「あんだよ!そっちがガン切ってきたんだろうが、あぁ!?」
「うっせぇな!てめぇなんかの顔なんざ見ても、何の得も無ぇんだよ、クソが!!」
「あ、荒我君・・・!!」
「荒我兄貴・・・落ち着いて・・・!!」
こんな暑苦しい中、余計にカッカしている男4人。
格好としては3人組の中のリーゼント男―
荒我拳―が、紺色の髪で白いバンダナを付けている男―
行灯疾風―と言い争いをし、
他の2人―
梯利壱と
武佐紫郎―が何とか場を収拾しようと躍起になっている。
どうやら荒我は、偶然この付近を歩いていた行灯が自分へ視線を送ったのをガン飛ばしと勘違いしているようだ。不良には良くあることである。
「荒我・・・!!」
「・・・ほぅ。知り合いか、焔火?」
焔火の言葉に出て来た単語に僅か反応し、しかしその素振りを他人には悟らせずに固地は焔火に問う。
「えっ!?え、えっと・・・その・・・」
「ああいう不良連中というのは、何故あんなくだらないことで喧嘩ができるんだろうな。そのエネルギーを他のことに有効活用すれば、少しは自分のためになると思うんだが」
「そ、そうですね・・・」
固地の言葉を、しかし焔火は碌に聞いていない。まさか、こんな所で荒我達に出会うとは思わなかった。
しかも、風紀委員活動中にである。そして、自分の隣には“風紀委員の『悪鬼』”こと固地が居るのだ。この状況は・・・ヤバイなんてもんじゃ無い。
「こ、固地先輩・・・」
「心配するな!今はあんな小物共に気を割く余裕は無い。検挙は、また次の機会にでも取っておこう」
「(よ、よかった・・・)」
「但し・・・利用させてもらうがな。真面!殻衣!焔火!俺が合図したら、作戦通りに動け。いいな?」
「了解!」
「わかりました」
「は、はい!って・・・えっ?こ、固地先輩!?」
焔火の狼狽を無視し、固地は荒我達に近付いて行く。向こうも、固地の存在に気が付いたようで、
「ん?何だ、テメェ?何か用かよ?こっちは今取り込み中なんだよ!」
「俺は何の用も無いけどな。お前の方が突っ掛かって来てんじゃねぇか!」
「んだとコラ!!」
「あぁ!?」
「(こ、固地先輩・・・一体何を!?)」
敵意剥き出しの荒我と行灯が、近付いて来る固地を邪険にする。そんな光景を、焔火は冷や汗をかきながら見守る。そして・・・固地は被っていた帽子を外す。
「だ、駄目ですよぉ~。そんなカッカしてちゃあ~。み、皆さんの迷惑になっちゃいますよぉ~」
「あぁ?何だ、テメェ?何でそんなことがテメェにわかんだよ!?」
「だ、だってぇ、周囲の人達の見る目を気にしてみて下さいよぉ。皆ジロジロあなた達を見てますよぉ。
ほら、あそこの人とかぁ、向こうの人とか。ねっ、あなたもそう思うでしょ?」
「えっ?そ、そうでやんすね・・・。ど、どう思うでやんす、武佐君?」
「そうだね・・・『思考回廊』を使わなくても、周囲からの視線はすごく感じるね」
「利壱!紫郎!お前等、どっちの味方してんだよ!?」
「お前の舎弟の言う通りだぜ。いい加減、自分の自意識過剰っぷりに気が付いたらどうだ、リーゼント?」
「ほ、ほらぁ~。皆こう言っているんだし、落ち着きましょうよ。ねっ?」
「うっ・・・。な、何か気色悪いぞ、お前」
「ひ、酷~い!!」
「・・・・・・・・・何やってるの、固地先輩?」
「・・・・・・相っ変わらずの気色悪さだよな。固地先輩の捕縛術の1つ、『偽装演者<フェイクアクター>』」
「うん。・・・。本人的には『演技だから何とも思わない』って言ってるけど・・・」
荒我達の輪に乱入した固地の変わりようというか、見ていて鳥肌が立つくらいの気色悪い様に、焔火、真面、殻衣は愕然とする。
「・・・演技にしたって、あれは無いんじゃないの、あれは?」
「・・・『偽装演者』のレパートリーの中で、あのキャラが一番の得意技なんだぜ?本人の言う限りは」
「嘘!?あれが!?・・・ッッ!!普段とキャラが違い過ぎて、背中とかがすっごくむず痒くなって来たんだけど!!」
「固地先輩って。・・・。どこかズレてるんだよね、私達と」
焔火は背中がむず痒くなる。あんな固地先輩を見るくらいなら、他人をこき下ろす何時もの固地先輩の方がマシだ。
半ば本気で思ってしまうくらい、今の固地の態度はとてつもなく気持ち悪かった。
「ね?ね?落ち着いた?」
「・・・な、何か戦る気が失せちまったぜ。ったく、夏休み初日だってのに。何なんだよ、この変な空気は」
「ちっ!それはこっちの台詞だっての!」
「い、いいじゃないでやんすか、荒我君。これからパーっと遊びまくるでやんす!」
「そ、そうだね!梯君の言う通り、俺達の夏休みは始まったばかりだし!」
「そ、それもそうだな。おい!よかったな、命拾いしてよぉ!」
「・・・それはテメェの方だよ(ボソッ)」
「よ、良かったあぁ!僕の言うことを、皆わかってくれたんだね!やったぁー!!」
固地の乱入で、互いに喧嘩する気を無くしてしまった荒我と行灯が捨て台詞を吐き、梯と武佐が大事にならずに済んだことにホッとする。
その様子を見て、固地は(演技として)嬉しさの余り、持っていた帽子を万歳の拍子に宙へ“投げる”。
「「「!!!」」」
それは、合図。事前の取り決めで決まっていた―『水昇蒸降』にて、尾行者の周囲に居る人の群れが薄くなったことを把握した故の―作戦準備の合図を受けて、
各々が行動を開始する。
「固地先輩。そろそろ行きましょうよ」
真面が、固地に駆け寄って行く。それは、尾行者の視線を自分と固地に振り向かせるため。焔火と殻衣への注意を逸らすため。
「『土砂人狼<クラストワーウルフ>』・・・Standby」
殻衣が、4体の人形を“作成”・“形成”するために意識を集中する。内2体は、自分と焔火を乗せるための狼型を一から“作成”する。
残りの2体は、殻衣達の物より遅れて“形成”される。その出現場所は、捕捉している―そして、固地達が立ち止まっているために動きを止めている―尾行者2人の背後に位置する、
予め支配下に置いていた地面。
「・・・ハァァァァァッッ」
焔火は、今自分に課せられた任務を全うすることだけに集中する。『電撃使い』による、筋肉の活性化。自身の身体能力を最大限に高め、焔火は開始の刻(とき)を待つ。
そして、固地が投げた帽子が・・・“地に落ちた”。それが・・・作戦開始の刻。
「Go & Catch!!!」
「ハッ!!」
殻衣の掛け声と共に、即座に狼型の人形が作成され、その背に焔火は跨る。
殻衣の操作により、狼は街道に立ち並ぶ建物の高さ3~5m程の側面から補強材料として『突き出された』足場を高速で疾走して行く。
『土砂人狼』による精密動作付与人形の修繕機能を応用した、市街地高速移動法である。
操作者である殻衣も作成した狼に乗り、焔火に遅れて地上を駆けて行く(但し、尾行者とは一定の距離を保つ予定。これは、本人の性格によるものである)。
「くっ・・・!!」
顔に当る空気の壁を懸命に堪える焔火。被っていた麦藁帽子は、乗り移った際に落ちてしまった。が、そんなことはどうでもいい。尾行者の確保だけに集中する。
「あ、あれは・・・」
建物と建物の間を跳び、力強く駆け抜けて行く狼の目指す先に尾行者2人を発見する。何故、尾行者と判断できたのか。
それは、彼等の背後に突如として出現した2mもある人型の人形が、尾行者を捕まえようと動いていたからである。
「があああああぁぁぁっっ!!!!」
その内の一方、(極小サイズの盗映用カメラを詰めた)キーホルダーを首に掛けた女性が、急に現れた土人形に飲み込まれて身動きが取れなくなっていた。
これは、『土砂人狼』によって対象を捕獲するために殻衣が編み出した術である。
「ち、近付くなああああぁぁぁっっ!!!!」
もう一方、女性の護衛役と思われる、しかしそれにしては貧相な体躯をしている男が、発火系の能力を用いて土人形を攻撃している。
その攻撃を喰らって土人形は片腕を吹っ飛ばされるが、即座に地面から材料を補給・修繕することで復元する。
「(土人形の出現で・・・周囲の人達も更に離れている。今なら!!)」
焔火を乗せた狼が、尾行者のすぐ近くまで迫り・・・跳んだ。
「!!?」
それに気付いた男は、発火系能力で生み出した火炎球を狼へ向けて放つ。衝突し、狼が弾け飛ぶ。
「ハアアアアアアァァァァッッ!!!!!」
「なっ!!?」
男は気付かなかった。2mもあるその狼の背に乗っていた少女の存在に。少女は、火炎球が当る前に宙へ跳んだ。
ワンピースを着た少女―
焔火緋花―の跳び蹴りが、男の顔面へ叩き込まれる。この一撃で吹っ飛んだ男は、即座に土人形に飲み込まれた。
「ハァ・・・。ハァ・・・」
焔火は、荒い息を吐く。作戦は・・・無事成功した。
「緋花・・・か?」
「う、うん。な、何よ。ジロジロ見てさ」
「い、いやっ!な、何でも無ぇよ!」
「緋花ちゃん・・・綺麗でやんす」
「緋花ちゃんのワンピースって想像し難かったけど・・・すごい」
無事尾行者も捕まえた焔火は、荒我達と合流していた。“善意溢れた協力者”として、固地に応対するように指示されたのである。
「あ、ありがと、梯君。武佐君。・・・・・・」
「ん?な、何だよ?こっちばっか見てよ」
「(荒我兄貴!緋花ちゃんは、荒我兄貴にも今日の服装の感想を聞きたいんですよ!)」
「!!」
焔火の意味ありげな、それでいて何処か気恥ずかしそうな視線に怯む荒我の脳裏に、『思考回廊』による武佐の助言が響き渡る。
「・・・あ、案外似合ってんじゃねぇか?お、俺はそう思うぜ、うん」
「そ、そう・・・?」
「あ、あぁ・・・」
「そうか・・・。荒我が言うんだったら、今度からこういうのも着てみようかな」
「そ、そうか・・・?」
「う、うん・・・」
何というか、お互いに照れくさいのか、言葉に詰まり気味な荒我と焔火。
「(武佐君・・・。これって・・・もしかするでやんす?)」
「(梯君・・・。というか、もしかしてじゃ無いよ、これって。むしろ、かなり可能性が高いんじゃない?)」
「(やっぱりそう思うでやんすか。これなら・・・緋花ちゃん達を誘えるでやんすね)」
「(うん。俺達の夏休みを有意義にするためにも、緋花ちゃんの携帯のアドレスを知っている荒我兄貴を説得しないとね)」
梯と武佐は、荒我と焔火の様子から見てある推測を立てる。特に、荒我に対する焔火の態度が以前とは別物になっていることから、その推測は概ね正しいと2人は判断する。
「あっ、そうだ。これ・・・」
「・・・私の麦藁帽子?」
「お前が跳んで行った時に、こっちへ流れて来たんだよ。この日光じゃあ、帽子が無ぇと大変だろ。ほらっ」
「・・・!!」
落としてしまった焔火の麦藁帽子を拾っていた荒我は、彼女に帽子を被せる。そんな(彼女にとっての)突飛な行動に、焔火は身動きが取れなくなる。
「・・・これでよしっと。・・・ん?どうした、緋花?顔が真っ赤だぞ。・・・もしかして、日射病が何か・・・」
「だ、大丈夫だよ!!そ、それじゃあ、仕事あるから!!ま、またね!!!」
「お、おい!!・・・何だぁ、アイツ?」
仕事に戻ると言い残し去って行った焔火に、荒我は怪訝な視線を送る。自分は唯、日射病とかになっていないかと心配しただけなのに。
「荒我君・・・」
「おぅ、利壱。紫郎も。何かよくわかんねぇけど、緋花の奴すっ飛んで行っちまったよ。俺・・・何か悪いことでもしたかなぁ?」
「・・・別に悪いことはしていないんじゃ無いでやんすかね。ニヒヒ」
「そうだね。荒我兄貴は、何も悪いことはしていないよ。ウフフ」
「・・・利壱。紫郎。お前等・・・何か気色悪いぞ。さっきの風紀委員みたいになってるぜ?」
「「いや、それは有り得ない(でやんす)」」
舎弟達の気色悪い笑みを見ながら、荒我は額に浮かんだ汗を拭う。この後荒我達は、気分直しに冷房が利いているゲーセンへと突入して行った。
「何時まであの不良連中の応対に時間を食っているんだ、焔火!」
「す、すみません!」
ここは、先程チェックした路地裏。ここに捕えた尾行者を連行した178支部の面々は、焔火が合流するまでに調べ上げた調査内容を自分達の理解のために改めて口に出す。
「固地先輩・・・こいつ等は・・・」
「あぁ。こいつ等は件のドラッグの中毒者だ」
「ちゅ、中毒者!?」
遅れて来た焔火が固地の言葉に驚く中、殻衣が自身も驚きを隠せないまま口を開く。
「例の違法ドラッグによる中毒者にはね、幾つかの共通する身体的特徴があるのが判明している・・・それは焔火さんも資料で知っているわよね。・・・。
その内の1つ・・・瞳孔の散瞳がこの2人に見受けられたの。・・・。他には・・・生気を感じ取れないとかもあるけど」
「しかも、こいつ等はかなり中毒の度合いが強いみたいなんだ。こいつ等の首の後ろを見てみるといい」
「首の後ろ?・・・う、うわっ?何これ・・・?」
焔火は、尾行者の1人である女の首の後ろを見て驚愕する。そこにあったのは、黒色の斑点。はっきりと浮かび上がっているそれは、異様な存在感を示している。
「中毒者が出た
花盛学園の生徒の数人にも、それらしき斑点が見受けられる報告はあったろう?それと同種のものと俺達は推測している」
「で、でも、彼女達の場合はこんなにはっきりした斑点じゃ無かったですよね?」
「あぁ。おそらく、薬物中毒の進行度によって斑点の濃さが変化するのだろう。花盛の生徒はいずれも軽~中程度だったが、こいつ等はおそらく重度の中毒者だ。
簡単に言えば、廃人と言った所か。ここまで進行してしまっては、もう元の状態には戻れまい」
「・・・!!!」
固地の言葉に衝撃を受けながら、焔火は気絶している2人を改めて観察する。生気も感じられず、顔も青白い。
涎を垂れ流し、時折体をピクッと震わせている様は焔火の胸中に胸糞悪いモノを感じさせるには十分な代物であった。
「・・・ウプッ」
「・・・吐くなら奥でやれよ。こんな所で戻されては、捜査の邪魔だ」
「焔火さん。・・・。余り無理しないでね」
「う、うん・・・。だ、大丈夫・・・」
気丈に振舞う焔火を見て、殻衣も自分なりに気合を入れ直す。正直な所、殻衣や真面もこの2人の惨状を見て気分が悪くなったのだが、固地の一喝により立ち直ったのである。
この場で固地1人だけが、この惨状を前にして一切動じなかった。殻衣や真面は、そんな『悪鬼』に自分達が心の何処かで頼っていることを今一度実感する。
「それと、もう1つ興味深いことがわかってな。真面!お前から説明してやれ!」
「了解しました!え~と、焔火ちゃん。これが何だかわかる?」
「・・・アンテナか何かですか?」
「そう。これはアンテナ。この2人の頭に刺して『操っていた』アンテナさ」
「操る!?この人達を!?」
真面がその手に持っていたのは・・・小型のアンテナ。
「実は、この2人を飲み込んだ殻衣ちゃんの『土砂人狼』に近付いた時に、この2人の頭部から、妙な“電波”を傍受したんだ」
「傍受?真面ってそんな機械も持っていたの?」
「実は・・・この眼鏡がその傍受機材になってるんだ。傍受範囲はそんなに広く無いけど。ちなみに、『根焼』の店長の発明品」
「あ、あの店長の!?」
焔火は驚く。以前ステーキの早食い大会の折に見掛けた『根焼』の店長の姿を思い出す。
サングラスを掛けて、変テコな言葉遣いで、一々怪しい関係を主張するあの変人店長が、まさかそんな代物を作るなんて、とてもじゃないが想像できない。
「聞く所によるとあの店長、昔は名の知れた発明家だったそうだ。それが、何故焼肉屋等を始めたのかは知らん。別に、そこまで踏み込むつもりは無いしな。
だが、あの店長の発明品には利用価値がある。その噂を聞いた俺達178支部は、一時期『根焼』に足繁く通った。
常連となった客には、店長オリジナルの発明品がプレゼントされたりするということでな。
真面のその眼鏡も、その時に貰った物だ」
「これで、眼鏡のデザインが俺の持ってる奴と同じタイプじゃ無かったらよかったんですけどね」
「噂だと、能力開発に効果のあるというか理論等を理解しやすい通信教材とかもあるみたいね」
「・・・そうだったんだ」
焔火は驚愕すると共に、自身の情報収集能力の低さを痛感する。これからは、もっとそういう方面にも力を入れなければいけない。痛感を痛感だけでは終わらせない。
「話が途中になっちゃったね。えっと・・・この小型アンテナを受信機として、どっかから電波を使ってこの2人に指示を送っていたみたいだね」
「そ、そんなこと可能なんですか?」
「普通の人間だと不可能だろうね。だから・・・きっと薬物で中毒状態にする必要があるんだよ。正常な思考回路を麻痺させるために」
「!!」
真面の言葉から、焔火はある仮説を立てる。それは、この事件が単なる薬物の氾濫に収まらない可能性を示すもの。
「もしかして、『
ブラックウィザード』の目的は・・・薬物を売り捌くことによる大量の金銭を得るだけが目的じゃ無い・・・?」
「だろうね。もちろん、お金も大事だろうけど・・・本当の目的は中毒に陥らせた人間を洗脳し、自分達の都合のいいように動く兵隊にすること」
焔火と真面の会話に、殻衣と固地も加わる。
「もし、彼等の謳う“レベルが上がる”というのが本当なのならば。・・・。これは大変な事態ですよ。・・・。
レベル2やレベル3の能力者が、それ以上の実力を持つということですから。・・・。中毒及び洗脳と引き換えにですが」
「最近になって、連中の所業が表に出始めたのは・・・薬物を売り捌く主要なターゲットが変わったからか?
おそらく、当初のターゲットは学校にも行かず、寮にも碌に帰らない連中が主だったのだろう。例えば、スキルアウトや・・・『置き去り』の学生等か。
そいつ等なら、俺達風紀委員や警備員の目も届き難い。その中に使える能力者が混じっていれば儲け物といった所か。
だが、最近になって『ブラックウィザード』の魔の手が普通の学生連中にも拡大しつつある。表に出てしまうリスクを抱えるのを承知で・・・。
俺達の知らない所で、何かあったのかもしれんな。スキルアウト等より能力者を手に入れやすい、すなわち普段学校に通う者達を狙わなければならない何かが」
「何かって・・・?」
「それは、現時点では俺にもわからん。だが、そんなイレギュラーが発生しているかもしれん連中に関する情報を、
今日まで俺達は碌に手に入れることができなかったのは紛れも無い事実だ。
奴等の情報統制に関わる工作は相当なものだ。今回のように、兵隊の中に周囲の状況を観察できる能力者が居るのならば、尚更連中を発見することは難しいかもしれん。
これは、現在『書庫』の行方不明者リストに登録されている学生連中の洗い直しも早急にしなければならんぞ。
推測だが、そいつ等の中に『ブラックウィザード』の兵隊として囚われている学生達が居る可能性が高い。
今後は、そちらの方面からも詰めて行く必要性があるな。全く・・・手強い連中だ」
「「「・・・!!!」」」
固地の言葉に、焔火、殻衣、真面は自分達の想像以上に危険な事件に携わっていることを実感する。
加えて、『ブラックウィザード』の非道さも同時に。
「とりあえず、この2人は警備員に預けることにしよう。『ブラックウィザード』が、こいつ等を取り戻そうと動く可能性もある。
真面!念の為、警備員の連中には重武装して来るように伝えておけ!後、医療班の同行も!」
「了解です!」
固地は、真面に警備員に連絡を取るように指示を出す。殻衣には、2人の拘束を解かないように『土砂人狼』の形成に集中するように指示を出している。
今の所は、これ以上やることは無い。警備員の到着を待つだけである。
「こ、固地先輩・・・」
「・・・何だ?」
そんな、1人思案に耽ろうとした固地に焔火が声を掛ける。挙動不審なのは、自分に対する臆病さの表れか。
「先輩は・・・何時から尾行に気が付いていたんですか?」
「・・・どうしてそんなことを聞く?」
焔火の口から発せられたのは、固地にとっても意外なことであった。
「あっ、えっと、『根焼』の裏手で先輩が『尾行か・・・面白い』って小さい声で呟いていたから・・・。その・・・何時から気付いていたのかなって・・・」
「・・・そうか。聞かれていたか」
零した言葉を聞かれていた。そう理解した固地は、数秒の沈黙後焔火に語り始める。
「俺が最初に気が付いたのは・・・風紀委員会が設置されている成瀬台をお前達と共に後にした時だ」
「!!」
「一応のためと思って、成瀬台の水場で得た水を水蒸気に変え操作範囲に散布した。そしたら、いきなりビンゴだった。
その時は水蒸気の量もそんなに多くなかったんで、『根焼』にて着替えがてら水を補給した。俺達が歩く人混みの中に、他に尾行者が居ないかどうかを確認するために。
つまりだ・・・今回の行動は俺が張った罠だったのさ」
「罠・・・。そんな頃から・・・」
固地は、自分達を尾行する者達が居るとわかった時点で尾行者を捕える作戦を練った。今日回る予定の行動範囲や、自分達の戦力等を総合的に鑑みて。
「(まぁ、さすがの俺も“ヤツ”の存在が無ければここまで用心深い真似はしなかっただろうが。俺達・・・いや、正確には俺が監視対象だったか。余程気になると見える。
やることは山積みだが・・・いずれ、あの“兄”とも連絡を取らなければならないな。奴の証言については、もう一度深く検証する必要がある。
最近は学校にも通わず、家にも全く帰っていないようだが・・・。俺の落度である以上、文句は言ってられん。
何とかコンタクトを取らねば。あの“兄”の訴えが本当だとすると・・・『ブラックウィザード』の兵隊の中に奴の“妹”が居る可能性が・・・)」
「固地先輩!」
「ん?どうした?」
1人思考の旅に出ていた固地を、焔火の声が引き戻す。
「私は・・・本当に力不足です」
「そんなことは、言われなくても知っている」
「自分の能力の応用とか、目的意識とか、尾行の考え方とか、色んな物が私には全然足りていません」
「それもわかっている」
「私は・・・あなたが苦手です。考え方とかは特に反りが合いません。自分とは相容れない部分がやっぱりあったりします」
「そうだろうな」
「後・・・先輩の演技、とても気持ち悪かったです。今度からは別のヤツでお願いします」
「・・・それはどうでもいいことだ」
固地は、焔火の言わんとすることがわからないでいた。今更のようなこの会話に、一体どういう意味があるのか。
その意味を、焔火は意を決した言葉として表す。
「そんな、色んなことに気付かせてくれた固地先輩に・・・感謝します。本当にありがとうございます」
「・・・」
固地の目に映るのは、自分に散々虚仮にされた少女の頭を下げる姿。あれ程の辛辣な言葉を浴びせられた上で、それでもこの少女は自分に礼を述べる。
「・・・たかが数時間同行したくらいで、自分に足りない部分を全て把握した気でいるのか?」
「・・・いえ、これからも固地先輩にはズバズバ突っ込まれると思います。自分が気付かない色んな欠点が。・・・やっぱり指摘されるとムカってくることもあると思います。
でも・・・それに気付かせてくれる先輩の存在が、色んなことを常に考えている固地先輩の凄さが・・・ようやくわかってきた気がします」
焔火は、今日1日のことを脳裏に思い浮かべる。たかだか数時間の間に、随分とボコボコにされた。主に精神面を。
人生最大のボコられっぷりだったと言っても過言では無い。麻鬼と戦った時とは全く違う完敗だった。手も足も出ない・・・じゃ無い。出す前に敗北が決まっているのだ。
そんな、情けないを通り越して自分自身の駄目っぷりに愕然とする焔火が今日1日で見出した、それは確かな一歩。
「だから・・・私は最後まで固地先輩に付いて行きます。何が何ででも喰らい付きます!自分が成長するために。本物の風紀委員になるために!!」
昨日土下座して言った言葉よりも更に力強い言葉を、焔火は固地に向かって宣言する。そのしつこさに、固地はある少女の姿を重ねる。
「(フッ。あいつも昔はこんな感じだったか。・・・確かにあいつの部下らしいと言えばらしいか・・・)」
数秒の回想を経て、固地は自分へ指導を希った少女に相対する。顔を、瞳を近付ける。その凶悪な瞳が、焔火の瞳を捕えて離さない。
「面白い。ならば、俺も俺なりの流儀を貫かせてもらう。ククッ、今後も徹底的にお前の欠点や不足している部分を追及してやる。
精々振り落とされないように励むんだな、落ちこぼれ」
「いいですよ!絶対に振り落とされませんから!絶対に、絶ぇ~っ対に固地先輩にしがみ付いて行きますから!!」
これは、決して約束では無い。つまるところ、単なる意思表明にしか過ぎない。だが、各々の言葉に込められた力を、確かに両者は感じ取っていた。
continue…?
最終更新:2012年06月05日 21:21