第七学区 とある病院
病院前にある救護車用の駐車スペースに1台のワゴン車が停車する。
軍隊蟻《アーミーアンツ》の象徴である蟻のマークが小さく記されており、そこから4人の人間が出てきた。
樫閑恋嬢と四方神茜、毒島拳、そして、未だに睡眠薬で眠り続ける
毒島帆露だった。
樫閑が先導して入り口を開け、拳が帆露を背負って彼女についていく。
受付には夜勤のためか、睡魔に負けそうな看護師がウトウトしていて、樫閑たちが入ってきたことに気付かなかった。
??「こんな時間に急患だね?」
茜「う?」
ロビーには誰もいないと思っていたところで突然声をかけられ、3人は驚いて声の主の方を振り向いた。
白衣を着た初老の男性で、子供受けの良さそうなカエル顔の医者だった。
樫閑「お久しぶりね。冥土返し《へヴンキャンセラー》。」
冥土返し「しばらく来ないと思っていたら、今度は夜中に突撃かね?」
樫閑「単刀直入に言うけど、治療して欲しい人がいるの。」
毒島「俺からもお願いします。」
冥土返し「治療して欲しいってのは、君が背負っている患者でいいんだね?」
毒島「はい。」
樫閑「やってくれるの?」
冥土返しは拳が背負っている帆露に目をやる。自分が置かれている状況なんていざ知らず、気持ち良く弟の背中で眠っていた。
彼は、彼女が入院患者用の服を着ていることに気付いた。
冥土返し「どうやら・・・・ワケありの患者のようだね。」
樫閑「詳しくは話せないけど、彼女に投与されている能力阻害物質を除去して欲しいの。」
そう言って、拳から渡されたカルテを冥土返しに引き渡す。
冥土返しは受け取ったカルテを舐めるように目で文字を追っていく。
冥土返し「ふむ・・・・、これは尋常ではないようだね?」
樫閑「あなたなら楽勝でしょ。」
冥土返し「言ってくれるねえ・・・出来ないことはないんだね?」
毒島「本当か!?」
冥土返し「僕を誰だと思っているんだい?僕は一度も患者を見捨てたことは無いんだね?」
冥土返しの言葉に毒島は感涙し、今まで復讐のことしか考えず、常に何かを恨まなければやっていけなかった彼が、
誰も見たことのない嬉しそうな顔をしていたのだ。
毒島「あ、ありがとうございます!!」
樫閑(そんな表情も出来たのね・・・・。)
冥土返し「とりあえず、こっちでも検査をするんだね?」
冥土返しが受付で爆睡していた看護師を起こし、ストレッチャーを持ってくるように指示する。
すっかり爆睡していたことに自分が気付き、そして冥土返しに気付かれてしまった看護師は慌てて飛び起き、
奥からストレッチャーを運び出して来た。
冥土返し「まぁ、僕の本領は外科手術なんだけどね?」
樫閑「色々と悪いわね。」
冥土返し「他の病院から誘拐してきた患者を治療するなんてリスクは高いんだね?」
樫閑「その時は・・・」
そう言って、樫閑は制服のポケットに入っていたハンドガンを取り出し、銃口を冥土返しに向ける。
樫閑「『銃を突き付けられて、無理やりやらされた。』とでも言いなさい。」
すると、病院の入り口からワゴンの運転手であるメンバーが慌てて中に入ってくる。
運転手「お嬢!」
樫閑「静かにしなさい。あと、姐御って呼びなさい。」
運転手「すみません。第四支部の奴らから連絡がありました。」
運転手は第四支部に能力者集団が襲撃してきたこと、抜けたメンバーが加勢したこと、故頼が動き出したことなど、
今まで起きたことの諸々を報告した。
樫閑「分かったわ。私はすぐに向かう。」
毒島「俺も行く。俺も・・・故頼の奴をぶん殴っておきたい・・・!!」
自らの決意を確かめるために毒島は自分の目の前で拳を握る。
毒島「それに、俺がいないとこいつが使えないだろ。」
茜「あーい♪」
樫閑「そうね。付いて来なさい。一番おいしいところをいただきに行くわよ。」
毒島「カエル先生・・・。姉さんのこと、お願いします。」
冥土返し「言われなくとも分かっているんだがね?」
毒島「ありがとうございます。」
病院前に停めているワゴンに樫閑、毒島、茜が乗り込み、運転手がテンションアゲアゲになって思いっきりアクセルを踏み込んだ。
とても搭乗者には優しくない急激なスタートダッシュと共にワゴンは冥土返しの視界から消えていった。
冥土返し(それにしてもカエル先生って・・・。)
第五学区 高速道路
木原故頼の乗る装甲車を追うため、高速道路をアクセル全開・法定速度完全無視で
軍隊蟻《アーミーアンツ》の武装部隊の乗る十数台のバイクと一台のトラックが駆け抜ける。
バイクの後方を走るトラックには運転するメンバーと助手席には変わった形状の武器を持った仰羽がいた。
蟻S「黄泉川さんももう少し粘って欲しかったですね。、」
仰羽「無茶を言ってやるな。ただでさえ上に逆らって検問を作って足止めしてくれた。その上、突然の事態だから武装を持ち出す余裕も無かったんだろう。」
そんな愚痴を零しながら、談話する2人だったが、すぐに前方をバイクで走る寅栄から通信が入る。
寅栄『木原の装甲車を発見したぜ。』
その通信に運転手が応え、仰羽が持っている銃火器のスコープで遠方を見る。
前方に見えるのは、軍用装甲車の如く強固な装甲に覆われたものだった。大きさとしては、戦車を3台ぐらい縦に繋げたような超大型だった。
仰羽「確認しました。確かにあれは装甲車っすね。」
寅栄『ありゃあ、劣化ウラン弾でも使わないとダメか?』
仰羽「劣化ウラン弾なんて持ってないっすよ。タイヤをパンクさせた方がいいっす。それに中に人が乗っている可能性も否めないっすよ。」
寅栄『さすが大能力者《レべル4》。頭が良いな。』
仰羽「車を止めるなら常套手段じゃないですか。」
寅栄『じゃあ、先に行ってくるぜ。』
仰羽「くれぐれも無理しないで下さい。」
トラックの遥か前方を走行する寅栄が率いる武装部隊のバイクは装甲車まであと150mというところまで詰めていた。
先導するために寅栄のバイクは部隊の先頭を走っていた。
寅栄が牽制のために腰のホルスターに挿していた拳銃を引き抜き、銃口を前方の装甲車へと向ける。
その銃は最適な弾丸を即興で組成する演算銃器《スマートウェポン》であり、片手で扱えるように小型化したものである。
後に別のスキルアウトチームのリーダー格である駒場利徳が己の最期の戦いで用いた武器と同型のものである。
寅栄「てめぇら!おっぱじめるぞ!」
蟻たち「YEAHHHHH!!!!!!!!」
戦の始まりを告げる法螺貝の代わりに寅栄が持つ演算銃器が大きな銃声を出して弾丸を発射する。
演算銃器《スマートウェポン》が発射した弾丸は、出来る限りの長射程のものだった。
カーン・・・・
射程距離に反比例して削ぎ落とされた弾丸は手で投げ込まれた小石の如く、いとも容易く弾かれてしまった。
装甲に凹みを付けるどころか、当たった形跡を残すことすら出来なかった。
寅栄(やっぱり、硬ぇな。)
相手がどう対抗して来るのか分からない今、無闇に装甲車に接近することは出来ず、150mぐらいの間隔を保ちながら走行する。
寅栄を始めとし、他のバイクに乗ったメンバーもハンドガンで装甲車に向かって発砲する。
しかし、強固な装甲車には豆鉄砲同然だった。
すると、装甲車上部のハッチが開き、亜継が姿を現した。
亜継「ったくよぉ・・・。さっきから、カンカンカンカン・・・うぜぇんだよ!!!」
突如、内部から電磁狙撃砲を取り出し、後方を走行する寅栄たちへと向ける。
エネルギーを充填しているのか、砲身からはバチバチと電気が溢れだす。
亜継「ぶっ飛ばしてやるぜぇぇぇ!!!!!!!!」
ズドォォォォォォォォォォォォン
電磁狙撃砲は音速の数倍の速度で弾丸を射出し、周囲にソニックムーブを撒き散らして高速道路を破壊する。
衝撃波で高速道路の路面が抉られ、バイクの乗っていた部隊の数名がバイクと一緒に吹き飛ばされていく。
レールガンの恐ろしさは、弾丸そのものに当たらずとも衝撃波だけで十分な威力を誇っているところである。
蟻たち「うわあああああああ!」
寅栄「お前ら!」
蟻T「俺らに構わないで、先に行ってください!」
バイク部隊の3分の1を電磁狙撃砲で吹き飛ばした亜継は、再び引き金を引いて他のバイクに乗るメンバーたちを蹂躙し、駆逐していく。
亜継「ヒャッハー!!!こいつは最高の武器だぜ!!」
亜継が耳につけている小型の通信機に連絡が入る。
故頼『その辺にしておけ。』
亜継「あぁ?今、面白いところだってのによぉ。」
故頼『その電磁狙撃砲は莫大な電力を使う。今はまだ十分に電力の余裕があるが、あと1発でも撃ってみろ。
第12学区に辿りつく前にバッテリー切れを起こすぞ。』
亜継「了解。」
故頼の指示通り、電磁狙撃砲を格納した亜継は装甲車の内部へと身を戻す。
装甲車の内部はとても広く、電灯のおかげでとても明るい。
内部には大量の武装と駆動鎧を装備した男たち、そして、精神干渉系の能力で自我を奪われていた子どもたちの姿があった。
皆が病院の入院患者のような真っ白な服を着て、意志の喪失を示すかのように虚ろな目になっていた。
亜継「大人しくしてろよぉ?クソガキども。」
そう悪態をつくと、壁に取り付けられていたボタンを押し、装甲車の側面にあるハッチを開いた。
かなりの風圧で強風が内部に入り込むが、誰もそれをもろともしない。
そんな中、亜継は巨大な棺桶のようなものを持って来た。
亜継「そんじゃあ、働け!愚図共!!」
亜継と駆動鎧を装備した男たちが一斉に棺桶を装甲車から放り出す。
その光景は後方を走る寅栄たちにも見えていた。
寅栄「何だ!?」
そう思った瞬間、放り出された棺桶たちが変形し、四足歩行の武装警備ロボットへと早変わりする。
変形すると、すぐに道を塞ぐように横に整列し、頭部(?)にある機関銃から一斉に発砲して弾幕を作る。
寅栄「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
それでも寅栄はブレーキを踏まず、武装ロボたちへと全速力で突っ込んでいく。
そして、「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」という掛け声と共に前輪を持ち上げた所謂ウィリー走行で武装ロボの一体を叩きつぶし、そのまま武装ロボの防衛戦を越えていく。
他のメンバーはそんなドライビングテクニックを持っておらず、寅栄と同様に武装ロボに突っ込んでいくと、
ロボを倒しても自分も一緒にバイクの座席から放り出されてしまう。
蟻U「くそぉっ!!」
バイクに乗ったメンバーは背中に抱えていた武器を構えて応戦しようとする。
だが、誰も発砲する前に、突如、武装ロボの1体が爆発を起こして炎上する。
仰羽「ここは俺たちが食い止める!お前らは寅栄さんを追え!」
仰羽がトラックの助手席から半分身を乗り出し、持っていたグレネードランチャーを撃ち込んでいたのだ。
ランチャーは仰羽の能力に合わせて開発されたものであり、火薬を入れるところを省略し、
仰羽の燃素爆誕《フロギストン》に補わせることで砲身と砲弾を軽量化していた。
蟻U「うっす!」
蟻V「さっさと行くぞ!」
仰羽の命令通りにバイクに乗っていたメンバーたちは倒れたバイクを起こし、次々と先へと進んでいく。
彼らを逃がすまいと武装ロボに応戦して発砲するが、彼らに当たる前に仰羽のグレネードランチャーを餌食となった。
一方、一人だけ武装ロボの防衛戦を突破した寅栄は、故頼の装甲車へと追いついていた。
演算銃器《スマートウェポン》を腰から引き抜き、タイヤに向けて撃とうとするが、
持っていた演算銃器《スマートウェポン》を撃たれて手元から弾かれてしまう。
亜継「タイヤを撃とうなんざ、そう簡単にさせるかよ。」
嘲笑する亜継はサ2丁のブマシンガンを取り出し、一気にトリガーを引いて寅栄を蜂の巣レベルの惨めな死骸にする量も弾丸を乱射していく。
寅栄は全ての銃弾を華麗なドライビングテクニックで回避し、亜継の死角である装甲車前方へと向かう。
亜継「くそっ!死角に逃げやがって・・・!!」
亜継はすぐに装甲車の中に入り、側面のハッチを開けて身を乗り出す。
その瞬間、横ハッチのすぐ近くで待機していた寅栄が手を伸ばし、亜継の服の襟元を掴んで装甲車の外へと引きずり降ろす。
亜継「てめぇ!!」
油断した亜継はそのまま寅栄に引かれて装甲車から引きずり降ろされるが、寅栄の首元を掴んで巻き添えにして高速道路上を転がり落ちていった。
全身打撲で血を流し、立ち上がるのがやっとの2人がお互いを睨みあう。
亜継「舐めたことしてくれるじゃねぇか・・・・。」
寅栄「それはこっちのセリフだ。てめぇのせいで部下から借りたバイクが木端微塵だぜ。」
亜継「知るかよ。」
亜継が先を見ると、装甲車は自分が落ちたことなんて無視して、スピードを下げずに走り去っていく。
同乗していた駆動鎧たちも助けに来る気配は無い。彼らの任務はあくまで境界突破《アフターライン》の遂行であり、敵の殲滅ではない。
装甲車から落ちた時点で亜継はただの捨て駒と化していたのだ。
互いに口の中に溜まった血を吐き捨てると、拳の握り、全身の筋に力を入れた。
亜継・寅栄「「うおおおおおおおらああああああああああ!!!!!!」」
互いに正面から敵の顔面目がけて殴りかかる。
スキルアウトの喧嘩番長と戦いのみを求める傭兵が己の肉体をぶつけ合う。
亜継「素人にしちゃあ、身体捌きが良いじゃねぇか!!」
寅栄「毎日、能力者とガチンコ勝負やってんだぜ!!」
亜継「奇遇だな!俺も同じだ!」
亜継の渾身の蹴りが寅栄の腹部にヒットし、寅栄が高速道路沿いの壁まで飛ばされる。
道路の合流地点付近ということもあってか、落下防止の高壁は無く、壁は腰までの高さしかなかった。1歩間違えれば地上へと落下してしまう。
寅栄(危ねー・・・さっさと離れねぇと・・・・あぐぅ!?)
立ち上がって構える隙も与えず、亜継が寅栄の首を掴んだ。
そして、寅栄を高速道路から落とそうと彼の上体を壁の外へと乗り出させる。
亜継「所詮は素人。ちょっと足りなかったな。」
寅栄「ぐぅ・・・・!!」
寅栄は必死に抵抗し、亜継の腹部をけり続けるが、まったくビクともしない。おそらく、学園都市製の超衝撃吸収素材を使ったチョッキでも着ているのだろう。
亜継「無駄無駄。こいつはプロ野球選手のフルスウィングでもビクともしないぜ。」
寅栄「じゃあ、こいつはどうかな?」
寅栄はズボンのポケットから隠し持っていたデリンジャーを取り出し、亜継の腹部へと向けた。
断末魔を叫ぶことも、遺言を残す暇も与えず、引き金は引かれ、亜継の腹に衝撃が走る。
亜継「ぐはぁっ!!」
その衝撃で亜継が寅栄を掴む腕を緩めた。そのチャンスを逃さずに手から逃れた寅栄は頭突きで亜継を怯ませ、
よろめいたところで顔面に右ストレートをお見舞いした。
元々ダメージの大きかった身体に零距離デリンジャーと喧嘩番長の鉄拳制裁を受け、亜継はその場でノックダウン・・・KO負けした。
寅栄「切り札ってのは、最後の最後まで残しておくもんだぜ。」
寅栄は勝利の笑みを浮かべ、亜継を道路脇に引き摺ってから、仰羽たちが来るのを待った。
寅栄と亜継が戦っている隙に1キロも差をつけていた装甲車は、何ら問題も無く高速道路上を爆走していた。
運転席には運転手である人相の悪い男が、助手席には木原故頼が座っていた。
故頼の表情は度重なる妨害で不満げであったが、今は軍隊蟻《アーミーアンツ》から完全に逃げきったと思って安堵していた。
後方のコンテナで待機している駆動鎧を着た男から通信が入った。
『木原さん。亜継さんは回収しなくても宜しいのでしょうか?』
故頼「問題ない。所詮、奴も捨て駒だ。まぁ、もっとも、死んでくれれば報酬を払わなくてすむがな。」
故頼は何かを思い立ったのか、助手席から立ち上がる。
故頼「私は被験体の最終チェックを行う。予定通りに運行しろ。」
運転手「了解。」
故頼はそう告げて、後方車両へと向かった。
すると、左側から合流する高速道路から1台の警備員《アンチスキル》の大型装甲車がこちらに向かってきた。
運転手は「軍隊蟻《アーミーアンツ》の回し者か?」と思うも、道路が空いている時間帯に警備員《アンチスキル》が兵装の輸送を行うのはよくあることだった。
下手に敵意や警戒心を相手に見せては怪しまれてしまう。
ある程度の警戒はしつつも、平然と走行を続けることにした。
―――――が、そんなことが叶う訳も無かった。
ズガガガガガガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァァァ
突如、並走していた装甲車が一気に幅寄せして、故頼たちの装甲車を壁に押し当てる。
壁との摩擦で故頼の装甲車は火花を撒き散らしていく。装甲は無事だが、高速道路の落下防止壁が摩擦で削られ、真っ黒焦げになって跡形も無い。
運転手「くそっ!何だ!?こいつは!?」
運転手は慌てて思い切りハンドルをきる。全長も質量も故頼の装甲車が上回っている。警備員《アンチスキル》の装甲車など、容易に潰せる。
しかし、警備員《アンチスキル》の装甲車が急ブレーキをかけて一気に後退し、故頼の装甲車の体当たりは空振りに終わって、反対側の壁に正面衝突する。
それでも衝撃は内部へと伝わってくる。慣性の法則に従って、運転手は前に飛ばされそうになり、
それを飛び出して来たエアバックが跳ね返すことでシートへと突き飛ばされる。
故頼「まったく・・・!何事だ!」
後方車両から、衝撃でぶつけた頭を抱えながら故頼が姿を現した。
故頼が鬼の形相で運転手を問い詰めるが、エアバックの衝撃で放心状態になっていた。
運転手「あ・・・・・が・・・」
運転手が必死に故頼の問いに応えようとした瞬間、巨大な腕が装甲車のハッチを突き破り、運転手の首筋を掴んだ。
運転手「へ?・・・・何!?何だよ!?これ!?木・・・木原さぁ―――――――」
運転手は掴まれた巨大な腕に引き上げられ、外へとさらわれていったのだ。
故頼「な、何だ!?」
故頼は通信機を取り出し、後方で待機する駆動鎧たちに連絡を取る。
故頼「おい!外の様子はどうなってる!」
駆動鎧A『ゴリラが・・・!!ゴリラがぁ!』
故頼「はぁ!?ゴリラ!?」
駆動鎧B『来るな!こっちに来るなあああああああああ!!!!!!――――――――プツン・・・
故頼「・・・・・」
何が何だか理解できない。
そんな顔をして、故頼は破壊されたハッチから外に出て、周囲を確認する。
故頼「な――――!!!」
あまりの惨状に故頼は我が目を疑った。
大量の駆動鎧が無残にもただのガラクタへと化していたのだ。ある者は装甲を粉砕され、ある者は何かしらの圧力で武装が潰され、またある者は・・・・・・・・
??「ぬぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドッガッシャァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!
その怪力を以って持ち上げられ、数メートル先にまで投げ飛ばされる。数メートルもある駆動鎧が宙を舞い、
道路に叩きつけられて転がる光景など、学園都市でもそうそう見れるものではない。
そして、そんな超能力者もビックリ!!トンデモ劇場を催した主が姿を現す。
ゴリラとカバとクマを合わせたような大男で、毛深い剛毛に覆われても留まることを知らない躍動する筋肉が溢れだす。
無論、そんな男は
緑川強の一択だった。
緑川「まぁ・・・、この程度だろうな。」
緑川は上半身の服を脱ぎ捨てる。もはや、彼にとって警備員《アンチスキル》の防弾チョッキなど、むしろ拘束具なのだろう。
緑川は道端に転がっている駆動鎧を蹴り飛ばして、道の端に追いやると、運転席付近に立つ故頼を見つける。
緑川「お前が、木原故頼で間違いないな。」
故頼「ふん・・・・。どこの誰かと思えば、予備役を解任された緑川強ではないか。こんなことをやって大丈夫なのかね?」
緑川「お前の悪行は暴かれるのも時間の問題だ。」
故頼「悪行?悪行ねぇ・・・。」
故頼が諦めたのか、それとも何かを企んでいるのか、不敵な笑みを浮かべた。
ドスッ・・・・!!
緑川「!?」
突如、全身に奔る激痛と共に、緑川の腹部から足にかけて赤くて温かい液体が流れ出す。
緑川はすぐに自分の身体を確認する。腹部から流れ出る血液でズボンが真っ赤に染まっていく。
そして、自分の後方を確認すると、小学生ぐらいの少女が緑川の腹部を手で貫いていたのだ。
緑川「な・・・・・どういうことだ?」
故頼「簡単な話だ。被験体には反逆されると困るからな。洗脳系能力者を使わせてもらった。」
緑川「貴様・・・子どもを何だと思ってる!!!」
故頼「子ども?・・・ああ、学生のことか。大切に思ってるよ。私の栄光の為の礎となる存在だからな。」
すると、他の被験体の少年少女たちが緑川に向けて掌をかざす。
故頼の「やれ。」という掛け声と共に、被験体たちの掌から、数々の能力の産物が緑川に向けられて射出される。
炎弾、電撃、水流カッター、衝撃波、etc・・・・
緑川「ぬおおおおおおおおお!!!!」
ガードする体勢で必死に耐える緑川。このまま被験体に反撃することも出来るが、
学園都市で生徒を護る警備員《アンチスキル》の矜持と良心の呵責が彼の動きを鈍らせる。
故頼(それにしても、随分と耐えるものだな。)
あまりの渋とさに故頼に飽きが回ってきたところだった。
突如、一発のロケット砲弾が向かい、自分の近くにある装甲車へと当たって爆発する。
仰羽「ちっ・・・!もう少し左に照準を合わせるべきだったな。」
砲弾を撃ち込んだのは軍隊蟻《アーミーアンツ》だった。10台近くにまで減ったバイクと1台のトラックがこちらに向かってくる。
故頼(亜継め・・・・。しくじったか!)
故頼「照準を変えろ!スキルアウトのゴミ共を蹴散らせ!!」
故頼の指示通りに被験体たちは既に満身創痍となった緑川への攻撃を止め、軍隊蟻《アーミーアンツ》へと照準を向ける。
そして、何の躊躇いも無く炎弾、電撃などの攻撃が軍隊蟻《アーミーアンツ》へと向けられて発射される。
冷牟田「させないわよ!」
三上「させるか!」
トラックの上で待機する冷牟田の紙片吹雪《コールドペーパー》によるダイヤモンドカッター入りの紙吹雪が当たる直前で能力を防ぎ、
威力の低い紙片吹雪《コールドペーパー》で防ぎきれない攻撃を三上錬次の能力である錬鉄溶解《メタルメルト》によって、
溶かされた液状金属の鞭が全てを弾き飛ばす。
寅栄「相手の能力者を封じろ!殺さずに気絶させるんだ!」
蟻たち「ウッス!」
紙片吹雪《コールドペーパー》と錬鉄溶解《メタルメルト》の援護を受けながら、バイクに乗った蟻たちは被験体たちへと急接近した。
接近戦のガチンコ殴り合いなら体格的にも経験則でも彼らに分がある。
メンバーたちはバイクを乗り捨て、一気に被験体たちへと殴りかかる。頭を殴るなり、首筋を打つなり、
男女平等顔面パンチをかまして、次々と被験体を戦闘不能へと追い込んでいく。
そして、全ての被験体たちが戦闘不能となってしまった。
トラックが装甲車付近に停車し、上から仰羽、冷牟田、三上が飛び降り、助手席から寅栄が覚束ない足取りで降りる。
寅栄「孤立無援・四面楚歌って奴じゃないか?」
故頼「ぐっ・・・・」
故頼は歩み寄る寅栄に対し、緊迫感を覚えて後ずさりしてしまう。
そして、頭の中でこの状況を潜り抜ける手段をあれこれと考えるが、全く持って名案が浮かばない。
キャパシティダウンを使えば、少なくとも
サークルと仰羽、メンバーの中にいる数名の能力者は封じることが出来る。
しかし、それでも何十人もの武装した無能力者《レべル0》が残ってしまう。
いくら身体を鍛えて、格闘に自信がある言っても、数十人のスキルアウトを相手に出来るほどの自信は無い。
もう、彼には敗北の2文字しか残されていなかった。
寅栄「それじゃあ・・・てめぇのせいで商売のできなかった数ヶ月分の怒りと恨み、
軍隊蟻《アーミーアンツ》リーダー、
寅栄瀧麻が代表して、叩きこんでやらぁ!!」
寅栄が走って一気に間合いを詰め、その勢いで渾身の拳を故頼の顔面に叩きつける。
コラいはそのまま数メートルほど弾き飛ばされた。
故頼「ぐぅっ・・・なぜだ。何故、スキルアウト如きに・・・」
故頼が近くに倒れていた駆動鎧の携行武器を取ろうと手を伸ばすが、そこに銃弾が撃ち込まれることで、反射的に手を引っ込めてしまった。
寅栄「覚えておけ。これが学園都市の無能の最低辺を駆け抜ける存在、俺たち軍隊蟻《アーミーアンツ》だ。」
故頼「ふん・・・、軍隊蟻《アーミーアンツ》か。覚えておこう。」
故頼は不敵な笑みを浮かべると、自身のベルトに付属しているワイヤーを引っ張った。
ワイヤーを退いた途端に装甲車全体から白煙が噴き出し、すぐに視界を真っ白に染めていった。
寅栄「ゴホッ・・・ゴホッ・・・・」
白煙が消え去った頃、そこに木原故頼の姿はなかった。
仰羽「逃げられたか・・・。」
寅栄「付近を捜しまわれ!」
蟻たち「ウッス!!」
白煙を出した頃に折り畳み式の簡易パラシュートを展開して高速道路から飛び降りた故頼は、
軍隊蟻《アーミーアンツ》から逃げるように人気のいない路地裏へと逃げ込んでいた。
故頼「はぁ・・・・はぁ・・・・ここまで来れば・・・・」
プシュッ!
小さな空気を抜く様な音と共に故頼は膝から下が無くなったかのようにその場に倒れ込む。
サイレンさー付きの銃で両足を撃ち抜かれており、着ていた白衣もズボンも真っ赤になっていた。
??「よう。久しぶりじゃねぇの。」
暗闇の中から男の声が聞こえる。それは、故頼が知っている男の声であり、出来れば二度と聞きたくない憎たらしい声だった。
そして、男が姿を現す。
年齢は20代から30代ぐらいだ。オールバックにした黄土色の髪にいかにも悪そうな目付き、
左目周辺にある刺青が更に彼の粗暴な性格を強調させる。それとのギャップなのか、彼は故頼と同様に白衣を着ていた。
男と同時に複数名の武装した男たちも現れる。
故頼「木原数多・・・・か。」
数多「しばらく、見ねぇ間に惨めな姿になっちまったなぁ!おい!幻生のジジイにも見せてやりてぇぜ!」
そう言って、故頼を嘲笑うかのように大口を開けて数多は笑いあげる。
その笑い声も、仕草も、故頼にとっては不愉快極まりないものだった。
故頼「それにしても、猟犬部隊《ハウンドドッグ》も用意するとは、大層な歓迎だな。」
故頼が悪態を吐いた途端、数多は倒れる故頼の顔面を蹴り飛ばす。
数多「こちとら、てめぇみたいなクソの中のクソを始末するために出向いてやってんだぜ?」
故頼「学園都市が・・・この私を始末・・・だと?」
数多「知る必要もないことを知っちまったみたいでさぁ、アレイスターもお冠なんだとよ。良かったな。
お前みたいな底辺研究者が学園都市の機密事項に近づけたみたいなんだからよぉ?」
そう言って、猟犬部隊《ハウンドドッグ》の男たちが倒れる故頼に一斉に銃口を向ける。
そして、数多は「殺せ」と猟犬部隊《ハウンドドッグ》に指示を出し、猟犬部隊《ハウンドドッグ》は銃を構えて、引き金を引いた。
故頼「数多あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
学園都市の片隅で、木原故頼の断末魔は、自分がこの世で最も憎む男の名前だった。
一方、部下を故頼の捜索に駆り出させ、報告を待っていた仰羽と寅栄は装甲車付近で座り込み、サークルの4人は装甲車の中で何かを探っていた。
冷牟田(あったわ。キャパシティダウン。)
そう言って、冷牟田は片手持ちのラジカセのようなものを装甲車の中から引っ張り出した。
寅栄「それが、あんたの依頼されたものか。」
冷牟田「ええ。随分と楽に手に入ったわ。」
仰羽「だったら、今回の出費の一部をお前たちに請求しても問題ないな?」
冷牟田「それは勘弁して欲しいわね。」
すると高速道路の両側から、自分たちを取り囲むように2台の大型車両が停車する。
寅栄は「九野が要請した警備員《アンチスキル》か?」と思って、車両にある
エンブレムを見る。
それは確かに警備員《アンチスキル》の車両だったが、それに付けくわえるようにMAR(Multi Active Rescue)と書いてあった。
寅栄「MAR?」
仰羽「先進状況救助隊っすね。警備員《アンチスキル》の部署の一つっす。」
すると、二つの大型車両から、ドラム缶の手足が生えたような駆動鎧が十数体ほど現れ、腕に設置した銃を寅栄たちに向ける。
これはHsRS-15という旧式の駆動鎧だ。
寅栄「どうやら、暴れ過ぎたから、お縄にかかれってことだろうな。」
仰羽「へー・・・って、俺たちが捕まったら、軍隊蟻《アーミーアンツ》はどうなるんすか!?本末転倒っすよ!」
寅栄「そう慌てなさんな。一応、九野たちに手回しはしている。それに、樫閑なら何とかするだろ。」
寅栄たちを取り囲む駆動鎧の中に一つだけ、桃色の駆動鎧があり、色合いのせいか少し女性的だった。
どうやら、あれがリーダー格の駆動鎧のようだ。
???『冷牟田花柄。そろそろタイムアウトなのだけれど、依頼した物はあるのかしら?』
冷牟田「ええ。あるわよ。テレスティーナ。」
そう言って、冷牟田はさきほど手に入れた物をテレスティーナという女性に引き渡す。
テレスティーナ『ご苦労様ね。報酬はサークルの口座に入れておくわ。』
冷牟田をはじめとするサークルの面々は仕事が終わったと思い安堵した瞬間だった。
テレスティーナ『寅栄瀧麻、
仰羽啓靖。警備員《アンチスキル》の権限を以って、あなたたちを器物損壊の罪で逮捕するわ。』
冷牟田「えっ?」
三上「おい!そんな話、聞いてないぞ!」
テレスティーナ『聞いてないも何も仕事とは関係ないでしょう?これはあくまで、警備員《アンチスキル》としての職務よ。』
持っている銃を構えながら、MARは徐々に包囲網を狭めていく。
寅栄も仰羽も負傷して、抵抗する体力は残っていない。両手を頭の後ろに持って行き、彼らに従うしかなかった。
最終更新:2011年12月17日 21:24