「・・・・・・」
「・・・・・・」
「(2人共・・・やっぱり)」
「(佐野先輩・・・)」
「(わかってますよ、湖后腹。しかし、2人へ安易に言葉を掛けることが逆効果になりかねません。ここは破輩先輩の判断を仰ぎましょう)」
「(・・・はい)」
午後になり気温が最高潮へ達しようとする中、うだるような暑さなど無関係と言わんばかりに病院前にて暗い雰囲気を醸し出す少年少女が居る。
少年の名前は
鉄枷束縛。少女の名前は
一厘鈴音。159支部所属の2人は数日前に一応の終着を見た大事件において、目の前で犯罪者が絶命していく様子を目の当たりにしていた。
所謂子供である2人にとっては衝撃的過ぎる光景。故のショックから、未だ立ち直れていない仲間を春咲・佐野・湖后腹は後方から見守っていた。
「ゴホン!鉄枷。一厘さん。2人共、そんな暗い顔で破輩先輩と厳原先輩の見舞いをするつもりですか?」
「なっ!?だ、誰が暗い顔してるんだ!?そ、そりゃ俺じゃ無くてリンリンだろ!?」
「ッッ!!わ、私なわけ無いでしょ!?私のこの顔は暗い顔じゃありません~。なんたって、私には今日転院して来てる予定の界刺さんに“切り込む”お仕事があるもんね~」
「“切り込む”・・・あぁ、黒丹羽先輩の件ですか?」
「そうだよ、湖后腹君。これは暗い顔じゃ無くて真剣な顔って言うんです~。鉄枷の顔と一緒にしないで欲しいなぁ」
「何だと~」
「何よ~」
「2人共、病院前で喧嘩しないで!!」
「す、すみません!!・・・たく、リンリンのせいで春咲先輩に怒られちまったじゃねぇか・・・(ブツブツ)」
「バカの鉄枷のせいでしょ・・・(ブツブツ)」
空元気感満載の2人のいがみ合いを春咲が何とか仲裁する。ここに来るまでにも何度か似たような光景を湖后腹・春咲・佐野は見ている。
2人共に、この件に関しては固く口を閉ざしたままである。事情が事情なだけに3人共気軽に言葉を掛けることもできずにいる。
自分達の言葉が2人にとって無責任と受け取られかねない可能性も現状は大きい。3人は痛感する。こういう時に強く引っ張り挙げてくれるリーダーの存在の有難さを。
「(以前女子生徒を助けるためにスキルアウトを病院送りにしてしまったショックから抜け出せずにいた鉄枷を破輩先輩が引っ張り挙げたことがありますが・・・。
成程。これは難しい・・・本当に。言葉を掛けたくても掛けてあげられない。しかも、今回は相手が死んでしまっている)」
【『
ブラックウィザード』の叛乱】にて鉄枷と一厘がそれぞれ対峙した風間と西島は、(おそらく)戸隠から貰った薬を服用して死に至った。
当然鉄枷と一厘に非は無い。存在する筈も無い。それでも、2人はずっと悩んでいる。『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』・・・
そんな自問自答を2人は今も繰り返している。つまりは・・・ずっと自分を責めているのだ。責め続けているのだ
「(さて、今回は・・・)」
「佐野先輩!!早く行きましょうよ!!」
「ん!?え、えぇ・・・」
深い思考の渦に居た佐野へ湖后腹の急かす声が届く。見れば、鉄枷と一厘がいがみ合いを続けながら春咲と共に病院内へ入って行く。
我に返った佐野は足早に湖后腹と合流し、先を歩いていた鉄枷達に追い着いた。
「リンリンはあの野郎のトコへ行くんじゃなかったのかよ!?」
「破輩先輩達の見舞いが先に決まってるじゃない!」
「2人共・・・本気で怒るよ」
「・・・すんません」
「・・・ごめんなさい」
春咲が本気で怒りかけていることを察した鉄枷と一厘はようやく矛を収めた。破輩と厳原が入院している部屋はここ2階である。
下手に大声で喧嘩をすればリーダー達の耳に届いてしまうかもしれない。さすがに、2人共余計なことでリーダーからカミナリを落とされたくは無かった。
「(入院中の破輩先輩達に迷惑を掛けるわけにはいかねぇ!!あの時破輩先輩に『その罪、背負ってみせろ』って言葉を掛けて貰ったんだ!!
それなのに、ウダウダ悩んでる様を見せることだけは許されねぇ!!これは俺の問題だ!!俺の手で答えを出さなきゃいけねぇことなんだ!!)」
「(白高城ちゃんのためにも、界刺さんへ“切り込む”ためにもこんな所で立ち往生している暇なんか無い!!私は・・・乗り越えてみせる!!)」
そして・・・内心では強い葛藤を少年少女は抱え、もがき苦しみ、果ては別の事柄に意識を振り向けることでとりあえずの払拭に努める。
1分程経った頃、鉄枷・一厘・春咲・佐野・湖后腹はリーダー達が入院している病室前まで辿り着いた。
「・・・よしっ!んじゃ、行くぞ」
先頭に居た鉄枷が扉のノブを回す。できるだけ普通を保てるよう意識的に表情を制御する。上手くできるかどうかはわからないが・・・それでも。
「破輩先輩!!厳原先輩!!皆で見舞いへ・・・・・・!!!!!」
努めて明るい声を意識しながら発声した鉄枷の言葉が途中で止まった。後方に居た一厘達も鉄枷の異変を察し、部屋の中を覗き込むように前へ出た。その先に居たのは・・・
「よぉ、鉄枷。意外に遅かったじゃないか。予定だともう少し早く来るんじゃなかったのか?」
「別に良いじゃない、妃里嶺。皆、私達の分まで後処理を頑張ってくれてるんだから」
159支部所属風紀委員厳原記立と・・・
「んふっ。時間にルーズな俺には鉄枷達のことをとやかく言えるモンは何も無いなぁ」
「な、何・・・でテメェがこ、こに・・・!!?」
碧髪の少年を目に映した瞬間心臓が止まったかのような錯覚を覚えた。彼がここに居る理由がすぐには思い浮かばない。唯々呻き声のような言葉を発するだけで精一杯だった。
「ん?何でって言われてもな・・・俺この階の病室に入院してるし、顔馴染みの部屋に居ることがそんなにおかしいことか?」
「・・・!!」
「得世さん・・・」
「よう、桜。君までそんなに驚くようなリアクションを取るとはねぇ。ここに居る理由は・・・まぁ色々あるけど、1つはリンリンの申請書を回収するためだよ?」
「申請書!?じゃあ・・・」
「うん。皆の世話になることにした。有難いことだよ。彼女達の善意は無下にできねぇ。絶対に」
鉄枷が瞠目したままの中で、春咲は界刺が口に出した『申請書』という言葉から、彼が学園都市の『外』へ出ることを決断したことを理解する。
他でも無い、自分自身も申請書を提出している。許可が下りるかどうかは不透明だが、当の彼が頷かなければ先へ全く進まなかったのだからこれは大きな前進と言える。
「んで、他には・・・湖后腹」
「な、何ですか!?」
「・・・済まなかった。君へ傷を負わせた。あの時の俺は理性で怒りを抑えられなかった。言い訳がましいけど、これが理由だ。否定に繋がる後悔はしないけど反省はしてる。
破輩にも謝った。勇路先輩のおかげで君の傷は治療されたって聞いてるけど・・・ごめんな」
「ッッッ!!!・・・破輩先輩」
「私は界刺の謝罪を受け入れたよ。私達にも非が無かったとは言えないし、結果的にだがあそこで界刺の攻撃を喰らったからこそ
風路鏡子を確保することもできたし、
お前が初瀬達の救助へ向かうこともできた。・・・まぁ、こればかりは私がどうこう言えない。湖后腹。お前の思うままに決めろ」
「・・・・・・わかりました。俺も界刺先輩の謝罪を受け入れることにします。先輩のおかげで俺達や200人もの一般人が殺人鬼の魔手から逃れることができたのは事実です。
それに・・・破輩先輩が必死になって界刺先輩の頼みを果たそうとした姿も見ていますしね。それに泥を塗るのは俺の本意じゃありません」
「・・・ありがとな」
「いえ。俺も今回の件で色々考えさせられました。今後は、界刺先輩達ともより良い関係を築けていければなと思っています」
界刺の謝罪を受け入れた湖后腹は、心にこびり付いていたモノが削ぎ落とされていく感覚を覚えていた。
一撃必殺の光学攻撃を浴びた身として、彼へ恐怖心が全く無いと言えば嘘になる。実際、先程は界刺の姿を見て絶句してしまったくらいだ。
だが、そんな彼が自分や破輩へきっちり謝罪した。彼も『悪かった』と考えているのだ。能力はそれを扱う者の意思次第でどうにでも転がる。
そして、少なくとも界刺はケジメとして自分達へ謝罪しなければならないと考えるくらいの人間ではあるのだ。
彼の行為で確かに自分達は傷を負った。負ったが、それが別の良い結果を生み出す切欠にもなった。自分は勇路の『治癒能力』にて治療されていることもある。
加えて、リーダー足る破輩が界刺のために懸命に頑張っている姿を目に焼き付けている湖后腹は彼の謝罪を区切りとすることを決める。正真正銘己の意志で。
「・・・界刺君の後悔しなさっぷりは何というか凄まじいの一言に尽きるわね。最近は、その影響が妃里嶺にも出て来てるみたいなのよね」
「ありゃ。そうなの、厳原さん?破輩がねぇ・・・」
「・・・おい、界刺?」
「ん?何さ、破輩?」
「前々からずっと思ってたことなんだが・・・何でお前は私を呼び捨てるんだ?私は高3。お前は高2だ。普通は記立を呼んだ時の『~さん』か『~先輩』だろうが?」
「・・・・・・何となく?」
「『何となく?』じゃ無い!!!お前・・・さては私を軽んじてるな!!?」
厳原を『~さん』付けで呼んだ界刺へ怒り心頭の破輩。不動もなのだが、界刺はずっと自分のことを呼び捨てで呼ぶ。
自分と同じ年齢の椎倉や寒村のことは『~先輩』付けで呼ぶのに、自分だけ呼び捨てであることが破輩にとってはかなりムカつくのだ。
「いやいや。俺とお前は同じリーダーだろ?なら、互いに呼び捨てってのも・・・」
「抗議する!界刺!その場限りの言い訳が私に通じるとでも・・・」
「それに、逆に言えばお前は俺と同い年レベル・・・つまりは高2くらいの年齢に見えるってことにならないか?若く見られるのは老けて見られるよりはマシだと思うけど」
「(駄目よ、界刺君!妃里嶺にそんな場当たり的な言い訳は・・・!!)」
「・・・・・・そ、そうか?私って、わ、わわ、若く見える・・・か?」
「(通じてる!!!??)」
親友
厳原記立は驚愕する。物凄く照れ臭そうに伏し目がちになりながら、嬉しそうな感情を抑え切れないでいる破輩に心底驚愕する。
こんな親友の態度は今まで見たことが殆ど無いと言っていい。それくらいニヤけっぱなしな親友は何処か気色悪くすらある。
「(ふぅ、危なかった。バカ形製が破輩の記憶を『分身人形』で読んだ時に錯乱状態の鏡子から突っ込まれてた内容を速攻で思い出せてよかったぜ)」
一方呼び捨ての理由が本当に『何となく』な界刺は、『分身人形』を操る形製が齎した情報をその場限りの言い訳として上手く活用した。
界刺自身は破輩を『老けている』とは思わないのだが、どうやら当人は相当気にしているようだった。故に、今回の言い訳が何とか通じたのだろう。
「あ、あぁ。少なくとも、俺はお前が老けているとは全く思わないぜ?きっと真刺も同じ意見だろ?」
「そ、そうか。不動も・・・か。・・・ま、まぁそういうことなら呼び捨てされるのも案外悪くないのかも・・・(ブツブツ)」
「(ねぇねぇ厳原さん?破輩ってそんなに老けてないよな?大人っぽいとは思うけど)」
「(え、えぇ。私も界刺君と同じ意見よ。確かに妃里嶺は大人びてるとは思うけど、十分十代後半に見えるわ。・・・そういえば)」
「(うん?)」
「(前に鉄枷君が『老けてる』って言って妃里嶺の『疾風旋風』で吹き飛ばされたことがあったわ。・・・あの時から気にしてたのかしら?)」
「(そりゃまた・・・女性はやっぱ気にするんだろうね)」
「(・・・ちなみに同い年の私を『~さん』で呼ぶ理由は何かしら?まさかとは思うけど・・・)」
「(な、何となくだよ。『委員長』って周囲から呼ばれてるんだろ?だからそのイメージのせいじゃね?)」
「(・・・成程。まぁ、いいけど)」
眼鏡が妖しく光る厳原の追及を何とかいなす界刺。女性にとって外見でどんな年齢を想起されるのかはとても重要な事柄なのだろう。
前に高2の春咲を中学生レベルと見做して鉄拳制裁を喰らったこともある。この手の話題は避けるのが無難である。
「ふぅ。ま、まぁその話は横に置くとして・・・リンリン?申請書をちょーだい。華憐達が病院帰りに提出することになってるからさ」
「え、えぇと・・・・・・えっと・・・・・・」
「・・・白紙かい?」
「・・・・・・」
無言が答えとなり、態度が彼女の置かれている立場を示す。界刺の要請にまともな反応を示すことができない一厘の鞄に入っている申請書は・・・白紙のままである。
苧環達から数日前に渡されていた。証明写真等の準備もしてはいる。だが・・・肝心要の申請書には一切手を付けていない。理由は・・・言わずもがな。
「一応事の顛末は聞いたよ。鉄枷のこともね」
「「ッッ!!!」」
碧髪の少年が自分達の抱いている葛藤を知っていることに目を見開く一厘と鉄枷。彼がこの部屋に居る理由の1つに薄々勘付いていた2人。
特に、赤い鉢巻を頭に巻く少年は碧髪の少年がこの後に続けるであろう言葉を簡単に予測し、そしてその言葉を口に出さないことを瞬間的に祈った。だが・・・
「ふ~む。まぁ、何というか『自業自得』だよね。話を聞く限り、彼等と相対した2人の対応に明確な非は無かった。うん。これは『自業自得』としか・・・」
風紀委員足る彼の祈りも虚しく、『シンボル』のリーダーはそれこそ息を吐くのと同じような感覚でその言葉を・・・『自業自得』という言葉を吐いた。
それは・・・それだけは・・・認められない。鉄枷束縛は『自業自得』という言葉が・・・途轍も無く嫌いだった。
「テメェ・・・」
「うん?」
だから動いた。瞬間的な血の沸騰。風輪で起きた大騒動における黒丹羽の顛末も『自業自得』と一蹴した男への・・・これは挑戦状。
ガシッ!!!
界刺が着る病院服の襟首を掴む。凄まじい形相を浮かべる赤鉢巻の少年が、猛る感情そのままに眼前の男へ向けて吠える。
「俺はなぁ!!!『自業自得』って言葉だけで今回の件も黒丹羽の件も片付けたく無ぇんだよ!!!!!」
「・・・・・・ふ~ん」
「や、止めなさい鉄枷!!」
「うるせぇ!!止めんな、佐野!!前々から思ってたんだ!!『自業自得』『自業自得』って連呼しやがって・・・!!!気に喰わねぇ!!!
黒丹羽も!!風間も!!そりゃ悪事三昧だったんだろうよ!!!だけどな!!あいつ等の顛末を『自業自得』の一言で済ますことだけは絶対に違う!!!
俺達だから・・・あいつ等と実際にぶつかった俺達だからこそ、あんな顛末を向かえるまでに何かできたことがあった筈なんだ!!」
「・・・私も鉄枷と同じ気持ち」
「・・・そうなのかい、リンリン?」
「界刺さんが『自業自得』という言葉に込めたモノはきっと別にあるんでしょう。でも・・・それでも・・・あんな結末を『自業自得』なんて言葉だけで終わらせたく無い!!
白高城ちゃんの苦しみだって・・・『自業自得』の一言で終らせたく無い!!!界刺さん!!前に言ってましたよね!?風輪の件で『ちょっと気になることもあるから後々調べようかな』って!!界刺さんだって、本当は『自業自得』って言葉だけで片付けたく無いんでしょ!!?
だから、今後調査するつもりなんですよね!!?なら、私もあなたに付いて行きます!!!たとえ、あなたが私を排除しようとしても全力で付いて行きますから!!!」
佐野の制止を振り払って猛り続ける鉄枷と、彼の想いに同調する一厘が碧髪の少年へ己が意志を表明する。
2人はずっと考えていた。悩み続けていた。『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』・・・と。
なのに、『自業自得』の一言で片付けられるのは堪ったモノでは無い。これは、風輪の騒動にも通じる事柄である。
「あぁ、その件なら“もう終った”」
「・・・・・・へっ?」
だがしかし・・・何処までも冷静な『シンボル』のリーダーは一厘の決意表明を『調査終了』の名の下に一刀両断する。
「俺が今回の件で怪我を負う可能性を考えていないわけ無いじゃん。なら、面倒な仕事はさっさと終わらせるに限るってモンだ。ようは、もう調査は終わったって・・・!!!」
「う、うう、うううううううぅぅぅっっ!!!!!」
その結果として、界刺は一厘を泣かせてしまった。ある意味において、白高城のために界刺の調査へ同行することを現在の自分自身を立たせる“支え”にしていた少女。
そんな彼女の目論見がご破算となった以上、同時に“支え”も消失する。もはや、まともに立つこともできずに泣き崩れる少女にさすがの界刺もあたふたする中、
今まで沈黙を守って来た159支部リーダーは痛みをおしてベッドの上を動いた後に・・・
ガンッ!!!
「グオッ!!!」
ベッドの端に腰掛けていた界刺の脳天へ拳骨を見舞う。直後鉄拳制裁によって頭を抱える碧髪の少年の首へ腕を回し、
鉄枷から引き離した後に首絞めを敢行する“風嵐烈女”は青筋を立てながらボソボソと言葉を紡ぎ始める。
「(馬鹿!!やり過ぎだ!!!これじゃ、お前をここへ呼んだ意味が無いだろうが!!)」
「(さ、さすがの俺でも鈴音が速攻で泣き崩れるとは思わないっての!!)」
「(先読み得意なお前ならそれくらいまで読め!!)」
「(んな無茶な)」
「(つべこべ言わずにやれ!!この場を何とか収拾しろ!!お前がやったことだろう!!?)」
「(ウゲェ・・・苦しい)」
段々顔が青褪めていく界刺に問答無用で事態の収拾を命じる破輩。これは自分が口を出すわけには“まだ”いかないことなのだ。
特に、以前引っ張り上げた鉄枷に対しては。2人には、何としてでも自力で乗り越えて貰わなければならない。
そして、“自分で立ち上がる足”を殊更求める碧髪の少年ならそれが可能だと考えたからこそ彼の病室を訪れたのだ。
「ハァ、ハァ。・・・・・・なぁ、鈴音。鉄枷。君達は“俺が言った”『自業自得』に関して2つ程勘違いしてることがある」
「・・・勘違い?」
「あぁ、そうだ。まず1点目。『自業自得』ってのは、何時如何なる時も悪いことを指す言葉じゃ無い。一般的によく使われる用法は悪いことを指してる場合が多いけど」
首絞めで息が荒くなっている界刺の『勘違い』発言に泣き崩れていた一厘が反応する。彼は再びの首絞めを何としてでも逃れるため、捲くし立てるかのように説明を続ける。
「自分が行った言動の結果が全部自分に跳ね返って来る・・・これは善いことも悪いことも全部だ」
「だが、テメェは黒丹羽や風間達のことを指して『自業自得』って言ったじゃねぇか!!?つまり、悪いことを指してるん・・・」
「そこが2点目の勘違いポイントだ。黒丹羽は別にして・・・さっき“俺が言った”『自業自得』は、実は風間や西島のことを指していないんだよ?」
「なっ・・・!!」
「ここで問題だ。1点目の勘違いと合わせて考えてごらん、2人共?俺が『自業自得』と称した人間は・・・一体誰のことなのかを」
「「・・・!!!」」
突き付けられる。容赦無く。ある観点において、それは風間達を『自業自得』と称すること以上にキツい代物。
突き付けられた2人はようやく悟る。眼前の男が・・・界刺得世が誰に向けて『自業自得』という言葉を『贈った』のかを。それは、文字通り・・・
「「俺(私)のこと・・・?」」
「その通り」
界刺の前に居る少年少女・・・鉄枷束縛と一厘鈴音へ向けての言葉。
「確かに風間や西島の『自業自得』だけど、それ以前に君達2人の『自業自得』だ。君達が最善を為そうとして・・・誰もが笑って終われるハッピーエンドを目指した結果が・・・
風間達の『討伐』だ。なぁ、鉄枷。君は、『自業自得』って言葉だけで今回の件を片付けたく無いって言ったよね?でもさ・・・それ以外に何があるの?」
「うっ・・・!!」
「その時々の運なんか当てにならない。最初から望むようなモンでも無いしな。だったら、何を信じるか。そりゃ、自分の力だろ?自分の信念だろ?
自分が為したモノがどんな結果になろうとも受け入れる覚悟・・・それが『自業自得』だ。君達はさ・・・あの戦場へ何をしに行ったの?答えろ、鉄枷」
「・・・・・・『ブラックウィザード』の討伐と拉致された一般人の救出」
「だろ?で、その目的はどうなったの?果たされたの?果たされなかったの?」
「・・・・・・一般人全員は救出できた。形としては『ブラックウィザード』の討伐も果たした」
「だね。結果として、君達の行動が今回の事件をひとまずの終結に至らすことに結び付いた。大型スキルアウト『ブラックウィザード』は壊滅した。
一般人の救出も果たせた。薬物氾濫の根元も断ち切った。これは善いことだ。悪いことじゃ無い、君達の『自業自得』だ」
「で、でも私は結果として西島を死なせてしまいました!!これは悪い方の『自業自得』です!!」
「君は、一風紀委員として悪辣非道を繰り返していた敵を『討伐』したんだよ、鈴音?まぁ、西島も風間も自滅だったから『討伐』という言葉が適当かは疑問だけど」
「『討伐』なんかじゃありません!!!私は抱いた憎悪で冷静さを失って・・・」
「本当かい、鈴音?俺は、何だか君の言葉に嘘を感じるんだけどな。君って嘘が下手糞だし」
「・・・!!!」
「・・・ハァ。なんかさ、鈴音も鉄枷も自分の為したことを間違いだって言いたげだよね。否定したがってるよね。
『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』ってさ。・・・無理だよ。あの時の君達にあの時以上の行動が取れたとは思わない」
病室で彼お得意の『詐欺話術』が展開される。他者の持つ世界(こころ)に詐欺(ことば)を突き刺し、他者に新たな世界を得る機会を与える舞台(にんげん)。故に・・・界刺得世。
「君達2人の行動が結果として風間達が自滅する切欠となった。成程。確かに、これは悪い方の『自業自得』なのかもしれない。
でもね、君達“2人”は知ってるかな?君達が戦線離脱した東部戦線の穴を『六枚羽』を撃墜した真刺達が埋めたことを」
「「ッッ!!?」」
「・・・駆動鎧部隊と旧型駆動鎧や構成員の混成部隊との衝突だった東部戦線において、もしかしたら君達2人の力は大して必要じゃ無かったのかもしれない。
でも、選ばなかった未来に殊更執着する君達の思考を当て嵌めるのなら必要だったかもしれない。んで、その未来を真刺達が肩代わりしたような形になった。
『シンボル』のリーダーである俺から言わせれば、『六枚羽』との戦闘とかで消耗している真刺達を東部戦線へ送り込まざるを得なかった君達2人の精神状態の『不良』こそが、
より悪い方の『自業自得』だ。何たって、風紀委員である君達が抜けた穴を『シンボル』のメンバーである真刺達が命懸けで穴埋めする羽目になったんだから」
界刺が告げるは、後悔に苛まれるが故に上の空で後処理を行っていた―また、2人に配慮して佐野達が進んで公開しなかった―鉄枷達の脳内には無かった事実。
椎倉達の判断で花盛支部リーダー冠と共に戦線を離脱して以降の詳細について今尚思考を働かせていなかった2人。そこを“詐欺師”は突いて来た。
ちなみに、界刺は不動達が東部戦線へ参戦したことに対して特に文句があるわけでは無い。不動達が決めたことに口を挟むつもりは毛頭無い。
鉄枷達の気持ちも部外者なりに察している。それでもあえて言及するのは、全ては鉄枷と一厘に『自業自得』の真意を理解させるためである。
「何でそこで茫然自失状態になってんのさ?戦いはまだ終わってなかっただろ?特に、無傷だった鉄枷は十分戦える力があった筈だ。それなのに戦線離脱?
それは、命懸けで戦ってる人間に対してどうなの?風間達の死を嘆くのもわかるけどさ、その点については振り返らないの?風間達の死を言い訳にして振り返らなくてもいいモンなの?」
「うっ・・・」
「そんな人間が、どうやったら自分の実力以上のことを為せるんだ?それこそ『自業自得』ってヤツだよね?湖后腹なんか、最後まで頑張ってたそうじゃないか。
佐野も破輩も、成瀬台強襲時を含めるなら厳原さんも仲間がどれだけ傷付いても最後の最後まで歯ぁ食いしばって頑張ってたそうじゃないか。
網枷を失った176支部の加賀美や神谷達も、懸命に聳え立つ“壁”を乗り越えようと『元』仲間の死を抱えながらもがいてる。
そこに来て、今回途中で戦線離脱しちまった鉄枷と一厘が考えるのは自分が為したことを否定するための・・・自分(テメェ)の粗探し。
しかも、その様子だと佐野達に碌な相談もしてねぇよな?まぁ、今回の件は相談していいモノかどうかの判断は難しいからとやかく言わねぇ。
でもよ、思考しなきゃいけないモノの順番を間違えてねぇか?思考するモノをごちゃ混ぜにしてねぇか?『自業自得』1つとっても善い・悪いを混同してるし。
鉄枷。鈴音。ここが今回の件で最後の踏ん張り所だろ。停職中含めて丁度159支部メンバー勢揃いの病室だ。何なら、情報整理くらいは俺も“ついで”で付き合ってやるよ。
一丁ここで色んなモン整理して、テメェ等が抱えるべきモンと抱えなくていいモンの区別をやっちまおうぜ?どう思う、皆?」
『シンボル』のリーダーとして、“風嵐烈女”へ誠意を示すために界刺は申請書回収の“ついで”として鉄枷と一厘を立ち直らせるための提案をする。
部外者だからこそできる提案。当事者では無いからこそ言及可能な言葉の数々。これに類似する経験は彼自身も先程したばかりだ。
前者はともかく、後者は今回の件に関わっていない者達の暖かな言葉が少年を元気付けた。今度は・・・自分の番だ。
「途中でリタイアした私にとって界刺君の言葉は耳に痛いけど・・・それでもやらなくちゃね」
「停職中の私にとっても結構耳に痛いですけど・・・鉄枷君達のためにもここは・・・」
「仲間として鉄枷先輩や一厘さんが抱えるモノの仕分けくらいは・・・」
「当然こなさなければなりませんね。全く・・・鉄枷に遠慮という感情を抱いてしまったのは悪い方の『自業自得』ですかね」
「お前等・・・!!」
「皆・・・!!」
当然部外者に好き勝手させるわけにはいかない。たとえ、部外者の言葉が重宝できるモノであったとしても仲間のことを一番良く知っているのは自分達である。
以前は春咲の件等でその辺が揺らいでしまったが今は違うと断言できる。できて・・・それでも鉄枷達へ言葉を掛けられなかった重みを佐野達は痛感する。
「鉄枷・・・一厘」
「「破輩先輩・・・」」
「少々回りくどい方法だったな。・・・リーダーである私は、今から始まる仕分けに口を挟むつもりは・・・最後を除いて基本的には無い。
鉄枷にしろ一厘にしろ、今まで色んな経験をして来ている筈だ。悩み、苦しみ、もがいてもがきまくって、その末に答えを出して来た筈だ。
だったら、今回もお前達の手でお前達なりの答えを掴み取れ。この私の部下だ・・・半端な答えを私に示してくれるなよ?」
「「・・・はい!」」
ベッドの上で踏ん反り返っている―直後に脚の痛みで枕へダイブする―159支部リーダー破輩の言葉に、鉄枷と一厘はいよいよ覚悟を決める。
どんな答えを見出せるかはわからない。でも、部外者含めて自分達のために頑張ってくれる人達が居る。今はそれだけで十分だ。
反省も後悔も自責も『自業自得』も何もかも、この瞬間から全てリセットする。その上で仕分けする。
前へ向くために・・・未来へ向けて歩むために・・・失われた命をもう一度捉え直す。その果てに、【『ブラックウィザード』の叛乱】における自分達なりの区切りを・・・着けてみせる。
「・・・んふっ。ねぇ、佐野?改めて振り返って、西島達への2人の行動についてどう思う?この際、俺が指摘した東部戦線とかの話題は削ろう。焦点を1つに絞るんだ」
「そうですね・・・まず一厘さんに関してですが、当時取った行動に非は無いでしょう。一厘さんは西島の行動に怒りながらも状況に即した行動を果たしていたと私は思います。
その点については、一厘さんが抱えるモノでは無いでしょう。鉄枷も同様です。相手の能力が不明であった以上、拙速は禁物です。私でも鉄枷と同じ行動を採ったでしょう。
結果的に西島と風間が死んでしまったことに関しては『抱えるな』という方が無理だとは思いますが」
「佐野先輩・・・」
「佐野・・・」
数日前の出来事を10分程で纏め、口に出して整理した後に界刺は佐野へ問い掛ける。この議論において界刺は主に進行役及び情報整理を担当する。
今回は殊更口を出すのは慎むべきだと彼は判断していた。これは、159支部の人間が中心となって行うべき代物なのだ。
「厳原さん。鈴音が助けた『ブラックウィザード』の構成員2人はどうなったんだっけ?」
「2人共大事には至らなかったわ。こことは別の病院に入院してる。・・・今朝妃里嶺と共に警備員の人から聞いたわ。・・・『助けてくれてありがとう』って言ってたって」
「ッッ!!!」
厳原の言葉に一厘の瞳が揺れ動く。それは、彼女自身が失念してしまっていたこと。西島との戦いにおいて、彼が『加速弾丸』の砲弾代わりとして射出した構成員を彼女は何とか助けた。
事の経緯から彼等が五体満足で居られたかについては当時はわからなかった。西島と交戦中だったのだから当然ではあるが・・・それが今ともなれば話が違って来る。
今の一厘には2人の容態を調べる術も、時間もあった。なのに、西島の死に全ての思考が向かってしまっていた。無論仕方無いと言ってしまえばそれまでである。一厘も瞬間的にそう考えた。
故に、少女は気付いた。『「自業自得」なんて言葉だけで終わらせたく無い!!』と吠えた自分が『「仕方無い」という言葉だけで終わらせる』思考をしてしまった事実に。
『誰もが最後は笑って終われるハッピーエンドに辿り着くために、他者を理解する努力を貫く』信念を持つ自分が、救った者達へ思考を振り向けていなかった現実に。
「・・・鉄枷」
「破輩先輩・・・」
「基本的に口を挟むつもりは無いんだが・・・お前はどう思う?昔女子生徒を救うためにスキルアウトを病院送りにして・・・悩み苦しんで・・・
ずっとスキルアウトを見舞って・・・結果として1枚の手紙を得ることができたお前は・・・一厘にどんな言葉を掛ける?」
「・・・!!」
「あの時お前を助けた私の言葉・・・まさか忘れてないよな?」
「わ、忘れるわけ無いっす!!!」
「そうか・・・界刺はどう思う?」
「さぁ?俺は進行役兼情報整理さ。俺が口を出したらまた鉄枷に襟首を掴まされそうだし。でもまぁ・・・一言だけ言うなら『勉強になる』かな」
「勉強?」
「うん。俺もさ、今回の件で色々考えることがあってね。今は、改めての人間観察に勤しんでる最中なんだ。
だから、『あぁ。鉄枷も鈴音も、ずっと繰り返していく中で少しずつ階段を昇っていくんだなぁ。俺もそうだよなぁ』なんて考えてた。んふっ」
「他人事だな」
「そうだよ。文字通り他人事。んで、その他人事から自分を振り返る。理に叶ってるでしょ?んふっ・・・今の言葉はお前が言ったことと殆ど変わらないと思うぜ、破輩?」
「・・・・・・ハァ。言葉の表現が違うだけでこうも受け取り方が違ってくるんだな。私もお前を見てそう振り返るよ」
「そっ。んふっ」
界刺の胡散臭い笑み―何処となく本当に嬉しそうな笑み―を眺め破輩は深い溜息を吐く。この男の性格は本当に面倒臭い。言ってることが的を射ていることも余計に面倒である。
確かに、界刺が口を出すと色々とややこしそうではある。最終的には纏まると確信してはいるが。それに・・・
「(私の顔を立てているんだろうな。部外者である自分より159支部リーダーの私が・・・という風に調整してるんだろう。全く・・・余計な気遣いを)」
進行役兼情報整理として、ある程度の距離を保ったまま議論に参加している真意も同時に掴む159支部リーダー。自分以外でも厳原や佐野あたりは薄々勘付いている筈だ。
故に、界刺もまずはこの2人に問いをしたのだろう。そして、2人共彼の真意を汲み取って踏み込んだ発言をした。破輩もまた同じく。
「・・・リンリン」
「・・・何よ、鉄枷?」
「破輩先輩が言った話・・・前にお前にもしたよな?」
「・・・・・・手紙や見舞いの件は聞いてないけど?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・背負い方が・・・わからねぇ、ん、だ・・・よな?」
「・・・・・・・・・鉄枷も?」
「・・・・・・あぁ。死んじまった・・・から、な」
「・・・・・・そう。・・・・・・・・・私も」
途切れ途切れの会話に少年少女の心意が如実に現れていた。そう・・・2人はわからないのだ。わからなかったのだ。
目の前で起きた死を・・・目に焼き付けた敵の死をどうやって背負えばいいのかを。
「一厘さんも鉄枷先輩も・・・本当はわかってたんすよね。自分の採った行動が間違いじゃ無かったってことに」
「・・・ぶっちゃけ湖后腹の言う通りだ。あれからずっと考えてた。『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』ってな。
でも・・・思い浮かばねぇんだ。あの時以上の行動が。実力不足って言っちまえばそれまでだがよ」
「・・・わかってたの。本当は湖后腹君や佐野先輩達に相談しなきゃって。『皆の力を貸して欲しい』って・・・『私1人じゃできないことを、皆の力でやり遂げたい』って・・・
前に私自身が言った言葉を・・・今もずっと。でも・・・できなかった。何でだろ?わかってるのにできない。いや・・・しなかったのは何でだろ?」
一度堰を切れば後はどんどん流れる。鉄枷と一厘の本音が皆の前へ示される。
「湖后腹。君はどう思う?2人が何故そんな思考に至ったのか・・・わかるかい?」
「・・・・・・これはあくまで俺の推測っすけど・・・『自業自得』って言葉と関連するんじゃないっすかね?」
「「ッッッ!!!」」
「・・・詳しく」
「つまりですね、鉄枷先輩も一厘さんも自分の採った行動が間違いだったと“決め付けたがった”んだと思うんです。界刺先輩が指摘したように。
『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』・・・これって、言い換えれば当時の行動を間違いだったって言い張ってるのと同じじゃないっすか。
そして、俺達に相談を持ち掛けたらどうやったって『それは間違いじゃ無い』って言葉を贈られるに違いない・・・そう2人は無意識の内に考えたんだと思うんです。
今までのやり取りを見て思ったんですけど・・・俺は2人が『自業自得』を望んでいたようにさえ思うんです。もちろん2人に対して・・・加えて悪い意味の方で。
だから、界刺先輩の『自業自得』を西島や風間に対して向けたモノと勘違いした時にあれ程激昂したんじゃないかって。
だから、善い意味の『自業自得』って諭された時にあんなに困惑したんじゃないかって。どう・・・ですか、界刺先輩?」
「・・・んふっ。それは、俺へ聞くことじゃ無いなぁ。そこで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてる2人に聞くことだよ。ねぇ、鉄枷?鈴音?」
湖后腹の推測に満足気な表情を浮かべる界刺は、視線を驚愕によって顔の筋肉を強張らせている少年少女へ向ける。
「「・・・・・・」」
「まぁ、湖后腹の推測通りなら自分なりの背負い方がわからないのも当然だよな。理由は・・・言わなくてもわかるか。
破輩。そろそろ議論を締め括る言葉の1つでも頂戴。ここはリーダーらしくビシッと決めてくれよ」
「・・・あぁ」
絶句。無言。沈黙。2人の様子を表現する言葉は幾らでもあるが、共通するのは『自業自得』という言葉だけで終わらせたく無いと訴えた自分達が、
本当は誰よりも『自業自得』という言葉で責められたかったという矛盾を認識し何の言葉も発することができない状態であること。
その様子をリーダー足る破輩は確と己が瞳に焼き付け・・・自身の歩んだ轍を思い出しながら・・・重い口を開く。
「・・・私は、風輪の騒動で怒りのままに黒丹羽を吹き飛ばした。それに比べれば、怒りながらも状況に即した行動を採った一厘の行動は決して否定されるようなモノじゃ無い」
「破・・・輩、先輩・・・」
「“だから辛いんだろう”?間違いじゃ無かったのに結果として死なせてしまったことが。鉄枷も。・・・すぐに答えを見出せというのは酷だったな。撤回するよ」
「破輩・・・先輩・・・」
「正直私もお前達がどうやったら正しく背負えるかはわからない。やはり、これはお前達が独力で答えを見出す必要がある。他人の意見そのままというのは、やはり齟齬が出る。
自分なりに他人の意見を咀嚼し、自分の意見と照らし合わせた先に見出せるモノがきっとある筈だ・・・くらいしか言えないな。ハァ・・・何とも情けな・・・」
「そういや、西島って野郎はダチや恋人が無能力者狩りだったことが非行に走る原因だったっけ、厳原さん?」
「・・・?え、えぇ・・・それが?」
破輩は正直に述べる。自分には鉄枷と一厘に答えを示すことができないと。やはり、これだけは2人が自力で答えを見出さなければならない。
そのヒントを与えてやりたがったが、2人の受けた衝撃―死―の大きさに見合うだけの材料が無いことも重々理解している“風嵐烈女”の苦渋の表情を横目で眺めた“詐欺師”が・・・動く。
「鈴音」
「・・・はい」
「もし、君が今回の件を君なりの背負い方で背負いたいってんなら・・・西島の過去を徹底的に調べてみるといい。風紀委員として・・・ね。
それは・・・もしかしたら君のお友達のためにもなるかもしれない。鉄枷。お前も一緒に調べてみろ。何か掴めるモンがあるかもしれねぇ」
「テメェ・・・!!」
「徹底的に調べるって言っても慎重にな。どうせ、派手に動いても慎重に動いてもバレる時はバレる。なら、可能な限り露見を遅らせるためにも殊更慎重に。
確か、もう少ししたら新しい風紀委員が159支部にも配属されるんだっけか。なら、結構ドタバタする筈だ。そこを・・・上手く利用すればいい。
何なら、“第5学区にある”成瀬台支部を含めた他支部がこの病院へ集まってる機会を利用して根回ししておくのも有効かもな。相手は1人じゃ無ぇぞ?常にアンテナを張っとけ」
「界刺・・・お前・・・」
「破輩。悪いけど、俺が言えるのはここまでだ。あんまお前等に情報を与え過ぎると、与えた情報に即したお前等の行動で情報の出所を怪しまれる。
『何で風紀委員が俺達の情報を掴んでる?』ってな。断っておくけど、俺も全部知ってるわけじゃ無ぇからな。その時々の判断はお前等自身が決断しろ。
【『ブラックウィザード』の叛乱】を契機に調べるっていう入りならそう簡単には怪しまれない。西島と実際に相対した風紀委員が159支部には居るんだからな。
きっと、お前等が西島の過去を洗うなら“連中”に辿り着くだろう。そいつ等は、お前等だけじゃ無く俺達『シンボル』へ危害を加える可能性もある。
東雲並に頭が切れる野郎も中には居る。東雲とは別方向に狂ってる野郎も中には居る。そんでもって・・・『相手は1人じゃ無ぇぞ?』って言葉をずっと覚えてるんだ。
下手をすると・・・“
風輪学園に支部を置く”お前等が中心に動くとなると・・・相当面倒臭くなる。逆に言えば、色んな問題が一気に解決するかもしれねぇんだけどな」
続々と新情報を漏らし続ける界刺に159支部メンバーは瞠目するしか無い。彼の言葉は、今後起こり得る可能性を端的に示すモノだ。
おそらく、一厘が同行すると言い張った調査の内容を彼なりの匙加減で教えてくれているのだ。
その上で、彼は一厘と鉄枷に今回の西島達の死を正しく背負う材料となり得る可能性を掲示した。
「勘違いすんな。これは持ってる情報量の違いってだけの話だ。もし、俺が持つ情報を破輩が持っていたとしたらさっきの締め括りでちゃんと掲示してたと思うぜ?なぁ、破輩?」
「・・・・・・」
「・・・落ち込むなって。こんなことでしょげんなよ。何なら気合い入れてやろうか・・・(ガンッ!!)」
「痛っ!!?」
そのためにとでも言うべきか、途端に気落ちする破輩へ先程のお返しとばかりに拳骨を見舞う界刺。
この程度のことで人間の評価が大きく左右されることなど有り得ない。界刺は今回の件で破輩を心底認めるようになったのだ。
そんな人間が自分の言葉で早々気落ちされても困るし・・・何より気に喰わない。あの時あの場所で界刺得世に熱く語り掛けた破輩妃里嶺なら・・・
「俺達と対等な関係を作るんだろ?俺もその気でいるんだぜ?お前が俺へ語った言葉を、今の俺は一言一句思い出せる。俺はお前を心底認めてんだ。こんなんで気落ちされ・・・」
「年下が・・・偉そうに語るな!!オラァッ!!!」
「グアッ!!!」
自分の偉そうな言葉に上から目線で怒鳴り返して来る筈だ。そう考え・・・しかし頭をグリグリしながらとは予想してなかった界刺は頭痛に似た激痛に苛まれる。
見れば、リーダー足る少女の表情は決して暗いモノでは無くなっていた。そんなリーダー達の姿に、周囲に侍る少年少女達は思わず吹き出してしまった。
「プッ!あぁ・・・こんなことなら、もっと早くに皆に相談しておけば良かったんだなぁ」
「・・・リンリンの意見に同意するぜ。俺もまだまだだ。・・・調査は何時からするんだ、リンリン?」
「・・・界刺さんと一緒に『外』へ行って帰って来てからかな。本格的な調査は」
「一厘さん・・・!!」
「春咲先輩・・・正直私も疲れちゃってて。こんな状態で調査を始めても上手くいかないと思うんです。私なりに色々整理したいですし」
「それじゃあ、一厘さんのためにも俺達は後始末がてら事前準備をしておきましょうか?」
「良い案ですね。【『ブラックウィザード』の叛乱】の後始末で私達はドタバタ状態です。新たな風紀委員の配属と同じくらいの隙はできるかもしれません」
「なら、私は入院中のこの機会を利用して妃里嶺と一緒に他支部の人へ話を持って行ってみるわ。まずは・・・」
「・・・よしっ!ぶっちゃけ、ここで立ち止まってるようじゃ男が廃るってモンだ!!佐野!!湖后腹!!破輩先輩や厳原先輩達に負けてらんねぇぞ!!」
「一番ウジウジしていた鉄枷が何言ってるんですかねぇ」
「ウッ!!!佐、佐野~!!」
各々が【『ブラックウィザード』の叛乱】に関わる全てのことにケジメを着けた・・・とは思っていない。多かれ少なかれ“しこり”は未だに残ったままだ。
ならば、それ等をしっかり抱えよう。仕分けをした上で背負おう。明確には見えないが、可能性という道無き道が先には―過去にも―ある。それがわかっただけで今は十分。
これが現時点での1つの区切り。少年少女達が『自業自得』の名の下に掴んだこの想いは・・・絶対に忘れることは無い。
「まぁ、まぁ2人共落ち着いて・・・あっ!」
「うん?どうしました、湖后腹?」
「ドタバタしててすっかり忘れてた・・・。皆、聞いて下さい!」
「何だ、湖后腹?」
「界刺先輩のためとは言え、破輩先輩が風路鏡子さんを助ける時に我儘言って俺の助勢を拒んだんですよ!!」
「ッッッ!!!!!」
「な、何だと!?そりゃ本当か、湖后腹!!?」
「はい!!肩や脚に怪我を負ってるのに自分1人だけの力で何とかしたいって言い張って・・・」
「それはいけませんね。これはこれは、鉄枷や一厘さんなんて目じゃ無い問題行動ではありませんか。黒丹羽の件とはまた違う問題です」
「や、やっぱりそうですよね。破輩先輩も『後で皆からボコボコのケチョンケチョンにされてもいい』・・・みたいな覚悟を吠えていましたけど・・・」
「へぇ・・・。だったら、望み通りに私達の手で地が気弱な破輩先輩をケチョンケチョンにしちゃおう!!覚悟はいいですか、破輩先・・・」
「界刺!!そのままGO!!!」
「何で俺が!!?・・・(ビュ~!!!)」
「「「「・・・逃げた」」」」
「妃里嶺・・・貴方・・・」
部下の告白を聞いた瞬間ベッドの横に備え付けられていた車椅子に乗り、片腕が使えない界刺に押させて瞬く間に病室から逃走したリーダーの姿も。
「何で、俺まで巻き添え喰らってんの!?」
「う、うるさい!!あいつ等、最近私に遠慮が無くなってきてるからな!!何をされるかわかったモンじゃない!!
あの状況じゃ、適切以上にボコボコのケチョンケチョンにされていた可能性も十分にある!!これは皆のことを考えた戦略的撤退だ!!文句あるか、“変人”!!?」
「すげぇ言い訳だな!てか、俺ってば怪我人なんだけど!」
「私だって怪我人だ!!」
「何か、最初に会った時に比べたら随分丸っこくなったなぁ・・・お前。それも気弱な地?」
「さ、さぁ?どうだろうな?フフン!」
病室から逃走した界刺と破輩は、互いにグダグダ言い合いながら当ても無く病院の廊下を彷徨う。さすがにここは病院内。
余り派手な言動はできない。かと言って、このままウロウロし続けるというのも何かと面倒である。
「ハァ・・・んで、どうするよ?このまま何時までも廊下をウロウロするわけにもいかねぇだろ?休憩室にでも行くか?」
「そうだな・・・・・・そういえば、不動達はどうしたんだ?確か、見舞いに来ていると聞いたが?ちなみに、私達の所には来てないぞ。全く、来てるなら顔を出しても・・・」
「あぁ・・・真刺達は花盛支部の風紀委員が入院している部屋へ行ってるらしい。まず俺の部屋に来たんだけど、丁度その時は俺自身が不在だったから」
「花盛支部の・・・?」
「うん。成瀬台が強襲された時に真刺が直接助けた娘の見舞いだってさ」
「娘・・・?」
等という会話を経て、当面の居場所を花盛支部の面々が入院している部屋に定めた界刺と破輩は行き交う患者やその家族を横目にしながら該当する部屋の前へ到着した。
不動がこの先に居ると聞いて、何処か嬉しそうな表情を浮かべる破輩が入室するために扉をノックしようとした・・・その時!!
ガタン!!!
室内から大きな物音が聞こえて来た。何かが地面へ落ちたような音に、瞬間的に破輩の顔色が変わる。
『光学装飾』にて事態を把握できる界刺が居ることも頭に無く、“風嵐烈女”は勢い良く扉のノブを回した。
「おい!!!何か大きな音がしたが大丈・・・」
逸る心を抑えながら破輩は花盛支部の面々の無事を確認しようとする・・・がその途上で声が止まる・・・否・・・止まってしまった。何故なら・・・
「だ、大丈夫か?」
「は、はい・・・」
だて眼鏡を掛ける少年―
不動真刺―が病院から支給された服を身に着けている少女―
山門撫子―を抱き抱えていたからである。
どのような経緯でそうなったのかはわからないが、今の破輩はそこへ思考を働かせてはいない。今の彼女は、室内に居る他の花盛支部メンバー等でさえ眼中に無い。
最も・・・最も重要なのは不動に抱き抱えられている“クールビューティー・ヤマトナデシコ”と称される山門撫子の表情である。
中性的な雰囲気を醸し出す彼女の無表情振りは耳にする噂だけでは無く、実際に風紀委員会のメンバーとして働いた折に何度も目にした。
過去の出来事を契機として、感情を表に出すことをしなくなったクール少女。それが山門撫子という少女・・・であった筈だ。
だが・・・己が瞳に映る光景は何だ?これは、“詐欺師”お得意の幻影か?・・・いや、違う。破輩はそう判断する。眼前の光景を。目の前にある現実を。
「あ、ありがとう・・・ござい、ます・・・///」
『不動に抱き抱えられて頬を朱に染める山門』という光景は幻影でも光学偽装でも無い厳然足る事実であることを、破輩妃里嶺は酷く冷めた笑顔を浮かべながら認識する。その瞬間・・・
ピキッ!!!!!
彼女の後方で車椅子を押していた界刺得世は後にこう振り返っている。『あの瞬間、破輩のこめかみからブチギレ特有の“音”を聞いたような気がした』・・・と。
continue…?
最終更新:2013年09月23日 01:11