トループ』が結成されてから二日経った頃、俺澤村慶は各トループチーフと一緒にメンバーの配属先について最終的な議論を行っていた。

「Mr.澤村。薊が俺の【先駆部隊】への配属を強く希望してるがどうする?俺としては碓氷の方が戦力的に欲しい人材なんだが」

「その碓氷だが僕の【中核部隊】配属を強く希望している。僕もディオンと同意見なんだが当人二人の意見がこうも真逆になるとは」

「蘭とマチって案外いいコンビになりそうよね。うふっ」

(髭剃りを片手に髭を剃るために顎を泡立たせながら議論に参加してる奴の台詞とはとてもじゃないが思えないわ。俺もキャンディー咥えながら参加してるが)

御山のこういう姿を見るとやっぱ男なんだなと思っちまう。とにかくギャップがすげぇな。

「初老の爺さん的には薊は【中核部隊】所属がいいんだっけか相棒?」

「あぁ。彼女が所有する精神干渉防護機能付駆動鎧『メンタルパワード』は僕達にとって今後有益な兵装となる可能性が高い」

別組織に追われていた薊が持っていた研究データ。そこには精神操作系能力に対抗するための機器開発に関するデータがあったんだ。
その成果らしい駆動鎧『メンタルパワード』頭部には精神操作系能力を防ぐ機能が備わっている。
だが、俺の能力を防げなかった点からして完璧とは言い難い。そこで爺さん中心にデータを精査したところ現状防げるのは強能力者レベルギリギリまでと判明。
現在渡瀬の能力精神均衡(ステディステート)を参考に、防護可能な範囲を強能力者全体にまで拡大させようと爺さんが試行錯誤を開始した。
渡瀬の協力を仰いでいるし本来は【中核部隊】に所属するのが自然だと渡瀬は判断していたんだが当の本人が【先駆部隊】配属を強く希望ときたもんだ。

「マチって渡瀬君に夢中よね。彼女が【中核部隊】配属を熱望する気持ち、あたしわかる気がするわ」

(オカマに同情されるとは碓氷も想像だにしてないだろうな)

「僕への忠誠心は忠誠を受ける者として有り難いとは思う。しかし、それも度を越せば許容できなくなる」

「あら。女心は蔑ろにする事自体あたしにとっては許容できない事だと思うんだけどな」

碓氷は確保の際説得に当たった相棒に心酔してるらしく、俺はもちろん渡瀬と同格のディオンや御山に対して結構ぞんざいな態度を取っている。
相棒。お前どんな説得をしたんだ?あいつの心酔っぷりは結構異常だぞ。

「なぁ相棒。本人のやる気にも差し障るし、ここは薊と碓氷両方の意見を認めてやってもいいんじゃねぇか。
俺としても戦闘力に欠けるお前の傍に碓氷がいるのは良い事だと思うぜ?薊も結果を欲しがってそうなんだろディオン?」

「Mr.の言う通りだ。だがああいうタイプは大抵功を焦る余りミスするリスクを孕む。俺としては正直使いにくい」

「劔の方が色々やばそうだと思うけどな」

「弓塚は任務の時はきっちり自分なりの線引きを行える。容赦の無さをうまく扱えればそこまで問題にはならない」

へぇ。そういう見方もあるのか。年の功ってやつか。チームを組んでの行動経験も長いらしいし。薊。希望するのはいいが焦って行動するのだけは控えろよ。

「・・・ではこういうのはどうだろう皆」

「渡瀬君。何かいい案思い付いた?」

俺とディオンの話を聞きながらずっと思考を重ねていた渡瀬が解決案を口にする。要約すると【中核部隊】に所属するメンバーを時と場合に応じて柔軟に運用する事とでも言うのかね。

「【中核部隊】には碓氷や栩内のように前線で活躍を期待できるタイプもいれば僕や初老のように後方での活躍が期待されるタイプもいる。
それを何時如何なる時も一箇所に固め置くというのは硬直化が過ぎるとも言える。ディオン。【先駆部隊】にはもうすぐ結成される下部組織〔トルーパー〕からも必要な時は戦闘員を確保する予定だったな?」

「そうだ」

「そこに【中核部隊】の一部も加えよう。基本僕や初老は【後駆部隊】の面々と共に後方支援に徹するだろうが必要な場合は碓氷や栩内を【先駆部隊】へ派遣する。どうだ?」

「・・・良い案だ。それなら薊の配属も受け入れよう。『メンタルパワード』の実戦データ採取も必要になるだろうしな。俺はそれでいい」

「渡瀬君。マチはどうするの?」

「碓氷には僕の専属の護衛として基本的には同行してもらうことにする。それなら碓氷も【先駆部隊】へ派遣を了承するだろう。異論は?」

「あるわけないじゃない!マチや蘭も喜ぶでしょうね。よーし。〔トルーパー〕の【先駆部隊】への戦闘員派遣の件、あたしが話を通しておくわ。
〔トルーパー〕は【後駆部隊】が指示を出して動かす事になってるしね。滞りなくやっておくわ」

「頼む」

(おおおおぉぉぉ。すげぇな相棒。俺なんかよりよっぽどリーダーに向いてんじゃね?)

正直ちょっと落ち込むな。オヤジから話は聞いてたけど組織を動かす渡瀬の指揮能力は俺なんかよりよっぽど上だ。
碓氷あたりからしたら『何でこんなボンクラが渡瀬チーフより上なんだよクソが』みたいな印象なんだろうな。う~ん。どうしよっかマジで。





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「へぇ。Mr.はあの有名な木原一族と戦った経験あるのか?」

「木原一族と戦った経験があるのかだって?あぁ。何度かな。そうだなぁ。その中でも木原乖離(きはら かいり)って奴が結構記憶に残ってんな」

「どうして戦闘まで発展したんだ?」

「何時だったっけか。そうそうありゃクリスマスだったな。その時丁度オフでさ。前に仕事で護衛を承った施設のチャイルドエラー達にキャンディーのプレゼントに行ったんだ。
わざわざサンタの格好して付け髭してクリスマスプレゼントのキャンディーがタンマリ入った袋担いでさ」

「へぇ。それも一種の風流だねぇ」

「そしたらよ。その施設を襲撃してチャイルドエラー達を拉致しようと活動中の集団に出くわしてさ。すっげぇむかっ腹が立ったからその場で全滅させて。
その後も矢継ぎ早に武装集団が来てそいつ等全員返り討ちにして。連中の通信から指示役の居場所割り出して殴り込みを掛けた先に木原乖離がいたわけだ。
あいつもそこそこ驚いてたな。サンタ姿の男が自分のアジトに乗り込んできたんだからさ」

「殺したのか?」

「いや。そこはさすがの木原一族。予想外の抵抗にあって仕留め損なった。追撃しようとしたらオヤジが介入してきて結果水入りさ。
上の方で話をつけたんだろうな。それからはあのクソ野郎に手を出すなって話になって現在に至るって感じ。消化不良だよ正直」

「あの木原に単身で挑むとかやるなぁMr.」

「元々俺はずっと一匹狼だったからな。乖離との一戦もオヤジに相談せずにおっ始めたし。今もその頃の癖は全然抜けてないわ」

メンバーの配属先も決定し、今は僕の前で澤村とディオンが世間話がてら色々情報交換している。
互いに持っている武装の類似点やら今までの戦闘経験やら僕の視点から見ても有意義な話に発展している。良い傾向だ。

「澤村君。今度結成する〔トルーパー〕の主要構成員の中に一人厄介な娘がいるのよ。ちょっと力を貸してくれない?」

「貸してくれないかって?いいぜ。俺の網様一座でできる事なら」

「確か澤村君の能力がオールトループチーフに任命された一番の要素なんだっけ?」

「あぁ。お前等の前でこんな事言うのもアレだが、オヤジの話だと“非常時”に俺の能力が鎮圧処理として最も優れているからだそうだ」

「Mr.のオヤジ殿はまだまだ俺達を信用しちゃいないってわけか。これは骨が折れそうだ」

ディオンの言うようにあの男・・・オヤジだったか。奴は強大な戦力を有する事になった『トループ』で万が一反乱が起きた場合の事も考えて澤村をトップリーダーに任命した。
ようは“非常時”の処理能力として最適な網様一座の力を見込んでいるのだ。当然澤村自身が反乱を起こした場合の事を考えていないわけじゃないだろう。僕の存在がその対策の一つである事は明白だし。
まあ御山やディオンと突っ込んだ話を行えるようになっているのはいい事だ。まずは幹部クラスとコミュニケーションを取っている澤村の判断は正しい。

「木原乖離と言えば、最近奴が組織する部隊とある組織が幾度も衝突を繰り返しているらしいな。澤村。知ってるか?」

「噂程度だけどな。確かチャイルドデバッカーとかいう組織じゃなかったっけ?」

「オヤジ殿が送ってきた『観察対象』の一覧に名前があった筈だな。御山?」

「ちょっと待って。・・・はいディオン。皆も。これがその資料よ」

御山が司令室の大画面へ議論に上がった『観察対象』のデータを映し出す。僕も前々から耳にしていた。
チャイルドエラーを救済するために組織された集団。極悪非道な実験を繰り返している研究者の下からチャイルドエラーを救う彼等はチャイルドデバッカーと名乗っている。
僕達暗部は汚れ仕事も請け負うが、何も世間一般で言う悪行ばかりしているわけでは無い。元々学園都市の治安維持を裏から担っているのが暗部だ。
『闇』で長年活動している澤村がチャイルドエラーの施設を護衛し、子供達を木原一族から守った事からして僕の言っている事の正しさは証明される。
話を戻すが、チャイルドデバッカーがやっている事は僕達暗部の仕事の一環にもなり得る活動だ。当然非合法なのは言うまでも無い。

「こいつ等がまだ『観察対象』に収まっているのは何で・・・・・・『今後正式に俺達へ観察業務を命令する可能性がある』とさ。
オヤジ殿も気を回してくれてるのかね。俺達もまだまだチームとしちゃ生まれたての赤ん坊も一緒だしな」

上層部もチャイルデバッカーを潰すために『殺害対象』へ繰り上げるか、彼等の活動を黙認する事で治安維持に利用できるかどうかを吟味するために『観察対象』へ留めるのか判断に迷っているのかもしれない。
木原一族が結成した部隊相手に奮戦するくらいだ。戦力的には結構粒揃いな能力者がチャイルドデバッカーには存在する可能性がある。

「データだとチャイルドデバッカーは木原乖離が再開を企んでいる『暴走能力の意図的な発動実験』を潰す事を主目的の一つに置いている可能性が高いみたいね」

人臣上利(ひとおみ あがり)立案の『暴走能力の意図的な発動実験』か。実験自体は失敗というか凍結されたようだな。ここを見てくれディオン。御山。
立案者の人臣上利被験者だった一人の少女の反逆によって重傷を負い、その後任者によって実験は凍結されたとある」

「似たような経験がある俺としちゃ複雑な気分だが、本人の意思を無視して過酷な実験を行うってのは気分が良いもんじゃないな」

「その反逆者が今のチャイルドデバッカーのリーダーらしいわね。木原一族の配下の部隊と何度も交戦して組織が未だ健在なところからしいてそのリーダー凄腕かもしれないわね。同じ女として興味あるわ」

「女・・・えぇと、うん?・・・これは興味深い戦闘データだな。チャイルドデバッカーの戦闘行為と思わしき事例で死者は一度も出た事が無いとある。どう思う渡瀬?」

「偶然じゃ無いな。これはチャイルドデバッカー側が意図的に死者を出さないようにしてるんだろう。例えそれが敵であっても」

「・・・・・・」

僕を入れた各トループチーフが木原乖離やチャイルドデバッカーについて議論を重ねている間、オールトループチーフである澤村は目を瞑ってずっとダンマリを決め込んでいる。
かつて木原乖離と戦った事を思い出してるのか、自分が戦えなくなった敵と現在交戦中のチャイルドデバッカーに思うところでもあるのか。
結局この後木原乖離とチャイルドデバッカーの傾向や戦闘になった時に対処についての議論で一日が過ぎた。澤村は一言も発言しなかった。





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翌日の夜の事だ。司令室に僕宛ての手紙が置いてあった。差出人は澤村。何か嫌な予感がある。ディオンと御山と共に封を切り、そこに記載された内容を読む。

『今後基本的な組織運営については【中核部隊】のトループチーフ渡瀬瀬に一任する。俺はちょっと人の振り見て我が振り直す武者修行をしてくるわ。それじゃ。澤村慶』

「「「・・・・・・」」」

三人共に物が言えない状態になってしまった。一匹狼の頃の癖が抜けていないと漏らしてはいたが少しは抜かす努力をしろ。
念のため澤村の携帯に電話を掛けてみたが一向に出る気配が無いどころか携帯を本拠地に置いて出て行ったようだ。徹底してるなあの腐れ大馬鹿。

「御山。杏鷲に念写探査(フォーカスアンテナ)で澤村の現在位置を調査させてくれ。鳴鷲の電子監視(スナイパーレンズ)と合わせて早急に澤村を捕捉する」

「わかったわ。すぐに杏鷲と鳴鷲を呼んで来る!」

「ディオン。君は弓塚と共に澤村を迎えに行ってくれ」

「俺だけじゃなく弓塚も同行?・・・まさか」

「あぁ。僕の推測が正しければ澤村の奴、チャイルドデバッカーと接触を図ろうと動いている。仮にこの推測が正しければいかに澤村といえども不測の事態が有り得る。頼む」

「了解。Mr.澤村が『トループ』のNo.2に指名した渡瀬の指令確かにディオン=スターロードが承った。
それにしても『トループ』としての初仕事が『勝手に出て行ったオールトループチーフの確保』とはな。人生長く生きてりゃこんな奇妙な出来事にも当たるか」

ディオンと御山がそれぞれに割り振られた仕事を行うために司令室を後にする中僕は澤村の行動に対する様々な可能性を取り纏めていた。
澤村は決して馬鹿なだけの人間じゃ無い。唯の馬鹿が10年以上『闇』を単身で生き抜けるわけが無い。
あいつがこのタイミングで動いた理由。上層部が組織のトップへ据える事で澤村の行動を制限させようとする動きへの反発以外に澤村が動いた要因。
やはりそれは澤村と因縁がある木原乖離と対峙しているチャイルドデバッカーの存在だろう。昨日の議論で思い立った可能性が高いな。

「これから僕も大変だな。・・・あいつ。もしかしたら僕の感情に漣を立てる存在になるかもしれない」

あんな奴がトップの組織に所属した事は今まで一度も無かった。これは先が思いやられるかもしれない。そんな風に考えている僕の心は今一体何を感じているのだろう。
常時発動している精神均衡を止めればその答えはすぐにでもわかるだろう。ほんのわずかばかりの好奇心・・・にさえなり得ないこの選択肢は何時も通りすぐに消え去っていった。





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深夜の時間帯に入った頃俺は牛乳を飲み、アンパンを食いながら目的の敷地へ足を踏み入れる。まるで張り込みしてる警察官か何かみたいだな。

「オヤジのデータと俺の情報網を合わせりゃ、ここに辿り着くくらいわけねぇ」

こちとら10年掛けてコツコツと独自の情報網を築いて来たんだ。それは例えば『闇』専門の情報通だったり暗示を掛けた奴だったり。
その中にチャイルドエラー関連の情報も当然ある。何時かあるかもしれない木原乖離との再戦を睨んで色々やってたしな。
俺がキャンディーあげたチャイルドエラーもあの後も元気に生活を送っている情報に偶然行き着いたのは嬉しかったな。それでこそ木原乖離に喧嘩売ったかいがあるってもんだ。
そんな俺がその気になれば『チャイルドデバッカーのリーダーがネコ耳パーカーを何時も着用している』という情報とかその他色々を得るくらいわけねぇ。

「さぁて。来いよチャイルドデバッカー。来いよ四方視歩(しほう しほ)。敵相手でも命を取らねぇポリシー掲げてる奴が木原乖離の相手になり得るか、リーダー学を教えてもらうついでに見極めてやらぁ」



第五話~配属~

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最終更新:2015年04月02日 22:30