とある高校の中華麺王(ラーメンマスター)の朝は早い。
起床は午前4時30分。当然のことながら学校に行く日よりも早い。
起床して顔を洗い、歯を磨き、黒髪のショートヘアの前髪をオールバックにしてカチューシャで止め、
上下のつながった黒いジャージを着て、エプロンと三角巾をつける。
こうして手早く身支度を整え、午前5時より前のまだ空が真っ暗なころからラーメンの仕込みを始めるのだ。
いくら科学の街・学園都市とはいえ季節を問わず朝はつらい。
そんな中、こんな早起きをして水仕事までできるのは彼女のラーメンへのあくなき情熱ゆえにだろう。

「うまいラーメンが食いたい!そしてそれをみんなに食わせたい!」

いつの間にか自らのラーメンへの情熱を、昇りゆく朝日に向かって叫んでしまっていた。
まあ、いつものことである。彼女の名は福百紀長
様々な特色のある学校が連なる学園都市では「逆に珍しい」とある平凡な高校の2年生だ。
無類のラーメン好きで学園都市中のラーメン屋を食べ歩くだけでは飽き足らず、
自らもラーメンを作り日夜自宅でラーメンの研究に明け暮れているラーメンバカだ。
そして研究の成果と、新たな研究資金と、そして彼女のラーメンを待っている全ての者たちのために!
ラーメン屋台『百来軒』は今日も開店する!……無断営業だけどね♪

―――――――――――――――

「武佐君、本当に今回はこの辺なのかい?」
「……北北西の方角から信号が来てる……」
「何だよ紫郎、その妙な言い方はよぉ。何かのアニメキャラか?」
「この間武佐君がナンパしてた女の子が、そんな電波系美少女だったでやんすよ」
「デンパ?そいつ電撃使い(エレクトロマスター)なのか?」
「拳、そいつは違うと思うぞ」

所変わって第6学区の路地裏。
そこには甚平姿でオレンジ坊主の男と、成瀬台高校の制服を着た3人の学生たちがいた。
オレンジ頭の男・御前肖像もそうだが成瀬台の学生たちも、茶髪のドレッドヘアーにリーゼントに金髪スポーツ刈りといった、
いかにも不良といった外見のちょっと、いや人によってはかなり強面な面々であった。

「なあ……何か俺ら避けられてねえか」
「ある意味いつものことでやんす」

彼らを見た学生たちは、関わり合いになるのを嫌がるように目をそらす者、風紀委員に通報しようかどうか迷う者、
ワシもあんなヤンチャな格好した時代があったわいホッホッホッと思う者などがいた。……最後のは激しく特殊な例だが。
どうやら、ドレッドヘアーにマスクを付けた男・武佐紫郎と金髪スポーツ刈りの小柄な男・梯利壱はこの間ナンパをしたらしく
その成果もとい失敗談を兄貴分の御前とリーゼントの男・荒我拳に話しているようだ。

「で、その電波美少女に声かけた後が恐かったんです」
「どうした?とりあえず話してみな。話すだけで辛い気持ちってのはラクになるもんだからな」
「その後、茶髪のコート姿でもわかるほど胸が大きい別の女性が来て……」
「オイ待て!それめちゃオイシイ展開じゃねえかよー!俺が無能力者狩りどもをちぎっては投げ、ちぎっては投げしてる間にー!」
「それがその女性が、般若のような顔で『ブチコロシカクテイネ!』って言いながらビーム撃ってきて武佐君もオイラも命からがら逃げてきたでやんすよ」
「うわぁ……そいつは災難だったなぁ……」
「鉄拳で弾き返したら、フラグが立ったかもな!」
「さすが荒我兄貴!俺たちとは発想が違うっすね!」
「いやそれは荒我君でも無理だと思うでやんす」
「うん。自分で言っといて何だけど俺もビームは無理だわ」
「「「無理なのかよ!!」」」

と、3人が荒我にツッコミを入れていると目の前に、普段この路地裏では見慣れないものが見えてきた。

「あっ!見えてきました!『百来軒』!」
「おお!紫郎!よくやったぜ!」
「武佐君の『百来軒』サーチは百発百中でやんすね!」

4人の視線の先には、科学の街・学園都市には珍しいこじんまりとした木製の屋台が見えていた。
のれんには『百来軒』と達筆な文字が踊っている。福百紀長が早朝から準備していたあの屋台である。
のれんをくぐると、店主・福百の粋な声が響く。

「いらっしゃい!……ってまたアンタらか」
「またって何だよ!俺ら客だぞ!」
「アンタらの悪人面で逃げる客もいるからプラマイゼロだよ!」
「いやいや、俺らのせいじゃねえだろ!ここが住所不定だからだよ!」
「実際今回も、武佐君の『百来軒』探知能力がなければわからなかったでやんすからね」
「いや、それ俺の能力じゃないです……念のため」
「営業許可とってないから、風紀委員や警備員に見つかるとマズいのよ」
「いい加減許可とれよ」

どうやら両者は顔見知りのようだ。
そして福百は何かを思い出したかのように眉を吊り上げるとお玉で荒我を差して、怒鳴りつけた。

「そして拳!アンタはいい加減にツケ払え!!」
「おいおい拳、お前またツケで食ってやがったのか」
「レベル0は軍資金が少ねえんだよ!」
「私もレベル0じゃあ!馬鹿野郎!!」
「カタギからカツアゲするわけにもいかねえしよ…」
「さすが荒我君!武士は食わねど……何だったでやんすかね」
「……高楊枝だよ。梯君」
「サンキューでやんす。武士は食わねど高楊枝でやんすね!」
「それに微妙に意味違うよ……」
「まあ、カツアゲとかしないって度量だけは認めてやるわよ。でも次こそはツケ払えこの野郎」

そんな様子を見て苦笑いしながら、御前が2人に割って入る。

「なあお前ら、そろそろ注文してもいいか?」
「そ、そうッスね!よっしゃあ!注文だ!」
「4人とも拳のしょうゆ顔同様、いつものしょうゆラーメンでいいわね」
「……まあ俺はそれでいいよ」
「しょうゆ顔って言うなあ!…それでお願いします」
「同じく」
「同じくでやんす」

いつものように、たわいのない冗談交じりな雑談をする5人であったが、
この時まだ彼らは知らなかった。風紀委員がこの店に迫っていることに。

――――――――――――――――

空が曇りだした昼下がり。第6学区の路地を青い縦線が入ったワイシャツと紺色のスカートを着た2人組が歩いていた。
超進学校として有名な小川原付属の制服である。ワイシャツの線の色からすると中等部2年生のようだ。
2人とも黒髪くせ毛という共通点はあるものの、それ以外はわりと対照的だった。
1人は黒髪のショートヘアーをくせ毛がはねないようにヘアピンで止めた、四角い赤フレームのメガネが似合う少女。
もう1人はその少女より頭半分は背の高い、肩に少し届かないくらいの髪をくせ毛など気にせず無造作に後ろで結んだ少女だ。
風紀委員176支部の2年生コンビ・葉原ゆかり焔火緋花である。
どうやら急な仕事の呼び出しの帰りのようで、腕章はすでにポケットにしまいこんでいた。

「非番の急な呼び出しとはいえ、早く解決できてよかったですね」
「うんうん!これもゆかりっちのナビのおかげだよ」
「あの数のスキルアウトを、あっと言う間に倒しちゃう緋花ちゃんがすごいんですよ」
「ありがとっ!でもあれだけいても、緑川先生に比べればまだまだ大丈夫!先生、私なんかより全然強いし」
「んん!?何か今さりげなく、ものすごい人の名前が飛び出してきた気がするんですけど」

格好も対照的で、葉原が制服のワイシャツのボタンを一番上のボタンまできっちり止めており
ワイシャツには皺ひとつ見当たらない、いかにも真面目な風紀委員という着こなしに対し
焔火は、背も胸も大人の女性でもそうはいない大きさのせいか胸に丈を取られてヘソがチラついている上に、
戦闘で激しく動いたせいで第1、第2ボタンが外れており、風紀委員というよりも激しく風紀を乱す側の格好であった。

「それじゃ、仕事も終わったことだし祝杯でもあげますか!」
「はぁ…またアレですか……」
「またアレですよ♪」
「その前にボタンちゃんと止めてくださいね。また他の支部の人に注意されますよ」
「はーい」

少し歩いた後、2人はとある自動販売機の前で足を止めた。
さっそく焔火は無邪気な子供のような表情でニコニコしながら自販機にお金を入れて、鼻歌交じりにジュースを選び始めた。
後ろで結んだ髪も機嫌のいい犬の尻尾のように、左右に動いていた。
自動販売機の内容は「いちごおでん」「ガラナ青汁」「熊のスープカレー」など学園都市外では絶対に見られないような愉快な品揃えだ。
学園都市には大学や研究所などが無数に存在し、そこで作られた「商品」の「実地テスト」として街の到る所に実験品が溢れている為に
普通の町とは異なるこのようなジュースが販売されているらしい。
つまり、ここだけではなく学園都市の各地に当たり前のようにこのような自販機が存在するのだから何とも恐ろしい話だ。

(そもそも何故こんな自動販売機が……いや、他の場所でも「黒豆サイダー」とか普通に売ってますしね……)

学園都市の自動販売機の愉快な事情に少し頭が痛くなり、思わず右手で頭を抑える葉原であった。
そんな葉原をよそに、焔火はよく飲んでいるいつものメニュー「ムサシノ牛乳」と書いてあるボタンを押した。
牛乳なだけに「いちごおでん」や「ガラナ青汁」と比べればごく一般的な飲み物だ。
だが焔火がこの自販機にこだわっている理由は、それが1リットルパックで販売しているという点であった。
………やはり学園都市の自販機に外の常識は通用しねえ。
焔火はさっそくパックを開けて、ムサシノ牛乳をおいしそうに口にする。

「あー、やっぱり仕事の後の一杯は格別だね!」
「ムサシノ牛乳1リットルパック片手に、親父臭い台詞吐かないでくださいよ」
「ゆかりっちも何か飲む?」
「じゃあ、一番マシそうなヤシの実サイダーで」
「おっけー、いちごおでんだね!ゆかりっちもなかなかチャレンジャーだねぇ~」
「違いますっ!」
「ゴメンゴメン、冗談だよっ。はい、ヤシの実サイダー」
「ありがとうございます」

別にどこぞの最高峰の電撃使いのように「ちぇいさー!」したわけではなく、ちゃんとお金を払ってジュースを購入する2人。
過去に実際焔火はそれを真似して「ちぇいさー!」したら自販機がお亡くなりになってしまい、
「姉&支部の皆さんに大目玉+始末書+高額弁償金+ついでにその日の晩飯抜き」という4段コンボをくらってしまったわけだが。
その後、葉原が「犯人を攻撃しようとした際に起きてしまった」等のとりなしをしてくれたおかげでクビにはならずに済んだのだ。
そんなこともあったなぁ……と葉原は思い出にふけりながら、ヤシの実サイダーを口にした。
見た目も性格も対照的だが、公私ともにお互いの足りない部分を補いあっているのか案外仲良くやっているようだ。
そしてそれぞれの自宅に戻る別れ道の直前で路地裏にさしかかったとき、不思議な感覚がした。

「何だか騒がしいですね」
「でも喧嘩でもなさそうだね」
「行ってみます?」
「行ってみますかっ!」

普段は人通りの少ないはずの路地裏が何だか騒がしいのだ。
しかもスキルアウトや暴走能力者が暴れているような喧噪とした雰囲気ではなく、楽しそうな雑談や笑い声が聞こえてくる。
このような路地裏を大人数でウロついているのは、正直治安にはあまりよろしくない人物が多い。
声の正体を確かめるために2人は路地裏に入って少し歩く。
するとこじんまりとした1軒のラーメン屋台があり、のれんには『百来軒』と達筆な文字が記されていた。
福百紀長が朝日が昇る前から準備していた、そして現在微妙に男臭くなっているあの屋台だ。

「おっ!ラーメン屋発見!」

焔火の結んだ髪が犬の尻尾のように激しく左右に動く。やれやれといわんばかりの、無邪気に騒ぐ子供を見守る母親のような
表情で焔火を見ていた葉原だが、そのラーメン屋ののれんを見て彼女の目の色も変わった。

「あれは『百来軒』!絶品だけど見つけるのが難しいと言われる幻のラーメン屋ですよ!」
「おお!私たち運がいいねえ!いざ店内へ!」
「でもこんな所に屋台の許可出てましたかねぇ…」

葉原がわずかな疑問を抱く中、少女たちの鼻をおいしそうなラーメンの香りが刺激する。
それにより2人の腹の虫も刺激された。……わずかな沈黙の後、眼鏡をクイッと上げた葉原が口を開く。

「ラーメン屋さんやいろいろな人にも話を聞いてみましょう。これも風紀委員の仕事の一環です!」
「そうだね!みんなの話を聞くのも大事だもんね!……って仕事終わったから別にいいと思うけどね」

葉原は仕事の一環と言うものの、2人の頭の中は完全にラーメンのことで埋まっていた。
『百来軒』と書かれたのれんをくぐると、店主・福百紀長が元気のいい声でお客を出迎える。

「いらっしゃい!2名様かい?」
「はーい!」
「おじゃまします」
「さてと……よし!わかった!」

福百は数秒ほど葉原と焔火の顔や全体を見渡した。そして何か閃いたと言わんばかりの表情になり、
両手で自らの頬を叩いて気合を入れると手早くラーメン作りに取りかかった。
のれんをくぐって葉原と焔火が入ってきたことで、先客のムサい4人組もそちらを向いた。

「誰か来たでやんすね」
「おう、紀長!お客さん来たぞ!」
「さりげなく下の名前で呼んでんじゃねえ!お客さんが座れねえだろ!寄れ寄れ!」
「そうだな、俺は立ち食いでもいいよ。そんでお前らがもうちょい寄ればいけるだろ」
「了解です……お嬢さんたち、どうぞ」
「「ありがとうございます!」」
「ってスキルアウト!?」

オレンジ髪にリーゼントに金髪にドレッドヘアー、それに男たちの強面な顔を見て葉原はつい驚いてしまった。
焔火も特に驚いた様子は見せなかったものの、風紀委員での戦闘時に付けている警備員の服と同じ材質の
黒い手袋を素早く装備した。

「兄貴、めちゃ警戒されてるでやんすよ」
「ほう。そっちのデカいの!俺と拳で語るかい?血がたぎるぜ」
「待て拳。ここで喧嘩は厳禁だ」

鋭い目つきでガンを飛ばし、両手の拳を合わせて指をポキポキ鳴らし、今にも拳と拳の語り合いを始めようと
するような雰囲気を醸し出しながら少女たちに近づくリーゼント男。
その目の前に右手を出して彼を制止しながらオレンジ髪の男・御前肖像は左手で軽く頭をかいた。

「まあ俺たちは元・スキルアウトだな。こんなツラだし、嬢ちゃんたちがビビっちまうのも無理はねえわ」
「いえ、ごめんなさい。つい驚いてしまって……緋花ちゃんも手袋しまってください」
「ごめんなさい…クセになっちゃってて…」

葉原と焔火は即座に謝罪し、戦闘用の手袋もすぐに脱いでポケットにしまった。

「どんなクセなんだい?よかったら、お兄さんたちに話してみな」
「強そうな人見るとこの手袋つけて戦闘態勢に入るクセがついてて…」
「どんなクセでやんすか……」
「ほほう。強者を察知できるとは見る目のある嬢ちゃんだぜ!俺は成瀬台高校1年荒我拳!嬢ちゃん、名は?」
「小川原中学2年2組!焔火緋花でーす!」
「何か普通に自己紹介してますし。しかも無駄にクラスまで。……えー、葉原ゆかりです。同じく小川原中学2年生です」

金髪の小柄な男・梯利壱が焔火の謎の習性にツッコむ中、荒我と焔火はハタから見ると何だかよくわからない共感を感じ、
自己紹介が始まっていた。そして男性陣は突然円陣を組みだした。

(この2人同い年…だと?……あの娘ダブってないよね……)
(武佐君、そのへんは聞かないのがマナーってもんでやんす)
(でもアレは中坊の胸じゃねえよ。肖像さんはどう思いやす?)
(俺らも見た目と年については人のこと言えねーしな)
(そもそも学園都市の人に年齢の常識は通用しねえでやんす)
(何だよ、その都市伝説のどこぞの先公みてえな理屈は)
「どうしたんですか?4人とも急に円陣組んで」
「「「「ハハ、なんでもねえよ(でやんす)」」」」

突然円陣を組みだした男性陣にやんわりと問いかける焔火。
すると調理中の福百から声が飛んできた。

「アンタらの悪人面は小川原のお嬢さんたちにゃ刺激が強すぎるんだよ!」
「うるせーやい!まあ確かにイケメンじゃねえけどよ」
「でも福百さんの言うことも一理あるでやんす」
「チクショー!利壱!テメーもそっち側につくのかよ!お前緋花ちゃんの胸ガン見してたじゃねーか!」
「………梯君、気持ちはわかるけどそれはダメだよ………」
「利壱、それは決して恥ずかしいことじゃねえ。正直になった方がラクになるってもんだぜ」
「見てねえでやんすよ!身長差の関係でそうなっちゃうんでやんす!オイラは無実でやんすよおおお!」
「あはは、4人とも仲がいいんですね!」

思わぬ飛び火に普段は眠たそうにしている眼を見開いて、両手をじたばたさせて焦る梯。
焔火はさりげなく自分のことを言われているにも関わらず、4人の楽しそうな雰囲気に笑顔を見せた。
葉原もすっかり警戒心を解いたようで、なだめるように声をかける。

「まあまあ、もとは急に驚いた私たちが悪かったですし」
「結局、肖像さんやこの荒我拳の強者のオーラが隠しきれなかった故にってわけだな!ガハハハハ!」
「何か強引ですけど話まとめちゃったでやんすね」
「確かにお兄さんたち強そうですね!ここではダメだけど、いつか手合せしてみたいな!」
「緋花ちゃん、喧嘩はだめですよ」
「ちぇー、はーい」
「拳、お前もだぞ」
「ちぇー、はーい」
「お前が野太い声で同じ返事しても、ちっとも可愛くねえんだよ!!」
「緋花ちゃんもそのガタイで可愛い子ぶってもビミョーですけどね」
「うわ、ゆかりっちヒドッ!」

そんな中、特に注文をしていないのにすでに調理を始めている福百の姿に葉原は気付いた。

「そういえば、私たちまだ何も注文してませんよ?」
「アンタらの欲しいラーメンはわかってる!違ったらタダでいいよ!」
「おおー!すごい自信ですねっ!」
「ゆかりちゃんは、最近疲れてるみたいだね!それでいてあっさり目な味を求めているね!」
「え?ど、どうしてわかったんですか?そうなんですよ!この間もガラの悪い先輩やこの娘の始末書で……」
「ねえねえ!私は私は?」
(チッ、うまいこと話そらしやがりましたね……)
(えっ?お、俺らよりガラの悪い知り合いがいんのかよ……)

勢いよくカウンターを乗り出して尋ねる焔火。その横では葉原が眼鏡の眉間のあたりを軽く上げていた。
そのとき眼鏡がギラッと光ったのは、たぶん気のせいだろう。たぶん……

「緋花ちゃんは、よく動き回ることが多そうだからスタミナがつく濃いめの味を所望と見た!」
「その通り!大正解です!」
「ふっふっふ。こう見えても『味割り』は得意でね!」
「アジワリ?…ですか?」
「ラーメンの好みの味がわかる能力者ですか!すごいね!」
「あっはっは、こりゃ能力じゃないよ。でもだいたい正解かな。それじゃ、少しばかり待っててくんな!」

これらの雑談をこなしながらも、福百は手際よく「客の最も欲しいラーメン」作りをしっかりこなしていた。
それを見て御前と荒我も女子2人に声をかける。

「ゆかりちゃん、緋花ちゃん、ここの味はお兄さんが保障するぜ」
「ゆかりちゃんと違って、女っ気ゼロの野郎だけど味は確かだぜっ!」
「うるせー、しょうゆ顔!気が散るわ!」
「だからしょうゆ顔って言うなっつってんだろうが!」
「わあ、楽しみですね!ところで、お兄さんたちこのあたりの人じゃありませんよね?」
「おうよ。俺は福百ちゃんのラーメンを食べるためはるばる第19学区からやってきたからな!」
「19学区!?ここからすごく遠いですよ!」
「こっちの紫郎なんか、百来軒の味に惚れてほぼ毎回自力で探し当てるほどの猛者だぜっ!」
「………いえいえ……兄貴たちのためですよ」
「おっ、2人のラーメンもできたみたいでやんすよ」

そう言うと武佐は控え目に親指を立てた。すると梯の言うとおり、ちょうど葉原と焔火のラーメンができたようだ。
葉原には煮干しをベースとした醤油味のあっさりラーメン、焔火には豚骨ベースのチャーシューメンが出された。

「お待たせっ!しょうゆラーメンと豚骨ラーメン!冷めないうちに食べてくれよ!」
「「いただきまーす!!」」
「紀長!俺も替え玉頼むぜっ!」
「オイラもお願いするでやんす!」
「俺は飯頼むわ」
「……肖像さんけっこう渋い食べ方しますね……」
「あいよっ!ちょっと待ってな!」

福百が丹精込めて作ったラーメンをおいしそうに食べる6人。そんな様子を見て思わず笑顔がこぼれる福百。
彼女は味割りしたラーメンをおいしそうに食べる客の顔を見るのが何よりも楽しみであった。
最初は自らが納得のいく究極のラーメン作りのために始めたこの屋台だったが、次第にそれに加えて
このみんなの笑顔のためにラーメンを作るのが楽しみになっていたのだ。
一通り全員が食べ終わり、お金を払った所で福百はずっと気になっていたことを切り出した。

「ところで、ゆかりちゃんと緋花ちゃんって風紀委員だよね」
「マジかよオイ!?」
「福百、何故そう思う?」
「たいがいの女の子だったら、こんな悪人面が4人もいたら逃げるか腰を抜かす。でもこの2人にはそんな様子はなかった」
「言われてみればそうでやんすね…って悪人面!?オイラもでやんすか!?」
「……ノリツッコミかよっ!……ほ、本当に風紀委員なの?……」
「ええ、そうですよ」
「風紀委員ですのっ!……なんちゃって」

葉原が風紀委員の腕章をチラッと見せただけなのに対して、
焔火は立ち上がって右腕の腕章を見せつけ、わざわざ「鈴の鳴るような声」を作りながら高らかに宣言した。
まるで誰かのモノマネをしているか……いや、完全にモノマネだった。
しかも中途半端に似ているせいで本人が最も嫌がりそうなレベルの。

「白井さんのモノマネはやめてください。あと空気読めこの野郎」
「アハハ、ゴメンゆかりっち、これ面白いからつい……」
「まさか他で、わざわざツインテールにしたりとかしてやってませんよね」
「ややや、やってないよぉー」
(今、ゆかりちゃんの敬語が抜けてたでやんすねぇ……)

葉原の冷静な問いかけに対し、焔火の目と言動は明らかに泳いでいた。彼女はウソがものすごく下手な娘なのです。

「おい緋ィィ花ちゃァァン!私の目を見ろ……そらさずに見てみな!」
「「「「ひいぃぃぃぃぃ!!」」」」

机を叩いて葉原の眼鏡がギラッと光った。これは葉原がけっこう怒っているサインである。
それと普段、決して崩れることのない敬語が崩れているのが何よりの証拠だ。
よっぽどご本人の177支部の人にこっぴどく叱られたかあるいは何かされたのかもしれない。
とりあえず話が大きくそれるため、この件は皆さんのご想像に委ねよう。
ハタから見れば眼鏡のおとなしそうな女の子に、いかつい4人組や大柄な女の子がビクついているという非常に謎な光景だ。
福百も呆然とそのショートコント、もとい様子を見ていた。

「……スミマセン……この間やりました……」
「後で怒られるのは私なんですよ!」
「アレって所有権あったんだ……」
「とにかく他ではやめてくださいね!わざわざツインテールにしてやるのはもっとダメです!」
「ハイ……嘘ついてゴメンネ」
(この娘、絶対反省してねえな……)

しょんぼりとうつむく焔火。後ろのポニーテールも力なく垂れ下がっている。
でもたぶん、明日になったら嫌なことはすっかり忘れているだろう。
福百はこの娘どうして小川原や風紀委員に入れたんだろう?と思いつつ、問いかけた。

「で、風紀委員さんたちは私らを捕まえにきたのかい?」

そう言いながら、麺を打つ棒に手をかける。
実は彼女、荒事には非常に慣れており棒術の腕はなかなかのものだ。
この間も屋台の金目当てでやってきた無能力者狩り集団を無傷で全滅させたところだった。
この風紀委員たちも客ではあるが、自分を捕まえに来たならぶっ倒す!と思っていたのだが、

「え?何で?違いますよっ!」
「ええっ?」

何のことかわからないといった感じで、キョトンとした表情で答える焔火。
彼女は目の前に麺を打つ棒があるにも関わらず全く怯んでいなかった。
焔火の意外な答えに福百は拍子抜けした表情に変わり、麺を打つ棒をおろした。
すると焔火は今までのやりとりからは想像がつかないような真剣な顔で、福百の目をまっすぐ見ながら言葉を続けた。

「己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし」
「何だい?それは?」
「風紀委員の心得の1つ……だそうです。私にはここを潰すのが正義だとは思えない」
「私もそう思います」
「私たちはあなたが悪事働いたり治安を乱したりしない限りは捕まえたりしないよ!それにこの店大好きですしっ!」

そう言うと焔火はニシシと笑った。その様子を見て、こっそり逃げようとしていた4人も足を止めた。

「そうかい…そう言ってもらえると助かるよ。ってお前ら何こっそり逃げようとしてんだ!!」
「ななな、なんでもねえよぉー」
「なんでもねえでやんすぅー」
「条件反射ってヤツだぜぇー」
「全くコイツらは………」
「でも次からは許可取ってくださいね。私たちだったからよかったものの、不良風紀委員なのに石頭な人とかもいますからね」

その様子を見て葉原は焔火と同じく許しはするものの、風紀委員としての役目も忘れず念のためにきちんと注意を付け加える。
そしてやはりこの4人、風紀委員や警備員と聞くと心ではわかっていても体が条件反射で逃げるようにできてしまっていたようだ。

「ねえねえゆかりっち、それって神谷稜先輩のこと?」
「緋花ちゃん!シーッ!本当のこととはいえ、あんまり言っちゃダメです!」
「さりげなく本音出てるよ。まあとにかく、ウチの管轄なら申請したら許可出ると思うよっ!」
「あの神谷先輩が許しますかね…」
「あっ、やっぱり稜先輩のことか!それなら私があの石頭に頭突きしてでも取らせるっ!」
「それはやめてください。加賀美先輩から当たればわかってくれますよ」
「む~、先輩とまた勝負するチャンスだったのにな~」
「そっちが目的かよっ!」

そのやりとりを見ていた福百は思わず吹き出してしまった。

「あっはっはっはっ!アンタら本当に変わった風紀委員だねえ!わかった!このへんで営業するときは申請出してみるよ!」
「ありがとうございます。わかってくれて嬉しいです」
「あっ、そうだ!替え玉もう1つ頼んでもいいですか!」
「俺も頼むぜえ!」
「本当この2人案外似た者同士かもしれないでやんすねぇ」
「そうですねぇ」

科学の街・学園都市。能力の有無で自分も周りの見る目も変わる街でもある。
しかし、おいしいラーメンの前には無能力者も能力者も風紀委員も不良もない。ただ1人の客となる。
その日は完全下校時刻が迫るまで、『百来軒』では途中でやってきた他の客たちも交えてにぎやかな宴が行われていた。

END

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最終更新:2013年01月01日 19:50