「しーみーずーがわーーー!!」



バリバリ!!



「キャッ!?」
「うん!今日もいい調子!」
「あら?・・・苧環先輩ではありませんか。相変わらず無遠慮ですわね」

時刻は夕方。ここは、常盤台中学に通う生徒が住む学生寮の庭。常盤台には、『学舎の園』の内部と外部に1つずつ学生寮が存在するのだが、ここは内部にある女子寮である。

「いいじゃない。どうせ、清水川には御坂さんの電撃でも無い限り効果が無いのだし」
「あら、それは褒め言葉として受け取ってもいいのかしら?」
「び、びっくりしたぁ」

現在庭に居るのは、電撃を放った苧環華憐、放たれた電撃を『避雷電針』で無効化した清水川潤、放たれた電撃に清水川の隣で驚く菜水晶子の3人。

「も、もぅ!苧環さん、びっくりさせないでよぉ。あなた達のやり取りは常盤台生の中でも常識になってるけど、何も夏休みまでやらなくてもいいんだよ?」
「これは、清水川に対する挨拶みたいなものだからねぇ。『電撃使い』は、清水川に会ったら即電撃。これも常識に付け加えておくべきね」
「あら、よくもまぁ徒労にしかならないことを『電撃使い』の方々は一生懸命になって取り組んでいらっしゃるのよね。労力の無駄にしかならないというのに」
「あ、相変わらず毒舌よね、潤」

後輩の毒舌っぷりに冷や汗をかく菜水。菜水は、その毒舌っぷりから色んな派閥の学生に敵視されている清水川と仲が良く、
休日には菜水オススメのスイーツショップへ一緒に繰り出す等公私共に付き合いが深い。

「あら、そうなのかしら?自覚は無いのだけど。・・・あたくしって菜水先輩にも酷いことを申し上げたりしています?」
「い、いや!そんなことは・・・・・・あんまり無いかな?」
「あら・・・そうですか・・・」

珍しく自分の口振りを気にする清水川。さすがに、自分と良くしてくれる先輩への口調くらいは気にしているようだ。

「き、気にしなくていいから!そ、そんなことより、苧環!その様子だと、これから何処かに出掛けるの?」
「・・・えぇ」

話題を切り替えるために、菜水は苧環へ話題を向ける。
苧環の肩にショルダーバッグが掛かっていたことから推測した菜水の質問に、清水川に電撃を放った時とは打って変わって苧環は固い表情で答える。

「もし遅くなるようだったら、寮の人に外出許可を取った方がいいんじゃない?」
「・・・そんなに遅くなるつもりは無いから大丈夫よ。ちょっと、後輩の様子を見に行こうと思ってるだけだし」
「後輩・・・?」
「あら、それは派閥内の人ですか?」
「えぇ。それじゃ」

菜水と清水川の質問に答えた後、苧環は寮を後にする。最近、外出許可を頻繁に取って夜の街に繰り出している後輩―月ノ宮向日葵―に会うために。
そして・・・そこに居るであろう男―界刺得世―と相対するために。






「初めまして!私、サニーこと月ノ宮向日葵と言います!!常盤台中学2年生です!!」
「は、初めまして。私は風輪学園高等部2年生の春咲桜です」

ここは、第7学区にあるコンビニの駐車場。夏になって太陽が暮れる時間も遅くなり、この時間帯でも辺りは明るかった。
今日の『シンボル』が活動する基点として、このコンビニに集ったのは界刺、不動、水楯、仮屋、春咲。そして・・・月ノ宮の6人。

「春咲様ですね!これからよろしくお願いします!!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。え、え~と・・・サニーでいいですか?」
「はい!」

月ノ宮と春咲が、互いにペコペコしている。この2人は、今日が初顔合わせであった。
加えて、春咲は『シンボル』の活動初日であった(月ノ宮は、既に何回か参加している)。


「な・・・“得世さん”。そして、皆さん。今日からよろしくお願いします」
「あぁ。これから頑張ろう!」
「・・・よろしくお願いします」
「バクバクバク(よろしく~)」
「うん。・・・・・・“得世さん”?」
「あっ・・・。も、もし嫌だったら・・・」
「別にいいよ。真刺も俺のことを下の名前で呼んでるし。俺も君のことを桜って呼んでるしね」
「!!・・・ありがとうございます!!」

春咲は、何処か嬉しそうな表情を浮かべる。ようやく春咲にも笑顔が戻った。その事実に、界刺も顔を綻ばせる。

「あのバカ形製も、桜やサニーくらいに物腰が柔らかかったり素直だったらよかったんだけどなぁ。何であいつの機嫌を取るために、贈り物なんかしなきゃなんないんだ?」
「そ、そういえば、形製様の機嫌がすっごく悪かったですね!今日ここに来る前にお会いしたんですけど」
「仕方あるまい。一厘の情報によると、風紀委員が私達を本格的に警戒し始めているようだからな。
隠れメンバーである形製の存在を、ここでみすみす晒すわけにはいかん」
「・・・その代償として贈り物か。しかも『自分達で考えろ』という指示付き。あいつらしい意地の悪さだぜ」

界刺は、自分達の参謀が突き付けた難問に辟易する。本当ならば、この夏休みから形製も『シンボル』の活動に表立って参加する予定だったのだ。
だが、春咲が『シンボル』へ加入するのが決まったその日に春咲と同行していた一厘が、界刺達にある情報を教えてくれた。
それは、風紀委員達による『シンボル』への警戒。“風紀委員の『悪鬼』”や“花盛の宙姫”が自分達を本格的にマークし始めたことを知った界刺達は、
形製の表面への参加を止む無く中止した。『シンボル』の一員として認知されていない形製を、わざわざ風紀委員に明かすような真似はするべきでは無い。
春咲に関しては159支部の破輩との約束があり、月ノ宮に関しては風紀委員である焔火達に知られていたため、この2人に関しては表立っての活動が認められた。
だが、そんなことで形製の機嫌が収まるわけが無い。人間の性格というものは、そう簡単には改善しないのである。
そのために、今日の活動中に形製への贈り物を買って、活動後に学生寮へ赴いて渡すことになっていた。

「常盤台の学生寮は門限に厳しい。ってことは・・・真刺」
「わかってる。今日は、『シンボル』としての活動自体を主にはしないつもりだ。
形製への贈り物対策に時間を割き、少なくとも門限の30分前には寮へ到着しなければならない」
「形製さんには、どういうプレゼントがいいんでしょうか、水楯さん?形製さんの好みって何か知っていますか?」
「・・・春咲さん」
「?何ですか?」

形製と付き合いがあるだろう水楯に質問する春咲。だが、水楯はその質問に答える前に以前から気になっていたことについて逆質問をする。

「その・・・私への敬語は止めませんか?春咲さんは高2。私は高1です。本来であれば、私にそういう敬語を使うのはおかしくありませんか?
春咲さんより年齢が下の人・・・例えば159支部の一厘さんにはそういう言葉遣いじゃ無かったと思います」
「そ、それは・・・」

水楯に指摘されることで、春咲は自分の言葉遣いのおかしさに気付く。確かに、自分より年下の一厘や鉄枷に対して敬語は使わなかった。
そんな自分が、何故同じ年下である水楯に敬語を使ってしまうのか。

「これからは、『シンボル』に所属する同じ仲間として私は春咲さんと共に居たいんです。『ボランティアとして参加』しているんじゃ無くて、『同等の仲間』として」
「・・・!!」
「私も水楯様と同じ意見です!!」
「サ、サニー?」

春咲と水楯の会話に、同じ春咲より年齢が下な月ノ宮も参加する。

「春咲様!私も春咲様には敬語じゃ無くて、普通に接して頂きたいです!!水楯様の言う『同等の仲間』として!!ちなみに、私の言葉遣いは地なので変えられません!!」
「サニー・・・。・・・わかったよ、水楯さん、サニー」

春咲は、水楯と月ノ宮の言葉を受けて理解する。自分は、心の何処かで思っていたのだ。
余所者である自分が、『シンボル』と行動を共にすることに引け目を感じていたことを。
でも、『シンボル』の人達は自分を『同等の仲間』として受け入れてくれる。そんな優しい人達に、これ以上の心配は掛けられない。

「少し時間が掛かるかもしれないけど、何とかしてこの言葉遣いを直すよ。水楯さんやサニーの言葉を無駄にしないために」
「・・・はい」
「よかったです!!」

春咲の発言にホッとする水楯と月ノ宮。春咲に対して、何処か壁のようなものを感じていた2人だったが、これでそれも解消するだろう。

「(よくやった!水楯!月ノ宮!)」
「ハグボグベグ(よかったねぇ~)」

不動と仮屋も、これで春咲が『シンボル』に馴染むことができると判断する。

「・・・そういや、桜って俺と同じ高2なんだよな。感覚的にはもっと下だと思ってたよ」
「「「「「!!!」」」」」

そして、界刺だけが場の空気を読まずに余計なことを喋り始める。

「精神レベルも肉体レベルも、何か中学生並って感覚だなぁ。最近はマシになったけど、意外な所で頑固だし。それでいて過激な所もあるし。
そもそも背が小さいし、実際に見て触った胸は小ぶりもいいとこだし、俺と同じ年齢だなんてとてもとてゴハッ!!」
「ハァ・・・。ハァ・・・。よ、余計なお世話です、得世さん!!!」

その結果、顔を真紅に染めた春咲の鉄拳制裁が腹へ突き刺さり、界刺は悶絶する。

「えぇ!?か、界刺様って春咲様の胸を見て・・・触ったことがあるんですか!!?さ、さすがは界刺様!!その大胆不敵さ、私も見習いたいです!!」
「サ、サニー!!?そ、そんな大きな声で叫ばないで・・・」

だが、一旦動き出した流れは止められない。案の定、界刺の発言に驚いた月ノ宮が騒ぎ始め、

「おい、得世!!私は初耳だぞ!?お前・・・女性の裸を見て、その上胸に触る等という不埒極まる真似を春咲へ働いたのか!!?」
「ふ、不動さん!?お、大きな声で・・・」

自分の知らない所で、親友が女性に対して働いた狼藉を看過できない不動が激昂し、

「ゴホッ・・・。い、いや、俺からしたんじゃ無くて、桜から俺に・・・」
「えぇ!!?春咲様が、自ら進んで界刺様に自分の裸を見せたんですか!!?」
「そして、胸を触らせただと!!?おい、水楯。それは本当なのか!!?」
「だ、だから・・・」

界刺が更なる燃料追加を行い、

「・・・・・・はい」

水楯が止めを刺す。

「そ、そんなあああぁぁぁっっ!!!は、春咲様って・・・すごく大胆です!!!さすがは春咲様!!!でも、見習いたくはないです・・・」
「わ、私はと、とんでも無い奴を『シンボル』に入れてしまったのか!!?こ、これは・・・俗に言うろ、露しゅ・・・ブツブツ」
「も、もうぅぅ!!何で誰も私の話を聞いてくれないの!!?ハッ!!な、何か周りの人達が皆こっちを見てるし!!もう、嫌ぁ・・・。私、お嫁に行けない」
「だって、事実だし。過去は変えられ・・・」
「うるさい!!このアホ得世!!!」
「ガハッ!!」
「バリボリガツ(平和だねぇ)」

そんなこんなで、本日の『シンボル』活動開始です。






苧環は、第7学区を歩いていた。今日、月ノ宮の部屋を(月ノ宮に内緒で)覗いた際に第7学区のある箇所をマーキングした地図を見付けた。それ故である。

「(私の予感が正しいのならば・・・月ノ宮はあの男が居る『シンボル』に加入した)」

まだ明るいということもあって、周囲には未だ多くの学生達が見られる。自分もその中の1人。
唯さすがに常盤台生ということもあってか、歩くだけでもその姿からは気品の高さが感じ取れる程である。

「(一厘が言うには、『シンボル』の活動時間帯は夕方から夜。それは、夏休みであっても変わらない筈。日中は暑いし・・・それに月ノ宮の行動がそれを示している)」

夏休みに入り、月ノ宮は隔日毎に外出許可を取って夜の街に繰り出していた。帰って来る時間帯は大体11時前後。
最近は、その遅さと回数から寮監からも注意を受けているようだった。しかし、月ノ宮はそれでも外出を止めない。
その理由を・・・苧環は1つの予感でもって推測していた。

「(界刺得世・・・)」

以前ひょんなことから出会った成瀬台高校に通う学生。『シンボル』というグループのリーダーであり、同じ常盤台に通う形製の仲間。

「(私は・・・あの男にもう一度向き合わなければならない。じゃないと、何時まで立っても私は立ち止まったまま・・・!!)」

あの日、成瀬台のグラウンドで見て、聞いて、話した界刺にもう一度会う。そのために、苧環は第7学区を歩いている。
あの日から、苧環は彷徨い続けていた。界刺の言葉を消化できなくて、理解できなくて、今も苦しんでいる。


『あなたなら・・・あなたなら今回の件を解決できるんじゃないの!?』
『えっ、誰がそんなこと言ったの?無理無理。俺1人でどうしろっての?そもそも、俺は君のようなバリバリ戦闘できるタイプじゃ無いし』


どうして、ああも簡単に自分の限界を他人へ語れるのか。自分は、あんな風に己の限界を認めることができるまでに相当な時間が掛かったのに。


『俺や君1人が行って、暴れて、それで何が解決すんの?どっかの神様の御業みたいに全てが丸く収まるとでも?有り得ないでしょ?
まさかとは思うけど・・・君、自分の力なら何でも解決できるなんて思ってるんじゃないだろうね?』


どうして、ああも簡単に自分の力の無さを認められるのか?自分は、あんな風に己の無力さを認めること等・・・できない。


『だってさ、役に立つ風紀委員の連中や役に立つかわかんねえ不良連中もやる気満々で動くんだぜ。そこに俺や真刺も加わるんだ。
個人の力じゃどうしようも無くても、アイツ等に任せりゃ何とかなるかもしれないじゃん。
そこにさあ、俺や真刺を含めた全員が力を合わせた日にゃあ、全て丸く収まるかもしれねえじゃん。
まあ、そのやる気にお嬢さんの仕返し分もついでで上乗せしとくよ。勝手にだけど。それでいいだろ?』


どうして、ああも簡単に他人の力を認め、信用し、頼ることができるのか。自分は・・・自分には無理だ。


『あなたは・・・どうして自分の力を誇示しようとしないの?どうして他人の力を簡単に認めることができるの?どうして平然と他人に任せられるの!?』
『んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ』


それ等の疑問に対する界刺の回答。『人間だからできる』。・・・意味がわからない。あの男の言が正しいのなら、自分にだってできる筈だ。
だが、現実として自分には界刺のような真似は無理だ。そもそも、大雑把過ぎる回答自体が発言者である界刺の意図を理解できない“壁”になってしまっている。
自分は、未だに答えを見出せていない。だが、それでも会いに行く。このままでは埒が明かない。今回の苧環の行動は、行き当たりばったりと言っても過言では無かった。

「(全く・・・。あの男がもう少しわかりやすい言葉で話していれば、私がこんな苦しみを味わう必要も無かったかもしれないのに)」

界刺に苛立ちながらも、苧環は『シンボル』を見付けるために歩く。外出許可を取っていない以上、時間は限られている。

「(何とか門限までに『シンボル』を・・・月ノ宮を・・・あの男を見付けないと。見付けて、会って、そして・・・そして・・・)」

そこまで思考を進めて、苧環はようやく気付く。自分が月ノ宮に対峙した時に、一体何を話せばいいのかを纏めきれていないことに。

「(・・・私は月ノ宮に何を話すの?『私に断りも無しに「シンボル」に入るなんて許さない』とでも言うの?・・・それは駄目。
これは、月ノ宮の決断。私が口を挟むことじゃ無い。
確かに、派閥の長である私に相談してくれなかったことは残念だけど・・・。やっぱり反対されると思ったのかしら?
もしかして・・・私はそういう人間だって思われている?)」

少しずつ、だが確実に苧環の思考に翳りが見え始める。

「(いえ、あの月ノ宮に限ってそんなことは無い。絶対に有り得ない!あの娘は、私を慕ってくれている。私だって、月ノ宮を大事にしている。
私と月ノ宮の信頼関係は、固く結ばれているわ!それに、今までだって私に行動の理由を明かさなかったことなんて一度も・・・・・・!!)」

『今まで』。それは・・・つい最近破られた。

「(・・・・・・月ノ宮は私のお茶会を欠席した。今まで一度も参加しなかったことは無かったのに。しかも、その理由さえ具体的に教えてくれなかった。
でも・・・おそらく『シンボル』が欠席の理由。つまり、私より・・・この私より優先したいことがあった・・・!?)」

苧環の思考が、加速度的に進む。人は、それを泥沼に嵌ると言う。

「(も、もし私より優先したいことがあったとして、それは一体何!?やっぱり、あの男!?界刺得世!?あの月ノ宮が私より優先するの!!?
何で・・・何で月ノ宮が私よりあの男を優先しなければならないの!?どうして・・・何で・・・?・・・ま、まさか・・・本当に・・・)」

苧環は、自分が僅か震え始めていることに気が付いていない。だが、予感はあった。それは、月ノ宮が参加しなかったお茶会で既に感じていた予感。
苧環自身が気付きながらも、今日まで目を逸らし続けていた予感。それは・・・






「月ノ宮は・・・私より界刺得世を・・・選、ん・・・だ・・・!?」






実際の言葉として出したそれに、苧環は愕然とする。今まで予感だったものが・・・遂に確信へと移り変わった瞬間。
苧環は立ち止まる。そして、ようやく自分の体が震えていることに気付く。
それは、月ノ宮が自分へ下した否定。自分が、月ノ宮にとって組織の長として認められなくなった・・・現実。

「(嘘・・・嘘よ・・・。そ、そんなこと絶対に有り得ない!!わ、私は・・・私は・・・)」

目を手で覆い、必死に否定材料を探す苧環。だが、探せば探す程月ノ宮が自分を見限るに足る現実ばかりが見付かってしまう。

「(・・・あの男は、ちゃんと結果を出した。月ノ宮に狼藉を働いた連中を、成瀬台の風紀委員達と共に叩き潰した。
それに比べて・・・私は?私は・・・月ノ宮に対して何をしてあげられた?な、何も・・・何もできていないじゃ無い!!)」

苧環自身、月ノ宮に狼藉を働こうとしたスキルアウトを一蹴している。故に、月ノ宮に対して苧環が何もしていないというのは間違いである。
だが、今の苧環にとってそれは、それだけでは何もしていないのと同じだった。
月ノ宮を襲った奴の元締め、肝心要の元凶を潰す戦場に自分は居なかった。何故なら戦場に参加するのに、自分は不適格と界刺に判断されたために。
それが意味するのは・・・苧環華憐が界刺得世に劣っているという事実。

「(月ノ宮・・・!!あなた・・・わ、私に失望したの!?自分のことをちゃんと守ってくれない私を・・・見限ったの!?
そ、それ、それで・・・あの男を、界刺得世を選んだって言うの!?私なんかより、ずっと自分のことを守ってくれる存在として!!)」

月ノ宮の眩しい笑顔が脳裏に浮かび、それが自分を見限る表情へと変わる。自分の派閥に所属する学生の中でも、月ノ宮は一際目立つ人間だった。
自分に対して尊敬の念を抱き、暇さえあれば自分と行動を共にする。そんな健気で愛くるしい後輩に、苧環も何時しか親愛の念を抱いていた。
そんな愛しい関係が、このままでは壊れてしまう、否、もう壊れてしまったのかもしれない。


『何せあたしが“恐怖”を抱いた人間は、後にも先にもあいつ・・・界刺得世ただ1人だけだから』
『これは同じ学校に通う者としての忠告。もし、ボケナス界刺が「本気」で潰す気なら・・・苧環、君でも瞬殺されるかもね』


「!!!」

唐突に形製の言葉が頭に響く。そうだ。あの頃から形製に忠告されていたのだ。自分は、『本気』になった界刺には歯が立たないと。
あの形製が“恐怖”を感じる男。界刺得世。これか?これなのか?今抱いている『自分が否定されてしまう“恐怖”』を、かつて形製も味わったのか?
愛する後輩が自分を見限り、別の人間を慕うようになった。それは、愛おしい他者が苧環華憐という少女を否定したということ。
その現実に・・・『また』突き付けられた現実という名の“壁”に・・・苧環はもう耐え切れなかった。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」



バチバチバチ!!!



「キャッ!!」
「うわっ!!」
「・・・・・」



苧環は、自分の抱いた感情を払拭するために所構わず電撃を振り撒いた。
幸い周囲の人間へ直撃することは無かったが、近くに居た掃除用ロボや煙草の自動販売機に直撃し、それ等の動作不良を起こしてしまった。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

だが、苧環はそちらに目も向けない。今の彼女にそんな余裕は無い。自分が抱く感情を否定するためにも、一刻も早く月ノ宮達を見付けなければならない。

「(月ノ宮・・・月ノ宮・・・!!!)」

すれ違う人間が苧環の顔を注意して見れば、すぐにでも気が付いたかもしれない。彼女の表情は、今にも泣き崩れそうに歪んでいたのだから。












「・・・・・・」

その男は、未だ動作不良から回復しない煙草の自動販売機の前に立っていた。この第7学区には、散歩がてらに酒や酒の肴になる物を買いに来た。
そして、ふと煙草が残り1本しか無かったことに気付き、近くにあった自動販売機で調達しようと立ち寄った際に不慮の事故に巻き込まれた。

「・・・・・・」

その元凶である常盤台の学生は、こちらに一瞥もくれずに立ち去ろうとしている。
そのことに・・・漆黒のコートを着る男は気分を害した。ただ、それだけだった。それで・・・十分だった。

「・・・フッ。暇潰しくらいにはなるか」

少女は気付かない。自分が肩に掛けているショルダーバッグに、
左手の甲に骸骨と蜘蛛を合体させたかのような刺青を刻んだ男から放たれた極小の“糸”が巻き付いていることに。

「殺しはしない。俺の主義に反するからな。だが・・・それなりの報いは受けて貰おうか」


ボサボサの長い黒髪に手を置く傭兵―ウェイン・メディスン―が、苧環華憐を標的とする。人知れず、苧環は殺し屋の襲撃直前という危機に直面していた。

continue…?

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最終更新:2012年06月08日 19:05