで、脚を負傷している固地の突貫は鈍る。
今更速度は緩められない。そんなことをすれば左脚に激痛が走って演算そのものが保てなくなる可能性も大きい。
当たるにしろ当たらないにしろ、今の突貫さえ防ぎ切れば立て直すことは幾らでも可能だ。激情する外見とは裏腹に心の中では有利を確信する永観が、躊躇無く拳銃の引き鉄を引く。
グラッ!!!
スパアアァァンン!!!
「ぐっ!!」
「なっ!!?」
そんな永観の予想は、左脚に巻き付けてあった水のロープを外して“わざと”こけた固地によって外れることとなった。
盛大にこけた固地の頭上を銃弾が通過していく。勢いそのままに前方へ転がることで左脚へのダメージを抑えつつ、外した水のロープで永観の拳銃と手首を巻き取る。
「くそっ!!離せ!!」
後は水のロープの牽引力によって永観との距離を縮めるだけ。泥臭く地面に擦れながらも、一気に永観へ近付く固地。
『発火能力』対策として両手を水の膜で包み、更には水の盾を引き連れながらの突貫。そして・・・
ガシッ!!!
拳銃を持っていた右手首を己が左手でガッシリ掴む固地は、ほぼ同時に右手で拳銃を弾き飛ばす。
この0距離であれば、自身への被害も鑑みて不用意に『発火能力』も使えない。逆に、『水昇蒸降』は0距離であっても使用可能だ。
固地は水球を永観の顔に貼り付かせることで窒息寸前にまで追い込もうと侍らせていた水の盾を分割しようとする。
「ククッ・・・」
「!!?」
固地の耳を不敵な笑い声が襲う。拳銃も吹き飛ばされ、満足に能力も使えない筈の永観の唇が嘲笑を形作るモノとなっていた。
目の前の相手に嫌な予感を抱いた固地の挙動より早く、永観は自分の手首を掴んでいた固地の手首をもう片方の手で掴む。
反射的に、固地も自分の手首を掴む永観の左手を掴む。これが・・・これこそが永観の隠し玉。
「残念だったねぇ、固地債鬼!!!僕の『発火能力』は、単純に炎を出すだけじゃ無いんだよ!!!
すなわち、僕に触れた物を直接燃やすこともできるんだ!!!さぁ、燃えて無様にカスとなれえええぇぇぇ、この半端者がああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!」
何処までも醜い嘲笑を浮かべる永観が、今度こそ“風紀委員の『悪鬼』”を殺害すべく能力を発動する。
直接触れている場合は一気に千度単位にまで燃焼威力を上げることができる。如何に水の膜で包まれていたとしても、如何に備蓄量が多くともその『蛇口』が狭い以上威力的にはこちらが勝る。
水など一気に蒸発させて両手を燃えカスにしてくれる。永観は固地の絶叫を予感しながら『発火能力』を発動する。
「ハアアアアアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」
「・・・・・・!!!」
凄まじい電流が周囲一帯に散りばめられる。『電流の鎧』を纏った焔火とレベル4相当の出力を弾き出す朱花が、超至近距離で衝突していた。
焔火の左手が朱花の右手を、朱花の左手が焔火の右手を確と掴む。文字通りがっぷり四つの勝負。互いに電子干渉を行い、撥ね退け、また干渉するの繰り返し。
これが最後。これで最後。そう焔火は決意し、ここで全力を使い果たしてもいいくらいの演算力をつぎ込んでいる。
「(・・・お姉ちゃんの表情が動き出している。これって・・・やっぱりそうなのかな?)」
額をすり合わせ、鬼気迫る表情で姉とぶつかる焔火の瞳に映るのは今まで無表情だった朱花の変化であった。
智暁と共に自分へ様々なことをした頃に比べると、その表情には確かな動きが感じられた。
「(自分でも半信半疑だった。最初の突入の際に、お姉ちゃんの電撃を弾き飛ばせたのは本当に『今』の自分のおかげが全てなのかって)」
ここに突入する時に襲って来た朱花の高圧電流を、自分は『電気の網』との併用技で弾き飛ばした。『今』の自分の“有用性”を実感できた瞬間であったその時にふと疑問に思った。
『何故レベル4相当の高圧電流を弾き飛ばすことに自分は成功したのか』・・・と。
「(きっと、それは半分アタリで半分ハズレだったんだ。きっと・・・きっと・・・お姉ちゃんが手加減してくれたから私は弾き飛ばせたんだ!!!)」
疑問に思い、今までの状況から導き出した答え・・・それは『姉の自我が少しずつ復活していた』というモノ。
「(たぶん、自我を取り戻す切欠になったのはあの能力を抑える音響機械をお姉ちゃんが浴びた瞬間だ。すごい痛みが頭に走るんだよね、あれって。
そして、界刺さん達を抑える余波に巻き込まれたお姉ちゃんの暗示が解けかかった。あの時は何とか精神系能力で抑えたんだろうけど、
一度解けかかったモノを今も完全には抑え切れていないんだ。電気系能力者であるお姉ちゃんがレベル4相当になっていることも大きい。
お姉ちゃんも・・・戦っているんだ!!自分を押さえ込む精神系能力者や“手駒達”を操る電波と!!)」
こうやって超至近距離戦闘に持ち込んだのも、互いの発する高圧電流の衝突にてチップ型アンテナに届く電波を撹乱するため。
また、電子干渉等の複雑な演算を齎すことで朱花の脳波を活性化させる―自我を取り戻す一助―ため。
加えて、血の繋がった肉親との勝負である。暗示が不完全な今の朱花なら僅かでも影響はある筈だ。
「(その影響で本能が働いて私の攻撃も避けることができたんだろうな。でも、最初に比べて大分動きが鈍くなって来ている。
体力消耗を促す固地先輩の高温多湿戦略が効いて来ているんだろうな。しかし、熱中症とはねぇ。私には何も話してくれなかったなぁ。後で先輩をとっちめよう、うん)」
心中では後でボコボコにすること決定な固地を今の焔火は目もくれない。そんな余裕は無いし、電流の衝突音によってあちらで何が起きているのかもよく判別できない。
だが、焔火は信じる。信じている。自分が信じるあの男なら、必ず“後で”を実現させてくれると。
「だ・か・ら。この勝負だけは・・・お姉ちゃんをこんな酷い目に合わせた連中にだけは・・・絶対に負けられないんだよなあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
爛々と光輝く瞳に熱き炎を宿し、焔火緋花は命を賭してこの勝負に全力を注ぎ込む。呼応するかのように朱花も出力を上げ、青白い閃光が更に苛烈さを増していく。
出力では現状五分。ならば、何処で勝敗が分かれるか。答えは・・・応用力。そして、応用力では確実に姉の朱花が妹の焔火を上回っていた。
「(くっ・・・!!かえって動きが無いから、電子操作に全力を傾けられているのか!!まずったかも・・・!!)」
複雑な演算が要求される電子操作も、それに全力を注げばいいだけになると話は変わってくる。
自分が練った作戦が悪手とは言えないまでも妙手には至らなかった手際に顔を顰める焔火。そんな彼女の動揺を増幅させるかのように朱花の干渉力が大きくなっていく。
「(ま、まずい。何か・・・何かお姉ちゃんの気を散らす何かがあれば・・・。そうすれば、“あの技”も・・・・・・って!!!な、何弱気になってんのよ、私!!!)」
時間が経つにつれて押され始める焔火は、次第に外的要因による状況の変化を求め始める。
それが自分の作戦が上手くいかなかったため発生した『弱気』が起因であることを理解した少女は、不甲斐無い自身を叱咤する。
「(今ここで自分を信じられなくてどうするの!!?私に期待を掛けてくれた皆に対する裏切りじゃないの!!?
お姉ちゃんを助けるのは私!!私がお姉ちゃんを助けるんだ!!私がこの手でお姉ちゃんを助けたいんだ!!
私は・・・私を信じる!!お姉ちゃんを助けるために!!お姉ちゃんを助けたい自分のために!!!)」
『他者を最優先に考える“ヒーロー”』を目指す焔火緋花が最後に信じたのは『自分』であった。『他者』を最優先に考えたいのであれば、まずは『自分』を確立する。
揺るがぬ『自分』を確立した後は信じ抜くだけ。そうすることで『自分』は『他者』を最優先に考えることができるようになる。
『“為せば成る”。俺は、この諺が大好きだ。結局、諦めたらそこでシメーなんだよな。だから、俺は諦めない』
「(拳。貴方の言葉を使わせて貰うね。・・・“為せば成る”!!なら、つべこべ言わずに為すだけよ!!!)」
歯を食いしばる。血が滲む程に手を握り締める。複雑な演算で頭痛が脳内を駆け回る。媚薬の副作用が体中を襲う。それでも、ここだけは引き下がるわけにはいかない。
「アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」
「・・・・・・!!!」
焔火の雄叫びと共に再び拮抗状態に戻る干渉勝負。土壇場でのしぶとさにさしもの朱花も驚きの表情を浮かべる。
互いに全力を出しての勝負に、朱花の脳波が否応なしに活性化されていく。痛覚が存在することも影響してか、演算負担による頭痛は朱花をも襲っていた。
痛みは意識を活性化させる。暗示を精神系能力で補強した縛りを揺らがす程に。電気系能力者である朱花にとって、脳波への干渉は酷い違和感を発生させていた。
人格を壊されたのでは無い、あくまで暗示薬によって思考の固定化に留まっている現状など違和感を解消するために能力を用いれば突破することもできた。
それを精神系能力にて抑えていたわけだが、『キャパシティダウン』を浴びたことによる凄まじい激痛によって暗示が解けかかった。
それからは、違和感を押し付けて来る精神系能力と“手駒達”操作用電波との勝負であった。そして、同じ電気系能力者で妹の焔火と戦うことで活性化の速度が速まっているのだ。
「(緋・・・な・・・・・・花・・・・・・・緋、花・・・・・・くぅ・・・!!)」
虚ろな瞳に宿る光の輝きが少しずつ大きくなる。少し前から、朱花はようやく焔火や固地の存在をおぼろげながら認識し始めていた。
だが、まだ暗示が解除されないように干渉を強くする精神系能力によって自我が押さえ込まれようとする。
今の朱花は記憶が酷く混乱しているために状況が全く掴めていない。掴めていないが、妹と自分が戦わされていることくらいは感覚的に理解していた。
戦いたくないのに戦わされている。自分の意思とは関係無く。この齟齬や違和感に苦しむ朱花は本能的に願う。
これ以上妹と戦わない“何か”が起きることを。自分の願いを叶えてくれる“何か”―“ヒーロー”―が現れてくれることを。
「朱花嬢おおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
故にこそ・・・とでも言うべきか、罪無き少女の想いに応えるかのように彼は現れた。弱者を救い、悪を刈り取る暗黒闘気(オーラ)を纏いし“ヒーロー”・・・啄鴉その人が。
「「!!!??」」
青白い閃光の音さえ呑み込まん程の大音量が焔火と朱花に叩き付けられる。その声に朱花は何処か頬を染めながら硬直し、声の発生源へ顔を振り向ける。
「やはり朱花嬢であったか!!!!!ハーハッハッハ!!!!!」
「テ、テメェ!!俺を無視しやがって!!!」
「ハーハッハッハ!!!!!朱花嬢!!!!!後でまた会おう!!!!!ホムラっち!!!!!朱花嬢は任せたぞ!!!!!さらばだあああああぁぁぁっっ!!!!!」
少し離れた建物の3階から戦場に木霊する高笑いを披露した後に姿を消す啄。凄まじい電流の衝突音を耳にしたために、彼は固地の『予測』から朱花が居ると判断。
阿晴と戦いながら何とか一望できる場所に足を運んだのだ。だがしかし、そんなことを朱花や焔火は知る由も無い。
「啄・・・さ、ん」
「(ぬ、ぬぬ、ぬおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!!何で!!?何でお姉ちゃんの自我復活の第一声があの“変人”なの!!!??ふ、ふふ、不条理だああああぁぁぁぁっっ!!!)」
やはり恋というモノは意識を凄まじく活性化させるモノなのか、精神系能力による干渉を吹っ飛ばして恋をした(焔火視点)男の名前を口に出す朱花に焔火は全く納得できない。
実は、『肉親ないし親しき者との接触』に重点を置いた『調整』であったために『恋心を抱く者との接触』・・・つまりは啄のような人間との接触は想定外だったのが原因だったりする。
そもそも、暗示薬を盛られる前の朱花の頭の中は啄一色であったのだ。暗示による思考の固定化の際に、彼への想いが心中に凝縮されていた可能性も十二分にあったのだ。
「(で、でも!!!今がチャンス!!!事の経緯には全く全然これっぽっちも納得できないけど!!!)」
とは言え、さすがに目の前の状況を忘れるような愚行を犯すことはなかった焔火は啄の介入が最初で最後のチャンスと位置付け、最後の攻勢を仕掛けることを決意する。
「(ここで成功するかどうかはわからない・・・でも!!!)」
繰り出すのは“あの技”。殺人鬼との戦いに敗れた反省の途中で思い付いた彼女の隠し玉。本当なら従来の焔火の実力では実現困難と思われていた切り札。
それを、『今』の焔火なら実現できると示してくれたのは固地債鬼。現に、彼の前では成功している。後は・・・その成功をこの場で再現できるかどうか。
不安や弱気を焔火緋花は理解する。理解した上で超えていく。恋する少年の言葉を口に出しながら。
「“為せば・・・成る”!!!!!」
ブゥン!!!!!
『電流の鎧』が消滅する。否、消滅したのでは無く、焔火の右手に『鎧』の電流―電流が抑え目の代わりに電圧が強い―が集中する。同時に『電気の網』を左手へ展開し、両手を組み合わせる。
その結果焔火の手から出現したのは“剣”―“先輩”である
神谷稜や
麻鬼天牙のような―であった。内実はグロー放電による『電撃の“剣”』。
高位の『電撃使い』の中にはグロー放電より出力が上の放電、つまりはアーク放電制御によるプラズマ溶接ブレードを生成できる能力者も居る。
但し、アーク放電は威力次第で強烈な紫外線を生み出してしまうために長時間使用は能力者本人へのリスクも大きい。そもそも、焔火のレベルはそこまでには達していない。
故に、彼女はグロー放電に目を付けた。温度的には最高でも千度弱だが、電熱という武器は彼女の戦闘の幅を大きく広げる。
バチバチイイイィィッ!!!
見たことの無い妹の“剣”が姉の眼前へ迫る。命の危機に恐怖する朱花は、活性化した意識を“恐怖”によって持続したまま“剣”への電子干渉を行う。
応用力で言えば朱花の方が上。それを証明するかのように、『電撃の“剣”』が形を失っていく。
「お姉ちゃん!!!」
「ッッ!!!」
実は、必死に編み出した『電撃の“剣”』すらも囮。全ては、朱花の意識覚醒を持続させることが重要である。そのために、抵抗感を押し殺して“剣”を姉の眼前へ向けた。
固地が想定していた『使い所』とは違ったが、紛れも無くここが『使い所』であると焔火自身が判断した。故に後悔など無い。
迷いの無い妹は姉の名を呼ぶ。反応する姉にうっすらと笑みを浮かべる妹は、人形ごっこの終わりを告げる。
「私に着いて来て!!!」
焔火は干渉を受けている“剣”を解除し、両手に『電気の網』を形成しながら朱花の頭部を掴み取る。
狙いは姉を制御しているチップ型アンテナの破壊。痛覚が存在していることを利用して急所への攻撃によって気絶させる手段もあったが、焔火は選ばなかった。
理由はいわずもがな。故に、朱花へ危害を与えないように繊細な電子操作が求められる難題にハッキングなどできた試しが無い妹はそれでも果敢に挑む。
「愚妹(アホ)が・・・フッ。何か良い顔するようになったなぁ・・・」
姉は、妹の真剣な眼差しと声を受けて脳内を縛る違和感を解除するために残された力―薬物によってハッキング方面も強化された―を全て使う。
チップにおける脳波へ電気信号を送る部分に焔火と共に干渉し、一気にアンテナを破壊する。
最後の最後で実現した姉妹の協力。非情なる現実によって引き裂かれた焔火姉妹は、ようやく元の関係に戻ることができたのであった。
「どうだ、朱花の様子は?」
「チップを破壊した途端気を失って・・・とりあえず脈拍とかには異常無しです」
「そうか・・・。よくやった、焔火。正真正銘お前の手柄だ」
「・・・は、はい!!」
協力作業によってチップを破壊した直後に朱花は気絶した。負荷も大きかったのだろう、顔色から疲労困憊が見て取れたが命に別状は無いようだ。
姉の救出が叶ったことに半ば放心していた焔火だったが、固地の怒声によって我に返り今に至る。
「それに比べて、俺は何とも締まらない結果に終わった。これでは、秋雪や真面辺りにグダグダ言われそうだ」
「そ、そんなこと無いですよ!!ちゃんと、永観って奴を捕まえたじゃないですか!!な、何か気色悪い表情で気絶してますけど」
脚に刺さった金属片を取り除きなら応急手当をしている固地のすぐ横には、この世の絶望を目にしたかのような凄まじい形相で気絶している永観が横たわっていた。
その表情は焔火の目から見ても気色悪いとしか言いようがなかった。元からして醜い嘲笑を浮かべてはいたが。
「・・・・・・」
「あっ!どうせ、固地先輩のことだから水球を顔面に貼り付けて窒息寸前にまで追い込んだんじゃないんですか!?
全く、熱中症のことと言い先輩のやり方はちょっと過激過ぎじゃないですか!?どれも命の危険が伴うっていうか・・・」
「・・・それで事が済めばよかったのだがな」
「えっ?・・・違うんですか?」
「・・・あぁ」
自信満々に予測した末に外した焔火の訝しむ視線を受けながら、固地は永観との最後のやり取りを脳裏に思い浮かべる。
『残念だったねぇ、固地債鬼!!!僕の『発火能力』は、単純に炎を出すだけじゃ無いんだよ!!!
すなわち、僕に触れた物を直接燃やすこともできるんだ!!!さぁ、燃えて無様にカスとなれえええぇぇぇ、この半端者がああああああぁぁぁぁっっっ!!!!!』
固地の両手を燃えカスにするために永観が『発火能力』を発動する直前、固地は自身が持つ切り札を切った。
他人相手には一度も使ったことが無かった能力・・・実験対象は何時も『自分』だった切り札を生き残るために使用した。
『うっ!?』
『・・・・・・』
最初永観は自分の手や手首に何が起きているのかを理解することができなかった。自分が感じているこの感触を表現する適当な言葉が見当たらない。
だから瞳を向けた。自分の手付近に何が起きているのかを。そして目にした。自分の手付近が“極限の乾燥によって萎縮している”姿を。
『ハーハハハッッ!!どうした、目を白黒させて!?何が起きたのかわからん顔をしているな?
フッ、いいだろう、特別に教えてやる。それはな・・・ミイラ化だ・・・!!ハーハハハッッ!!』
『う、うう、うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!』
これこそ、固地債鬼が所持する能力『水昇蒸降』の真髄。水分を保持する人体から水分を取り出し水蒸気化することで、擬似的なミイラ化を為す対人戦用の切り札。
厳密に言えばミイラ化の要領とは違うのだが、ミイラ化という言葉が相手に与える精神的ダメージが大きいと固地は判断して使用することを決めていた。
どうせ、この技を喰らった直後はまともな論理的思考を保てない輩の方が圧倒的多数である。追い討ちとしては丁度いい文言である。
この直後、固地は永観の急所へ一撃二撃を入れて気絶させ萎縮した手付近に水分を戻した。早急に戻さないと取り返しがつかなくなるためである。
固地の手によって気絶した永観は最後まで固地の深奥―彼の切り札が『水』や『水蒸気』という『結果』では無く、変換という『過程』にこそあった―を見極められなかった。
「・・・・・・何というか、凄まじくえげつないですね。まぁ、今回はそうしないといけなかった事情があったのは理解できますけど」
「俺も対人で使ったのは今回が初めてだった。何時もは自分を実験台にしていたからな」
「・・・・・・余り使わないで下さいね。自分相手でも」
「・・・・・・」
「いいですね?」
「・・・ハァ。善処する」
朱花との戦闘に集中していたために固地と永観の戦闘がどんなモノだったのかを今知った焔火は、神妙な顔付きになって固地を“注意する”。
ミイラ化が中途半端な才能を与えられた固地が見出した代物であることは理解できたが、その危険性―自分を実験台にしていた事実―を鑑みて念押しする。
ストイックさに定評がある固地だからこそ、誰かが注意しなければとことん突き進んでしまう危うさがあると今の焔火は認識していた。
「で?何時までそこに隠れているつもりだ、仰羽智暁?」
「ッッッ!!!」
キットにて治療を終えた固地は、水の放射で吹き飛ばしてからずっと隠れていた智暁に声を掛ける。
彼女は、固地に吹き飛ばされた衝撃から回復した頃に永観の絶叫を耳にした。固地の言葉も耳にした少女は恐怖の余り手駒である朱花に懸命に声を掛けた。
しかし、激しく衝突する電流音に掻き消されて全く自分の声が朱花に届かない。そうこうしている内に固地の牽制を浴びたことにより身を隠した。
朱花さえ健在ならば何とかなる。そう願う少女の懇願も虚しく朱花が焔火に下されいよいよ後が無くなった。
逃走という手段も、周囲から断続的に聞こえる戦闘音にビクつく余り決断することができなかった。
つまるところ、仰羽智暁は『ブラックウィザード』という圧倒的有利な環境に身を置いていたせいで逆境に弱いのである。
「へぇ・・・あそこに居るんだ。・・・ねぇ、固地先輩?」
「何だ?」
「あの変態は私の手で捕まえていいですか?」
「好きにしろ。但し、程々にな」
「りょーかい」
智暁の存在に気付いた焔火は、恐ろしく冷淡な声を発しながら固地に捕縛行動の許可を取る。
横たわっている朱花に柔和な表情を向けていた時とは一変、冷酷という表現が似合う程に無表情になった焔火はゆったりとした足取りで智暁が隠れている物陰へ歩を進める。
「どうするの、アンタ?抵抗しないって言うなら、私も乱暴な真似をする必要は無いんだけど?」
「こ、来ないで!!来たら、緋花の体を爆発させてやるんだから!!!」
「へぇ~。だったら・・・やってみせなさいよ、このド変態!!!」
「ガッ!!!」
『電流の鎧』を纏った焔火が、タイムラグ無しで電撃の槍を放射する。焔火は知っている。彼女の『熱素流動』は基点を設定しなければ能力を行使することができない。
しかも、熱ベクトルを集中させるためにはタイムラグが発生する。永観の『発火能力』でタイムラグの縮小を行っていたようだが、今はそれも使えない。
「(『熱素流動』は物体の表面か内部のどちらかにしか基点を設定できない。俺は表面対策として水の球を、内部対策として熱を持った体内の水分を外へ出し、
支配下に置いてある水蒸気を体内へ戻す策を立てていた。だが、内部対策については結局使うことは無かった。
あの性格・・・あの反応・・・・・・俺の推測が間違っていなければ、奴は永観のように人を殺してしまうような真似を犯すことができないと見ていい。
重傷レベルに留まる可能性の高い人体外部への能力行使ならともかく、重篤もしくは死に至らしめる・・・つまりは一線を超える可能性が高い人体内部への能力行使は不可能なのだろう)」
電流によって胴体を貫かれた智暁は力無く地面へ崩れていく。その様子を眺める固地は智暁の有り様を正確に見抜いていた。
しかし、そんなことは恥辱を受けた焔火にとってはどうでもよかった。この期に及んで人体爆破などという発言を平気でする智暁に心底腹が立った。
「アンタさぁ・・・ちっとも反省していないよね。その様子だと、私へ行ったことについても全然反省も後悔もしていないでしょ?」
「そ、それは・・・・・・うぐっ!!?」
「反省も後悔もせずに、人体爆破なんてことを平気でほざく・・・か」
「ひぃっ・・・!!!」
電撃の槍によって体が麻痺している智暁の胸倉を掴み上げる焔火。その形相に智暁は顔を青くし、焔火はあらん限りの力を振り絞った右の拳を構える。
「歯ぁ食いしばれええええええぇぇぇっっ!!!!!」
咆哮と共に身体能力を最高まで強化した右拳が智暁の顔面へ突き刺さろうとする。手加減も何も無い。
許容できない怒りそのままに緑川強直伝の右ストレートを智暁の鼻っ柱目掛けて突貫させる。
ガシッ!!!
「ぐぅっ!!?」
「・・・・・・」
「・・・して!?どうして!!?どうして止めるんですか、固地先輩!!?」
「仰羽智暁は恐怖の余り気絶してるぞ?なら、もう俺達の脅威じゃ無い。その辺にしておけ」
智暁の顔面へ拳が直撃する手前に水のロープを焔火の腕へ巻き付かせることでストップさせた固地。
彼の呆れ顔が見つめる先には、恐怖の余り失神している智暁・・・そして凄まじい憤怒が表情から見て取れる焔火の姿があった。
「で、でも!!」
「でももくそも無い」
「固地先輩だって、永観に対して・・・!!!」
「それを控えるように言ったのはお前だろ?言ったお前が破ってどうする?お前は気絶した人間を殴り付けることを由とするのか?
お前がやろうとしたことは、お前が目指す“ヒーロー”の在り方に沿っているのか?俺の言っていることは間違っているか?」
「うっ・・・」
「ソイツが気絶せずに抵抗していたなら止めはしなかったがな。仰羽智暁の無力化には成功した。永観や朱花も同様に。焔火。ソイツを拘束したらこっちに連れて来い」
固地へ行った“注意”がそっくりそのまま自分へ突き刺さり項垂れる焔火。全くもって納得できていないが、固地の言葉も正しいために仕方無く指示に従う少女。
木箱が積み重ねられた一角にて拘束した永観と智暁を横たわらせ、朱花は木箱の上へ寝かせる。そうして、固地と焔火は椎倉達へ連絡を入れる傍らで束の間の休息を取ることにした。
「・・・・・・」
「まさか、俺が止める側に回るとはな。このことを知ったら、真面辺りが驚くだろうな」
「・・・・・・」
「納得できていないよな?」
「当然です」
「納得したくないよな?」
「当たり前です」
「・・・それでいい。理解はできても納得できないことは幾らでもある。俺だって今まで何度も経験して来た。納得できないことはそのままでいい。
後々に納得できるようになるかもしれんし、納得できないままならそのことをずっと考えるといい。納得できないことを何度も起こさないように努める原動力になるからな」
へそを曲げた駄々っ子みたいに頬を膨らませながら体育座りをしている焔火を宥めるように固地は自身の経験談を語る。
ここまで怒気を露にするというのも焔火らしいと言えばらしいが、上司として看過できるモノでも無いのできっちり注意する。これも指導の一環である。
「・・・・・・固地先輩」
「何だ?」
「今夜で先輩の指導も終わりなんですよね?」
「そうだな。これからは加賀美がお前を指導してくれる。今のアイツなら、きっちり指導してくれるだろう。・・・リーダーのままで居られるかはさておいてな」
「・・・はい」
この事件が終わっても、全てが解決するわけでは無い。種類の違う問題が今後も待ち構えている。風紀委員である限り、これからもずっと。
「・・・固地先輩」
「何だ?」
「さっきは、私を止めてくれてありがとうございました。もし、あそこでアイツの顔面を殴り飛ばしていたら私は自分が目指す“ヒーロー”を自分の手で否定しまう所でした」
「お前じゃ無かったら止めなかったかもしれんがな。・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』だったか?」
「はい。あの時の私は湧いた怒りの感情そのままに・・・つまり『自分』を最優先にしていました。・・・“ヒーロー”って難しいですね」
納得はしていない。今も。おそらくこれからも。でも、あそこで固地が止めてくれたからこそ、自分が目指す“ヒーロー”を自分の手で否定しなくて済んだ。
納得できることと納得できないことが、少女の心中を右往左往する。これも、これから自分が背負わなければならない葛藤なのだ。
「簡単なことなど、この世界にどれだけあるか・・・だがな」
「ですね。・・・大変だなぁ」
「あぁ・・・大変だ」
「何時になったら“ヒーロー”になれるのかなぁ・・・ハァ」
「・・・・・・」
「私は・・・焔火緋花はあなたを全肯定することは無いと思います。許せない部分はこれからも色々出て来ると思います。きっと、それはあなたも同じだと思います」
「・・・・・・」
「でも・・・これが人と接するということなんでしょうね。価値観の違う人間がぶつかるわけですから。
だから・・・私はあなたを嫌いになることはこれからも無いと思います。価値観が違うんですから、考え方が違うのも当たり前ですし。
受け入れる部分は受け入れて、受け入れたくない部分はきちっとその理由を考えて・・・」
「焔火。これだけは言っておく」
「・・・何ですか?」
様々な感情を言葉と容貌に表しながら喋り続ける焔火に、固地は真剣な眼差しで言葉を贈る。失敗を繰り返しながらも歩むことを諦めなかった少女に最大級の賞賛を贈るために。
「少なくとも、お前が朱花を助け出した時は紛れも無く“ヒーロー”だった。愛する姉のために命を懸けて戦い抜いたお前は・・・立派な『勇ましい者』だった。俺が断言してやろう」
「・・・!!!」
「後は、それを無理の無いように持続できるかどうかだ。ずっと“ヒーロー”で居続けるわけにもいかんしな。助けを求められた時に“ヒーロー”として動けるかが今後の課題だな」
「・・・・・・固地先輩」
「うん?」
「ちょっと気色悪いです。こんなに優しい固地先輩は有り得ないです。キャラ変もいい所です。無理の無い範囲で、もうちょっと私に罵声を浴びせてもいいんですよ?
でないと、私が先輩へツッコミを入れられなくなりますし。急なキャラ変だと先輩だってストレスが溜まるでしょうし。さっ、レッツ罵声♪」
「失礼な!!お前、俺をどんな人間だと思っている!!?」
「辛辣・罵詈雑言・傲岸不遜の3拍子が揃った性悪先輩?」
「お前な・・・!!!(うん?何処かで聞いた台詞だな?)」
「あっ!先輩に“ヒーロー”として認められたんだから、この際固有名詞的なモノを考えた方がいいのかな?界刺さんにも“閃光の英雄(ヒーロー)”って異名があるし!」
「おい!人の話を・・・!!」
「そうだ!!私の名前には『寒緋桜』の花言葉が込められてるってお母さんが言ってたし、そこから・・・“『緋桜』のヒーロー”ってどう思います、固地先輩!?格好良くないですか!!?」
「俺の話を聞けえぇ!!!というか、女性は“ヒーロー”じゃなくて“ヒロイン”だろ!!?」
「えー。でも、私は“ヒーロー”の方が・・・」
「そんなことはどうでも・・・」
焔火の言葉の数々が、あの“『悪鬼』”に“ヒーロー”として認められたことにテレ隠しなのだと固地が気付くのにここから後数分が掛かった。
“風紀委員の『悪鬼』”から“ヒーロー”と認められた“『緋桜』のヒーロー”・・・焔火緋花は先輩をからかいながらもこの揺るがぬ実感を確と胸へ刻む。
“ヒーロー”になるのはあくまで通過点。ここからの長い道のりこそが本番。故に、本番を完走するための『歓喜』をこの瞬間だけ堪能する少女の顔は何処までも晴れかやなモノであった。
continue!!
最終更新:2013年08月30日 21:59