『原因』・・・『起因』・・・『要因』・・・言葉として表すのなら如何様にも表すことができるが、ここでは敢えて『切欠』としよう。
176支部所属の風紀委員“だった” 網枷双真が『ブラックウィザード』に加入した『切欠』・・・それは同じ支部所属で同期でもある麻鬼天牙が去年の10月初旬に風紀委員を辞めたことに始まる。



『麻鬼!!何で風紀委員を辞めるんだ!!?理由も言わずになんて納得できるかよ!!?』
『風紀委員のような「偽善者」共の巣窟に身を置いて守れるもの等何一つ無い。そう痛感しただけだ、神谷』



麻鬼と神谷が激論を交わした場面は今でもよく覚えている。あの光景を知る者は隠れて眺めていた網枷以外には居ない。
彼は麻鬼と神谷と同期で176支部の門を叩いた。所属当初から頭角を現した神谷や麻鬼とは違い、小柄で体格の細い網枷は主に後方支援を担当することとなった。
実戦能力に欠ける網枷は、当初から劣等感のようなモノに苛まれていた。同期の活躍もそれを助長した。
加えて、自分に宛がわれた風紀委員としての仕事が所謂お役所仕事に近いモノだったことも大きい。
後方支援で支部に居ることが多いため、近隣からの苦情や大人であるが故の上から目線を憚らない警備員との“権限の区割り”等が網枷の心理的負担を大きくした。
余り人と打ち解けられない性格も災いしたのだろう、現実と理想の隔たりに網枷は右往左往する状態に陥った。



『その『麻鬼さん』というのは何とかならないか?同い年だろう?敬語も必要ない』
『いいんです。僕にとって麻鬼さんは麻鬼さんですから』



そんな網枷に親しくしてくれたのは他ならぬ麻鬼であった。普段からぶっきらぼうな神谷とは違い、麻鬼は網枷を気に掛けていた。
正義感に燃え、始末書上等で他支部の管轄にまで足を運んでいた麻鬼を網枷は眩しく思うのと同時に憧れの気持ちを抱いた。
彼のような人間にさえ始末書を書かせる上層部の意向には腹が立ったものの、麻鬼は気にせず只管正義の遂行を果たしていた。
網枷は敬意も込めて麻鬼を『麻鬼さん』と呼び、同年齢であるにも関わらず敬語を交えて会話していた。私生活でもよくつるんでいた。
それだけ自分を引っ張ってくれる彼に憧れていた。彼に倣うように細身の体格を鍛えようと皆に内緒でトレーニングに励んだ。
風紀委員が守れるモノの限界を薄々悟りながらも、それでも彼のように在りたいと心の底から思っていた。
それなのに・・・麻鬼は風紀委員を辞めた。『風紀委員のような「偽善者」共の巣窟に身を置いて守れるもの等何一つ無い』という言葉を神谷に残して。



『「風紀委員のような『偽善者』共の巣窟に身を置いて守れるもの等何一つ無い」・・・か』



麻鬼とは面と向かって話すことは無かった。風紀委員を辞めて以降麻鬼は網枷とは全く関わりを持とうとしなかった。
網枷も麻鬼に会いにいくことは無かった。恐かった。どうしていいかわからなかった。彼と面と向かって話したとして、何を話せばいいのかさえわからなかった。
体調不良を理由に風紀活動に顔を出さないことが続出した。麻鬼が風紀委員の何に失望したのか、自分が感じているモノが理由なのか、
かつての麻鬼はそれを全く気にせずに職務に励んでいたのではないのか・・・堂々巡りを繰り返しながら、当ても無く街を徘徊し続けた。
風紀活動を休んでいるために空き時間なら幾らでも存在した。さすがに176支部管轄をうろつくわけにはいかないので、幾分離れた場所を中心に。
目的など存在しない。いや、無意識的には麻鬼が風紀委員を辞めた理由がこの徘徊の最中に見付かるかもしれないという期待があったのかもしれない。



『ぐっ・・・』
『テメェみてぇな弱っちい奴でも風紀委員になれんのか?まぁ、テメェみてぇな能無しのおかげで俺達の懐は今日も潤っちゃってるけどな』
『『『ハハハハハハ』』』



ある日の夜、習慣化し始めた夜の徘徊において網枷は十数人規模のスキルアウトに絡まれた。何処で手に入れたのかは知らないが銃を所持する人間も複数居た。
網枷は無気力ながらも半ば本能的に風紀委員の腕章を付けて取り締まろうと動いたが、多勢に無勢を表現するかのように一方的に叩き潰された。
身に付けていた風紀委員の腕章をスキルアウトの足が踏み潰し、財布も没収された。手際よく進んだことに上機嫌となったスキルアウト達は網枷を嘲笑い続けた。



『風紀委員なんざ、所詮は子供のお・ま・ま・ご・と。この時間帯には警備員しかうろついてねぇし、お前のお仲間がここに駆け付けるわけも無い。
何せ、最終下校時刻になったらお役御免だモンな。いいぜ、それで。お役所仕事みたいに定時帰宅に勤しんでくれてりゃ、俺等も助かる助かる。
仮に、お前に逆転の一手があったとしてもどうせ最後は始末書を書かされるんだろ?前にそんな風紀委員を見たことあるぜ、俺ぁ。ハハハハハハ!!』
『(こんな・・・こんな連中に嘲笑われるために風紀委員になったわけじゃ無い!!それなのに、何故僕は・・・俺は地に伏している!!?
叩き潰され・・・嘲笑われて・・・。これが風紀委員の限界なのか!?こんな奴等を捕まえても始末書を書かされるのが、俺が目指した風紀委員ってヤツなのか!!?)』



嘲笑を浴び続ける網枷は、基本的に校内の治安維持にしか関わらない風紀委員の在り方に再び疑問を抱く。
最終下校時刻を過ぎれば閉店となり、それ以降や管轄外に足を運べば始末書を書かされる。警備員に比べれば、確かにおままごとに見えるかもしれない。
それだけ風紀委員に許された権限―無論、これは子供である彼等彼女等では決断できないような役目を大人である警備員が負うという目的がある―は小さい。
この時、網枷は麻鬼が何故風紀委員を辞めたのかがわかったような気がした。きっと、彼も自分と似たような感情をずっと溜め込んでいたのだ。
そして、何らかの『切欠』で溜め込んでいたモノが遂に爆発したのだ。地に伏しながら、網枷は風紀委員というモノに失望を深めていく。



『何だ、テメェ等は!!?』
『お前如きに名乗る名は持ち合わせていない』
『そういうコト。ンフッ!』



風紀委員を散々虚仮にできたのに満足したスキルアウト達が去ろうとした瞬間だった。何時の間に接近していたのか、
白の長髪に眼帯を右目に被せた男と茶色の長髪を靡かせる女が次々とスキルアウト達を潰していく。
慌てて所持していた銃を構えるも、男が右手に装着していたアームガードのようなモノから飛び出した釘によって手を潰され、
最終的には男女1組に十数人のスキルアウトが叩き潰されるという結果となった。



『お前は・・・風紀委員か?』
『・・・どうだろ。自分が所属する組織の在り方にさえ疑問を抱いてる俺が、自分のことを風紀委員と呼ぶことには抵抗がある』



眼球の刺繍が入った眼帯が目立つ男は、ボロボロになっている風紀委員の腕章から網枷の正体について質問する。
しかし、今の網枷は自身を風紀委員と称することに強い抵抗感を抱いていた。率直に言えば、『風紀委員で在りたく無かった』。
尊敬する同期が失望し、自身も深く失望した組織の名を口から出したく無かった。風紀委員でも何でも無い男と女に自分が救われた『事実』を痛感しながら。



『欲しいか?』
『・・・何を?』
『誰も彼をも圧倒する「力」が。不条理全てを捻じ伏せる「力」が。風紀委員では守ることのできない大事なモノを守る「力」が』
『・・・ッッッ!!!』



抉る。深く、深く抉る。風紀委員に対して失望が積み重なった網枷の心を、白髪の男は物の見事に蹂躙する。



『お前も理解した筈だ。風紀委員という名前で守れるモノなどたかが知れている。こんな雑魚相手にすら抑止力になれない名前にどんな「力」がある?』
『・・・・・・』
『・・・名は?』
『・・・・・・網枷。網枷双真』
『そうか。俺の名は東雲真慈だ』
『私は伊利乃希杏だよ♪』



突き刺さる言葉の矢に、不思議と網枷は高揚感を抱き始めていた。直感とでも言うのだろうか、目の前の男からは自分が尊敬していた麻鬼に似た“匂い”があった。
強靭な意志を持ち、確かな実力を有する・・・そんな“匂い”が。対して、白髪の男・・・東雲真慈はボロボロに網枷の瞳に微かな光が宿り始めたことを悟り、こう続けた。


『風紀委員?警備員?そんなモノに頼るな。依存するな。この世で唯一頼れるのは「力」のみ。俺は「黒き力」・・・「ブラックウィザード」の頂点に居る男だ。
網枷双真!俺と共に来い!!そして、お前の「力」をこの世界に証明してやれ!!理不尽を突き付けて来る世界を、お前自身の「力」でもって打ち破ってみせろ!!』



この後、網枷は新興スキルアウト『ブラックウィザード』の存在を知る。風紀委員として、本来ならば東雲や伊利乃達を逮捕しなければならない立場だ。
だが、風紀委員に失望した網枷には既に東雲達を不利に追いやる手段を採る意思は微塵も存在しなかった。
むしろ、自分を導いてくれる東雲に憧れた。麻鬼との一件を経たことで、彼のために命を投げ打つ程の強い覚悟―依存―が網枷の心中に芽生えた。



『あの方こそが、この腐った世界を変えてくれる唯一の存在だ。俺は・・・私は、あの方に・・・あの人の隣に在りたい!!』
『ンフッ。網枷君って、見た目によらずちょっと中二的発言が多いわよねぇ。そういうお年頃なのかしら?』



網枷は東雲の副官として、『ブラックウィザード』が誇る“辣腕士”としてその辣腕を振るうようになった。
風紀委員としての立場を利用・有益な情報を『ブラックウィザード』へ横流し、多少のイレギュラーはあったものの176支部員であった風路鏡子を引き込み、勢力拡大の大きな一助となった。
その過程で彼は学園都市に巣食う『闇』の存在を知った。そして、麻鬼天牙が風紀委員を辞めた『切欠』も調べ抜いた。



『伊利乃。私は君と同じ思いだ。東雲さんなら、学園都市を変えられる。そんな君の気持ちを無下にはできない。私も、「闇」の人間は心底嫌いだ。この手で殺したいくらいにな』



“手駒達”製造の技術も、コネクションの存在も憎き『闇』が深く絡んでいる・・・が、今は我慢の時。いずれは東雲と『ブラックウィザード』によって『闇』の全てを駆逐する。
自分はその礎となる。網枷は“弧皇”と邂逅したあの日から東雲のために何時でも命を投げ打つ覚悟であった。



『お前は、己の「力」をこの世界に証明したいんだろう?何が目的であれ、どんな形であれ。俺もそうだ。俺の目的で、俺はこの世界に負けない程の「力」を俺なりの形で示したい。
お前の期待通りに行くと思うなよ?俺は俺を害する者を全て排除する。網枷。お前もお前の「力」を証明するためにも幻想に容赦するつもりは無いんだろう?
これでも、俺はお前の覚悟は理解しているつもりだ。だからこそ言おう!思う通りにやれ!全力で幻想をねじ伏せろ!その先に、お前が望む答えの1つがある筈だ!!』
『答え・・・。フッ、その種類がどのようなモノなのかはその時にならないとわかりません・・・か。
果たして期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなのか・・・。どちらにしろ、今回の件でようやく私も心の整理ができそうです』



故にこそ、この戦場で自身が無意識の内に求めていた『答え』を見出さなければならない。己の心に巣食うモノ・・・東雲に対するモノとは別のモノ。
『お前は、心の何処かで幻想に期待しているんじゃないか?まやかしだと思っている存在が、俺達「ブラックウィザード」に打ち勝つ程の何かを見せ付けたのならば・・・と』。
そう当の東雲から指摘された。否定はしない。自分は未だに風紀委員へある種の未練を抱いているのかもしれない。麻鬼や東雲が否定した幻想を今でも自分は・・・。
己が採った“行動”を客観的に振り返ってもこの予測を完全否定することはできない。鏡子や焔火を『闇』の技術である“手駒達”にさせなかったのも・・・。
ならばこの戦いにてはっきりさせる。例えはっきりさせた結果が『死』であったとしても・・・その先にあるモノを必ず掴み取ってみせる。






「だったら、話は早ぇ。網枷双真!!“俺の”オンナに手ぇ出した落とし前・・・ここでキッチリ着けさせて貰うぜ!!!」

手榴弾によって破壊された倉庫の外壁から姿を現したリーゼント男・・・荒我拳の咆哮に網枷が採った行動は至極シンプルなモノであった。
ポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、薄明かりという状況下において“何も持っていないように見える”腕を振り上げ、手に感じる感触そのままに無言で引き鉄を引く。

「ッッ!!」
「荒我君!!」

荒我と彼と一緒に行動を共にする成瀬台支部員の速見は、事前の情報から網枷が能力によって銃器のようなモノを隠し持っていることは予測していた。
そのために、網枷が銃器を扱う素振りを示した瞬間に採るべき行動も最初から決めていた。つまり、速見が能力で(否応無しに)鍛えられた瞬発力を発揮し、
追撃に備えて『空力射出』を温存した状態で荒我を掴みながら速攻で射線上から離脱・・・



ズアアアアアアァァァァァッッッ!!!



「「なっ!!?」」

し切れない。銃弾そのものは事前の予測もあって何とか回避できた。しかし、放たれた銃弾の軌跡をなぞるように衝撃波が発生し、荒我達を吹き飛ばす。
それでも、『空力射出』による気流操作にてダメージを最小限に留める速見。さすがの速見でも、この状況下で後先考えずに能力を行使したりはしない。
いや、彼1人なら行使していたかもしれないのだが荒我を抱えている状況であったために彼に怪我を負わせるわけにはいかないという思考が優先された・・・というわけでも無く、
単にダメージ回避のために行使した気流操作が“速見スパイラル”では無いというだけのことであった。
『足に空気の噴出点を設定し自分をロケットのように飛ばす』のが“速見スパイラル”なのであって、速見はこの時に限って止まることを考えずに全力で能力を行使する。
言い換えれば、“速見スパイラル”以外の能力行使であれば彼は意外に臨機応変に能力を行使する。
たとえば、今のように掌に設置した噴出点を用いた気流操作によって『衝撃波の槍』を受け流したり。

「ぐっ・・・何なんだ今のはよ・・・!?」
「あれは衝撃波・・・?」

衝撃波に煽られて変な格好にて地面へ着地した荒我は、痛む体を無視して先程起きた現象に思考を働かせる。
また、速見は気流操作系能力者である自身の知識から網枷が行った攻撃の内実を察する。

「(やはり、まだまだ試作段階と言った所か。『衝槍弾頭』が想定する『衝撃波の槍』の規模には及ばないが・・・それでも今の俺には十分な武器だ)」

網枷は初めて実戦で使った試作武器の手応えを心中で分析する。彼が銃に込めた試作武器・・・それが『衝槍弾頭』と呼ばれる対暴走能力者用の武器である。
元来この武器は警備員等の“表”の治安組織にて開発が進められている代物で、弾頭の表面に特殊な溝を刻み込むことで、
銃弾の軌跡をなぞるように『衝撃波の槍』を発生させる仕組みとなっている。銃弾の小ささをカバーして余りある範囲攻撃を網枷は気に入っている。
自身の能力『偏光塗装』には攻撃力らしい攻撃力が備わっていない。自分自身や生物にも使えないという欠陥を抱える偽装能力を最大限に活かすために、
“辣腕士”は手持ち可能な範囲で、反動も無く、それでいて広範囲を攻撃可能な武器を求めていた。そこで目を付けたのが『衝槍弾頭』であったのだ。

「・・・何だ、お前は?」

網枷の剣呑な声が荒我に向けられる。事前に聞いていた情報とは違う容貌・・・黒縁眼鏡を身に付けていない“辣腕士”は想定外の乱入者に怒気を含んだ声を浴びせ掛ける。

「あぁん!?あぁ・・・そういや名乗ってなかったな。俺は・・・」
「荒我拳・・・だろう?お前の名は焔火から何回か聞いた。自白剤を飲ませた時も含めて・・・な」
「テメェ・・・!!!」
「まぁ、無能力者の“不良”を一々『書庫』で調べることはしなかったがな。労力の無駄だ」

網枷以上の怒気を露にする荒我を無視するかのように“辣腕士”は言葉を並べ立てる。荒我のことは、ある屋台のラーメン屋での出来事を焔火と葉原が話し合っていたのを耳にしたのが最初だ。
まさか恋だの何だのの関係にまで発展しているとは思っていなかったが。しかしながら、そんなことはどうでもいい。

「それより・・・お前は何だ?」
「・・・あぁ!!?」
「お前のような人間が何故ここに居る?風紀委員でも警備員でも無い“不良”が、どうしてこの俺の前に立っている?お前のような異物に用は無い」

気に入らない。気に喰わない。折角“表”の治安組織と雌雄を決することで『答え』を見出そうと考えている所に現れた異物の存在が。
シンボル』に抱いた感情以上の苛立ち。所詮は無能力者。しかも、雑魚中の雑魚である“不良”が自分の前に立ち塞がったのだ。
この世界に意思があるのだとしたら、その意思は網枷の意思を虚仮にするかのように次々と邪魔をする。本当に気に入らない。

「網枷君・・・!!」
「速見“先輩”。どうして、こんな“不良”を連れて来たんですか?恋人のために命を張る・・・そんな理由『だけ』で彼の同行を認めたんですか?普通なら始末書モノですよ?」

速見の悲痛な声に、網枷は歯牙にもかけない“不良”を相手にする時とは違う態度でもって会話を行う。
かつては同じ風紀委員会のメンバーとして共に行動した2人は、しかし今や明確な敵対関係となって対峙せざるを得なくなっていた。

「テメェ・・・!!」
「何だ“不良”。俺はお前に用は無いとさっき言ったばか・・・」
「俺はな、確かに緋花を助けるためにここへ来た!!だがな、緋花が救出された今、その落とし前を着けるため『だけ』にここに立ってるわけじゃ無ぇぞ!!」
「ほぅ・・・何だ?言ってみろ」
「やっぱ覚えちゃいねぇか。・・・そりゃそうだよな。そんな上から目線なお前なんかの記憶に残っちゃいねぇよな」
「・・・?」

悔しそうに“笑っている”荒我に網枷は怪訝な視線を向ける。荒我の言わんとしていることに見当が付かない。
その様子に『本当に何も覚えていない』ことを察する“不良”は、かつて行動を共にした“不良達”の想いも込めて宣言する。

「俺はな、昔テメェ等『ブラックウィザード』に叩き潰されたスキルアウトの一員だ!!」
「・・・・・・」
「荒我君・・・!!」
「速見先輩。言っとくけど、俺はもうスキルアウトじゃ無ぇんだ。別に辞めたくて辞めたわけじゃ無ぇ。けど、『ブラックウィザード』のせいで俺の生活は一変した」
「・・・確かに記憶に無いな。今まで潰して来たスキルアウトの、しかも構成員の顔なんか一々覚えちゃいない。フッ、よく五体満足で生きているな?」
「・・・偶然その場に居なかっただけだ。居たら、俺もテメェ等に潰されてただろうよ」

荒我の語る過去に速見は瞠目し、網枷は多少興味を惹かれたのか話に乗る。この男には自分達を目の敵にする理由が焔火以外のことでも存在した。
自分の言葉を覆した“不良”に面白半分で応えてやるかのうように、“辣腕士”は持ち前の話術によって“不良”を責め立てる。

「なら、尚のこと。何故運良く拾った命をわざわざ捨てに来る?俺達が潰した仲間も、お前の死ぬ所など見たくもないだろうに」
「俺が死ぬなんて誰が決める!?」
「俺が殺す。お前のような“不良”に、俺が後れを取るわけが無いだろう?かつての仲間を潰され、今は恋人さえ俺達の手で一度は堕ちた。
お前が何を守れている?お前は何を守った?お前にどんな落とし前が着けられる?お前に・・・何の『力』がある?」

同時に力尽くの排除を画策する網枷は、右手に『衝槍弾頭』を込めた銃を、左手には接近戦用のナイフ―かつて麻鬼に手ほどきを受けた―を構える。
いずれも『偏光塗装』によって偽装済。倉庫内にある逃走用の車両はできる限り傷付けるわけにはいかないが、いざとなれば切り捨てる。

「重ねて言おう。俺はお前のような異物に用は無い。だから・・・さっさと死ね!!!」

“辣腕士”は、遂に自ら戦闘へ臨む。自分が求める『答え』を見出すためには、この異物を早急に排除しなければならない。
用があるのは、この場では風紀委員である速見のみ。故に眼前の“不良”を速攻で殺す。そんな彼はやはり気付かない。
無意識に求めていた『答え』だからこその見落とし。彼が言う所の異物・・・荒我拳を見てどうしても苛立ちを抑えられない“本当”の理由に。






銃から次々に『衝槍弾頭』が放たれる。この弾頭にも『偏光塗装』の膜を付与することは耐久力込みで極短時間のみ可能だったが、『衝撃波の槍』を弾頭の溝で形成する以上、
威力を弱めてしまう膜を展開する愚策を網枷は採らなかった。通常より弾速が低下する―荒我と速見が避けられた一番の要因―とは言っても人間の目で追い切れる代物では無い。



ドパアアアアァァァァッッ!!!



こまめに位置取りを変え、複数の『衝撃波の槍』によって相互干渉を起こすことで網枷さえ把握し切れない複雑な気流を発生させる。
通常の銃弾では到底為しえないような破壊力を伴う気流が異物を排除せんと凄まじい速度で襲い掛かる。



グン!!!



対するは速水の『空力射出』。止まることを考える必要は無い。そんなことをしなくとも、『衝撃波の槍』のせいで否応無しに進めなくなる。
逆に言えば、この『衝撃波の槍』こそが“速見スパイラル”の『ブレーキ』となるのだ。耐久力には自信がある。
速見は網枷の標的である荒我を背に引っ付かせ、呼吸さえ困難な凌ぎ合いを迷わず敢行する。



グオオオォォッッ!!!ズザザザザザザッッッ!!!バアアァァンン!!!



倉庫内に置かれていた様々な道具や機器が『衝撃波の槍』によって吹き飛び続ける。それ等の直撃だけは何とかかわし続ける気流操作系能力者速見翔は、
“速見スパイラル”を敢行し続ける―“速見スパイラル”を止められた時は足下以外に設置した噴出点を用いた気流操作で『槍』の特性を調査する―中でいち早く『槍』の効果範囲や具体的な威力を算出した。



「(右上の壁!)」
「(!!)」



速見が『衝槍弾頭』の分析に思考を傾けている間、彼の背中に引っ付く荒我は幾度の喧嘩で養った動体視力の良さから回避方向の選択を担う。
スキルアウト時代、そして救済委員として抜群の射撃能力を持つ斬山に舎弟入りした彼は銃を扱う人間との戦闘に慣れていた。
無論恐いモノは恐いが、それが足を竦ませる理由とはならない。また、焔火を助け出すために界刺から有益な情報を引き出す手段として実力行使も選択肢に入れていた荒我は、
梯や武佐と共に光学系能力者である界刺対策をずっと話し込んでいた。奇しくも網枷は彼と同じ光学系。その時に話し込んでいた内容が今役に立っているというわけだ。



「(あの野郎は無生物にしか膜を施せない。だから丸見えだ。隠している銃の引き金を引くテメェの指がよ!!)」



強烈な風圧を我慢しながら荒我は網枷の指の動きに着目する。光学偽装の要である『偏光塗装』は自分自身には付与できない。
引き鉄を含めた銃全体に膜を付与することはできても、引き鉄を引く指そのものには光学偽装を施せないのだ。
荒我達は知る由も無いが、『空力射出』を含めてこんな対処が実行可能なのも『衝槍弾頭』の弾速が通常より落ちているからこそである。



カチッ、カチッ!



唐突に衝撃波の嵐が止んだ。荒我と速見は瞬時に察知する。とうとう弾切れを起こしたのだ。網枷もすかさず空となった弾倉を取り出し、再装填を行おうとする。
今が最大のチャンス。網枷の懐へ飛び一気にケリを着けるチャンスと判断し、速見は迷わず“速見スパイラル”の実行へ移る。



グン!!!



“速見スパイラル”発動の音が倉庫内に木霊する。一気に距離を詰める速見と荒我に後ずさる網枷。その顔は・・・“笑っていた”。



「(ヤベェ!!)」



不気味な笑みと後ずさるフリで、実は腰を低くした上で待ち構える体勢を取った“辣腕士”を眼に映した荒我は、
脚に多大な負担が掛かるのも厭わずに“速見スパイラル”の減速及び方向転換を試みる。速見の首を後方から左斜めへ無理矢理押し倒すように力を加えて。






ザクッ!!!






「グアッ!!?」
「チィィッ!!!」
「グッ!!!」

交錯の際に三者三様の呻き声が発せられる。1人は『偏光塗装』にて隠し持っていたナイフによって右太腿を刺された故の声、
1人は何とか致命傷は避けられたものの被害を食い止められなかった故の声、1人は“速見スパイラル”の勢いをナイフを持つ左手一本で受け止めたために手首が折れた故の声。
騙し合いと凌ぎ合いが齎した結果が3人を襲い、3人共地面を転がり回った。その中で脚の腱を痛めたらしい“不良”が真っ先に叫んだ。

「速見先輩!!大丈夫っすか!!?」
「荒・・・我く、ん。な、何とか・・・ううっ!!」
「チッ!!ナイフが中途半端に折れてやがる。これじゃ、かえって抜けねぇぞ!!」

痛みに蹲る速見の傷跡を眺める荒我。“速見スパイラル”の威力にナイフも耐えられなかったのだろう、中途半端な部分から折れていたために指の力のみで引き抜く必要があった。
手全体の力を使うのならまだしも、指だけの力では力が入り難い。無理矢理引き抜こうとすれば、かえって他の部分を傷付ける恐れさえあった。

「(チィ・・・麻鬼さんのようにはいかないか。手首の骨を折ってしまうとは・・・誤算だな)」

他方、速見に大きな傷を負わせた網枷自身も手首の骨を折るという失態を犯していた。腱を傷めたりヒビが入るくらいは覚悟していたが骨折はさすがに想定外だ。
これでは弾倉の再装填すらままならない。そもそも、先程の交錯で銃が遠方へ吹き飛んでしまっている状況だ。
僅かの隙が致命的になりかねない。自身の手際の悪さに自嘲する網枷は、この中で一番傷が浅い“不良”へ対処するために立ち上がる。

「どうした、“不良”?何だ、このザマは?行動を共にする仲間すら満足に守れないのか、お前は?」
「テメェ・・・!!」
「お前はどれだけ無力なんだ?そんな体たらくで、どうやって落とし前を着けると言うんだ?お前なら、傷を負った今の俺でも楽に殺せそうだ」
「テメェ!!!」

“辣腕士”の度重なる挑発に我慢できなくなった“不良”はその拳を振るうために走り出す。
一方、網枷は先程張った“罠”の位置を確認しながらこれみよがしに右手に持ったナイフを煌かせる。

「お前如きに『偏光塗装』を使う必要は無い。さっき刺した風紀委員のように、お前もこいつの餌食にしてやろう」
「やれるモンならやってみやがれ!!!」

激昂する“不良”が疾走する。痛みを訴える脚を無視して自慢の拳を網枷へ放つ。手加減抜きの右ストレートが網枷の顔面目掛けて・・・



ガキッ!!!



「グアッ!!?」

放たれることは無かった。当たる直前に網枷は回避行動を取り、荒我の拳から逃れる。代わりに、人体とは思えない固さを有するモノに全力で殴り掛かったために発生した激痛が荒我を襲う。

「ングッ!!?」

しかし、回避行動を取ったことで骨折した左手の激痛が再び発生したために動きが鈍る網枷。それでも、ここで荒我を仕留めようとナイフを右手に一直線に突っ込む。

「ッッ!!!」

それが荒我にとって幸いした。一直線というのはえてして相手に読まれやすい行動である。先程激昂した荒我がまさにそうだったように。
痛みのためにプランが崩れた網枷にも焦りがあった。故に、荒我はわざと体を地面へ倒れ込むことで危うくも危難を逃れたのだ。

「ハァ・・・ハァ・・・。チッ、何が『「偏光塗装」を使う必要は無い』だ。思いっきりその“車”に使ってんじゃねぇか」
「ハァ・・・ハァ・・・」

急いで距離を取った荒我と突貫によって距離が離れてしまった網枷が互いに荒い息を吐き続ける。位置としては、荒我達が侵入して来た壁穴が網枷の後方にあり、
荒我が網枷の斜め前に居るといった具合である。その中で、荒我は自分が誤って殴ったモノが(逃走用の)“車”であったことに気付く。
仕掛けたのは少し前の交錯時。自分と速見が転がり続けた際に、同じく転がった網枷が近くの車に触れて『偏光塗装』を仕掛けたのだ。
転がっていたために数瞬方向感覚を失った荒我達を欺くために施した“罠”。あの一瞬でそこまで考えられる“辣腕士”に多少以上の凄みを感じる“不良”。

「網枷双真・・・」
「お前に気安く呼ばれる筋合いは無い」
「お前・・・どうして風紀委員を裏切ったんだ?どうして『ブラックウィザード』に入ったんだ?」

だからこそ知りたい。これ程の秀才が、どうして風紀委員を裏切って『ブラックウィザード』の一員になったのかを。

「そんなことをお前に話す義理は無い」
「俺にはよ・・・理解できねぇんだ。何で、お前は緋花を“手駒達”にしなかったのか・・・てことが」
「・・・・・・」
「罪悪感から逃れるためなのかもしれねぇ。ほんの気紛れなのかもしれねぇ。でもよ、こうやって“必死に戦っている”お前を見てるとよ・・・どうしてもそう思えねぇんだ。
俺にはよぉ・・・お前が単なる卑怯者なんて風には見えねぇんだ」
「何を言い出すのかと思えば・・・卑怯な手ならついさっき使ったばかりだろう?もう忘れたのか?」
「俺はよ・・・舎弟や速見先輩達の話全部ひっくるめて『偏光塗装』で一番恐かったのが『爆発物の光学偽装』だったんだよな」

荒我は思い出す。梯や武佐、そして速見達と共に光学系能力・・・ひいては網枷の『偏光塗装』で何が一番厄介なのかを話し合った時のことを。


『爆発物を偽装されるのは厄介でやんすよね?』
『梯君の言う通りだね。知らず知らずの内に偽装された地雷の上を踏んじゃってドカンは恐いよ、うん』
『網枷君の「偏光塗装」は無生物・・・つまりは物体にしか付与できない。彼が手段を問わないのであれば、「爆発物の光学偽装」が一番厄介だろうね』


荒我は見出す。本当に『今』の網枷が手段を問わない卑劣漢の塊であったとすれば、この倉庫内に光学偽装を施した爆発物を設置して追い込むことだってする筈だ。
具体的な症状はわからないが左手を傷める前に幾らでも実行する機会はあった筈だ。それこそ爆発物の設置が困難になる衝撃波を生み出す弾頭など使わずに、
もっと『爆発物の光学偽装』に適した武器の選択をしてもよかった筈だ。それだけの時間的余裕はあった筈だ。

「何で、自分の能力で一番の強みを活かした戦法を使わなかったんだ?光学系能力は欺いてナンボだろうが」
「まさか、俺が『爆発物の光学偽装』をせずに銃やナイフに光学偽装を施したから卑怯者じゃ無いとでも言い張るつもりか?
だったら、それは盛大な勘違いだな。そもそも、この衝撃波を生み出す銃弾でお前達の命を軽く奪うことができると考えていたとしても・・・」
「なら、それはお前が“自分の手でケリを着けたい”と思ってる何よりの証拠になるんじゃねぇか?『爆発物の光学偽装』なんていう“間接的”な代物じゃ無くて、
銃でも衝撃波でもナイフでも、“自分の手”を使った“直接的”な決着を『今』のお前は望んでいるんじゃねぇか?さっきの“車”の偽装も、ナイフを突き刺すためのモノだろうが」
「ッッ!!!」

今度こそ網枷の言葉が止まる。この“不良”は時に相手の本心を射抜く言葉を吐く。“己を貫き通す拳”を持つ彼だからこそ、己を否定するような人間の矛盾に気付くことができる。
『荒れた世でも「我(われ)」を拳1つで貫ける男になれるように』という想いが込められた名前を持つ荒我拳だからこそ、
重徳力と対峙した時のように無意識的にでも矛盾を抱える網枷双真の葛藤を見抜くことができるのだ。

「聞いたぜ?緋花を最後に戦闘不能に追い込んだのはお前だってな。成瀬台に強襲を仕掛けた作戦のアレンジもお前がしたんだろ?
どっちもお前は最前線に立ってるじゃねぇか。スパイ活動だって、お前は自分の体を張ってるじゃねぇか。心底卑怯者だってんなら、そんな真似をするかよ。
自分だけは安全地帯に留まって、卑劣な手をドンドン使ってほくそ笑むのが本当の卑怯者だ。お前は卑怯者だろうけど、完全な卑怯者じゃ無い」
「・・・!!!」
「だからわかんねぇ。何でお前は『ブラックウィザード』に居るんだ?居続けられるんだ?俺が知る『ブラックウィザード』は悪辣非道を地で行く集団だ。
お前みてぇに心底卑怯者じゃ無い人間が・・・何の考えも無しで加入したわけでも無理矢理加入させられたわけでも無さそうなお前がどうしてそんな組織に居続けられるんだ?
もし、居続けられるってんならそこには理由がある筈だ。風紀委員を裏切ってでも居続ける確かな理由が・・・・・・ハッ!もしかして・・・東雲真慈・・・か?」

東雲真慈。“孤独を往く皇帝”として“裏”の世界に轟く『ブラックウィザード』のリーダー。
『ブラックウィザード』のような大組織を纏め上げるのだから、そのリーダーシップは凄まじいモノがあると見ていい。
身に着ける眼帯に刺繍された眼球印を構成員達が『ブラックウィザード』のトレードマークとしている噂を聞く程である。
彼のカリスマ性に惹かれる人間も多いだろう。仮に、網枷が『ブラックウィザード』に居続ける理由としてリーダーである東雲が大きく関わっているとしたら・・・。

「・・・だとしたら?」
「東雲真慈は・・・風紀委員を裏切ってまで着いて行く価値のある人間なのか!!?」
「あぁ・・・あるさ」

空気が一変する。冷たい冷たい声が、“辣腕士”の口から漏れ出る。その心中の“熱さ”を懸命に抑えるかのように冷たく・・・冷たく。

「お前のような“不良”には理解できないだろう。あの人の・・・東雲さんの偉大さが」
「偉大さ・・・だと?」
「あの人は俺の運命を変えてくれた。俺を再び立ち上がらせてくれた。風紀委員や警備員では守れないモノを守る『力』を教えてくれた」
「風紀委員や警備員には守れない・・・?」
「お前のような無知な人間が楽でいいな。この学園都市が一体どれ程の矛盾を抱えているか、無知で無能なお前は未だ知らないのだから」
「(コイツ・・・何を言ってやがる・・・!?)」

網枷が続々と発する抽象的な言葉に理解が追い着かない荒我。最初の方は救済委員である荒我にも何となく予想は付いたのだが、最後の方は全く理解できなかった。
そんな“不良”を哀れな視線を差し向ける“辣腕士”は、自身が信望する“弧皇”の偉大さを声高に示す。

「だが、あの人なら変えられる。この学園都市に巣食うしがらみを全て潰すことができる!!俺が命を賭す程の価値があるあの東雲真慈なら!!
わかるか、荒我拳!!?あの人を今失うことがこの学園都市にとってどれ程の痛手かを!!まぁ、お前のような無知で無能な人間には理解でき・・・」
「馬鹿だね、君は」
「「!!!」」

演説にも似た“辣腕士”の言葉を遮るかのように、そして彼の行為を『馬鹿』と片付けた男の声が荒我と網枷の鼓膜を叩く。
放ったのは成瀬台支部員速見翔。脚の負傷に顔を歪める彼の瞳に灯る炎は、傷を負って尚些かの衰えを感じさせない。

「本当に馬鹿だね、君は。僕もよく馬鹿って言われるけど、君程馬鹿じゃ無いということだけは胸を張って言えるかな」
「お前・・・!!」
「僕も実は聞いたんだ。君が風紀委員に疑念を持つ『切欠』になったかもしれない176支部員の辞職の件について」
「ッッ!!!」

速見達成瀬台単独行動組は、椎倉を通じて176支部リーダーを務める加賀美から網枷に関する様々な情報を得ていた。
その中にあったのが、網枷が慕っていた同期の辞職。加賀美自身は自分の至らなさを嘆いていたが、今までの網枷の言葉を聞いた速見は別の可能性を見出していた。

「そして、今までの会話を聞いて確信した。君は君自身の弱さに負けただけだってことに僕は気が付いたんだよ」
「弱さだと!?」
「そうさ。君は風紀委員や警備員では守れないモノがあるって言ったよね?そして、それ等を守るために『ブラックウィザード』のリーダーに着いて行った。
これってさ、君が慕っていた同期に対するアクションと瓜二つじゃないか。君自身、その同期に引っ張って貰っていたんだろ?」
「うっ・・・!!!」
「同期が理由不明の辞職をした後、君は相当落ち込んでいたらしいね。当時の出欠を確認したら、君は体調不良を理由によく風紀活動を休んでいた。
しかも、風路鏡子さんの急性薬物中毒が同期の辞職後約1ヵ月が経った頃に起きている。ということは、君が『ブラックウィザード』のリーダーに出会ったのはその1ヶ月の間だ。
傷心真っ只中に居る君にとって、東雲真慈はさぞかし魅力的に映ったんだろうね。話し振りから察するに、その時に何か事件でもあったのかな?」
「事件・・・すか?」
「そうだ。何らかの『切欠』となるような事件・・・たとえばスキルアウトや強盗と接触してしまったとかかな。
そういう『切欠』を経て東雲と出会ったのなら彼の心酔振りも理解できる。危機を救って貰った人間に必要以上に憧れるみたいな?荒我君はそういう経験無い?」
「あぁ・・・あるっすね。その気持ち、よーくわかります」

速見の的確な指摘に黙り込む網枷とは対照的に、斬山に救われた頃を思い返す荒我は速見の言いたいことを理解する。
速見の指摘が正しいのであれば、荒我にとっての斬山が網枷にとっての東雲ということになる。この図式なら、網枷が東雲に心酔する理由もよく理解できる。

「網枷君。“だから”、君は荒我君が気に入らないんだろ?荒我君の有り様が、かつての自分を思い出させるから。
無力で無知で無能と『君が』判断する彼を、君はかつての自身と被らせて見ている。色んなモノを守れなかった荒我君と、
風紀委員として色んなモノを守れなかった自分を重ねて見ている。あぁ、荒我君。怒らないで聞いてね?僕は君を無力とも無知とも無能とも思っていないからさ」
「りょ、了解っす!」
「網枷君。君が風紀委員である僕と戦うことを望み、風紀委員では無い荒我君を相手としなかった態度から察するに、君はまだ風紀委員に未練があるんじゃないかな?
そうでなかったら『始末書モノですよ』なんて言わないんじゃない?未練が無いと言い張るのなら、どうして僕と戦うことを強く望むんだ?
君の言葉には未練がある。悔恨がある。風紀委員の僕だからこそわかる。君は“自分の手で確かめたいんだ”。証明したいんだ。
君が失望した風紀委員は君自身が思った通りに守るべき人を守れない組織であることを、他ならぬ君の手で!!」

網枷に引けを取らない演説をぶちかます速見は、推測しているもう1つの事柄を敢えて言葉に出すことを止めた。
それは、『未練から生じた風紀委員への期待を無意識的にでも網枷が今でも持っている』という予測。しかし、これを言った所で何が変わるわけでも無い。
どんな思惑や理由があろうと、網枷は許されない罪を数多く積み重ねたのだ。今後彼に待ち受ける未来に明るい展望など存在しない。

「・・・気に入らねぇな」
「荒我君・・・」

速見の言葉が“不良”の炎に火を点ける。網枷が反論しないことからして、多かれ少なかれ速見の推測に事実である部分が混ざっているのだろう。
その事実が荒我の心に凄まじい炎が燃え滾る。かつて、成瀬台支部員や『シンボル』と共に殴り込みを掛けた6月初旬に対峙した1人の男を思い出したが故に。

「俺ぁ、前にある男とステゴロでタイマンを張ったことがある。無能力者の仲間に裏切られるのが恐くて能力者である事実を隠していた臆病者でよ、
自分を裏切らない確証が欲しくて狡い真似を使って色んな人間を傷付けていた野郎だ。網枷・・・テメェも一緒だよ」

傷めた脚に、それでも活を入れる。そうすることで、自分が立つ『位置』を再確認するように。

「テメェは臆病者だ。同期の辞職で傷心した自分(テメェ)の本心を最初に打ち明けるべきだった風紀委員(なかま)を頼らなかった。頼ろうともしなかった。
頼らなかった理由までは知らねぇ。頼れない理由があったのかもしれねぇ。でも、頼ろうとさえしなかったテメェの判断は間違いだったってことは確信をもって言える!!」

激痛が走っていた拳を、それでも強く握り込む。そうすることで、自身の中を貫く一本筋に力を込めるように。

「東雲に惚れ込んだテメェの気持ちは正直わかるぜ?俺も似たような経験があるしな。俺とお前は、確かに似通った部分を持ってるのかもしれねぇ。
だったら、この俺の拳でテメェをぶっ潰す!!テメェの間違った選択の行き着く先を、この俺の拳で見せてやる!!」

不屈の意志を示す眼光を灯し、“己を貫き通す拳”を持つ『漢』は落とし前を着けるために無言の“辣腕士”へゆっくりと歩を進める。
焔火のこと、かつての仲間のこと、そして自分のこと。様々な落とし前を着けるべく、“不良”はその拳に力を込める。






「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」






「なっ・・・!?」
「網枷・・・君」

何の前触れも無しに、唐突に“辣腕士”が大声を挙げて笑い出す。網枷の様子の激変振りに荒我と速見は戸惑いを隠せない。
気が狂ったのか、はたまたこれも何かの策なのか。容易に判断が付かない現状を打ち破ったのは当の網枷であった。

「ハハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・・・ふぅ。フン、言いたい放題だな」

十数秒もの間笑い続けた網枷は、笑みそのものは崩さず腰を落として臨戦態勢に入る。右手に握るナイフを『偏光塗装』で隠しながら、何時でも動けるように。

「テメェ・・・」
「荒我拳。俺は東雲さんと出会うに至った選択を間違いだとは思わない。今も、昔も、これからも」
「わからねぇのか!?テメェは間違ったんだよ!!頼るべき本当の相手を・・・!!」
「そんなことを誰が決める!!!??誰が決められる権利を持つ!!!??」
「ッッッ!!!」

網枷の瞳に荒我と同種の光が灯る。荒我が斬山に救われたことで今の自分を確立したように、網枷も東雲に救われたことで今の自分を確立した。
その偶然や己の選択に『間違い』などという結論を貼り付ける存在を網枷は断じて許さない。荒我が己を貫き通すように、網枷も最後の最後まで自分を貫き通す。

「選択の善し悪しなど、結局はその当人にしか判別できない!!俺は自分の選択を後悔しない!!東雲真慈に出会った偶然を幸運と思いこそすれ、不運だとは一切思わない!!!
俺は東雲真慈と共に往く!!その行く手を阻むモノは何人たりとも許さん!!たとえ、行く手を阻むのが世界であったとしても、俺は俺の『力』でもって世界ごと捻じ伏せてみせる!!!」
「テメェ・・・!!!」
「俺とお前は似ている。それは認めよう。なればこそ、俺もお前を全力で叩き潰す。躊躇いも未練も悔恨も、この一戦で全て断ち切ってやろう!!」

凄まじい感情の迸りが“辣腕士”の体や言葉から発せられる。正真正銘これが網枷双真の想い。自分が歩んだ選択を後悔しない『漢』の顔。
そんな自分とは違う、しかし何処か似ている『漢』の凛々しい表情を見て、対峙する『漢』は微かに笑みを浮かべる。

「・・・いいな。いいぜ、お前。最初に比べていい顔になったじゃねぇか。本当に惜しいぜ。お前とは別の形で・・・それこそ東雲とお前が出会う前に会いたかったモンだぜ」
「俺は今回だけで十分だ」
「へっ、つれねぇ奴。まぁ、最低でも俺のオンナに手を出した落とし前だけは着けさせて貰うぜ。・・・速見先輩。ここは俺に任せて貰えませんか?」
「・・・悔しいけど、僕より君の方がまともに動けそうだ。でも、いざという時は僕も動くからね。無理だけはしないで」
「・・・了解!!」

速見の了解も取り付けた荒我は網枷と最後の勝負に臨む。空気でわかる。次の交錯で全てが決まる・・・と。
ピリピリとした緊張が荒我と網枷の周囲を漂う。喉が渇く。汗が滲む。負ったダメージ的に両者共長期戦は無理。狙うは・・・一撃による決着。






「俺は“俺”を貫く!!何時だってな!!!」
「俺は『答え』を見出す!!絶対にな!!!」






地を蹴る足、握り締める拳、空気を切り裂くナイフ、相手を叩き潰すために全力を賭して突貫する『漢』2人は遂に最後の交錯を果たす。その結果は・・・






ドゴオオオォォッッ!!!!!






ナイフを紙一重でかわした荒我の拳が倉庫内に響く程の音を立てて網枷の左頬を直撃した。荒我拳渾身の一撃を喰らった網枷は、殴られた勢いそのままに後方へ転がって行く。






「(今のは・・・わざと!!?)」






だがしかし、刹那の交錯に勝利した筈の荒我の背中に強烈な悪寒が走る。何故なら、ナイフを紙一重でかわす直前に網枷のナイフを振り抜く速度が“緩んだ”気がしたからである。
それでも渾身の一撃が命中したことには変わりない。自分の全力を振り絞った拳をまともに喰らって戦闘続行を為しえる者など・・・






ガチャッ!!!






悪寒と勝利の確信の狭間を揺れ動いていた荒我の目に映ったのは、外壁の穴へ勢いよく転がる網枷が地面に落ちていた―交錯前から付与しておいた『偏光塗装』の膜によって、
吹き飛んだ銃を光学偽装していた―銃を左腕の脇に抱え、懐の『衝槍弾頭』入り弾倉を右手で掴んだ直後に装填する姿。
荒我は知る。網枷は最初からこれを狙っていたのだと。網枷は知っていた。速見を致命傷から救うために脚へ多大な負担を掛けたことで、
荒我の脚には十分な力が入らない状態になっていたことを。そんな状態で振り抜いた拳で、常のような威力が発揮されるわけが無いことを。






「荒我君!!!」






網枷が銃を掴んだ瞬間に“速見スパイラル”を発動した速見は、怪我を負っていない左足裏に噴出点を設け、網枷の照準が定まる前に荒我を救出するべく突進する。






ガチッ!!!






速見が荒我を捕まえたと同時に網枷が銃口を向ける。但し、それは荒我達にでは無い。彼が定めた照準の先にあるのは・・・(逃走用の)車。
車を走行させるために燃料が積まれ、仮にそこへ銃弾がぶち込まれれば盛大に爆発を起こすことは確実な『爆発物』。
下手をしなくても網枷自身も爆発の被害を喰らうこの距離で銃口を向けた意味を瞬時に悟る荒我と速見が最後に見たのは、“辣腕士”の曇り無き『笑顔』であった。






「網枷えええええええぇぇぇぇっっっ!!!」
「アアアアアァァァッッ!!!」
「ハハハハハハハハハハ!!!」






最後の最後に『爆発物(起動のため)の光学偽装』を行った“辣腕士”の凶行に荒我は怒りの咆哮を挙げ、速見は負傷した脚にどんな影響を与えるかも無視しながら
右足裏に噴出点を設置した後に脚の腱が切れる程の全力を手榴弾によってできた穴へ向かうために行使・荒我と共に死地からの脱出を図る。
そして・・・凶行の首謀者網枷双真は爆発するその瞬間まで唯只管に笑い続けていた。

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 22:12